石 垣 建 志(茨城大学人文学部)
はじめに 古典派ハードコア,とりわけ経済主体の合理性の 仮定には,大きな限界があり,乗り越えなければ 本稿ではマルチ・エージェント・シミュレーショ ならない課題であることを表明した。この示唆深 ンと制度化に関する経済学における最近の議論を い著書は,アイディア,イデオロギー,選好の変 紹介し,経済学における学習理論の導入が重要で 化など多くの論点に触れているが,ここでは中で あることを指摘し,マルチ・エージェント理論が も学習概念に注目したい。
制度進化の理解に欠かせない手法であることを明 Northによれば,制度全体にとってインフォー らかにする。またマルチ・エージェント・シミュ マルな制約は重要なものであり,インフォーマル レーションによる研究の今後の方向性について考 な制約は究極的には個々人の学習能力に依存して 察する。 存立している。
「全体としてインフォーマルな制約の影響 新制度派と学習のモデル カは制度的構造に浸透しているように思われ
る。」(p.138,邦訳183ページ,訳文は邦訳書 Douglas Northなどとともに最近の新制度派 による。)
(Neoinstitutional Economics)を代表するEgg− 「インフォーマルな制約はどこに由来するの ertssonは1990の著書において, Neoinstitutional か。それらは社会的に伝達された情報に由来 Economicsとは,伝統的なミクロ経済学との関 し,われわれが文化と呼ぶ遺産の一部である。
連を強調した研究であり,これを新古典派経済学 人が情報を処理する方法は「頭脳の学習能力」
のハードコアを拒否するNew Institutional Ec一 に依存する。」(p37,邦訳49ページ)。
onomicsと区別した(Eggertsson,1990, p.6)。 このNorthの著作の後に, Eggertssonは新古 ここでいう新古典派経済学のハードコアの拒否と 典派ハードコアの否定であるNorthの議論を完 は,たとえば最適化の仮定を,Herbert Simon 全に受け入れている(Eggertsson,1996, p.19)。
の満足化原理で置き換えるといったものが含まれ このような状況からすると,現在ではNeoinsti一 る(P.9)。彼は,新古典派のハードコアを拒否 tutional EconomicsとNew Institutional Eco一 する研究は,John R. Commonsに代表される nomicsとを峻別することが困難になっていると 旧アメリカ制度派と同様に「理論の登場を待つ大 いえるだろう。言い換えれば,第1に,新古典派 量の記述的文献」を残すだけだとRonald Coase ハードコアの有効性については言うまでもないに の言を引用しつつ述べている。 しても,他方ではその限界が誰の目にも明白になっ
これに少しだけ遅れて出版されたのがNorth ているということである。しかし第2に,新古典 の1海s漉画oηs,1海s漉醜めπαZσ短㎎eα加1Ec一 派の達成したゲーム理論の応用をはじめとする理 0πo而cPθηめmzαπCθ,(邦訳r制度 制度変化 論の深化が,単なる新古典派の否定ではなく,いっ
経済成果」)である。この経済史の該博な知識 そうの理論展開を可能にしつつあることを意味し
を駆使し,熟考された著書において,Northは新 ている。その一つの例がNorth(1990)そのもの
であり,そこでは人々の学習能力の研究といった (Eggertsson,1996, pp.19−20)
具体的な理論への要請が明らかにされている。
それでは,心理モデルや個人の学習を経済学に 制度と学習 取り入れるためにはどのような理論的手がかりが
あるのか。その後の議論において,NorthやEgg一 さて,従来からの新古典派経済学やそれに影響 ertssonは心理モデル,認知科学のモデルを用い された社会学における制度に関する考え方は,制 ることができることを主張している(North, 度をゲームのルールとして理解するか,合理的な 1996;Eggertsson,1996)。 主体(プレイヤー)が行う(繰り返し)ゲームの
このような分類に基づけば,我々は環境を 均衡として理解するという考え方であった。この 説明し,解釈するための心理モデルを一典型 ような考え方については,制度の規則,法,個人 的にはある目的に合致して一形成する。カテ や組織の内面化された規範,慣習といった側面が ゴリーと心理モデルは両方とも進化する。新 考慮されていない。という批判があった(盛山,
たな経験から導かれたフィードバックを反映 1995)。しかし,これらの批判についても,モデ して,フィードバックはあるときには我々の ルのエージェントに明示的・陰伏的いずれであれ 当初のカテゴリーとモデルを強化し,あるい 学習を組み込むことによって応えることができる は変更に至るかもしれない,一言で言って, と思われる。
学習である。(North,1996, p.347) 法や規則については,これを順守させるプレイ 限定合理的な個人たちの学習過程に関して既存 ヤーがあり,違反者には罰則を課すプレイヤーを の分析方法として一つの有力な手法は,コンピュー 想定することによって解決する問題が多い,これ タ・プログラムを用いたマルチ・エージェント・ らは制度(institution)の下位概念(具体的には アプローチであろう。 organization)と捉えるべきである。したがって,
ある意味で,経済学と他の社会科学におけ もっとも問題となるのは内面化された規範であろ る情報革命は,その論理的結論をまだもたら う(Williamson,2000)。
していない。最近にいたるまでデータ収集の 内面化された規範というのは,一つには個人が
ための取引費用,コンピュータの言語でいえ 自らの社会的経験から学びそれを修正してゆくも 一
ば,大規模なデータ・バッチを処理するため のである。あるいは個人が何らかの形で教育され の限定された頭脳の能力によって引き起こさ るとしても,そのような教育自体が何らかの社会 れるハードウェアの問題に主として関心を払っ 的な経験から学習されたものであったり,場合に てきた。しかしながら,費用のかかる情報は, よっては偶然的なものであったりするのだろう。
人々に彼らが受け取るデータを処理するため また便宜上,個人というよりは,企業や行政といっ の異なった現実モデルの使用させるかもしれ た組織自体が学習する,と考えた方がよい場合も ず,再び,コンピュータとのアナロジーでは, あるだろう。場合によっては,それは既存の規範 メンタル・モデル・アプローチは,人々が情 からの逸脱の学習であることもある。そしてまた 報処理を行うためのソフトウェアを構築する 多数のものが所与の規範からの逸脱を学習するこ ための試みとして特徴づけられるであろう。 とによって新たな規範が発生し,新たな秩序が発 しかし,学習と人々の心の軌跡を理解するた 生する場合も,アノミーやアナーキーが生じたり めには,われわれは新しいレベルの学問とシ もする。
ステムとしての(社会というよりは)個人の 内面化された規範とはエージェントの内部に学
研究一それは認知科学から教訓を引き出すで 習された手続き合理性(内部アルゴリズム)とし
あろう一にシフトしなければならない。 て処理することができるように思われる。遺伝的
アルゴリズム(GA)やニューラル・ネットワー いてはダイナミックに変化してゆくであろう。こ ク(NN)によって獲得されたパラメタとしてシュ のことは人間というエージェントを捉える上での ミレートすることが可能であろう。 難しさとなる。学習において問題となるのは,認 従来の議論の問題は,多数の学習するエージェ 知科学の研究者が指摘するように,学習をどこで ントの共進化の過程を考えることが困難だったと 止めるかという問題である。この意味で,人間の いうことにあるだろう。このような過程は歴史学 学習と行動は多くの場合は多くの場合に無意識で に見られるように記述的に描写するしかなく,複 の複雑な判断を必要としており,人間の行動を下 雑性と外部的な偶然事象に左右されるために理論 等な動物(たとえば蛭)との比喩で捉えることの 化が困難であった。 限界を意味している。
しかし,エージェントのプログラミングは新た それでは制度を分析するための学習はどのよう な記述方法を提供している。また,外部的な偶然 な性質を持たなければならないか。学習の観点か 事象を変化させながら何回でも繰返せるシミュレー ら見ると,不確実な環境下における学習はどのよ ションは,偶然と必然の関係を解き明かすことを うなものでなければならないか。認知科学の研究 可能とする。シミュレーションの結果を調べるこ を手がかりに述べる(山田,1997)と,次のよう とにより,複雑な細部の観察を可能とするし,場 になるであろう。エージェントの認知像が環境と 合によっては数理的な研究の糸口となる(Axcelrod, 一致しなければ,環境はエージェントにとって不 1984)。 確実である。そのような状況下でエージェントが
しかしながら,学習それ自体のモデル化の困難 いくら完全な最適化計算を行ったとしても最適な さという問題がある。人間の学習については必ず 結果を得ることはできない。エージェントが環境 しも十分な理解が存在するわけではない。 について情報を収集し,認知像を訂正することに よって認知像を環境に一・致させることができるだ 学習の問題 ろうか。環境の変化に対して,学習速度が十分に
速ければ,認知像を正確に訂正することができる Northが指摘するように,制度は機能的には, かもしれない。しかし,環境の変化が速く,学習 環境の不確実性およびゲーム論的不確実性を減少 速度が遅いなら,認知像の訂正を適当なところで
させるための,行動の制約である(North,1990)。 打ち切ってしまう必要がある。
インフォーマルな制約としての制度においては, 極端な場合には,認知像の不正確さがきわめて 内的,外的環境についての主観的な認知像が重要 大きければ,良く知られているように,すべての である。この認知像の形成は,学習過程としてと 判断を打ち切って,極度に行動的になるか,行動 らえることができるが,しかし,「学習士ほど捉 を停止するといった防御的な情動,すなわちパニッ えがたいものもない。エージェントは内的・外的 クに陥ってしまう。パニックに襲われた人に見ら 環境に関して完全な知識をもつことはほとんどあ れるように,走り出すか,うずくまってしまうし
りえないし,またその必要もない。この認知像に かないのである(戸田,1992)。
関しては,エージェントの計算能力と密接に関連 環境が完全に静的であれば,個々のエージェン を持つことは明らかであろう。エージェントの認 トにとっては環境に関する新たな学習すら必要で 知像とエージェントの計算能力とは切り離しがた はない。人々は固定化された社会制度のなかで,
い。エージェントはその計算能力を超えるような 社会制度を学習することさえ行えば,マクロには
認知像をもつことは,限られたエージェントの認 静止した社会が再生産を続けるのである。成人し
知資源の無駄である。 た人々はあらたな社会像について学習する必要は
しかし,エージェントの認知像自体が人間にお なく,未成年だけが完成された社会像を習得する
必要がある。もちろん,ミクロには揺れ動く自然 和泉/植田(1999)は,遺伝アルゴリズム(G 環境や個人的な人間関係についての学習が必要と A)を用いたマルチ・エージェント・シミュレー
される。今年の漁場の様子は去年とは大きく変わっ ションによって外国為替市場モデルを作成してい ているかもしれないし,新しい知人がどのような る。市場参加者達は他の市場参加者の態度を真似 人物であるか,あるいは既知の人物についても日々 たり(遺伝子の交換),新しいパラメタを作り出 変化してゆく可能性があるだろう。こういったこ したり(突然変異),あるいは適応できずに脱落 とは日々学習してゆく必要がある。 したり(適者生存)することによって,みずから
こういった局所的に揺らぎ,大局的に大きく変 の手続き合理性を獲得してゆく。この際,エージェ 化する環境の中で,人々のインフォーマルな制約 ントによるパラメタの学習過程にファンダメンタ
としての制度は変化する。人々が内面的に形成す ルズ材料とトレンド材料という予想材料データを る制約が,インフォーマルな制度を形成する。フォー 与えている。これによって和泉/植田は1994−5 マルな制度に?いてもそれが死文化していないた 年のバブル的な円高をシミュレーションによって めにはインフォーマルな制度によってさせられて 再現することに成功している。またエージェント いなければならない。 と対応する現実のディーラーへのインタビューや また,制度のもう晶つの側面であるコミュニケー アンケートとエージェント・シミュレーションに ションに関しては,次のような問題がある。人々 よるパラメタ決定を比較しているのも,この研究 の利害が競合する環境のもとでは他人に搾取され の大きな特徴である。
ないためには,自己の効用関数を見ぬかれないよ 和泉/植田のエージェント学習過程を市場にお うにすることが必要である。しかし,他方で,コ ける意志決定のための内面化した規範の形成と解 ミュニケーションの必要性があることから,人々 釈することができる。この意味ではインフォーマ は複雑なコミュニケーション様式を用意する必要 ルな制度の形成と共通する部分がある。したがっ がある(伊藤,2000)。利害関係の錯綜する状況 て,このモデルの問題点を検討しておくことは,
下ではコミュニケーションのプロトコルを確立す 制度に関わる学習のマルチ・エージェント・シミュ る以前に利害の一致を確証する必要がある。制度 レーションを考える上で有益であろう。
は,他方ではコミュニケーションの様式である。 和泉らの研究を力学系の用語で整理すると,次 ゲームの理論的不確実性のエージェントにとって のようになる。ディーラーがどのように市場期待 の減少という観点からみて,制度はコミュニケー 空間における認知像を形成するか,形成された認 ションの様式である。言語もインフォーマルな制 知像の軌道と整合的な市場ダイナミクスとの組か 度の一つであることは言うまでも無い。 らなる不動点(解軌道)がどのようなものであり うるかをシミュレーションにおいて計算している。
マーケット・シミュレーションに関する考察 この際学習パラメタと市場は自律系ではなく,系 の外から与えられる予想材料変数によって駆動さ マルチ・エージェント・シミュレーション研究 れている非自律系である。
がもっとも活発に行われてきたのは,マーケット・ 第1の問題点は次のような点である。彼らの研 シミュレーションである。株式市場などの金融市 究はトレーダーの認知過程を含んでおり,トレー 場は観測数が多く,シミュレーションと現実の観 ダーたち自らが自らの認知像に基づく行動によっ 察とを計量的に比較しやすいことがその一因であ て形成される環境かち反作用を受けているという る。ここではこの分野においてもっとも優れた研 過程を再現することに成功しているように見える。
究の一つとして和泉と植田の研究を取りあげ,考 しかしトレーダーの遺伝アルゴリズムによる学習
察を加える。 過程の現実のトレーダーたちの学習過程との関連
は,明らかではない。現実の学習機構について明 経済史家を除いては,経済理論家に制度に対する らかにすることは諦めるにしても,学習の能力と 関心がいまだに薄いという問題がある。と考えら 速度がはたして現実のトレーダーの学習能力と速 れる。
度と対応してモデル化されているのか,という問
題が残る。このことは,彼らのモデルが学習速度 マルチ・エージェント・シミュレーション・ツー に関してロバストであれば,問題が少ない。しか ルの動向
し,このロバストネスは彼らの論文では示されて
いない1。 限定合理的なマルチ・エージェントのモデルに 第2の問題は,マクロ経済指標=〉トレーダー おいては,演繹的な分析が困難な場合が多く,モ の扱う為替市場という認知関係が設定されている デルをプログラムによって表現し,コンピュータ が,反対の因果関係,トレーダーの形成する為替 上のシミュレーションを行うことにより,新たな 相場二〉マクロ経済指標が整合的かどうかはチェッ 現象の発見を創発的に行うことを目指すことが多 クされていない点である。特に,非バブル解につ い。しかし,(1)マルチ・エージェント・シミュレー いては,この逆の因果関係が不整合である可能性 ションのために用いられる手法には共通性も多く,
があるように見うけられる。そうだとするとこの (2)マルチ・エージェント・シミュレーションに固 非バブル解は現実性のない,いわば影の解である 有な特殊なプログラミングを多用し,(3)グラフィ ことになる。この問題は言いかえれば,対象とし カル・ユーザー・インターフェイスのためのプロ ている市場は予想材料そのものを内包する自律系 グラミングの手間を省きたい,といった理由から,
であって非自律系と考えてはならないのではない Visual Basic, C系言語, JAVAといった汎用 か,ということである。 プログラミング言語と比べて汎用性は損なわれる 制度の存在する解空間はそれほど広くないかも ものの専用のプログラミング・ッールを用いるこ しれない。植田たちのシミュレーションが見つけ とが望ましいことが多い(Epstein/Axtel1,
ることができたのは大雑把に言って2つの解だけ 1996)。
である。バブル解と非バブル解の2つの解だけが マルチ・エージェント・シミュレーション専用 所与の条件の下で存在し得る解空間である。この に開発されたツールがすでにいくつかある。主な 結果を一般化することができるかどうかは,未解 ものとしては,(1〕MITのResnikによるStarLogo,
決の問題であるが,このモデルを一般化したとき Santa Fe研究所のSwarm,(2㈱構造計画研究所 に,マルチ・エージェントからなる空間において のABS(Agent Based Simulator)をあげるこ 得られる解の数があまり多くないとするならば, とができる。
このモデルは比較的単純化されたモデルに帰着さ この中で,(1)Windowsベースで動作するので れ,解析的に扱い得る可能性があるように思われ Unixを用いる必要が無い,(2)インストールが容 る。 易,(3)習得容易なマニュアルがある,(4)日本語を
このような,モデルの複雑性を犠牲にしての解 用いることができるといった特徴を持つのが,
析的なマーケット・シミュレーションの研究とし ABSである。ただし, ABSには欠点もある。実 ては,生天目(1998)があり,他方,単純化され 装されたシステム関数が貧弱であり,複雑なルー た制度を扱った解析的研究としては,Young ルを用いたシミュレーシゴンを表現することが困
(1998)がある。これらの研究にはマルチ・エー 難,グラフィック出力も柔軟性を欠く,等である。
ジェント・シミュレーションとしての多くの共通 これらの特徴をわきまえた上で,使用ッールを
点もあるが,これらの間の架橋は十分でないよう 選択する必要がある。日本において非理工系の学
に思われる。その理由としてはNorthのような 生を対象として,初歩的な社会シミュレーション
を行う教育用にはABSは優れた特徴をもってい である。このモデルにおいては3タイプのエージェ るため,教育用のシュミレータとしてABSが用 ントがそれぞれ多数存在している。第iエージェ いられる場合があり,マルチ・エージェント・シ ントはi財を消費し,i+1(mod 3)財を生産
ミュレーションをアプローチしやすいものとして する。このため財の交換が必要であるが,それぞ いる。このような新たなッールとともに前節で触 れの財は保有コストがc1<c2<c3となる。こ れたような制度に関する経済学的な関心が高まる のため第1タイプのエージェントが自ら生産した ことが,マルチ・エージェント・シミュレーショ 第2財を手放し,保有コストの高い第3財と交換 ンによる制度進化の分析には重要であろう。 するという「スペキュラティブ」な戦略をとるこ とができるかどうかが,第1財が交換手段として マルチ・エージェント・シミュレーションの課題 流通するためのキーポイントとなる。
彼らのモデルは,利得による学習モデルであり,
ここでは,マルチ・エージェント・シミュレー Kiyotaki−Wrightモデルに対して,一・つまたは2 ションが実経済を説明する上での問題点をDuffy つの要因,次の(1)または(1)(2)を加えた場合を,
(2001)に沿って明らかにしたい。経済主体を限 人工工一ジェントとリアルな被験者において比較 定合理的なエージェントとして理解しようとする している。2つの要因とは,(1)3種類のプレイヤー 際に問題となるのは,限定合理的なエージェント のタイプが均等ではなく,不均等な比率で分布さ が広範なエージェントを意味しうることである。 せること,(2)第2,第3タイプのプレイヤーが均 すなわち経済主体をどのような限定合理的工一ジェ 衡戦略から外れている場合に第1タイプのプレイ
ントとしてモデル化すればよいのかという問題で ヤーに対してノイズ要因になると考え,第2,第 ある。当然ながら経済主体の合理性を仮定すれば, 3のプレイヤーを均衡戦略に固定すること,であ 免れる問題が前面に現れざるをえないことになる る。これら2つの要因を加えることによって,エー
(Rubinsten,1998)。この点に関して,従来の理 ジェントの戦略は均衡により速く到達することが 解は比較的楽観的かつ単純なものであった。しか できると予想される。
し,実際にマルチ・エージェント・シミュレーショ 人工工一ジェントによるシミュレーションの場 ンを行い,リアルな被験者による実験経済学の結 合も,被験者による実験の場合も,彼らの予想は 果と比較を行う場合には,経済主体のモデル化は おおむね支持されている。すなわち,要因(1)を加 多くの場合に容易なものでないことが明らかにな えた場合には均衡への収束が若干速くなり,(1)と る。 (2)を加えた場合には第1タイプのプレイヤーが均
Duffy(2001)はKiyotaki−Wrightモデルのマ 衡戦略にいたる速度が速まっている。
ルチ・エージェント・シミュレーションとリアル とはいえ,これらのシミュレーションおよび実 な被験者による実験とを比較している。その際, 験によっても,限定合理的な人工工一ジェントお ベンチマークとなるのはコンピュータ・シミュレー よび被験者たちがKiyotaki−Wrightの貨幣モデ ションによって得られた結果であり,均衡にいた ルにおける均衡を十分に再現しているとは言えな る速度を速めるために導入された要因がリアルな い。したがって,バーチャル,リアルのいずれに 被験者においても有効であるかどうかが調べられ おいても限定合理的な経済主体が貨幣の形成を示 ている。 すことができていないのが現状である。とりわけ Kiyotaki−Wrightモデルとは,財の異なった保 2要因(1)(2)を加えた場合には,人工工一ジェン 有コストの存在する交換経済モデルにより,保有 トと被験者による実験の比較という観点からは有
コストの低い財が交換手段として選択される均衡 効でありえても,Kiyotaki−Wrightモデルの再現
が存在するという,サーチに基づいた貨幣モデル という点では,非常に強い制約をおいており問題
がある。 を変革してゆく原動力となるものでもありうる。
しかしながら,Duffyは次のような点において, マルチ・エージェントの経済学は,和泉と植田 マルチ・エージェント・シミュレーションの経済 のマーケット・シミュレーションに見られるよう 制度の理解に示唆を与えている。第1に,人工工一 に,多かれ少なかれ人間の学習のシミュレーショ ジェントによるマルチ・エージェント・シミュレー ンを目指すほかない。したがって合理性の限界が ションは被験者による実験経済学の知見と比較可 どこにあるのか,いや非合理なありのままの人間 能であり,また比較にすることなしに人工工一ジェ が暮らしやすい,それでいて社会的・経済的合理 ントの妥当性が示されないこと,第2に,実験に 性を満足するような社会を,社会的個人の生成の よる人間の行動に関する知見は,マルチ・エージェ 観点から考えるのがマルチ・エージェントの経済 ント・シミュレーションによる解明が可能であろ 学ということになる。
うこと,第3にリアルな人間の行動に関しては, このような観点から本稿では,第1に,制度に おそらく人工工一ジェントによる再現はそれほど とって学習の概念が重要であることを論じ,第2 容易ではなく,文化・慣習といった社会の基底的 に社会的な学習はマルチ・エージェント・モデル な要因にも依存する可能性のあること(Williamson, として扱われること,第3に,そのモデルを発見 2000),である。 的に用いる場合,解析的に明らかにすることが困
難な場合にはマルチ・エージェント・シミュレー おわりに ションが有用な分析手段であること,第4に社会 的・経済的制度に対する理論的関心とマルチ・エー 制度について理解することは,限定合理的なヒ ジェント・シミュレーションによる分析とが結び 下というエージェントが集団としてどのような学 つくことの重要性,を論じた。
習をしてゆくのかという問題に帰着する。たとえ
ば,ヒトはどのように所有権を法的な概念として 注本稿は経済理論学会第48回大会における分科会報 確立してきたのか。株式会社や立憲民主制国家と 告(2000年10月21日)に加筆・訂正したものである。
いう制度をどのように発見したのか。機能を理解
することはできたとしても,それが経路依存的で 文献
あるとするならば,どのような社会的学習によっ 和泉潔・植田一博(1999),「コンピュータの中の市 て,それを確立してきたのかが,実在する制度と 場:認知機構をゐつエージェントからなる人工市 その限界を理解する上で必要となろう。 場構築とその評価」,r認知科学」,6(6),1−12
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済学者こそ十分な注目を払ってこなかった分野で 盛山和夫(1995),r制度論の構図』,創文社 あるが,実務家やマーケティングといった領域に 戸田正直(1992),r感情」,東京大学出版社
おいては,まさに主題としてあつかわれてきた分 生天目章(1998),rマルチエージェントと複雑系」,森 野である。新しい商品がヒットするとは,いまま 北出版
では存在しなかった消費財が多くの消費者の行動 山田誠二(1997),r適応工一ジェント」,共立出版 パターンの中に織り込まれてゆくという過程であ Epstein, J. M./Axte11, R.(1996), Groω πg
る。あるいはその商品が,冷蔵庫,テレビ,自家 五r頭CごαZ80C θ鹿S SOC∫αZ SC 飢Cθか0配オんθ 用車,携帯電話やインターネット・プロバイダー・ Bo伽π乙の, Brookings Institute(服部正太/
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