NII-Electronic Library Service 『
孝
養
集
』の
六
道
説
六
道
絵
制
作
の思
想
背
景
を
めぐ
っ てN工工一Eleotronlo Llbrary Servloe
苫
米
地
誠
一 『孝 養集』の 六道 説 (苦米地 ) 一
は
じ
め
に
去
る 平 成 十 七年
十 月 二 十 四 日 に 京 都 国 立博
物 館 に お い て 仏 教美
術
研
究 上 野 記念
財
団 の 助 成 研 究 と し て 六 道 絵 に 関 す る シ ン ポ ジ ウ ム が 開催
さ れ た 、 そ こ で 「 「 六 道 」 観 の 一 側 面 − 真 言 密 教 の 視 点 か ら ー 」 と 題 し て 発表
し た 。 そ の 内〔 1 ) 容 は 、 シ ン ポ ジ ウ ム の
報
告書
『 六 道 絵 の 思 想 と 美 術 』 に掲
載 さ れ た が 、紙
数 の都
合
も 有 り 、 問 題 の 一部
に し か 触 れ る こ と が で き な か っ た 。 と こ ろ で 六道
絵
の 背景
思 想 と し て の 「 六道
」 観 の問
題 に つ い て は 、 す で に多
く
の 論 考 が 積 み 重 ね ら れ て き て お り 、〔 2V こ と に 平 成 元
年
に 刊 行 さ れ た 中 野 玄 三 氏 に よ る 『 六 道 絵 の 研 究 』 は 、 そ れ ま で の研
究 を 網 羅的
に 批 判 ・ 継 承 さ れ 、 問 題点
を 整 理 さ れ て お り 、 六道
絵
制 作 の 背 景 に つ い て 詳 し く 検 討 さ れ て い る 。個
別
的 な作
品 の 研 究 は 措 く と し て 、 六道
絵
制 作 の背
景
に つ い て の 総体
的 な 研 究 と し て は 、 現在
の 到 達点
を 示 し て い る と い え よう
。 今 は こ の 研 究 を 参考
に し な が ら 、真
言
密
教 の 視 点 か ら 、 と いう
よ り も 真言
密 教 研 究者
の視
点
か ら 、 「 六道
」観
の 一 側 面 の そ の 一 端 に つ 一355
一智 山 学報第五 十 六輯 い て 検 討 し て い き た い 。 既 に 前 の
論
考 に お い て 、 一 般 的 な 「 六道
」 観 の 問 題 に つ い て、 須 弥 山 世 界 の 中 で の 六 道 世界
と い う 認 識 の 問 題 と 、 ( 3 ) ? 〉 『往
生 要集
』 以 前 に 六 道 の 様 相 を 説 い て い る 文 献 と し て 青 竜寺
寺 主 良 賁 ( 七 一 〇 〜 七 七 一 )撰
『 凡 聖界
地 章 』 と 、 こ 〔 5 ) れ を 引 用 し て い る 弘 法 大 師 空 海 ( 七 七 四 〜 八 一一一 五 ) 撰 『 秘 密曼
荼
羅 十 住 心 論 』 に つ い て は 述 べ た 。 こ こ で 『 往 生 要 集 』 だ け で は な く 、 『 凡 聖 界 地 章 』 や 『 十 住 心 論 』 が 六 道 を 説 明 す る 要 文集
と し て 利 用 さ れ る 可 能性
に つ い て で あ ( 6 ) る が 、 こ の 点 に 関 し て 注 目 さ れ る の が 、 興 教 大 師 正 覚房
覚 鑁 ( 一 〇 九 五 〜 一 一 四 三 )仮
託 の 『 孝 養集
』 で あ る 。 前 の 発表
の 後 、 こ の 鎌 倉 中末
期 に 成 立 し た 『 孝養
集 』 と いう
抄 物 に お け る 六 道 説 に つ い て、 新 た な 知 見 が 加 わ っ た の で 、 こ こ に 改 め て 『 往 生 要集
』 以 降 の文
献 と し て こ れ を 取 り 上 げ 、 六 道 絵制
作 の 思 想 的 な 背 景 に つ い て 些 か 述 べ て み た い 。論
旨 の 都 A 冂 上 、 重複
す る部
分 も 有 る が 、 了 さ れ た い 。 二覚
鑁
仮
託
『孝
養
集
』 }356
一 『 孝 養集
』 は 興 教 大 師 覚 鑁 が 母 親 の た め に 著 し た と さ れ 、 伝 承 さ れ て き た が 、 念 仏 ( 十 念 ) に よ る 他 方 世 界 と し て の極
楽 へ の 順 次往
生 を 説 き 、 顕 教 浄 土 教 的 な 内 容 か ら覚
鑁 撰 述 に 仮 託 さ れ た 僞 撰 書 と さ れ て い る 。 ( ↓ 中 野 達 慧 師 は、 本 書 を 「 ケ ウ ヨ ウ 集 」 ( き ょ う よ う し ゅ う ) と 呼 び 習 わ し て い る と さ れ 、 寛 永 二 十 ( 一 六 四 三 ) 年 版 本 の奥
書 に 天 治 二 (=
二 五 ) 年 覚 鑁 三 十 一 歳 の 作 で あ る こ と が 示 さ れ な が ら 、 晩 年 の作
であ
る 『 一 期 大 要 秘 密 ( 8 ) 集 』 が 引 用 さ れ、 し か も 「 或 人 か ん が え て 、 一 期 大 要集
と名
づ け り 。 其 文 に 日 、 云 々 」 と あ る こ と は覚
鑁 の文
章 と 考 え ら れ な い こ と 。 ま た 本 書 が 浄 土 三 部 経 に 依 拠 し て 西方
極
楽 浄 土 へ の 往 生 を 述 べ る こ と は覚
鑁 の 思 想 教 理 と 異 な るも
の で あ る こ と を 指 摘 さ れ 、 本書
を 偽 撰 と さ れ た 。 も っ と も 中 野 達 慧 編 『 興 教 大 師 全 集 』 で は 、 中 野 師 が偽
撰 とNII-Electronic Library Service 『孝 養集 』の六 道説 (苦米地) し て 外 さ れ た も の を、 発 行
者
の 富 田數
純 師 は 、古
来
よ り覚
鑁
作
と し て 相 伝 さ れ て お り 、 「 厳 密 の 意味
に お い て考
察
( 9 ) す る 時 は 、 此 の孝
養
集
の 如く
疑 は る る も の 他 に な き に し も あ らず
」 と し て 、 こ れ を 巻 末 に 加 え 、 掲載
し て い る 。 ま ( 10 ) た櫛
田 良 洪博
士 に よ れ ば 、 生 駒 上 人良
遍 (=
五 〇 〜 一 二 三 二 ) の 『 法 相 二 巻 鈔 』 刊本
の奥
書 に 、 仁 治 三 ( 一 二 四 二 )年
の 年季
の 「根
来覚
鑁 尊者
」 の作
とす
る記
事 が あ る と さ れ 、 ま た 三条
西実
隆
( 一 四 五 五 〜 一 五 三 七 ) の 日 記 『実
( 11 ) 隆 公 記 』 の 明応
七 ( 一 四 九 八 ) 年 四 月 二 十 九 日 条 に 「孝
養 抄 覚 鑁 上 人 作 」 と 見 え る と し な が ら 、 共 に こ れ が今
の 『 孝養
集
』 で あ る か否
か は つ き り し な い が 、 た だ 教 理 的 に は覚
鑁
の も の で は な く 、 ま た 女 人往
生 の こ と が 主 張 さ れ る の は 鎌倉
後
期 以 降 で あ ろう
と さ れ る ・ 松崎
恵水
箋
は ・ 櫛 田博
士 と ほ ぼ 同様
で あ る が ・ 『 法相
二 巻 鈔 』 の 奥書
に つ い て 、法
隆
寺
古 写本
の奥
書 に は 、 こ れ を否
定 し て い る の で 、検
討
の余
地 が あ る と さ れ 、 し か し 『実
隆
公 記 』 明 応 七年
四 月 二十
九 日 条 の 「 孝 養抄
」 を今
の 『孝
養 集 』 と さ れ て 、 こ れ 以前
の 成 立 と さ れ る 。 『 法相
二 巻 鈔 』 の刊
本 に つ い て は 、 大 正 大 学 図書
館 所蔵
の 元 治 元 ( 一 八 六 四 ) 年 刊和
泉 屋 庄次
郎
蔵
版
本 は 、 天 保 七 ( 一 八 三 六 )年
刊 本 の 再 版 本 で あ る が 、 『 唯 識 大 意 』 と 題す
る 一 巻 本 で 、外
題 に は 「 ( 生 駒 良 遍 作 / 孝 導 国 字 抄 ) 唯 識 大 意 完 」 とあ
る 。 そ の 四 十 丁 左−
四 十 一 丁右
に 「 根来
覚
鑁尊
者 ハ密
宗 ノ大
導
師 ナ レ ド モ 、 母 堂 ノ 為 二孝
養
集 三巻
ヲ ( 13 ) 撰 ビ テ 、念
仏
ヲ勧
ム 」 と見
ら れ る 。良
遍 の弟
子 の 記 し た 記事
の よう
に も 思 わ れ る が 、 鎌倉
期 に覚
鑁 の こ と を 「根
来
寺
」 と 呼 ぶ こ と は 考 え 難く
( 根 来 寺 が 高 野 山 大 伝 法 院 方 か ら 分 離 ・ 独 立 し た の は 南 北 朝 期 以 降 と 考 え ら れ る 。 鎌 倉 期 に 、 ま し て や 鎌 倉 末 期 の 大 伝 法 院 学 頭 で 、 根 来 寺 に 伝 法 大 会 を 移 し た と 伝 承 さ れ て き た 中 性 院 俊 立 旦 房 頼 瑜 〔 一 二 二 六 〜 = 二 〇 四 ) 以 前 の 時 代 に は、 覚 鑁 の こ と を 「 高 野 ( 山 ) 大 伝 法 院 」 を 以 て 呼 ぶ こ と は あ り 得 て も 、 大 伝 法 院 の 末 寺 で あ る 「 根 来 」 を 以 て 呼 ぶ こ と は 考 え 難 い ) 、 そ の 点 か ら も 後 世 に 創 作 さ れ た 記 事 で は な い か と 思 わ れ る 。櫛
田 博 士 は 仁 治 三年
の奥
書 と さ れ る が 、良
遍 以前
の 母 親 に 対 す る孝
養
の 書 に つ い て 列挙
す
る 記事
の 中 に 見 ら れ る も の で 、 そ の 後 に 仁 治 三 年 以降
の 転 写伝
歴 の奥
書 が 見 ら れ る も の であ
り
、 こ れ は 刊 本印
行
の 際 に参
照 さ れ た 写 本 の 本奥
書
と 思 わ れ る 。 そ の 前 に弟
子
に よ る 、 一357
一 N工工一Eleotronlo Llbrary智山学 報第五 十 六輯 良 遍 以 前 の 孝
養
の 書 に つ い て の 一 文 が有
る こ と は 、 些 か 不 自 然 な感
も 有 る 。 し か し 筆者
未 見 で あ る が 、 こ れ が 天保
七 年 、 ま た は 寛永
十 八 ( 一 六 四 一 ) 年 に 印 行 さ れ た 際 の後
跋
で あ れ ば、 そ こ に 「 根 来覚
鑁尊
者 」 と い う 表 現 が見
ら れ て も 、 ま た 『孝
養 集 』 を覚
鑁 の 著作
と し て い て も 不 思 議 は な い し 、 真 撰 と す る だ け の 根 拠 と も な ら な い 。 或 い は底
本 に は 奥 書 が無
く 、 対 校本
の 奥 書 を後
跋 の 後 に加
え た とす
れ ば 、 問 題 と は な ら な い で あ ろう
。 ま た 『 実 隆 公 記 』 の 記 事 に つ い て は 判 然 と し な い が 、 室 町 末 期 で あ れ ば 、 ど ち ら の 可 能 性 も あ り 得 よ う 。 ( 14 ) ま た 伊 原 照 蓮博
士 は 、 『 孝養
集
』 の 偽 撰 を 認 め な が ら 、高
野 山 上 に お い て も 『 二 十 五 三 昧式
』 が書
写 さ れ 、 行 わ れ て い た こ と を 以 て 、 『 孝 養集
』 が高
野 山 で 成 立 し た と し て 不 思議
で は な い と さ れ る 。 叡 山横
川
系
の 顕 教 阿 弥 陀 浄 土 教 の 影 響 が 高 野 山 上 へ 展 開 し た の が何
時 の 時 期 か ら で あ る か は 明 ら か で は な い が 、 『 真 言宗
談
義
打 聞 集 』 に よ れ ( 15 ) ば 、 覚 鑁 の 当 時 、 既 に高
野 山 上 で 常 行 三昧
が修
さ れ て い る 。 も っ と も こ の 常 行 三昧
は叡
山 東 塔 ・ 西塔
系 の ( 本 尊 を 金 剛 界 阿 弥 陀 五 尊 と す る ) 密 教浄
土 教 と し て の も の で あ っ た と も 考 え ら れ る が 。 ま た覚
鑁 の 寫 瓶 の弟
子 で あ る 大伝
法
院 第 四 代 学 頭 ・密
厳
院 第 二 代 院 主 浄 法 房兼
海 ( 、 一 〇 七 〜=
五 五 ) も 、 高 野 御 室覚
法
法 親 王 ( 一 〇 九 一 〜 一 一 五 三 ) が 久 安 六 (=
五 〇 ) 年 に高
野 山 上 で 修 し た 逆 修 法 要 別 座供
養
の導
師 を 勤 め 、 そ の 表白
中 に 「先
徳 」 と し て源
信
の ( 16 ) 『 往 生 要 集 』 を 引 用 し て い る 。 ま た 頼 瑜 も 「 近 代 の 念 仏 者 」 と し て 法 然 房 源 空 (=
三 一 二 〜 一 二 一 二 ) 門 流 の専
修
念 ( 17 ) 仏 と 考 え ら れ る者
に 対 す る 親 近 感 を 表 明 し て お り 、 そう
い っ た 意 味 で の 顕教
阿 弥 陀 浄 土 教系
の影
響
を 認 め る こ と は で き よ う 。 し か し だ か ら と い っ て、 教 理 的 に 天 台 的 な 要 素 の 強 い 「孝
養 集 』 を 、 短 絡 的 に高
野 山 上 に お い て 成 立 し た と す る こ と に は 問 題 が あ ろう
。 〔 18 ) ( 19 ) ( 20 ) こ れ に 対 し て 斉 藤 雅 恵 氏 に よ れ ば、 『 孝 養集
』 下 巻 の 臨 終 行 儀 は 、 浄 土宗
第
三 祖 良 忠 ( 一 一 九 九 〜 一 二 八 七 ) の ( 21 ) 『 看 病 用 心 鈔 』 と 共 通 し た 独 特 の内
容
を 持 ち 、 そ の 前 後 関係
は 決定
で き な い も の の 、 成 立 時 代 は 近 い も の と 考 え ら れ る と さ れ る ( 恐 ら く は 『 孝 養 集 』 を 参 照 し て 『 看 病 用 心 鈔 』 が 成 立 し た の で は な い か と 推 測 さ れ る ) 。 一358
一NII-Electronic Library Service 『孝養集』の六道説 (苦米地) 『
孝
養集
』 は 、 内容
的 に は 天台
教 学的
な 傾 向 が 強 く 、 真 言宗
僧
の手
に な る も の で あ る か 否 か に つ い て は 大 い に 疑問
が あ る が、 ま た 中 巻 の第
十 二 門 の 「 法 華 経 を 読 む べ し 」 と さ れ る 一 段 で 、 「 仏 に は 阿 弥 陀 如 来 、法
に は 『 法華
経
』 、 ( 22 )僧
に は観
音
な り 。 こ れ を 申 さ ば 一 体 な り 」 と さ れ る 所 は真
言宗
( 東 密 ) に も 共 通 す る 。 こ れ は 空 海 の 『法
華 経 ( 23 ) ( 24 ) 開 題 』 に お け る 『 法 華 経 』解
釈 に 拠 る も の で 、 こ こ で は 『 理 趣 釈 』 に 基 づ い て 、 『 法 華 経 』 を 阿弥
陀
如
来 ・観
自 在菩
薩 の 三 摩 地法
門 ・ 法曼
荼
羅 と解
釈 す る 。 し か し 天台
口 伝 法 門 に も 『法
華経
』 と阿
弥 陀 如 来 の 不 二 観 は示
さ れ 、 最 〔 25 )澄
僞 撰 の 『 本 理大
綱 集 』 に は 「法
華 経 と 阿弥
陀 と 同 じ き こ と 」 と し て 、 阿 弥 陀 を 『 法 華 経 』 と名
つ く と し て い る 。 ま た 日本
天台
宗 の 教 学 に お け る 『 法 華 経 』 と 阿 弥 陀 ・ 観 音 の 一致
に つ い て は 、少
し時
代
は 下 が る が 、慈
眼 房 光 宗 〔 26 ) ( 〜 =一 二 七↓
撰 『渓
嵐
拾葉
集 』第
二 十 七 巻 「法
華
法
」 の 中 の 「 普 門 品事
」 に 、 「自
性清
浄
覚
悟 の蓮
華
の 徳 、 法 部 と 顕 れ る の 時 は今
の 妙法
蓮 華 な り 。 仏 と 顕 れ る 時 は是
れ 阿 弥 陀 な り 。菩
薩 と 顕 れ る 時 は 是 れ 観音
な り 。是
れ 即 ち 人法
不
二 の義
、 顕 る る な り 」 と あ り 、 東 密 と 同 様 の 理解
が 見 ら れ る 。 ( 27 ) ま た 最 澄 仮 託 『修
禅寺
決
』 に は 、 東 密 の 三 摩 地 法門
・ 法曼
荼 羅 観 と 類似
し た 主 張 も 見 ら れ 、 「妙
名
を 唱 ふ る は 即 ち 一 心 三観
・ 一念
三 千 な り 。 何 ぞ妙
名 に 観心
な し と い ふ べ け ん や 」 と し な が ら 、 『観
智
儀 軌 』 に よ れ ば 、 『法
華経
』 の梵
語 の 九 字 を 九尊
に 配当
し 、 最 初 の 薩 字 は 大 日 遍照
の 惣体
で あ る と さ れ 、 こ の密
教
( 『 観 智 儀 軌 』 ) の説
と 天 台 の義
と は 同 じ で あ り 、 「 速 や か に情
量 を絶
し て 妙 の 一 名 を 唱 ふ れ ば 、 大 日 智 身 の 海 印 の 諸法
惣
徳
の妙
行
立 つ が 故 に 直 ち に 法体
に 帰 す 」 と さ れ る ( も っ と も 不 空 訳 『 成 就 妙 法 蓮 華 経 王 瑜 伽 観 智 儀 軌 』 に は こ の よ う な 配 釈 は な く 、 岩 波 日 本 思 想 ( 28 ) 大 系 『 天 台 本 覚 論 』 の 註 記 で も 空 海 説 に 基 づ く も の で は な い か と し て い る ) 。 ( 29V こ の 「妙
の 一名
」 と は 『法
華 経 』 の 題 目 で あ ろう
。 『修
禅寺
決
』 に 、 臨 終 の 一 心 三観
を 説 い て 、法
具
の 一 心 三 観 を 『 法華
経
』 と し 、 臨終
に は 「南
無 妙 法 蓮華
経 」 と 唱 え る 、 とす
る 。 ま た有
相行
で あ る礼
拝行
と し て 、 十界
の 絵 像 ( 30 ) を 礼 拝 し て、 十 界 の 全 て を 三 諦 ( 空 仮 中 ) と観
ず る こ と を 説 く箇
所
に も 、 口 に は 「南
無
妙
法
蓮華
経
」 と 唱 え 、 心 に 一359
一 N工工一Eleotronlo Llbrary智山学報第五 十 六輯 は 三
諦
を 観 想す
る と し て 『 法 華 経 』 の 唱 題 が 示 さ れ る 。 し た が っ て こ れ は 『法
華 経 』 の 題 目 に お け る 止観
に よ っ て 〔 31 ) 法体
に 帰 す こ と が で き る と さ れ る も の と い え よう
。 ま た 恵 心 院僧
都 源 信 ( 九 四 二 〜 一 〇 一 七 ) 仮 託 の 『 真 如 観 』 に も 、 又 天 台真
言宗
、 倶 に 蓮 花 三 昧 の義
を許
し て、 一 切 衆 生 の胸
の 間 に 八 分 肉 団 有 り、 八葉
の 蓮 花 に 形 を 取 れ り 。 此 れ を 心 蓮 花 と名
つ く 。 此 の 蓮 花 の 上 に 、 胎 蔵 界 に は 八 葉 九 尊 ま し ま す 。 金 剛 界 に は 三 十 七尊
住 し 給 へ り 。 ( 中 略 ) 又 一代
聖 教 の 中 に は何
の 経 に か 此 の説
見 え た る 。 一 代 聖 教無
尽 な れ ど も、 亦 法 華 経 首 題 の名
字 の 中 に 、妙
法 蓮 花 の 四字
に 此 の義
顕 れ た り と あ り 、 『法
華 経 』 の 題 目 に 真 如 実 相 ・ 金 胎 両 部 の 諸 尊 を摂
す る こ と が 主張
さ れ る 。 ま た こ こ で 言 わ れ る 「真
言 ( 32 )宗
」 と は 、 「 天 台 真 三 口宗
を 除 い て 余 宗 は爾
前 の 諸経
に 順 ず れ ば 」 と あ る と こ ろ か らも
台
密
を 指 す こ と は 明 白 で あ ろう
。 こ の よう
に 天台
口 伝 法 門 に お い て は 、 『 法 華 経 』 の 題 目 に 金 胎 両 部 の 諸尊
を 摂 し 、 天台
と 真 言 密 教 ( 台 密 ) と が 不 二 で あ る こ と が 主 張 さ れ て お り、 そ こ に 密 教 の字
義 釈 的 な 解釈
方
法
を 援 用 し て 、 『 法華
経 』 と 阿 弥 陀 の 不 二 一体
で あ る こ と が 示 さ れ る こ と に な っ た の で は な い か 。 『 孝 養集
』 に お い て も 、 『法
華 経 』 と 阿 弥 陀 ・ 観 音 の 不 二 一 体 で あ る こ と が 述 べ ら れ る も の の 、 字 義解
釈 ( 三摩
地 法 門 ・法
曼 荼 羅 観 ) と し て は 示 さ れ な い 。 か え っ て修
行 と し て は 『法
華
経
』 所 説 の 五 種 法 師 行 が 挙 げ ら れ 、 『法
華 ( 33 ) 経 』 読 誦 の 作 法 が 示 さ れ て い る 。 更 に 続 け て さ て も 法 華 経 と 申 す は 一 切 衆 生 の 心 性 真 如 実 相 の 理 、 こ れ を 妙 法 と 申 す な り 。 ( 中 略 ) さ れ ば こ の 経 は皆
我 が身
の 中 に 備 わ り た ま へ る 万 徳 円満
の 無 量 劫 に も 顕 れ た ま わ ざ れ つ る に 、 三因
仏 性 の今
既 に新
た に 顕 れ た ま え る な り 。 と あ り 、殊
に 『 法 華経
』 の 題 目 で あ る 「妙
法 」 を 衆 生 の 心 性 ・ 真 如実
相 の 理 と す る 解 釈 な ど は 、 全 く 天台
口伝
法 門 の 主 張 そ の も の に 他 な ら な い 。 一360
一NII-Electronic Library Service 『孝養 集』の六道 説 (苦 米地 ) ( 34V し か し ま た 恵 心
院
僧 都 源信
( 九 四 二 〜 一 〇 一 七 ) の 『往
生 要 集 』 や 『真
如 観 』 な ど の 天 台宗
典 籍 と と も に 、 ま た 空 ( 35 ) 海 の 『 十住
心 論 』 や覚
鑁 の著
作 な ど を も 引 用 し 、 或 い は中
巻 第 九 「 妄 念 を 静 む る様
」 に は数
息観
を 述 べ 、 『 発 菩 提 心論
』 を竜
樹 作 と し て 引 用す
る な ど 、 真 言宗
( 東 密 ) 的 な要
素 も 認 め ら れ る 。 こ と に覚
鑁 撰 述 の 引 用 は 、 大 伝 法 院 ( 36 )系
統
と の 関 係 を 思 わ せ る 。 た だ し そ れ は 、 『 十住
心論
』 の 引 用 が 六道
の 様 相 に 関 す る 説 明 の 部 分 で あ り 、 ま た覚
鑁 撰 述 で あ る 『 一 期大
要 秘密
集
』 の 引 用 が 、没
後 の 生 所 の相
と 、 三 悪 趣 へ 堕 し た場
合 の 追 善 供養
の 法 に つ い て 述 べ る 個 所 で あ っ た り と 、 あ ま り教
理 的 なも
の と は な っ て い な い 。 ま た 密 教 の功
力 に つ い て も 、 没後
追 修 の 他 に 、 往 生 の ( 37V 際 の 魔 障 を 払 う こ と を 述 べ る が 、往
生 の た め の 行業
と し て は 『 阿 弥 陀 経 』 ・ 阿 弥 陀 念 仏 ・ 『法
華
経 』 読 誦 な ど を あ げ 、 こ と に 十念
を 重 視 し て お り 、真
言 の功
徳 に よ る 往 生 は 述 べ て い な い 。 ま た 修行
に つ い て 、 菩提
心 を 発 し 、 仏 の 制 戒 ( 38 ) を 持 つ べ き こ と を いう
が 、観
想 念 仏 に 於 て さ れ ば 西 方 の 仏 の 光 の 、 我 が身
の 中 に 入 り た ま ふ を 己 心 の 如 来 と は申
す な り 。 己 心 の 仏 と い ふ は 、 西 方 の 阿 弥 陀 を離
れ て本
よ り有
り と申
す は 悪 しく
意 得 て 申 す な り 。 ま た 本有
の 仏 と申
す も 、 修 得 を 離 れ て 求 む べ か ら ざ れ ば 、我
心 す で に 是 れ 己 証 の 遮 那 な り と知
る を 、 実 の 念 仏 と は 申 す な り 。 ま た菩
提
心 を発
す と も申
す べ し 。 よ く よ く知
り ぬ れ ば 、 必ず
極
楽 に 生 る る なり
。 い か な る 衆 生 を も 、 仏 の 光 は 是 の如
く
照 ら し た ま へ ど も 、 我 心 に 照 る と知
ら ざ る 限り
は 三 界 を 出 で ず 。 照 ら し た ま ふ と 知 れ ば 、 始 め て 仏 界 に 入 る な り 。 云 々 と あ る 所 な ど は 、 『 法 華 経 』 に対
す
る 姿 勢 ・ 信仰
と共
に 、 天 台 口伝
法 門 の 説 と 思 わ れ る 。 こ と に 「 西 方 の 仏 ( 阿 弥 陀 如 来 ) 」 を 「 己 心 の 如 来 」 「 己 心 の 仏 」 と い い 、 こ れ を 「修
得
を 離 れ て 求 む べ か ら ざ 」 る も の と し 、 「 我 心 す で に 是 れ 己 証 の 遮 那 な り と知
る 」 こ と が 「 実 の念
仏 」 「 発菩
提 心 」 で あ り 、 「 よ く よ く 知 り ぬ 」 る こ と が 最 も 重要
で あ る と す る こ と は 、 天台
口伝
法 門 そ の も の と も 思 え る 。 ( 39 ) た だ し 天台
ロ 伝法
門
文
献
の 『 修 禅寺
決 』 に示
さ れ た 十 界 図 や 、 十 界 を 空 仮 中 の 三諦
と し て観
想 す る 観 心 的 止 観 の 一361
一 N工工一Eleotronlo Llbrary智山学 報第五 十 六輯 立 場 が 、 十 界 互 具 思 想 を 基 盤 と し た 六 道
肯
定
の 立場
で あ る の に 対 し て 、 『孝
養 集 』 の場
合 は 『 十住
心論
』 を 引 用 し な が ら も 、 「 往 生 要集
』 と 同 じ 六 道 厭離
の 立場
に 立 っ て い る 。 尤 も 天 台 口 伝 法 門 で あ っ て も 、単
な る 現 世 肯定
・ 卜 界肯
定
( 六 道 肯 定 ) だ け で は な く 、 恵 心 流 が そ の祖
を 『往
生 要集
』 の 作 者 源 信 と す る よう
に 、 同 時 に 極楽
浄 土往
生 も説
か れ て い る 。 『真
如観
』 で は 、 一 方 で は 十 界 の 美 々 が真
( 40 ) 如 で あ る と し な が ら も 、 真如
を 観 想 す る こ と に よ り 極 楽往
生 が 出 来 る こ と を説
き 、 ま た 「娑
婆
世 界 の 人 は 必 ず 極楽
を 願う
べ し 、 有 縁 の 国 な る が 故 な り 。 さ れ ば 我 も 口 に は弥
陀 の名
号 を 唱 へ 、 一 心 に真
如 の 理 を 思 へ ば 、須
臾 の 間 に 仏 に 成 る 。 況 ん や 弥 陀 の 宝号
を 唱 ふ れ ば 、念
々 に 八 十 億劫
の 生 死 の 罪 を 滅 し 、 十念
成 就 す れ ば 、 決 定 し て極
楽 に 生 ( 41 ) ま る 。殊
勝 の 功 徳 に か ね て真
如 を観
ぜ む は、 云 ふ 限 り に非
ず
。 往 生 極楽
の修
因 は 別 紙 に 書 く べ し 」 な ど と見
ら れ る 。 大伝
法
院 系 統 で は 、 頼 瑜 が 専 修 念 仏 の影
響
も受
け て 他方
世
界 で あ る極
楽 浄 土 へ の 順 次 往 生 を 願 っ た と いう
こ と も ( 42 ) あ り 、 真 言 宗 僧 に よ る 顕 教的
阿 弥 陀 浄 土 教書
成 立 の 可 能性
も 考 え ら れ る が 、 そ の 天 台 口 伝 法 門 的 教 理 内容
を考
え る な ら ば 、 天 台 宗 僧 を 中 心 と し な が ら 、 真 言宗
僧 を も 加 え た グ ル ー プ に よ る 制作
の 可 能 性 を 考 え る べ き で あ ろう
。 『 孝 養集
』 の 巻 末 に は 本 書 製作
の 因由
に つ い て 、 出家
し て 山 中 に 居 る僧
が、 田舎
の 母親
に 仏 道 を 願う
べ き様
を 尋 ね ら れ た が 、 自 ら の 心 の 及 ば ざ る こ と を嘆
い て い た と こ ろ 、 三 人 の 聖 人 が 現 わ れ て 哀 れ に 思 い 、 一 夏 の 問 、経
論 の 文 を 引 き 、 様 々 な 文 を 集 め て抄
し た も の 、 と さ れ て い る 。従
っ て そ の作
者 は、 山 中 の 僧 の た め に 本書
を抄
出
し た 三 人 の 聖 人 と いう
こ と に な ろう
し 、作
者 グ ル ー プ の 中 に 山中
の 僧 を 入 れ る べ き か 否 か は 難 し い と こ ろ で あ ろう
。 『 十 住 心論
』 や = 期 大 要 秘 密集
』 の 引 用 が 見 ら れ る こ と は 、 そ の 三 人 の 聖 人 の 中 に 真 言 宗 ( 東 密 ) 僧 が 居 た 可 能 性 を 考 え さ せ は す る が 、 教 理 的 な 引 用 で な い と こ ろ か ら す れ ば 、 必 ず し も東
密 僧 で あ る 必 然 性 は な い 。 逆 に 『真
如
観 』 な ど の 天 台 口伝
法 門 文献
が教
理 的 に 重 要 な所
で 引 用 さ れ て お り 、 『 孝 養集
』 全 体 の 思想
内
容
が 天 台 口 伝 法 門 に 近 接 す る も の で あ る こ と は 、 本書
製 作 の 三 人 の 聖 人 が 天 台 宗僧
で あ っ た 可 能 性 を 高 め る も の で あ ろ う 。 真 言宗
( 東 密 ) 一362
一NII-Electronic Library Service
僧
が 天 台 文 献 で あ る 『往
生 要集
』 を 引 用 す る例
は 極 め て多
い し 、 ま た 天台
宗
文献
に 空 海 の 著作
が引
用 さ れ る 例 も 、 「 渓嵐
拾
葉 集 』 な ど を 初 め と し て多
く 見 ら れ る 。確
か に 覚 鑁 の 『 ] 期 大 要 秘 密 集 』 の 引 用 は 他 に例
が な い か も し れ な い が 、若
し 『 孝 養集
』 が東
密 系 の文
献 と し て も 、 そ れ が良
忠 の 『看
病 用 心 鈔 』 に 影 響 を し て い る と す れ ば 、 翻 っ て東
密 文献
を 引 用 す る こ と を 理 由 と し て 、 『 孝 養集
』 を 東 密 系 の 文献
とす
る 根 拠 と は で き な い であ
ろう
。本
書
製 作 の 三 人 の 聖 人 の 中 に東
密 僧 が 居 た 可能
性 はあ
る も の の 、 全体
と し て は 天台
僧 に よ る 製 作 と 考 え る べ き で は な い だ ろう
か 。 こ れ が覚
鑁 の作
に 仮 託 さ れ た こ と に より
、 そ の 後 の真
言宗
内部
に お い て ( 殊 に は 根 来 寺 方 ( 新 義 派 ) に お い て ) 、真
言 宗 ( 覚 鑁) の著
作 と信
じ ら れ て 伝 承 さ れ て き た 面 が あ る に し ても
、 そ の こ と が真
言 宗 内 部 ( 殊 に は 高 野 山 内 ) で 成 立 し た根
拠 と は な ら な い 。 と も か く 『孝
養集
』 を 鎌倉
中末
期
の 成 立 と し て考
え れ ば 、 現存
す
る 六 道 絵 の多
く が 制 作 さ れ た 時期
に 近 く 、 そ こ に 『 往 生 要集
』 と 『 十 住 心論
』 が 同 時 に依
用
さ れ て い る こ と は 、 こ の 時代
に お け る 「 六 道 」観
を 形 成 し て き た も の が 、 単 に 『往
生 要集
』 だ け で は なく
、 『十
住 心論
』 の 所 説 も 大 き な影
響 を与
え て い た と 考 え ら れ よ う 。 一363
一N工工一Eleotronlo Llbrary Servloe
『孝養 集』の六道説 (苦米地) 『
孝
養
集
』 の六
道
説
ー
『 十 住 心 論 』 『往
生 要 集 』 こ こ で 『 十 住 心 論 』 『往
生 要集
』 と 『孝
養 集 』1
地
獄
道
と の 比 較( 43 ) に お け る 六 道 の
説
相
に つ い て 比較
し て み る 。 先 づ 地 獄 に つ い て 、 『 十 住 心論
』 ( 『 凡 聖 界 地 章 』 ) で は 、 八 大 地 獄 ( 八 熱 地 獄 ) の名
称 と 、 須 弥 山世
界
の 中 で の位
置智 山学 報 第五 十六輯 が 示 さ れ る 。 ま た 八 寒 地 獄 の
名
称 と 、 十 六 別 所 に つ い て も 触 れ ら れ る が、内
容
の 詳 し い説
明 は な い 。 八 大 地 獄 に 関 し て は 、 主 と し て 「 正 法 念処
経
』 に より
、 そ こ に 堕 ち る 罪業
に つ い て 述 べ ら れ 、 ま た寿
命
( 苦 を 受 け る 期 間 ) が 説 明 さ れ る 。 『 往 生 要集
』 で は 、 地 獄 の 説 明 が最
も 詳 し い 。 ま た苦
を 受 け る 相 に つ い て 、 『 正法
念 処経
』 だ け で は な く 『 大 智度
論 』 『 瑜 伽師
地 論 』 『 諸 経 要集
』 な ど に よ っ て 述 べ て い る 点 は、 『 十 住 心 論 』 と 異 な る所
で あ る 。先
ず 八 大 地 獄 のう
ち 、 等 活 地 獄 に つ い て は、 そ の位
置 と 寿 命 に つ い て は 『 十住
心 論 』 と 同 様 で あ る 。 苦 相 の 説 明 は 『 大智
度
論 』 『瑜
伽 師 地 論 』 『 諸 経 要 集 』 な ど に よ っ て おり
、 ま た 等 活 地 獄 の 十 六 別所
の 中 の 一屎
泥 処 ・ 二 刀輪
処 ・ 三 翁 熟 処 ・ 四多
苦 処 ・ 五 闇 冥 処 ・ 六 不喜
処 ・ 七極
苦 処 の 七 別所
に つ い て 、 『 正法
念 処 経 』 に よ っ て 説 明 す る 。 黒 繩 地 獄 以 ド の 地 獄 の 説 明 も 、 等 活 地 獄 の 場 合 と同
様 で あ る 。 ま た 黒 繩 地 獄 に は 等 喚受
苦
処 と 畏 鷲処
の 二 つ の 別 所 が 挙 げ ら れ る 。衆
合 地 獄 の 説 明 の 中 で は 、牛
頭 ・ 馬 頭 な ど の 獄 卒 に つ い て 触 れ ら れ 、 地 獄 の苦
が 自 業自
得
で あ る こ と を 説 く 偈 が 示 さ れ る 。 ま た 別所
と し て は悪
見 処 と多
苦 悩 処 が 挙げ
ら れ る 。叫
喚 地 獄 の 説 明 の 中 で は 、 獄卒
の 手 足 の 長 大 で あ る こ と が 触 れ ら れ 、 罪 人 が 獄卒
に 哀 れ み を求
め 恨 み を 言 う の に 対す
る 閻 羅 人 ( 獄 卒 ) の 答 え が 語 ら れ る 。 ま た 別 所 と し て は火
末
虫 と 雲 火 霧 が挙
げ ら れ る 。 大 叫 喚 地 獄 は叫
喚 地 獄 と 同 じ で 、 苦 し み が 十 倍 であ
る と さ れ、 別所
と し て受
蜂苦
と 受 無 辺 苦 が挙
げ ら れ る 。 焦 熱 地 獄 の 説 明 は 、 や は り等
活
地 獄 の 場 合 と 同 様 で 、 別 所 と し て 分荼
利 迦 と 闇火
風 が 挙げ
ら れ る 。 大 焦 熱 地 獄 の 説 明 で は、 広 さ ・ 苦 相 な ど は 焦 熱 地獄
と 同 様 で、 や はり
そ の 十倍
の 苦 を受
け る と さ れ 、 ま た こ こ で は 罪 人 が ( 中 有 の 問 に ) 閻羅
人 に 連 れ ら れ て 閻 羅 王 の 元 へ 行 き 、 そ こ か ら 地 獄 へ 堕 と さ れ る 様 が 述 べ ら れ る 。 ま た 別所
と し て は 、清
浄
の 比 丘 尼 を犯
し た者
の堕
ち る 内熱
沸 と 、 普 受 一 切資
生苦
悩 が挙
げ ら れ る が 、 『 往 生 要 集 』 で は 一364
一NII-Electronic Library Service 『孝養 集』の 六 道説 (苦 米地) 「 内
熱
沸 」 の名
称 が 挙げ
ら れ ず 、 ま た 「 普受
一 切 資 生 苦 悩 」 が 「 普 受 一切
苦 悩 」 と な っ て い る 。 無 問 地 獄 の 説 明 で は 、 『観
仏 三 昧 経 』 や 『瑜
伽 師 地 論 』 か ら の 引 用 が 長 い 。 別所
と し て は 鉄 野 干食
処
・ 里… 肚 処 . 雨 山 聚処
・ 閻 婆 処 を挙
げ る 。 ま た 更 に 八大
地 獄 の 近 辺 の別
所
地 獄 を 通 じ て 説く
。 『 孝 養集
』 で は 、 八寒
地 獄 と 八 熱 地 獄 を 挙 げ 、 八熱
地 獄 の名
称
と 、 須 弥 山 世 界 の 中 で の 位置
が 示 さ れ る こ と は 『 十 住 心論
』 と 同 じ で あ る が 、 『孝
養集
』 の方
が 簡略
に さ れ て い る 。 ま た寿
命
に つ い て も 、 『 十 住 心 論 』 と 同 様 の 記 述 が 見 ら れ る 。 こ れ ら は 『 往 生 要 集 』 と も共
通 す る も の であ
る が 、 『 十 住 心 論 』 で は受
苦
の様
相 に つ い て の 説 明 が 無 い の に 対 し て、 『往
生 要集
』 で は、 入大
地 獄 の夫
々 に つ い て 、 ま た 夫 々 に 付 属 す る 別所
の 地 獄 に つ い て も 、 詳 し く説
明
さ れ て い る 。 こ れ に 対 し て 『 孝 養 集 』 で は 、 少 分 を述
べ る と し て 、 簡 略 な説
明 が 作 さ れ る 。 そ の 内容
を 『 往 生要
集
』 と 比 べ な が ら 見 て い く と 、 先 づ 初 め に 、 地 獄 に 堕ち
る 罪 人 が 中有
の 問 に無
量 の 苦 を受
け 、 閻 魔 王宮
で 罪 の 軽重
を糾
し 、 獄 卒 に 縛 ら れ て 堕 ち て い く 様 子 を 述 べ る の は 、 『 往 生要
集 』 に お け る 大焦
熱 地 獄 の 記 述 に 近 し い 。 原 拠 は 『 正法
念 処 経 』 で あ る が 、 そ こ で も 大 焦熱
地 獄 の説
明 の 中 に 見 ら れ る 。 元 々 は 焦 熱 地 獄 へ 堕 ち る罪
人 の こ と で あ る が 、 『孝
養
集
』 で は 地 獄 へ 堕 ち る 罪 人 全 般 の こ と と し て 、各
地 獄 の説
明 の前
に 置 か れ る 。 次 に 「 此 の 中 の罪
人 は 、或
い は鉄
の 爪 を 以 て 互 に 其 の 身 を さ き 破 る 。 然 し て 血肉
を 灰 砂 の 如 く に な し、 活 れ ば 亦前
の 如 く にす
る 事数
を 知 らず
」 と あ る の は、等
活
地 獄 の 苦 相 で あ る 。 ま た 次 に 「 或 い は鉄
の 二 の 山 の 中 に 入 て責
め ひ し ぎ 、 或 い は 臼 に 納 れ て つ き く だく
事
、 塵 灰 の如
く な り 。 或 い は 鉄 の 口 ば し あ る 犬馬
虎
狼
集 ま っ て其
の 身 を破
り喰
う
」 と あ る の は 衆 合 地 獄 の苦
相 に相
当
す る 。 そ の 次 の 「 或 い は糞
の 中 に沈
ん で銅
の 口 ば し あ る 虫 、其
の 中 に 充 満 ち て 罪 人 を 喰う
事
、 皮 を う が ち て 肉 に 入 り 、 筋 を断
て 骨 を と を す 」 と い う の は 、等
活 地 獄 の 十 六 別 所 の中
の 一 屎 泥 処 の こ と で あ る 。 次 に 「 あ る い は 鉾剣
を 以 て 、 さ まざ
ま に 裂 き 切 り 、 或 い は 罪 人 を 剣 の林
に 追 い 昇 す れ ば 、 彼 の剣
罪 人 に向
て そ の 一365
N工工一Eleotronlo Llbrary智 山学報 第五 十六輯 身 を 裂 き
破
る 。 し か の み な らず
手
に 取 る も 足 に 踏 む も 皆剣
な り 」 と あ る の は 、 ま た 等 活 地 獄 の苦
相 で あ る 。 「 或 い は 罪 人 の 一 一身
の皮
を は ぎ て 、 鉄 の や け た る 棚 の 上 に 臥 せ て 、 其 の 皮 を は ぎ た る 身 に 、 銅 の わ き か へ る 湯 を 一 一 に灑
ぐ 」 とあ
る の は 、大
焦 熱 地 獄 の 別所
の 中 の 普受
一 切 苦 悩 の 苦相
と 言 え る 。 「 或 い は 口 を あ け て 銅 の湯
を 入 れ ば 、 五 臓 六 腑焼
け 破 れ て 出 ぬ 。 大 方 五 体 身 分内
外
に 少 し も 安 き 所 な き 」 と いう
の は 、叫
喚 地 獄 の こ と で あ ろう
。 ま た 「 さ け ば ん と す れ 共 さ け ば れ ず 。 焔 を 口 に を ほ ひ 、舌
に 釘 を う た れ て あ れ ば な り 」 と いう
の は、 大叫
喚
地 獄 の 別 所 の 中 の 受 蜂 苦 の こ と で あ る と 思 わ れ る 。 ま た 「往
生要
集 』 で は 、 阿 鼻 地 獄 に も 舌 に釘
を 打 た れ る苦
相
は 説 か れ て い る 。 「 時 に 随 て毒
の 虫 雨 の 足 の如
く
し て降
り
ト れ ば 、 其 れ に 随 て焔
い よ い よ さ か り と 成 る 」 と あ る の は 阿 鼻 地 獄 の 相 で あ る 。次
に 獄 卒 の 姿 に つ い て 述 べ 、 そ の 中 の 「 足 手 長 く し て 」 は 『往
生 要集
』 の叫
喚 地 獄 の 説 明 の 中 に 見 ら れ る が 、 そ の他
は 特定
す る こ と が で き な い 。 ま た 「 目 に 見 る物
は 盛 な る 焔 、 耳 に 聞 ゆ る 物 は 百 千 の 毒 の 虫 の ほ え叫
ぶ声
な り 。 罪 人 の 大 苦悩
を な す事
、 人 間 に は讐
う
可 き事
な し 。 地 獄 の 火 を 人 間 の 火 に 比 ぶ れ ば 、 人 間 の 火 は 雪 の 如 く 、 又 八大
地 獄 は=
に 十 倍 ま さり
て 苦悩
を 受 く と い へ り 」 と い う の も 、特
定 の 地 獄 を 指 す も の で は な く 、 地 獄 の 全体
を表
現 し た も の で あ ろ う 。 こ れ に 続 き 「 罪 人 苦 を 受 け て堪
え が た き ま ま に 、 な ど 哀 れ む事
な き 哉 と い へ ば 、 獄卒
答
て 曰 く 「 異 な る 人 悪 を作
す に 非ず
異 な る 人 苦 報 を
受
く
に 非 ず自 ら の 業
自
ら 果 を得
衆 生 も
皆
是 の 如 し 』 と 文 り 」 と い う の は 、 『往
生 要 集 』 の衆
合 地 獄 に説
か れ る 偈 で あ る 。 次 の 「 仏 所 に お い て 癡 を 生 ぜ ば世 出 世 の こ と を 破 る
解 脱 を
焼
く こ とい わ ゆ る 酒 の 一
法
な り 」 と いう
の は 叫 一366
一NII-Electronic Library Service 『孝 養集 』の六道説 (苦米地)
喚
地獄
の 偈 で あ る 。 こ の後
に各
々 の 地 獄 の業
寿
に つ い て 述 べ 、 七 大 地 獄 に 堕 ち る業
因 に つ い て 総 括 す る が 、 こ れ ら は 『往
生 要集
』 に も 『 十住
心 論 』 に も 共 通 す る と こ ろ で 、 ど ち ら に よ る と も いえ
な い 。 そ の後
に 無 間 ( 阿 鼻 ) 地 獄 に つ い て 述 べ る が 、 そ の業
因 が 五 逆罪
で あ る こ と、 ま た そ の 罪 に よ っ て身
長 と 業 寿 と が 次 第 に 一 倍 か ら 五 倍 と な る こ と 示す
記 述 は 、 『 十住
心論
』 を よ り 分 か り易
く説
明 し た も の で あ る が 、 「往
生 要 集 』 に は見
ら れ な い 。 た だ し そ の 後 に 続く
記
述
は 『 往 生 要 集 』 か ら採
っ た も の で あり
、 『 往 生 要集
』 と 『 十住
心 論 』 の 記 述 が 錯綜
し て い る 。 ま た最
後 に は 再 度 『 十住
心 論 』 に よ る と し て 、 十 二句
か ら 成 る 「 八 大 地 獄 の 頌 」 の終
わ り 四 句 を 引 い て い る 。 お お よ そ 『 孝養
集
』 の 地 獄 の 記 述 は 、 『 往 生 要集
』 の 内容
に 基 づ き な が ら 、 こ れ を簡
略 に し 、 そ こ に 『 十住
心
論 』 の 記 述 を加
え た も の で あ る が、 そ の 順 序 は 八大
地 獄 の 順番
( 『 往 生 要 集 』 の 順 序 ) に 添 っ て は い な い 。 ま た各
々 の 地獄
の 説 明 が 網 羅 さ れ て い る 訳 で も な く 、 こ こ に示
さ れ る苦
相 が 、 何 地 獄 の も の で あ る か を 明 ら か に し な い 。 言 い 換 え れ ば 、 『孝
養
集
』 の 地 獄 の 苦 相 は 、 個 別 の 地 獄 の相
を 順 序 立 て て 並 列 的 に 列 挙 し た の で は な く 、 地 獄 な る も の 全 般 の苦
相 と し て 述 べ ら れ て い る と 言 え よう
。 こ の こ と は 逆 に 言 え ば 八大
地 獄 や別
所 地獄
の 個 別 性 に 注 意 が 向 け ら れ て い な い と いう
こ とも
出
来
よ う 。2
餓
鬼
道
次
に 餓 鬼 に つ い て、 『 十 住 心論
』 で は 、 始 め に 『起
世経
』 『 順 正 理 論 』 に より
、 閻 魔 王 の 宮 殿 住 処 に つ い て 述 べ 、 こ こ が 餓 鬼 の本
の 住所
で あ る と さ れ 、 閻 魔 王 が 赤く
融 け た 銅 を飲
ま さ れ る苦
を受
け て い る こ と 、 ( 閻 魔 王 の )部
領
す
る 諸 々 の 餓鬼
が ( 地 獄 の )罪
人等
を 治 ( 罰 )す
る こ と な ど が説
か れ 、 大 勢 鬼 は薬
叉 ・ 羅 刹娑
.恭
畔
荼 等 の 鬼 で あ つ て 、 諸 天 と 同 じ富
楽
を受
け る と さ れ る 。 ま た 『 正法
念 処 経 』 に よ り 餓 鬼 世 界 の位
置 が 示 さ れ 、 三 十 六種
餓 鬼 の 中 、 一367
一 N工工一Eleotronlo Llbrary智 1LI学 報 第五十六輯 針 口 餓
鬼
. 食 吐 餓 鬼 ・ 食糞
餓 鬼 ・ 無食
餓 鬼 ・食
水
餓 鬼 ・ 熾 然 餓 鬼 ・ 欲 色 餓鬼
・ 魔身
餓鬼
の 八種
に つ い て 、 原因
と な る 悪 業 の説
明 が な さ れ る 。 『往
生 要 集 』 で も 、 閻 魔 王 界 が 餓 鬼 の住
所
で あ る こ と は 示 さ れ る が 、 『 十住
心 論 』 ほ ど 詳 し く は な い 。 ま た 餓 鬼 と し て は 、 钁 身 餓 鬼 . 食 吐 餓 鬼 ・ 食気
餓
鬼 ・ 食法
餓 鬼 ・ 食水
餓鬼
・ 希 望 餓鬼
・ 海 渚 餓 鬼 ・ 塚 間 餓 鬼 ・樹
中 餓鬼
・ 頭髮
刀 餓 鬼 . 昼 夜 に 五 子 を 生 み な が ら こ れ を 喰 らう
餓 鬼 ・ 自 ら の 頭 を 割 っ て 脳 を 喰 らう
餓鬼
・ 火 を 口 よ り 出 す餓
鬼 な ど が 示 さ れ る 。 こ れ ら は食
吐 餓 鬼 ・食
水
餓 鬼 を除
い て 「 十住
心論
』 に は 見 ら れ な い 餓 鬼 で あ る が 、 そ の 他 に 「 十 住 心 論 』 の 八 種 の 中 、 針 口 餓 鬼 ・ 食 糞餓
鬼 ・ 無食
餓 鬼 ・ 熾 然 餓 鬼 に 相 当 す る と 思 わ れ る 、糞
涕 膿 な ど を喰
ら う餓
鬼 ・ 大 力 の 鬼 に 阻 ま れ て 飲食
で き な い 餓 鬼 ・ 食 べ物
が 火 に 変 じ て 喰 え な い餓
鬼
な ど の 記 述 が見
ら れ る 。 し か し こ れ ら は 、 そ の名
称 は挙
げ ら れず
、 ま た 欲色
餓
鬼 ・ 魔身
餓 鬼 に つ い て は 全 く 述 べ ら れ な い 。 『 孝 養集
』 で は 『 往 生 要 集 』 に 説 か れ る 餓 鬼 が、 概 ね そ の ま ま 説 か れ る ( 一 部 に 文 字 の 相 違 が 見 ら れ る ) が 、 そ れ と 共 に 『 十住
心 論 』 の 人 道 に お け る 十 悪 業 道 の 果 報 で あ る 餓 鬼 の 記 述 が 引 用 さ れ る ( こ こ で 引 用 さ れ る の は 、 偸 盗 の 果 報 に 引 か れ る 太 鼓 の よ う な 大 き い 腹 の 餓 鬼 と 両 脇 の 下 に 鉄 輪 の 有 る 餓 鬼 、 邪 淫 の 果 報 に 引 か れ る 常 に 恐 れ て 頭 を 隠 す 餓 鬼 で あ る ) 。 こ れ は 『雑
宝 蔵 経 』 に よ る と さ れ る が 、 後 に 見 る よう
に 『 法 苑 珠林
』 に 拠 る も の で 、 『 法苑
珠 林 』 に は 更 に多
く の 餓鬼
が 説 か れ る中
か ら こ こ に 引 か れ た の は 、 『 十 住 心論
』 か ら の曾
孫
引 き だ か ら で あ ろう
。 ま た終
わ り に 『 十住
心 論 』 の 「 餓 鬼趣
の 頌 」 を 引 用 す る 。368
一3
畜
生
道
次 に 畜 生 に つ い て、 『 十 住 心 論 』 で は 、 畜 生 趣 に は 多 く が有
る と し て 、 そ の 中 で 怨 対 ・ 相 随 ・怖
畏 ・ 化 生 ・ 湿 生 .卵
生 . 胎 生 の畜
生 に 生 ず る 因 と し て の 悪業
に つ い て 述 べ 、 ま た 難 陀 ( 竜 ) な ど は 威徳
が 諸 天 衆 に 勝 れ 、 諸 天 衆NII-Electronic Library Service 『孝養 集』の 六道説 (苦米 地) と 違 諍 す る 阿 素 洛 ( 阿 修 羅 ) は 天 ・
餓
鬼
・畜
生 の 三 趣 の 中 に収
め る と さ れ る 。 更 に竜
と 金 翅鳥
に つ い て 詳 しく
説 明 し 、 娑 伽 羅 竜 王 宮 、難
陀 ・ 憂波
難
陀 竜 王 宮 、 金 翅 鳥 宮 と 、法
行 竜 王 ・ 非法
行 竜 王 に つ い て 説 明 し て い る 。 『 往 生 要 集 』 に お け る畜
生 趣 の 記 述 は 、 『 十 住 心 論 』 より
も
簡 単 で あ る 。 怨 対 ・ 相 随 ・ 怖 畏 ・化
生 ・湿
生 ・ 卵 生 ・ 胎 生 の 畜 生 に 生ず
る因
と し て の 悪 業 は 説 か れ ず 、 日 常 で 目 に し 得 る卑
近 な 禽 類 ・ 獣 類 ・ 虫 類 の有
り様
を 述 べ る に 止 ま る 。内
容
は 怨 対 ・相
随
・怖
畏 に 対 応 す る と も 見 ら れ る が 、 簡 略 で 雑 然 と し た表
現
と な っ て い る 。 ま た 『 十 住 心論
』 で多
く
の 分 量 を有
す る 難陀
( 竜 ) や 金 翅鳥
に 関 す る記
述 は 、 こ こ に は 全 く 見 ら れ な い 。 『 孝養
集
』 で は 、 『往
生 要集
』 の 記 述 を 些 か 敷 延 し たも
の と な っ て い る が 、 中 で 竜 に 於 け る 金翅
鳥 の 害 を挙
げ る の は 『 十 住 心 論 』 に よ る も の で は な い だ ろう
か 。 『往
生 要 集 』 で も 竜 に つ い て の 簡単
な言
及 は 有 る が、金
翅 鳥 の 害 に つ い て は 述 べ な い 。 『 十住
心 論 』 で は こ の 点 が 詳 しく
説 明 さ れ て い る 。 ま た終
わり
に 「 十 住 心 論 』 の 十 二句
の 「 傍 生 趣 の 頌 」 の途
中 の 四句
を 引 い て い る。4
阿
修
羅
道
次 に 阿 修 羅 に つ い て 、 『 十 住 心 論 』 で は 、 そ の住
所
に つ い て 述 べ 、 大 海 の 下 を挙
げ る 。 ま た 阿 修 羅 に鬼
道 所摂
と畜
生 所 摂 の 二種
が有
り 、鬼
道
所
摂 は魔
身 餓 鬼 で あ り 、畜
生所
摂 は 大 海 の 中 に 住 す る 羅 喉 阿修
羅
王 で あ り 、阿
修 羅 に は 神 通力
が あ っ て 、 若 し 閻浮
提
に 正法
を行
ぜ ざ れ ば 天 の 勢力
が 減 少 し て 阿 修 羅 が 天 に 昇 ろう
と し 、 正法
を行
ず れ ば 天 の 勢力
が 増 大 し て 、 空 中 より
阿修
羅
に 諸 々 の 刀 剣 を 雨 ふ ら す と さ れ る 。 ま た 『 正法
念 処経
』 に よ り 阿修
羅
に 生 ま れ る 四 地 を 挙 げ 、羅
喉 阿修
羅
・ 華鬟
阿 修羅
・ 陀 摩 喉 阿修
羅 ・ 鉢 呵 婆 阿修
羅 に 生 ま れ る 因 由 を説
明 し て い る 。 『往
生 要集
』 で は 、畜
生 趣 以 上 に 簡略
な 記 述 し か な さ れ て い な い 。 単純
に 根 本 の 勝 れ た る 者 は 巨海
の底
に 住 み、 支 流 は 山 間 に住
ん で 、 天 を 恐 れ る と さ れ る の み で あ る 。 従 っ て 阿 修 羅 に 鬼道
所摂
と 畜 生 所摂
の 二 種 が有
る こ と も 述 一369
一 N工工一Eleotronlo Llbrary智 山学 報 第五 十六輯 べ ら れ
ず
、 ま た 阿 修 羅 が 空 に 昇 っ て 天 と 戦う
こ と に つ い て は 触 れ ら れ て い な い し 、 天 が 阿 修 羅 を 攻 め る 様 子 も 述 べ ら れ な い 。 『 孝養
集 』 で は 『 レ 住 心 論 』 『往
生 要 集 』 に 共 通す
る 記 述 と と も に 、 阿 修 羅 が 天 と 戦 お う と し て 軍 を集
め る と さ れ 、 『 十 住 心 論 』 の 「 阿修
羅 の 頌 」 十 二句
の 中 、 最 初 の 二句
と 最後
の 二句
を 引 き 、 さ ら に 閻 浮 提 に 正法
が行
わ れ な い と 天 人 の 力 が 弱 く な り 、 阿 修 羅 が勢
い を ま し て 天 に 昇 る 。 こ の と き 、 日月
を 手 で 隠 す の を 日食
・ 月 食 と いう
と さ れ る が 、 こ れ も 『 十 住 心 論 』 に よ る 説 で あ る 。5
人
道
次
に 人 道 に つ い て 、 『 十 住 心 論 』 で は 、 第 二 巻 の 愚 童 持 斎 心 に お い て 、 持 戒 と 十善
業
道 の 果 報 に つ い て 述 べ る が 、 ま た第
一 巻 の 異 生羝
羊
住 心 に お い て は 、 十 悪業
道 の 果 報 に つ い て 述 べ 、殺
生 よ る 苦 果 と し て 地獄
・餓
鬼 ・ 畜 生 ・ 人 ( 44 ) 道 に お け る 短 寿 ・多
病
を 説 き 、 ま た 『 雑 宝 蔵経
』 に よ る と し て 、 頭 が 無 く て 肩 に 目 が 有 り 、 胸 に 鼻 と 口 の 有 る 餓 鬼 と 、 肉 の 塊 の 餓 鬼 と を 説 く 。 偸 盗 に よ る苦
果 と し て は 、 地 獄 と し て 鉄窟
・ 黒 耳 ・ 黒 縄 ・ 黒 闇 ・ 寒 泳 地 獄 を 挙 げ 、畜
生 と し て 使 役 さ れ る ( 牛 馬 ) ・ シ ラ ミ ・ 蚤 な ど 、 人 道 と し て 僕隷
と な り 、 不浄
で 、 貧窮
で あ る な ど を説
く 。 ま た 『雑
宝 蔵 経 』 に よ る と し て 、 甕 の様
な 腹 に 、 細 い咽
喉 ・ 手 足 の 餓 鬼 と、 熱鉄
の 輪 が 両 脇 に あ る 餓 鬼 と を 説 く 。 邪 淫 の苦
果 と し て は 、 現 世 に は 、夫
主 に 知 ら れ て は 手 足を
切 ら れ て 死 に 、 地 獄 で は 、 鉄床
に 臥 せ 、 銅 の柱
を 抱 か せ 、 ( 地 獄 の 獄 卒 で あ る ) 餓 鬼 に よ っ て 焼 か れ る 、 と さ れ る 。 ま た 畜 生道
・ 人 道 に 受 け る 苦 に つ い て述
べ る 。 ま た 『 雑 宝 蔵 経 』 に よ る と し て 、 常 に 頭 を隠
し 、 人 に 殺 さ れ る こ と を 恐 れ る 餓 鬼 を 説 く 。 以 下 に つ い て は 『雑
宝 蔵 経 』 に よ る 餓 鬼 の 話 は 見 ら れ ず 、 地 獄 ・餓
鬼 ・ 畜 生 道 の受
苦
の 相 を 説 明 し 、 た だ 地獄
に 一370
一NII-Electronic Library Service 『孝養 集』の六道 説 (苦 米地 ) つ い て は 名