Mem. School. B.O.S. T. Kinki University No.6: 23‑‑30 (2000) 23
組織培養によって誘発されたイネの早期枯上り突然変異
堀 端 章 , 丸 山 正 剛 , 山 県 系 弘 忠要 約
枯上りは禾穀類の収量を決定する重要な形質の一つで、あって,その遺伝的制御機構の解明 は育種学上の大きな関心事で、ある.本研究では,水稲品種日本晴の組織培養次代R1系統に 分離出現した枯上り突然変異について, これを支配する遺伝子の分離ならびに発現特性を明 らかにした.まず,突然変異体の分離が初めて観察された R1系統の個体別後代R2' R3
系統を用いて,この変異に関する遺伝分析を行った結果,枯上りを支配するのは劣性のl遺 伝子であることが明らかになった.ついで R3における正常型10個体と変異体15個体を用 いて,出穂期前後における葉緑素量の推移を調査したところ,この枯上りに関与する遺伝子 は,下位葉(第8葉 第12葉)の枯上り開始時期を早める一方で,個葉の枯上りの進行を遅 らせる作用を持つことが明らかとなった.
緒 論
禾穀類の収量は,種子に供給される炭水化物の量によって決定されると言ってよい.イネ の場合,種子に供給される炭水化物の60‑‑80%は出穂後に生産される炭水化物である(村 田 1977)が,出穂後は葉面積の拡大がないため,その供給量は,単位葉面積当たりの光合 成能力にのみ左右される. ところがこの光合成能力は,出穂後は茎葉組織の老化や根圏の環 境変化に伴う栄養条件の悪化によって次第に低下してゆく.出穂後も高い光合成能力を維持 するためには, この時期における主要な光合成の場である上位葉に,葉緑素や酵素タンパク 質の重要な構成元素である窒素が豊富に供給されることが必要であるが, この時期には,そ れまで豊富に供給されていた土壌窒素の枯渇と根部組織の老化により,根から供給される窒 素の量は著しく減少している. したがって,上位葉への窒素の供給は,下位の老化葉からの 転流に頼らざるを得ない.事実,出穂後のイネの穂や若い葉を構成している窒素の半分以上
は, 下位葉から転流してきた窒素であることが知られている(山谷 1994).
このように,イネの収量の増大には下位葉における光合成産物の分解と上位葉への窒素の 転流が重要な役割を演じると考えられるため,従来,下位葉の老化(枯上り)に関与する照
Department of Biotechnological Sciences, Kinki University, Wakayama 649‑6493, Japan
度(渡辺 1990),植物ホルモン (TomasとStoddart1980)その他種々の生理的要因につ いて詳細な研究が続けられてきた. ところが,枯上りに関与する遺伝子についてはほとんど 報告がない. したがって,枯上りに関連する遺伝的要因の解析は,育種上きわめて重要な意 味を持つものと考えられる.
以上の観点から,本研究では,品種目本晴の組織培養で誘発された,早期に枯上る突然変 異体を分離する系統を供試し,その個体別後代系統を用いて枯上りに関する遺伝分析を行う
とともに,枯上りを支配する遺伝子の発現特性を明らかにしようとした.
材料および方法
1996年,水稲品種日本晴の組織培養で得られた再分化当代 (Ro)個体の個体別次代 (Rt)
系統中に, Fig. 1に示すような早期に枯上る突然変異体 (earlyleaf‑senescence mutant : ELS変異体と略称する)を分離する系統が1系統現れた.ELS変異体では, Fig. 2に示す ように,各葉とも葉の展開終了前後に,葉の先端部から基部に向かつて枯れ始める.翌1997
年, この系統の個体別次代 (R2)を圃場に栽植したところ,正常型個体の次代7系統のうち
3系統は ELS変異体を分離し, ELS変異体の次代3系統はすべて ELS変異体のみを生じ た. したがって, この枯上り突然変異は1劣性遺伝子に支配されていることが予測された.
Fig. 1 Morphological character of early leaf‑senescence mutant
M u t a n t s N o r m a l ‑ t y p e p l a n t s
Fig. 2 Leaf senescence symptom on leaves of the early leaf‑senescence mutant
Two mutants (left) and two normal‑type plants (right). Four leaves detached from a single plant are each arranged according to leaf position ; flag leaf being rightmost.
25
そこで, 1998年,まず枯上りを支配する遺伝子を明らかにするため,上記R2世代のELS 変異体分離3系統から正常型各20個体を無作為に選び,それぞれの個体別次代 (R3) 20系 統,計60系統(系統当たり25個体)を圃場に栽植して, ELS変異に関する遺伝分析を行った.
なお,供試した60系統は R2親系統別に20系統ず、つ 3つの Groupに分け, それぞれを Group 1, 2および3とした.ついで,枯上りを支配する遺伝子の発現特性を明らかにす るため R2世代のELS変異体分離3系統から ELS変異体を各1個体,また,正常型固定 4系統のうちの2系統から正常型個体を各1個体選び,それぞれの次代計5系統(系統あた り5個体)をポットに移植(1個体/1ポット)し,各個体について個葉(第8葉,第10葉, 第12葉,第14葉,第16葉および第18葉)の葉緑素量を測定するとともに出穂日を調査した.
ただし, ELS変異体,正常型個体ともに,第17葉または第18葉が止葉に相当し,個体によっ ては,第18葉が得られなかった. このため,第18葉に関するデータは以後の解析から除外し
た.葉緑素量の測定は 7月1日から 2か月間, 3日に一度ず、つ行った.各回とも,葉緑素 計
( S P A D ‑ 5 0 2
,MINOLTA)
を用いて各葉の3
か所(葉の基部,中央部および先端部)を 測定し,その平均値をとった.この葉緑素計が示す指示値(SPAD
値)は,葉緑素量と相 関関係にあるとされている.なお R2世代のELS変異体の個体別次代R33系統はすべて, ELS変異体のみからな る固定系統であった. したがって, これら固定系統は以後,一括して突然変異系統と記す.
結果および考察
( 1 )枯上り遺伝子に関する分離
3つの Groupのそれぞ、れについて正常型固定系統と ELS変異体分離系統の出現を調査 したところ, Table 1に示すように, 3 Groupすべてにおいて,正常型固定系統数と ELS変異体分離系統数の比は,枯上りに関与する遺伝子が劣性の 1遺伝子と考えた場合の 期待分離比1: 2によく適合した.一方, ELS変異体分離系統について系統内の ELS変異 体の出現頻度を調査した結果はTable 2に示すようであって, Group 2および3の各1 系統を除く 35系統のすべてにおいて,期待分離比3: 1に適合した.以上の結果から,この 枯上り突然変異は劣性の1遺伝子に支配されていると推定される.
Table 1 Frequency of early leaf‑senescence (ELS) mutant segregating lines among the progenies of the normal岨typ.eplants
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SPAD value shows the indic
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tion of a chlorophyll content meter, MINOLTA SPAD‑502, being correlative to the chlorophyll content in plant tissue.Fig. 3
29 (2 )枯上り遺伝子の発現特性
正常型固定系統 (2栽植系統,各5個体),突然変異系統 (3栽植系統,各5個体)いず れについても,葉緑素量は,栽植系統間ならびに栽植系統内個体間の変異が小さかったので,
栽植系統の平均値で表すこととした.その結果を図示すると Fig. 3のようであり,正常型 固定系統および突然変異系統の出穂日のピークはそれぞれほぼ8月15日および8月18日であっ た.穂の分化は出穂前約30日から始まる(星川 1990)ので,幼穂形成開始期は正常型固定 系統では7月15日付近,突然変異系統では7月18日付近と推察される.
個葉の葉緑素量の推移は正常型固定系統と突然変異系統とで明瞭に異なっていて,その違 いは特に下位3葉(第8葉 第12葉)において顕著であった.まず第8葉と第10葉について,
葉緑素量が減少を開始する時期を比較したところ,正常型固定系統では,両葉ともに葉緑素 量の減少は幼穂形成開始期頃から始まったのに対して,突然変異系統では,第10葉では幼穏 形成開始期よりも 1‑‑‑2週間早くから,また第8葉ではそれよりもさらに早くから始まり,
幼穂形成開始期には,第8葉の枯死・脱落が生じていた.つぎに第8葉 第12葉の3葉につ いて,葉緑素量の減少傾向を比較したところ,正常型固定系統の場合は,各葉とも葉緑素量 の減少は急速であって,減少を始めてから 2週間後には葉緑素量はOに近い値になったが,
これに対して突然変異系統の場合は,各葉とも葉緑素量の減少は緩やかで 2か月以上経つ でもなお低下を続けていた.
以上の結果から,供試突然変異系統の枯上りに関与する 1劣性遺伝子は,個葉の枯上り開 始の時期を早める一方で,枯上りの進行を遅らせる作用を持つ遺伝子であると考えられる.
ところで, ELS変異体における枯上りは,個体内では下位葉から上位葉へ, また個葉内で は先端から基部へと順序よく進行し,その様態は秋期に正常個体が示す通常の枯上りとほと んど変わらない. このような類似性を併せ考えると, この変異遺伝子は,イネが本来備えて いる枯上り発現システムに影響を及ぼすことなく,枯上りの開始時期と速度にのみ作用する のではないかと推察される.
引用文献
星川清親 (1990)
穂の分化発達と茎葉の生長との関係.稲作大百科
n
(農文協,東京) : 134 村田吉男(1977)生理的,形態的特徴.食用作物学(農文協,東京) : 58‑100
Tomas, H. and J. L. Stoddart (1980)
Leaf senescence. Ann. Rev. Plant Physio l.31 : 83‑111 渡辺昭 (1990)
老化における遺伝子発現と調節物質.植物生活環の調整(東京大学出版会,東京) : 25目43 山谷知行(1994)
イネの老化に伴う窒素の転流と再利用.植物細胞工学6(1): 24‑29
Summary
An early leaf‑senescence mutant induced by tissue culture in rice (OryzαsαtivαL.)
Akira Horibata, Seigou Maruyama and Hirotada Yamagata
The genetics of leaf senescence, one of the most important yield‑determinant characters in cereals, has been a great concern in plant breeding. From this point of view, an early leaf‑senescence (ELS) mutant induced by tissue culture of a rice variety, Nipponbare, and detected first in the next generation (R 1) of a regenerated plant (Ro) was analyzed for the gene concerning the relevant mutation. First, the R 2 progeny lines derived from the normal‑type plants which belonged to the same R 1 line as the ELS mutant did were examined for their genetic segregation with early leaf‑senescence. The result revealed that ELS was controlled by a single recessive gene. Secondly, using 10 normal‑type plants and 15 mutants of R3 generation, chlorophyll content in several leaves per plant was measured every 3 days for 2 months around heading time. The result suggested that the gene responsible for ELS might advance the time of beginning of senescence in lower leaves (8 ‑12 th leaves), while retard the progress of senescence in each leaf.