博士(理学)長澤光晴 学,位論文題名
Spin‑density‑wave of (TMTSF)2 AsF6 under pressure
((TMTSF)2AsF6の 圧力 下におけるスピン密度波)
学位論文内容の要旨
有機導 体(TMTSF)2AsF6は1980年Bechgaard等が初めて合成した(TMTSF) 2X(X はCl04`PF6などのアニオン)塩の1つである。(TMTSF) 2X塩は擬一次元的な電子系 を持つ。約10Kで金属ー絶縁体転移を起こす。電気伝導度は室温付近では金属的、
低温では熱活性化的振舞いを示す。磁化率は金属相でバウリ常磁性を、絶縁体相で 反強磁性を示す。(TMTSF)2X塩の電子系の基底状態はスピン密度波(SDW)である。
(TMTSF)2X塩のSDWは強い圧力依存性を示す。電気伝導度などの測定から圧カ は電子系の次元性を増加させることが知られている。Yamaiは異方性が非常に強い ハバードモデルを用い擬一次元電子系のSDWを平均場の範囲で理論的に取り扱つ た。この理論は、SDW転移温度および熱活性化エネルギーが圧カとともに減少する こと、低温のSDW秩序パラメーターは圧カに依存しないこと等の実験結果を定量 的にもよく説明する。しかし、この理論から予測される秩序バラメーターが有限か つ フ ウ ル ミ 面 が 存 在 す る 半 金属SDW相 の 存 在 は 未 だ に 検 証さ れ て い な い 。 理想的なSDWは、理想的な電荷密度波(CDW)同様、並進対称性を持つので無限 小の電場の下で電流をともなぃ並進運動することができる。しかし現実のSDWや CDWは不純物との相互作用や格子との整合性によルピン止めされるため、並進運 動には有限な電場が必要である。したがってSDW相において電気伝導度は低電場 ではオーミックであるが、あるしきい値を境に電場の増加とともに増加する。Maki 等は不純物または整合性によルビン止めされたSDWを理論的に取り扱い、ピン止 め機構によりしきい電場(Eエ)の温度依存性がSDW転移温度付近で著しく異なる ことを示した。この理論は不純物によるピン止めが期待される(TMTSF)2ClO。等の 不整合なSDWにおけるEエの温度依存性を定性的によく説明する。一方、この理論 の整合性ピン止めの場合に対応したEヤの温度依存性を示す信頼できる実験は未だ 報告されていなぃ。
SDW状態で様々な測定・解析を行う際にSDW転移温度を知ることは重要である。
これまで実験的な検証がないにも関わらず、SDW転移温度は金属―絶縁体転移温度
に一致するとされてきた。また、常圧下で(TMTSF)ユX塩を冷却する際に観測され る抵抗ジャンブはSDWの並進運動に悪影響を与える。SDWの並進運動を定量的に 調べるためにはこの影響を避ける必要がある。さらに、球対称でないアニオンを持 つ(TMTSF),Cl04等の金属相で起こるアニオンの秩序化は電気伝導度に弱い異常を 与えるが、SDWの並進運動にも影響を与えることが明らかにされている。球対称の アニオンをもつ(TMTSF)ユX塩を試料として用いることが実験結果の解釈を簡略イ匕 する最良の方法である。
本研究の目的は、金属一絶縁体転移温度とSDW転移温度との関係を明らかにし た うえ で 、SDWの 並 進運 動の 特徴 を調べ るこ とで ある 。また 、SDWとCDWの 並 進運動の特徴の比較も行う。
試料として球対称なアニオンを持つ(TMTSF)ユAsFを使用した。圧カが電子系の 次元性を増加させることを利用し、臨界圧(約1GPa)近傍の金属ー絶縁体転移温 度とオーミック伝導度の熱活性化エネルギーの振舞いを調べた。また圧力下では抵 抗ジャンプが生じないのでSDWの並進運動、具体的には電気伝導度の電場依存性、
の測定をo.lGPa程度の低圧力下で行った。
試料は、原料や溶媒の精製を行い不純物を取り除いた上で、電気化学的方法で作 製された。圧カはマイクロボンべで発生させた。直流・バルス電流を用いて電気伝 導度を四端子法で測定した。各端子の接触抵抗を小さくするために金を蒸着し、特 に電流密度が一様となるように工夫した。試料に応カをかけないためにりード線と して直径10ミクロンの焼鈍した金線を用い銀または金ベーストで試料にとりつけ た。ヘリウム3を用いたクライオスタットを作製し、約0.6Kまで測定を行った。
主な実験結果は以下の通りである。
@過去の報告では不明瞭になるとされる0.8GPa以上の高圧領域でも明確な金属―
絶縁体転移温度を得た。これは使用した一連の試料が良質であり圧カが均一である ことを示す。金属・絶縁体転移温度と2K以下の伝導度から決めた熱活性化エネル ギーの臨界圧付近での振舞いから、金属一絶縁体転移温度iまSDW転移温度ではな くフェルミ面の消失する温度に一致することを明らかにした。これはYamaHの平 均場理論で予測されている半金属SDW相の存在を検証した初めての実験である。
@低圧力下の3K以上のしきい電場の温度依存性およびその絶対零度への外挿値 はMaki等の 理論 にお ける整 合性 ピン止めの場合に一致する。これはSDW波長が 格子と整合である可能性を示す初めての例である。
◎オーミック伝導度に異常がなぃにも関わらず、3Kでしきい電場と非線形伝導度 は 不 連 続 な 温 度 依 存 性 を 示 す 。 こ れ はSDW相 内 で の 相 転 移 を 示 唆 す る 。
(TMTSF)2PF6ではNMRTエ`比熱、誘電率などに3K付近で異常が観測される。結 晶構造がほとんど同じである(TMTSF):AsF6でも同様な現象が観測されることが予 想される。これら異常に共通の原因がSDWの並進運動に直接影響することを初め て明らかにした。
@Mihaly等は(TMTSF) 2PF6には1.5K以 下で しき い電場 が存 在し ないと結論し た。また電流の電圧依存性が温度の低下とともに変化することから、彼等は低温領 域での非線形伝導は高温領域の伝導とは異なり新たな伝導が温度の低下とともに優 勢になると主張した。しかし本研究で約0.6Kでも明確なしきい電場を観測した。
Mihaly等 の 主 張 す る低 温で の新 たな伝 導iま存 在し ない こと が結論 され た。
◎低温・高電場で伝導度は電場とともに指数関数的に増加する。この電場依存性 はBardeenが理論的に主張した量子トンネ渺伝導による電場依存性に類似している。
しかしMihaly等の主張するようにZener型トンネル伝導の可能性も完全には否定 できない。どちらが低温・高電場領域におけるSDWの並進運動を本質的に表して いるのかを知るにはさらに高電場領域での測定が必要であることを明らかにした。
◎3K以下の低電場領域で誘電的な応答電圧を観測した。温度の低下とともにこ の現象は顕著になる。しきい電場や非線形伝導度の異常との関連が考えられる。
@3K以 下、し きい 電場 以上 で過渡 的な電圧振動をSDWで初めて観測した。その 振動数は非線形電流に比例する。2K以下で観測された狭帯域雑音同様、その比例 係数は温度に依存しない。振動電圧の振幅は時間とともに指数関数的に減少する。
あ る 種 のCDW系 で 観 測 さ れ る 記 憶 効 果 iま こ の 系 に は 存 在 し な い 。
◎SDWの並進運動に試料のサイズの効果があること、金属―絶縁体転移温度や熱 活性化エネルギーなどの熱力学的量にはサイズの影響はないことを明らかにした。
本研 究でSDWとCDWの 並進 運動と の間 に顕 著な 相違点 はな いこ とが明らかに なった。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査
教授 教授 助教授
三本木 野村 川端
学 位 論 文 題 名
孝 一 成 和 重
Spin‑density‑wave of (TIVITSF)2 AsF6 under pressure
((TMTSF)2AsF6の圧力下におけるスピン密度波)
擬 一 次 元 電 子 系 に 特 有 な 基 底 状 態 は 電 荷密 度 波 とス ピ ン 密度 波 で あ る。 い ず れも 有 限 の電 場 下 で 非 線 形 伝 導 を 示 す 。 最 近 約10年 間 にわ た り 、後 者 を 対象 と し た 研究 が 数 多く 行 わ れ、
特 に 両 者 の 本 質 的 な 違 い が あ る か ど う か が 興味 の 中 心と な っ てい る 。 長 沢氏 の 学 位論 文 は 有 機 錯 体 (TMTSF)2AsF6に お け る ス ピ ン 密 度波 状 態 の温 度 ・ 圧 力相 図 と 非線 形 伝 導を 中 心 とす る ダ イ ナ ミ ク ス に 関 す る も の で あ る 。 そ の 目的 は 、 金属 ‐ 絶 縁体 転 移 温 度と ス ピ ン密 度 波 転 移 温 度 と の 相 異 を 明 ら か に し 、 ス ピ ン 密 度 波の 並 進 運動 の 特 徴を 明 ら か にす る こ とで あ る 。 長 沢 氏 は 試 料 と し て 球 対 称 な ア ニ オ ン を 持 つ(TMTSF)ZAsF6を 使 用し た 。 良質 の 単 結晶 を 精 製 さ れ た 原 料 や 溶 媒 を 用 い て 電 気 化 学 的 方法 で 作 製し た 。 圧カ が 電 子 系の 次 元 性を 増 加 さ せ る こ と を 利 用 し 、 臨 界 圧 ( 約lGPa) 近 傍 の 金 属 一 絶 縁 体 転 移 温 度 と オ ー ミ ッ ク 伝 導 度 の 熱 活 性 化 エ ネ ル ギ ー の 振 舞 い を 調 べ た 。 ク ラ ン プ タ イ プ の マ イ ク ロ ボ ン べ を 用 い てlGPaま で の 圧 カ を 低 温 で 発 生 さ せ た 。 圧 力 下 で は 抵 抗 ジ ャ ン プ が 生 じ な い の で0. lGPa程 度の 低 圧 力 下 で 電 気 伝 導 度 を 測 定 し た 。 接 触 抵 抗 を 小さ く 、 また 、 電 流密 度 が 一 様と な る よう に 工 夫 し 、 直 流 ・ パ ル ス 電 流 を 用 い て 高 電 場 伝 導 度 を 四 端 子 法 で0. 6Kま で 測 定 し た 。 長 沢 氏 の 主 な 実 験 結 果 は 以 下 の 通 り で あ る 。
@ 伝 導 度 の 線 形 項 の 測 定 か ら 、 金 属 ー 絶 縁 体 転 移 温 度 を 求 め た 。 ス ピ ン 密 度 波 の 消 失 す る 臨 界 圧 カ に 近 い 領 域 で も 明 確 に 転 移 温 度 を 決 定 し た 。2K以 下 で の 伝 導 度 か ら 熱 活 性 化 エ ネ ル ギ ー を 決 定 し た 。 両 者 の 臨 界 圧 付 近 で の 振舞 い か ら、 金 属 ・絶 縁 体 転 移温 度 は スピ ン 密 度 波 転 移 温 度 で は な く 、 そ れ よ り も 低 温 で あ るこ と を 明ら か に した 。 山 地 の理 論 で 予測 さ れ て い る 半 金 属 ス ピ ン 密 度 波 相 の 存 在 を 初 め て 明 ら か に し た 。
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@1気 圧 に 近 い 低 圧 カ の 下 、 全 温 度 領 域 で非 線形 伝導 が開 始す る臨 界電 場を 測定 した。
3K以 上の しき い電 場の 温度 依存 性お よびそ の絶対零度への外挿値は真木理論の中で整合性 ピン止めの場合に一致することを明らかにした。スピン密度波波長が母格子と整合する可能 性を初めて見いだした。
◎低 圧力 、3Kで臨 界電 場と 非線 形伝 導度が 不連続な温度依存性を示すことを見いだした。
また、オー.ミック伝導度に異常がないことを確認した。これはスピン密度波相内での相転移 を示 唆す るも のである。類似の物質(TMTSF)2PF6では比熱などに3K付近で異常が観測され ている。(TMTSF)2AsF6の同様な相転移がスピン密度波の並進運動に直接影響することを初 めて明らかにした。
@(ThtTSF)2PF6には1.5K以下で臨界電場が存在せず、また電流の電圧依存性が温度の低 下とともに変化することから、新伝導機構が低温で優勢になるとの主張があった。しかし長 沢氏 は約0.6Kでも 明確 な臨 界電 場を 観測し 、新伝導機構の可能性を否定した。伝導度の電 場依存性は指数関数的であり、量子トンネル伝導による電場依存性に類似しているがツェナー 型トンネル伝導の可能性も残されている。
◎非 線形 伝導 の臨 界電 場に は試 料の サイズ の効果があり、一方、金属‐絶縁体転移温度や 熱 活 性 化 エ ネル ギー など 熱力学 的物 理量 には サイ ズの 影響 はな いこ とを 明ら かに した。
◎3K以 下 の 低電 場領 域で 誘電的 な応 答電 圧を 観測 した 。温 度の 低下 とと もに この 現象は 顕 著 に な る 。 し き い 電 場 や 非 線 形 伝 導 度 の 異 常 と の 関 連 の 可 能 性 を 指 摘 し た 。
◎非 線形 領域 にお いて 過渡 的電 圧振 動をス ピン密度波では初めて観測した。定電流下で観 測された電圧振動と同様に振動数が非線形電流に比例し、その比例係数は温度に依存しない ことを明らかにした。
以上の成果は、いずれも擬一次元電子系におけるスピン密度波の安定性と動的な性質につ いて新しい知見を得たもので高く評価されるものである。
1月23日 に学位 論文 にか かる 公開 発表 会と 最終 試験 がお こな われ 、審査 員一同は一致して 上記の成果が博士(理学)の学位に値するものと認めた。
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