博 士 ( 獣 医 学 ) 北 村 秀 智
学
'ttL論文題名
Establishment of a murine bipotent chondroprogenitor cellline (CL‑1) and elucidation of the chondrogenic mechanisms of a novel cartilage‑regenerative compound (AG‑041R)
二系統への分化能を有するマウス軟骨前駆細胞株CL ―1 の樹立と
新規軟骨再生薬
AG―
041Rの作用機序解明
学位論文内容の要旨
損 傷 した 軟 骨の 再 生 能カ が 低いことは 紀元前400年 ごろ古代 ギリシア の医師 ヒポクラテスによって初めて記載されており、現在でもその理解は変わらない。
軟骨 の再生能 カが低い原因として、軟骨に血管が分布していないことと軟骨細胞 の増殖能が低いことが挙げられている。
関節軟骨 の損傷は変形性関節症や外傷において生じるが、軟骨の自己再生能カ が低いた め、放置すれば関節軟骨の変性は進行する。従って、進行した症例では 人 工関節に 置換しなければならない。しかし人工関節は関節機能を完全に代替す る も の で な く 、 多 く の 患 者 は 置 換10年 後 に は 周 囲 の 骨 と の 接 合 が 悪 く な る loosening が生じ、関節機能低下に悩まされる。そのため、より生体適合性の 高い関節軟骨再生治療が求められている。
近年、 自家軟骨 細胞移植 による軟骨 再生が行 われている。しかし2度の手術が 必要で あり、か つ経済的負担も大きいために、より簡便な軟骨再生の治療法が求
められている。
軟 骨 細 胞 は 骨 芽 細 胞 、筋 細 胞 、脂 肪 細 胞と 同 じ く間 葉 系 幹細 胞 に 起 源を 有 す る と 考 え ら れ て い る 。 軟 骨 損 傷 時 の 再 生 で は 、 骨 髄 な ど 病 変 部 の 周 辺 組 織 か ら 浸 潤 ・ 増 殖 す る 細 胞 に 含ま れ る 未分 化 ぬ 軟骨 前 駆 細胞 の 増 殖と 、 軟 骨細 胞 へ の 分化 が 中 心 的 な 役 割 を 果た す と 考え ら れ てい る 。 しか し 、 臨床 的 に 病変 部 に は 正常 な 関 節 軟 骨 と 同 じ 硝 子軟 骨 は 再生 さ れ ない 。 そ の要 因 に 病変 部 に おけ る 軟 骨 前駆 細 胞 の 不 足 と 、 軟 骨 前 駆 細 胞か ら 軟 骨細 胞 へ の分 化 不 全が 考 え られ て い る 。前 者 に ついて は、basic fibroblast growth factorによって軟骨前駆細胞が増殖することが明
ら か に さ れ て い る が 、軟 骨 前 駆細 胞 か ら軟 骨 細 胞へ の 分 化調 節 機 構は ほ と ん ど解 明 さ れ て い な い。 そ の 解明 は 、 軟骨 再 生 技術 の 向 上に 大 き な役 割 を 果 たす と 考 え
られる。
そ の 簡 便 な ツ ー ル を得 る た めに 、 正 常成 熟 マ ウス の 脛 骨か ら 軟 骨細 胞 と そ れ以 外 の ニ つの 系 統 への 分 化 能を 有 す る軟 骨 前 駆 細胞 株 の 樹立 を 試 みた 。 そ の結 果 、 単 層 培 養 系 で 軟 骨 細 胞 お よ び 脂 肪 細 胞 に 分 化 す る 細 胞株CL‑1を 樹 立 した 。CL―1 の 軟 骨 細 胞 へ の 分 化 の 方 向 付 け を 調 節 す る 因 子 を 探 索 し た 結 果 、transforming growth factor (TGF)‑[31が 軟骨細胞 への分 化を促進 し、脂 肪細胞へ の分化 を抑制す
る こ と が 判 明 し た 。 TGF‑p1に 対 す る こ の 性 質 は 、CL‑1が複 数 の 分 化能 を 持 つ未
分 化 な 軟 骨 前 駆 細 胞 に お け る 軟 骨 細 胞 へ の 分 化 調 節 の モ デ ル を 提 供 で き る こ と r
を 示 唆 し て い る 。
一方、ラット毒性試験においてガストリン受容体拮抗作用を有する低分子化合 物AG‑041R が全 身の 永久 軟骨を増生させることを偶然に見出した。すなわち、
AG‑041R
によ る軟骨 増生 は耳 介、 気管 、胸 骨剣 状突 起、 関節 軟骨 辺縁部、椎間 板において認められ、組織学的には軟骨膜の軟骨前駆細胞からの軟骨細胞への分 化 促進 と、 軟骨基 質の 増加 が認 められた。AG ―041R のラット膝関節内投与によ り、投与した関節のみにおいて硝子軟骨の増生と関節軟骨細胞周囲の軟骨基質増 加 が認 めら れた 。こ のこ とか らAG‑041R の全 身性 軟骨 増生 作用はこの化合物の 直接作用であり、その標的細胞が軟骨前駆細胞および軟骨細胞であることが示唆
された。
そ こで 、AG‑041R がCL‑1 の 軟骨 細胞 への 分化 に及 ぼす 影響 を検討した。加え て他のマウス軟骨前駆細胞株ATDC5( 胚性腫瘍細胞株由来)とC3H10T1/2 (マウス 胎子 由来 )の 軟骨細 胞へ の分 化に 対す るAG‑041R の影 響も 比較 検討した。その 結 果 、
AG‑041Rは
CL1の 軟骨 細胞 への 分化 を促 進し 、脂 肪細胞 への 分化 を抑 制
し た。 一 方 、
ATDC5で は
AG‑041Rは軟 骨細 胞へ の分 化を わず かに抑 制し た。
C3H10Tl/2
では軟骨細胞への分化を誘導せず、脂肪細胞への分化を軽度に抑制し た 。こ れら の結果 から 他の マウ ス胎 子由来の軟骨前駆細胞株と異なり、CL‑1 が
AG‑041Rの作用をin vitro で再現できる細胞株であることが示された。
そ こ で 、
Cし
1を 用 い てAG‑041R の軟 骨形 成促 進作 用の 機序 を解 明す る
目 的で、
AG‑041Rと構 造の 異な るCCK2/gastrin 受容 体拮 抗剤のCLrl に対する軟
骨形 成促 進作 用に つい て初め に検 討し た。 その 結果 、AG‑041Rのみ が作用を有 しており、軟骨形成促進作用とCCK2]gastrin受容体拮抗作用は関連しないことが 判 明し た。 次に 、CLr1に 対するAG‑041Rの軟 骨形 成促 進作用 にお けるTGF‑[3の 関与について検討した。その結果、AGー041RはTGF‑B1,p2蛋白量、特に潜在型蛋 白 の発 現量 を顕 著に 増加さ せた 。ま た、AG‑041Rの軟骨 形成 促進 作用はTGF‑[3 中和 抗体および潜在型TGF‑pの活性化阻害によって阻害された。これらの結果か ら 、 CLr1に おけ るAG‑041Rの軟 骨形 成促 進作 用の 少な くとも一部は、TGF‑pの 誘導を介することが示唆された。
さら に、AG‑041Rの軟 骨形成 促進 作用 へのMAP kinasesの関与についても検討 L/r̲oその結果、 AG‑041Rは extracellular signal‑regulated kinase (ErkWk0< p38 MAP kinaseを活 性 化 す る こ と が 判 明 し た 。ERKの 活 性 化 阻 害 剤(PD98059)に
よりAG―041Rの軟 骨形 成促進 作用は増強されたが、脂肪細胞への分化抑制作用 は 阻 害 さ れ た 。 この こと から 、ERK活性 化がAG‑041Rの 脂肪 細胞 への 分化 抑制 作 用 に 重 要 で あ る こ とが 示唆 され た。 一方 、p38阻害 剤(SB202190)はAG‑041R
に よる 軟骨 細胞 への 分化促 進作 用を 抑制 した ため 、p38活性 化はAG―041Rの軟 骨 形成 促進 作用 に重 要な 機序 であ るこ とが 示唆 され た。AG‑041Rの 標的分子は 不 明で あり 、CIr1は その 解析の ツー ルと しても有用な細胞株であると考えられ
た。
AG‑041Rの軟 骨再 生作 用を 肌VIVOで評 価す る目 的で 、ラ ット 病態 モデ ルにお
け る 効 果 を 検 討 し た 。 ラ ッ ト 関 節 骨 軟 骨 欠 損 モ デ ル に 対 し てAG‑041Rを3週 間 関 節 内 投 与 し た と こ ろ 、 欠 損 部 は 硝 子 軟 骨 様組 織に よっ て再 生さ れ た。 しか し、
こ の と きAG‑041Rが 病 変 部 の 周 囲 組 織 に も 分 布 し た た め 、 関 節 軟 骨 周 辺 部 に 軟 骨 棘 が 形 成 さ れ た 。 こ の こ と か ら 、 臨 床 応 用 の た め に はAG‑041Rの 作 用 範 囲 を 限 局 す る 必 要 の あ る こ と が 明 ら か と な っ た 。 そ こ で 、 液 体 の 状態 で病 変部 に注 入 後 、 生 理 食 塩 水 洗 浄 に よ , り 固 化 さ せ 、AG‑041Rの 作 用 を 限 局 さ せ る こ と の で き る 病 変 部 埋 め 込 み 型 製 剤 を 調 製 し 、 そ の 薬 効 の予 備的 評価 を行 った 。そ の結 果、
AG‑041R製 剤 は 軟 骨 棘 を 形 成 す る こ と な く 欠 損 部 の 硝 子 軟 骨 を 再 生 し 、 埋 め 込 み 型 製 剤 が 作 用 限 局 に 有 用 な 剤 形 で あ る こ と が 示 唆 さ れ た 。 しか し、 臨床 応 用の た め に は 、 同 製 剤 の 硝 子 軟 骨 再 生 作 用 の 再 現 性 な ど さ ら な る検 討が 必要 であ ると 考えられた。
以 上 の 実 験 結 果 か ら 、 CLr1は 生 体 に お け る 軟 骨 形 成 機 序 の 解 明 や 、 軟 骨 形 成 促 進 物 質 の 探 索 と そ の 作 用 機 序 解 明 、 お よ び 軟 骨 再 生 技 術 の 向 上 にお いて 有 用な 細 胞 株 で あ る こ と が 示 唆 さ れ た 。 ま た 、AG‑041Rは 軟 骨 損 傷 を 始 め と す る 軟 骨 疾 患 の 治 療 薬に なり う る可 能性 が示 され た。
学位論文審査の要旨 主 査 教授 梅村孝司 副 査 教授 伊藤茂男 副 査 教授 昆 泰寛 副査 助教授 奥村正裕
Establishment of a murine bipotent chondroprogenitor cell line (CL‑1) and elucidation of the chondrogenic mechanisms of a novel cartilage‑regenerative compound (AG‑041R)
二系統への分化能を有するマウス軟骨前駆細胞株CL ー1 の樹立と
新規軟骨再生薬AG ―041R の作用機序解明
再生能カが乏しい軟骨の再生には、軟骨前駆細胞の増殖とその軟骨細胞への分化カ泌須で ある 。 し かし 、軟 骨前駆 細胞から 軟骨細胞 への分 化調節機 構は知 られてい ない。
そのツールを得るため、本研究第I章では正常成熟マウスから軟骨前駆細胞株の樹立を試 みた。その結果、軟骨細胞および脂肪細胞に分化する細胞株CL‑1を樹立した。CL‑1は TGF‑piにより軟骨細胞への分化が促進されることから、CL‑1が未分化な軟骨前駆細胞か ら軟骨細胞への分化調節機構解明に有用であることが示された。
本研究第II章では、ガストリン受容体阻害剤AG‑041Rのラットにおける軟骨形成促進 作用を見出した。AG041Rはラットにおいて全身性に軟骨を増生させ、軟骨前駆細胞およ び軟骨細胞を標的とすることが示された。
本研究第III章において、´气G1041Rの軟骨形成促進作用の機序解明を、CL,1を用いて行 った。AG‐041RはTGF‐pl同様、軟骨細胞への分化を促進した。この活性はガストリン受 容体阻害 活性と は無関係で、TGF・p蛋白の産生増加および活性化とErkおよびp38MAP kmaSeの活性化が関与することが半Ij明した。
本研究第W章 では、AG041Rの病態モデルにおける軟骨再生作用を検討した。ラット 関節全層欠損モうっレにおいて、AG‐041Rは関節軟骨を再生させた。しかし、軟骨棘が生じ たため、作用を病変部に限局する目的で病変部埋め込み型製剤を調製し、効果を検討した。
その結果、軟骨棘形成は回避され、病変部が硝子軟骨で再生されたため、本製剤の有用性が 示唆された。
以上の結果は、軟骨再生治療薬を創製する上で重要な知見である。よって審査員一同は、
北村秀智氏が博士(獣医学)の学位を受けるのに充分な資格を有するものと認める。
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