博 士(水産科学)岸村栄毅 学位論 文題名
イトマキヒトデ幽門盲のう由来ホスホリノヾーゼA2 の 構造・機能特性および大腸菌による発現に関する研究
学位論文内容の要旨
ホ ス ホ リ パ ー ゼ ヘ(PLA2)は グ リ セ ロ リ ン 脂 質 のsn―2位に エス テル 結合 して いる 脂肪 酸の 加水 分解 反応 を触 媒す る酵 素である。PLA2は大豆レシチンから食用 乳化 剤( リゾ レシ チン )の 製造 に利 用さ れる 有用 な産業 用酵 素の1つ である。ま た、 海産 生物 由来 のり ン脂 質をPLA2で分 解することにより、医薬用原料のエイコ サ ベ ン タ エ ン 酸 や ド コ サヘ キサエ ン酸 の製 造も 可能 であ る。 しか しな がら 、現 在、試薬用としてプ夕..ウシ膵臓、ヘピ・ハチ毒および微生物由来、産業用とし てプ 夕膵 臓由 来のPLA2があ るの みで あり 、今後さらに多様な酵素化学的特性をも つ新 たなPLA2の探 索と 産業 利用 化が 期待 される。そこで本研究では、未利用海産 無脊 椎動 物で ある ヒト デ類 に着 目し 、PLA2の検索・単離を行い、さらには産業的 利 用 を 考 慮 し て 、 大 量 生 産 を 目 的 と し た 大 腸 菌 発 現 系 の 構 築 を 検 討 し た 。 第1章 では 、北 海道 沿岸で 採取 され た4種のヒトデ(イトマキヒトデ、ニチリン ヒ ト デ 、 二 ッ ポ ン ヒ ト デ 、 お よ び ヒ ト デ ) の 幽 門 盲 の う の ホ ス ホリ パ ー ゼA (PLA)活 性を 調べ た。 幽門盲 のう をク 口口 ホル ム― メタ ノー ルま たは アセトンで 脱脂して得られた粉末からそれぞれ粗酵素[I]と[u]を調製し、それらのPLA活性 を測定した。その結果、イトマキヒトデの粗酵素[I]および[n]の比活性値は、他 の3種の 比活 性値に比ぺて著しく高かった。このイトマキヒトデ粗酵素[I]のPLA 比活 性値 は、 同様の方法で調製したプ夕膵臓粗酵素[I]および市販の工業用PLA2 ―284―
の比活性より高く、イトマキヒトデがPLAの供給源に成り得ると考えられた。ま た、イトマキヒトデの粗酵素[I]のPLA比活性値は、粗酵素[H]の比活性より高 かったが、このことは、幽門盲のうのク口口ホルムーメタノール処理が幽門盲の うの夾雑夕ンパク質をより強く変性させるとともに、細胞膜のりン脂質等の極性 脂質を除去してPLAをより良く可溶化し、酵素の抽出量を増加させたためと推察 された。
第2章では、PLA活性の高かったイトマキヒトデの粗酵素[I]からPLAの分離・
精製を試みた。その結果、4段階のクロマトグラフイーにより1種類のPJAが電気 泳動的 に単一に精製された。精製PLAは、トリグリセリドを加水分解せず、ま た、1‑バルミトイル‑2−オレオイル‑sn―3―グリセロホスホコリンからsn‑2位のオ レイン酸を遊離させたことから、PLA2と同定された。イトマキヒトデ・PLA2は最 適pHおよび 最適温度を それぞれpH 9.0、50℃付近に有し、1mM以上のCa2゛お よび2−4 mMのデオキシコール酸ナトリウムにより強く活性化され、また、基質 sn−2位に結合する脂肪酸をその鎖長や二重結合数によらず加水分解した。イトマ キヒトデPLA2のこれらの性質は、哺乳動物膵臓PLA2の性質と同様であった。し かしながら、イ卜マキヒトデPLA2は市販のプ夕膵臓PLA2と比ぺて約30倍高い比 活性値を示し、また、ホスファチジルェタノールアミン(PE)よりもホスファチ ジ ルコ リ ン(PC)を よ く分 解 し、ブ夕 膵臓PLA2と異な る極性基特 異性を示し た。これらのことから、イトマキヒトデPLA2は新たな特性を有するPLA2として 有用であると考えられた。
第3章では、イトマキヒトデPLA2の自動エドマン法による一次構造の決定を試 みた。その結果、イトマキヒトデPLA2の137アミノ酸残基の配列は、1箇所の重 複配列が得られなかったため、完全な配列解明には至らなかった。しかしなが ら、イトマキヒ卜デPLA2はQ′s11を含む14Cys残基およびpancreaticループ様配 ―285―
列 を 有 す る こ と か ら グ ル ー プ I PLA2に 属 す る こ と が 分 か っ た 。 第4章では、イトマキヒトデPLA2のcDNAクローニングを行った。その結果、イ トマキヒトデ幽門盲のうから9つのクローンが得られ、いずれも415 bpから成 り、翻訳領域からはプライマーにより付加された翻訳開始コドン「ATG」に由来 するN末端のMetを含めて、138アミノ酸残基が演繹された。これらのクローンの うち、イトマキヒトデPLA2と同一の配列をコードするcDNAク口ーン1から演繹さ れたアミノ酸配列は、夕ンパク質から決定したアミノ酸配列と完全に一致した。
一方、cDNAクローン2―4、cDNAクローン5およびcDNAクローン6ー9から演繹さ れたアミノ酸配列は、cDNAクローン1からの配列と比較して、それぞれ1残基、
2残基および12残基が置換しており、これらはPLA2のアイソザイムをコードする cDNAであると考えられた。
イトマキヒトデPLA2はCa2゛結合に関与するアミノ酸残基および触媒作用に関与 するアミノ酸残基を完全に保存していた。しかしながら、プ夕膵臓PLA2のアミノ 酸配列と比較して、pancreaticループに相当する部位に2残基のアミノ酸の欠損お よびローウィングに相当する部位に16残基の挿入と3残基の欠損が認められた。さ らに、哺乳動物膵臓由来PLA2において界面認識に関与すると推定されている正に 荷電したアミノ酸残基がイトマキヒトデPLA2では中性または負に荷電した残基に 置換しているか、あるいは欠損していた。イトマキヒトデPLA2は市販のプ夕膵臓 PLA2と比べて高い比活性値を示し、また、PEよりもPCをよく分解し、プ夕膵臓 PLA2と異なる極性基特異性を示したが、これらの性質は本酵素の有する特異な構 造特性によるものと推察された。
第5章では、イトマキヒトデPLA2のタンバク質から決定したアミノ酸配列と同 一 のアミノ酸配列をコードするcDNAクローン1を組込んだpET‑16bを導入した BL21 (DE3)を用いて、イトマキヒトデPLA2の発現を試みた。その結果、1,OOO ‑ 286―
mlの大 腸菌培養液 から184mgの 粗PIAが調 製され、さ らに、2段階のクロマト グラ フイーによ り2.3mgの精製PIAが得ら れた。発現PIAはN末端アミノ酸が 本来のSerからA1aに置換されたが、比活性値は市販のプ夕膵臓PIAよりも高く、
また、PEよりPCを良く分解し、ブ夕膵臓PIAと異なる極性基特異性を示した。
このように、トマキヒトデ幽門盲のうから調製したPIAと同様の性質を有する PL丶を大腸菌により発現することが可能となった。
このことにより、イトマキヒトデPIAの産業用酵素としての利用用途が開か れ、さらに機能的により優れた変異体の作製および変異体を用いた本PIAの構造 ー機能解析も可能となった。
学位論文審査の要旨 主査 教 授 林 賢治 副査 教 授 西田 清義 副査 助教授 尾島孝男
学 位 論 文 題 名
イトマキヒトデ幽門盲のう由来ホスホリノヾーゼA2 の 構造・機能特性および大腸菌による発現に関する研究
ホスホリパーゼん (PLA2) は、ホスファチジルコリンやホスファチジル エタノ←ルアミンなどのグリセロリン脂質の2 位結合の脂肪酸を選択的に 加水分解する酵素であり、哺乳動物膵臓およびへビ毒由来のものが古くか ら研究されている。 PLA2 の産業上の供給源は、工業用としてブタ膵臓の PLA2 があり、また、試薬用としてブタ膵臓・ウシ膵臓・ミツバチ毒・ヘビ 毒・微生物の PLA2 が利用されている。工業用のブタ膵臓PLA2 は、大豆レ シチンに反応させて、消化吸収のよい機能性リゾレシチンの製造や食用乳 化剤の製造等に利用される。また、海産生物由来のグリセロリン脂質をPLAi で加水分解することにより、医薬用原料のエイコサペンタエン酸やドコサ ヘキサエン酸の製造が可能である。水産動物の消化腺由来`のPLAi は、こ れまでニチリンヒ卜デの幽門盲のうおよびマダイの幽門垂と肝膵臓から精 製されているが、それらの PLA2 の酵素的性質や構造に関する研究は少な い。本論文 は、ヒトデ類の PLA2 の検索を行い、粗酵素のPLA 活性値の高 いイトマキヒトデ幽門盲のうより PLA2 を精製・分離し、その酵素化学的 特性および一次構造を明らかにし、さらに産業上の利用の観点から、イト マキヒトデ幽門盲のう PLA2 の機能を活用するため、そのPLA2 を大量生産 させる大腸菌発現系の構築を目的としたもので、審査員一同が評価した点 は以下の通りである。
(1)4 種のヒトデ類 のうち、イトマキヒトデ幽門盲のうのPLA 比活性値が
著しく高いことを明らかにした。イトマキヒ卜デ幽門盲のうの粗酵素から
PLA の精製・分離を行い、クロロホルムーメタノール系の新規の脱脂法お
よびSephacrylS‑200 .DEAE‑cellulose .Sephadex G‑50 を用いた4 段階のク
ロマトグラフィーの併用によりPLA が電気泳動的に単一成分として分離さ
れ た 。 精 製PLAは 、 卜 リ グ リ セ リ ド を 加 水 分 解 せ ず 、1− パ ル ミ 卜 イ ル ー 2― オ レ オ イ ル‑ sn―3− グ リ セ ロ ホ ス ホ コ リ ン か らsnー2位 の オ レ イ ン 酸 を 遊 離 さ せ 、 ま た 、 リ ン 脂 質 のsn―2位 の 脂 肪 酸 を そ の 鎖 長 や 二 重 結 合 数 に よ ら ず 選 択 的 に 加 水 分解 す る こ と か ら 、PLA2で あ る こ と を 明 ら か に した。(2)本酵素の性質は、1mM以上のCa2゛により賦活され、Zn ゛およびH二g , の 重 金 属 イ オ ン やEDTAに よ っ て 活 性 が 著 し く 低 下 し 、 ま た 、 最 適pHお よ び 最 適 温 度 は 、 そ れ ぞ れpH9.O付 近 と50℃ 付 近 で あ る こ と を 示 し た 。 さ ら に 、 本 酵 素 は ブ タ 膵 臓PLん に 比 較 し て 、 比 活 性 値 が 約30倍 高 く 、 ま た 、 ホ ス フ ァ チ ジ ル エ タ ノ ール ア ミ ン よ ル ホ ス フ ァ チ ジ ル コ リ ン を よ く 加 水 分 解 す る 極 性基 特異 性を 有す るこ とを 明らか にし た。 (3)イ トマ キヒ卜 デ 幽 門 盲 の うPLん の 全 ア ミ ノ 酸 配 列 を 解 明 し 、 本 酵 素 の 一 次 構 造 が 、 ブ タ 膵 臓 ・ ヘ ビ 毒 な ど のPLん の 一 次 構 造 と 異 な る こ と を 明 らか に し た 。 く4) イ ト マ キ ヒ ト デ のPLん のcDNAを ク ロ ー ニ ン グ を 行 い 、9ク ロ ー ン が 得 ら れ 、cDNAク ロ ー ン1か ら 演 繹 さ れ た ア ミ ノ 酸 配 列 が 、 タ ン パ ク 質 か ら 決 定 し た ア ミ ノ 酸配 列と 完全 に― 致す るこ とを示 した 。(5) イト マキ ヒトデ 幽 門 盲 の う のPLA2は 、 ブ タ 膵 臓 のPLん の ア ミノ 酸配 列と 比較 して 、pancreatic ル ← プ 部 位 に2残 基 の ア ミ ノ 酸 の 欠 損 お よ びB‐ ウ イ ン グ 部 位 に16残 基 の 挿 入 と3残 基 の 欠 損 が 認 め ら れ こ と よ り 、 新 た な 型 のPLん で あ る こ と を 明 ら か に し た 。 ま た 、 イ ト マ キ ヒ ト デPLん の 酵 素 化 学 的 特 性 と 構 造 特 性 の 相 関 性 に つ い て 論 述 し た。 (6) 組 換 えDNA法 に よ り 、 イ ト マ キ ヒ ト デ PLん のcDNAク ロ ー ン1を 用 い た 大 腸 菌 発 現 系 の 構 築 を 試 み た 。 そ の 結 果 、 1,000mLの 大 腸 菌 培 養 液 か ら 調 製 し た 粗PLん を2段 階 の ク ロ マ ト グ ラ フ イ ー に 供 し て 、2,3mgの 精 製PLん を 製 取 し た 。 そ の 発 現PLん は 、 イ ト マ キ ヒ 卜 デ 幽 門 盲 の う か ら 調 製 し たPLA: と 同 様 に 、 ブ 夕 膵 臓PLA2よ り も 比 活 性 値 が 高 く 、 ま た 、 ホ ス ファ チ ジ ル エ タ ノ ー ル ア ミ ン よ ル フ オ ス フ ァ チ ジ ル コ リ ン を よ く 加 水 分 解 す る 極 性 基 特 異 性 を 有 す る こ と を 明 ら か に し た 。 (7) イ 卜 マ キ ヒ ト デ 幽門 盲 の うPLん の 遺 伝 子 を 組 込 ん だ プ ラ ス ミド を 導 入 し た 大 腸 菌 に よ り 、 本PLん の 量 産 化 が 可 能 で あ る こ と を 示 し た 。 以 上 の 結 果 は 、 ヒ ト デ 類 の有 用 物 質 の 機 能 特 性 の 解 明 と そ の 高 付 加 価 値 化 の 可 能 性 を 示 し て お り 、 今後 の 海 産 生 物 素 材 の 有 効 利 用 に 寄 与 す る も の で あ る こ と か ら 、 審 査 員 一 同は 本 論 文 が 博 士 ( 水 産 科 学 ) の 学 位 を 授 与 さ れる資格のあるものと判定した。
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