博 士 ( 農 学 ) 瀬 戸 義 哉
学 位 論 文 題 名
植物の病傷害ストレス抵抗に関与する 情報伝達物質の構造と生成機構
学位論文内容の要旨
植物は様々な環境ストレスに対し適応するために、高度に発達した独自の防御システムを 有している。植物ホルモン等の情報伝達物質は植物の成長のみならずストレス応答において 関与していることが知られている。また、根圏微生物、内生共生菌なども植物のストレス応 答において重要な影響を及ばしていることが知られている。この様に、植物のストレス応答 機構及び他生物の共生等によって付与されるストレス抵抗性を詳細に解明することは非常に 重要な課題である。
このような背景の下、本研究第1部においては植物ホルモンであるジャスモン酸(JA)の 代謝誘導体であるツベロン酸(TA)、及びそのグルコシド(TAG)に焦点を当て、これらの化 合物の機能解明を目指し研究を行った。更に第2部においては内生共生菌の感染により宿主 植物チモシーに付与される誘導抵抗性を化合物レベルで明らかにすることを目的に研究を行 った。
第1部ツベロン酸グルコシルトランスフェラーゼの精製と機能解析
ジャスモン酸,(JA)は植物の病傷害ストレス応答において情報伝達物質として働く植物ホ ルモンであるn。植物が病傷害ストレスを受けた際、傷害を受けた部位で一過的にJAが生合 成され、それに伴いプロテアーゼインヒビターに代表される抵抗性遺伝子の発現が誘導され る。さらにJAもしくはその類縁体が傷害部位から非傷害部位に移動し、非傷害部位でも同様 の抵抗性反応が誘起される。
一方、ツベロン酸(TA、12‑ヒドロキシジャスモン酸)及びそのグルコシド(TAG)はバレ イショの塊茎形成誘導物質として単離された化合物である21。その後の[2̲14C]JAを用いた実 験により、JAはTA及びTAGに代謝され植物体内を転流することが示された(Fig.1)31。こ れらのことからTAGがバレイショの塊茎形成誘導物質として働くのみならず、JAの移動形 態として環境情報を植物の他の部位に伝達する働きを担っている可能性が示唆された。前述 の傷害部位から非傷害部位ヘ移動する移動シグナル分子としてTAもしくはTAGが有カな候 補物質と考えられる。しかし、これらの化合物のバレイショ以外の植物における機能につい ては全く解明されていなかった。そこで、これらの化合物の植物界における機能解明を目的 に、TA及びTAGの様々な植物における分析に加え、TAグルコシルトランスフェラーゼの精 製とその機能解析を行った。
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二 ニ ノ 丶 ー O H / 丶 ア o ‑ p ‑ G l c
− − ー ― 一 ー ― ー ー ・ 一 ト
C O O H H
JA TA TAG
Fig. l. Metabolism of JA to TA and TAG.
は じ め に、TA及びTAGがバ レ イ ショ の み なら ず 他 の植 物 に も存 在 する か否かを 検討する た めに 、 こ れら の化合 物の様々 な植物 における 定量実験 を行っ た。その 結果、 分析した8種 の 植物 の う ち7種に これらの 化合物が 存在し ており、 更には それらの 内生量 が傷害ス トレス により 増加す ることが 明らか となった 。また[12̲3H]TAを化学合成し、様々な植物に投与した と ころ 全 て の植 物にお いてTAGに代謝 され、更 には他の 部位ヘ 転流する ことが 確認され た。
多 く の 植物 でTAか らTAGへ の 変 換が 確 認 され た こ とか ら 、TAグ ル コシル トランス フェラ ーゼの 精製を 試みた。 イネ培 養細胞か らタンパ ク質の 精製を行 い、精 製タンパクをサリチル 酸(SA)グ ル コ シ ル ト ラ ン ス フ ェ ラ ー ゼ と 推 定 さ れ て い る タ ン パ ク 質(OsSGTAK064395) と 同定 し た 。大 腸菌に よる発現 により 得られたOsSGTは1、Aに対し て活性 を有する 一方でSA に 対し て も 非常 に 高 い活 性 を 有 して い た。OsエS'GTのmRNA発 現はJA、TA、SA処理の みなら ず 傷害 ス ト レス により 顕著に誘 導され た。また 、OsSGTのオルソ ログであ ると思 われるタ バ コ のSAグ ルコ シ ル トラ ン ス フ ェラ ー ゼ (NtSGT) もTAに 対 して 活 性 を有す るととも に、発 現が傷害ストレスにより誘導された。
OsSGT以 外 に、1Aに 対す る 特 異性 の よ り高 い 酵 素が 存 在 する の で はない かという 仮説の もと、UDP・glucoseを糖供与体に用いない1、Aグルコシルトランスフェラーゼの探索を行った。
その結 果、ocぢlglucosideを糖供体として用いる新規なタイプのグルコシルトランスフェラー ゼを見出し、精製酵素をGH1の一種(AK100165)と同定した。
本 研 究 ではTA、TAGが 様々 な 植 物に 存 在 する と と もに こ れ らの 化 合物 がJAと同様 に、傷 害応答 シグナ ル伝達に おいて 機能して いる可能 性が示 唆された 。更に 、これらの化合物の詳 細 な機 能 を 解明 す る ため に 必 要 とな るTAグル コシルト ランス フェラー ゼを初 めて見出 すこ と に成 功 し た。 そ の ーっ はSAグル コ シ ルトラ ンスフェ ラーゼ であり、 もうー っはグル コシ ダーゼ 様の酵 素であっ た。今 後、これ らの遺伝 子の変 異体を作 成し、 その詳細な解析を行う ことでTA及び1AGの機能を知ることが出来ると期待される。
第2部 エン ド フ ァイ ト 感 染 によ る チ モシ ー の 誘導 抵 抗 性に 関 す る化学 的研究
牧草チモシーはエンドファイトであるEpichloe typhinaの感染により斑点病菌Cladospor ium phleiに対 する誘導 抵抗性 を獲得す る。以 前の研究 によりEtyphinaに感染 したチモ シーにc. phleiの 胞 子 懸濁 液 を噴霧 すると その発芽 が阻害さ れるこ と、更に はEtyphinaの培 養濾液 中 にC phlei胞 子発芽 阻害物質 が存在す ること が知られ ていた。この胞子発芽阻害物質は誘導抵 抗 性に直 接関与し ている と推測さ れたが 、長い間 その同定 には至 っていた かった 。そこで、
本 化合物 の単離・ 構造決 定を第一 の目的 に研究を 行った。
E typhina培養 濾液(PD培地、50日培養 )をc.phlei胞子発芽 阻害活 性を指標 に精製し、胞 子 発芽阻 害物質epichlicinを単離し た。Epichlicinは8つ のアミノ酸から成る環状ペプチドで あ り、各 種スペク トルデ ータから 絶対構 造が判明 した(Fig.2)。Epichlicinは30 nMという低 濃 度でc. phleiの胞子発芽を完全に阻害した。前述の通り本化合物がチモシーの誘導抵抗性に 直 接 関 与 し て い る 可 能 性 が 考 え ら れ る た め、E typhinaに 感染 し た チモ シ ー 植 物体 内 に
epichlicinが存在するかを含めた更なる検討が必要である。
また、Eルアヵ加ロ培養濾液中にc・ phleiに対して植物毒素化合HO 物 で あ るphleichromeの 生産 を 誘 導す る 化 合 物が 存 在 する こ と を 見 出 し 、 活 性 物 質 と し て 二 種 の 環 状 ジ ペ プ チ ド(Pro‑Phe, Pro―Leu)を 単離 ・ 同 定し た。 本現象と 誘導抵 抗性との 関わり は 現在 の と ころ 不 明 で ある が 、 これ ら の 環状 ジ ペ プチ ドが グラム 陽 性 細 菌 に 韜 い て オ ー ト イ ン デ ュ ー サ ー と し て の 働 き を担 っ てい る こ とが 報 告 さ れて い る が苅 、 本 研究 に お いて もこ れらの 化 合 物 は 同 様 に ク オ ル モ ン 様 活 性 と し て 見 出 さ れ て お り非 常 に興味深いと考えられる。
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Fig. 2. Structure of epichlicin
1) Yoshihara T. et al, Agric. Biot. Chem., 10, 2835‑2837, 1989. 2) Yoshihara T. et al, Plant Cell Physiol., 37, 586‑590, 1996. 3) Holden et al, Mol. Microbiol., 33, 1254‑1266, 1999.
学位論 文審査の要旨 主査
副査 副査 副査 副査
教授 教授 准教授 准教授 助教
鍋 田 憲 助 生 方 信 伊 藤 浩 之 松 浦 英 幸 高 橋 公 咲
学 位 論 文 題 名
植物の 病傷害ス トレス抵抗に関与する 情報伝 達物質の 構造と生成機構
植 物は 、様 々な環境ストレ スに対し適応するために、高度に発達した独自の防御シ ステムを有し てい る。 植物 ホルモン等の植 物自身が生産する情報伝達物質は、植物の成長のみなら ずストレス応 答に おい ても 非常 に重 要な 役割 を担 って い る。
本 研究 第1部 にお いて は、 植物 ホル モン であ るジ ャス モン 酸(JA)の 代 謝誘 導体 であ るツ ベロ ン 酸(TA)、 及び その グル コシ ド(TAG)に 焦点 を当 て、 これ らの 化合 物の 機 能解 明を 目指 して 研究 を 行っ た。 第2部 にお いて は、 内生 共生 菌の 感染により宿主植物チモシーに付与される 誘導抵抗性を 化学 的な 見地 から 明ら かに する こと を目 的 に研 究を 行っ た。
第1部ツベロン酸グルコシルトランスフェラーゼ の精製と機能
ツベ ロン 酸(TA、12―ヒ ドロ キシ ジャ スモ ン酸 )及 びそ のグ ルコ シ ド(TAG)はパレイショの塊茎 形 成 誘 導 物 質 と し て 単 離 さ れ た 化 合 物 で あ る 。 そ の 後 の 実 験に より 、JAは 、TA及びTAGに代 謝 さ れ 、植 物体 内 を転 流す るこ とが 示さ れた 。こ れら のこ とか らTAGは、JAの 移動 形態 とし て環 境 情 報を 植物 の他 の部 位に 伝達 する 働き を 担っ ている可能性が示唆された。しかし、TA及び1、AGの バ レイ ショ 以外 の植 物における機能については全く解明さ れていなかった。そこで、これらの化合 物 の 植 物 界 に お け る 機 能 解 明 を 目 的 に 、TA及 びTAGの 様 々 な 植物 にお ける 存在 の確 認と 、TAグ ルコシルトランスフ ェラーゼの精製とその機能解明を行った。
そ の結 果、TAおよ びTAGは 、ほ ぽ全 ての 植 物に 存在 して おり 、更 に、 その 内生 量が 傷害 スト レ スにより増加することが明らかになった。また[12‐3H]1、Aを化学合成し、様々な植物に投与したと こ ろ 、全 ての 植 物に おい てTAGに 代謝 され 、 更に は、 他の 部位 へ転 流す るこ とが 確認 され た。 次
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い で 、TA及 びTAGの 機 能 解 明 の た め 、TAグ ルコ シ ルト ラン スフ ェラ ーゼ の精 製を 行っ た。 イネ 培 養細 胞か らタ ンパ ク質 の精 製を 行 い、 精製 夕ン パク をサリチル酸(SA)グルコシルトラ ンスフェ ラ ー ゼ と 推 定 さ れ て い る タ ン パ ク 質(OsSGTAK064395)と同 定し た。 大腸 菌に よる 発現 によ り得 ら れ たOsSGTはTAに 対 し て 活 性 を 有 す る 一 方で 、SAに 対し ても 非常 に高 い活 性を 有し てい た。
Os SGTのmRNA発 現はJA、TA、SA処 理の みな らず 傷 害ス トレ スに より 顕著 に誘 導さ れた 。ま た、
OsSGTの オ ル ソ ロ グ で あ る と 恩 わ れ る タ バ コ のSAグ ル コ シ ル ト ラ ン ス フェ ラ ーゼ(NtSGT)もTA に対して活性を有 し、また、発現が傷害ストレスにより誘導された。更に、octylglucosideを糖供与 体 とし て用 いた とこ ろ、 新規 なタイプのグルコシルトランス フェラーゼを見出し、精製酵素をGH1 の一種(AK100165)と同定した。
第 2部 エ ン ド フ ん イ ト 感 染 に よ る チ モ シ ー の 誘 導 抵 抗 性 に 関 す る 化 学 的 研 究 牧草チモシーは エンドファイトであるEpichloe typhinaの感染により斑点病菌Cladosporium phlei に対する誘導抵抗 性を獲得する。以前の研究によりE typhinaに感染したチモシーにC.phleiの胞子 懸 濁液 を噴 霧す ると その 発芽 が阻 害 されること、更にはE typhinaの培養濾液中にephlei胞子 発芽 阻 害物 質が 存在することが知られてい た。この胞子発芽阻害物質は誘導抵抗性に直接関与して いる と 推 測 さ れ た 。 そ こ で 、 本 化 合 物 の 単 離 ・ 構 造 決 定 を 目 的 に 研 究 を 行 っ た 。 E. typhina培 養濾 液を 、C.phlei胞 子発芽阻害活性を指標に精製した結果、胞子発芽阻害 物質 epichlicinの単離 に成功した。Epichlicinは8つのアミノ酸から成る環状ペプチドであり、絶対立体 配置を含めた構造 が決定された。Epichlicinは30 nMという低濃度でC.phleiの胞子発芽を完全に阻 害 した 。本 化合 物が チモ シー の誘 導 抵抗性に直接関与している可 能性が考えられ、E typhinaに感 染 した チモ シー植物体内におけるepichlicinの存在の有無は興味深い。更に、Etyphina培養濾 液中 に、C. phleiに対して植物毒素活性のあるphleichromeの生産を誘導する化合物が存在することを見 出し、活性物質と して二種の環状ジペプチドを単離・同定した。
これ らの 研究 のう ち、TAグ ルコ シ ルト ラン スフ ェラ ーゼ を植 物界から初めて見出された成 果に ついては、学術論 文として、Phytochemistry誌に受理された。また、チモ シー植物体内に感染する2 種 の糸 状菌 間の、生育や二次代謝制御 に働く新規ベプチド及び既知ジケトピペラジンの構造決 定に 関しては、Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry誌に2報の学術論文として発表した。以上の 研 究成 果に よって、審査員一同は、瀬 戸義哉が博士(農学)を受けるのに十分な資格を有する と認 めた。