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(1)

Title

女性雑誌における第二波フェミニズムの影響と変容 : 『

MORE』『クロワッサン』の読者投稿の分析

Author(s)

坂本, 佳鶴恵

Citation

お茶の水女子大学人文科学研究

Issue Date

2016-03-28

URL

http://hdl.handle.net/10083/58466

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Type

Departmental Bulletin Paper

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(2)

人文科学研究 No.12, pp.203ー215 March 2016

女性雑誌における第二波フェミニズムの影響と変容

――『

MORE

』『クロワッサン』の読者投稿の分析――

坂 本 佳鶴恵

.目的

本稿は、日本の実用商業女性雑誌における第二波フェミニズム思想の受容と変化を、当時最も影響を受 けたとされる『

MORE

』と『クロワッサン』の受け手の分析から検討することを目的とする。

.先行研究

メディア研究において、ジェンダーの視点は重要なアプローチの一つである。従来は、メディアを通じ てどのようなジェンダー規範が伝達され、流布されているかをみるため、メディアのメッセージの分析が 主流であり、女性雑誌研究においても誌面分析が中心であった。たとえば、デイビスらは、女性雑誌にお けるファッション、美容、健康関係の記事や広告が、外見面での性役割取得に強いプレッシャーをかけて いると指摘し批判している(

Davies

Stratford

1987

)。日本でも日本・アメリカ・メキシコの女性雑誌 の内容分析(井上・女性雑誌研究会

1989

)などの誌面分析がおこなわれた。  しかし、メディアのメッセージ研究だけでは、メディアの多義性を看過しており、受け手をテクストの 解釈において選択権をもっていない受け身な存在としてしまっているという批判(

Van Zoonen

1991

)を 回避できない。こうした欠点を補う研究として、特に女性を受け手として想定しているメディアにおいて、 受け手の研究が注目されるようになっている。ラドウエイは、ハーレクイン・ロマンスの女性読者の調査 から、ロマンス小説を読むという行為自体が、家族に対して自分自身の時間を主張する方法となっている ことを指摘し、家父長制への穏やかな抵抗とみなしている(

Radway

1984

)。女性雑誌の研究においても、 マックロビーが、雑誌に書かれている内容に対してそのまま受け取るのではなく、既知感を前提に読む若 い女性読者の存在を議論したり(

McRobbie

1996

)、エルムスが、女性読者のインタビュー調査から、時 間つぶしや入眠作業など、読者の生活のなかでの女性雑誌の意味を分析している(

Hermes

1995

)。 日本のジェンダーの視点からの受け手研究はまだ少ないが、投稿欄の分析や愛読者グループの調査をあ げることができる。佐藤は、明治

30

年代後半から大正にかけての少女雑誌の読者投稿欄を分析し、投稿欄 を媒介とした「誌上交際」が盛んになったことや読者の雑誌への帰属意識が非常に強かったことを指摘し ている(佐藤

1996

)。木村は、大正半ばから昭和前半の『主婦之友』の読者欄のキーワードから、『主婦 之友』が読者にとって「有益」で「修養」の導きであり「慰安」であったとし、また「誌友」という愛読 者集団が読者の準拠集団となり、「主婦」としての合意形成が行われたとする(木村

2010

)。また中尾香は、 第二波フェミニズムが起こる前の

1950

60

年代にかけての『婦人公論』の愛読者グループの調査をおこな

(3)

い、編集部と愛読者たちのずれや愛読者グループ活動が参加者に対して持っていた意味を探っている(中 尾

2009

)。 しかし、日本の第二波フェニミズムの時期の女性雑誌の読者については、女性雑誌の影響が社会的に話 題となったにもかかわらず、ほとんど分析されていない。

1970

年代末から

1980

年代半ばの『

MORE

』と『クロワッサン』

日本で第二波フェニミズムが起こった時期に、フェミニズム的言説を流通させたとされる商業女性雑誌 に『

MORE

』と『クロワッサン』がある。松原惇子は

1979

1981

年の『クロワッサン』に掲載された新 しい女性の生き方に当時

20

代の多くの女性が影響され、その後結婚せず仕事を長く続けようと思っている わけでもない中途半端な独身生活を送っているとし、「クロワッサン症候群」と呼んだ(松原

1988

)。 松原は、『クロワッサン』が頻繁に登場させた、

1980

年当時

43

歳の桐島洋子などの、若くなく、仕事を していて、普通の結婚をしていない「御用達文化人」が、新しい女性の生き方のモデルとして強い影響を 与えたとしている。これに対して翌年出版された『アンチ・クロワッサン症候群』では、雑誌が女性に影 響を与えたのではなく、女性たちの変化が雑誌に影響を与えたと反論している(わいふ編集部

1989

)。 井上輝子は、『クロワッサン』と『

MORE

』を「『女の自立』『キャリア・ウーマン』『翔んでいる女』 等の流行語を生み出し」「'

70

年代において表面化した女性の自立と解放への欲求を代弁する雑誌として、 伝統的女性像のステレオタイプを破って、新しいライフスタイルを模索ないし推奨する方向を示し」、結 局は商品購入を促し産業社会を補完したという「限定つきではあれ、解放への気運を促した」と評価して いる(井上

1989

38

-

9

)。 また井上は記事の内容分析をもとに、『

MORE

』の誌面構成が

1978

年のおしゃれ

25

.

5

%、家事

21

.

7

%、 生き方

17

.

2

%、余暇

28

.

3

%から

1986

年のおしゃれ

48

.

1

%、家事

9

.

7

%、生き方

13

.

5

%、余暇

12

.

5

%と、生 き方記事が減りおしゃれ分野が増え、『クロワッサン』も

1984

年のおしゃれ

23

.

0

%、家事

21

.

8

%、生き方

20

.

8

%、余暇

27

.

8

%から

1986

年のおしゃれ

26

.

6

%、家事

32

.

2

%、生き方

7

.

6

%、余暇

30

.

0

%と生き方記事が 減り家事分野が増えたことを指摘し、両誌の新しいライフスタイルの提唱は流行現象にとどまり根付かな かったとしている(井上

1989

82

-

5

)。 本稿ではこのように、当時のフェミニズム思想と関連した女性の自立や女性の新しい生き方を提案し たとされる、

1970

年代末から

1980

年代半ばの『

MORE

』と『クロワッサン』の影響とその変化の意味を、 両誌の読者投稿欄から検討する。

MORE

』と『クロワッサン』の概要

M

0

RE

』は、

1977

年5月より『

non

no

』を出版している集英社が創刊した月一回の月刊誌で『

an

an

』『

non

no

』注1を読んでいた読者が対象年齢をこえた後読む、その上の年齢層を狙った雑誌として 創刊された。

1980

年まではアメリカの女性雑誌『

COSMOPOLITAN

』と提携し毎号1∼2本の記事を掲 載していた。 『クロワッサン』は、

1977

年4月に『

an

an

』を出版していた平凡出版

(

現マガジンハウス

)

が発行し、 当初は『

an

an

』『

non

no

』を読んでいた団塊の世代が結婚をし、家族を形成するときに読まれるこ とをねらって「ふたりで読むニューファミリーの生活誌」として売り出したが成功せず、

1978

年から「女

(4)

の新聞」として月二回発行の女性向け情報誌に衣替えした。『雑誌新聞総かたろぐ』では、「『ニューファ ミリー誌』から『新しい女性の生き方』に編集のウエイトを置き換えて部数を伸ばした雑誌」と紹介され ている(メディアリサーチセンター

1981

149

)。

1982

年の『

MORE

』の公称部数は

65

万部、『クロワッサン』の公称部数は

54

万部であり、その年の全国 読者調査で、『

MORE

』は女性たちが好きな月刊誌としてあげる雑誌のなかで『暮しの手帖』『婦人公論』 についで三番目に多くあげられ、『クロワッサン』は『女性自身』『

non

no

』『週刊朝日』などについで 好きな週刊誌の

13

位となっている(毎日新聞社

1983

)。両誌とも多くの読者を獲得した商業女性雑誌注2 あり、当時の編集長は男性である。

1981

年から

1984

年におこなわれた毎日新聞社の読書世論調査では、『

MORE

』を好きな月刊誌にあげた 女性では

20

代が一貫してもっとも多い。他方『クロワッサン』を好きな週刊誌としてあげた女性は

1981

年 は

20

代が多い(

13

/

18

人)ものの、

1982

年は

30

代が半分近く(9

/

21

人)、

1983

4

年は

30

代がもっとも多く、

1984

年では

30

代についで

40

代が多くなっており(毎日新聞社

1982

1985

)、

30

代を中心に幅広い年齢層に 読まれていたと思われる。 また、同調査で『

MORE

』を好きな月刊誌にあげた女性のなかでの主婦の割合は、

14

.

8

29

.

3

%であっ たのに対して、『クロワッサン』では主婦の割合は

28

.

6

60

.

0

%と多い。『

MORE

』も『クロワッサン』も、

30

.

0

56

.

7

%が大卒で、高学歴の読者が多かったと思われる(同上)。

.読者投稿分析

 以下では両誌の巻末に設けられていた読者投稿欄である『

MORE

』の「

MORE Salon

」と『クロワッサン』 の「読者の手紙から」の自由投稿を分析する。フェミニズムの影響が強かったと思われる

1979

年と変化し たといわれる

80

年代半ばに近い

1983

年の各1年分の投稿を分析対象とする。投稿話題の内容分析(女性の 生き方・フェミニズムに関連する話題、および両雑誌のいずれかの年に複数みられた話題を項目にして数 えた。同じ投稿に複数の話題がある場合は重複して数えた)のほか、関連用語の頻度、募集のし方、投稿 内容、文体を分析した。

Ⅴ-

1

.「

MORE Salon

」(『

MORE

』)の読者投稿分析

1979

年 ⑴ 女性の新しい生き方 

1979

年は、特定テーマで募集した

12

月の一部の投稿を除いた

78

通を分析対象 とした。タイトル下部には「私たちのこと」という副題がつけられ、投稿募集には「『モア・サロン』は あなたのページです。このページを通じて、より多くのすばらしいモアたちが、育っていくよう心から 祈っています。その意味で、女性自身の問題、女性と社会の問題、女性と趣味の問題、女性と男性の問題 ………。女性に関する問題なら、あらゆる角度からとりあげていきたいと思います。」(

1979

/

1

)

と「女性」 への関心が強調されている。 話題についての内容分析では、多い順に、結婚・結婚式

15

通(

18

.

1

%)、就職・仕事

11

通(

13

.

3

%)、結婚・ 育児の仕事への影響を書いたもの、自立や生き方を話題としたもの各7通(

8

.

4

%)、フェミニズム思想や 男女平等を話題としたもの5通(

6

.

0

%)、家事が5通(

6

.

0

%)と、結婚・仕事を中心に女性の生き方やフェ ミニズムの話題が多い(表1)。 また、「自立」という言葉が使われている投書が

12

通(

15

.

6

%)、「キャリアウーマン」が6通(

7

.

7

%)、「翔

(5)

んでる女」あるいは「翔ぶ女」という言葉が6通(同)、「結婚しない女」という言葉が3通(

3

.

8

%)、「フェ ミニスト運動」・「女性解放運動」や「フェミニズム」という言葉を使った投書も各1通(

1

.

3

%)あった。 「自立」「キャリアウーマン」「翔んでる女」などの言葉に対しては、「女性の自立という事が強く叫ばれ ているこの頃」(

1979

/

2

)「『自立した女』とは、最近よく話題になりますが」(

1979

/

3

)「今はやりのキャ リアウーマン」(

1979

/

7

)など、流行しているという言及が9通の投書にみられた。 具体的にこれらの言葉を使った投書をみると、「私って、今流行のキャリア・ウーマンとか、翔んでい る女、そんな代名詞とは、かけ離れている人間のくせに、普通の人間で終わりたくないなんて、思っちゃっ てるんです。」

(

1979

/

1

愛媛

)

、「今は与えられた枠内で翔べる女性になるべく努力している平凡なミセスで す。」(

1979

/

1

神奈川県)など、自分の目指したい生き方としてとらえている投書がある一方で、「これか ら将来の指針を決めかねている今、マスコミを通じてのキャリアウーマン・女の生き方特集の提示に、な ぜか素直に納得のできないものを感じ、一人反発してみるのです。」(

1979

/

4

広島県)といった反発や疑問 の投書もある。 結婚や育児と仕事を両立したいがその環境になく、周囲からの理解もえられないという悩みを書いた投 書もかなりあった(7通)。「結婚して一年半。二年間の転勤ということで、私も仕事を辞めて主人の勤務 先であるこの倉敷に来て、だいぶ経ちました。…

/

なぜ女性は結婚すると男性の仕事のために自分の仕事 を捨てなければいけないのでしょうか。それが当たり前という風潮が強いのはなぜでしょうか。 …入れ かわり立ちかわり、皆が説得に来ました。…自分に合った仕事はなく、一日中、家で本を読む毎日になっ てしまいました。

/

はやく期限がきて、もとの生活に戻りたい。…私は我がままなのでしょうか?」

(

1979

/

1

岡山

)

、「つい2カ月前に婚約を破棄しました。…仕事を持つ女の場合、両立させていくことは大きな犠牲 を必要とします。よほど理解のある人と一緒にならないかぎりむずかしいと思います。」

(

1979

/

10

長野県

)

、 「男が働く事は当然のことであるのに、女にとって、とりわけ子持ちの女が仕事をもつという事に対する 社会の壁のなんと厚い事でしょう。社会的にみて、私のような女は、まったく自分勝手でわがままな母親 だろうということになるのでしょうか。」(

1979

/

2

埼玉県) このように

1979

年の『

MORE

』の投書欄では、自立を中心に女性の新しい生き方について賛否を交え て意見が交わされ、結婚、仕事、育児、生き方などの話題にまたがって、結婚、子育てを中心とした女性 の従来の生き方と、仕事や自立といった新しい女性の生き方の狭間で悩みを告白している投書が多い。 ⑵ 結婚適齢期 最も多かった結婚をめぐっては、適齢期に結婚すべきという周囲の圧力への反発・疑問 が、伝統的な女性の生きかたに対する疑問や自分のやりたいことをしたいという意思とともに書かれてい る(6通)。「彼女

[

]

にいわせれば、『適当な伴侶を見つけ結婚し、子供を産み、明るい家庭を作ること。 これが女の一番の幸せである』ということらしい。確かにそれが一番よいのかもしれない。でも、私には 表1.

1979

年 

MORE Salon

話題 結婚・ 結婚式 就職・ 仕事 結婚・ 育児と仕事 自立・ 生き方 フェニミズム・ 男女平等 家事 キャリア ウーマン 育児 離婚 主婦・ 専業主婦 件数

15

11

7

7

5

5

4

4

4

3

18

.

1

13

.

3

8

.

4

8

.

4

6

6

4

.

8

4

.

8

4

.

8

3

.

6

話題 夫の転勤 病気 夫婦 男女の 友情 未婚の母 避妊 本 その他 重複含む 総数 件数

3

3

2

2

1

1

1

5

83

3

.

6

3

.

6

2

.

4

2

.

4

1

.

2

1

.

2

1

.

2

6

99

.

8

(6)

それが耐えられないのです。…私は、たくさんの友人や、様々な女性の生きかたを見聞し決心しました。 自分の決めた道を、自分の足で一歩一歩着実に歩いて行こうと。目ざすものがどんなに大きくて、そして それを成就するに多くの障害があろうとも、決して籠の鳥にはなるまいと。」

(

1979

/

4

和歌山県伊都郡

)

、「男 に愛され、自分もひたむきに男を愛し、その人のために尽くす…。そんな生き方だけが幸せだとは限らな い。愛に背を向けても、自分の意志に従って自分の生き方を選びとる。本当に自分のやりたいことを模索 しながら生きていく、そんな生き方があってもいいだろうと思う。」

(

1979

/

4

富山県

)

また、『

MORE

』の記事に影響を受けたという投書もある。「一度結婚しなければ、世間は誰も一人前 に見てくれません。いつまでたっても『娘さん』です。こんな状態の私に、9月号の『女の談話室』は大 切な事を教えてくれました。…

/

私も自立の手段としての結婚、親と世間が妥当と認める人なら誰でも良 いという安易な結婚をするところでありました。

/

…何となく結婚したって私の望んでいる生活はやって きそうにも、ありません。…これからは自分の足でしっかり立とうと思います。」

(

1979

/

1

神奈川県

)

結婚適齢期も、自分の生き方に反するものとして書かれている。また、これらの投書は、『

MORE

』の 編集部や読者たちが新しい生き方を支持している、あるいは同じように悩んでおり、こうした新しい生き 方を目指す投稿者の悩みを理解してくれるという前提で書かれている。

1983

年 ⑴ 女性の新しい生き方 

1983

年の「

MORE Salon

」では各投書に数行の編集部からのコメントがつく ようになったほか、「

FROM ABROAD

」として海外からの投書も毎号紹介している。分析対象としたのは、 特定テーマで募集した

Essayist Club

の投稿、異なる形式の

TOPICS

FORUM

欄での投稿を除く

127

通で ある。  タイトルでは「私たちのこと」という副題は消え、「

FREE TALK

」という言葉が加えられ、投稿募集 も「おたよりお待ちしています。どんなことでも結構です。」

(

1983

/

1

)

と「女性」という言葉は消えている。 話題で最も多いのはその他

33

(

25

.

2

)

、次いで恋愛・不倫

16

通(

12

.

2

%)、結婚

13

通(

9

.

9

%)、仕事・ 就職

10

通(

7

.

6

%)、育児9通(

6

.

9

%)など(表2)で、

1979

年と比べるとその他の話題や恋愛の話題が多 くなり、結婚や仕事、フェミニズムの話題は少なくなっている。

1979

年でみられた結婚・育児と仕事の 藤など、伝統的生き方と新しい生き方との 藤といった視点か らの投書はほとんどなく、日常生活での話題が多い。 投書文中でも「自立」という言葉を使ったものが2通(

1

.

6

%)、「キャリアウーマン」あるいは「キャ リアレディ」が2通(

1

.

6

%)、「男尊女卑」1通(

0

.

8

%)、「主夫」1通(

0

.

8

%)と、自立や新しい生き方、 フェミニズムへの言及は

1979

年に比べてあまりみられない。

表2.

1983

年 

MORE Salon

(テーマなしの

Free Talk

のみ、

Topics, Forum, Essayist Club

除く) 話題 恋愛・ 不倫 結婚 就職・ 仕事 育児 避妊・ 性 夫婦 ・夫 自立・ 生き方 モア 病気 妊娠・ 出産 政治 件数

16

13

10

9

8

7

7

6

4

4

3

12

.

2

9

.

9

7

.

6

6

.

9

6

.

1

5

.

3

5

.

3

4

.

6

3

.

1

3

.

1

2

.

3

話題 趣味・ スポーツ 離婚 服・ おしゃれ 男女平等 夫の転勤 家事・ 料理 キャリア ウーマン 主婦 その他 重複含む 総数 件数

2

2

2

1

1

1

1

1

33

131

1

.

5

1

.

5

1

.

5

0

.

8

0

.

8

0

.

8

0

.

8

0

.

8

25

.

2

100

.

1

(7)

MORE

』の変質を指摘する読者もいた。「モアを創刊号から読んでいた私としては、きっと『キャリ ア・レディ』なるものになろうと、ひそかに思い続けてました。『女が仕事を持ったりすると離婚の原因 だよ』などと言われ続けて、なんとなくその言葉にのせられて、早いとこ結婚でもしてしまおうと考え出 したりもしていました。けれど、いまこうして活字を目で追っていると、私自身の目標は平凡なお母さん になることではなかったはずだ、という気持ちがこみ上げてくるのです。

/

最近の世の中の風潮が、女の 人の会社つとめも5、6年ということになってきているらしいのです。けれど、創刊号の頃に、あんなに がんばって『女の自立』と叫んでいたのに、もったいない気がしてたまりません。

/

結婚に反対とかいっ たことではなしに、やはり女の人も何か一生懸命になれることを持って生きていたほうがいいと思うので す。数年前に『これからの女性が仕事面で認められるようになれば、この先、女性にとって明るい世の中 になる』と言っていたのは、どうなってしまったのでしょうか。」

(

1983

/

3

東京都新宿区

20

歳)これに対し て編集部は次のようにコメントしている。「某洋酒メーカーの役員面接担当官が『ウチでは結婚して辞め てくれる子じゃなきゃ採らん』と暴言を吐いたとか。上がカタイ限り世の中は変わりません。『平凡なお 母さん』になったら『革新的な子供』を作ってください。」 また

1983

年は、なぜ女性はこうでなければいけないのか、といった形での意見表明の文体とは異なり、 ユーモアを用いて表現を和らげた投書や編集部のコメントが多く、直接的な意見や主張が少なくなってい る。たとえば、子供を作るようにという「口うるさい」干渉を「『まったくもう、いいかげん放っといてちょ うだい!』とギャーッと叫び出したくもなると思いません

?

」と書く投書(

1983

/

7

秋田市

30

歳)とそのコ メント、「お隣の中国を見てみなさい、というんですね。あそこでは子供の少ない人は、表彰されてます よ。」などである。 他方で『

MORE

』を、新しい生き方を模索する若い女性たちを代弁し支援する雑誌とする投稿もある。 「現代の意識の変革に、マスコミが大きく寄与してきたことは確かです。だからこそ、今、『モア』のよう な女性誌が、男性の意見を多く登場させたり、男女が話し合える場所をつくっていかなければ、リベラル な考えはこのまま女性の方にだけ蓄積してしまいます。

/

…私の彼に『モア』のそういった記事をみせた ところ、『何を勝手なこと言って』と冷酷にも一蹴されてしまいました。…『モア』のような雑誌を、多 くの男性が読んでくれたら言うことなし。男性も気軽に手にとれるアピールの方法、考えるべきだと思い ます。」

(

東京都豊島区

1983

.

10

:

89

)

1979

年にはほとんどみられなかった性・避妊の話題も8通(うち2通は優生保護法に言及)あった(表 2)。

1982

∼3年は日本のウーマンリブが問題としていた優生保護法改正注3の動きが国会であり、多く の女性団体が反対運動をおこなった。優生保護法についての投書は、ほかにも

MORE Salon

に付随した

TOPICS

FORUM

欄の1月と3月でも取り上げられている。『

MORE

』は

1983

年4月号で特別企画とし て優性保護法改正の問題をとりあげ、

12

頁にわたって、反対する女性たちの意見を紹介している。このよ うに、

1983

年は新しい生き方に対する読者の関心や雑誌の態度には変化がみられるものの、第二波フェミ ニズム運動への関心や共感もまだ維持されていた。 ⑵ 結婚適齢期 結婚適齢期という規範による圧力に対して不満を述べた投書では、

1979

年には見られな かった結婚したいという願望が書かれている。「まわりは『売れ残り』という目で見るのです。

20

歳にも なって結婚しないなんて、まるでどこかオカシイんじゃないかっていうように、しいたげられてます。… なにさ、晩婚でもしっかりしあわせになってやりますわよ。」(

1983

/

2

北海道

20

歳)「ただ今私、 結婚した い病 にとりつかれて大変なのです。知らず知らず「ダンナがほしい」「子供がほしい」と口走り、あの 平 凡 という言葉に非常にあこがれを抱いております。カレのために作る食事、洗濯………人並の幸せがほ

(8)

しい!… 少しでも早く結婚して、2世の顔がみたい!」(

1983

/

10

宮崎県

24

歳) これらには、

30

歳代の独身女性から2通の反応が掲載されている。「1人暮らしの方がいいと思う。

/

若 い時は 、 人並みに結婚にあこがれたこともあったけれど 、 そういう時は決まって現実から逃げたい時が多 かった。…これから先も、絶対独身でとは言い切れないけれど、今の所はこのままの生活を続けたい。

/

○○さんのお便りを読んで、ほほえましく可愛らしく思いました」(

1983

/

12

三重県

34

歳)などである。 『

MORE

』の記事や読者に共感を見出しつつ周囲の適齢期圧力への反発も書かれている。「

27

歳、独身。 この頃、なんだかとても気持ちが揺らいでいるんです。…この先どうしようって、急に不安になってきて。 結婚をあてにして毎日を過ごすのもイヤな話。要するに、独りで老後も暮らしていけるほどの力をつけて おけばいいのだ、とは思ってみるものの、いつまでも今の仕事をやっていくつもりはない、とも思ったり。

/

それにしても『モア・リサーチ結婚』の中にもあったけど、結婚を年齢ばかりで急がせないで欲しいワ。」 (

1983

/

4

東京都

27

歳)このほか適齢期をめぐる周囲の圧力を告発する投書は、別途「未婚の私のイビラレ方」 というテーマで募集され特集されている(

1983

/

8

)。

1983

年の投稿では適齢期に関しても、仕事や自分のやりたいこと、生き方を貫きたいという主張から、 結婚したいが結婚するまでのモラトリアムを認めてほしいという主張へと内容の変化がみられる。

Ⅴ-

2

.「読者の手紙から」(『クロワッサン』)の読者投稿分析

1979

年 ⑴ 女性の新しい生き方と専業主婦 「読者の手紙から」の投稿募集は小文字で「お手紙をお待ちしてい ます」という簡単なものである。

1979

年に掲載された手紙は

56

通だが、そのほとんどは『クロワッサン』 の記事に関連したもの(

46

通)である。 「キャリアウーマン」「キャリアガール」という言葉があった投書は6通(

10

.

7

%)、「自立」4通(

7

.

1

%)、 「翔んでる女」「翔ぶ女」「翔べる女性」は3通(

5

.

4

%)であった。うち2通には「世をあげて女性自立を さけんでいるかのようないま」(

9

/

25

ママ)など、

1979

年の『

MORE

』の投稿と同様、これらの言葉や生 き方がもてはやされているという言及があった。 女性の自立やキャリアウーマンに対しては「手軽に、自立する女にも、キャリア・ウーマンにもなる訳 にはいかないけれど、…

10

年後の自分に期待したい」(

1979

/

3

/

10

千葉県)「女性の自立とか、翔んでいる 女といった言葉がはやり、…私も自立とはどういうことなのかを真剣に考えはじめました。」(

1979

/

4

/

25

大阪府)という自分の生き方に取り込もうとする態度がある一方で、「アンチ『翔んでる…」』『キャリア ガール』の私」(

1979

/

10

/

10

佐賀県)と反対の立場を表明する人もいる。「『クロワッサン』には「翔んで る女性の生き方」「自立している女性の生活が描かれ」「始めのうちは私自身の代弁者であるがごとく、実 に小気味よく読ませていただいてました。

/

でも、この頃になって無性に腹立たしくなって来たのです。 飛んでみたって、跳ねてみたって、自分にはできないことばかりなのです。子供がいます。親がいます。 亭主殿がいます。八方塞がり。…時の経過を待って、ひよっとしたら

10

年程先に翔べる時があるのでは」 (

1979

/

12

/

10

岡崎市)と、新しい生き方への憧れと現実の困難さの吐露もあった。 話題として最も多かったのは、その他で

12

通(

21

.

4

%)、結婚・婚約・婚前結婚

10

通(

17

.

9

%)、専業主 婦と主婦をあわせて9通(

16

.

0

%)、生き方・自立が8通(

14

.

3

%)など(表3)で、『

MORE

』には少なかっ た「専業主婦」や「主婦」を話題にした投書が多い。 これらの投書には「最近、ただの主婦は屈辱 などと言われ、専業主婦は肩身のせまい思いをしている」 (

1979

/

5

/

25

千葉市

20

歳学生)専業主婦はキャリアウーマンに対して「うしろめたい気持」をもっているの

(9)

ではないか、そう思う必要はないという意見(

1979

/

9

/

25

大阪市

28

歳会社員)や「専業主婦なんて何てつ まらない人生をおくろうとしているのかしら、と今まで考えていた私もこのごろは、ああうらやましい」 (

1979

/

8

/

25

匿名希望、「主婦兼

OL

」)など、専業主婦にマイナスイメージがあることを示しながら、それ を否定するというレトリックがみられる。また「することはたくさんあります。…専業主婦と言ったって、 ぐうたらママばかりじゃないのだよ」と「主婦」の仕事を強調する投書(

1979

/

6

/

10

鳥取市吉方温泉)や、「家 で主婦業をして、はや2か月」(

1979

/

8

/

25

神戸市

29

歳)「主婦業と仕事を両立させる」(

1979

/

8

/

25

匿名希望) など家事・育児を「主婦業」として仕事と同等にとらえる表現がみられる。 「三食昼寝付き」「太り狂って、ドテーとしてザンバラ髪した無知人間」「話題も狭くなって夫や子供の ことばかり気にする」という専業主婦イメージと「主婦のみ」でも「いつもきちんと化粧し、服装にも気 をくばり、話題も広く、ステキな人」を対比させ「自分の人生を自分で豊かに生きるため、あせらず、あ きらめず、今できることからやろう」(

1979

/

12

/

10

青森県)、「脱皮しつつある専業主婦」(

1979

/

7

/

25

)など、 専業主婦のマイナスイメージとは異なる「主婦」を目指したいという投書もみられた。 ⑵ 結婚適齢期 結婚・婚約をめぐっては、『

MORE

』のように仕事との葛藤を書いた投書はみられず、 結婚適齢期の圧力に対しても、仕事や自分のやりたいことをやるためではなく、以下のように好きな人 が出てくるまで待ちたいという投書がある。「『結婚』からの解放を興味深く読ませていただきました。私 の住んでる田舎町で

28

歳にもなって1人でいるということが、まわりの人達にはとても不思議に思えるら しいのです。…でも、…中途半端で投げだすことなく、結果的に最高だったって思うことのできる結婚を しようって、話しあっています。とても好きでたまらない人のところにお嫁にいけるように」(

1979

/

6

/

10

鳥取市)「〇〇様と同じく、投げ出した結婚はせず『とても好きでたまらない人のところにお嫁に行ける』 よう念じていた」。(

1979

/

8

/

25

匿名希望)

1983

年 ⑴ 新しい生き方と専業主婦 投稿募集の言葉は

1979

年と同じであり、掲載されたのは

246

通、『クロワッ サン』に対する言及はうち

35

通だった(

5

/

10

号の『クロワッサン』感想特集を含む)。 文中の言葉では「キャリアウーマン」3通(

1

.

2

%)、「自立」「翔べる」は各1通(

0

.

4

%)にしかみられ ず、

1979

年より少ない。 話題は、その他が

46

通(

18

.

6

%)、子どもや育児についてが

34

通(

13

.

8

%)、夫婦・夫が

22

通(

8

.

9

%)、 中絶や性が

17

通(

6

.

9

%)、仕事が

14

通(

5

.

7

%)、生き方や夢が

14

通(

5

.

7

%)、趣味・スポーツ

13

通(

5

.

3

%) など(表4)と、

1979

年より生き方の話題の割合が少ない。 仕事や主婦の話題では、新しい生き方の影響を受けたものの現実の厳しさを実感したという投書がみら れた。「『クロワッサン』を読んでいると何か仕事をしなければいけない、何か始めなければと少々あせり 表3.

1979

年 読者の手紙から 話題 結婚・婚約 生き方・自立 専業主婦 主婦 服 離婚 知性・本 仕事 件数

10

8

5

4

4

3

2

2

17

.

9

14

.

3

8

.

9

7

.

1

7

.

1

5

.

4

3

.

6

3

.

6

話題 人物 子どもをもつ 恋愛・不倫 趣味 女性差別 その他 重複含む総数 件数

2

1

1

1

1

12

56

3

.

6

1

.

8

1

.

8

1

.

8

1

.

8

21

.

4

100

.

1

(10)

気味のこのごろでしたが…パートでこんなにしんどいのでは」(

1983

/

5

/

10

芦屋市匿名希望)、「家事はきち んとこなしたうえで、自分の世界を切拓いていく、そんな自分に憧れていました。…でも、無器用でのろ まの私には、目の前の家事を処理するのでさえ、容易ではありません。アルバイトと家事の間隙を縫って、 自分の世界を拓いていくほどの根性と体力があるか、といえば、おあいにくさま。すぐめげる。すぐばて る。」(

1983

/

9

/

25

茨城県

27

歳) 結局うまくいかず、「主婦業」の価値を再評価し、「主婦」だけでない何かをする方向に転換という投書 もある。「焦燥感におそわれ、亭主も子供も家もほったらかして翔びたがります。女の自立が何かも分ら ず、外で働いて何がしかの金を得ればそれが自立と錯覚して、我も我も働きに出、流行の服を着、…私も

40

歳になる迄は何としても働きたいと思ったものでした。主婦業に専念しようと開き直るまでには、いろ いろありましたが、成長した2人の娘を見ていると、結局これで良かったのだと思えるようになりました。

/

その間に家で何かやれる事は無いかと思いついたのがモニターです。」(

1983

/

7

/

25

福岡県

47

歳)

1979

年と 同様、「会社員から主婦業に転職致し」いまが幸せだという投書(

1983

/

6

/

25

石川県匿名希望)のように主 婦を一つの仕事ととらえ評価する投書もある。 夢や生き方については、子育てだけでなく長期的に自分のやりたいことをする生き方が、憧れ

/

目指す 生き方として多く書かれていた。子育て後の夢のための準備(

1983

/

3

/

10

埼玉県

31

歳主婦)、子育てを楽し んでおり将来は働きたいという友人(

1983

/

3

/

25

福島県)、働けなくなったら物書きをしたい(

1983

/

3

/

25

岡 山市)、教員をしながら一人で3人の子供を育て上げその後寮母、お茶・お花の師範となった女性の生き 方(

1983

/

11

/

10

長野県主婦

32

歳)、「子供の手が離れたら、もう一度 社会復帰したい 」(

1983

/

5

/

10

大阪府

30

歳)などである。 『

MORE

』と同様、『クロワッサン』の変化を指摘する投書があったが、『

MORE

』とは異なり好意的に 評価されている。「最近の『クロワッサン』は、面白いですね、少し変わりましたね。…今までよりも肩 ひじはってないところがいいみたいです。硬派から軟派になったのかな。あんまり軟派になりすぎるのは いやだけど」(

1983

/

5

/

10

静岡市)「最近の『クロワッサン』は、以前のようなツッパリが影をひそめたと 同時に、より生活的になったような気がします。」(

1983

/

6

/

25

大阪市

26

歳) 他方で、自らの妊娠・中絶体験をふまえて優生保護法に触れた投書も多い。中絶や性に関してが

17

通と 多く、うち4通の優生保護法改正(「改悪」)反対の意見を含め、8通が女性が産む/産まない自由をもつ べきという意見や中絶に関する投書であった。『クロワッサン』の記事にも「もう一度妊娠中絶を考える」 (

1982

/

11

/

25

)「完全な避妊はあるのだろうか」(

1983

/

6

/

25

)が掲載されており、フェミニズムや女性問題 に対しての関心は維持されていた。 ⑵ 結婚適齢期 結婚については、自分は結婚には向かない(

4

/

25

横浜市匿名希望)という投書もあった ものの、『

MORE

』のような適齢期への強い反発や不満はみられない。「何で適齢期というものがあって、 表4.

1983

年 読者の手紙から 話題 子供をも つ・育児 夫婦・ 夫 中絶・ 性 仕事 生き方・ 夢 趣味・ スポーツ 結婚・ 婚約 服・ おしゃれ 家族 家事・ 料理 病気・ 死 恋愛・ 不倫 件数

34

22

17

14

14

13

12

12

12

9

8

7

13

.

8

8

.

9

6

.

9

5

.

7

5

.

7

5

.

3

4

.

9

4

.

9

4

.

9

3

.

6

3

.

2

2

.

8

話題 知性・ 本・勉強 主婦 専業主婦 人物 再婚・ 離婚 政治・ 運動 フェミニ ズム 夫の転勤 男友達 その他 重複含む 総数 件数

5

5

4

4

4

2

1

1

1

46

247

2

2

1

.

6

1

.

6

1

.

6

0

.

8

0

.

4

0

.

4

0

.

4

18

.

6

100

(11)

このぐらいの年齢になったら結婚しなくてはいけないのでしょうか、という強い反論も信念もないまま、

30

40

になったらどうしよう。早く、私の弱い独身主義を覆す男、現れないかな」(

1983

/

12

/

10

愛知県

24

歳) ⑶ 社会勉強としての雑誌 『クロワッサン』については、

1979

年の投書も含めて、洋服や料理、趣味な ど、その記事を参考にしたという投書のほか、「『クロワッサン』を読んでると、不思議に元気が湧いてき ちゃう。…『だまされまいぞ』と思いつつも、『女はみんな頑張ってる』って気にさせられて、いじけて なんかいられないと思っちゃう」(

1983

/

12

/

10

茨城県主婦)など啓発される、刺激を受けるという意見が あった。「家族のため」ではなく「自分のためだけに読む」ことができる雑誌とする投書(

1983

/

6

/

25

大阪 市

26

歳)もある。また、以下のように『クロワッサン』を読むことが、社会、女性問題への関心や勉強す ることにつながるという投書もみられた。「先日、『クロワッサン』を学食で読んでいると、「わあ、『クロ ワッサン』!そういうの4 4 4 4 4読み出したん?」と言われ、何とも言えない気になりました。若い女の子の多く は、自分の身近な問題(略)しか頭になく、社会や政治に関して、加えて女性の問題に対しては関心がな いのが目立ちます。」(

9

/

25

大阪市

22

歳)「(夫は)私が『女の人も勉強しなくては』みたいな事を言うと、「『ク ロワッサン』の読みすぎではないか?」とからかいます」。(

1983

/

5

/

10

名古屋市

28

歳、( )内筆者注) 『クロワッサン』では、「知性」という言葉が使われたり、本や勉強を話題とした投書もあり(表3、4 参照)、雑誌が社会勉強をし社会とつながる場としてとらえられていた。 ⑷ 『

MORE

』との比較 『クロワッサン』の読者投稿でも新しい生き方に関する投書が多かったが、 『

MORE

』とは異なり「専業主婦」や「主婦」がどうあるべきかという話題が多い。当時の新しい女性の 生き方の提示に対して専業主婦はマイナスイメージをもつ伝統的な生き方であり、『クロワッサン』の読 者に

30

代や主婦層が多かったため、反発や新しい専業主婦や主婦のあり方を模索する投書が多かったと思 われる。このような読者の態度は、『クロワッサン』に「脱専業主婦入門」と題した連載記事や「専業主 婦のための労働着」(

1981

/

3

/

10

)「『専業主婦』という肩書を名乗ってほしい」(

1982

/

7

/

10

)など、専業主婦、 主婦のあり方についての記事が多かったこととも一致している。 『クロワッサン』の投稿では家事・育児を「主婦業」として捉え重要で大事な仕事と強調する投書が多 く、「主婦業」を十分にこなしたうえでの仕事は困難であることが書かれている。特に

1983

年では、自立 を精神的な自立ととらえて趣味や勉強など「主婦業」以外の自分のための時間をもつ、育児が一段落つい た後や老後にやりたいことをするなどの方向で、新しい生き方を取り入れようとしている投書が多く、『ク ロワッサン』をその一助とするという投書もあった。 また『

MORE

』は雑誌の変化に批判的投稿があったが、『クロワッサン』では、「軟派」になったり生 活情報が多くなった変化を好意的にとらえる投書があり、送り手と受け手が共犯的に雑誌を変化させたと もいえる。 結婚適齢期に関しては、『

MORE

』のような仕事や自立のためという投書はなく、好きな人と結婚する まで、という投書がみられた。

.考察

読者投稿は、読者を代表しているとはいえない。どれを採用するかは編集部の裁量によっており、読者 全体の意見を代表しているとはいえない。しかし、一定程度当時の読者の意見を表していると考えられ、 また、送り手が投書を評価し、投稿に対してコメントがあるものもあることから両者の相互作用を反映し ているという側面もある。

(12)

両誌の投稿は日本各地から来ており、女性の自立、キャリアウーマンなど新しい生き方について、特に

1979

年には多くの投稿があった。それは両誌の記事で「生き方」の話題が多かった(井上ほか

1989

)こ とにも対応している。両誌ともに具体的に記事の影響に触れた投書がみられ、両誌の読者投稿には雑誌の 影響が強く見られる。しかし他方で、

1979

年では女性の自立などの言説が流行しているという認識が多く みられたことから、こうした読者の反応は当時の第二波フェミニズムの影響を受けたメディア全体の変化 にも対応していたと考えられる。 新しい生き方に対して、反発や否定的意見も掲載されていたが、両誌は新しい生き方を紹介し代弁して いる雑誌として読者にとらえられ、それを前提として悩みや不満、時には反発する女性たちの投稿が掲載 されていた。両誌の編集部や読者が新しい生き方を理解しているという前提が共有され、両誌は女性の自 立を中心とした新しい生き方に関心をもち、読んだり語ることができる場を提供していたといえる。また、 両誌は新しい生き方を積極的にとらえるための準拠集団としても機能していたと考えられる。みずからの 周囲に必ずしも同じ関心をもつ同世代や同じ立場の女性がいない読者にとって、両誌の誌上で展開された 編集部や他の読者との交流は、励ましをうる精神的な支柱にもなったのではないか。

1983

年には投稿の変化がみられ、特に『

MORE

』では募集のしかたや文体にも変化がみられた。ま た読者から雑誌の変質が指摘されるなど、変化をめぐって送り手と受け手の相互作用や共犯的関係、 『

MORE

』では読者からの批判と編集部の返答といった相互交渉もみられた。 また、

1983

年の両誌の投稿や編集部のコメントには、フェミニズムが主張するような労働現場での男女 平等、経済的自立と負担の平等を実現した結婚生活といった理想は困難であるという現実とあきらめが多 くみられた。 現実認識の変化は、当時の総理府の意識調査にもみられる。男女の地位について「平等になっていな い」と思う女性は

1972

62

.

3

%(全国

18

歳以上)、

1979

年の

59

.

3

%(全国

20

歳以上)に対して

1984

年(全 国

20

歳以上)は

77

.

5

%と、高くなっている(総理府編

1985

)。これは、「平等になっている」という回答が 減ったという以上に、

72

年や

79

年に2割あった「わからない」という回答が1割以下になったことが影響 している。さらに

1972

年、

1979

年にある、どの分野で平等になっていないか(複数回答)では、ともに 「社会通念や風潮で」が最も多く、それぞれ

58

.

0

%、

64

.

4

%あるが、2番目に多い「職場の中で」が

72

年の

36

.

8

%に対して

79

年は

60

.

1

%があげている(同)。 読者投稿欄の変化は、こうした世論調査の変化とも一致している。平等への意識をもって現実をみたり、 あるいは実際にそういう態度で就職活動や職場に臨む人が多くなれば、平等でない現実に気づく人も多く なる。この頃の両誌の変節の原因として、こうした社会的現実に対する受け手・送り手の認識の変化から、 実現可能な夢や憧れとして、女性の自立を語りづらくなったことが考えられる。 『クロワッサン』の投稿欄では松原(

1988

)が主張した、自立志向の影響から結婚をしないとする意見 はみられなかった。またロマンス小説の読者のような、自分のための時間を確保する場(

Radway

1984

) というよりも、雑誌が「主婦業」だけでない主婦を目指す勉強の場という、より積極的な態度が多くみら れ、特に

1983

年には勉強・趣味を含めた自分の活動や、将来の活動準備をしている

/

したいという投稿が 多い。

30

代や主婦が読者層の中心であった『クロワッサン』では、経済的には夫に依存し、まず精神的・ 時間的な自由を確保する家族関係や生き方を目指す準拠集団が、雑誌において形成されていったと考えら れる。 他方、

20

代未婚女性が中心的読者層であった『

MORE

』では、適齢期をめぐって、

1979

年の自立志向 から

1983

年には自立のためではなく、いつかは結婚するが今はしないというモラトリアム志向への移行が

(13)

みられた。自立よりまず、女性の就職=結婚という伝統的生き方を否定する方向に収束していったと考え られる。この結婚に対するモラトリアム志向には、雑誌によって流行にのせられた意思にそわない選択と いうよりは、むしろ結婚したくない相手と無理をして結婚したくないという読者たち自身の強い意思がみ られる。

80

年代半ばの変化は、雑誌からの一方的なものではなく、変わらない不平等という雑誌の外の現実に直 面した受け手と送り手が、相互作用により、より現実的な新しい生き方を模索する方向へと転換していっ た結果と考えられる。しかし、経済的自立から転換したとはいえ、本稿で指摘した、自分のやりたいこと をする主婦や結婚モラトリアムへの志向は、妥協的ではあるがもう一つの新しい生き方であり、そういう 意味では、当時の伝統的な生き方に対する抵抗は継続し、その後の女性の生き方に影響を与えていったと いえるのではないだろうか。これらの雑誌は、当時の状況のなかで女性たちが第二波フェミニズムの影響 を受けて抵抗していく一助となったのではないか。 本稿は、これまで研究対象とされてこなかった日本の第二波フェミニズム期の商業女性雑誌の受け手の 分析をおこなうことにより、当時の読者と雑誌による第二波フェミニズム思想の受容と変容を分析した。 特定年の読者投稿を対象としたため、投稿の偏りや対象年の偏りの限界がある。投稿欄に代表されない読 者の分析や当時の

20

30

代の高学歴女性層全体との関係、

1980

年代後半以降の究明が今後の課題である。 注 注1 『an・an』『non・no』については(坂本2000)参照。 注2 1986年の『MORE』の広告頁比率は31.4%、『クロワッサン』は56.0%である(井上1989)。 注3 優性保護法は優生思想を背景に1948年に制定され、1949年の改正で経済的理由による妊娠中絶が認められ た。その後、1970年代から80年代にかけて、保守系の団体から経済的な理由による中絶の禁止や障害をもつ 恐れのある胎児の中絶を合法化する改正が提案され、これに対して障害者や女性団体が反対し論争やデモな どがおこなわれ、日本の第二波フェミニズム運動の主要な政治闘争の一つとなった。優生保護法とフェミニ ズム運動の関係は(森岡1998)に詳しい。 文献

Davies, K., Dickey, J. & Stratford, T. 1987 Out of Focus, 井上輝子・女性雑誌研究会編訳1995『メディア・セ クシズム』垣内出版

井上輝子・女性雑誌研究会 1989『女性雑誌を解読する』垣内出版

Hermes, J.1995 Reading Women's Magazines, Cambridge:Polity Press. 木村涼子 2010『〈主婦〉の誕生』吉川弘文館

松原惇子 1988『クロワッサン症候群』文芸春秋 中尾香 2009『〈進歩的主婦〉を生きる』作品社 毎日新聞社編 1981∼1985『読書世論調査』毎日新聞社

McRobbie, A.1996 Morel:New Sexualities in Girls' and Women's Magazines J. Curran, et al. eds.,

Cultural Studies and Communications, pp. 172−194.London:Arnold.

メディアリサーチセンター編1981『雑誌新聞総かたろぐ』メディアリサーチセンター

諸橋泰樹 1993 『雑誌文化のなかの女性学』明石出版

(14)

学技術倫理研究』

Radway, J. 1984 Reading the RomanceWomen, Patriarchy, and Popular Literature, Chapel Hill: University of North Carolina Press.

Sakamoto, K 1999 Reading Japanese Women's Magazine Media Culture and Society, vol.21 no.2. 坂本佳鶴恵 2000「消費の政治学」宮島喬(編)『講座社会学7文化』東京大学出版会.

佐藤(佐久間)りか 1996「清き誌上でご交際を」『女性学』vol. 4

Van Zoonen, L. 1991, Feminist Perspectives on the Media J. Curran & M. Gurevitch eds. Mass Media

and Society「メディアに対するフェミニズムの視点」児島和人・相田敏彦(監訳)1995『マスメディアと社会』

勁草書房

総理府編 1985『婦人の現状と施策』ぎょうせい

表 2 . 1983 年  MORE Salon (テーマなしの Free Talk のみ、 Topics, Forum, Essayist Club 除く)

参照

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