─ 77 ─
● シンポジウム 3 外科治療と循環代謝
要 旨 近赤外線酸素モニター装置(NIRS)は脳血流変化を局所酸素飽和度の変化としてリアルタイムに捉えること ができるため,脳血行再建術周術期における有用性が報告されている.これまでに我々は頸動脈ステント留置 術(CAS)周術期においてインドシアニングリーン(ICG)を血管内トレーサーとして用いた NIRS による局所脳 血流評価の特徴と有用性について報告してきた.今回我々は症例を重ね,術後過灌流症候群(HPS)における有 用性と注意点について検討した.当院で CAS を行った 34 例を対象とし,ステント留置前後の NIRS の局所酸 素飽和度(TOI)および ICG を静脈内投与し得られる ICG 時間濃度曲線より局所脳血流係数(BFI)および平均通 過時間(MTT)を計測した.HPS をきたした 2 例では術後に病変側 TOI および BFI 比の上昇が持続し,病変側 MTT比は術後短縮した.ICG を血管内トレーサーとして用いた NIRS により HPS 発症の予知や術後管理にお けるベッドサイドで繰り返し行える脳循環動態モニタリングとして有用であると考えられた. (脳循環代謝 25:77∼80,2014) キーワード : 頸動脈狭窄症,頸動脈ステント留置術,近赤外線分光法,インドシアニングリーン,過還流症候群はじめに
頸動脈狭窄症は脳梗塞の原因として重要な病態であ り,近年日本人において増加傾向にある.脳梗塞発症 もしくは再発予防の目的で頸動脈内膜剝離術(carotid endoarterectomy; CEA)や頸動脈ステント留置術(carotid artery stenting; CAS)が広く施行されているが,術後血 栓症や過灌流症候群(hyperperfusion syndrome; HPS)等 による周術期合併症の危険性が知られている1~3).これ ら血行再建術周術期における局所脳循環動態の変化を ベッドサイドで早期に捉えることで術後の虚血性およ び出血性合併症の発症を未然に防ぐことができると考 えられ,本治療を安全に行ううえで重要と考えられる. 近赤外線分光法(near-infrared spectroscopy; NIRS)を 用いた近赤外線局所脳酸素飽和度計測は極めて簡便にリアルタイムな計測が可能であり4, 5),近年 CEA やバ ルーン型の遠位塞栓予防デバイス(embolic protection device; EPD)を用いた CAS 周術期における NIRS の有 用性が報告され,我々もフィルター型 EPD を用いた CASに お け る NIRS の 有 用 性 に つ い て 報 告 し て き た6).しかし計測しているのはあくまで局所酸素飽和 度であり,周術期の脳循環動態の把握という意味にお いては局所脳血流量の評価がより適切と考えられる. インドシアニングリーン(ICG)を血管内トレーサーと して用いた NIRS による脳循環動態の評価は以前より 知られており,計測される脳血流係数(blood flow index; BFI)は局所脳血流量(regional cerebral blood flow;
rCBF)と強い相関があるとされている7).今回我々は CAS周術期において ICG を血管内トレーサーとして 用いた NIRS による局所脳血流評価を試み,症例を重 ねてその有効性と注意点について検討を行った.
方 法
2012 年 1 月から 2013 年 8 月において頸動脈狭窄症インドシアニングリーンを用いた NIRS による脳血流モニタリング
―過灌流症候群における有用性―
中川 一郎,朴 憲秀,村上 敏春,西村 文彦
弘中 康雄,本山 靖,朴 永銖,中瀬 裕之
奈良県立医科大学脳神経外科 〒 634-0813 奈良県橿原市四条町 840 TEL: 0744-22-3051 FAX: 0744-29-0818 E-mail: [email protected]脳循環代謝 第 25 巻 第 2 号 ─ 78 ─ に対して当院にて CAS を行った 34 例(男性 28 例,女 性 6 例,平均年齢 73.3 歳)を対象とした.CAS 治療適 応 は 症 候 性 NASCET 50 % 以 上, 無 症 候 性 で は NASCET 80%以上の狭窄病変を有し,CEA ハイリス ク群と考えられる症例とした.治療は抗血小板薬 2 剤 内服下に局所麻酔で行い,EPD は Filterwire EZ(Boston Scientific社)を用いた.術前より両側前額部 F3∼4 部 に近赤外線酸素モニタ装置(NIRO 200NX;浜松ホトニ クス社)のプローベを装着し,組織に含まれる O2Hbの 割合(tissue oxygenation index; TOI)を計測した.さらに ICG(オフサグリーン静注用® 25 mg)0.2 mg/kg を静脈内 投与し得られる ICG 時間濃度曲線より MTT(mean transit time)(sec):ICG 濃度が 0%から 100%になるま での時間,Rise time(sec):ICG 濃度が 10%から 90% になるまでの時間,Maximum ⊿ ICG (μmol/L/s): 最大 の ICG 濃度増加量とし,maximum ⊿ ICG を rise time で除した値を BFI(μmol/L/s)と定義し,BFI,MMT 値 の CAS 前の値に対する変化比を BFI ratio,MTT ratio として比較検討した8, 9). HPS の定義は,1)術後強い頭痛,痙攣,不穏,また は麻痺等の局所神経学的所見の出現,2)術翌日 MRI にて症状に合致する新たな虚血病変を認めない,3)術 後 SPECT にて病変側の CBF が非病変側を上回る,の 全てを満たすものとした.HPS 発症群,HPS 非発症群 の 2 群に分類し,症候性,プラーク性状,狭窄度, SPECT脳血流評価,DSA での cross flow の有無につい て検討した.また術中 slow flow 出現,術後 major/ minor strokeの有無,NIRS 各パラメータの変化につい て検討を行った.MRI プラークイメージは T1WI にお いて胸鎖乳突筋比 1.7 以上で unstable plaque と判断し た.計測した各数値は mean ± SD で表した.なお,本 研究は当院倫理委員会の承認のもと施行された.
結 果
CAS を施行した 34 例中 2 例(5.9%)において術後 HPSをきたした.HPS 群の 2 例はいずれも症候性,不 安定プラーク,術前 SPECT 評価にて stage 2 を含む病 変側脳血流低下を認め,cross flow が無もしくはほと んど認められなかった.CAS 手技は全例で成功し,術 後の出血および虚血合併症は認めず独歩退院となった (Table 1).HPS 発症群の 2 例では術後一過性の頭痛, 不穏症状等を認め,術翌日の SPECT にて病変側の CBFが非病変側を上回り,術後 NIRS モニター下に沈 静および厳格な血圧管理を行った.これら 2 例は幸い 永続的な神経脱落症状なく独歩退院となった. NIRO 計測値に関しては術前値に対するステント留 置 10 分後の TOI 比は,non-HPS 群では軽度の低下(病 変側;0.95 ± 0.18,非病変側;0.99 ± 0.13)を示したの に対し,HPS 群病変側において上昇(1.15,1.14)を認 め,Day 1 においても同様に高値(1.17,1.14)が持続し た(Table 2).BFI 比に関しても non-HPS 群で軽度の低 下(病変側;0.98 ± 0.25,非病変側;0.99 ± 0.11)を示し たのに対して HPS 群病変側では上昇(2.19,1.51)を示 した.また,MTT 値に関しては non-HPS 群では大き な変動を認めなかった(病変側;0.97 ± 0.06,非病変 側;1.02 ± 0.07)のに対し HPS 群では術前病変側の MTT値延長(16.5,14.5)を認め,術後 MTT 比の低下 (0.87,0.83)を認めた(Table 2).考 察
ICG を用いた NIRS による rCBF 測定の試みは 1998 年に Kuebler らによって報告され,NIRS によって計測 される最大の ICG 値を ICG 値が 10%から 90%に達す る時間で除したものを blood flow index(BFI; μmol/L/s) と定義し,BFI 値が rCBF 値と強く相関することを示 した7).その後重症頭部外傷における管理10, 11)や,急 性期脳梗塞における有用性について報告されてきてい る12, 13).Terborg らは中大脳動脈領域の急性期脳梗塞に おいて病変側での低灌流を MTT 値の延長,maximum ⊿ ICG 濃度の低下,BFI 値の低下として示し,これら の変化が灌流 MRI の変化と強い相関をもつことを示し ている8, 12).急性期脳梗塞治療において MTT 値の延長 は脳梗塞進展を示す最も鋭敏な指標とされており,BFI 値とともにこれらの計測がベッドサイドで繰り返し行 えるという意味において有用であると考えられる.Table 1.Clinical summary and results
non-HPS group HPS group
(n = 32) (n = 2)
Baseline charactarictics
Mean age (range) 73 (61–86) 71 (58–84)
Gender 6 (19%) 0 (0%) Degree of stenosis (%) 80.1±11.5 76.5±26.2 Symptomatic 11 (34%) 2 (100%) Unstable plaque 15 (47%) 2 (100%) Hypoperfusion (stage 2) 4 (13%) 2 (100%) Treatment results
No cross flow 5 (16%) 2 (100%) Stent: Closed-cell 21 (66%) 1 (50%) Open-cell 13 (41%) 1 (50%) Slow / No flow 1 (3%) 1 (50%) Major/minor Stroke 0 (0%) 0 (0%) HPS, hyperperfusion syndrome
インドシアニングリーンを用いた NIRS による脳血流モニタリング―過灌流症候群における有用性― ─ 79 ─ 今回我々はフィルターデバイスを用いた CAS の周 術期において NIRS を用いた ICG 動態の変化を計測 し,過灌流症候群を呈した症例(HPS 群)において BFI ratio の上昇を確認した.NIRS によって検出される TOI値は本質的には脳血流量ではなく脳内,とくに毛 細血管等の細い血管のヘモグロビン量を測定している ため13),局所脳酸素代謝と局所脳血液循環の変化の総 和を捉えていると考えられる.一方 ICG 動態から計測 される BFI 値や MTT 値は局所脳血流速度や局所脳血 流量といった脳血液循環の変化を主に示していると推 測され,術後の過灌流や低灌流といった脳血液循環の 変化は ICG 動態の評価がより適していると考えられた. 脳血行再建術後の HPS は術前の脳循環動態の破綻 や術中の虚血時間が原因と考えられている14).小笠原 らは HPS による頭蓋内出血発症は CEA で術後 6 日目 に,CAS で術後 12 時間後に多いとし,CAS では術後 より早期の脳循環動態を把握することが重要であると している15).CAS 手技に関して,近年血流遮断を必要 としないフィルター型 EPD が広く用いられるように なり,CAS 周術期の HPS 発症は少なくなっていると 考えられるが,術前の脳循環動態が破綻した症例では やはり HPS 発症のリスクがあり,術後早期のリアル タイムな循環動態の把握はやはり重要と考えられる. ICG を用いた NIRS による脳血流評価の問題点として は,まず NIRS 自体の問題点として,センサーが前額部 に貼付されているため,前頭部の局所酸素飽和度のみ しかモニターできておらず,罹患側大脳半球全体の脳 血行動態変化を反映していない可能性がある.また, Acomや Pcom を介した側副血行路の影響もデータの解 釈において注意が必要である6).さらに通常の装置では 各個人の光路長を計測することができないため平均光 路長を代用することで個人間比較を行っていることを 加味する必要がある.ICG 動態に関しては,⊿ O2Hb, ⊿ cHb,⊿ HHb 値の計測と同様 Modified Beer-Lambert 法を用いるため頭皮や筋組織の血流の影響を受ける可 能性があり注意が必要である.また ICG は血管内ト レーサーであり,拡散性トレーサーを用いる RI 検査等 とは得られる rCBF の意味が異なることも認識が必要で ある.ICG 動態のその他のパラメータの評価を含めて 今後症例を蓄積してさらなる検討が必要と考えられた.
結 論
ICG を血管内トレーサーとして用いた NIRS により CAS周術期の過灌流症候群発症症例において BFI 比 の上昇と MTT 比の低下を捉えることができた.本法 はベッドサイドで繰り返し行えるモニタリングとして 有用であるが NIRS の特性と問題点を十分に理解した うえで使用することが重要であると考えられた. 文 献1) Fukuda T, Ogasawara K, Kobayashi M, Komoribayashi N, Endo H, Inoue T, Kuzu Y, Nishimoto H, Terasaki K, Ogawa A: Prediction of cerebral hyperperfusion after carotid endarterectomy using cerebral blood volume mea-sured by perfusion-weighted MR imaging compared with single-photon emission CT. AJNR Am J Neuroradiol 28: 737–742, 2007
2) Matsubara S, Moroi J, Suzuki A, Sasaki M, Nagata K, Kanno I, Miura S: Analysis of cerebral perfusion and metabolism assessed with positron emission tomography before and after carotid artery stenting. Clinical article. J Neurosurg 111: 28–36, 2009
3) Tseng YC, Hsu HL, Lee TH, Hsieh IC, Chen CJ: Predic-tion of cerebral hyperperfusion syndrome after carotid
Table 2.Findings of pre- and post-treatment TOI, BFI, and MTT ratio
non-HPS group HPS group
(n = 32) (n = 2)
post-CAS Day 1 post-CAS Day 1 TOI ratio
Affected side 0.95 ± 0.18 0.96 ± 0.14 1.15, 1.14 1.17, 1.14 Non-affected side 0.99 ± 0.13 0.98 ± 0.15 1.09, 1.03 1.04, 1.04 BFI ratio side
Affected side 0.98 ± 0.25 0.94 ± 0.27 2.19, 1.51 1.59, 1.17 Non-affected side 0.99 ± 0.11 1.01 ± 0.18 1.40, 0.96 0.90, 0.87 MTT ratio
Affected side 0.97 ± 0.06 1.04 ± 0.08 0.87, 0.83 0.82, 0.86 Non-affected side 1.02 ± 0.07 1.04 ± 0.08 0.94, 0.93 0.99, 0.97 HPS, hyperperfusion syndrome; BFI, blood flow index; MTT, mean transit time; TOI, tissue oxygen index
脳循環代謝 第 25 巻 第 2 号
─ 80 ─ stenting: a cerebral perfusion computed tomography study. J Comput Assist Tomogr 33: 540–545, 2009
4) Calderon-Arnulphi M, Alaraj A, Slavin KV: Near infrared technology in neuroscience: past, present and future. Neu-rol Res 31: 605–614, 2009
5) Ferrari M, Mottola L, Quaresima V: Principles, tech-niques, and limitations of near infrared spectroscopy. Can J Appl Physiol 29: 463–487, 2004
6) 中川一郎,和田 敬,中川裕之,吉川公彦,弘中康雄, 本山 靖,朴 永銖,中瀬裕之:フィルターデバイ スを用いた CAS における NIRS の有用性.脳循環代 謝 20: 129–134, 2012
7) Kuebler WM, Sckell A, Habler O, Kleen M, Kuhnle GE, Welte M, Messmer K, Goetz AE: Noninvasive measure-ment of regional cerebral blood flow by near-infrared spectroscopy and indocyanine green. J Cereb Blood Flow Metab 18: 445–456, 1998
8) Terborg C, Bramer S, Harscher S, Simon M, Witte OW: Bedside assessment of cerebral perfusion reductions in patients with acute ischaemic stroke by near-infrared spec-troscopy and indocyanine green. J Neurol Neurosurg Psy-chiatr 75: 38–42, 2004
9) 中川一郎,西村文彦,竹島靖浩,山田修一,弘中康雄,
本山 靖,朴 永銖,中瀬裕之:NIRS およびインド シアニングリーンを用いた CAS 周術期の脳血流評 価.脳循環代謝 24: 1–7, 2013
10) Wagner BP, Gertsch S, Ammann RA, Pfenninger J:
Reproducibility of the blood flow index as noninvasive, bedside estimation of cerebral blood flow. Intensive Care Med 29: 196–200, 2003
11) Kusaka T, Isobe K, Nagano K, Okubo K, Yasuda S, Kondo M, Itoh S, Onishi S: Estimation of regional cere-bral blood flow distribution in infants by near-infrared topography using indocyanine green. Neuroimage 13: 944–952, 2001
12) Terborg C, Gröschel K, Petrovitch A, Ringer T, Schnaudigel S, Witte OW, Kastrup A: Noninvasive assessment of cerebral perfusion and oxygenation in acute ischemic stroke by near-infrared spectroscopy. Eur Neurol 62: 338–343, 2009
13) 灰田宗孝:NIRS(信号変化の原理と臨床応用).脳循
環代謝 17: 1–10, 2005
14) Komoribayashi N, Ogasawara K, Kobayashi M, Saitoh H, Terasaki K, Inoue T, Ogawa A: Cerebral hyperperfusion after carotid endarterectomy is associated with preopera-tive hemodynamic impairment and intraoperapreopera-tive cerebral ischemia. J Cereb Blood Flow Metab 26: 878–884, 2006 15) Ogasawara K, Sakai N, Kuroiwa T, Hosoda K, Iihara K,
Toyoda K, Sakai C, Nagata I, Ogawa A; Japanese Society for Treatment at Neck in Cerebrovascular Disease Study Group: Intracranial hemorrhage associated with cerebral hyperperfusion syndrome following carotid endarterec-tomy and carotid artery stenting: retrospective review of 4494 patients. J Neurosurg 107: 1130–1136, 2007