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糖尿病患者の運動障害に対する臨床研究と理学療法介入

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はじめに  糖尿病では慢性的に続く高血糖や代謝異常によって,糖尿病 特有の合併症を起こし進展,患者の QOL を著しく低下させ, 生命予後を悪化させる。糖尿病合併症には,高度のインスリン 作用不足によって起こる急性合併症と長年の高血糖によって起 こる慢性合併症があり,これらの発症予防と進展阻止が糖尿病 治療の目的となる1)。急性合併症には,糖尿病ケトアシドーシ ス(高血糖,高ケトン血症,アシドーシスを来した状態),高 浸透圧高血糖症候群(著しい高血糖と高度の脱水に基づく高浸 透圧血症による循環不全を来した状態),感染症がある。慢性 合併症は全身のあらゆる臓器に発症し得るが,細小血管症であ る網膜症,腎症,神経障害,大血管症である動脈硬化性疾患(冠 動脈疾患,脳血管障害および末梢動脈性疾患),足病変,手の 病変,歯周病,認知症に大別される。  慢性合併症の中でも糖尿病神経障害(diabetic neuropathy: 以下,DN)は,臨床上,糖尿病患者にもっとも多く認められ る合併症である。本稿では,DN に焦点をあて,DN の疫学と 病因論の基本的考え方,臨床症状,DN 合併が運動器に及ぼす 影響について世界からの報告および自験例をふまえて解説,理 学療法介入の在り方を考察し,今後の理学療法臨床研究につい ても言及する。 糖尿病神経障害の疫学と病因論の基本的考え方  日本臨床内科医会が 2000(平成 12)年に実施した糖尿病患 者 1 万 2 千名を超える対象をもとにした調査では,36.7%が主 治医から神経障害ありと診断されている2)。東北地方の糖尿病 患者 1 万 5 千名を対象にした調査では,振動覚の低下が 53%に 認められており,アキレス腱反射の低下も 40%に認められた3)。 これらの日本人糖尿病患者を対象とした疫学研究の結果から も,DN は糖尿病患者において高頻度に併発する合併症である ことは明白であり,我々医療者はこの事実を十分に認識しなけ ればならない。また,近年,耐糖能異常(糖尿病型にも正常型 にも属さない血糖値を示す)の時期に DN が発症し得る可能性 が欧米で論議されているが4),日本人糖尿病患者では大規模疫 学研究は実施されておらず,日本でのコンセンサスは得られて いない。  DN は,代謝障害が主因の広汎性左右対称性神経障害(糖尿 病 多 発 神 経 障 害:diabetic polyneuropathy: 以 下,DP) と, 血管閉塞が主因の単神経障害に分類される4)。DP の発症につ いては,解剖学的特徴と生化学的特徴をふまえた病因論を理解 することが必要である。解剖学的特徴として,脊髄神経節から 軸索突起が末梢に長く分布する特徴がある。末梢神経の血管支 配は疎であり,かつ自律調節ができない。したがって,神経支 配血管の細小血管障害から神経内は容易に虚血に陥りやすい。 また,末梢神経では,周辺組織からの圧迫,絞扼を受けやすい 状態にある。長い軸索に添っての局所の影響,血行不全の影響 が最末梢で最大の効果をもたらし末端性軸索変性,あるいは Dying back の末端性軸索変性をもたらすことになる。生化学 的特徴として,ポリオール代謝,グリケーション機構(AGE/ RAGE),酸化ストレス,窒素ストレス,炎症反応,骨髄遊走 細胞からの融合細胞の形成が大きな影響を与える5)。このよう に DN の発症・進展には多くの因子が関与しており,DP は臨 床上もっとも高頻度に併発する糖尿病特有の合併症となる。 糖尿病多発神経障害の臨床症状  DP は,さらに感覚運動神経障害,自律神経障害(diabetic autonomic neuropathy:以下,DAN)と急性有痛性神経障害 に分類される4)。DAN の臨床症状については,発汗異常,起 立性低血圧,胃不全麻痺や無自覚低血糖など糖尿病運動療法や リハビリテーションを適応するうえで,DAN の程度に応じた リスク管理が必要不可欠となる。感覚運動神経障害の臨床症状 としては,本稿執筆時点で最新の日本糖尿病学会編集の「科学 的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン 2013(以下,糖尿病 診療ガイドライン 2013)」4)(2013 年 6 月発行)において,し びれ感,錯感覚,冷覚,自発痛,アロデニアや感覚鈍麻などの 感覚神経障害による臨床症状が示されているが,運動神経障害 の臨床症状については十分に記述されていない。糖尿病診療ガ イドライン 2013 では,「通常,運動神経障害は臨床的に目立た ないが,病期が進むと注意深い観察により足内在筋の萎縮や足 の変形が認められる」と記載されている。また,日本糖尿病学 会編集の「糖尿病治療ガイド 2012-2013,南江堂,2013」(2012 年 4 月発行)や「糖尿病治療の手びき改訂第 55 版,南江堂, 2011」(2011 年 5 月)等においても,糖尿病患者の運動器や身

糖尿病患者の運動障害に対する臨床研究と理学療法介入

野 村 卓 生

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専門領域研究部会 内部障害理学療法 特別セッション「教育講演」

Clinical Study and Physical Therapy Intervention for Motor Skills Disorder in Diabetic Patients

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関西福祉科学大学保健医療学部リハビリテーション学科 (〒 591‒8022 大阪府柏原市旭ヶ丘 3‒11‒1)

Takuo Nomura, PT, PhD, CDEJ: Department of Rehabilitation Sciences, Faculty of Allied Health Sciences, Kansai University of Welfare Sciences

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体能力への影響および,それらに対する療養指導各論について は詳細に示されていない。  DP が重症化すれば,感覚の脱失や異常,筋萎縮や目に見え る形で筋力低下が発現し,日常生活を行うための身体機能が 顕著に障害される。DP が軽度な場合,感覚神経の障害による 患者が自覚する臨床症状に注目がおかれやすいため,運動神 経の障害はあまり注目されていなかった懸念もある6)。日常 生活動作に必要な筋力は,その人のもつ最大筋力の数%∼数十 %程度であり,日常生活に支障がでなければ筋力の低下を自覚 することは少なく,糖尿病患者が筋力の低下について訴えるこ とが少ない要因になっていると推測される。また,一般臨床に おいては判定に熟練を要する徒手筋力テスト(Manual Muscle Testing:MMT)が標準であるため,糖尿病患者における筋力 低下が普遍的に注目されにくかったことも一因と考えられる。 糖尿病神経障害の診断  糖尿病患者を診察するうえで,DN の診断はすべての糖尿病 患者に必須であり,DN が存在する場合,病期を把握すること は糖尿病診療ガイドライン 2013 におけるグレード A(行うよ う強く勧める),コンセンサスレベルのものである4)。DP の診 断は自覚症状の確認,痛覚,振動覚,圧触覚などの感覚検査や アキレス腱反射を実施して総合的に評価しなければならない。 日本では,理学療法士が単独で実施できる評価として,糖尿 病性神経障害を考える会の診断基準が提唱されている(表 1)。 この診断基準は日本糖尿病学会でも妥当性が高い評価として紹 介しており4),日常診療での活用が勧められる。DP に基づく と思われる自覚症状は,両側性で足趾先および足底の“しびれ” “疼痛”“異常感覚”のうちいずれかの症状を訴えることを満た すこと,上肢の症状のみの場合および“冷感”のみの場合は含 まれない。また,アキレス腱反射の検査は膝立位で確認,振動 覚低下は C128 音叉にて 10 秒以下を目安とし,高齢者につい ては老化による影響を十分考慮することが診断基準の注意事項 である。  臨床において,理学療法評価におけるアキレス腱反射を膝立 位で測定することは少ないかもしれないが,膝立位で行うこと により正確な評価が可能となる(図 1)。患者への配慮としては, 転倒に留意しつつ膝立位まで誘導し,可能な限り固定された前 方を支持させ(余計な力を入れさせない),閉眼で深呼吸をさ せてリラックスさせるとよい。打診器は,米式や吉村式が使用 されることも多いが,バビンスキー式の打診器を用いれば,重 力を利用して一定の力で腱を叩くことができ比較的定量的な評 価が可能となる。振動覚検査は,C128 Hz 音叉を用いて足関節 内果にあてて行うが,音叉を叩いた後すぐに音叉を押しあて, 振動を普通に感じるかどうかを聞き,振動を感じなくなったら 「はい」と合図させる7)(図 2)。患者の足関節内果へ振動覚計 を床面と垂直方向にあてるようにし,U 字型部が検査者の手指 等に触れないようにすると正確な評価が可能となる。  糖尿病患者を診察するうえで,DN の診断はすべての患者に 必須なことから,理学療法の臨床では,糖尿病患者および糖尿 病を合併するリハビリテーションが必要な患者を担当する際, 糖尿病性神経障害を考える会の診断基準を活用して,DP を評 価することを標準的な理学療法評価とすべきである。診断を正 確に行うためには,糖尿病以外の疾患による末梢神経障害を除 外し,神経伝導速度を検査する必要がある。 表 1 糖尿病神経障害の診断基準 糖尿病神経障害の診断基準(米国糖尿病学会 2010) 糖尿病多発神経障害の診断精度 診断項目 使用目的 Possible 以下のいずれか 1 項目の異常  ○下肢の神経症状  ○下肢遠位部の感覚低下  ○アキレス腱反射の減弱 / 消失 日常臨床 Probable (糖尿病神経障害を考える会の 基準に相当) 以下の 3 項目のうち 2 項目以上を満たす場合を“神経障害 あり”とする  ○下肢の神経症状(症状)  ○下肢遠位部の感覚低下(徴候)  ○アキレス腱反射の減弱 / 消失(徴候) 日常臨床 Confi rmed 以下の 2 項目を満たす  ○神経伝導検査の異常  ○神経症状あるいは徴候 日常臨床 臨床研究 糖尿病性神経障害を考える会の診断基準(1998 年作成,2000,2002 年改定) 必須項目  1.糖尿病が存在する  2.糖尿病性多発神経障害以外の末梢神経障害を否定しうる 以下の 3 項目のうち 2 項目以上を満たす場合を”神経障害あり”とする  1.糖尿病性多発神経障害に基づくと思われる自覚症状  2.両側アキレス腱反射の低下あるいは消失  3.両側内踝の振動覚低下 文献 4 より転載

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糖尿病患者の筋力と筋力の評価  糖尿病罹病年数が長期にわたる 1 型糖尿病で DP を合併する患 者では筋力の低下が想定されるだろう。世界的に糖尿病患者に おける筋力低下は,重度の DP に伴う稀に認められるものと考え られ8),現時点での日本の糖尿病医学領域において,また,理 学療法の領域でもこの考えが大多数を占めているかもしれない。 しかしながら,近年,世界では 2 型糖尿病患者の筋力に関する 研究が進み,横断研究の成績ではあるが非糖尿病者に比較して 2 型糖尿病患者は筋力が低値であることが示された9)10)(表 2)。  Andersen ら(2004)の研究8)では,平均年齢 58.5 歳,平 均罹病期間 11 年の 2 型糖尿病患者および非糖尿病者それぞれ 36 名を対象に上下肢の筋力を検討し,末梢優位(膝関節より も足関節が低下)に筋力が低値を示すことが報告された。ま た,DP の合併とその重度化によって筋力の低下がより顕著と なることが示された。Park ら(2006)の研究9)では,70 ∼ 79 歳の 2 型糖尿病患者 485 名および非糖尿者 2,133 名を対象に 上下肢の筋力を検討し,男性糖尿病患者では握力,膝伸展筋力 が男性非糖尿病者と比較して有意に低値であることが報告され た。これらの報告ではリハビリテーションを必要とするような 図 1 糖尿病多発神経障害を評価するうえでのアキレス腱反射測定の臨床ポイント 患者を膝立位に誘導する際,転倒に留意して前方を支持させ,リラックスさせる.閉眼 のうえ,深呼吸させ,余計な力が入らないようにするとよい(左写真).打診器はバビン スキー式を用いる.打診器をもつ反対側の検査者の手指を患者の足底部に接しておくと, 視診だけでなく触診でも確認できる(右写真). 図 2 糖尿病多発神経障害を評価するうえでの振動覚測定の臨床ポイント 足関節内果の振動覚測定の測定肢位は仰臥位で行うことが多いと思うが,余計な力を入れず に足関節内果へ床面と垂直に音叉をあてるには被験者を側臥位にすると実施しやすい(左写 真).音叉は,叩いた後すぐに音叉を押しあてるようにし,U 字型部が検査者の手指等に触れ ないようにする(右写真).

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独歩が不可能な対象は含まれていない。研究結果を総括すると 2 型糖尿病患者では非糖尿病者と比較すると筋力が数%∼十数 %低下しており,筋力低下は DP の合併と進行によって顕著と なる。筋力の低下は数%∼十数%であることから subclinical な impairment であるということができると思う。  2 型糖尿病患者 47 名を対象とした著者らの研究(2005)11) においても,糖尿病患者では参考基準値と比較すると膝伸展筋 力が低値を示しており,日本人 2 型糖尿病でも筋力の低下はあ きらかであると考えている。著者らの検討の対象は,糖尿病教 育入院された積極的な糖尿病運動療法の適応となる患者であ り,重度の合併症やリハビリテーションを必要とする患者を除 いている。筋力の低下は一般的な 2 型糖尿病患者で認められる ものである。これらの事実は,糖尿病を合併したリハビリテー ションを必要とする患者(例:糖尿病を合併した心疾患患者, 脳卒中患者など)を担当するにあたって,糖尿病合併による運 動器への影響を考慮することが日常臨床において必須であるこ とを強調したい。  理学療法における筋力の標準評価が MMT であることはい うまでもない。しかしながら,DN が重症化しなければ糖尿病 患者における筋力低下の程度は,日常生活動作に支障のない範 囲(数%∼数十%程度)であるため,MMT では糖尿病患者の 筋力低下を評価することは難しい。筋力評価を定量的に行うた めには機器を使用することが必要であり,臨床汎用性や施設の 規模を考慮して,大型の等速運動機器や小型の徒手筋力測定機 器を用いればよい(図 3)。徒手筋力測定機器を使用する場合は, 固定用ベルトを併用するなど,再現性の得られる方法で測定す ることが必要不可欠である12)。  日本人糖尿病患者の筋力については,Park らの研究のよ うに多人数によるデータは皆無である。そこで,著者らは 合併症の重症度判定と運動療法の効果判定に応用する日本 人糖尿病患者の下肢筋力の確立を目指し,全国 30 施設の協 力を得て多施設共同研究を継続中である(UMIN 試験 ID: UMIN000002810)。この研究では DP の診断に糖尿病性多発性 神経障害を考える会の診断基準を採用しており,また筋力の評 表 2 2 型糖尿病患者の筋力に関する横断研究

Andersen H, et al. 20049) 著者ら 200511) Park SW, et al. 200610) 対象の情報 N 数 糖尿病患者 36 名,非糖尿病者 36 名 糖尿病患者 47 名 糖尿病患者 485 名,非糖尿病者 2,133 名 罹病期間 平均 11 年(5 ∼ 26 年) 6.7 ± 5.9 年 中央値 6 年(> 45 年) 年齢 平均 58.5 歳(44 ∼ 74 歳) 平均 54.7 歳(31 ∼ 75 歳) 平均 73.5 歳(70 ∼ 79 歳) 筋力の比較  上肢 手関節および肘関節の筋力に両群 で有意な差は認めなかった 検討なし 握力は男性非糖尿病者に比較して 男性糖尿病患者が平均で 1.3 kg 有 意に低値であった  下肢 糖尿病患者が非糖尿病者に比較し て足関節背屈曲筋力は 17%有意に 低値,膝関節屈曲筋力は 14%有意 に低値,膝伸展筋力は 7%低値の傾 向であった 対象 47 名中 33 名において,膝伸 展筋力体重比が参考基準値の平均 ‒ 1 標準偏差未満であった 膝伸展筋力は男性非糖尿病者に 比較して男性糖尿病患者が平均 で 0.4 Nm/kg 有意に低値であった (糖尿病患者の筋力は非糖尿病者の 約 95%) 図 3 機器を用いて大腿四頭筋力を測定するうえでの臨床ポイント 等速運動機器を用いて標準化された方法で測定された筋力値は再現性が高い(左写真).小型の徒手筋力測 定機器を用いて筋力を測定する場合,固定用ベルトを併用し,代償動作を最小限とするために測定方法を 統一化すれば,等速運動機器で得られる筋力値と同等の再現性をもった筋力値を得ることが可能である(右 写真).

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価には固定用ベルトつき徒手筋力測定機器を用い,臨床汎用性 を第一に考慮している。近い将来に糖尿病理学療法に寄与する 研究成果を発表したいと考えている。 糖尿病患者の筋肉量に対する筋力  Park ら(2006)の研究10)では,筋力のみで検討すると 2 型 糖尿病患者と非糖尿病者の有意な差は男性のみにしか認めな かった。しかしながら,Park らの研究では筋肉量も測定され ており,上肢筋肉量および下肢筋肉量は男女ともに糖尿病群が 多いにもかかわらず,筋肉量に対する筋力の比(筋力 / 筋肉量 = 筋力筋量比)でみると非糖尿病者よりも糖尿病患者が有意に 握力,膝伸展筋力が低値であることが示された(表 3)。労災 病院間共同研究で実施した著者らの研究(2013)13)では,40 ∼ 79 歳までの 2 型糖尿病患者 98 名と非糖尿病者 93 名を対象 として下肢筋肉量,膝伸展筋力を DP の合併をふまえて検討し た。下肢筋肉量については体成分分析装置(Inbody, Biospace 社製)を用い,膝伸展筋力の測定には固定用ベルト付徒手筋力 測定機器(µTas-F1,アニマ社製)を用い再現性の得られる方 法で測定した。結果,下肢筋肉量については両群で有意な差を 認めないが,膝関節伸展の筋力筋量比は対照群と比較して糖尿 病群が有意に低値であった。さらに,足関節背屈の筋力筋量比 は,対照群> DP 非合併群(対照群の平均 88%)> DP 合併群(対 照群の平均 65%)の順に有意に低値を示した。  さらに Park ら(2007)はコホート研究14)によって,糖尿 病患者の筋肉量と筋力について 3 年後の変化をあきらかにし ている。平均年齢 73 歳の糖尿病患者 305 名と非糖尿病者 1,535 名を対象に上肢筋肉量と下肢筋肉量,握力と膝伸展筋力を検討 した。上肢筋肉量,握力は両群ともに 3 年後有意に減少し,上 肢筋肉量の減少は非糖尿病者よりも糖尿病患者で有意に高率で あった。下肢筋肉量,膝伸展筋力および筋力筋量比は両群とも に 3 年後有意に減少し,その減少量は非糖尿病よりも糖尿病 患者で高率であった。また,多変量解析によって性別,人種, BMI,ベースラインの筋力や身体活動などを共変量として膝伸 展筋力の減少を目的変数として検討した場合においても説明変 数としての糖尿病の影響は明白であった。  Park らの研究のみに注目すると DP の影響を考慮できてお らず,筋力低下の主因は糖尿病合併というよりも,DP の合併 に起因するものと考えるのが妥当かもしれない。しかしなが ら,Andersen らや著者らの研究をふまえ,糖尿病の発症によっ て筋肉量に応じた筋力を発揮できない状態(筋のパフォーマン 表 3 2 型糖尿病患者の筋肉量と筋力に関する横断研究とコホート研究 筋力筋量比:筋肉量に対する筋力の比(筋力 / 筋肉量).DP:diabetic polyneuropathy(糖尿病多発神経障害) 横断研究 コホート研究

Park SW, et al. 200610) 著者ら 201313) Park SW, et al. 200714) 対象の情報 糖尿病患者 485 名,非糖尿病者 2,133 名 糖尿病患者 98 名と非糖尿病者 93 名 糖尿病患者 305 名と非糖尿病者 1,535 名 年齢 平均 73.5 歳(70 ∼ 79 歳) 平均 60 歳(40 ∼ 79 歳) 平均 73 歳(70 ∼ 79 歳) 体重 非糖尿病者に比較して糖尿病患者 では,男性は平均 5 kg,女性で は平均 7.7 kg 有意に体重が高値で あった BMI 平均 24.6 kg/m2 非糖尿病者に比較して糖尿病患者 では,平均 5.8 kg 有意に体重が高 値であった 筋肉量  上肢 男女ともに糖尿病患者が非糖尿病 者に比較して筋肉量が有意に多 かった(平均で 0.4 ∼ 0.7 kg) 検討なし 両群ともに 3 年後有意に筋肉量は 減少するが,糖尿病患者が非糖尿 病者に比較して減少量が有意に多 かった  下肢 男女ともに糖尿病患者が非糖尿病 者に比較して筋肉量が有意に多 かった(平均で 0.2 kg) DP 合併群,DP 非合併群,対照群 の筋肉量に有意な差は認めなかった 両群ともに 3 年後有意に筋肉量は 減少するが,糖尿病患者が非糖尿 病者に比較して減少量が有意に多 かった 筋力筋量比  上肢 男女ともに糖尿病患者が非糖尿病 者に比較して筋力筋量比は有意に 低値であった 検討なし 糖尿病群では 3 年後有意に筋力筋 量比が低下したが,非糖尿病者で は有意な減少は認めなった.3 年 後の変化量に有意な差は認めな かった  下肢 男女ともに糖尿病患者が非糖尿病 者に比較して筋力筋量比は有意に 低値であった 膝関節伸展の筋力筋量比は非糖尿 病者と比較して糖尿病患者が有意 に低値であったが,DP 非合併群 と DP 合併群との有意な差は認め なかった.足関節背屈の筋力筋量 比は,非糖尿病者> DP 非合併群 > DP 合併群の順に有意に低値で あった 両群ともに 3 年後有意に筋力筋量 比は減少するが,糖尿病患者が非 糖尿病者に比較して減少量が有意 に多かった

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スの低下)に陥り,DP の合併によりその状態はさらに悪化す ると考えることができると思われる。これらの仮説をより確か なものにするには,DP 合併と DP の重症度をふまえた多人数 での臨床研究が必要なことはいうまでもない。さらに,糖尿病 の合併は,高齢者における加齢性筋肉減弱症(サルコペニア)14) の律速因子となる可能性が高いと考えられ,この点についても 疫学研究が必要である。 糖尿病と骨格筋  骨格筋は体重の約 50%を占めており,体全体で消費される酸 素の約 20%が骨格筋で消費されている。部位にもよるが,筋肉 量と筋力には正の相関関係が認められる。肘関節屈曲の等尺性 最大筋力は,筋の横断面積に比例し,6.3 kg/cm2と報告され発 育や性差によって変化しないとされていた16)。しかしながら, 日本人女性高齢者を対象とした超音波画像測定装置による大腿 前面筋厚測定値と膝伸展筋力を検討した研究では,大腿前面の 筋肉の厚さと膝伸展筋力の密接な関連を認めないことが報告さ れた17)。特に高齢者を対象とする場合は筋組織の質をふまえ て検討することが必要であることを示唆するものである。近年 の研究では,糖尿病患者における骨格筋細胞への異所性脂肪蓄 積(脂肪筋)が注目を集めている。牛肉や馬肉の「霜降り肉」 を例に挙げて考えてみると,目に見える霜降りの部分は筋肉で はなく,筋肉に混入した脂肪組織である。これに対して,「脂 肪筋」というのは霜降り肉の赤い部分である「筋肉の細胞内」 に蓄積した脂質のことを指す18)。脂肪筋がインスリン抵抗性 と強く関連しているのはあきらかであるが,脂肪筋が筋のパ フォーマンスにどのように影響するのかは,今後の研究成果が 待たれる。今後の糖尿病理学療法の研究において,糖尿病患者 の脂肪筋に注目する必要があるだろう。  著者らは,積極的な運動療法適応となる 2 型糖尿病患者 40 名を対象に膝伸展筋力とインスリン抵抗性の関連を検討し,筋 力が低値であればインスリン抵抗性が高値を示すことを報告し た19)。片岡らは,男性 2 型糖尿病患者 48 名を対象に上下肢, 体幹の筋肉量と血糖コントロールの関連を検討し,血糖コント ロールが不良な者ほど筋肉量が低値を示すことを報告してい る20)。これら筋力や筋肉量が糖尿病コントロール指標と関連 する背景には,脂肪筋の影響が推察される。いずれにせよ,著 者らと片岡らの研究成果は,理学療法士が糖尿病患者の運動器 や運動器のパフォーマンスを評価していくことが,糖尿病管理 において臨床的に有意義であることを示唆するものである。 糖尿病と筋線維のタイプ  骨格筋の筋線維は,遅筋(type I)線維と速筋(type Ⅱ)線 維に大別される。遅筋線維は,収縮速度が遅く,小さな張力し か発揮できないが疲労耐性があり,持続的に活動することがで きる。速筋線維は,収縮速度が速く,大きな張力を発揮するこ とができる。さらに速筋(type Ⅱ)線維運動単位が比較的疲 労耐性の高い運動単位の type Ⅱa 線維,疲労耐性の低い運動 単位の type Ⅱb 線維に分類される16)。  2 型糖尿病患者の骨格筋では,type Ⅱb 線維の割合が高く, type I 線維や type Ⅱa 線維の割合が低いことがあきらかにさ

れている21)。糖尿病モデル動物の骨格筋の特性においては, 肥満型の 2 型糖尿病ラット,非肥満型の 2 型糖尿病ラットでは, インスリン値の高低にかかわらず,いずれのラットも高血糖を 示す。この場合,速筋でも遅筋でも type I 線維や type Ⅱa 線 維の割合が低下している。さらに,すべての筋線維で酸化系酵 素活性が低下している。これらの結果は,糖尿病モデル動物 の骨格筋が有酸素的な代謝,疲労耐性に劣ることを意味して いる。  若年成人男性の上腕二頭筋では type Ⅰ線維の割合は 42 ∼ 50%であり,大腿四頭筋(大腿直筋,内側広筋,外側広筋)で の type Ⅰ線維の割合はそれぞれ,29 ∼ 42%,43 ∼ 61%,37 ∼ 46%である22)。糖尿病患者における type Ⅱ線維への移行を ふまえて,糖尿病患者の筋力を詳細に捉えていくことが必要で ある。最近では 2 型糖尿病患者における筋力発揮時の表面筋電 図学的研究による新しい知見も発表されている23)。また,瞬 発的,短時間の画一的動作下で発揮される力のみならず,様々 な動作の中でいかに必要とされる力を効率的に発揮できるかに ついても検討していくことが糖尿病理学療法の臨床研究におい て必要であり,新しい研究課題は山積みである。 ま と め  糖尿病は内科疾患(内分泌代謝疾患)であるが,DP の合併 頻度,糖尿病罹患が骨格筋に及ぼす影響をふまえると,運動器 疾患として位置づけても過言ではないと考える。本稿では割愛 したが,糖尿病患者においては運動器への影響のみならず,バ ランスや歩行に与える影響も明白である11)24)。糖尿病患者, 糖尿病を合併する理学療法が必要な患者においては,糖尿病合 併を考慮した理学療法評価,理学療法プログラムの立案,およ び理学療法の効果判定が必要である。筋肉量や筋力は非侵襲的 方法で測定可能であり,理学療法士が単独で評価が可能であ る。糖尿病患者の運動器や運動器のパフォーマンスを評価して いくことは,糖尿病管理においても臨床的に意義深く,糖尿病 理学療法における標準的評価であることを特に強調したい。  糖尿病理学療法の臨床研究において,糖尿病患者の骨格筋の パフォーマンス(筋力)に関する研究ひとつを例にしても,多 数例での調査,筋肉量をふまえた調査,DP の重症度を考慮し た調査,脂肪筋を考慮した調査や筋線維タイプを考慮した調査 など,分子生物学的手法をも合わせた多面的な研究が必要であ る。最近では,2 型糖尿病における食後血糖抑制への物理療法 (神経筋電気刺激)の臨床効果を糖尿病学の一流雑誌に発表す るなど,世界にも注目される日本人理学療法士の臨床研究者も 出現しているが25),糖尿病理学療法を専門として研鑽してい る理学療法士は世界的にもきわめて少ない。内部障害を専門と する理学療法士だけではなく,運動器,神経や基礎などを専門 とする理学療法士のさらなる参画が糖尿病理学療法の発展に必 要不可欠である。十分な調査を実施しているわけではないが, 日本では診療点数の算定は難しいものの,世界と比較して理学 療法士が積極的に関わっていく姿勢があれば,糖尿病患者へ理 学療法士が関わりやすい状況にあると思われる。日本の理学療 法界が臨床面でも研究面でも,糖尿病理学療法のリーダーシッ プを発揮しなければならないと思う。

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おわりに  日本の総人口は,今後,長期の人口減少過程に入り,2026 年に人口 1 億 2,000 万人を下回った後も減少を続け,2048 年に は 1 億人を割って 9,913 万人となり,2060 年には 8,674 万人に なると推計されている26)。総人口が減少するなかで高齢者が 増加することにより高齢化率は上昇を続け,2035 年には 33% で 3 人に 1 人となる。2042 年以降は高齢者人口が減少に転じ ても高齢化率は上昇を続け,2060 年には 40%に達して,国民 の約 2.5 人に 1 人が 65 歳以上の高齢者となる社会が到来する と推計されている。一方,糖尿病患者は今後増加の一途を辿る ことが予想されており,罹病期間の長い糖尿病患者が多くなる ことが容易に想定される。罹病期間の長い糖尿病患者では DP の合併リスクも高くなることから,介護予防の面からも理学療 法士は糖尿病患者の運動障害に注力する必要があり,日本にお ける糖尿病患者数に対応するために多くの理学療法士の関わり が必要である。 文  献 1) 日本糖尿病学会(編):糖尿病合併症とその対策.糖尿病治療ガイ ド 2012-2013.文光堂,東京,2012,pp. 73‒85. 2) 日本臨床内科医会調査研究グループ:糖尿病神経障害に関する調 査研究(第 2 報)糖尿病神経障害.日本臨床内科医会会誌.2001; 16: 353‒381. 3) 佐藤 譲,馬場正之,他:糖尿病神経障害の発症頻度と臨床診断 におけるアキレス腱反射の意義 東北地方 15000 人の実態調査. 糖尿病.2007; 50: 799‒806. 4) 日本糖尿病学会(編):糖尿病神経障害の治療,科学的根拠に基 づ く 糖 尿 病 診 療 ガ イ ド ラ イ ン 2013. 南 江 堂, 東 京,2013,pp. 115‒128. 5) 八木橋操六:糖尿病神経障害の病因と病態 Up-to-date.糖尿病. 2010; 53: 76‒78. 6) 野村卓生,片田圭一:運動障害,糖尿病性細小血管症:発症・進 展制御の最前線(第 2 版).日本臨床社.2010; 68: 590‒593. 7) 一般社団法人日本神経学会:振動覚,神経学的検査チャート作成 の手引き.http://www.neurology-jp.org/news/news_20080715_01. html(2013 年 6 月 30 日引用)

8) Dyck PJ, Kratz KM, et al.: The prevalence by staged severity of various types of diabetic neuropathy, retinopathy, and nephropathy in a population-based cohort: the Rochester Diabetic Neuropathy Study. Neurology. 1993; 43: 817‒824.

9) Andersen H, Nielsen S, et al.: Muscle strength in type 2 diabetes. Diabetes. 2004; 53: 1543‒1548.

10) Park SW, Goodpaster BH, et al.: Decreased muscle strength and quality in older adults with type 2 diabetes: the health, aging, and body composition study. Diabetes. 2006; 55: 1813‒1818.

11) 野村卓生,池田幸雄,他:2 型糖尿病患者における片脚立位バラン スと膝伸展筋力の関係.糖尿病.2006; 49: 227‒231. 12) 山崎裕司,横山仁志,他:筋力と筋持久力 評価と訓練.総合リ ハビリテーション.2008; 36: 631‒637. 13) 野村卓生,浅田史成,他:2 型糖尿病患者の下肢筋力と下肢筋肉量 に関する調査 多発神経障害合併の有無別および健常者との比較. 糖尿病.2013; 56: S281.

14) Park SW, Goodpaster BH, et al.: Accelerated loss of skeletal muscle strength in older adults with type 2 diabetes: the health, aging, and body composition study. Diabetes Care. 2007; 30: 1507‒ 1512.

15) Delmonico MJ, Harris TB, et al.: Alternative definitions of sarcopenia, lower extremity performance, and functional impairment with aging in older men and women. J Am Geriatr Soc. 2007; 55: 769‒774. 16) 高橋裕美:運動と筋肉,運動生理学概論.杏林書院,東京,2002, pp. 40‒49. 17) 大渕修一,新井武志,他:超音波測定による大腿前面筋厚と膝伸 展筋力の関係.理学療法科学.2009; 24: 185‒190. 18) 田村好史:運動と脂肪筋.PRACTICE.2011; 28: 25‒26.

19) Nomura T, Ikeda Y, et al.: Muscle strength is a marker of insulin resistance in patients with type 2 diabetes: a pilot study. Endocr J. 2007; 54(5): 791‒796.

20) 片岡弘明,田中 聡,他:男性 2 型糖尿病者における筋量と血糖 コントロールに関する検討.理学療法科学.2012; 27: 329‒334. 21) 石原昭彦,安田浩一朗,他:糖尿病と骨格筋.糖尿病.2008; 51:

459‒463.

22) Johnson MA, Polgar J, et al.: Data on the distribution of fibre types in thirty-six human muscles. An autopsy study. J Neurol Sci. 1973; 18: 111‒129.

23) Watanabe K, Miyamoto T, et al.: Type 2 diabetes mellitus patients manifest characteristic spatial EMG potential distribution pattern during sustained isometric contraction. Diabetes Res Clin Pract. 2012; 97: 468‒473.

24) Allet L, Armand S, et al.: Gait characteristics of diabetic patients: a systematic review. Diabetes Metab Res Rev. 2008; 24: 173‒191. 25) Miyamoto T, Fukuda K, et al.: Eff ect of percutaneous electrical

muscle stimulation on postprandial hyperglycemia in type 2 diabetes. Diabetes Res Clin Pract. 2012; 96: 306‒312.

26) 内 閣 府  平 成 24 年 度 版 高 齢 者 白 書.http://www8.cao.go.jp/ kourei/whitepaper/w-2012/zenbun/index.html(2013 年 6 月 30 日 引用)

参照

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