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公平な裁判の保障 利用統計を見る

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(1)

公平な裁判の保障

著者

岡村 治信

著者別名

H. Okamura

雑誌名

東洋法学

31

1・2

ページ

415-461

発行年

1988-01

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00003572/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

公平な裁

の保障

岡 村 治 信

はじめに

八七六五四三二一

目 次 公平な裁判所とは何か 除斥原因 不公平な裁判をする虞 裁判の公平性の確保 忌避手続の概観 簡易却下とその問題点 いわゆるチッソ事件決定について 忌避権の濫用   はじめに 裁判所は法による社会秩序の維持と基本的人権の擁護の最後の砦である。

   東洋法 学

したがって、 裁判所の仕事は、     四一五 他の何も

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    公平な裁判の保障       四一六 のの勢力によっても左右されず、最も厳正公平であることが要請される。  日本国憲法は右の理想を実現するため、七六条三項で﹁すべて裁判官はその良心に従い独立してその職権を行い、 この憲法及び法律にのみ拘束される﹂と規定し、また、とくに刑事裁判に関しては三七条一項で﹁すべて刑事事件に おいては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する﹂と規定している。  右のように、とくに刑事被告人に対して公平な裁判所の迅速な裁判が行われるべぎことをその基本的権利として保 障した理由は、刑事裁判が国家刑罰権の発動をめざすものであり、刑罰が被告人の基本的人権を公権力によって剥 奪・制限するものである以上、民事裁判に比していっそう厳正公平でなければならないこと、また、刑事裁判におい ては、その性格上、政治的圧力や社会的・経済的・思想的勢力その他特殊の情実が作用しやすいので、これらの外圧 を遮断して法的正義と当事者の権利利益を不当な侵害から守ろうとするにあることは明白である。  この場合、とくに法的に重要な理念として裁判の公平性と迅速性が強調されるが、本稿においては、迅速性の点は さておぎ、もっぱら公平性の点について裁判官忌避を中心としてやや体系的な考察をこころみたい。なお、裁判の迅 速性・公平性は民事裁判と刑事裁判に共通の理念であるが、ここでは一応刑事裁判における問題に限定し、民事裁判 のそれについてはとくに必要と認めたときに言及するに止めたいと思う。 公平な裁判所とは何か 憲法三七条一項にいう﹁公平な裁判所﹂とは、通常、当事者の一方に不当に利益または不利益となる裁判をする虞

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のない裁判所を意味する、と説明される。この点について最高裁判所の判例は、﹁公平な裁判所とは、偏頗や不公平       ︵1︶ のおそれのない組織と構成をもつ裁判所を意味する﹂と解している。  さらに判例は、﹁法律の解釈または事実の誤認等によりたまたま被告人に不利益な裁判がなされても、構成その 他において偏頗なおそれのない裁判所の裁判である以上、憲法三七条一項にいう﹃公平な裁判所の裁判﹄でないとは      ︵2︶ 言えない﹂とし、また、﹁共同被告人に対する裁判が各被告人の相互の関係において、仮に事実の認定または量刑上 権衡を失し不公平な結果を来たすことがあるとしても、その裁判を憲法三七条一項に違反するものとはいえな駆﹂と   ︵3︶ している。  以上の判例を通覧して言えることは、個々の裁判の内容の公平は直接に憲法の保障するところではなく、憲法はた だ、組織・構成の上で公平な裁判所を保障することによって間接に裁判の内容の公平を担保している、ということで ある。  裁判をその機能や内容の面からみて、公平とは何かという問に正面から答えることは決して容易ではないが、これ を仮に運用上の公平の間題であるとすれば、裁判所の組織や構成の面における公平は制度上の問題である。そして、 憲法三七条の規定は一応制度上の公平の観点に立つものであって、運用上の公平の問題は刑事訴訟法をはじめとする 手続規定とその解釈適用に譲っていると言えるのである。  もっとも、憲法三一条のいわゆる適正手続の保障もまた一面において公平な司法作用を確保する機能をもってい る。しかし個々の裁判の内容が公平適正であるべきことは裁判の本質的な要請であって、極端な言い方をすれば、刑

    東洋法学      四一七

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    公平な裁判の保障      四一八 事訴訟に関する法規範はすべて何らかの形で裁判のこの基本的要請に奉仕するものである︵刑訴規則一条一項参照︶。  このように、憲法上の﹁公平な裁判所﹂と訴訟法上の﹁公平な裁判﹂とは密接な関係にあるけれども、一応区別し て考えるのが正当であり、このことは憲法三七条一項の文言にも適合する、すなわち﹁公平な裁判所﹂の問題の核心 はあくまで制度上の観点としての裁判所の組織構成の面にあり、これを運用上の観点から補完するものとして刑事訴 訟法二〇条ないし二六条の除斥・忌避・回避の制度が設けられているとみるべきである。  ところで、さきに挙げた一連の最高裁判例は、同一の基調に立ちながらいずれも﹁偏頗や不公平のおそれのない組 織と構成をもつ裁判所﹂とは何かについて説明していないので、右のような裁判所の概念は、現行司法制度の理解と これらの判例の解釈とによってさらに明確にされなければならない。  周知のように、わが国の現体制としては、司法権はすべて最高裁判所およびその系列に属するその他の裁判所に帰 属する︵憲法七六条一項︶から、これを総称して通常裁判所とし、その系列外にあって特殊の人または特殊の事件に ついて裁判をする機関を特別裁判所とする。そして特別裁判所は、法の下の平等の原則に反するので、その設置が禁 止されている︵憲法一四条、七六条二項︶。  すべて裁判官は裁判所法四〇条ないし四六条に規定する一定の厳重な資格要件をそなえ、かつ裁判所法三九条四〇 条によって正規に任命された者であることを要する。そして裁判官はすべていずれかの裁判所︵組織法上の裁判所︶ に属し、その裁判所および所属職員は最高裁判所を頂点とする司法行政上の監督に服する︵裁判所法八○条︶。

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 右にいう司法行政とは、司法裁判権の行使としての事務︵いわゆる裁判事務︶の運営を適正かつ円滑に行わせるた めに必要な一切の行政作用をいう。しかし司法行政権の行使は具体的な裁判権の行使に影響を及ぼしまたはこれを制 限することができない︵裁判所法八一条︶。  裁判官は国家公務員法上は特別職とされ、同法の適用を受けない ︵国家公務員法二条三項一三号、同条五項︶。し かし憲法および裁判所法によって一定の義務を課せられ、しかもその職責の重大性にかんがみ一般公務員以上の高度 の服務上の責務が要求されている。その主なものを項目別にみれば次のとおりである。  L 職務に専念する義務憲法一五条二項、裁判所法四九条。具体的事件に関する裁判権の行使であっても、与え られた自由裁量の範囲をいちじるしく逸脱しまたは明らかに法令に違反した場合には、職務上の義務に違反しまたは 職務を怠ったものとしてこれに対し司法行政上の監督権を及ぼすことがでぎる。例えば甚しく不当な訴訟指揮や審理 態度、明白な誤判などである。  a 評議に関する義務 裁判の評議︵合議ともいう︶においては自分の意見を述べる義務がある︵裁判所法七六 条︶とともに、原則として評議の秘密を守る義務がある ︵裁判所法七五条二項︶。その他国家公務員として職務上知 りえた秘密を洩らしてはならないことは当然である。  a 官職の信用を保つ義務 職務の内外を問わず裁判官としての品位を辱め、信用を失墜するような行状があって はならない︵裁判所法四九条︶。  4 政治運動等の禁止 在任中は政治運動に従事したり、営利を目的とする事業を行いまたは許可なく報酬ある他

    東洋法学      四﹂.九

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    公平な裁判の保障      四二〇 の職務に従事することができない︵裁判所法五二条︶。  以上のような法定の資格・能力・職責を有しかつ正規の組織的体制のもとにあってはじめて、裁判官は裁判体を構 成して個々の具体的な事件を担当することができる。この裁判体が訴訟法上の裁判所である。  個々の裁判体の構成もまた裁判所法が定める。すなわち、最高裁判所には所属裁判官一五名全員で構成する大法廷 と、五名ずつで構成する小法廷とがあり︵裁判所法九条︶、高等裁判所の裁判体は原則としてつねに三名の裁判官で構 成する ︵同法一八条︶。地方裁判官では一人の裁判官で構成する場合と三人の裁判官で構成する場合とがある︵同法 二六条︶。家庭裁判所においても同様である︵同法三一条の四︶。簡易裁判所の裁判体はつねに一人の裁判官で構成す る︵同法三五条︶。そして、以上を通じ、特定の事件をどの種類の裁判体︵合議制か単独制か︶で扱うかも裁判所法 および最高裁判所規則によって定められる。各裁判体を構成するに必要な裁判官の資格要件についても同様である。  なお家庭裁判所は、刑事については少年の保護事件の審判および少年の福祉に関する成人の犯罪に関する第一審事 件を担当する︵裁判所法三一条の三︶ので、特殊な人の特殊な事件についての裁判機関ではあるけれども、法制上家 庭裁判所は最高裁判所の系列に属し、その裁判官はすべて前記の諸資格要件を具備しているから、いわゆる特別裁判 所ではなく、通常裁判所であることは明らかであって、この点についてはとくに異論をみない。  以上のようにして、憲法および裁判所法は、司法権をすべて通常裁判所の裁判体に帰属させ、しかも裁判体を構成 する各裁判官に厳格な資格要件と専門家としての研修と練成を課し、かつ最も高度の身分保障と完全な職務上の独立

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を付与することによって、すべての人に平等ですべての人から信頼される公正な裁判の実現を期しているのである。  前記の最高裁判例は、上述のような憲法と裁判所法の趣旨を前提として、通常裁判所の系列に属する裁判官によっ て組織されかつ法律に基づいて構成された裁判体であれば、客観的かつ一般的に偏頗や不公平なおそれのない裁判が 実現されることを期待し、宣明したものと解されるのである。 ︵1︶ ︵2︶ ︵3︶

最最最

同阿同

裁裁裁

昭昭昭

三三五

七五四

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集二四

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一四一

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_L^  O  O ノペ 七 〇

二 除斥原因

 裁判官の職務にとって公正が最も重要な要素のひとつであることはいうまでもないが、裁判宮は前記のような資格 要件を十分に具備していても、たまたま担当事件やその当事者と特殊な関係があるとぎは、健全な市民感覚にてらし て公正な職務の執行を期待し難いと思われる場合がある。このような場合には、その裁判官を職務の執行から除外 し、他の裁判官によって﹁公平な裁判﹂を実現させるべきである。  すなわち、刑事訴訟法二〇条にょれば、裁判官は一定の場合には職務の執行から除斥される。除斥とは、ある特定 の事件の処理に関する資格を失うという意味であって、一般的な職務執行の権限を奪われるものでないことはもちろ

    東洋法学      四二一

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    公平な裁判の保障 んである。同条の定める除斥原因を列挙すれば次のとおりである。すなわち、 裁判官が 四二二 L 事件となっている犯罪の被害者であるとき。 2 被告人又は被害者の親族であるとき又はあったとき。 a 被告人又は被害者の法定代理人、後見監督人又は保佐人であるとき。 4 事件について証人叉は鑑定人となったとぎ。 5 事件について被告人の代理人、弁護人又は補佐人となったとき。 a 事件について検察官又は司法警察員の職務を行ったとぎ。 弘ω 事件について付審判の決定︵刑事訴訟法二六六条二号︶、略式命令︵同法四六一条︶、および前審の裁判に関   与したとき。  ② 上訴審によって破棄差戻し又は移送された事件の原判決に関与したとき。  の右のωの各裁判又は⑫の原判決の基礎となった取調に関与したとき、但し受託裁判官として関与した場合は   この限りでない。  以上のうちーないし3は、裁判官と被告人とが特殊の利害関係ないし身分関係にあるため客観的に公平な判断が期 待できない場合である。4は、裁判官が自ら証人または鑑定人として事件の判断資料を提供することじたい裁判官の 立場とあい容れないし、5ではその訴訟の局面において被告人側に立ち、6では訴追側に立つことになっていずれも

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中立的な裁判官としての公平な判断を期待することができない。このように、1ないし6の場合が除斥の原因とされ る理由は比較的容易に説明がつくが、7については多少見解が岐れるので、個別に検討してみなければならない。  まず7のωのうち付審判の決定をした裁判官は、実質的に検察官的な職務を行ったものとして6に準じて考えられ        ︵1︶ る。もともと付審判事件の審理方式については議論があり、立法の不備も指摘されているが、判例は、﹁準起訴︵付審 判︶手続は検察官の捜査との関係ではその続行であり一種の捜査である﹂と言い、あるいは﹁付審判請求事件におけ       ︵2︶ る審理手続は捜査に類似する性格をも有する公訴提起前における職権手続である﹂としており、今日ではこれらの見 解が支配的であるといえよう。  略式命令とそれに対する正式裁判との間には前審後審の関係はないが、後者は前者に対する不服の処理という面が あるので、正式裁判ではすでになされた略式命令の事実や量刑を再検討するかたちになる。そのため、法は慎重を期 し、後述の前審関与の場合に準じて取扱い、略式命令をした裁判官はこれに対する正式裁判の審判から除斥されるこ       ︵3︶ とにしたと解すべきである。なお、このような意味あいからか、実務上は7のω@のの除斥原因を一括して﹁前審関 与﹂と言っている。  7のωにいう前審とは、上訴があった場合のそれ以前の審級を意味する。そして、刑事事件の上訴審は事後審とし て原判決を批判する任務を有するから、その原判決をした裁判官本人に批判の役目を負わせることは適当ではない。 一般に、特定の人物やその作晶、業績などを審査するときは本人を審査する側に加えないというのが常識である。前       ︵4︶ 審関与が除斥原因とされるのも、そのような平明な常識に由来する。

    東洋法学      四二三

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    公平な裁判の保障      四二四  これと異り、原審裁判官は事件についてすでに何らかの判断をもっていることが除斥原因であると解する説がある が、この説によれば、同じように事件につき一定の判断をもっている場合、例えば少年法二〇条の検察官送致決定や 刑事訴訟法二二六条の証人尋問をした裁判官が除斥されない理由を合理的に説明することができない。また、再審や 非常上告の対象となっている原判決に関与した裁判官が事件につき一定の知識判断をもっていることは明らかである が、再審・非常上告はいずれも上訴審ではないのでその裁判官が担当することは何ら差支えなく、これに対してはと くに異論もない。  つぎに7の@についてみると、破棄差戻・移送後の審判に原審裁判官が関与できないのは、原判決によってその裁 判官が表明した意見と立場を尊重すると同時に、破棄判決の趣旨の実現について公正確実を期し拘束力︵裁判所法四       ︵5︶ 条︶を確保するところに法のねらいがある。  同じくのの受託裁判官は、証拠調手続の一部に関与したのみで原判決については全く無答責であるから、上訴審の 審判を担当させても何ら不公平のおそれは生じない。差戻移送後の審判についても同様である。原審判決の基礎とな った取調に関与した者も、法的には判決に無答責であるとはいえ、更新前の裁判官として事件を担当し最終判断をめ ざして心証形成を行ったものであるから、心情においては判決に関与したと同様であることを考慮して除斥対象に含 めたものと解すべきであろう。        ︵6︶  前審裁判の基礎となった取調に関与したため除斥原因があるとされた判例によれば、第一審裁判官が証拠の取調を なし、その証拠が第一審判決の罪となるべき事実の認定の用に供されているときは、その裁判官は本条︵刑訴法二〇

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条︶七号にいう前審の裁判の基礎となった取調に関与したときにあたる、としている。この点はおそらく異論のない ところである。そして、右事件の上告趣意書は、右のような裁判官が除斥の原因をもつ理由を  ﹁⋮⋮かかる心証を形成したことのある裁判官にさらにその裁判自身を再検討させることは有害であり、審級制度 の趣旨に副わないものであることは勿論である﹂ としているが、正当な立論であると思う。  この場合にも、除斥される理由を予断排除の原理に求める見解があるが、これに対しては、さきにωに関する説明 の末段で述べたと同じ批判がそのまま妥当する。要するに前審後審の関係があることによって除斥原因とされるので        ︵7︶ あるから、その理由も現行法の下における上訴制度の員的趣旨の中に求めるのが正当である。  以上に検討したところによれば、刑事訴訟法二〇条七号︵前記7︶に掲げる除斥原因は、付審判決定に関与した場       ︵8︶ 合を除けばすべて事後審としての機能を確保する趣旨で設定されたものと解すべきであって、一部学説のようにこれ を一義的に予断排除の原理から説明することは適当ではない。  現に、同一審級内の手続において事件につきある種の事前知識や判断をもっていても除斥事由とならない場合のあ ることは、法じしんがこれを認めている。例えば刑事訴訟規則一八七条二項但書によれば、公訴提起後第一回公判前 に勾留に関する処分をした裁判官でも、所定の場合にはその事件の審判に関与することは差支えない。       ︵9︶  また、第一審の裁判官がすでにその事件につき刑事訴訟法二二七条の証人尋間をし、共犯者に対して分離審判をし     東洋法学       四二五

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    公平な裁判の保障       四二六       ︵沁︶ てすでに有罪判決をしていても除斥されないとの判例があり、これら判例の趣旨はすでに実務上定着した見解となっ ているのである。  いわゆる予断排除︵予断防止︶の原則は、起訴状一本主義・公判中心主義の実効を期するため訴訟法が掲げた原理 であるから、当該事件に関する心証形成の手続方法の間題、つまり訴訟法規の順守の問題として理解すべきである。 しかし除斥忌避は、裁判官がたまたま当該事件と特殊な関係にあるためにその裁判官の職責上の適格性を否定される ことであるから、心証形成の手続方法とは次元を異にする問題である。  現実には、当事者がこの二つの問題を混同し、﹁予断をもって審判する﹂ことから直ちに﹁不公平な裁判をする﹂ として短絡的に忌避申立をする例がきわめて多くみられる。後述する忌避権の濫用も、法律的なレベルで見ればこの 辺にもその温床があるといえよう、このような形で裁判官忌避制度の趣旨が誤解され、むしろいわゆる法廷闘争の具 に供されてきたことに対する反省としても、その正しい理論と運用のあり方が確立されねばならないと考える。 ︵1︶ ︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ 松本一郎﹁準起訴手続の審理方式﹂刑事訴訟法の理論と実務︵別冊判例タイムズ︶二九五頁。 東京高裁昭四〇・五・二〇下刑集七ー五ー八一〇頁、最高裁昭四九・三・二二集二八ー二ー一。 同旨注釈刑事訴訟法第一巻八四頁︵柴田孝夫︶。 青柳教授は﹁前審の裁判の関与判事の除斥は、自らの裁判を自ら批判するのは自己弁護に陥るおそれがあって上訴を認め た制度と調和しないからである﹂とされる︵青柳文雄五訂刑事訴訟法通論上巻二九頁︶。 ﹁差戻前の原判決関与裁判宮の除斥は、誤りとされた自らの裁判に対する偏執の念を懸念されたからであり、審級制度の

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︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶ ︵⑳︶ 円滑化から相当でないと見られる﹂︵青柳文雄前掲通論上二九頁︶。  最高裁昭四一・七・二〇集二〇ー六ー六七七。  結 果同旨注釈刑事訴訟法第一巻八六頁。 刑訴法二〇条七号の除斥原因を予断排除の原理に求める学説として、例えば高田卓爾﹁刑事訴訟法﹂︵昭和三八年版︶四 八頁以下、岩田誠﹁公平な裁判所﹂︵公判法体系E七八頁以下︶などがある。 最高裁昭三〇・三・二五集九ー三i五一九。 東京高裁昭三〇・八・一六 高裁特報二f一六・一七合併号八五二。仙台高裁昭二七・三二七 高集五ー四⋮四九四。 三 不公平な裁判をする虞  刑事訴訟法二一条一項は忌避理由として、上述のような除斥原因の他に﹁裁判官が不公平な裁判をする虞があると き﹂を加えている。﹁不公平な裁判をする虞﹂とは何かについては、種々の説明がなされているが、裁判官と事件と の関係からみて冷静な通常人としての当事者に偏頗・不公平感を抱かせるような客観的な事情をいう、と解するのが 通説のようである。  思うに、刑事訴訟法二一条一項にいう﹁不公平な裁判をする虞﹂は、同法二〇条に掲げる除斥原因が一応定型的な ものに限られているので、それ以外に、定型性を欠くがこれらと近似する事情もあるべぎことを予想し、補充的に忌 避原因として置かれたものである。  右のような見地から、除斥原因に近似する例としては、裁判官が事件につぎ検察事務官または司法巡査の職務を行

    東洋法学      

四二七

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    公平な裁判の保障      四二八 ったとき、被告人がとくに親しい友人であるとぎ、裁判官が当該事件につき事前に当事者から相談を受けて助言した とき、自己の主宰する法廷で立会書記官を殴打して傷害を負わせた傍聴人の傷害被告事件に関与するとき、などが考 えられる。  このような特殊事情がある場合には、予想される不公平性の程度も客観的な立場から考慮した上で、忌避原因にあ たるか否かを慎重に判定することになろう。その裁判官の訴訟に臨む態度が現実にいかに公平適切であっても、その ことは考慮すべきではない。判断の基準はつねに客観的一般的に考えて公平さに疑をもたれるか否かに存し、その裁       ︵1︶ 判官の個人的な良心や努力いかんによって左右されてはならないからである。  ﹁不公平な裁判をする虞﹂が忌避原因となることは、わが旧刑事訴訟法︵鰍籔レか聯法︶もこれを認めていた。すなわち その二五条一項は、﹁判事職務の執行より除斥せらるべきとき又は偏頗の裁判をなす虞あるときは当事者はこれを忌 避することを得﹂と規定していた。これは現行法とほぼ同文であるが、旧法はドイッ刑事訴訟法を母法とし、ドイッ 刑事訴訟法二四条二項︵現行︶は、   ﹁裁判官の公平に対する不信用を是認するに適したる原因の存する場合には、偏頗の虞を理由にこれを忌避する        ︵2︶ ことができる﹂となっている。  右の﹁不信用を是認するに適したる原因﹂という文言の中に、その不信用が単に主観的判断では足りず客観的な事 清として存在することを要するとの法意が明らかに看取される。そして、このことは、すでに述べた忌避制度の本旨 にてらしても当然のことといわなければならない。わが現行刑事訴訟法二一条一項が単純に﹁不公平な裁判をする虞

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があるとき﹂としていることから、虞の有無は忌避申立をする者の主観で判断できるかのように誤解してはならない のである。  以上のように、不公平な裁判をする虞はつねに何人をも首肯させるに足りるような客観性をもったものであること を要する。このことはおのずから、その虞は訴訟手続外の要因に基づくことを要するとの結論に導く。けれども、さ        ︵3︶ らに訴訟手続内の要因をも含ませるべぎであるとの少数説がある。その根拠はおおむね、手続外要因と手続内要因と は区別がつけ難いこと、不公平感・不信感を抱くのは主として手続内の裁判官の処置や態度に因ること、の二点に要 約される。  しかし、ここで訴訟手続内というのは、その事件の審判手続として行われた訴訟指揮ないし訴訟行為あるいは法廷 警察権の行使等を指し、それ以外のものは訴訟手続外要因として把えられるから、両者の区別は決して曖昧ではな い。また、裁判を受ける者として裁判所に対し不公平感を抱くとすれば訴訟手続内要因によってこそであるとの考え 方も肯けるが、その不公平感とか不信感なるものの大部分は自己に不利益な、ないし自己の意見と異る判断・処置を 受けたことに対する反発や怨恨という感情的なものである。そのような、見解の相違からくる個人的主観的な不満感 不信感まで﹁不公平の虞﹂として忌避理由にあたるとすれば、個々の訴訟指揮や裁判が行われるごとに当事者のいず れか一方から裁判官を忌避できることになり、裁判制度そのものが破壊されてしまうであろう。  もし訴訟手続上の処置につき、不平不満があるならば、当事者は、それが不公平であるか否かと関係なく異議申立 ないし上訴という訴訟法上の救済手段が与えられているので、まずその手段を講ずるべきである。右の少数説は忌避     東洋法 学      四二九

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    公平な裁判の保障       四三〇 制度そのものを正解しないか、単なる裁判拒否ないし司法制度否定的な言説であって、とうてい支持される余地はな い。  もちろん手続内要因も、何らかの手続外要因の象徴・表現として存在する場合には、その限りにおいて忌避原因へ の認識理由としての意味をもちうるであろう。そのときでも、忌避原因はあくまで当該の手続外要因たる客観的な特 殊事情そのものであることに留意する必要がある。  後に七において検討するチッソ事件の最高裁決定が、訴訟手続内における審理の方法態度などは﹁それじたいとし ては﹂忌避理由とならない旨を判示しているのも、右のような意味に理解すべきである。  また、付審判請求事件において裁判所が当事者に示した審理方式に不満があるとして忌避申立をした事案で、最高 裁は   ﹁本件合議部裁判官が前記の如ぎ審理方式を示したことが直ちに忌避事由たりえないことは前述した通りである  のみならず、これがもっぱら忌避事由たるべき審理過程外の要因に基きことさらに案出されたものと解すべき特段  の事情も本件においては認め難く⋮⋮﹂        ︵4︶ と判示して簡易却下の処置を是認している。右の判示も、手続内要因が何らかの手続外要因の認識理由となり、その 手続外要因が忌避理由となりうることをふまえての立論であることが明らかである。 ところで、不公平な裁判をする虞の問題は民事訴訟の場面でもその本質に変りはない。民事訴訟法三七条は﹁裁判

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官につき公正を妨ぐべき事情あるときは当事者はこれを忌避することを得﹂と規定する。この条文の解釈として、裁 判の公正を妨ぐべき事情とは、当事者がその裁判官の職務執行の結果不公平な裁判がなされるであろうと懸念する客        ︵5︶ 観的合理的な事由のある場合をいう、と一般に解されている。  たとえば裁判官が当事者の一方と親しい間柄にあるとか、その事件の勝敗に経済的な利害関係をもっているとか等 の事情がこれにあたる。自己の証拠申請を却下したとか、相手方に有利な釈明を求めた、などはそれだけでは忌避の 事由とはならない。これら訴訟指揮上の措置に対しては訴訟法上定められた各種の不服申立方法によるべぎである。  以上のような見解は、民事訴訟法の学者実務家の間にもとくに異論をみないし、刑事裁判の領域でもそのまま妥当 することは、あらためて説明するまでもない。  さきに二において述べたように、審理の対象となる事件について裁判官がすでに何らかの心証・判断をもっている ことを﹁不公平な裁判の虞﹂として忌避申立がなされる例は少なくない。このような事案については、忌避の申立が        ︵6︶ あれば認容すべきであるとした高松高裁の判例があるが、その後最高裁は、﹁事案の内容につ“てすでに知識を得て       ︵7︶ いるからといってその一事をもって裁判官忌避の理由があるとはいえない﹂とし、これはその後の判例にそのまま踏 襲され、すでに実務上確定した考え方になっている。  最高裁は、右の結論に至る論理的な理由を説明していないけれども、例えば同じ流れに属する仙台高裁判例︵諦艇渤 騨︶は、

    東洋法学      

四三一

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    公平な裁判の保障      四三二   ﹁被告人HとKの共謀による放火被告事件につき、さきにKの審判に関与して有罪とした裁判官が後に起訴され  たHの審判に関与することは、刑事訴訟法二一条の忌避の原因である不公平な裁判をする虞ある場合に該当しな  い﹂ とし、その理由として次のように判示する。   ﹁その裁判官は、Hの審判にあたりその審理を省略したり証拠に基づかずに有罪の判決をしたり証拠能力のない 資料に基づいて有罪と断じたりすることは出来ないこと勿論であって、事実審裁判官の自由裁量に基づく証拠の取  捨選択も経験則に従わねばならないという制限があるから、この点についても裁判官の専恣偏頗は絶対に許されな  い⋮⋮︵中略︶。申立人においてHが有罪の判決を受けるであろうとの危倶は独自の見解に立脚した単なる杞憂に  すぎない⋮⋮。﹂  そもそも裁判官が担当事件につき事実認定をするには、正規の証拠調手続と厳格な論理法則経験則に基づくべぎこ と、その心証形成の結果とその根拠︵証拠上の理由︶を間然するところなく判決に開示すべきことは法の命ずる当然 のことであって、同時にまた、その裁判につき当事者とくに法曹専門家である検察官・弁護人の納得をえ、上訴審の 批判にも堪えるための必須の要件でもある。  裁判官が仮に事件につき予めある程度の認識判断をもっていたからといって、右のような必須の職責をいささかも 怠ることは、職業裁判官としての齢持と良心のとうてい許さないところである。この点まで疑って、不公平な裁判を する虞があると公然と主張し忌避申立をする如きは、裁判官の資質能力に対するいわれなき蔑視か、さもなければ裁

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      ︵8︶︵9︶ 判そのものを拒否する態度に他ならない。  前記の仙台高裁の判示は、そのような事実審裁判官の立場と心情をつとめて謙抑的に表現したものであって、 の最高裁判例を含む一連の判例の真意をもよく代弁したものと解されるのである。 ぬ餐IJ 記 ︵1︶ ︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶  当該事件を担当する裁判官の能力、信条、性格などの一般的・主観的な事惰は、仮にそれが訴訟指揮や判断に何らかの影 響を及ぽすものであっても、これをもって忌避の原因を構成するものと解することはできない。このような裁判官としての 適格性、行状一般に関しては、裁判冨弾劾制度や分限制度が設げられており、これらの制度によるべきである。東京高裁昭 四五・五・八決定、判例時報五九〇号一八頁参照。  ドイッ語による原文は次のとおりである。≦①σq窪守ω簿磐凶ω階擁ω亀磐σQΦ魯簿訟&。け島。︾竃魯琵夷欝誉≦。壼のぎ 9§α︿○象ΦσQび儀興σQ①。蒔まけゆω許冨認¢窪窪鵯αq霧象。¢娼恥旨Φ⋮。算簿鉱濤ω盈。欝Rω塁お。ぼ澄旨剛鴨肇  村井敏邦﹁忌避制度の運用﹂ジュリスト増刊飛事訴訟法の争点四六頁。繁田実造﹁裁判官の忘避﹂別冊判例タイムズ翫7 刑事訴訟法の理論と実務二四九頁。柏木千秋﹁裁判官の忌避﹂刑事訴訟法判例百選第四版一〇二頁。  最高裁昭四七・二・一六集二六ー九ー五一五α  兼子一条解民事訴訟法︵昭和六一年版︶九三頁。  高松高裁昭二五・三二八高集三巻追録一頁。  最高裁昭二五・四・一二集四i四ー五三五。  ﹁忌避の申立は裁判宮に対しその事件の審判に不適任であるとの主張であって犯罪構成要件的に考えれば侮辱であり、た だ正当化事由があるから罪にならないだけである。権利の濫用の場合はこの正当化事由にあたらないことになる。実務家は その行使に慎重でなければならない﹂︵青柳文雄刑事訴訟法通論ー昭和五一年版ー上二西頁︶。  わが国においては、日常の犯罪に関する新聞記事やテレビニュ!スなどを見れば、一般市民は、その容疑者がすなわち真

東洋法学

四三三

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 公平な裁判の保障      四三四 犯人に間違いないという印象を受ける。裁判官とても例外ではない。もし事件について予めある種の知識判断をもつことが 不公平な裁判の虞にあたるとすれば、これらのニュースに接した裁判官はすべて忌避原因があることにもなるであろう。し かし、本文前記のような裁判窟の職責と、それを果たそうとする一片の誠意さえあれば、そのような﹁予断﹂とは全く関係 なく公正な﹁事実認定﹂が可能であるつこうした制度上の現実と、それに対する法律ならびに一般国民の信頼こそが刑事司 法の運用の基盤となっていることを考えなけれぱならない。 四 裁判の公平性の確保  公平な裁判所とは何か、について判例の示すところは、要するに制度的・静的な観察に止まることはさぎに述べ た。ここではさらに実践的・動的な面から公平性を確保する方途について考えてみたい。  裁判官の事件担当は、彼の所属する裁判所が受理した全事件をその裁判所内の裁判体に機械的に順次平等に割り当 てることによって決まる。これを事件の配点というが、自分に配点された事件は、とくべつの理由がないかぎり自分 で処理する義務がある。とくべつの難件であるとか、自分の得意な法律問題を含むとか、世問的に注目されている特 殊事件であるとかいうことで辞退したり先取りすることは許されない。事件の選り好みをしていては負担の平等も裁 判の公平も期待できないからである。  しかし、裁判官がたまたま自分の担当と決まった事件と特殊な関係があって、除斥原因にあたり、または公平性を 疑われる虞があるのに思いあたることは珍しくない。その場合には、その理由を告げて、単独体のときは配点を他の 裁判宮に変更するとか、合議体の構成員のときは他の裁判宮と交代するなどして、自発的にその事件の担当を辞退す

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るのが、裁判官の良識として当然のことである。これがいわゆる事実上の回避である。  除斥忌避の原因にはあたらないけれども、公平性の立場からみてその事件を担当することに違和感ないし不安感を 覚えることもある。例えば被告人が自分のいた大学の運動部の先輩であるとか、弁護人が自分の妻の遠縁にあたると き、などである。裁判宮はつねに、多少の縁故や情誼に左右されることなく冷静客観的に事態を判断すること、また 鋭敏な正義感とその実践を仕事の身上とすることが要求されているから、右の程度の事情は公平を疑うに足りる客観 的な事由には当たらないと解したい。  しかし、当事者が右のような人脈や特殊事情を過大視し、あるいは訴訟の勝敗にこだわり、不公平な裁判をするも のと危倶し不満を抱くこともありうる。そのような徴候が見えた場合は、担当裁判官は自分の職責と公平らしさの維 持について慎重に考慮し、最終的には自分の法曹倫理的良心の命ずるところによって事実上の回避をし、あるいは多 少の抵抗を排除しても毅然として公平な裁判の実現に専念するか、いずれの選択を迫られることになる。  事実上の回避をするには、その裁判官所属の司政行政上の裁判所の許可が必要である。現実にはその裁判所の事務 分配規程に準拠しかつ配点の次順位裁判官の諒解をうるという方法による。その諒解がえられないなど事実上の回避        ︵1︶ ができないときは、所属の裁判所に書面で回避の申立をする。回避の申立があったときは、これを受理した裁判所は 申立について決定をしなければならない ︵刑訴規則ニニ条一ないし三項︶。申立の理由があるとされたときは、その 裁判官は正式に当該事件の処理の資格を失い、次順位者が代ってその事件を担当することにより、公平な裁判所が維 持される。

    東洋法学      四三五

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    公平な裁判の保障      四三六  さらに、特定の事件について担当裁判官に除斥原因のあることを、その裁判官所属の裁判所が認知することがあ る。この場合に、事実上の回避がなされず回避の申立もないときは、忌避申立につき決定をなすべき裁判所は、職権 で除斥の決定をしなければならない。職権による除斥の決定は裁判の独立にかかわる重要な処置であるから、慎重な 調査判断をするため、当該裁判官の意見を聴くことが要件とされる︵刑訴規則一二条一項二項︶。  意見を聴かれた当該裁判官は、忌避されるべき原因があると思料したときは事実上の回避をし、または進んで書面 により回避の申立をすべきである︵刑訴規則二二条一項二項︶。除斥のような処置はできるだけその裁判官本人の自 発的意思によらしめようとする法意が明らかに看取される。したがって、その裁判官の意思と行動によって目的が達 せられないときにのみ、やむをえず職権による除斥決定がなされるのを建前とする。  職権による除斥決定もなされない場合に、当事者から忌避の申立がなされることが予想される。忌避申立の手続等 については後述するが、忌避申立があったときは、刑事訴訟法三二条二項の裁判所が合議体で忌避理由の有無を審査 し決定する。ただし、対象となった裁判官がその申立を理由があるとするとぎはその決定があったものとみなされる ︵刑訴法⋮二条二項但書︶。ここでも、当該裁判官の意思に基づきできる限り自発的に除斥の結果を生ぜしめるという 法の趣旨が窺われる。  忌避申立が不適法として却下される場合と、右のようにして決定があったものとみなされる場合とを除き、担当の 裁判所は、当該裁判官から提出された意見書︵刑訴規則一〇条︶を参考として忌避理由の有無を審査する。このよう にして忌避申立を認容する決定がなされれば、当該裁判官はその事件につき職務執行の権限を失う。

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 以上を通覧すると、裁判実務の上では、公平な裁判の確保のため、  L 事実上の回避  a 回避申立を認容する決定  3 職権による除斥決定  4 忌避申立を認容する決定 の四つの方法が用意されていることが知られる。これは、裁判の公平性確保の四重構造というべきものである。  およそ公平な裁判の保障は、事柄の性質上司法機関の内部において自発的に保持し実現すべき重要な理念であるか ら、何よりもまず職権によって実現すべく、当事者からの申立を待つを要しない。しかも、当該事件との特殊な関係 の存否はその裁判官自らが最もよく認識しているし認識すべきであるから、当該裁判官の自発的意思こそが公平性確 保の第一次的要素となる。前記1と2はまさにその現われであって、実務上は大部分の場合にーによって目的を達す るのが実情であり、2の決定がなされることは極めて少ない。まして3、4の決定がなされた例は全国的にみてもほ とんど皆無ではなかろうか。  このことは、裁判の公平性の確保に関しては裁判所内部の自律自浄作用がほぼ完全に機能していることを物語るも のである。にもかかわらず現実には忌避申立のなされる事例はかなり多いのであって、そこに忌避制度運用上の甚し い歪をみるのである。その実情はさらに八において検討したい。 裁判の公平性は四重構造によって厚く護られているとしても、さらに個々の事件の審判にあたって真の公平性を実

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四三七

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    公平な裁判の保障       四三八 現せしめることは、それぞれの担当裁判官の力量と才覚によることである。これらに関して訴訟法規が何らとくべつ の規定をもたないのも、裁判宮個人の良識・誠意という内面にかかわる微妙な問題を法規に盛りこむことじたい不適 当だからである。この点については、さきに剛に述べた正規の資格能力をもつ裁判官にすべて信頼し一任するという のが法の趣意であろう。当事者にも一般国民にも最少限度その程度の信頼は要求されているのである。  なお、法律論を超えることになるがあえて一言するならば、弁護人が、訴訟指揮につよい不満を覚えるあまりか、 ︵重ねてこの主張を却下すれば忌避申立をも辞さない︶、などの意向を洩らすこともある。裁判官としては、当然のこ とながらそのような不当な威圧的態度に動かされることなく毅然として公平適切と信ずるところを貫くべぎである。  さらに裁判官としては、自ら公平無私を堅持するのみでなく、当事者に公平無私を疑わしめるような言動をも厳に 慎しまなければならない。例えば事件の立会い検察官と個人的な交際をもつとか、民事事件の原告被告のいずれか一 方のみと不必要な会話を交わすことなどである。社会常識からは当然の儀礼と思われることであっても、大いに気に する当事者もある。そのような人たちにも全面的に裁判所を信頼し安んじて裁判を受けさせるような工夫も時には大 切なことである。裁判官一人一人のそうした繊細な心遣いの積み重ねもまた、裁判の公平性と信頼性確保の大きな基 盤となるのである。 ︵1y   る この裁判所は、回避の申立をした裁判官に対して忌避申立があった場合にその忌避事件を担当する訴訟法上の裁判所であ ︵刑訴法二三条︶。なお最高裁昭三三・ご丁一五集一二ー一六ー三五四五参照。

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五忌避手続の概観

 忌避は裁判官に除斥原因があるとき又は不公平な裁判をする虞があるときに認められる。忌避申立をすることがで きるのは検察官と被告人である。弁護人も被告人の代理人として申立権があるが、被告人の明示した意思に反してす ることができない︵刑訴法二一条一項二項︶。  当事者が事件について請求または陳述をした後には、不公平な裁判をする虞を理由として忌避申立をすることはで きない︵刑訴法一二一条本文︶。例えば、検察官が起訴状の朗読をし、被告人・弁護人から冒頭手続における陳述や証 拠調の請求があったときなどには、事件の実体についてその裁判官の審判を受けようとする意思が表明されたものと して、それ以後忌避権を失わせるのが法の趣旨である。  右の時期の制限は、忌避原因があるときはできるだけ早期にそのことを明らかにして手続処置をとらせるという法 意に基づく。したがって、請求または陳述のあった後に忌避原因が生じまたはそれを初めて知ったときは、そのこと を三日以内に書面で疎明することを条件として忌避申立をすることができる︵刑訴法二二条但書、同規則九条三項︶。 除斥原因を理由とする忌避申立はその性質上右のような時期の制限はないと解するのが通説である。  合議体の構成員である裁判官に対する忌避の申立はその裁判官所属の裁判所に、受命裁判官、単独体の裁判官に対 する忌避の申立は当該の裁判官にあててしなければならない︵刑訴規則九条一項︶。  忌避申立をするには忌避すべき裁判官︵以下対象裁判官という︶を特定し、かつ忌避の原因を示すことが要求され

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    公平な裁判の保障      四四〇 る︵刑訴規則九条二項︶ほか、その方式につきべつだんの規定はないので、書面でも口頭でも差支えない。q頭によ るときは裁判所書記官がこれを受けて調書を作成する︵刑訴規則二九六条︶。  忌避原因の開示の内容程度等については、従来あまり論じられていないので、多少ここで検討しておきたい。ま ず、申立原因が除斥原因であるときは刑事訴訟法二〇条の第何号に該当するかを特定明示すべきで、単に﹁対象裁判 官に除斥原因がある﹂とか、または﹁法二一条二〇条によって申立をする﹂などでは足りないであろう。除斥原因は 二〇条各号により質的に異るし、そのいずれに該当するかが明らかでなければ、対象裁判官が意見書を提出するに も、決定すべき裁判所が忌避理由の有無を審査判断するにも手がかりが得られないからである。  申立原因が刑事訴訟法二一条一項後段の﹁不公平な裁判をする虞﹂であっても事柄は同じである。この忌避原因は 単なる抽象的な﹁不公平のおそれ﹂ではなく手続内要因でもなく、除斥原因に準ずる程度の、訴訟手続外における客 観的な特殊事情であり、そのことはすでに判例によっても確立されていることは、さきに三において明らかにしたと ころである。したがって、忌避の原因として単に﹁不公平な裁判をする虞﹂を掲げ、または訴訟指揮等に対する不満        ︵王︶ を示しただけでは申立原因を呈示したことにはならない。  忌避申立が裁判官の職務執行からの排除というきわめて重要な結果をもたらすものである以上、申立人としてはそ の原因となる具体的な事実を確認し明示することが当然要求されてよい筈である。もし単に﹁不公平な裁判をする 虞﹂を刑事訴訟規則九条二項にいう忌避申立の原因として許容するならば、安易な忌避申立を誘発し、後述のような 忌避申立の濫用の傾向をいっそう助長するであろうことは明らかである。

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 忌避申立があったときは、本案の受訴裁判所は、刑事訴訟法二四条一項によって簡易却下する場合︵詳細は後記六 参照︶を除いて、訴訟手続を停止しなければならない︵刑訴規則二条︶。これは、対象裁判官がその事件の審判に 関与できるか否か不確定になるので、忌避申立に対する裁判が確定して右の点が明らかとなるまで本案事件の進行を 手控えるのである。手続の停止は一応義務的であるが、停止せずに進行した場合でもその後に申立を却下する裁判が        ︵2︶ 確定したときは有効となるとみて差支えない。  忌避申立があったときでも、対象裁判官が忌避申立を理由があると認めるときは、事実上の回避︵四のー︶をし、 新たな構成で更新手続をした上審理を続行することになろう。この方法によって審判の公平は確保され、忌避申立も その目的を達するからである。つまり忌避申立を認容する決定があったと同様の効果を生じているので、とくにその 旨の裁判を必要としない ︵刑訴法⋮二条二項但書︶。対象裁判官は、自ら申立を理由があると認めるとぎ、または申 立が方式違反によって却下される場合を除き、忌避事件の担当裁判所に意見書を差し出さなければならない︵刑訴規 則一〇条︶。これは忌避申立に対する自己の意見を開示して裁判所の審判の参考に供するためであることはいうまで もない。  申立が簡易却下すべき場合にあたるときは、本案裁判所は手続を停止することなく簡易却下して審理の進行をはか るべきである。もっとも、簡易却下すべきか否か不明であるとか、さらに慎重に判断する必要があるときは、忌避事 件の担当裁判所に移して審理したうえ通常の決定をすることももちろん差支えない。  申立が手続的に適法であれば、除斥原因またはその他不公平な裁判をする虞の有無を検討することになるが、この     東 洋法 学      四四一

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    公平な裁判の保障       四四二 審判には対象裁判官が関与できないことはもちろんである ︵刑訴法二三条三項︶。この場合の審理の対象は、やはり 申立人の主張した特定の事由に限定され、それ以外の事由にわたって調査しあるいは一般的な意味での不公平の虞に       ︵3︶ 及ぶのは相当でない。ただし必要があれば職権で調査することは差支えないであろう。  忌避申立を理由があるとする決定があれば、対象裁判官は決定の効力により、当然その事件について職務執行がで        ︵4︶ きなくなる。この効力は申立原因たる事実の発生した時点まで遡ると解すべきであろう。したがって、その時点以後 において例えば判決がなされたときは、その判決は刑事訴訟法三七七条二号の絶対的控訴理由にあたり上訴審で破棄 されることになる。判決前の手続も、急速を要した場合は別として法令違反になるので、判決に影響を及ぼすかぎり 控訴理由となる︵刑訴法三七九条︶。  忌避申立を理由があるとする決定があったときは申立人側は目的を達するし、相手方にも裁判官の選択の自由は認 められていないので、双方ともにこの決定に対し不服申立はでぎない ︵刑訴法二五条の反対解釈、同法四二〇条一 項︶。  申立を理由がないとする決定があれば、対象裁判官は引続ぎその事件の審判を担当すること、いうまでもない。こ の決定が確定すれば同一の理由によって再度忌避の申立をすることはできない。なお忌避申立に対する実体裁判の主 文をどうするかについてはとくに規定がない。申立を理由がないとする決定も刑事訴訟法二五条の﹁忌避の申立を却       ︵5︶ 下する決定しに含めて考えて、いずれに対しても即時抗告が認められると解することに異論はないようである。

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︵王︶ ︵2︶

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︵5︶  民訴法三八条一項の解釈として岡旨、畔上英治﹁忌避試論﹂︵法曹時報コニ巻一号一〇頁︶。﹁忌避事由としてただ漢然と 裁判の公正を妨ぐべき事情があると主張するだけでは忌避の原因についての主張を欠くことになり、忌避申立は不適法とし て直ちに却下されるべきものである﹂。  註釈珊事訴訟法第一巻九四頁、最高裁昭二九・一〇・二六民集八ー一〇ー一九七九、福岡高裁那覇支部昭四九・四・⋮二 判例時報七五四号二〇頁。  同旨畔上英治前掲﹁忌避試論﹂、注釈刑事訴訟法第一巻九七頁。  この点については、除斥事由があるとぎはその事由の存在した時、その他の忌避理由のときは決定の時からとするのが多 数説のようである。あまり議論の実益はないが、忌避理由としての不公平な裁判をする虞を本文︵三︶のように理解するか ぎり、両場合により区別する理由はないように思う。  註釈刑事訴訟法第一巻九七頁、一〇一頁。ただし一人の裁判宮がした却下決定は性質上命令に属し、これに対する不服は 刑訴法四二九条︵一項一号︶の準抗告によるとするのが通説・判例である。 六 簡易却下とその問題点  忌避申立があったときは、対象裁判官はその審判に関与できないし、 の原則が忌避手続の本質に由来することはあらためて言うまでもない。 合わないので、 一定の場合には例外が認められる。すなわち忌避申立が  L 訴訟を遅延させる目的のみでなされたことの明らかな場合  a 刑事訴訟法ニニ条による申立の時期の制限に違反している場合     東 洋法 学 本案の訴訟手続は一時停止される。この二つ しかし、つねにこの原則を貫くことは実情に 四四三

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    公平な裁判の保障      四四四  a その他裁判所の規則で定める手続に違反している場合︵例えば、申立が忌避権のない者によってなされたと   き、対象裁判官の特定を欠くとき、具体的な申立原因を示していないとき、など︶ には、本案の訴訟手続を停止することなく︵刑訴規則二条、 一〇条二号三号︶、しかも対象裁判官自ら関与して決 定で申立を却下することができる、むしろ却下しなければならない ︵刑訴法二四条一項二項︶。これが簡易却下と呼 ばれるものである。  前記1、2、3、の場合には、その忌避申立は手続的に不適法であってしょせん認容される可能性はないから、内 容の審理に入るまでもなく却下して速やかに本案手続の進行を図るところに簡易却下制度のねらいがある。立法の動 機としては、忌避の濫用が裁判の迅速な進行を妨げ無益な手続の浪費に終わり、かついたずらに司法の威信を害する ので、これを防止するために設けられたもの、と一般に説明されている。  簡易却下に関する立法の経過につぎ、主として国会における委員会議事録を通じてみるかぎり、この制度が訴訟遅 延のみを目的としてなされたことの明らかな忌避申立に対して発動されることを主たる目標としていたことが窺われ る。しかしその当時はこの立法に対する反対意見が多かった。とくに対象裁判官が自ら却下の裁判に関与することに 批判が集中したようである。その主なものの要旨は  ω 忌避申立は多少とも裁判官の感情を害するので、その裁判官は公平な判断をなし難いであろう。とくに、訴訟   遅延のみを目的とするものと謳いて認定して申立を却下する危険性が大である︵福岡弁護士会︶。  ⑭ この規定は偏頗の嫌疑を暗々裡に葬ろうとする偏頗の規定であっていよいよ公正を失する︵東京弁護士会︶。

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 の たとい忌避の理由のないことが明白でも、申立を受けた者をして自ら却下の決定をなさしめるのは穏当でな   い。事端を滋くし紛議を呼び、衝突の道を開くことになろう︵大審院︶        ︵1︶ というものであった。たしかに、訴訟遅延目的による忌避申立を対象裁判官によって却下する点について、これらの 反対意見があったことは一応もっともなことである。  その後今日に至るまで、現実に行われた忌避申立は、ごく内輪に見積ってもそのうち八割以上は訴訟指揮等に対す る不満を理由とするものである。訴訟遅延のみを目的とするものは、例えば判決宣告期日指定後、とくにその変更申 請却下に対抗してなされるとか、同一の理由に基づく忌避申立を執拗に反復し訴訟の進行を阻害する意図が明確に窺 われるとき等、特殊の場合に限られる。  このような、ごく少数の特殊な場合は別として、一般に訴訟指揮に対する不満を理由とする忌避申立を一律に訴訟 遅延のみを目的とすることが明らかであると断定することは、理論的に飛躍があり、時には申立人の感情を無用に刺 戟することになりかねない。申立人の中には、そのような意図は全くなく、ただ特定の自己に不利益な訴訟指揮をも ってまさに不公平な裁判であると確信するあまり忌避理由とする者も少なからずあるからである。その申立がしょせ ん認容される余地のないことは当然であるが、彼はそのことに思い至らずもっばら不公平な裁判を排除することを考 えているのである。  元来、訴訟指揮に対する不服不満と訴訟遅延目的とは一応別個の観念であって、両者の間には上位概念・下位概念 の関係はない。まして前者から後者の存在を推定することは、前記のような特段の事情のある場合は別として、やは

    東洋法学      四四五

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    公平な裁判の保障       四四六 り不当であると考える。桜田勝義氏は、訴訟遅延目的の忌避は忌避権濫用にあたること明白とし、かつ忌避権濫用は 訴訟遅延目的よりも広い概念であるから、忌避権濫用をすなわち訴訟遅延目的と考えることは理論的に正当でないと  ︵2︶ される。この結論じたいは是認することができる。  つぎに簡易却下は対象裁判官を含む構成によってなされるので、却下の裁判じたいに偏頗のおそれがあり、公平な 裁判所の裁判とは言えず憲法三七条一項三二条に違反する、との議論もある。さきに摘記した立法当時の反対意見も おおむねこの線に沿うものである。  しかし、刑事訴訟法上これに類似する処置は他にもみられる、控訴の申立が控訴権消滅後になされたことが明らか であれば、その裁判に関与した、したがって控訴審では除斥される裁判官じしんによって控訴棄却の決定がなされる ︵刑訴法三七五条︶のがそれである。この決定は、申立じたい手続的要件を欠くことが客観的に明白であるから偏頗 のおそれのないことによると解されるのであって、しかもこれが憲法違反であるとの論をきかない。簡易却下の問題 についても参考とするに足りるであろう。       ︵3︶  そこで判例をみると、最高裁判所は   ﹁簡易却下の規定は、忌避の申立を却下するには、それが訴訟遅延の目的のみを以てなされたことが明白である  ことを前提要件としているので、その明白でない場合には却下し得ないのであるから、所論のように理由を仮装し  て却下の裁判をするというが如きことは、峻厳な世論の批判を前にして殆んどなし得ないところである。のみなら

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 ず、仮にかかる違法な裁判が観念上あり得るとしても、それはかかる違法をあえてする当該裁判所の責に帰すべき  ところであり、しかもそれに対しては不服申立による是正手段も存するのであるから、これがためにこの規定その  ものを所論のように憲法前文の精神に反するものと論じ去ることはできない﹂       ︵4︶ と判示し、さらにその後の判例によって、右の趣旨を敷術し、簡易却下は憲法三七条一項、三二条にも違反しないと している。これら判例の結論は、すでに検討したところからも、十分に是認することができる。  さらに、簡易却下制度は刑事訴訟法上のもので、民事訴訟法には規定がないこと、周知の通りである。その理由は 必ずしも明らかではないが、この制度が忌避権の濫用を予防、排除する上で有効であるところから、これを民事訴訟       ︵5︶ にも準用すべしとの積極説があり、現にこれを認めた判例もある。有力な積極説は   ﹁明文の規定はないが、訴訟を遅延させる目的のみでなされたことの明らかな忌避申立については、忌避権の濫  用としてその裁判官自ら却下の裁判をなしえ、民訴法四二条による訴訟手続の停止をしないことができると解すべ  きである﹂   ︵6︶ とされる。これに対する消極説として   ﹁簡易却下を民事にまで拡張するのは、暴に対するに暴をもってするに似たことにならないか。また濫用という  一種の事実行為を法規で抑制せんとする法規万能主義に通ずるのではある豪いか。刑事でもよくよくの場合以外は  簡易却下を自制すべきである﹂

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    公平な裁判の保障      四四八       ︵7︶ との主張がある。  思うに、積極説はいずれも、忌避権濫用を前提として簡易却下を認めるが、間題の中心はやはり、いかなる場合に 忌避権濫用と言えるかにあり、この点は後の八においていささか検討してみたい。また簡易却下制度じたいに前記 ︵とくにGDの︶のような危険性が内在することも否定することがでぎない。これらの根本問題を解決することなく比 較的安易に民事への拡張を認める態度には、にわかに賛成することができない。後にも述べるように、刑事において も簡易却下は極力形式的な要件を欠くことの明白な場合のみに限定すべきであるから、これを民事に準用するにして も同様の慎重な配慮を要するものと考える。 ︵1︶ ︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ ︵5︶

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同右。 桜田勝義﹁忌避権の濫用とその対策し民事訴訟雑誌一六号一六頁。 最高裁昭二三二二・二四集二i一四ー一九二五。 最高裁昭三四・三・二七集一三−三ー四一五。 高松高裁昭三九・二一二〇 高民集一七ー八ー六〇三。 札幌高裁昭五一・二・二一判例タイムズ三四七号一九八頁。 兼子条解民事訴訟法︵昭和六一年版︶九六頁。 畔上英治前掲﹁忌避試論﹂︵法曹時報一三巻二号四八頁︶。

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七 いわゆるチッソ事件決定について  忌避事件に関する刑事裁判実務の現状をみると、間題の中心はけっきょく、その忌避申立が﹁訴訟を遅延させる目 的のみでなされたことの明らかな申立﹂にあたるか否かの認定判断に還元されるといっても過言ではない。この間題 に関する代表的な判例として、最高裁昭和四八年一〇月八日決定︵集二七巻九号一四一五頁︶がある。この事案は、 いわゆる水俣病患者の集団が被害の補償を求めてチッソ株式会社に赴き折衝する際、これを阻止しようとする会社従 業員に対し被告人が暴行傷害を加えたとして、傷害罪で起訴された事件を本案とするものである。忌避申立がなされ た前後の事実関係はおよそ次のとおりである。  東京地裁における本案の第一回公判期日において、弁護人から公訴棄却の申立がなされたが、その理由の陳述が長 時間にわたり、しかも四人の弁護人がこもごも重複的な発言をしたため裁判長からその陳述を制止された。これに対 し弁護人が激しく抵抗し多数の傍聴人もこれを支持して騒然となったので、裁判長は傍聴人全員に退廷を命じたうえ 手続を進めようとしたところ、被告人弁護人全員は、突如裁判長の許可を受けることなく、在廷命令をも無視して退 廷した。そこで裁判長は、当日予定されていた検察官の冒頭陳述、証拠申請を行わせ、証人一名を採用決定して閉廷 した。  第二回公判期日の冒頭において主任弁護人は裁判長に対して忌避申立をした。その理由として示したところを要約 すれば、

    東洋法学      

四四九

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    公平な裁料の保障      四五〇   本件のような必要的弁護事件につき弁護人が在廷しないまま審理を行ったことは違法であり、その他裁判長の弁  護人に対する発言禁止、傍聴人に対する退廷命令など訴訟指揮ならびに法廷警察権の行使が違法不当であるーーと いうのであって、明らかに裁判長の訴訟指揮・法廷警察上の処置に対する不服に尽きるものといえる。  右の忌避申立に対し東京地裁は、訴訟を遅延させる目的のみでなされたことが明らかな忌避申立であるとして簡易 却下の決定をしたところ、申立人から即時抗告の申立があり、抗告裁判所である東京高裁は   ﹁本件事案の背景の特殊性及び本件審理の経過にかんがみると、少くとも被告人弁護人の立場からすれば、所論  主張のように不当な訴訟指揮であると判断される余地なしとしない。⋮⋮本件忌避申立をもって、単に裁判長の訴  訟指揮権あるいは法廷警察権の行使に対する不服を以てなすに過ぎないもので訴訟遅延の目的のみによるものと速  断することは性急にすぎるものであるといわざるをえない。要するに、本件忌避申立は、その理由があるかどうか  は別として訴訟を遅延させる目的のみでなされた、ことが明らかであるとはいえないので、刑事訴訟法二四条により  これを却下することはできない﹂ として原決定を取り消した。  これに対して検察官から特別抗告の申立がなされた。その理由は多岐にわたるが、最高裁はそれに直接答えること なく、職権で原決定を取り消して本件忌避申立を簡易却下した。その理由の骨子は、やや長文にわたるが、これを摘 記すれば次のとおりである。   ﹁要旨第一。元来、裁判官の忌避の制度は裁判官がその担当する事件の当事者と特別な関係にあるとか、訴訟手

参照

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