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〈研究ノート〉多国籍企業に関する理論モデル研究の展望 : 知識の流れを念頭において

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〈研究ノート〉多国籍企業に関する理論モデル研究の展望 63

<研究ノート>

多国籍企業に関する理論モデル研究の展望

――知識の流れを念頭において――

! 本稿の目的 多国籍企業の直接投資(FDI)に関して,その初期の研究である Dunning(1977) は,外国に FDI を行う企業は,優れた知識や技術・ブランド力などの企業特 殊的な無形資産(intangible assets)を所有しており,自らが保有する優位性を 国外で発揮する手段として FDI を行うと考えた。しかし近年,自らが保有す る優位性を国外で活用するだけではなく,国外の技術リソースから自らの優位 性の創造に必要な技術・知識を獲得することも FDI の有力な動機だとする実

証研究が増えている(Neven and Siotis(1996),Shan and Song(1997)など)。

また,従来の FDI に関する研究が主に生産拠点の国外移転を念頭においてい たのに対 し,R&D 拠 点 の 国 外 移 転 に 関 す る 実 証 研 究 も 近 年 増 加 し て い る

(Belderbos(2001),Bas and Sierra(2002)など)。

このように FDI の動機が多様化するにつれて,多国籍企業内の知識・技術 の流れは多様かつ複雑になっている。浅川(2006)は,多国籍企業の活動が世 界規模で広がるにつれて,企業内の知識の流れは「遠心的」流れから「求心的」 流れや「オーケストレーション」といったパターンへと変化していくと指摘し ている。「遠心的」流れとは,本国の親会社が開発・所有する知識が外国子会 社へと移転される知識の流れであり,伝統的に考えられてきた多国籍企業の形 式である。これに対し,「求心的」流れとは子会社が現地で獲得した技術・知 識が親会社へと移転される流れであり,自国の優位性では世界市場に立脚でき ない多国籍企業が国外で優位性を獲得するときに見られる流れである。最後に

(2)

64 彦根論叢 第363号 平成18(2006)年11月 「オーケストレーション」とは,世界中に配置された R&D 拠点が,それぞれ 差別化された専門性をお互いに提供しながら多国籍企業の優位性を構築しよう という知識の流れである。これを親会社と子会社との関係で考えると親会社か ら子会社への知識の流れが「遠心的」,子会社から親会社への流れが「求心的」, 両者が相互に知識を提供しあうことが「オーケストレーション」と捉えること ができる。 このような多国籍企業内の知識の流れの多様化に対し,理論モデルによる研 究はまだまだ現実に追いついていない。本稿では,知識の流れに焦点を当てな がら,多国籍企業の行動に関する理論分析が今後どのような方向に展開されて いくのかについて述べていきたい。その際に次の二つの事に注目したい。一つ は,多国籍企業内の技術移転に関するコストである。FDI に関する多くの研究 では,多国籍企業は子会社設立のための固定費用を支払えば,親会社と同じ技 術を子会社で使用できると仮定されてきた。しかし,多国籍企業の親会社と子 会社は必ずしも知識・技術を完全に共有しているわけではない。親会社が保有 する技術や知識などの優位性を子会社へと移転する際に R&D 活動に類似した 費用がかかることは Teece(1977)の実証研究によっても示されている。また 国内・国外の R&D 拠点のネットワークが複雑になるにつれて,各 R&D 拠点 が得た知識・技術を親会社がどのように調整するのかは,国際経営論における 重要なテーマの一つとなっている(浅川(2006))。これらのことからわかるよ うに,多国籍企業の親会社と子会社間における知識共有の程度,そして知識共 有のための費用は,多国籍企業内の知識の流れが複雑化している現状において 明確に考慮する必要があると思われる。もう一つは,企業間の知識のスピルオー バーである。Romer(1990)などが指摘するように,知識・技術は非競合性や 排除不可能性といった公共財的性質を持っており,企業が R&D 投資によって 獲得した技術・知識の一部は他の企業にも伝播すると考えられる。このような 企業間の知識のスピルオーバーの存在は,すでに多くの実証研究によって示さ れており,多国籍企業の FDI の選択や R&D 投資に大きな影響を与えるものと 考えられる1)。

(3)

〈研究ノート〉多国籍企業に関する理論モデル研究の展望 65 次節以降の構成は次のようになる。次節では,「遠心的」な知識の流れを念 頭に置き,企業の輸出から FDI への選択と R&D 投資量との相互連関を分析し たモデルを紹介すると共に,企業内技術移転や企業間スピルオーバーの存在が この議論にどのような影響を与えるのかについて述べていく。続く第Ⅲ節で は,「求心的」な知識の流れを念頭に置き,スピルオーバーによるライバル企 業の優れた技術の獲得を目的とする FDI を分析したモデルを紹介する。第Ⅳ 節では,「オーケストレーション」を念頭に置き,多国籍企業の R&D 活動の 国際化を考慮したモデルを紹介する。最後第Ⅴ節では,これまでの分析を踏ま えた上で今後の理論研究の方向性を示して結論とする。 ! R&D 投資と FDI 選択の相互関係 従来の FDI 理論においては,技術や知識など優れた企業特殊的な無形資産 を持つ企業が,その優位性を国外において発揮するための手段が FDI だと考 えられてきた。FDI に関する理論モデルの代表的な研究である Markusen(2002) は,企業特殊的な無形資産(知識資本)は一度形成されると,知識の持つ非競 合性により国外の工場で活用するための費用は,工場を設立するための固定費 に比べて非常に低いものになると考え,R&D 投資のような企業特殊的な無形 資産形成のための固定費が,工場設立のための固定費に比べて大きな企業ほど, FDIを通じて多国籍企業となりやすいことを示している。また,R&D 投資と 企業の多国籍化との関連に関する実証分析も数多く行われており(Mansfield,

Romeo and Wagner(1979),Grubaugh(1987)など),輸出より FDI を選択する 企業ほど R&D 投資量が大きくなる一方で(FDI 選択から R&D 投資への因果

関係),R&D 投資を行う企業ほど輸出より FDI を選択するようになる(R&D

投資から FDI 選択への因果関係)という R&D 投資と FDI 選択の相互連関が指 摘されている。

1)企業間のスピルオーバーの存在に関する実証研究には Mansfield(1985),Jaffe(1986)な どが,貿易を通じた国際間スピルオーバーに関する実証研究ついては Coe and Helpman (1995)がある。また,FDI に伴うスピルオーバーについては Blomstrom and Kokko(1998)

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66 彦根論叢 第363号 平成18(2006)年11月

このような R&D 投資と企業の FDI の選択との相互連関について,Petit and

Sanna-Randaccio(1998)は,自国市場と外国市場で独占力を保持する独占企業 の利潤最大化行動を理論モデル化することによって分析した。彼らのモデルは 次のようなものである。自国に本社を持つ独占企業は,,+#'!(&(i=h, f )+ の逆需要関数に直面している。h と f は,それぞれ自国と外国における変数を 示しており,p は財価格,X は供給量,a と b は正の定数とする。このモデル における R&D 投資は生産費用を低下するための生産設備の改良のようなプロ セス・イノベーションを想定しており,独占企業の限界費用は m(I )=A−θI

と R&D 投資量 I の関数になると仮定する。A は R&D 投資を行わない時の限

界費用であり, R&D 投資を行うほど独占企業の限界費用は低下する(θ>0)。 独占企業は外国市場への供給を輸出によって行うか,FDI を行い現地工場から 行うのかを選択する。輸出を行う場合,1単位あたり s の輸送費を支払わなけ ればならないが,FDI を行う場合,輸送費はかからないが新工場建設のために G の固定費を支払わなければならないとする。 また, 輸出と FDI に関わらず, 企業は国内の工場に対して G の固定費を支払わなければならない。 独占企業は自国市場と外国市場への財の供給量 Xh, Xfと R&D 投資量 I を決 定する。輸出を選択したときの独占利潤をπE ,FDI を選択したときの独占利 潤をπD とすると,πE とπD はそれぞれ次のようになる。 ### '!(& *

$ %&*" '!(&$ )%&)! !!$%$ %&*! !!$%"-$ %&)!"%!!!!$ !

#"# '!(&$ *%&*" '!(&$ )%&)! !!$%$ %&$*"&)%!"%!!!!!$ "

!と"より,輸出を行う時と FDI を行う時に利潤を最大化する Xh, Xf, I がそ れぞれ導出される。輸出を行う時と FDI を行う時の利潤最大化 R&D 投資量%"# と%""を比較すると,輸出を行う時より,FDI を行った時の方が R&D 投資量は 多いことがわかる(%"#<%"")。このことより,輸出のみを行う企業と FDI によっ て国外に工場を持つ多国籍企業を比較すると,多国籍企業の方が R&D 投資量 は多くなることがわかる。 このような結果が出たのは以下のような理由である。利潤最大化条件より自 国と外国への供給量 Xhと Xfを R&D 投資量 I の関数として導出し,それを!

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〈研究ノート〉多国籍企業に関する理論モデル研究の展望 67 と!に代入すると輸出時と FDI 時における独占利潤はそれぞれ次のようにな る。 %$# )!!"&&$ %! !* " )!!"&&"+$ % ! "* !#& ! !!%,%## )!!"&&$ % ! !* !#& ! !!!% "

R&D投資の費用はγI/2であるため,R&D 投資の限界費用は輸出か FDI の

いずれを行う時もγI となる。一方,R&D 投資による限界収入は,"より輸出 を行う時は&$)!!%"&&'&"*!&+"!*$ %,FDI を行う時は )!!&$ %"&&'&"*となり, 常に FDI を行うときの方が限界収入は高くなることがわかる。R&D 投資量 I の増加は,限界費用 m の低下を通じて安価な財の供給を可能とし,独占企業 の供給する財に対する需要を増加させるのだが,輸出を行う時には輸送費を支 払わなければならないため,同じ R&D 投資量でも外国市場への供給価格は輸 出時の方が高くなる。このため,R&D 投資がもたらす価格低下による収入の 増加は,輸出時の方が少ないものとなるのである。 輸出を行う時と FDI を行う時における限界収入の違いが R&D 投資量に与え る影響を図示したものが図1である。R&D 投資量と限界費用との関係を示す MC曲線は,輸出を行う時も FDI を行う時も同じだが,限界収入曲線を比較す ると,FDI を行う時の限界収入曲線 MRD は,常に輸出を行う時の限界収入曲 線 MRE の上部に位置するため,限界費用と限界収入が等しくなる利潤最大化

R&D投資量を比較すると,常に&#$<&##となるのである。 '"##& '"# $"#$ %& '(!'" '(# '($ R&D投資量 I &#$ &## 図1

(6)

68 彦根論叢 第363号 平成18(2006)年11月 次に,R&D 投資が FDI と輸出の選択に与える影響について考えてみよう。 独占企業が輸出ではなく FDI を選択する条件はπD −πE >0であり,πD −πE の値が大きいほど輸出ではなく FDI を行う誘因は高くなると考えられる。R& D投資を行う時,利潤を最大にする各市場への財の供給量 Xh,Xfと R&D 投資 量 I を!と"に代入するとπD −πE は次のように導出される。 #&"!#&## " ' ")"!$$ !%&!(!!$ %!*'" $ !*! #))"!$$ !%!$ #

#&",#&#はそれぞれ R&D 投資を行う時の利潤とする。一方,R&D 投資を全

く行わない(I =0)と仮定した時の利潤をそれぞれ#%&",#%&#とすると,#%&"−

#%&#は次のようになる。

#%&"!#%&# # *") !(!!&$ %!*'!$ $

#と$より#&"!#&#!#%&"!#%&#となり,R&D 投資を行わない時より R&D 投

資を行う時の方が,輸出ではなく FDI を行う誘因が高くなることがわかる。 すなわち,R&D 投資をまったく行わない企業よりも R&D 投資を行う企業の 方が,輸出より FDI を選択する可能性が高くなる。この理由は次のように考 えられる。企業は FDI を行うかどうかの選択を行う際,外国工場設立のため の固定費用の増加と輸送費の節約による限界費用の低下を考慮する。限界費用 低下の効果が固定費用増加の効果を上回るときに企業は輸出ではなく FDI を 選択するのだが,限界費用を低下させる R&D 投資の存在と,先ほど示したよ うな輸出時と比較して FDI 時の方が R&D 投資量が多くなることを考慮する と,R&D 投資の存在を考慮したときの方が,FDI の実行による限界費用低下 の利益が大きくなることがわかる。このため,R&D 投資を行う企業の方が FDI を行う誘因は高くなるのである。

このように Petit and Sanna-Randaccio のモデルは R&D 投資と FDI 選択の相互 連関を示しているが,このモデルに多国籍企業内の親会社から子会社への技術 移転(企業内技術移転)に関する費用や企業間のスピルオーバーの存在を導入 すると議論はどのように影響されるのか考えてみよう。まずは,企業内技術移 転について考える。これまでの分析では,FDI を行う際に新しく設立する子会

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〈研究ノート〉多国籍企業に関する理論モデル研究の展望 69 社に本社から技術を移転する費用の存在を考えてこなかった。これは Markusen (2002)が述べたように,知識の持つ非競合性を考慮してのことである。しか し,FDI を行う時に工場設備の固定費 G だけでなくηI/2の技術移転費用が かかると仮定する場合,FDI を行う時の R&D 投資の限界費用は(η+γ)Iなる。輸出を行う時の R&D 投資の限界費用はγI のままであるため,技術移 転費用によって FDI を行う時の R&D 投資の限界費用曲線が図1の破線のよう になる時,輸出を行う時に比べて FDI を行う時の方が R&D 投資は少なくなる。 そうすると,輸出から FDI を選択しても R&D 投資が減少することによって限 界費用が逆に上昇してしまい,輸送費を節約する事による利潤の増加が相殺さ れてしまうため,先ほどの結論とは異なり FDI よりも輸出の方が選択されや すくなるのである2)。

次に,企業間における技術のスピルオーバーの存在を考える。Petit and

Sanna-Randaccio(2000)は,Petit and Sanna-Randaccio(1998)のモデルを拡張し,第 1国と第2国にそれぞれ本拠を持つ複占企業がそれぞれ R&D 投資と FDI か輸 出の選択を行う複占モデルを構築している。逆需要関数の定義や輸送費・固定 費用の設定などは先ほどのモデルと共通しているが,第 i 国の企業の限界費用 が&$#!$!!"$$"#"%%となることのみが異なっている(0≦α≦1,i, j=1, 2,i≠j)。このような限界費用の設定は,企業の限界費用の低下が自らの R& D投資量だけでなく,ライバル企業の R&D 投資量によってももたらされると いう R&D 投資のスピルオーバーを考慮したものである。αはスピルオーバー の程度を示すパラメータであり,αの値が高いほどスピルオーバーの程度は高 くなると考えられる3)。複占市場モデルにおいても,独占市場モデルのときと 同様に R&D 投資量と FDI 選択について相互連関があるという結果を得ること ができる。これはスピルオーバーの程度を示すαの値に関係なく成立する結論 2)Norback(2001)は,同様なモデルを用いて,技術移転費用が高くなるとき,R&D 集約的な ハイテク企業ほど FDI より輸出を選択すると推測し,スウェーデンのハイテク企業のデー タを用いて,R&D 集約的な企業ほど FDI より輸出を選択する傾向があることを示した。 3)このような企業間のスピルオーバーの設定は産業組織論では一般的に用いられるもので

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70 彦根論叢 第363号 平成18(2006)年11月 である。 しかし,スピルオーバーの程度を示すαの値が上昇すると,輸出・FDI のい ずれを行っていたとしても両企業の R&D 投資量は減少する4)。これは次のよ うな理由である。通常,R&D 投資の増加は,自社の限界費用を低下させるこ とによって自社の市場における競争力を強化し,自社の利潤を増加させる効果 を持つが,R&D のスピルオーバーが存在する時には R&D 投資は自社だけで なくライバル企業の限界費用をも低下させる事になるため,自社の限界費用低 下による利潤増加の効果の一部が相殺される事になってしまう。このため,企 業間のスピルオーバーの程度が高まるほど各企業が R&D 投資を行う誘因は低 下するのである。このことと R&D 投資と FDI 選択との相互連関を考えると, スピルオーバーの程度αの上昇による R&D 投資の減少は,企業に FDI ではな く輸出を選択させる要因となることが考えられる。実際に Petit and

Sanna-Randaccioは,数値例を用いて,αの上昇によってナッシュ均衡における両企

業の戦略が,相互に FDI を行う均衡から相互に輸出を行う均衡へと変化する

ことを示した。さらに,Petit, Sannna-Randaccio and Sestini(2004)は両企業が同

国に生産拠点を立地させている時の方が,異なる国に生産拠点を立地させてい る時よりも企業間のスピルオーバーの程度が大きいと仮定したモデルを用い て,両企業が相互に輸出している時の方が,相互に FDI を行っている時より も両企業の R&D 投資の合計は多くなる可能性があることを示している。これ は,FDI を行っているときの方が企業間のスピルオーバーが大きいために,R &D投資を行う誘因が輸出を行うときに比べて弱められるためである。 ! 技術獲得を目的とした FDI 前節では,FDI を企業特殊的な無形資産の国外での活用を目的とした投資と 考えたが,このような企業の持つ優位性の活用としての FDI ではなく,企業 の優位性を形成する優れた技術を国外から導入する(Technology Sourcing)た 4)企業間の R&D のスピルオーバーの程度が上昇すると,個々の企業の R&D 投資が減少す ることは産業組織論における基本的な結論である。Spence(1984)を参照のこと。

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〈研究ノート〉多国籍企業に関する理論モデル研究の展望 71

めの手段としての FDI(技術獲得型 FDI)に関する研究が90年代後半以降活発

に行われるようになった5)。

このような技術獲得型 FDI を考慮した最初の理論モデルは Fosfuri and Motta

(1999)である。彼らは2国複占市場モデルを用いて,複占企業の限界費用に

格差があるときの FDI と輸出の選択を分析した。このモデルでは,限界費用 の高い低生産性の企業と限界費用の低い高生産性の企業が同一国に立地すると き,外生的に決められた確率で高生産性企業から低生産性企業へとスピルオー バーが生じ両企業の限界費用の格差は解消すると仮定されている。このような 設定の下,Fosfuri and Motta は数値例を用いて複占企業の FDI と輸出の選択を 分析し,スピルオーバーが存在しないときと比べて,スピルオーバーが存在す るときの方が,低生産性企業が FDI を行い,高生産性企業が輸出を選択する 均衡が生じる可能性が高くなることを示した。

このような企業間のスピルオーバーの存在による企業の FDI と輸出の選択

の変化を,Bjorvatn and Eckel(2006)のモデルを用いて説明する。技術水準の

高い A 国と技術水準の低い B 国が存在する。A 国の企業 a の限界費用はゼロ である一方,B 国の企業 b の限界費用は c(>0)であり,両企業は複占競争 を行っている。K 国(K =A,B )市場における逆需要関数は pK=1−(QaK+QbKとする。ただし,pKは K 国市場における財価格,QaKと QbKはそれぞれ K 国市 場への企業 a と企業 b の供給量を示している。両企業はそれぞれ国外市場に輸 出もしくは FDI によって供給を行うかを選択する。輸出を選択すると輸出1 単位につき t の輸送費を支払わなければならないが,FDI を選択すると輸送費 を支払わなくてすむ代わりに工場設置のための固定費用 F を支払わなければ ならないとする。企業 a と企業 b が同じ国に立地する時,高生産性企業 a から 低生産性企業 b へと技術のスピルオーバーが発生して,企業 b の両国における 限界費用は(1−λ)c となるとする(0≦λ≦1)。λはスピルオーバーの程度 を示すパラメーターであり,λ=1のとき完全なスピルオーバーが生じ,企業 5)技術獲得を目的とした FDI に関する実証研究の詳細なサーベイには Grunfeld(2002)が ある。

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72 彦根論叢 第363号 平成18(2006)年11月 aと企業 b の限界費用は等しくなるが,λ=0のときにはスピルオーバーは生 じず,企業 b の限界費用は企業 a と同じ国に立地しても変化することは な い6)。 このような設定の下,両企業は次のような手順のゲームを行う。まず第1段 階において両企業は FDI を行うかどうかを同時手番で決定する。その後第2 段階において両企業は生産量を決定する。両企業が FDI と輸出のどちらを選 択するのかは,両企業の生産性格差を示す企業 b の限界費用 c と,輸送費 t の 値に依存する。技術のスピルオーバーが全く存在していない(λ=0)時,パ ラメーターである c と t の値とナッシュ均衡における両企業の戦略との関係は 図2(a)のようになる。企業 a は,輸送費がある程度高くなるとそれを節約す るために FDI を行う誘因が強くなる。また,生産性格差がある程度大きくな ると FDI によって B 国に進出する事で大きな市場シェアを得ることができる ためにやはり FDI を行う誘因は強くなる。一方,企業 b は両企業の生産性格 差が非常に小さいものにならない限り,輸送費が高くても FDI を実行するこ とはない。これは,生産性格差があると,たとえ FDI によって輸送費を節約 したとしても,固定費 F の支出に見合うだけの収入の増加が見込めないため である。また,両企業の生産性格差と輸送費の合計がある程度高くなると,企 業 b は市場から退出する事になる。 これに対し,技術のスピルオーバーが完全である(λ=1)時,c と t の値 とナッシュ均衡における両企業の戦略の関係は図2(b)のようになる。図2(a) と比べると,企業 b が FDI を行う領域が拡大していることがわかる。スピル

6)Bjorvatn and Eckel(2006)では,FDI によって A 国に進出した企業 b が,企業 a からのス ピルオーバーを通じて A 国の工場において限界費用(1−λ)c での生産が可能となったと しても,本国である B 国の工場でも同じ限界費用で生産できるかどうかは,企業 b 内の企 業内技術移転(企業内スピルオーバー)の効率性に依存すると仮定されている。企業内ス ピルオーバーの程度を示すパラメーターをμとするとき(0≦μ≦1),A 国に工場を設置 した時の企業 b の B 国工場における限界費用は(1−μλ)c となる。μ=1のとき,企業 内スピルオーバーは完全であり,B 国内工場も A 国内工場と同じ限界費用で生産が可能と なる一方,μ=0のときには企業内スピルオーバーは全く発生せず,A 国に工場を設置し ても B 国の工場における限界費用は c のままになる。本文ではμ=1と仮定して議論を進 めている。さらに,企業内技術移転の費用はゼロとする。

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〈研究ノート〉多国籍企業に関する理論モデル研究の展望 73 オーバーが存在する時, 企業 b が FDI を行うと, 通常の輸送費節約に加えて, スピルオーバーによって自らの生産性が向上するメリットを得ることができ る。このため,生産性格差と輸送費が非常に小さくなり,固定費 F を支払っ てまでも生産性を向上させる誘因がなくならない限り,企業 b はスピルオー バーによる技術獲得を目的とした FDI を行う事になる。一方,企業 a は FDI を行うと輸送費を節約できる反面,スピルオーバーによって企業 b の生産性が 向上するために,スピルオーバーがないときと比べると FDI を行う誘因は弱 くなる。このため,輸送費が非常に高くならない限り企業 a は FDI を行わず 輸出によって B 国市場に財を供給することを選択する。このように,企業間 の技術のスピルオーバーが存在する時,生産性の低い企業 b が技術の獲得を目 的とした FDI を行い,生産性の高い企業 a はスピルオーバーを恐れて FDI を 控え輸出を行うという均衡が生じやすくなるという Fosfuri and Motta と同様な 結果が得られる。

さらに,Bjorvatn and Eckel は,ゲームの構造を同時手番のゲームから企業 a が先導者となる逐次手番のゲームに変更するとき,企業 a が先に B 国への FDI を実行する事によって技術獲得を目的とした企業 b の FDI を防ぐことが可能 であることを示した。このような FDI のことを彼らは戦略的(Strategic)FDI と名づけた。この戦略的 FDI の存在を示すために,彼らは次のような議論を (a)λ=0のケース (b)λ=1のケース (企業 a の戦略 企業 b の戦略) X―輸出 I―FDI 0―生産しない 図2 各企業の戦略とパラメータとの関係(出所:Bjorvatn and Eckel(2006Figure.1,3))

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74 彦根論叢 第363号 平成18(2006)年11月 展開した。1)先導者となった企業 a が先に FDI の実行を宣言する時に,追 従者である企業 b は FDI から輸出に戦略を変更する誘因が存在するのだろう か?2)企業 a が FDI を行い,企業 b が輸出を行うというサブゲーム完全ナッ シュ均衡の実現によって同時手番ゲームの時と比べて企業 a の利潤は増加する のだろうか? まず1)についてだが,図2(b)の(II)の領域と(XX)の領域における企業 b の支配戦略はそれぞれ FDI と輸出であるため,同時手番ゲームから逐次手番 ゲームへとゲームの構造が変化してもナッシュ均衡は変化しない。このため, 企業 a が先導者となる事によって企業 b の戦略を変化させることができるのは 図3の(XI)の領域内だけである。この領域において企業 a が先導者として戦略 的 FDI を実行すると,企業 b は A 国に FDI を行わなくてもスピルオーバーに よる生産性の向上を得ることができるために,FDI を行うメリットは輸送費の 節約だけになる。しかし,図2(b)の(XI)の領域のように輸送費が低い状態で は,固定費を支払ってまで輸送費を節約する誘因が生じないため,企業 b は FDI を止めて輸出を選択するようになるのである。 次に2)について考えてみよう。企業 a が FDI を実行すると,企業 b は FDI を行うことなく生産性を向上させることができるため,わざわざ固定費を支 払ってまでライバル企業の生産性を向上させることは,一見企業 a にとって不 利益な行動のように見える。しかし,このような戦略的 FDI を実行すると, 次のようなメリットがある。まず,B 国に FDI を行う事によって B 国市場へ 財を供給する限界費用が t からゼロに低下することと,企業 b が A 国への FDI を取止める事によって,企業 b の A 国市場へ財を供給する限界費用がゼロか ら t に上がることである。このため,輸送費 t がある程度高くなる場合,戦略 的 FDI のメリットがデメリットを上回り,企業 a は戦略的 FDI を実行する事 によって利潤を増加させることができるのである。以上のことから,戦略的 FDI を実行する事によってナッシュ均衡が(XI)から(IX)に変化するのは図2(b)の 影のかかった領域となる7)。

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〈研究ノート〉多国籍企業に関する理論モデル研究の展望 75

! R&D 活動の国際化

前節までの FDI の理論モデルでは企業の生産拠点の国外移転について考え られてきたが,近年企業の競争優位の源泉である R&D 活動の国際化が大きな

注目を集めている8)。このような企業の R&D 活動の国際化を取り扱った理論

モデルに Sanna-Randaccio and Veugelers(2002)がある。彼らのモデルは次のよ

うなものである。第Ⅰ国を本国とする多国籍企業と第Ⅱ国に存在する現地企業 の2社が存在する。多国籍企業は第Ⅰ国(親会社)と第Ⅱ国(子会社)にそれ ぞれ生産設備を保有しており,各国の生産設備からその市場に製品を供給する ものとする。一方,現地企業は第Ⅰ国へ輸出を行うことはなく,第Ⅱ国のみに 製品を供給しており,第Ⅱ国において多国籍企業の子会社と現地企業は不完全 競争を行っているとする。第Ⅱ国市場において子会社と現地企業の直面する逆 需 要 関 数 は,そ れ ぞ れ#""!)#!"""$)&!%""!()&""('&"と #""!'#!"""$'&!%""

('&""()& ! "となるとする(ただし,k=c,d )。#""!),#""!'は,それぞれ第Ⅱ国市 場において子会社と現地企業の直面する財価格である。()&,('&はそれぞれ両企 業の財の供給量であり,k は多国籍企業の R&D 活動が本社に集中している状 態における値なのか(k=c),国際化され親会社と子会社に分散している状態 における値なのか(k=d )を示している。"は子会社と現地企業の生産する製 品の差別化の度合いを示しており,"=0のとき両企業の生産する製品は完全 に差別化されているが,"=1のときは完全代替となる。さらに,$)&,$'&は状

態 k における子会社と現地企業の効率性(the effective knowhow base)を示し ており,この値が高いほど各企業の製品に対する需要は大きくなるとする。同 様 に,第 Ⅰ 国 市 場 に お い て 多 国 籍 企 業 の 親 会 社 が 直 面 す る 逆 需 要 関 数 は

7)企業 a の戦略的 FDI によってナッシュ均衡が(XI)から(IX)に変わると,企業 b の利潤は 減少するため,企業 b にとっては追従者より先導者となることのほうが望ましい。ただし, 企業内技術移転の効率性を示すμが0 に近い値をとるとき,企業 a の戦略的 FDI による ナッシュ均衡の変化は企業 b の利潤を増加させることがある。

8)R&D 活動の国際化には企業の R&D 部門を国外に立地する動きと,自社の R&D 活動を 国外の企業にアウトソーシングする動きの二通りあるが,本論文では前者の動きにのみ焦 点をあてて考えていく。

(14)

76 彦根論叢 第363号 平成18(2006)年11月 )"#!""#)&!$"*)&となる。pIは第Ⅰ国市場において親会社が直面する価格, *)&と#)&はそれぞれ状態 k における親会社の生産量と効率性を示している。 多国籍企業はあらかじめ R&D 資源,(を保有しており,この資源を本国のみ で使う(R&D 活動を親会社に集中する)のか,それとも,(のうちの一定割合 αを外国で使うのか(R&D 活動の国際化を行うのか)を選択することができ る。まず,R&D 活動を親会社に集中させるとき,企業内と企業間の知識の流 れは図3のようになる。多国籍企業の親会社における効率性は,自ら保有する R&D資源の量と等しくなるが(#)%#,()。子会社において R&D 活動は行われ ていないため,企業内の知識の流れは親会社から子会社への一方通行となる。 子会社は親会社の効率性のうち,一定割合βIp (≦1)を企業内技術移転(Inter-nal Transfers)によって得ると仮定される(#+%#!"),()。企業内技術移転の費 用はゼロとする。一方,子会社は R&D 活動を行っていないため,子会社と現 地企業間のスピルオーバーは発生せず,現地企業の効率性はあらかじめ自らが 保有する R&D 資源,'のみとなる(#'%#,')。 これに対して,R&D 活動が国際化されるとき,企業内と企業間における知 識の流れは図4のように複雑になる。これは,子会社に R&D 資源が配分され る事によって,多国籍企業内における親会社と子会社間での知識の相互移転と, 子会社と現地企業との間に技術のスピルオーバーが生じるためである。各企業 の効率性は,自らが保有する R&D 資源だけでなく,企業内もしくは企業間か 図3 R&D 活動が本国に集中するケース 図4 R&D 活動が国際化されるケース

(15)

〈研究ノート〉多国籍企業に関する理論モデル研究の展望 77

らどれだけの知識を得ることができるかによって決まる。まず,多国籍企業の

子会社については,子会社の効率性#($は親会社から配分された R&D 資源

")&に,親会社の R&D 資源(1−α))&からの企業内技術移転によって得たβIp

(1

−α))&をまず加える。")&!#"'$!!"%)&##"')&""!!#$ "'%)&!#"')&より,

R&D活動の国際化によって子会社の効率性は R&D 活動が集中している時に

比べて必ず改善することがわかる。さらに,子会社は現地企業からのスピルオー

バーによって効率性を向上することができる(External Transfers)。スピルオー

バーによる効率性の向上は, 現地企業の R&D 資源)%の一定割合βXl

(≦1)に,

子会社の R&D 資源")&を掛け合わせたもの(##%)%")&)とする。これは,

子会社の保有する R&D 資源の量が多くなるほど,現地企業から多くのスピル オーバーを得ることができることを意味している。以上のことから,R&D 活 動が国際化されているときの子会社の効率性は次のようになる。

#($#")&"#"'$!!"%)&"##%)%")& !

同様に,親会社は子会社が現地企業からのスピルオーバーによって改善した

効率性##%)%")&と,親会社から配分された")&を足し合わせたものの一定割

合βIs

(≦1)を企業内技術移転によって得ることができる。このことより,親

会社の効率性は次のようになる。

#'$# !!"$ %)&"#"(")&"#"(##%)%")& "

一方,現地企業は子会社からスピルオーバーを得ることができる。スピルオー バーによる効率性の向上は,子会社の R&D 資源")&の一定割合βXs (≦1)に 現地企業の R&D 資源)%を掛け合わせたもの(##(")&)%)とする。このことよ り現地企業の効率性は次のようになる。 #%$#)%"##(")&)% #

このようなモデルの設定をもとに,Sanna-Randaccio and Veugelers はどのよ うな条件が成立すれば多国籍企業は R&D 活動を国際化するのかを分析した。 まず,R&D 活動の国際化によって子会社の利潤が増加する条件が次のように 導出される。

(16)

78 彦根論叢 第363号 平成18(2006)年11月 βIp ,βXs ,βXl ,#≦1より,子会社が現地企業からほとんどスピルオーバーを 得ることができず(βXl が非常に小さい),多くの R&D 資源を持つ現地企業が 子会社の代替製品を生産し,子会社から大きなスピルオーバーを得ている(# βXs と'%が非常に大きい)様な状況でない限り,#式は成立することがわかる。 !式が示すように,R&D 活動の国際化は,本国からの R&D 資源の移転と, 現地企業からのスピルオーバーによって子会社の効率性を必ず高める("&$! "&#)。その一方で,"式が示すように,親会社から子会社への R&D 資源の移 転はスピルオーバー効果によって現地企業の効率性をも高めるが("%$!"%#), 非対称な企業間スピルオーバーによって現地企業の効率性が子会社に比べて大 いに高まらない限り,子会社の利潤は R&D 活動の国際化によって増加するこ とを#式は示している。 一方,R&D 活動の国際化によって親会社の利潤が増加する条件は次のよう になる。 "!&""%' %"" # $!"!! $ βIs ,βXl ≦1より,子会社から親会社への企業内技術移転の度合い(βIs )が非 常に低い,もしくは子会社が現地企業より得るスピルオーバーの度合い(βXl' %) が非常に小さいときには$式が成立せず,R&D 活動の国際化によって親会社 の利潤は減少する事になる。これは次のような理由である。親会社から子会社 への R&D 資源の移転は,子会社の効率性を高める効果を持つが,親会社の効 率性は R&D 資源の移転によって減少する。このため,R&D 活動の国際化に よって親会社の効率性が高まるためには,R&D 資源移転によるマイナスを上 回る子会社からの企業内技術移転が必要となってくる。したがって,子会社か ら親会社への企業内技術移転の度合いや,子会社が現地企業から得るスピル オーバーの度合いが小さい時には,R&D 活動の国際化は親会社の利潤を減少 させる事になるのである。 以上のことから,子会社と現地企業間のスピルオーバーに大きな非対称性が 存在せず,子会社から親会社への企業内技術移転がある程度効率的に行われる 時,多国籍企業は R&D 活動を国際化する誘因を持つようになることがわかる。

(17)

〈研究ノート〉多国籍企業に関する理論モデル研究の展望 79 R&D活動の国際化は,親会社から子会社への R&D 資源の移転によって子会 社の効率性を高める一方で,子会社が得た現地企業からのスピルオーバーが企 業内技術移転を通じて親会社へとフィードバックすることによって親会社の効 率性の向上にもつながる効果を持つ。このことは,親会社と子会社間で知識を 相互交換する事によって企業全体の競争力を向上させていくという,浅川 (2006)の述べる「オーケストレーション」に符合していると考えられる。 ! 今後の理論研究の展望 本稿では,企業内・企業間の知識の流れに注目して,多国籍企業の FDI や R

&Dの国際化の決定に関する3つのモデルを紹介した。従来の FDI

理論は,Mar-kusen(2002)に代表されるように,輸送費と工場設立のための固定費との関 係によって多国籍企業は FDI か輸出の選択を行っていたが,企業内技術移転 の効率性や企業間のスピルオーバーの存在を考慮するとその結論は変わってく る。第Ⅱ節では,FDI による企業の多国籍化と R&D 投資との相互連関を示す モデルについて,企業内技術移転の費用や企業間スピルオーバーの存在が企業 の R&D 投資量と FDI 選択にとって負の影響を与えることを示した。逆に第Ⅲ 節で示したモデルでは,技術獲得型 FDI の存在を考慮する事によって,企業 間スピルオーバーの存在が逆に FDI の誘因となることを示した。さらには, 技術獲得型 FDI を防ぐための戦略的 FDI の存在までも考慮されており,企業 間スピルオーバーの存在を加える事によって FDI の目的が多様化することが 示された。そして第Ⅳ節では,子会社の競争力強化と現地企業からの技術獲得 を目的とした R&D 拠点の国際化をモデル化することによって,これまでのモ デルよりも企業内・企業間の知識・技術の流れがより明確に考慮することがで きることが示された。 最後に,今後の理論研究の展望について述べていきたい。今後の理論研究の 課題としてまず挙げられることは,多国籍企業の生産拠点・R&D 拠点の立地 の多様化の考慮である。第Ⅱ節と第Ⅲ節で紹介したモデルでは,外国市場に対 して FDI を行うのかもしくは輸出を行うのかという生産拠点の国外移転の選

(18)

80 彦根論叢 第363号 平成18(2006)年11月 択のみが考慮されており,R&D 拠点の立地は考慮されていなかったのに対し, 第Ⅳ節で紹介したモデルでは,生産拠点はすでに両国に立地しており,R&D 拠点をどのように配置するのかについてのみ考慮されていた。しかし,このよ うな分析では,本国に R&D 拠点を残してすべての生産を国外で行うような多 国籍企業や,生産は国内で行うが R&D 拠点は国外に設置するような多国籍企 業について考慮することはできない。分析の目的に応じて多国籍企業の立地パ ターンを限定することは,理論モデルの構築において必要なことではあるが, すべての選択肢を考慮に入れた上で生産拠点と R&D 拠点の最適立地がどのよ うに決定されるかを示す統合的な理論モデルの構築は今後必要である。これま での研究では,Gersbach-Schmutzler(1999)が3国モデルを用いて生産拠点・ R&D拠点の立地と企業間・企業内スピルオーバーとの関係について分析して いるが,今後より精緻な分析手法の発展が望まれる。 また,第Ⅳ節のモデルでは,すでに保有している R&D 資源を親会社と子会 社にどのように配分するのかによって R&D 活動の国際化をモデル化していた が,R&D 資源の量は外生変数として与えており,R&D 投資については考慮し ていなかった。モデルを見る限り,本国の R&D 投資によって得た R&D 資源 を子会社にどのように分配するかを考慮しているように思われるが,R&D 拠 点を本国と外国に置く場合,R&D 投資自体も本国と外国で別々に行うのか, それとも R&D 投資は本国で行い外国の R&D 拠点は R&D 資源の受け皿として 扱うのか,またはその逆なのかということも,多国籍企業内の知識の流れを考 える際に必要となるであろう。 今後の理論研究に関する2つ目の課題はスピルオーバーの内生化である。こ れまでの分析では企業内・企業間のスピルオーバーの程度は主に外生的なパラ メーターによって決定されていた。しかし,近年産業組織論における理論モデ ルの研究では,この企業間のスピルオーバーを内生化しようという試みが行わ れている。その基礎となる考え方は,Cohen-Levinthal(1989)による。彼らは R&D活動には自ら新しい知識や技術を開発する面と,ライバル企業や外部の 研究機関から技術を吸収する面があることを指摘し,R&D 投資は新技術の開

(19)

〈研究ノート〉多国籍企業に関する理論モデル研究の展望 81 発能力と外部からの技術吸収力の二つを強化すると考えた。これを受けて, Grunfeld(2003)は複占競争を行う第 i 企業の限界費用を c - xi-θ(xixjと仮定し た(ただし,!!!$" #!")。c は R&D 投資が行われない時の限界費用,x# ixjはそれぞれ自らの R&D 投資量とライバル企業の R&D 投資量を示す。θは 企業間のスピルオーバーの程度を示すパラメーターだが,第Ⅱ節のモデルでは これが外生変数だったのに対し,Grunfeld はこれが自らの R&D 投資によって 決定されるとした。彼はこのように企業間スピルオーバーを内生化することに よって,スピルオーバーが外生化されている時にはスピルオーバーの存在は必 ず R&D 投資を減少させるように働いていたのに対し,市場規模が小さい時に はスピルオーバーの存在が R&D 投資を増加させることを示している。また

Cassiman, Perez-Castrillo and Veugelers(2002)は,企業の R&D 投資を企業独自

の技術開発のための投資(Applied R&D)と,外部の研究機関などの知的資本

から知識・技術を吸収するための投資(Basic R&D)とに分け,R&D 予算をこ れら二つの投資にどのように配分するのかを分析している。このように,近年 産業組織論ではスピルオーバーの内生化の試みが行われ始めているが,多国籍

企業の FDI や R&D 投資に関する研究に関しては Grunfeld(2002b)などまだ

わずかである。今後,産業組織論における議論が多国籍企業の分析にも次々と フィードバックされることが予想される。

さらに,産業組織論においては,企業間のスピルオーバーが存在する時,企 業がリサーチ・ジョイント・ベンチャーを組む事によって個々の企業の R&D 投資は増加することが一般的な結論として得られている(d’ Aspremont and

Jac-quemin(1988)など)。多国籍企業同士の戦略的提携・共同開発が活発に行わ れている現状を考えると,多国籍企業同士の協調行動も FDI や R&D 投資の分 析に取り入れる必要があると考えられる。また R&D 拠点同士の「オーケスト レーション」を考える際,親会社と子会社がリサーチ・ジョイント・ベンチャー を組むと考える事によって複数の R&D 拠点の協調が多国籍企業の競争優位を 形成する様子をモデル化できるのではないかと考えられる。 今後の理論研究に関する3つ目の課題はスピルオーバーを阻止する企業行動

(20)

82 彦根論叢 第363号 平成18(2006)年11月 の考慮である。企業はスピルオーバーによってライバル企業から技術や知識を 得て利益を得ようとする反面,自らの保有する技術や知識がライバル企業へと 流出することは防ごうとする。第Ⅲ節のモデルでは,ライバル企業に技術獲得 型 FDI を行われることによる損失を防ぐための戦略的 FDI を紹介したが,ラ イバル企業へのスピルオーバーを防ぐための行動は考慮されてなかった。これ

に対し,Cassiman, Perez-Castrillo and Veugelers(2002)や Attalah(2004)らは

技術流出を防ぐ(Protection)ための投資をモデル化しており,知的所有権など の法的な保護と技術流出を防ぐための企業の行動との関係を分析している。一

方,Fosfuri, Motta and Ronde(2001)や Glass and Saggi(2002)は多国籍企業か

ら現地企業への労働移動によってスピルオーバーが発生するモデルを用いて, 現地企業の技術吸収力が低いとき多国籍企業は労働者に支払う賃金にプレミア ムをつける事によって現地企業への労働者の流出を防ぐことができることを示

している。また,Huizinga(1995)や Mukherjee and Mukherjee(2003)などでは,

現地企業へのスピルオーバーによる損失を防ぐために,親会社の持つ最新の技 術をそのまま移転するのではなく質の低い技術を移転しようとすることが示さ れている。このように,企業間のスピルオーバーを考慮する時には,他社から 技術を吸収するための行動だけでなく,他社への技術流出による損失を防ぐた めの行動も考慮しなければならない。 参考文献

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参照

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