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原発性甲状腺機能低下症に伴った思春期早発症の1例

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症例報告 〔東女医大誌 第62巻 第11号頁1500∼1504平成4年11月〕

原発性甲状腺機能低下症に伴った思春期早発症の1例

東京女子医科大学 小児科学教室(主任:福山幸夫教授)  ヨシダ  レイコ イズミ  タツロウ フクヤマ ユキオ

 吉田 玲子・泉  達郎・福山 幸夫

(受付平成4年8月14日)          はじめに  小児の原発性甲状腺機能低下症では一般に思春 期の発来は遅延するが,まれに思春期早発症を呈 してくる症例があることが知られている.また Barnesら1)は,骨年齢で見ると原発性甲状腺機能 低下症の57%に性早熟の兆候が見られると報告 し,その病態は決して珍しいものではないとした. しかし本邦では,小児の原発性甲状腺機能低下症 に明らかな思春期早発症を伴った症例の報告は1 例のみである.今回我々は思春期早発症の精査で 入院し,甲状腺機能低下症がその一次的原因と確 定した症例を経験したので報告する.          症  例  症例:8歳8ヵ月女児.  主訴:性器出血,乳房腫大.  家族歴:姉2人目初潮12歳,母の初潮14歳.甲 状腺疾患,自己免疫疾患など特記すべきことなし.  既往歴:胎生期,分娩時,特記すべきことなし. 38週4日2,600gにて出生.3歳頃より小柄だった こと以外,精神運動発達に特に遅れなし.  現病歴:8歳4ヵ月頃より乳房部の腫大に気付 かれ乳腺痛を伴った.1∼2週間後,性器出血が 出現し10日持続,某病院産婦人科受診,超音波検 査により右卵巣腫瘍を疑われ,経過観察されてい た.8歳8ヵ月,再び性器出血が出現し7日間続 いたため当科受診し,精査のため入院となった.  現品:緩慢なしゃべり方のおとなしい女児.身 長116cm(一1.9SD),体重21kg(一1.OSD),乳房 および乳頭は小さく隆起し,色素沈着を伴った乳 輪の増大が見られた(Tannerの分類II度).恥毛 は極細いものが数本まばらに見られた(Tanner lI 度).腋毛は認められなかった.また腹部は膨隆し 表 内分泌学的検査

HCG

LH

FSH プロラクチン プロゲステロン E2 E3 尿中HCG 〃 E2 ”E3 〃 17KS 〃 170HCS  1.OmIU/m1以下(5.0以下)  20mIU/m1  (1.9±2.1)  18mIU/ml  (5.3±2.8)  ≦塾し      (5.1±0.7) 0.2ng/m1以下 (一) 10.Opg/Inl以下 (12.2±8.6) 5.Opg/ml以下 (一) 5.OmIU/m1  (一) 0.302μg/day    (mea血1.2) 0.144μg/day   (mean 2.1) 0.6mg/day  (0.56∼2.42)  1.6mg/day  (2.9±0.88)

TSH

T3 T4 T3U fT4 サイロイドテスト マイクロゾームテスト 抗サイログロブリン抗体 100ng/dl 25.6% 25,600倍 (8.0以下) (90∼170) (4,5∼13.0) (23∼34) (1.03∼2.42) (一) 迦   (L5以下) Reiko YOSHII)A, Tatsuro IZUMI and Yukio FUKUYAMA〔Department of Pediatrics(Director:Prof. Yukio FUKUYAMA),Tokyo Women’s Medical College〕:Acase of precocious puberty associated with primary hypothyroidism

(2)

443 ていたが,腫瘤は触知されなかった.甲状腺腫な し.その他神経学的所見に異常はなかった.  検査所見:骨年齢;5歳8ヵ月.知能指数; WISC・R知能検査,言語性IQ=68,動作性IQ= 62,全IQ=59.内分泌検査(表);血中LH 20 mIU/ml, FSH 18mlU/ml,プロラクチン90ng/ml τSH (μU〆mの 3500 3000 2000 等00D 500  皇 TSH o「ρ一一〇一璽一冒。幅雪一一〇一r__o 、臓 300 200 100 Vor 1530  6D  90  120(min,} Pro曇actin   むコロサ ぴ”   囎Q’一一一〇一一一つ FSH (mlU/mの  70 60 50 40 30 20 10 FSH 。一一一◎璽塵『o冒一一一〇一一一_o LH (mlU〆mの  70  60  50  40  30  20  10 Vor 15 33    60    90    120(min.) LH 一一一〇一一一,o、㌔ 〇一      ℃冒一一曹。  V㏄15 30  EO  90  120(mi”,)       Vor 15 30  60  90  120(min,}   図l TRH負荷試験(TRH 100μg IM) 一●一:治療前(8歳8ヵ月),…○一一一:T、補充療法後 (9歳3ヵ月) と前思春期の同年齢の女児と比べ高値で,特にプ ロラクチンの異常高値を認めた.またTSH 540 μU/mlと高く,T3100ng/dl, T3 U 25.6%と正常, T、2.7μg/d1, free T40.66ng/mlと低値であっ た.マイクロゾームテスト25,600倍,サイロイド テスト陰性,抗サイログロブリン抗体3.4μg/m1 と陽性であった.TRH負荷試験(図1,実線); TSH, RPLは過剰反応を示し, FSHも軽度上昇 した.LH−RH負荷試験(図2,実線);FSH過剰 反応,LH無反応であった.甲状腺シンチグラムで は甲状腺は正常位置に良好に描出され,1231摂取 率は24時間値で24%と正常であった.  経過:以上のことより,原発性甲状腺機能低下 症(橋本病)による思春期早発症と診断し,チラー ジンS25μg/日より投与開始し徐々に増量した が,それに伴ってTSH,プロラクチン, LH, FSH は低下,T3, T4は上昇し正常範囲となった(図3). また投与開始後は性器出血も見られず,半年後の

9歳3ヵ月時には,身長は約7cm増加123.2cm

(一1.5SD),骨年齢も5歳8ヵ月より6歳10ヵ月 と進み,乳房肥大,恥毛も消失していた.また腹 部エコー検査では卵巣腫大も消失していた.内分

泌学的にはTRH負荷試験(図1,破線)では

TSHの前値は正常であるが全体に低反応,プロ ラクチンは正常反応.LH−RH負荷(図2,破線) ではLH, FSHの前値は正常範囲で, FSHの軽度 上昇を見た.その後13歳0ヵ月時に月経富来を見 PRL (ng!mの 700 600 500 400 300 200 100 駐 Prolactin O_一一C一一一一〇一一一〇一9−O FSH (mlu/mの  70 60 50 40 30 20 10 V併 15  30     60     90     120くmin,) o, ’ 〆 ! ρ’ FSH  ,一〇一一囎rD ,o” LH (mlU/mの  70 60 50 40 30 20 10 Vor τ5  3α     60     90     120〔min,) LH  /。一幅一一。曹一一一。’\。 o’ノ Vor 15 30  60  90  120(mln,)     図2 LH−RH負荷試験(LH・RH 80μg IM) 一●一:治療前(8歳8カ,月),…○一一一:T4補充療法後(9歳3ヵ月) 一1501一

(3)

   μ9 ThyradめS100  投与量50   S601/92/1      3/4 ・SH 511λ柴 μU/・240 、一一一一一一一   20 4擁  駿

副L===二=二

級 L∠===_

鷲しこ____

micro5㎝e 25600x    25600x 25600× 25600x te5t      図3 退院後経過 ている.身体発育は,1992年4月,15歳9ヵ月の 時点で身長158.5cm(+0.2SD)体重41.5kg(一1.1 SD)と正常である.しかしWISC−Rによる全IQ は改善せず,治療前の8歳9ヵ月時IQ59,治療開 始1年後の9歳9ヵ月時IQ 44,最終検査11歳1 ヵ月時IQ 40と逆に徐々に低下傾向を示した.          考  察  重症の甲状腺機能低下症では,身体発育,骨年 齢とも遅れている.そこで性発達と骨年齢の関連 から見て,乳房発達や睾丸の発達を注意深く観察 すれぽ性早熟症は決してまれではないといわれ る1).しかし一般的な思春期早発症の原因からみ ると甲状腺機能低下症によるものはまれであり, また卵巣の腫大や,トルコ鞍の拡大が見られるこ とが多いため,卵巣腫瘍や下垂体腺腫による性早 熟症と診断され,不適切な治療を受けていること がある.我々の症例も他院にて,卵巣腫瘍の疑い で経過観察されていた.本症における性早熟は, 甲状腺ホルモンの補充療法で甲状腺機能低下の症 状と共に速やかに消失するものであり,患児や家 族の精神的苦痛を考えると早急に診断し治療に結 びつける必要がある.甲状腺機能低下症に伴う性 早熟症の臨床的特長とは,女子では乳房の発達, 乳漏症,小陰唇の発達,早発月経,嚢胞を伴う卵 巣腫大,男子では睾丸,陰茎の肥大であり,両者 とも性毛の発育は乏しいとされる.また,トルコ 鞍の拡大が約半数に見られる2).基礎疾患である 甲状腺機能低下症のため,骨年齢の遅れが見られ, 思春期発来前の身長増加のスパートも見られない ことは,診断上,他の原因による思春期早発症と の鑑別に重要な特長である.  甲状腺機能低下症における思春期早発症の発現 機序としては,①下垂体におけるフィードバック 機構は各丸ごとに厳密な特異性を持っておらず, 負のフィードバックによるTSH分泌二進に伴い

多種類の下垂体ホルモンが産生されるという

説3),②負のフィードバックによりTSHの分泌が

充進しTSHと共通のα一subuitを有するLH,

FSHも産生されるという説4),③TRHとLH−

RHの分泌中枢が接近しているために, TRH分

泌充進に伴ってLH−RHの分泌も充進しゴナド

トロピンの分泌を促進するという説‘),④TRHに よって分泌充進されたPRLが直接ゴナドトロピ ン(FSH)を誘導するという説1)5)6),⑤甲状腺ホル モンの低下により性ステロイドの代謝が遅延する という説6)7),⑥甲状腺機能低下状態ではゴナドト ロピンに対する性腺の感受性が高くなるという説 など1)4)8),様々なものがあり,未だ不明な点が多 い.  内分泌学的検査では,過去に報告された症例で は,血清TSH, PRLの高値は測定された例のほと んどで見られるが,ゴナドトロピンについては, FSH, LH両者とも上昇しているもの, FSHのみ が上昇しているもの,LHのみ高いものなど様々 である.我々の症例では,TSH, PRLは異常高値 を示し,FSH, LHはともに上昇していた.また TRH負荷試験では, TSH, PRLの過剰反応とと もにFSHが上昇, LHは無反応だった. LH−RH 負荷試験では,FSHの過剰遅延反応, LHは無反 応であった.以上より,上例では基礎値はLH,

FSHともに上昇しているが, LHに比しFSHが

優位に分泌貯蔵されていると考えられた.  外来性のTRHは, TSHのみではなく,プロラ

(4)

445 クチンの分泌も刺激する.したがって,負のフィー

ドバックによって分泌が充進しているTRHに

よって,プロラクチンの分泌が刺激されることは 確かである.しかしJacobsら9)によれぽ成人の慢 性の甲状腺機能低下症の患者では,正常範囲か正 常よりやや高めという程度であり,また別の報告 では治療されていない甲状腺機能低下症では0

∼30%に高プロラクチン血症が見られると言

うlo).これに対し性早熟症を示してくる症例では, プロラクチンの異常高値がほとんどの例で見られ ており一部の症例で見られる乳汁分泌の原因と考 えられる.性早熟症を示した例では甲状腺機能低 下が長期間続いた例が多く,TSHの過剰分泌で 増大した細胞が下垂体の茎を圧迫し,プロラクチ ンの分泌を増大させるという役割も唱えられてい る.このように,プPラクチソの高値については 諸家の意見は一致を見ているが,ゴナドトロピン の高値についてはいろいろな説がある.Van Wyk ら3)は,下垂体におけるフィードバック機構には 厳密な系特異性がなく,負のフ冠一ドパックで TSHが過剰に分泌されると同時に,他の下垂体 ホルモンも過剰に産生される可能性を示し,その 後多くの報告者に支持されている.しかしこれら の症例でFSH, LH以外の下垂体ホルモンが上昇 しているという報告はなく,Eversら4)は分子構造 上,TSHとαサブユニットが共通であるFSH, LHが過剰に分泌されるのではないかとした.こ の説では,過去の報告例で,FSH, LHの値にぱ らつきがあることの説明には適していると思われ る.  また未熟なラットにプロラクチンを皮下に注 射,あるいは視床下部に埋め込むことによって

FSHが上昇し思春期が発来するという報

告11)∼13),甲状腺機能低下状態にした動物の性腺は ゴナドトロピンに対する感受性が増加し,またそ れは,甲状腺機能低下状態の期間が長いほど著明 であるという報告14)15)より,Barnesら1)は甲状腺 機能低下が長く続くことによって上昇したプロラ クチンが直接FSHを増加させ,ゴナドトロピン 刺激に感受性の増加した性腺は,男児では睾丸の 肥大,女児では嚢i胞形成を伴った卵巣腫大となり, エストロゲン産生を来すものと考えた.またその エストロゲンの作用により,乳房の発達や,性器 出血を来すとした.我々の症例でもFSHの分泌 上昇を認め,Barnesらの説が本症例の病態を良く 説明するものと考えた.  甲状腺機能低下症の発症時期に関しては,後天 性の場合は徐々に機能低下状態に陥るため特定す るのは困難なことが多い.年例においても生来お となしい児ということで,特に動作の緩慢さや知 能低下については気づかれていなかった.成長曲 線にて身長の伸びが鈍化した時点が認められれぽ その時期を推定することもでぎるが,本例におい ては,過去の身長の推移が確認できなかった.し かし甲状腺ホルモンの補充療法開始後も,知能指 数の改善は見られず,軽度から中等度の精神遅滞 を残したことを考えると,甲状腺ホルモンの欠乏 状態は乳幼児期,少なくとも3歳以前には存在し たのではないかと思われた.  本論文の要旨は,第351回日本小児科学会東京都地 方会(1985年7月13日 駿河台日大病院)で発表した.          文  献  1)Barnes ND, Hayles AB, Ryan RJ:Sexual   maturation in juvenile hypothyroidism. Mayo   Clin Proc 48:849−856, 1973  2)新美仁男:甲状腺疾患に伴う性成熟の異常.「性の   分化と成熟の異常」小児科Mook,59,(日比逸郎   編),pp219−228,金原出版,東京・大阪・京都(1990)  3)Van Wyk JJ, Grumbach MM:Syndrome of   precocious menstruation and galactorrhea in   juvenile hypothyroidism:An example of hor・   monal overlap in pituitary feedback. J Pediatr   57:416−435, 1960  4)Evers JLH, Rolland R:Primary hypothyr・.   oidism and ovarian activity:Evidence for an   overlap in the synthesis of pituitary glyco・   proteins. Br J Obstet Gyneco188:195−199,1981  5)Costin G, Kershnar AK, Kogut MD et aL   Prolactin activity in juvenile hypothyroidism   and precocious puberty. Pediatrics 50:   881−889, 1972  6)Hemady ZS, Siler・Khodr TM, Najjar S:   Precocious puberty in luvenile hypothyroidism,   JPediatr 92:55−59, 1978  7)Jones RG:Effect of a pituitary gonadotro−   phin on the ovaries of hypothyroid rats. Endo一 一1503一

(5)

crinology 54:464-470, 1954

8) Wood LC, Olichney M, Locke H et al:

drome of juvenile hypothyroidism associated

with advanced sexual development. J CIin Endocrinoi Metab 2511289-1295, 1965 9) Jacobs LS, Snyder PJ, Wilber JF et al:

Increased serum prolactin after administration

of synthetic thyrotropin releasing horrpone (TRH) in man. J CIin Endocrinol Metab 33 1 996-998, 1971

10) Honbo KS, VanHale AJ, Kellet KA : Serum

prolactin in untreated priamry hypothyroidism,

Am J Med 64 : 782-787, 1978

11) Clemens JA, Minaguchi H, Storey R et al :

Induction of precocious puberty in female rats by prolactin. Neuroendocrinology 4 : 150-156,

1969

12) Voogt JL, Clemens JA, Meites J: tion of pituitary FSH release in immature female rats by prolactin implant in median eminence. Neuroendocrinology 4 1 157-163, 1969

13) Voogt JL, Meites J : Effect of an implant of

prolactin in median eminence of

pregnant rats on serum and pituitary LH, FSH and prolactin. Endocrinology 88 : 286-292, 1971 14) Mandl AM : Factors infiuencing ovarian sitivity to goadotrophins. J Endocrinol Z5 l

448-45Z 1957

15) Janes RG: Effect of a

phin on the ovaries of hypothyroid rats.

oendocrinology 8:273-288, 1971

参照

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