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革命叙事と女性兵士  ――中国のプロパガンダ芸術における戦闘する女性像(田村容子)

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Academic year: 2021

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近年、中国において製作された日中戦争を描く大作映画 で は、 「南 京 事 件」 と い う 戦 争 の 記 憶 が 繰 り 返 し 語 ら れ る。 た と え ば、 『南 京! 南 京!』 (陸 川 監 督、 二 〇 〇 九) と 『金 陵 十 三 釵』 (張 芸 謀 監 督、 二 〇 一 一) の 二 作 は、 物 語 前 半において早々に中国人の男性英雄が戦死し、そのため物 語後半では中国人女性が救済者の役割を担う、という共通 点が指摘されている (賀桂梅 二〇一二) 。 二作の描く日中戦争の記憶には、いずれも女性の叙事が 男性英雄の叙事に代替する特徴を見出すことができる。映 画の中で、西洋人の庇護下におかれた空間に侵略する日本 兵に立ち向かうのは、中国人男性英雄ではない。南京に取 り残された人々、とりわけ少女を守る救済者の役割は、日 本軍に身を挺する妓女によって担われるのである。 現代の中国において、戦争の記憶が不在の男性主体の叙 事として語られ、その一方で、妓女がネーションの化身と して描かれるのはなぜなのだろうか。この問いにこたえる ためには、二〇世紀後半の中国において繰り返し語られて き た、 「建 国 神 話」 と し て の 革 命 叙 事 と、 そ こ に 描 か れ る 女性像について再考せねばならないだろう。本稿では、一 九六〇年代から七〇年代にかけて、中国共産党のプロパガ ン ダ を 目 的 と し て 作 ら れ た 舞 台 芸 術 作 品「革 命 模 範 劇」 (中 国 語 で「様 板 戯」 ) を 取 り 上 げ る。 革 命 模 範 劇 の 多 く は、日中戦争もしくは国民党対共産党の内戦を背景に、共 産党員の男性英雄の活躍を描く。以下、革命模範劇に見ら

特集1

戦争

記憶

旧ソ連 ・ 中国 ・ ベトナムを比較する

革命叙事

女性兵士

︱︱中国

芸術

戦闘

女性像

田村容子

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れる女性像とその身体の喚起する想像が、いかにして戦争 の記憶を語り、革命叙事として形成されたのかを見てゆき たい。

革命模範劇

女性像

中国共産党

京劇改革

  まず、革命模範劇が作られた経緯について、簡単に流 れ を ふ り 返 っ て お く (牧・ 松 浦・ 川 田 二 〇 〇 〇: 一 五 九 ― 一九五 ; 傅謹 二〇〇二 ; 師永剛・張凡 二〇〇九 ; 李松 二〇 一一a ; 二〇一二 ) 。 二〇世紀初頭から、西洋体験を持つ中国知識人によって 京劇 * 1 改良が唱えられていたが、日中戦争期に、京劇は「大 衆」向け抗日プロパガンダの機能を担うこととなった。そ の 後、 一 九 四 二 年、 「延 安 文 芸 座 談 会」 に お い て 毛 沢 東 が 後 に『文 芸 講 話』 と 題 さ れ る 方 針 を 提 出 し (一 九 四 三 年 一 〇 月 一 九 日『解 放 日 報』 に 掲 載) 、「わ れ わ れ の 文 芸 が、 基 本 的 に は 労 働 者・ 農 民・ 兵 士 の た め の も の で あ る」 (毛 沢 東 一九五六:二九) と共産主義下の文芸の方向性を指し示 す。一九四九年に中華人民共和国が成立すると、京劇を中 国共産党のプロパガンダ芸術に改革しようとする動きは加 速する。 一 九 五 八 年、 「大 躍 進 * 2 」 政 策 の 始 ま っ た 年 の 六 月 か ら 七 月にかけては、現代生活を題材とする伝統演劇の創作が活 発 化 し、 京 劇 の 現 代 物 で あ る『白 毛 女』 な ど が 好 評 を 博 す。しかし、大躍進の失敗の後、一九六〇年代には京劇は 「現 代 物、 伝 統 演 目、 新 編 歴 史 劇」 の 三 つ の 路 線 を 推 進 す る「三并挙」に方向転換した。大躍進失敗により自己批判 をせまられた毛沢東は、一九六三年より演劇改革を強く主 張し、自らの復権をはかろうとする。 一九六四年、北京で「全国京劇現代物コンクール」が開 催されると、革命模範劇の原型となる作品が上演され、京 劇の現代物の芸術性を確立したと演劇関係者からも評価さ れ た。 そ の 後、 こ れ ら の 作 品 に は 度 重 な る 改 編 が 加 え ら れ、革命模範劇として作りかえられていくのである。

革命模範劇

誕生

革 命 模 範 劇 と「文 化 大 革 命」 (略 称「文 革 * 3 」) は、 切 り 離 せない関係にある。一九六六年に文革が始まると、翌六七 年には『文芸講話』発表二五周年を記念して北京で以下の 八作品が合同上演され、このときに正式に「様板戯」と命 名された。なお、中国語で「様板」とは「模範」の意であ る。

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革 命 現 代 京 劇 『 智 取 威 虎 山 』『 紅 灯 記 』『 沙 家 浜 』『 海 港 』 『奇襲白虎団』 革命現代バレエ『紅色娘子軍』 『白毛女』 革命交響音楽『沙家浜』 「八 つ の 模 範 劇 * 4 」 と も 呼 ば れ た こ れ ら の 作 品 は、 映 画 化 され、第二次模範劇 * 5 とともに、文革期に中国全土で繰り返 し 上 映 さ れ た。 ま た、 革 命 模 範 劇 は プ ロ の 俳 優 の み な ら ず、地方の文芸工作隊や農村、学校などでアマチュア俳優 によっても演じられた * 6 。 映画化された革命模範劇の特徴は、以下のようにまとめ られる。 ①中国共産党の軍あるいは軍と連絡を取る地下党員が活 躍する。 ② 敵 (日 本 軍、 国 民 党、 地 主、 軍 閥 な ど) に よ る 苦 し み を訴え、敵との闘争と勝利によって共産党政権の正統 性を示す。 ③善玉と悪玉の区別を類型的に示す。 ① に つ い て は、 地 下 党 員 の 活 躍 を 描 く 革 命 模 範 劇 は プ ロットにスパイ物の要素を持ち、地下党員が工員などに身 をやつしている設定が非常に多い。これはプロットの起伏 を構成する要素ともいえるだろう。 ②は日中戦争・国共内戦の記憶を「建国神話」化するた めの手続きであり、敵が強大であればあるほど、叙事の主 体 で あ る 英 雄 が 勝 利 し た 際 の カ タ ル シ ス は 大 き く な る (杉 山 二〇〇四:三三四) 。 ③は革命模範劇の前身にあたる京劇の役柄類型 * 7 を応用し たものである。とりわけ、一九六八年より提唱された「三 突 出」 理 論 * 8 (あ ら ゆ る 人 物 の 中 で 正 面 人 物 を、 正 面 人 物 の 中 で も 重 要 な 英 雄 人 物 を、 重 要 人 物 の 中 で も も っ と も 重 要 な 中 心 人 物 を 突 出 さ せ る) は、 英 雄 人 物 を 教 条 的 に 描 く 手 法 といえ、たとえば一九七四年に映画化された『平原作戦』 では男性英雄が複数登場し、その序列化された構造が特徴 となっている。

革命模範劇

女性像

次に、革命模範劇に描かれる女性像について見てゆきた い。まずは、先行研究に指摘される女性像をまとめておく ( 牧 ・ 松 浦 ・ 川 田 二 〇 〇 〇 : 一 八 四 ; 謹 二 〇 〇 二 : 一 四 一 ) 。 ①英雄はほぼ単身者として描かれ、男女の愛情や両性の 交流、平等な両性関係は存在しない。 ②女性の英雄はその成長過程において次第に女性的特徴 を薄め、男性英雄の行動パターンや価値観に同一化す る。 ③女性性を備えた人物は革命の従属的立場に立つことし か許されず、共産党に指導される側に立つことによっ

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て、女性的特徴を描くことが可能となる。 先述したように、革命模範劇の女性像もまた、京劇の役 柄類型を部分的に引き継いでいる。たとえば、歌唱の演技 を中心とし、主役級の女性を演じる役柄「青衣」の演技術 を身につけた女優は、模範劇においても主役級の女性を演 じ る。 同 じ く 歌 唱 の 演 技 を 中 心 と す る「老 旦」 (老 女 役) は、歌声の力強さが観客に訴える効果を持つため、その演 技術は敵に屈しない老女の役柄に応用された。 すなわち、革命模範劇の人物像や演技術は、一八世紀末 から二〇世紀にかけて形成された京劇のコードの換骨奪胎 によって成り立っていると考えられる。先行研究に述べら れるような「女性性」とは、革命模範劇においては髪型に よってコード化されており、その役柄類型は以下のように 分類することが可能である * 9 。 A、 (お げ) (未 婚) :『智 山』 〔小 常宝〕 、『紅灯記』 〔李鉄梅、一七〕 、『紅色娘子軍』 〔呉清 華、 八〕 、『白 女』 〔喜 児〕 、『平 原 作 戦』 〔小 英、 一 八〕 、『草原児女』 〔斯琴〕 (図1、左) B、 (お ぱ) (寡 婦) :『紅 軍』 〔連 長・ 華〕 、『海 港』 〔方 珍〕 、『龍 江 頌』 〔 江水英 〕、 『杜鵑山』 〔 柯湘 、三〇〕 (図2) 図1 A・D『紅灯記』左:李鉄梅、右:李奶奶 (出所)張雅心 2009:72 図2 B『紅色娘子軍』連隊長と呉清華 (出所)張雅心 2009:202

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C、 (お ご) (夫 在) :『沙 浜』 〔阿 嫂〕 、『沂蒙頌』 〔英嫂〕 、『紅雲崗』 〔英嫂 * 10 〕 (図3) :『 』〔 〕、 』〔 〕、 』〔 〕、 『 平 原 作 戦 』〔 張 大 娘 、 五 〇 余 〕、 『 磐 石 湾 』〔 曾 阿 婆 〕 ( 図 1 、 右 ) *〔   〕内は登場人物名、漢数字は年齢設定、傍線は寡 婦、明朝体は第二次模範劇を示す。 革命模範劇において、髪型、とりわけ黒髪の割合は、女 性性を示す重要なコードである。そもそも、模範劇に先駆 けて作られ、一九四五年から文革期にかけて歌劇、映画、 革命現代バレエへと形を変えた『白毛女』では、地主に凌 辱され、山中へ逃げ込んだヒロインの黒く長い髪と体毛が 白髪になるプロットが、地主の抑圧と共産党による解放の 象徴として繰り返し語りなおされた * 11 。 模 範 劇 に お い て は、 黒 髪 の 割 合 は 男 性 英 雄 に よ っ て 救 済、あるいは教導される客体としての程度を示しており、 AとCが強く、BとDは弱い * 12 。また、CとDの人物はいず れ も 既 婚 者 で あ る こ と を 示 す 呼 称「嫂」 (あ ね さ ん、 よ め さ ん) 、「奶 奶」 (ば あ さ ん) 、「大 娘」 (お ば さ ん) を 持 っ て おり、髪型が示す役柄類型は、婚姻状況をも示唆している ことがわかる。 興味深いのは、この中にコードの境界をまたぐ、あるい はコードの意味を攪乱するような女性像が見受けられるこ と で あ る。 そ れ は、 A (少 女) の 髪 型 で 登 場 し、 途 中 で B (革 命 戦 士) へ と 成 長 を 遂 げ る『紅 色 娘 子 軍』 の ヒ ロ イ ン 呉 清 華 と、 C (妻) と い う 女 性 性 の 強 い 髪 型、 し た が っ て 本来男性英雄に救済されるべき客体として登場するにもか か わ ら ず、 「夫 不 在」 と い う 設 定 に よ り 革 命 叙 事 に お い て 主 体 的 な 役 割 を 担 う『沙 家 浜』 の ヒ ロ イ ン 阿 慶 嫂 と、 『沂 蒙頌』のヒロイン英嫂である。次に、彼女らのコードの越 境、あるいは攪乱の意味を、中国文芸における伝統的な女 性像の系譜上において分析してみたい。 図3 C『沙家浜』阿慶嫂 (出所)張雅心 2009:61

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戦闘少女

系譜

花木蘭

紅色娘子軍

  ま ず、 『紅 色 娘 子 軍』 の ヒ ロ イ ン 呉 清 華 に つ い て で あ る。 「紅 色 娘 子 軍」 と は 共 産 党 の 女 子 遊 撃 隊 を 指 し、 革 命 模範劇となる前に、史実にもとづく報告文学、演劇、さら に映画として語られた物語である。一九六〇年に製作され た映画『紅色娘子軍 * 13 』の主題歌は人口に膾炙したが、その 歌詞は「むかし花木蘭は父に代わって従軍し、いま娘子軍 は人民のために銃をとる。……共産を主義とし、党は導き 手、 婦 人 は 生 ま れ 変 わ る、 婦 人 は 生 ま れ 変 わ る」 (梁 信 一 九 七 九: 九 五) と う た い 上 げ る * 14 。 こ こ で 示 さ れ る の は、 女 性兵士と、中国における戦闘する女性像の祖ともいえる、 「花木蘭」との連続性である。 花 木 蘭 と は、 北 魏 (四 三 九 ~ 五 三 四) の 時 代 に 民 間 歌 謡 にうたわれた女性であり、その物語の骨子は「父の代理」 として「男装」し、戦場に赴き、帰還して「女装」に戻る 点 に あ る。 花 木 蘭 の 伝 説 は、 父 に 対 す る「孝」 、 主 君 に 対 する「忠」の象徴として、二〇世紀以降、さまざまな意図 を 帯 び た 物 語 に 改 編 さ れ、 語 り 継 が れ た (戴 錦 華 二 〇 〇 六:五三―八六 * 15 ) 。 いくつか代表的な例を見ていくと、まず一九一七年、京 劇『木蘭従軍』では女形の名優梅蘭芳が花木蘭に扮し、本 来女性が男装する物語を、男性である梅蘭芳が女装し、さ ら に 劇 中 劇 で 男 装 す る と い う 複 雑 な 性 別 の 転 倒 を 演 じ た (梅 蘭 芳、 許 姫 伝・ 許 源 来 一 九 八 七: 四 〇 五) 。 日 中 戦 争 期、一九三九年には映画『木蘭従軍 * 16 』が製作され、従来の 木蘭叙事にはなかった軍中における自由恋愛、結婚という プ ロ ッ ト が 付 け 足 さ れ、 花 木 蘭 は「新 女 性」 と し て ネ ー ション叙事を担うこととなった。戦後、一九五六年には豫 劇 (河 南 省 の 地 方 劇) の『花 木 蘭』 が 映 画 化 さ れ、 「女 が 男に及ばないと誰が言ったのか」という歌唱の一節は、社 会 主 義 イ デ オ ロ ギ ー と し て の 女 性 解 放 を 高 ら か に 宣 言 し た。その後、先述した一九六〇年の映画の主題歌により、 花木蘭のイメージは共産党の女性兵士に継承される。 し か し、 「党 は 導 き 手」 と い う 歌 詞 に 明 確 に 示 さ れ る よ う に、 『紅 色 娘 子 軍』 の 物 語 に お い て、 ジ ェ ン ダ ー の 非 対 称は男性地主に虐げられる女性奴隷という階級対立の中で の み 顕 在 化 し、 女 性 は 階 級 の 移 動 に よ っ て「生 ま れ 変 わ る」 と さ れ た。 し た が っ て、 「党」 の 代 理 た る 男 性 英 雄 が 女性奴隷の「導き手」である、という階級内のジェンダー 非 対 称 は、 不 問 に 付 さ れ て い る。 花 木 蘭 か ら『紅 色 娘 子 軍』にいたる叙事が繰り返し語っているのは、男装は「男

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性ジェンダー」の獲得を可能にするが、その最終目的は娘 として父/家/国/党に奉仕することであり、いわば花木 蘭とは、父権のイデオロギーに従順な「娘」の系譜である と見なすことができるだろう。

革命現代

﹃紅色娘子軍﹄

﹁女性性﹂

次に、革命模範劇になった『紅色娘子軍』の改編過程か ら、その後の花木蘭の系譜について考えてみたい。 同作の舞台は、一九三一年、中国南部の海南島。ヒロイ ンの少女呉清華は、国民党の手先である悪徳地主の屋敷に 売られ、脱走をはかり拷問されたところを共産党員洪常青 に救出される。女子遊撃隊「紅色娘子軍」に入った呉清華 は、一度は作戦を乱し地主を取り逃がすが、洪常青の指導 により、革命精神に目覚めていく。地主一味との戦闘のさ なか、敵に捕らわれた洪常青は処刑され、呉清華はその仇 を討ち、彼の遺志を受け継ぐ。 この物語は複数のバージョンを持ち、幾度も改編を経て い る の で、 改 編 過 程 を 整 理 し て お く (羅 長 青 二 〇 一 〇 a ; 二 〇 一 〇 b ; 陳 吉 徳 二 〇 一 一 ; 沼 一 九 七 五) 。「紅 色 娘 子 軍」の物語は、一九三一年に実在した「中国工農紅軍第二 独立師第三団女子軍特務連」に取材している。しかし、モ デルとなった女性兵士たちは、実際には階級の矛盾に抵抗 するためではなく、家庭内の不和により従軍したのであっ た。しかもその多くは、国民党との内戦期に捕虜となり、 国民党関係者と結婚したことによって、文革中に迫害を受 けたことが明らかにされている (羅長青 二〇一〇a) 。 一九五七年、劉文韶の報告文学によって初めて「紅色娘 子 軍」 と 題 さ れ (『解 放 軍 文 芸』 一 九 五 七 年 八 期) 、 五 九 年 に は 呉 之 ほ か 集 団 創 作 に よ っ て 瓊 劇 (海 南 省 の 地 方 劇) が 作られるが、これらの物語はいずれも映画版とは異なる。 その後、一九六〇年に製作された映画『紅色娘子軍』は、 革命模範劇の原型となった。ただし、脚本にあった主人公 の女性奴隷呉瓊花に対する地主の陵辱 (梁信 一九七九:一 三 〇 * 17 ) 、 男 性 英 雄 洪 常 青 と 瓊 花 と の 愛 情 を 描 く 場 面 は、 い ずれも映像では削除されている。洪常青と瓊花の愛情関係 は、 「分 界 嶺」 の 石 碑 の 前 で 再 会 す る 場 面 に お い て の み、 二人の視界を示すキャメラ・ワークによってその痕跡が示 唆される * 18 。 ま た、 「寡 婦 * 19 」 紅 蓮 の 入 隊 お よ び 男 性 兵 士 と の 結 婚、 出 産が描かれるものの、このプロットが男女の生殖によって 革命の後継者を育成するという方向性ではなく、瓊花と紅 蓮が一緒に入隊することで芽生える女性同士の絆、生まれ た女児によって継承される新たな娘子軍、という女性叙事 を形成している点は注目に値する。これは男女の愛情場面

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の削除と軌を一にする描写といえ、両性の性愛ではなく階 級による結びつきを強調する操作を行った結果、女性同士 を親密に描くプロットが浮き彫りになったものといえるだ ろう。 その後、この物語は一九六四年に革命現代バレエと革命 現 代 京 劇 に 改 編 さ れ、 六 七 年 に 革 命 模 範 劇 (革 命 現 代 バ レ エ) と な り、 七 〇 年 か ら 七 一 年 に か け て 映 画 化 さ れ る * 20 。 模 範 劇 と な る 際、 毛 沢 東 夫 人 江 青 に よ り、 ヒ ロ イ ン の 名 は 「呉 清 華」 と 改 め ら れ * 21 、 映 画 に あ っ た 男 性 英 雄 と の 愛 情 関 係の痕跡、紅蓮のエピソードなど男女の性愛を想起させる 場面は徹底的に削除された。七二年には、革命現代京劇も 映画化されている。 ここで問題にしたいのは、映画化された革命現代バレエ に見る女性像についてである。ヒロイン呉清華は、女性奴 隷から革命戦士へと転身する過程で、赤い上着とズボンの 衣装から、軍装へと着替える。この軍装とは花木蘭の「男 装」のように、戦闘に参加する「男性ジェンダー」の獲得 を意味していると考えられよう。さらにバレエの身体表現 により、軍装をまとった女性たちが男性英雄の身体と同一 化するところが視覚的にも強調されている (図4・5) 。 しかし、革命現代バレエの演技術は、衣装というコード の 上 で は「男 性 ジ ェ ン ダ ー」 を 獲 得 し た 女 性 兵 士 の 身 体 が、やはりまぎれもなく女性性を帯びていることを可視化 する。そのとき、彼女らの身体は、凝視される対象として 図4 長髪(おさげ)、赤い衣装の呉清華。 女性性(未婚)が強調され、男性地主対 女性奴隷の関係を、ジェンダー非対称の 形式で表象している (出所)師永剛・張凡 2009:180 図5 短髪、軍装を身につけた呉清華。 男性性を獲得した身体は、党の代理である 男性英雄に同一化し、革命化する (出所)張雅心 2009:190

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客体化しているといえるのではないだろうか。 い く つ か の 例 を あ げ て み よ う。 ま ず、 ヒ ロ イ ン 呉 清 華 は、冒頭で拷問され傷つけられる身体を、赤い衣装を身に まとって表現する。その後軍装に転じるが、作戦の中で娘 に変装する場面で、彼女は再び赤い衣装に身をやつし、命 令にそむいて地主を取り逃がす際に、拷問されていたとき と同じ片足をあげるポーズをとる (図6) 。 このポーズは、一度は軍装を身につけた呉清華が、兵士 としては未熟であることを示しており、そうした未熟さは 「軍 装」 の 持 つ 男 性 性 の イ メ ー ジ で は な く、 模 範 劇 で は 「女 装」 に 身 を や つ し て い る 状 況 に お い て 可 視 化 さ れ る の 図6 娘の姿に変装する呉清華。 作戦失敗により、片足をあげるポーズをとる (出所)張雅心 2009:194 図7 軍事訓練 (出所)師永剛・張凡 2009:195 図8 水浴び (出所)映画『紅色娘子軍』(1971)、北京電影製片厰

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である。 また、革命現代バレエにおいて、軍装を身につけた女性 同士の絆が描かれる場面に、軍事訓練と水浴びがあげられ る (図7・8) 。 これらの場面に描かれる、跳躍する女性たちの身体、と りわけバレエの演技術によって見せられるまっすぐにのび た脚は、文革期の革命叙事における女性像が、実は中華民 国期の商業広告ポスター「月份牌」にさかんに描かれた健 康美をふりまく女性や、双子のような姉妹像の延長線上に あることを想起させる (図9) 。 また、図 10のような女性兵士の身体は、一九三〇年代上 海において人気を博した孫瑜監督の映画における王人美、 黎 莉 莉 と い っ た モ ダ ン ガ ー ル の 身 体 と も 連 続 性 を 持 つ (劉 文兵 二〇〇四:一一六―一一七 ; 吉川 二〇一〇 ) 。 さ ら に は 、 劉 文 兵 が 革 命 模 範 劇 『 海 港 』 を 例 に あ げ て 指 摘 す る よ う に 、 模 範 劇 の 女 性 像 に は 改 作 の 指 揮 を と っ た 江 青 の 自 画 像 が 投 影 さ れ て い る ( 劉 文 兵 二 〇 〇 四 : 一 六 六 ― 一 七 一 ) 。 実 は 江 青 こ そ 、『 紅 色 娘 子 軍 』 に 先 駆 け て 花 木 蘭 の 系 譜 に な ぞ ら え ら れ た 革 命 戦 士 な の で あ り 、 一 九 三 九 年 、「 江 青 」 こ と か つ て の 上 海 の 女 優 藍 蘋 と 毛 沢 東 の 結 婚 を 伝 え る 新 聞 記 事 に は 、 軍 装 し 敬 礼 す る 彼 女 の 写 真 が 、「 旧 時 の 旗 チャイナドレス 袍 を 脱 ぎ 、 紅 軍 の 制 服 を 着 て 、 愛 す る 前 髪 を 犠 牲 に し て 雄 々 し い 紅 星 の 帽 子 を か ぶ り 、 そ の 様 子 は 雌 雄 見 分 け が た く 、 ま る で現代の花木蘭である」と報道される (冷芳 一九三九) 。 図9 月份牌(金梅生画) (出所)ラワンチャイクン・堀川 2004:121 図10 革命現代バレエ『紅色娘子軍』 (出所)張雅心 2009:185

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革命現代バレエ『紅色娘子軍』の女性像は、モダンガー ルから革命戦士へと転身を遂げた江青をなぞるような、少 女 (お さ げ) か ら 革 命 戦 士 (お か っ ぱ) へ の ビ ル ド ゥ ン グ スロマンを描くものであった。ここに、少女と革命戦士の あいだを往き来する「戦闘少女」キャラクターの出現を見 ることができる。少女の成長過程を描く『紅色娘子軍』で は、 戦 闘 少 女 た ち は「軍 装」 と「脱 軍 装」 (作 戦 中 の 女 装 や 水 浴 び * 22 ) を 反 復 す る こ と に よ っ て、 観 客 に「女 性 の 身 体」を暴露する * 23 。これは、花木蘭が最終的に「娘」に戻る イメージを継承するものといえるだろう。 他方、一九六〇年の映画版にあった男性英雄との愛情場 面の痕跡、および寡婦の結婚と出産のプロットが削除され ることにより、革命現代バレエは「生殖」なき戦闘少女の 「増 殖」 を 描 く も の と な っ た。 映 画 化 さ れ た 革 命 現 代 バ レ エの最後は、前進する女性兵士たちの脚が無限に増殖して いく場面でしめくくられる。このような表象は、映画版に おけるヒロイン呉瓊花と寡婦紅蓮の女性同士の連帯の叙事 を引き継ぐものである。しかも、この女性叙事は、少女の 成長過程において彼女を見守る主体であった男性英雄が、 革命に殉じるというプロットによって強化される * 24 。革命模 範劇『紅色娘子軍』は、男性主体が物語から放逐されるこ とによって、男性英雄の死を共有する「寡婦」型革命戦士 の叙事として完成するのである。

寡婦

系譜

花木蘭

穆桂英

革 命 模 範 劇 の 中 で、 「寡 婦」 は「お か っ ぱ」 の 革 命 戦 士 として描かれることはすでに述べた。次に見てゆきたいの は、髪型のコードとしては「おだんご=妻」に分類される も の の、 「夫 不 在」 と い う 設 定 に よ り、 革 命 叙 事 に お い て 主 体 的 な 役 割 を 担 う『沙 家 浜』 の ヒ ロ イ ン 阿 慶 嫂 と、 『沂 蒙頌』のヒロイン英嫂である。彼女らは「寡婦」型革命戦 士ではなく、女性性を保持したまま革命叙事の主体となる という点で、男性英雄に救済される長髪のコードを攪乱す る存在である。この種の女性を描く起源としては、宋代の 講 談 か ら 生 ま れ、 明 の 万 暦 年 間 (一 五 七 三 ~ 一 六 二 〇) に 書物として編まれた「楊家将演義」があげられよう。 「楊 家 将 演 義」 と は、 武 芸 に 秀 で た 北 宋 の 名 門 楊 家 の 成 年男性が死に絶え、その母・娘・妻らが戦場に赴き、遼に 勝 利 す る 物 語 で あ る。 ヒ ロ イ ン「穆 桂 英」 の 名 前 は、 「花 木蘭」と樹木、香草というイメージを共有しており、木蘭 を 継 承 す る 意 図 が 込 め ら れ て い る (井 波 二 〇 〇 二: 一 一 二) 。 だ が 注 目 す べ き は、 彼 女 ら が 父 権 社 会 に よ っ て 課 せ

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られた纏足のまま戦い、しかも北宋と遼の関係など史実の 「転 覆」 が 描 か れ る 点 で あ る * 25 。 花 木 蘭 の よ う に「男 装」 せ ず、女性の姿のままであるところは、ジェンダーを無効化 しているといえるだろう。 この物語は、一九五九年、梅蘭芳演じる京劇『穆桂英掛 帥』に改編された。五〇を超えた楊家の嫁穆桂英が再び出 陣するさまを描くこの作品は、建国一〇周年記念演目とし て「愛 国」 の 象 徴 と な っ た (牧・ 松 浦・ 川 田 二 〇 〇 〇: 一 九二) 。その後、六〇年には京劇『楊門女将』が作られる。 実は、前者では穆桂英は寡婦ではなく、夫と息子を率いて 出陣していた。しかし後者では、穆桂英ほか楊家の女将軍 を寡婦として描いており、この作品によって「愛国寡婦」 のイメージが確定し、後に映画化もされた。 す な わ ち、 本 来 の「楊 家 将 演 義」 と は、 父 権 イ デ オ ロ ギーの周縁としての「寡婦」を描く物語であり、最後には 朝 廷 を 見 限 る 寡 婦 た ち に は、 花 木 蘭 に は な い ア ウ ト サ イ ダ ー 性 や、 父 権 イ デ オ ロ ギ ー の 転 覆 の 意 味 が 付 与 さ れ て い た * 26 。 し か し、 「寡 婦」 と は 宗 族 の 周 縁 に い る「嫁」 で あ りながら、子を産んだ場合には宗族の血を継承する「母」 にもなりうる、両義性を持つ存在である * 27 。梅蘭芳の『穆桂 英 掛 帥』 に よ る「愛 国」 へ の 読 み か え は、 ま さ に 後 者 の 「母」 の 機 能 に 光 を 当 て る こ と に よ っ て 可 能 に な っ た と い えるだろう。

2﹁夫﹂

不在

︱︱ ﹁妻﹂ と ﹁寡婦﹂ の あ い だ では、こうした「嫁」であり「母」でもある女性像は、 革命模範劇においてどのように描かれたのだろうか。 一九七一年に映画化された革命現代京劇『沙家浜 * 28 』は、 共産党の地下工作員であるヒロイン阿慶嫂が茶店のおかみ に身をやつし、日中戦争のさなか、国民党と日本軍という 二大勢力の双方の男たちを手玉に取り、傷兵を抱える共産 党新四軍の危機を救出する物語である (中沢 一九七三 ; 二〇〇四 ; 大野 二〇〇九b) 。 阿慶嫂は、たくみに「女性性」を演じることによって地 下工作員の任務を全うする。彼女の本質は「革命戦士」で あり、おだんご髪に結っているのは作戦において「妻」に 身をやつしているにすぎず、一種の「女装」である。その ことは、劇中、彼女が幾度も衣装を着替える点からも指摘 できる。阿慶嫂は任務を遂行するときは共産党のシンボル カ ラ ー で あ る 深 紅 の 衣 装 を 身 に ま と い、 「妻」 を 演 じ る と きは、藍色の衣装で敵の目をくらますのである。 そして、阿慶嫂の「女装」を敵に信じ込ませ、しかも任 務を遂行しても怪しまれない行動の自由を保障するのは、 夫の不在という設定である。阿慶嫂とは中国語で「阿慶の よ め さ ん」 の 意 で あ る が、 夫 の「阿 慶」 は 一 度 も 登 場 せ

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ず、生死も不明である * 29 。この「不在の夫」の表象は、一九 七五年に映画化された革命現代バレエ『沂蒙頌 * 30 』にも見る ことができる。 第二次模範劇となった『沂蒙頌』は、農婦英嫂が山中で 傷を負った共産党の解放軍兵士を見つけ、とっさに自らの 母乳を与えて兵士の命を救う物語である。母乳を与えるプ ロットに明らかなように、ヒロインは母性によって革命を 継承する存在として描かれている。しかし、この母性から は「生殖」にまつわるイメージが削除されており、夫以外 の男性に母乳を与えるプロットの整合性を支えるのは、や はり夫の不在という設定である。むろん兵士の口に乳房を 含ませることはなく、劇中、彼女の母乳は兵士の水筒に絞 り出されるのであり、その過程は岩陰で行われ、観客の目 からは隠される (図 11) また、赤子が出てくるにもかかわらず、英嫂は赤子より も兵士を守ることを優先する。彼女の母乳が軍の水筒とい う近代的かつ革命的な小道具を介して兵士の体内に注がれ る点は、この母性が子供を産み育んで革命を継承するもの ではないことを示している。 『 沙 家 浜 』 と 『 沂 蒙 頌 』 の 二 作 に お い て 描 か れ る の は 、 ヒ ロ イ ン を 「 所 有 」 す る 男 性 が 不 在 で あ る こ と に よ っ て 可 能 と な る 、 彼 女 ら の 「 党 」 と の 一 体 化 で あ る 。 阿 慶 嫂 と 英 嫂 が 行 う の は ど ち ら も 傷 兵 の 救 出 と 再 生 で あ り 、 こ れ は 寡 婦 型 「 革 命 戦 士 」 で は 描 く こ と の で き な い 、「 女 性 性 」 を 必 要 と す る 任 務 で あ る 。「 妻 」 と 「 寡 婦 」 の あ い だ と し て の 「 妻 ( 夫 不 在 ) 」 と い う 役 柄 類 型 は 、「 女 性 性 」 を 演 じ 、 あ る い は 「 生 殖 」 な き 「 母 性 」 を 発 揮 す る こ と に よ っ て 、 こ の 任 務 を 党の「妻」または「母」として遂行するのである。

最 後 に、 革 命 模 範 劇 に お け る「戦 闘 少 女」 と「妻 (夫 不 在) 」 の 共 通 点 に つ い て 考 え て み た い。 「戦 闘 少 女」 も「妻 図11 革命現代バレエ『沂蒙頌』。 自らの母乳を水筒で兵士に与える英嫂 (出所)映画『沂蒙頌』(1975)、八一電影製片厰

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(夫 不 在) 」 も、 「女 性 性」 の コ ー ド を 自 在 に 越 境 す る こ と によって、女性の身体をあらわにしながら革命叙事の主体 を 担 う。 そ の こ と の 曖 昧 さ は、 「生 殖」 を 禁 忌 と す る 原 則 により、革命叙事の内部においては不可視化されている。 しかし、それを見つめるものの欲望を喚起するという意味 では、常に革命叙事そのものを脱構築する可能性をはらむ ものでもある。両者はともに、生殖可能な身体を持ちなが ら、革命叙事においては不可侵な身分であるというアンビ バレントな女性像なのである。 文化大革命が終了すると、こうしたアンビバレントな女 性像は解体され、欲望のまなざしも剥き出しにされる。李 晨 に よ る 連 環 画『紅 嫂』 (一 九 九 二 年) で は、 母 乳 を 与 え る英嫂の乳房は直接兵士の口に含まされるものとして書き 換えが行われた (武田 二〇〇九:七三) 。また、 「戦闘する 女性像」そのものも解体され、李六乙作・演出の演劇『穆 桂 英』 (二 〇 〇 三 年 初 演) で は、 出 陣 す る 穆 桂 英 が 楊 家 の 英霊によって女装から軍装へと着替えさせられる過程が描 かれた。この作品は、二〇世紀の中国が戦闘する女性像を プロパガンダとして利用してきたこと自体を内省する意図 があると考えられる。 一九八〇年代以降の現代美術では、革命模範劇の様式を 脱構築し、ポップ・アートに仕立てた作品は枚挙に暇がな い (牧 二 〇 〇 九 ) 。 さ ら に、 女 性 作 家 林 白 が 一 九 九 四 年 に 発 表 し た 小 説『一 個 人 的 戦 争 * 31 』 に は、 女 性 の 語 り 手 に よ る、 模 範 劇 を 演 ず る 女 性 の 身 体 へ の 欲 望 が あ ら わ さ れ る (林白 二〇〇九:二七 ) 。 プロパガンダ・ポスターや彫像、あるいは映画フィルム など、それが作られた時期の姿が固定されるメディアとは 異なり、演劇における女性像は、時代とともに揺れ動く。 革命模範劇は現代でも再演されるが、もはや現代の俳優の 身体では、かつての革命叙事を再現することはできない。 模範劇の女性像が示す戦争の記憶と革命叙事もまた、今 日の中国映画においては、新たな「戦闘する女性像」とし て語りなおされる。冒頭で述べた二作に見られる、不在の 男性主体とネーションの化身としての妓女というモチーフ は、共産主義下の革命叙事で主体を担った「戦闘少女」と 「妻 (夫 不 在) 」 が、 一 方 で は 凝 視 さ れ、 欲 望 さ れ る 客 体 で あったことと無関係ではないだろう。文革期のプロパガン ダ 芸 術 は、 そ の よ う な 客 体 に「自 己 同 一 化」 し、 「生 殖」 な き「増 殖」 と い う 抑 圧 さ れ た 女 性 性 を 内 面 化 し た ネ ー ションの形成を促した。かつての革命叙事は、現代におけ る戦争の記憶に反転された形でその痕跡を残している。そ こでは、不在の男性英雄に代替するのは、革命の後継者た るにふさわしい不可侵な身分を持つ少女ではなく、彼女ら を救済するため自らの身体を敵に差し出す「妓女」となっ た。

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革命叙事における日中戦争が輝かしい勝利の記憶であっ たのに対し、現代の戦争映画が描くのが蹂躙された南京の 「敗 戦 の 記 憶」 で あ る 点、 そ の メ タ フ ァ ー と し て の 妓 女 と 中国文芸に語り継がれる救国の妓女像との繋がりなど、検 討すべき課題は残されている * 32 。革命模範劇における女性の 身体が、革命叙事の描く「公的な記憶」を脱構築する可能 性をはらんでいたように、救国の妓女像もまた、戦争の記 憶 の 中 に 不 協 和 音 を 生 じ さ せ る 存 在 な の で は な い だ ろ う か。こうした、二一世紀の革命叙事と戦争の記憶のあいだ に横たわるより多くの問題については、今後引き続き考え てゆきたい。 ◉追記 本 研 究 は、 科 研 費 2 5 2 8 3 0 0 1、 2 5 2 8 4 0 6 5 の 助 成を受けたものです。 ◉注 * 1 京 劇 と は、 清 代 に 北 京 で 形 成 さ れ た 中 国 の 伝 統 演 劇 で あ る。 歌 唱 と 生 演 奏 の 入 る 音 楽 劇 で、 中 国 各 地 の 劇 を 継 承 し て いる。二〇一〇年、ユネスコの無形文化遺産に登録された。 * 2 大 躍 進 と は、 毛 沢 東 に よ っ て 一 九 五 七 年 一 〇 月 に「一 五 年 後 に イ ギ リ ス を 追 い こ す」 と 提 起 さ れ、 翌 五 八 年 に 人 民 公 社 の 設 置、 前 年 の 倍 近 い 穀 物、 鉄 鋼 生 産 目 標 が 決 定 さ れ た こ と に よ り、 経 済 の 混 乱 を 招 い た 政 策 を 指 す。 自 然 災 害 も 重 な り、 中 国 全 土 で 三 千 万 人 を 超 す 餓 死 者 を 出 し、 五 九 年 に 毛 沢 東は国家主席を辞任した。 * 3 文 化 大 革 命 と は、 一 九 六 六 年 か ら 七 六 年 に か け て 発 動 さ れ た 大 規 模 な 政 治 闘 争 で あ り、 大 量 の 粛 清 に よ る 犠 牲 者 を 出 し た。 文 革 は 段 階 的 に 進 展 し、 六 六 年 か ら 六 七 年 に か け て は 毛 沢 東 が 学 生 を 組 織 し た 紅 衛 兵 運 動 が 暴 徒 化、 鎮 圧 の た め 人 民 解 放 軍 が 投 入 さ れ、 七 一 年 に は 毛 の 後 継 者 林 彪 が ク ー デ タ ー 失 敗 に よ り 失 脚 す る。 以 後、 経 済 の 建 て 直 し を は か る 周 恩 来 ら「脱 文 革 派」 と 毛 沢 東 夫 人 江 青 ら「四 人 組」 の 対 立 が 深 ま り、 七 六 年、 周 恩 来 死 去 に よ る 天 安 門 事 件、 お よ び 毛 沢 東 死 去 に よ り 収 束 に 向 か っ た。 文 革 の 特 徴 と し て、 プ ロ パ ガ ン ダ メ デ ィ ア の 活 用、 と り わ け 京 劇 が 政 治 闘 争 に 利 用 さ れ た ことがあげられる。 * 4 革 命 模 範 劇 の 作 品 の 序 列 に は、 政 情 の 変 化 に 合 わ せ て 変 動 が 見 ら れ る。 と く に 江 青 が 関 与 し た『智 取 威 虎 山』 は、 林 彪、 江 青 が 要 職 に 就 い た 一 九 六 九 年 に 筆 頭 に 掲 げ ら れ、 最 初 に映画上映された(師永剛・張凡 二〇〇九:一二五) 。 * 5 革命現代京劇『龍江頌』 『杜鵑山』 『平原作戦』 『磐石湾』 『紅 雲 崗』 『紅 色 娘 子 軍』 、 革 命 現 代 バ レ エ『沂 蒙 頌』 『草 原 児 女』 、ピアノ伴奏歌『紅灯記』 、ピアノ協奏曲『黄河』 。 * 6 『よ い こ の 文 化 大 革 命   紅 小 兵 の 世 界』 は、 文 革 期 に 出 版 さ れ た 児 童 雑 誌『紅 小 兵』 に、 革 命 模 範 劇 を 紹 介 す る 絵 画 や 連 環 画 の ほ か、 模 範 劇 を 実 演 す る 子 供 の 写 真 や 歌 詞 が 大 量 に 掲 載 さ れ て い る こ と を 指 摘 す る(武 田 二 〇 〇 三) 。 農 村 で 上演された模範劇については、 「〝様板戯〟観衆的角色認同」 、 「関 於 建 国 後 農 村 劇 団 的 演 出 活 動 ―― 以 文 革 時 期 為 中 心」 参

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照(李松 二〇一一b ; 大野 二〇一三) 。 * 7 中 国 語 で「行 当」 と 呼 ば れ、 基 本 的 な 分 類 と し て「生」 (男 性 役) 、「旦」 (女 性 役) 、「浄」 (隈 取 り し た 常 人 な ら ざ る 男 性 役) 、「丑」 (道 化 役) が あ り、 各 々 の 役 柄 の 中 で さ ら に 細分化されている。 * 8 『文 匯 報』 掲 載 の「譲 文 芸 舞 台 永 遠 成 為 宣 伝 毛 沢 東 思 想 的陣地」により、最初に提唱された(于会泳 一九六八) 。 * 9 『映 画 の な か の 上 海 ―― 表 象 と し て の 都 市・ 女 性・ プ ロ パ ガ ン ダ』 は、 一 九 五 〇 年 代 か ら 六 〇 年 代 に か け て の 映 画 が 女 性 共 産 党 員 を 描 く 際、 モ ダ ン ガ ー ル の 外 見 的 特 徴 や 身 振 り を 変 形 さ せ な が ら 取 り 入 れ た こ と を 指 摘 す る。 長 い 髪 の 毛 を 封 建 社 会 の 象 徴 と し、 西 洋 の 風 俗 で あ る 断 髪 で 代 替 さ せ る 点 は 女 性 共 産 党 員 と モ ダ ン ガ ー ル の 共 通 点 で あ る が、 前 者 を 描 く 際 に は「無 造 作」 と い っ た 操 作 を 介 在 さ せ、 モ ダ ニ ズ ム と は一線を画した(劉文兵 二〇〇四:一三七―一三八) 。 * 10 革 命 現 代 バ レ エ『沂 蒙 頌』 を 革 命 現 代 京 劇 に 改 編 し た も の が『紅 雲 崗』 で あ り、 二 作 の ヒ ロ イ ン の 夫 の 造 型 に は 変 化 が 見 ら れ る。 『沂 蒙 頌』 で は 夫 は 開 幕 直 後 に 戦 場 へ 赴 き、 最 終幕までほぼ不在である(大野 二〇〇九a) 。 * 11 革 命 現 代 バ レ エ で は、 ヒ ロ イ ン が 凌 辱 さ れ 妊 娠、 山 中 で 出産するプロットは削除された。 * 12 革 命 模 範 劇 で「女 性 性」 を 示 す コ ー ド と な っ た 黒 髪 は、 文 革 終 結 後 の 映 画 で は、 文 革 の 暴 力 に よ っ て 奪 わ れ た も の と し て 描 か れ る。 た と え ば 映 画『小 街』 (楊 延 晋 監 督、 一 九 八 一) は、 文 革 中 に 迫 害 を 受 け「男 装」 す る 少 女 に、 男 性 主 人 公 が 模 範 劇 で 使 わ れ る お さ げ の か つ ら を 与 え よ う と し、 打 倒 されて失明するプロットを描く。 * 13 謝晋監督、 梁信脚本、 祝希娟主演、 上海天馬電影製片厰。 * 14 後 に「共 産 主 義 は 真 理」 、「奴 隷 は 生 ま れ 変 わ る」 と 改 作 された(師永剛・張凡 二〇〇九:三三九) 。 * 15 映 画 に お け る 花 木 蘭 表 象 の 変 遷 に つ い て は、 「伝 説 の ヒ ロ イ ン か ら 国 民 の 表 象 へ ――『木 蘭 従 軍』 の 受 容 の 多 義 性 を め ぐ っ て」 (晏 妮 二 〇 〇 五) 、「第 七 章   映 画 受 容 の 多 義 性」 (晏 妮 二 〇 一 〇: 二 二 九 ― 二 八 二) 、「花 木 蘭 の 転 生 ――『大 東 亜 共 栄 圏』 を め ぐ る 日 中 大 衆 文 化 の 交 錯」 (鷲 谷 二 〇 〇 七) 、「男 装 す る 愛 国 ヒ ロ イ ン の 演 出   『ム ー ラ ン』 と『花 木 蘭』 に お け る 男 装 の 発 覚 シ ー ン を め ぐ っ て」 (張 小 青 二 〇 一 一)に詳しい。 * 16 卜 万 蒼 監 督、 欧 陽 予 倩 脚 本、 陳 雲 裳 主 演、 美 商 中 国 聯 合 影 業 公 司・ 華 成 製 片 厰。 「花 木 蘭 の 転 生」 は 同 作 を 五 四 運 動 期 の「新 女 性」 と 日 中 戦 争 期 の「国 民」 と い う 二 つ の ロ ー ル・ モ デ ル の 融 合 で あ り、 ア メ リ カ ナ イ ズ さ れ た 溌 剌 と し た 身 体・ 表 情 と、 伝 統 的 な 中 国 女 性 の 美 徳 を 体 現 す る 主 演 女 優 陳 雲 裳 に よ っ て、 木 蘭 像 に「フ ェ テ ィ シ ズ ム 的 な 魅 惑」 が 備 わったと指摘する(鷲谷 二〇〇七:一五一) 。 * 17 映像では鞭打たれ傷つけられる身体として表現される。 * 18 「愛 你 没 商 量: 『紅 色 娘 子 軍』 ―― 紅 色 風 暴 中 的 愛 情 伝 奇 和 伝 統 禁 忌」 は、 呉 瓊 花 と 洪 常 青 の 再 会 の 場 面 に つ い て、 二 人 の 視 界 を 示 す キ ャ メ ラ・ ワ ー ク が 双 方 向 か つ 平 等 で あ り、 削 除 さ れ た 愛 情 表 現 の 痕 跡 を 残 す「抒 情 場 面」 で あ る と 指 摘 す る(袁 慶 豊 二 〇 〇 七) 。 な お、 こ の 映 画 に お い て 真 に 二 人 の 視 線 の 高 さ が「平 等」 と な る の は、 呉 瓊 花 の 入 党 申 請 が 受

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理され、 党員となったことを洪常青に告げられるときである。 * 19 紅 蓮 は 一 〇 歳 で 実 在 し な い 人 形 の「夫」 と 縁 組 を さ せ ら れ、 「童 養 媳」 (売 買 婚 に よ る 嫁) と し て 舅 と 姑 に 仕 え て き た という設定であり、夫に先立たれた寡婦とは異なる。 * 20 薛菁華主演、北京電影製片厰。 * 21 実 在 し た「女 子 軍 特 務 連」 連 長 龐 瓊 花 が、 後 に 国 民 党 関 係者と結婚したことが理由の一つであるという(羅長青 二〇 一〇a:七〇) 。 * 22 「男装する愛国ヒロインの演出」 は、 木蘭のジェンダー・ ア イ デ ン テ ィ テ ィ 発 覚 の 危 機 が い ず れ も「水 浴 び」 の 場 面 で あ る 点 に つ い て、 男 性 の 去 勢 不 安 が 除 去 さ れ 欲 望 生 成 へ 向 か う 心 理 メ カ ニ ズ ム を 支 え る も の と 考 察 す る(張 小 青 二 〇 一 一) 。『紅 色 娘 子 軍』 の「水 浴 び」 も ま た、 革 命 叙 事 に お い て 同様の機能を果たすと考えられる。 * 23 『様板戯史記』および「愛你没商量: 『紅色娘子軍』 」は、 文 革 期 に 革 命 現 代 バ レ エ『紅 色 娘 子 軍』 が「女 性 の 身 体」 へ の関心を喚起するものであったと指摘する(師永剛・張凡 二 〇〇九:一八八 ; 袁慶豊 二〇〇七:六四) 。 * 24 一 九 六 〇 年 の 映 画 版 に お い て、 男 性 英 雄 は「自 首 書」 の 署 名 と 投 降 を せ ま ら れ る が、 か わ り に 絶 筆 と し て 詩 を し た た め、 火 刑 に 処 せ ら れ る。 こ の 文 字 テ ク ス ト に よ る 抵 抗 が、 革 命 模 範 劇 で は 自 首 書 を 破 り 捨 て る 視 覚 的 な 表 象 に 改 め ら れ る 点 か ら は、 男 性 英 雄 と と も に 文 字 テ ク ス ト を 操 る リ テ ラ シ ー も放逐されているように読み取れる。 * 25 「美 少 女 戦 士 ム ー ラ ン の 物 語」 「第 六 章   纏 足 と ス ー パ ー ヒ ロ イ ン」 は、 こ の 物 語 が 王 朝 を 支 え る 儒 教 的 男 尊 女 卑 イ デ オロギーに対抗する論理を持つことを指摘する(井波 二〇〇 二:一〇七―一一五 ; 二〇〇七:一二五―一四八) 。 * 26 「西王母の娘たち――『遇仙』から『陣前比武招親』へ」 は、 女 性 が 戦 場 で 男 性 と 武 芸 を 競 い、 自 分 よ り 強 い も の に 嫁 ぐ と い う「楊 家 将 演 義」 に 見 ら れ る 物 語 構 造 に つ い て、 「自 身が不老不死の存在であり続けるため」と指摘する(大塚 二 〇 一 一) 。 類 似 の 観 点 か ら 論 じ た も の に、 「孕 み の 力 ――『楊 家将演義』における女将の姿」がある(山田 二〇〇四) 。 * 27 「六   戦 う 女 た ち ―― 中 華 美 少 女 戦 士 の 系 譜」 は、 前 掲 注 26と は 異 な り、 「楊 家 将 演 義」 を 女 性 が 婚 姻 に よ り 宗 族 コ ミュニティに組み込まれる物語と定義する(岡崎 二〇〇二: 一 六 九 ― 二 〇 五) 。 宗 族 の 興 亡 を 描 く 戦 記 の「寡 婦」 は、 結 婚 の 前 も 後 も 基 本 的 に 血 縁 集 団 の 中 で 生 き る、 と い う 指 摘 は、 「花木蘭」との連続性を考察する上で興味深い。 * 28 洪雪飛主演、長春電影製片厰。 * 29 「阿 慶」 に つ い て は、 劇 の 冒 頭 で、 中 国 共 産 党 常 熟 県 委 書 記 の 程 謙 明 に よ り「わ れ わ れ の 党 の 交 通 員 だ」 と 説 明 さ れ る 以 外、 詳 細 不 明 で あ る。 阿 慶 嫂 は 茶 店 の お か み と し て 敵 の 胡 伝 魁 に 対 し、 「上 海 で 担 ぎ 屋 を し て い て、 一 人 前 に な る ま で 戻 っ て こ な い つ も り で す っ て」 と 説 明 す る(北 京 京 劇 団 集 体改編 一九七〇:八 ; 二六) 。 * 30 程伯佳主演、八一電影製片厰。 * 31 初出は『花城』 、一九九四年二期。 * 32 『中 国 抗 日 映 画・ ド ラ マ の 世 界』 は、 日 中 戦 争 を 題 材 と す る「抗 日 ド ラ マ」 の 娯 楽 大 作 化 が 進 む 近 年 に お い て、 「南 京 事 件」 を 扱 う 映 画 に 描 か れ る 屈 辱 的 な 記 憶 が、 中 国 の 観 客

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◉ 著者紹介 ◉ ①氏名…… 田村容子 (たむら・ようこ) 。 ②所属・職名…… 福井大学教育地域科学部・准教授。 ③生年・出身地…… 一九七五年、愛知県。 ④ 専 門 分 野・ 地 域 …… 近 現 代 演 劇( 二 〇 世 紀 以 降 )・ 中 国 お よ び 中 国語圏。 ⑤学歴…… 神戸大学大学院文化学研究科博士課程 (中国文学) 。 ⑥ 職 歴 …… 早 稲 田 大 学 坪 内 博 士 記 念 演 劇 博 物 館 助 手( 東 洋 演 劇、 三一歳、二年) 。 ⑦ 現 地 滞 在 経 験 …… 中 国( 南 開 大 学、 二 一 歳、 一 年、 留 学 生。 中 央戯劇学院、二六歳、二年、中国政府奨学金高級進修生) 。 ⑧ 研 究 手 法 …… 文 献 調 査、 テ キ ス ト 分 析 の ほ か、 フ ィ ー ル ド 調 査 と し て、 上 演 や 稽 古 を 見 る こ と、 演 劇 関 係 者 と 話 を す る こ とを行っている。 ⑨ 所 属 学 会 …… 日 本 現 代 中 国 学 会、 日 本 ジ ェ ン ダ ー 学 会、 日 本 演劇学会、日本中国学会。 ⑩ 研 究 上 の 画 期 …… 二 〇 〇 一 年、 中 国 の W T O 加 盟 後、 市 場 経 済 と 向 き 合 い 変 貌 す る 演 劇 の 現 場 を、 官 と 民 そ れ ぞ れ の 立 場 の 演 劇 人 の そ ば で 眺 め た こ と。 二 〇 一 二 年、 尖 閣 諸 島 の 国 有 化 以 降、 自 身 も か か わ っ て い た 演 劇 の 訪 中 公 演 が 無 期 延 期 と な っ た こ と。 演 劇 の 一 回 性 や、 そ れ を 取 り 巻 く 外 的 環 境 と の 関連について考える契機となった。 ⑪推薦図書…… サム・キーン 『敵の顔――憎悪と戦争の心理学』 (パ ル マ ケ イ ア 叢 書 二、 佐 藤 卓 己・ 佐 藤 八 寿 子 訳、 柏 書 房、 一 九 九 四年) 。

参照

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