Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College, Available from http://ir.tdc.ac.jp/
Title
症例の長期安定を目指したMTM の応用
Author(s)
藤田, 貴久; 齋藤, 淳
Journal
歯科学報, 113(2): 160-170
URL
http://hdl.handle.net/10130/3049
Right
抄録:本報告は,異なる目的のために Minor tooth movement(MTM)を行った3症 例 を 通 し て,一 般 歯科における MTM の有効性について考察する。臨 床において,う蝕が重度で歯肉縁下に及んでいる, 外傷などで歯の破折が生じ破折線が歯槽骨縁まで及 んでいる,そして歯周炎に罹患し垂直性骨欠損を有 しているなどの症例は日常的に遭遇する。MTM は 歯科矯正治療の一分野であるが,一般歯科医であっ ても適切に症例を選択し MTM を応用することに よって,歯周組織を改善させ補綴物・修復物と適切 な関係を築くことができる場合も多い。3症例の治 療経験から,口腔内環境を改善し長期的な治療成果 を目指すために,MTM は有効な治療オプションの 1つに成りうると思われた。 緒 言 歯周治療に限らず歯科治療全般における最終目標 は,患者の健全な口腔機能の維持・回復と,セルフ ケアしやすい口腔内環境へ導くことである。加え て,これを維持するための患者指導も重要である。 プラークリテンションファクターである歯列不正, 不適合な補綴物や修復物は改善し,深い歯周ポケッ トもコントロールできるレベルにまで治療する必要 がある。そうして口腔内環境を整えることが,患者 の口腔健康を長期間にわたり維持するための要件だ と考えられる。そのための治療オプションは現在で は多岐にわたるが,1つの手段として Minor Tooth Movement(MTM)が挙げられる。 MTM と本格矯正治療とを明確に区別することは できないが,例えば百瀬の定義1) は,「移動させたい 歯(主に1歯)のみを,目的に応じて,比較的短期間 で移動し,その他の歯や固定源となる歯をできるだ け動かさない」としている。また栗田2) は,「術者の 矯正的能力によって MTM の限界は左右され,文 字通り局部的な歯の移動と終末処置によって完了す るものと,メジャー矯正とも考えられる本格的な矯 正処置によって終末処置の負担を大幅に軽減させる ことを狙ったもの」としている。このような考え方 を踏まえて,著者は MTM を行う症例の基準を技 術面も考慮し,「現存の臼歯部咬合関係を極力変化 させずに,目的の歯を移動させることが可能な症 例」と考えている。 MTM には,矯正治療の本来の目的と同じように 歯列の改善や審美の回復を求めることができる。さ らに,MTM は対象歯の歯周環境を改善することも 可能とする。具体的な目的として,①生物学的幅径 (Biological width)の再確立:歯肉縁下までう蝕が進 行しているケース,外傷などで歯の破折が生じ,破 折線が歯槽骨縁にまで及んでいるようなケースで は,生物学的幅径を再確立してから補綴治療を行う のが望ましい。補綴前処置とも考えられる。②垂直 性骨欠損の改善:歯周炎に罹患し,垂直性骨欠損を 有する歯の場合,挺出あるいは整直することで骨欠 損を改善できる。③補綴の前処置:隣在歯を喪失し たまま放置していると,歯の傾斜移動が起こること が多い。このような部位に固定性ブリッジによる補 綴治療を考えた場合,咬合時の受圧条件もしくは歯 髄保護の観点(抜髄を避ける)から歯軸の改善は有益 と思われる。欠損部へインプラント治療を考えた場 合にも,適正なスペース確保は必要である。また,
臨床報告
症例の長期安定を目指した MTM の応用
藤田貴久
齋藤 淳
キーワード:MTM,セルフケア,SPT 東京歯科大学歯周病学講座 (2012年11月16日受付) (2012年12月10日受理) 別刷請求先:〒261‐8502 千葉市美浜区真砂1−2−2 東京歯科大学歯周病学講座 藤田貴久 160 ― 44 ―大臼歯の歯根をセパレーションした時を含め歯根が 近接しているケースでは,補綴物のエマージェンス プロファイルを得るために歯根を離開させることも 必要となる。他にも,月星ら3) は④機能と審美の改 善,⑤萌出不全歯の萌出などを MTM の目的に挙 げている。 本論文では,長期にわたる安定した口腔内環境の 確立を目指し,MTM を行った症例を報告する。 症 例 症例1は生物学的幅径を再確立させるための矯正 的挺出,症例2は垂直性骨欠損の改善を目的とした 矯正的挺出,そして症例3は歯列不正の改善および 補綴前処置のための傾斜移動(歯体移動)および歯の 回転,をそれぞれ行った。これらの患者には口腔内 写真および臨床データの使用について文書で説明 し,同意を得た。なお,本論文は「ヘルシンキ宣言」 および「臨床研究に関する倫理指針」を遵守し倫理 的に行われたものであり,東京歯科大学倫理委員会 の承認を得ている(承認番号:377)。 症例1 患者は64歳,女性。"6の歯冠破折を主訴に東京歯 科大学千葉病院保存科を受診した(図1,2)。同部 のう蝕は歯髄に達していた。また!6には不適合なテ ンポラリークラウンが装着されており,う蝕が歯肉 縁下まで及んでいた。その他の部位も補綴物・修復 物に2次う蝕を認め,歯肉縁下まで及んでいると思 われた。全身既往歴,家族歴に特記事項はなく,こ れらの原因としてプラークコントロールの不良が考 えられた。しかしながら,年齢,プラークコント ロールの程度のわりに歯周炎はごく軽度であった。 治療計画として,まずは原因因子であるプラーク コントロールを確立させるためにブラッシング指 導,次いでスケーリングと並行し根管治療,う蝕治 療を行うことにした。治療は計画通りに遂行し,う 蝕が歯髄腔および歯肉縁下まで及んでいた"4,!6, 76|,|67は根管治療後に生物学的幅径の再確立 が必要と判断した。これを目指すために「矯正的挺 出」を選択した。当該歯の近遠心に歯が存在する場 合はS字のアンカーを設け(図3),また当該歯が最 後臼歯の場合は図4に示す装置を作製し矯正的挺出 図1 症例1の初診時口腔内写真。歯頚部に多くのう蝕が認められる。 歯科学報 Vol.113,No.2(2013) 161 ― 45 ―
を行った。生物学的幅径を再確立し,歯質のマージ ンが歯肉縁上に設定された時点で補綴治療へ移行し た。最終補綴時,歯肉に炎症を認めなかったため, 全部鋳造冠のマージンは歯肉縁下0.5mm に設定し た4) 。 平成21年3月にすべての補綴治療は終了し,メイ ンテナンスに移行した。現在3ヶ月ごとに来院して おり,良好な経過を辿っている(図5,6)。 症例2 患者は62歳,女性。!5の動揺を主訴に来院した。 同部はX線検査にて根尖に及ぶ骨吸収を認め,動揺 度は3度であった。全顎的に歯肉の腫脹,発赤,4 ∼8mm の歯周ポケットを認めた。全身既往歴,家 族歴に特記事項はなく,非喫煙者であった。主訴の ! 5は,歯周基本治療中に抜歯した。歯周基本治療後 の再評価で,とくに|45は歯周ポケットが7mm 残存しており,X線検査では歯槽骨レベルは根尖 1/3∼1/4程度,水平性・垂直性混合型骨吸収像を呈 していた(図7)。 |45の治療計画として,歯周組織の改善を目的 に再生療法を考慮したが,歯槽骨の欠損形態から期 図2 初診時X線写真。補綴物・修復物に2次う蝕を認める。 図3A !6根管治療終了時の口腔内写真。残存歯質は歯肉縁下に存在する。 図3B 根管治療終了時のX線写真。 図3C 挺出開始時の口腔内写真。|57にS字のアンカーを装着。アンカーには.028, フックには.018のラウンドワイヤーを用いている。パワースレッドにて牽引。 図3D 挺出開始時のX線写真。 図3E 挺出開始1.5ヶ月後の口腔内写真。歯質は歯肉縁上に存在する。 図3F 挺出開始1.5ヶ月後のX線写真。根尖の位置が歯冠側に移動しているのがわかる。 藤田,他:症例を長期安定に導く MTM の応用 162 ― 46 ―
図4A !7挺出開始時の口腔内写真。 図4B 挺出開始時のX線写真。 図4C 挺出が終了し,保定中(挺出開始から3ヶ月後)のX線写真。!7周囲の骨も歯冠側に移動している。 図6 症例1のメインテナンス3年目のX線写真。 図5 症例1のメインテナンス3年目の口腔内写真。 歯科学報 Vol.113,No.2(2013) 163 ― 47 ―
待できる歯周組織の再生は限定的であることが予測 された。よって,垂直性骨欠損を含んだ歯槽骨レベ ルおよび歯冠歯根比の改善を目的に矯正的挺出を行 うことにした。同部は,矯正的挺出の前処置として 根管治療および歯周外科治療を行った。Ramfjord ら5−7) は,歯周外科治療後の創傷の治癒は約1∼1.5 ヶ月と報告しているため,本症例における矯正的挺 出は手術から約1ヶ月後に開始した。|3−6にか けてワイヤーを装着し(図8),弱い矯正力にて挺出 させた。パワースレッドは2∼3週間ごとに交換し た。約3ヶ月かけて歯周組織とともに歯を歯冠側に 移動させ,目的の位置まで挺出したところで保定に 入った。そして挺出により再生しつつある骨組織が 成熟し,最終補綴治療に入るまでの約4ヶ月間を保 定に要した。最終補綴は歯冠歯根比が必ずしも良好 ではなく,軽度の動揺が残存したため|456の連 結鋳造冠とした。 本症例は平成19年1月にサポーティブペリオドン タルセラピー(SPT)に移行した。現在2ヶ月ごとに 来院しており,SPT 移行から約6年経つが良好な 経過を辿っている(図9)。 症例3 患者は65歳,女性。歯周治療を希望して来院した (図10)。歯肉の発赤,腫脹は軽度で歯周ポケットは 全顎的に3∼5mm であった。上顎前歯部はフレア アウトしており,側方運動時の咬合様式は犬歯によ る誘導を得られず,グループファンクションドオク 図9A 歯周基本治療後の|45のX線写真。 図9B 最終補綴直前の同部のX線写真。垂直性骨欠損を含む骨レベルの改善が 認められる。 図9C SPT6年目の同部のX線写真。Bと比較して歯槽骨レベルは平坦化し, 安定している。 図8A |45挺出開始時の口腔内写真。あらかじめ!6をテンポラリークラウンに置き換え, |36にアンカーを設けた。アンカーには.028,フックには.018のラウンドワイヤー を用いている。パワースレッドにて牽引。 図8B |45挺出開始時のX線写真。 図7 症例2。歯周基本治療 後 の|45のX線 写 真。 両隣在歯と比較し骨吸収 が著しい。 藤田,他:症例を長期安定に導く MTM の応用 164 ― 48 ―
ルージョンであった。!2は加齢とともに徐々に唇側 傾斜してきたとのことで,動揺が著しかったため3 年ほど前に近医にて抜歯したという。そのため!3は 近心傾斜しており,動揺のある下顎前歯はスーパー ボンドで暫間固定されていた。また"2は捻転してお り,歯頚部にくさび状欠損がみられた。X線検査で は全顎的に歯根1/2程度の骨吸収を認めた(図11)。 治療計画として,歯周基本治療を行い,その後の 再評価で SPT へ移行するとしていた。しかし,歯 周基本治療中に"2が歯頚部で横破折したため,治療 計画の変更を余儀なくされた。同部は捻転していた がゆえに歯間スペースが狭く,前装冠による補綴治 図10 症例3の初診時口腔内写真。!2は抜歯されており,下顎前歯は暫間固定されている。 図11 症例3の初診時X線写真。 歯科学報 Vol.113,No.2(2013) 165 ― 49 ―
療が困 難 と 思 わ れ た。そ こ で 下 顎 前 歯 部 を 精 査 し,43|間,31|1間にスペースを認めたため, MTM にて!2部に1歯分のスペースを確保するとと もに"2を回転させた後,③2①|①②③ブリッジに よる永久固定の計画を立てた。加えて,フレアアウ トしている上顎前歯部も MTM にて歯列を改善さ せ,犬歯誘導の咬合様式を確立する計画を立てた。 患者へ治療計画を説明したところ,上顎前歯部の MTM には同意を得られず,下顎前歯部に対する MTM のみ行うこととした。 歯周基本治療後,下顎前歯の歯周ポケットは3 mm 以下にコントロールできたため MTM を開始 した(図12)。約3ヶ月の期間で計画通りの位置まで 下顎前歯を移動させ(図13),保定に入った。保定期 図13A,B 31|間にオープンコイルを挿入し,!3を遠心移動させる。 図13C,D "2の捻転を改善させるため,回転力をかけ始めた。 図13E,F 保定直前の口腔内写真。!2部には1歯分のスペースが確保されており,また"2の捻転は改善されている。 図12 ブラケット装着時の口腔内写真。ブラケットは.018スロット,スタンダードタイプを, ワイヤーは Ni-Ti の.016を用いた。両側臼歯部はアンカーロスを防ぐために結紮線にてエ イトタイを施している。エラスティックリガチャーを使用。 藤田,他:症例を長期安定に導く MTM の応用 166 ― 50 ―
間中に最終補綴のため31|123は根管治療を行 い,保定から約6ヶ月後に最終補綴物を装着し,平 成18年5月に SPT へ移行した。 現在3∼4ヶ月ごとに来院しており,SPT 移行 から6.5年経つが良好な経過を辿っている(図14, 15)。 結果および考察 今回,口腔内の健康を長期に安定させることを目 的に,MTM で歯周環境を改善させた症例について 報告した。症例1は生物学的幅径を再確立させるた めに矯正的挺出を行った。この目的での矯正的挺出 は,MTM の中では比較的容易な手段と思われる。 生物学的幅径とは,歯槽骨縁上の結合組織性付着の 図14 SPT6.5年目の口腔内写真。歯肉に炎症所見は認められない。 図15 SPT6.5年目のX線写真。 歯科学報 Vol.113,No.2(2013) 167 ― 51 ―
約1mm と付着上皮による上皮性付着の約1mm を 合わせた約2mm の幅,もしくはこれに約1mm の 健全な歯肉溝を加えた骨縁上の約3mm の幅のこと を指す8,9) 。一般歯科医が日常臨床において生物学的 幅径を考慮しなければならないのは,深部う蝕(う 蝕が歯肉縁下まで及んでいるケース)や歯冠破折が 歯槽骨縁に及んだ場合であろう。治療後の補綴・修 復物が歯肉縁下深くに挿入されて生物学的幅径を侵 しているならば,歯周組織の炎症は惹起され,組織 破壊へとつながる8) 。よって補綴物と歯周組織の適 正な位置関係を築くことは重要である。補綴物の脱 離や歯根破折を防ぐ目的で,補綴物のマージンを設 定するためには1mm 以上の健全歯質が必要であ り,生物学的幅径を含め骨縁上に4mm 以上の健全 歯質を確保することが望ましい9,10) 。生物学的幅径 を再確立する主な方法として,①矯正的挺出,②外 科的挺出,③歯冠長延長術が挙げられる3) 。この中 で歯冠長延長術は,短期間で補綴治療に移行できる という利点がある反面,歯槽骨の削去を伴うため周 囲軟組織と不調和をきたしやすいという欠点もあ る。審美領域である前歯部において,とくに対象が 1歯2歯など限局的であれば,より審美障害を招く だろう。また,ルートトランクの短い大臼歯の場 合,歯冠長延長術では歯槽骨の削去に伴い根分岐部 が露出するリスクがある。これは医原性に根分岐部 病変を作り出してしまうことになり,極力避けた い。矯正的挺出は,その方法の特徴として周囲組織 (歯肉,歯槽骨)も歯と同様に歯冠側に移動する11−13) ため,前述のようなリスクを回避できると思われる (図16)。 このように矯正的挺出後は周囲組織が歯とともに 歯冠側へ移動するため,歯肉の歯頚ラインや歯槽骨 のレベルが不規則になることがある。これが意図し たものでない場合,歯周環境を整えるために歯周外 科治療(通常,歯肉弁根尖側移動術:Apically Posi-tioned Flap)が必要となる1,3) 。また,挺出歯の後戻 りを防ぐために挺出後早期に歯周外科治療を行い, 付着を再構成することが要求される。しかしなが ら,患者不安や全身的な問題で全ての症例で外科治 療を行えるわけではない。最近では非外科治療に て,この周囲組織の変化に対応する方法も報告され ている14,15) 。 症例2は垂直性骨欠損の改善を目的に矯正的挺出 を行った。中等度∼重度歯周炎によって引き起こさ れる垂直性骨欠損の治療法として,①再生療法[組 織再生誘導法(GTR 法),エナメルマトリックスデ リバティブ(EMD),骨移植術],② MTM,③自己 再生などが挙げられる3)。3壁性の垂直性骨欠損は もっとも再生が起こりやすく,その中でも深くて狭 い骨欠損形態はとくに自己再生しやすい。再生療法 は骨欠損の改善と同時に付着の獲得を期待している のに対して,MTM は骨欠損の改善のみが目的とな り,歯根周囲の付着量の変化は期待できない。これ はある意味 MTM により垂直性骨欠損の改善をねら う上での欠点かもしれない。再生療法のうち GTR 法の適応症は2壁・3壁性の垂直性骨欠損であり, EMD は2壁・3壁性(1壁性)の骨欠損を含め,X 線写真上にて深さ4mm 以上,幅2mm 以上,根面 と骨壁の角度が25度以下の骨欠損は成績が良好とさ れている16) 。本症例はX線写真上,1壁・2壁性の 垂直性骨欠損とみられ,また広く浅い骨吸収タイプ の歯槽骨レベルであったので再生療法による骨欠損 および骨レベルの改善は難しいと判断した。よっ て,本症例では垂直性骨欠損および歯槽骨レベルの 図16A 症例1。!6挺出開始時のX線写真。 図16B 挺出終了時。 図16C 保定6ヶ月後。根分岐部および根尖部に骨の添加が認められる。 藤田,他:症例を長期安定に導く MTM の応用 168 ― 52 ―
改善,歯周補綴を考慮した歯冠歯根比の改善を見据 え,矯正的挺出を選択した。 本症例における矯正的挺出の場合,歯の挺出に伴 い歯根膜が歯冠側に移動し,歯根膜の骨誘導により 骨が添加されることを期待している。そして矯正的 挺出は歯の全周において骨の添加を期待でき,1壁 性や囲繞性骨欠損など再生療法では骨欠損の改善が 困難と思われる症例に対して有効である3,17) 。対象 歯やその周囲組織の環境が適応症であれば,垂直性 骨欠損に対する予知性の高い治療オプションとして 理解しておくべきだろう。 症例3は歯列不正の改善および補綴前処置のため に,MTM として傾斜移動(歯体移動)および歯の回 転を行った。本症例は,"2の歯冠破折が MTM を 行うきっかけとなった。当該歯は捻転していたた め,隣在歯の歯根と近接しており補綴治療を行うに は適切なスペースを確保できなかった。その歯の予 後を良好なものにするためには,適切な補綴物を装 着しなければならないし,何よりセルフケアできる 歯周環境を与えなければならない。また,!2を歯周 炎によって抜歯した既往と,暫間固定されているに もかかわらず下顎前歯は軽度の動揺があり,患者も 不安を抱えていたため同部に対する MTM および 補綴治療が受け入れられたと思われる。 現 在,天 然 歯 に お け る 理 想 的 な 咬 合 様 式 は, ミューチャリープロテクテッドオクルージョンもし くはグループファンクションドオクルージョンとさ れている18,19) 。初診時,患者の上顎前歯はフレアア ウトを呈しており,側方運動時の咬合様式はグルー プファンクションドオクルージョンであった。当 初,下顎前歯部の MTM による補綴治療に加えて 上顎前歯部も MTM を行い,フレアアウトの改善 とともにミューチャリープロテクテッドオクルー ジョンにできればと考えていた。しかしながら,患 者が必要以上に手を加えることを拒否したため下顎 前歯部のみで対応した。現在の口腔内の経過から考 察すれば,当初の計画はオーバートリートメントに なりかねなかった。また,無理に咬合様式を変える ことのリスクも検討するべきであろう。 渡辺ら20) は,「MTM というと,一般的に“咬 合 を変えない”“歯列のアーチはいじらない”ものと して扱われているが,むしろ積極的に MTM によっ て歯列不正や咬合関係の改善を行えれば,必要以上 の非可逆的な補綴的介入を回避し,より低侵襲な介 入で済む」と述べている。本症例はブリッジによる 補綴治療が前提にあったため,渡辺らの「非可逆的 な介入」を避けることはできなかった。しかしなが ら,支台歯の5本について可能な限り抜髄処置を避 けることができたのなら,Minimal Intervention に なったと考える。 本論文で MTM の有効性について考察したが, 重要なことは確実な診断のもと,術者の技量に合わ せた症例の選択を行うことである。困難と思われる 症例では,歯科矯正専門医の指導の下で行うべきだ ろう。 まとめ 近年,インプラント治療は爆発的に普及し,症例 1や2のケースでは歯の保存よりも抜歯,インプラ ント治療が選択されることも少なくないと思われ る。たしかにインプラント治療の成績は向上してお り予知性も高まっている。しかし,歯根膜という特 異的な機能を備えた組織は天然歯にしか存在しない し,患者にとって歯をなんとかして保存しようと試 みる歯科医はどのように映るだろうか。一般歯科医 も MTM という治療オプションを持つことによっ て歯を効果的に保存し,健康で安定した口腔内環境 へ導くことができるということを改めて考える必要 があると思う。 文 献 1)百瀬 保:MTM チェアーサイドマニュアル,8,146 −147,日本歯科評論社,東京,1995. 2)栗田春海:大人の MTM 子どもの MTM,2−3,医 歯薬出版,東京,1986.
3)月星光博,月星千恵編:Minimal Tooth Movement 一 般臨床医のための MTM,12−14,18,42,51−52,クイ ンテッセンス出版,東京,2003.
4)Newman MG(ed): Restorative interrelationships. Car-ranza s Clinical Periodontology, 11thed. 610−614, Elsevier Saunders, St. Louis, 2012.
5)Ramfjord SP, Engler WO : A radioautographic study of healing following simple gingivectomy. Ⅱ. The connective tissue. J Periodontol, 37:179−189,1966.
6)Engler WO, Ramfjord SP : Healing following simple gin-givectomy. A tritiated thymidine radioautographic study. Ⅰ. Epithelialization. J Periodontol, 41:298−308,1966. 7)Cutright DE : The proliferation of blood vessels in
gin-gival wounds. J Periodontol, 40:137−141,1969. 8)Ingber JS, Rose LF, Coslet JG : The biologic width 歯科学報 Vol.113,No.2(2013) 169
a concept in periodontics and restorative dentistry. Al-pha Omegan, 70:62−65,1977.
9)Nevins M, Skurow HM : The intracrevicular restorative margin, the biologic width, and the maintenance of the gingival margin. Int J Periodontics Restrative Dent, 4: 30−49,1984.
10)Wagenberg BD, Eskow RN, Langer B : Exposing ade-quate tooth structure for restorative dentistry. Int J Peri-odontics Restrative Dent, 9:322−331,1989.
11)長澤伸五:やさしい症例から始められる包括臨床に活か す MTM,12−15,クインテッセンス出版,東京,2007. 12)月星光博,岡 賢二:歯周治療の科学と臨床 歯周病の 治癒と治療のゴールを目指して,51−61,クインテッセン ス出版,東京,1992.
13)Pontoriero R, Celenza F Jr, Ricci G, Carnevale G : Rapid extrusion with fiber resection : a combined orthodontic-periodontic treatment modality. Int J Periodontics Re-strative Dent, 7:30−43,1987.
14)Carvalho CV, Bauer FP, Romito GA, Pannuti CM, De Micheli G : Orthodontic extrusion with or without cir-cumferential supracrestal fiberotomy and root planing. Int J Periodontics Restrative Dent, 26:87−93,2006. 15)Braga G, Bocchieri A : A new flapless technique for
crown lengthening after orthodontic extrusion. Int J Peri-odontics Restrative Dent, 32:81−90,2012.
16)特定非営利活動法人 日本歯周病学会:歯周病の検査・ 診断・治療計画の指針2008,27−28,医歯薬出版,2008. 17)千葉英史:骨縁下ポケットの診断と治療方針チャート, BASIC Periodontics2(北川原 健編),2−6,医歯薬出 版,東京,2002. 18)羽賀通夫:咬合学入門,61−64,医歯薬出版,東京, 1980. 19)福島俊士,平井俊博,古屋良一:臨床咬合学−診断から 治療まで−,51−59,医歯薬出版,東京,1992. 20)渡辺隆史,徳永哲彦編:歯科医展望別冊 はじめての MTM,6−19,医歯薬出版,東京,2011.
Minor Tooth Movement as Modality for Long-term Stability of Treatment Outcomes
Takahisa FUJITA,Atsushi SAITO
Department of Periodontology, Tokyo Dental College
Key words : MTM, Self-care, SPT
This report describes the application of Minor Tooth Movement(MTM)in general dentistry and discusses its effects through the treatment of three different cases. In everyday dental practice,cases such as deep subgingival caries lesions,fractures that extend to the alveolar bone,and periodontal lesions with angular bony defects are frequently encountered. Although MTM is considered to be a part of orthodontics,an appropriate use of MTM can improve periodontal conditions in such cases and yield a favorable relationship between restorations and periodontal tissue. Through the experience gained by treating these three cases,it is suggested that MTM can be an effective treatment modality for the improvement of the oral environment and long-term stability of treatment outcomes.
(The Shikwa Gakuho,113:160−170,2013)
藤田,他:症例を長期安定に導く MTM の応用 170