幕末明治初期多摩地域豪農の書物入手法
中西
裕
はじめに
一般的に庶民は読書記録や購書記録を残すことが少ないため、どんな読
書生活がなされていたかを知ることは難しい。文筆家が書物の入手や読書
について書き残すことが多いのと比べると対蹠的な事情がそこにはある。
本稿は、
幕末から明治初期
(ここでは明治二〇年代までとする)の時代に
多摩地域に居住した豪農層の日記に記述された彼らの読書および書物の入
手法に関する記録を調査報告するものである。
豪農層は名主などの村役人を務めることが多く、庶民層とは言えないか
もしれないが、それでも一面は農民であることもまた確かである。彼らが
名主などの村方三役の職務を果たすためには読み書きの能力が求められ、
寺子屋で子弟の教育を行うことも多かった。
使用する史料は彼らの日記であるが、国文学研究資料館史料館編『農民
の日記
1』収録の「日記一覧
2」に掲げられた武蔵国一七点、多摩郡二二点、
合計三九点の中から多摩地域に居住した豪農による日記のうち九点につい
て関係する記録を抜き出して調査した。ただし、今回はごく一部を除き、
翻刻されたものを基本として扱うこととする。
日記に記される読書記録や購書記録は断片的な事項が多く、それらから
何らかの歴史的事実を考えることはなかなかに難しい。さしあたりここで
は記された記事を表にまとめ、コメントを付けることによって当時の状況
を紹介してみる。
以下の各日記とも同様であるが、表には日記に記された読書および図書
資料の入手に関わる記事を中心に図書に関する事項を示した。挙げられて
いる具体的な書名
誌名などのもとにそれに関わる記事をまとめて摘記し、
記された年月日を記す。また日記における書名に関する記述から推定でき
る書誌事項を記した。推定はあくまでも可能性を示すものである。推定に
当たっては『國書総目録』
、国文学研究資料館の「日本古典籍総合目録」
、
国立国会図書館をはじめとする図書館のOPAC
(蔵書検索システム)、国
立国会図書館の
「近代デジタルライブラリー」
、
早稲田大学図書館の
「古
典籍総合データベース」などを用いた。また、古典的な著作については著
作レベルでどの書籍かは容易に判別できても、具体的な書誌レベルでの同
定は不可能であるため、特定不能とした。
取り上げる日記は以下の九点である。
学苑 文 化創 造 学 科紀要 第八 二九 号 三 八~六五 (二〇〇九 一一)一
『指田藤詮日記
3』
二
『富沢家日記
4』
三
『小島政則日記
5』
四
『指田茂十郎日記
6』
五
『原豊穣日記
7』
六『比留間七重郎日記
8』
七
『五十子敬斎日記
9』
八
『宇田牛五郎日記
』
九
『比留間雄亮日記
』
一
指田藤詮
指田藤
ふじ詮
あきら (一七九五 一八七一)は寛政七年に武蔵国多摩郡中
なか藤
とう村
(現、 東京都武蔵村山市)に生まれた。
代々農業の家だが、
父福明はのち神職とな
り、藤詮一四歳のときに死去、藤詮は農業をしながら、一〇年後に神職を
継ぐことを許される。
天保一四年に至り陰陽師指田摂津正の仮許状を下付
された
。
藤詮は農業を営むかたわら神職
陰陽師でもあるという特殊性のためも
あってか、
『古史成文』
など国学系の図書をはじめ、
漢詩、
医学、
実録物
など幅広い読書を行っている。
また、書籍の書写を師匠の斎藤寛
に頼まれて行ったり、その遺著を別
人の依頼で書写したりしている。藤詮は師のもとで学んだ。天保五年一月
一九日条には「先生宅例格神農講出席」の記事が見られる。ところが斎藤
寛
は天保八年二月一七日に自ら命を絶ってしまった。日記には「先生自
殺」とのみあり、どのような事情があったのかは記されない。三日後に検
死、その夜葬送が行われた。師の遺した著作の書写に一年以上を費やして
いる。
書籍商との交渉も見られる。天保六年一月には久米川の本屋が新年の挨
拶にやって来る。また、砂川本屋とはしばしば往来があり、慶応二年一二
月には町谷村の本屋奥右衛門が二度来訪している。この町谷は現在浦和市
に入っている町谷であろう。さらには書店の名前は不明ながら、慶応二年
以降になると、所沢にしばしば書籍を買いに訪れている。
藤詮が活動していた時期は幕末から明治に変わる時代であり、その時代
を背景としていたため、書籍を書写する時代から購入する時代への変化が
読み取れる。
表1
指田藤詮
書 名 記 事 年月日 推定書誌事項 続万葉 続万葉四冊書写成 ル 天保 5 1 27 続万葉 云 々の書 数 種 あり。 『続万葉 集秘説 』 契沖ほ か 著 5 冊あたりか 久米川本屋 為 年 礼 来 ル 天保 6 1 13 備急 本 艸 図先 生 ヨリノ 頼 ニヨリ 、 備急 本 艸 図写出来 ス 天保 6 12 1 『本 草備急薬 図』 今大路玄淵 著なる 書あれど不明 四 [ 書 ]ノ蒙引 砂川村本屋 ニテ 四 [ 書 ] ノ蒙引ヲ求ム 天保 7 2 20 [ 不明 ] 誠 斎絶 句誠 斎絶 句 書写 終 ル 天保 7 3 10 楊誠 斎 ? 剱南 詩 稾剱 南 詩 稾 、十一行 帋 数 六十 枚 、八十二 巻 ヨリ 天保 7 9 22 『 剣南 詩 稿 』 宋 陸游 85巻 か八十五巻ニ至ル書写成 剱南詩稾三十ヨリ三十 九[ 書]写ス 天保 8 11 12 西遊雑記 西遊雑記 小児全書告 志 書写成ル 天保 8 7 30 [古河古松軒著か、 ただし別著者同名 書 4 種あり] 小児全書告志 [不明] 宇田川榛 斎著(詳細不明) 、 著者不明( 2 冊) の 2 種あり 近代真疑録 所沢ニ行、近代真疑録 十五巻ヲ求ム 天保 9 3 13 [不明] 亀山敵討実録 亀山敵討実録ノ写成ル 天保 10 5 4 正木残光序 元禄 6 序本 玉川大図 書館巻 1 存か。 ほかに寛政 9 年一 冊本(写神宮)も あり 医方類選(寛 先 生遺[書] ) 三ヶ嶋村中山氏ノ需ニ ヨリ、 寛 先生遺 [書] 医方類選ノ[書]写ヲ 始ム 天保 10 8 1 [不明] 去年八月ヨリ医方類選 ノ書写ヲ始メ今日成ル、 三 ヶ 島中山健貞老ノ応 于需ルモノナリ 天保 11 11 12 勧進帳ノ前文 金乗院主来駕、用事ハ、 勧進帳ノ前文ヲ板ニオ コシ呉候様ニトノ[コ 天保 12閏 1 28 ト]也 砂川本屋 并 西元禮借宅 ニ行 天保 9 12 5 砂川村本屋小林氏宅ニ 行 天保 10 2 30 砂川本屋ニ行 天保 14 2 1 砂川本屋ニ中清 [藤脱カ] 五郎ヲ 同道ス 弘化 2 12 2 砂川本屋来ル 弘化 3 1 17 砂川本屋ニ行 弘化 3 6 7 馬場氏来ルニヨリ書物 改メ、始終、予、不立 入[コト]ナシ 安政 6 10 28 史微 [?] (故斎藤寛 先生手写) 故斎藤寛 先生手写ノ 史微ヲ引取ル 文久元 4 4 『史徴』 松崎蘭谷 編、奥平広業、中 島雪楼校(寛政 11 中島序)か 大師ノ筆心経(定 家 真筆) 高根村嘉禄来リ、大師 ノ筆心経 定家 真筆 持参 慶応 2 5 18 町谷村本屋奥右衛門来 ル 慶応 2 12 5 町谷本屋奥右衛門来ル 慶応 2 12 18 国史略 所沢ニ行、国史略南華 真経ヲ求ム 慶応 2 12 28 『国史略』 巌 垣松 苗編(文政 9 刊 5 巻 5 冊)か 南華真経 荘 子 外 の注か [特定不能]
二
富沢政恕
『富沢家日記』
は富沢忠右衛門
(魯平 準平父子)が書き継いだ日記であ
るが、ここで扱うのは準平の書いた部分である。準平は富沢政恕とも称す。
武蔵国多摩郡連光寺村
(現、多摩市連光寺)の地主で幕末まで名主を務めた。
富沢政恕の日記には多数の書物に関する記載が見られる。自身で読んだ
本としてはやはり国学系、俳諧、歴史書などが多く、当時の豪農層の一般
的な読書傾向が知られる。
いっぽう、
『家相方答類要』
、『筆学入門』
など
の実用書も記されており、
元治二年に見られる
『算術開平法』
、『算術立法』
などは測量に関する知識を与えるものであったと考えられる。
富沢の場合には書物の貸借が日記にしばしば現われている。文久二年二
月一八日には、
内容不明の書物
『御完国益舂書物』
を求めて訪ねて来た
「勘治郎と申者」を一泊させ、
「貸遣」したとの記事が見られる。父魯平が
「目論見」
た書物だと記されているが、
魯平の著した書物なのだろうか。
とすればあるいは勘治郎は魯平を知る者なのかもしれない。それとも人を
通じての情報なのであろうか。詳細は不明であるが、必要な書物は所蔵者
に直接交渉して借りて読むことが行われていた実状の一端が見られる。な
んらかのネットワークがすでに作られており、さして親しい間柄でもない
者に貸すことが行われている一つの例になろう。
同じ年には『古史成文』三冊を「小のゝミや内藤棗園」に貸した。また、
元治元年には『家相方答類要』三冊を「井上氏」へ「返却」している。そ
の翌年には『筆学入門』を青梅の「森下氏」へ貸し、慶応三年には『日本
歳時記』
を
「壮介方」
へ貸し遣わした。
『古史成文』
の場合には貸与の少
し前に自身が読み終えていることから、勧める意味で貸しているものであ
ろう。
明治九年に見られる神奈川県からおたか
(娘)へ
「小学御賞典として」
本三冊を与えられるようなこともあった。
書籍購入法を知ることができる記事が若干見られる。明治七年二月には
息子の政賢が『十八史略』などを連光寺からほど近い府中へ買いに行って
いる。明治一八年には出
版請
負
人の近藤
圭造
が『武蔵国
風土
記』の
予約
勧
誘
に来たらしく、
刊
行のた
び
に
配達
されている
様
子が見られる。近藤
圭造
の明治一
〇
年にお
け
る
住
所は、
「
第
六大区
一小
区深
川
冨岡
門前
町
七十
番
地」である
。明治一八年も
ひ
きつ
づ
き
都
内に
在
住
と考えられるので、そこ
からこの地まで
売
り
込
みに来ていることになろう。
拾芥抄 拾芥抄ヲ 求 ム 明治 2 4 16 『 拾芥抄 』 洞院公 賢 編 3 巻 3 冊か [特定 不 能] 源流茶 話 所沢市中 ニ 源流茶 話 ヲ 求 ム 明治 2 4 18 『 源流茶 話 』 五世 藪 内 紹智 著 3 巻 3 冊か 古史成文 所沢 ニ 行、古史成文 ヲ 金 三分 ニ テ 求 ム 明治 3 2 28 『古史成文』 平 田 篤胤 著(文 化 8 成 立 15巻 版 本は神 代 部 3 巻 3 冊のみ) [特定 不 能] 甲陽軍鑑 所沢 ニ 行 キ 、 甲陽軍鑑 写 本三冊 ヲ 求 ム 明治 3 9 13 『 甲陽軍鑑 』 高 坂 昌信 著 [特定 不 能] 北山先 生 作文 率 所沢 ニ 行ク、 北山先 生 作文 率 四 巻ヲ 求 ム 明治 3 閏 10 13『作文 率 』 山 本 信 有 ( 北山 )著 [ 成 立 ] 寛 政 10 4 巻 3 冊 [ 漢 文書 ]富沢と図書の関わりを考える上でもう一人重要な人物がいる。それは日
記にも登場する渡辺寿彦である。明治一一年二月の日記に「府中渡辺氏来
日本外史代相渡」とあるのが富沢日記に出てくる限りでは最初の交渉のよ
うである。翌年の正月に「書肆渡辺年始ニ来ル」と書かれているのも寿彦
である。
同じ年の四月には
「渡辺寿彦書籍代価受取ニ来ル」
、
一三年七月
には「府中渡辺寿彦入来」と、相変わらず時々訪問があったらしい。
「書肆」
と書かれたり、
書籍代を取りに来たりしているのを見れば、
こ
の人物が書物を売る立場であったことは自明である。もっとも渡辺寿彦は
単に書店を経営しているのみならず、印刷
出版にも関わっている。明治
一一年二月、まさに富沢を訪れたのと時を同じくして府中新宿で成文舎を
開業、同年に開庁した北多摩郡役所をはじめとする町村役場
学校
養蚕
家などの印刷物を一手に引き受けることとなった
。
のちには
『武蔵野叢誌』
を刊行して自由民権運動との関わりを持つに至る。書籍商から始めて地域
の有力者との関わりを広げつつ新たな事業へと展開していった渡辺寿彦の
活躍をうかがうことができる。
富沢政恕は著作も遺している。元治元年五月条に記された『九重日記』
は自身の著作である。近藤勇ら新
組リーダーたちと同じ時期に富沢も上
洛しており、その際の日記である可能性があるという
。とすれば、
「清書」
と記されているほかの書籍も、富沢の自著かもしれない。元治二年にそれ
らが集中している。
幕末の時代からの富沢の読書は明治に入っても維持されるが、中に福澤
諭吉の著作であろう『分権論』などが見られるようになってきており、新
しい思想を受け入れようする意思が見られる。しかし、自由民権運動との
関わりを持つ豪農層が多く出る中で、富沢はそれらとの関わりは薄い。
表
2
富沢政恕
書 名 記 事 年月日 推定書誌事項 国学玉襷 国学玉襷読初る 万延 2 2 4 『玉襷』 平田篤胤 著(文化 10頃成立 10巻 10冊) [特定 不能] 玉襷八ノ素読 万延 2 4 15 玉襷九之巻今日読畢 万延 2 5 23 俳諧曾庸集 俳諧曾庸集取調 万延 2 5 9 [不明] 出定証 ([ママ] ) 語 出定証 [ママ] 語誦畢 万延 2 5 26 『出定笑語』 平田 篤胤著 文化 8 ? 成立 4 巻 4 冊 [排仏論] 五 十連 音並 ニてに をは 略 五 十連 音並 ニ てにをは 略 考 訂 万延 2 7 日『 五 十連 音 』 笹部 重 世 著 1 冊( 東大 蔵文 化 11写 本) 、 または 『五 十連 音 』 堀秀 成著( 東 博 蔵 明治 写 本) か。 『 弖爾乎波 略 図 義 解 』 堀秀 成著(国 会 図書 館 蔵 安 政 5 年 写 本 1 冊) か 詩歌 俳諧 詠草 詩歌 俳諧 詠草 書 抜 万延 2 10 22 『 和歌 俳諧 詠草雑 記』 (近 世 末成立 静岡 文 芸 大 和 田蔵 外 題 は 旧 蔵者によ る)なる書あり 古 事記 今日 ニ 古 事記読畢 文 久 2 2 11 [特定不能] 霊 能 真柱 霊 能 真柱 読畢 文 久 2 2 18 平田篤胤著(文化玉の真柱再読 元 治 2 閏 5 18 玉の真柱再読 畢 元 治 2 閏 5 19 10刊 2 巻 2 冊) [特定不能] 御完国益舂書物 武州埼玉郡岩槻宿渋江 町年寄勘治郎と申者尋 来先年魯平代目論見候 御完国益舂書物為見貰 度候 ニ而 来候 ニ 付一泊 為致右書類四冊并出張 会所之表札壱枚共貸遣 す尤借受一札取置候事 文久 2 2 18 [不明] 古史成文 古史成文読初 文久 2 2 22 平田篤胤著(文化 8 成立 15巻版 本 は神代部 3 巻 3 冊 のみ) [特定不能] 今日 ニ 古史成文読畢 文久 2 2 24 小のゝミや内藤棗園入 来古史成文三冊貸遣す 文久 2 4 7 富の屋発句集 富の屋発句集草稿校合 文久 2 4 24 25 今日 ニ 富のや発句集 校合 相済 文久 2 4 26 『嵐亭富屋発句集』 (嵐亭富屋著 文 化 8 序 2 巻 2 冊) か 古進 [ママ] 大意 古進 [ママ] 大意を読 文久 2 5 15 今日 [ヨリ] 古道大 意再読 元治 2 閏 5 14 『古道大意』 平田 篤胤著(文政 7 刊 2 冊) [特定不能] 詞の玉の緒 詞の玉の緒読始る 文久 2 7 25 『詞の玉緒』 本居 宣長著(安永 8 自 序 7 巻 7 冊) [特定不能] 俗神道大意 俗神道大意読畢 文久 2 9 21 『俗神道大意』 平 田篤胤述、平田篤 胤門人記 文化 8 講述 万延元年刊 4 巻 4 冊[両部 吉田 垂加神道を 俗神道として排 撃] 京師新聞 京師新聞書写始 文久 3 9 13 京師新聞弐冊書写出来 文久 3 9 18 『京師新報』 文久 2 [雑史]か(写 本 金沢市加越能 所蔵) 九重日記 九重日記清書始 元治元 5 18 『旅硯九重日記』 富沢政恕著 九重日記清書 元 治 元 5 19 20 九重日記清書出来ニ成 元治元 5 21 家相方答類要 井 上 氏 江 家相方答類要 三冊返却 元治元 12 24 [不明] 日本外史 日本外史平氏之巻ヲ読 元治 2 1 6 (以降 25日ま で日本外史を 読んだ記事あ り) 頼山陽著(文政 10 自序 22巻 12冊) [特定不能] 府中渡辺氏来日本外史 代相渡 明治 11 2 23 楠公武経 楠公武経及孫子等復読 元治 2 2 19 『南木武経』 (なん ぼくぶきょう) 別 名楠武経 安藤掃 雲軒編 延宝 9 序 5 巻 5 冊 [兵法] か 孫子 [特定不能]
平家物語 昨今平家物語を読 元治 2 5 8 十九日[ヨリ]平家物 語を読 元治 2 5 22 [特定不能] 松園文集(莠言文 集) 松園文集清書莠言文集 と題号 元治 2 5 24 [不明] 詞花言葉集 詞花言葉集壱冊清書 元治 2 5 27 『詞花言葉集』 巣 居元英著 (写 宮 城(松峰軒志隣写、 日本手習草と合一 冊)なる書あれど 別本か、あるいは 自著か 俳諧ミとり集 俳諧ミとり集壱冊清書 元治 2 5 28 [不明] 韻鏡解 韻鏡解読畢 元治 2 5 29 正胎著『韻鏡解』 1 巻 写本静嘉堂 文庫所蔵 [音韻] か。 『韻鏡易解』 盛典著 元禄 4 刊 2 巻 4 冊の可能性 も。 『韻鏡見妖解』 井上松齋 村上勘 兵衛、寛文 9 [ 1 6 6 9 ] 3 冊も版 心題は『韻鏡解』 で可能性あり 算術開平法 算術開平法披 元 治 2 閏 5 21(参考) 『開平算法』 (写本 1 冊高知大 図書館蔵) 、『算法 開平法』豊田周斎 編 1 冊(写本 1 冊 京大蔵)など あれど[不明] 算術立法 算術立法を開 元 治 2 閏 5 22(参考) 『算術立方 算題術解』中田高 寛著 天明 6 成立 1 冊などあれど [不明] 算術開立開平録 算術開立開平録草稿 元 治 2 閏 5 25[不明] 筆学入門 おうめ筆学入門森下氏 江 遣す 元治 2 9 21 [不明] 兵書尉繚子 兵書尉繚子廿四巻を読 慶応 2 5 14 『尉繚子』 周 尉繚 [多数あり特定 不能] 玉くしけ 玉匣を読 慶応 2 12 25 本居宣長著[特定 不能] 玉くしけ再閲 慶応 3 4 23 日本歳時記 壮 介 方 江 日本歳時記貸 遣す 慶応 3 10 20 『日本歳時記』 貝 原好古編、貝原益 軒補 貞享 5 刊 元治元 7 巻 4 冊 [年中行事] 八幡宮 八幡宮[ナド]之読本 明治 3 5 1 [不明] 協救社衍義 協救社衍義を読始ムル 明治 3 6 28 古史徴開題記 古史徴開題記を読 明治 3 11 7 古史徴を読 明治 3 11 8 『古史徴開題記』 平田篤胤著 文政 2 刊 1 巻 4 冊 [特定不能] 神道書物 神道書物 明治 5 1 24
三
小島政則
小島政則
(一八〇二 一八六七)は武蔵国多西郡小野路村
(現、 町田市小 野路町)の名主。
和歌
挿花
剣術
茶道
蹴鞠
狂歌
書など多くの趣
味を持った。
文久三年三月記事に書かれているのは、
『折焼芝記』
を写させて、
そ
の
新聞紙 新聞紙到来 明治 5 7 20 万国史略 万国史略読畢 明治 6 10 18 『万国史略』 西村 茂樹編刊 明治 6 8 11冊巻 之 2 : 版権免許明治 8 10 15 十八史略 明治 7 2 12 [特定不能] 国史彙類 政賢府中行十八史略国 史彙類求ル [不明] 日本政記 日本政記記畢 明治 7 2 25 『日本政記』 頼山 陽著 京都 頼又 次郎 明治 7 16 冊 千載集 始千載集読畢 明治 7 7 28 [特定不能] 本 神奈川県[ヨリ]小学 御賞典としておたか 江 本三冊を下 明治 9 7 14 分権論 分権論ヲ読 明治 11 7 31 『分権論』 福 澤諭 吉著刊 明治 10 11 書肆渡辺年始ニ来ル 明治 12 1 11 向ヶ岡花林集之序 地誌編輯トシテ若林氏 来…当家系 概略等演 舌シ向ヶ岡花林集之序 一覧ニ借ス 明治 12 4 6 [不明] 渡辺寿彦書籍代価受取 ニ来ル夕刻…借書新聞 紙[等]持参ス 明治 12 4 7 府中渡辺寿彦入来 明治 13 7 22 日華記□ 日華記□ 四冊到来 明治 14 5 6 [不明] 萬葉集解 萬葉集解読 明治 16 2 8 『萬葉集略解』 加 藤千蔭著 20巻 30 冊[成立]寛政 8 萬葉集第二解 萬葉集第二解読畢 明治 16 2 8 9 萬葉集略解 当二月上旬ヨリ本日マ テニ萬葉集略解読畢 明治 16 9 16 武蔵国風土記 武蔵国風土記預 [ママ] 約トシ テ近藤圭造代来 明治 18 1 24 武蔵国風土記豫約東京 深川公園地出板受負人 近藤造 [ママ] 代理人来 明治 18 2 1 武蔵国風土記三帙十二 冊請取代金渡済 明治 18 2 3 武蔵風土記五 配達 ニ 成 明治 18 7 23 武蔵風土記第六 第七 配達 ニ 成 明治 18 11 1 近藤圭造手代武蔵風土 記第十 持来 明治 19 2 1 文章 格 □道寺ヨリ文章 格一 部到着 明治 19 8 9 『文章 格』 橘守 部著 明治 19 2 巻 2 冊 [文法書]筆写料として一分半を支払った事情である。
『小島日記』
については小島日記研究会によって詳しい研究がなされて
おり、挙がっている書名がどの書をさすかの同定作業も進んでいる。この
表においても『豈好弁』
、『海防策』
、『五山堂詩話』についてはその判断に
したがった。
表には示さなかったが、
小島の場合には元治元年一二月一四日の条に
「倭書見順」
を記している。
何かの書物から写したものか、
自ら考えたも
のかは不明であるが、六国史をはじめとして『栄華物語』
、『古事談』
、『将
門記』
、『東鑑』
、『増鏡』
、『太平記』などの史書を、読むべき順に並べてあ
る。もっとも実際に読んだ記録はないようである。
また、文久三年の一〇月には相原村長福寺へ行き、多くの本を買うとと
もに本箱をも購入している。
小島政則は交友範囲が広く、新
組の人々との関係もある。文久三年一
月一六日の条には
「近藤勇
江銕衣を貸ス、
土方歳三
江昨日一刀を貸ス」
と
いう記述まである。
しばしば書物の貸借を行っていることも表に見られるとおりである。た
だし、この表に見る限りでは、小島政則の趣味の広さがうかがえるとは言
えないようである。
もっとも文久四年一一月二三日には『枕文庫』を読んでくれた礼として、
「奥州之客人」
に
「みかん壱籠」
を贈った記事が見られ、
その半月前の一
一月八日には春画に関わる記事が書かれている。そこには「此冊子ハ一日
知己之人訪なにくれとかたらひ候中、
旅
泊之徒然に
者老も若も彼之双紙に
ますものなしと申事故、潜にもとめ得披閲いたし候所」云々の人間的な記
述が見られる。
表
3
小島政則
書 名 記 事 年月日 推定書誌事項 折焼芝記十巻 八日出府之節、折焼芝 記十巻写賃壱分半遣ス 文久 3 3 12 『折たく柴の記』 新井白石著 [成立] 享保年刊 3 巻 3 冊 相原村長福寺 江 書物買 ニ 行…一 金二両三朱 ト百文 又 二 郎 /右 書 物本箱 代 出金 / 一 銀 六 匁 桜渓/ 長福寺書 物 代 同人 [ ヨリ ] 出ス / 一十 匁 本箱 桐 壱 ツ 文久 3 10 25 北潤 文 集 文久 3 11 13 [不明] 小山 田 江 書物箱 等取 ニ 行… 一 北潤 文 集 四 代 九 匁 一倭 版 書 籍 考二 代 四 匁 四分 一金 龍尺 牘 三 代 壱 匁 四分 一小 雲棲 四三 匁 六分 倭 版 書 籍 考『 倭 板 書 籍 考』 幸 島 宗意 著[成立] 元 禄 15 10巻 5 冊 [書誌] 金 龍尺 牘 『金 龍尺 牘 集 』 宝 暦 4 年か 小 雲棲 『小 雲棲 稿 』 大 典 顕常 著 12巻 6 冊 [ 漢 詩文] か。 他 にも 「小 雲棲 」云 々 書 数種 あり 銃戦 記談 八 王 子 秋 山[ ヨリ ] 銃 戦 記談二巻 届来ル 、 外 三巻を遣ス 文久 4 6 6 秋 山 江 銃戦 記談二巻 破 家 三巻貸 シ 文久 4 6 12 『 銃戦 紀 談』 長山 貫(樗園) 著[成 立]文久 3 4 巻 4 冊[ 戦 記]四
指田茂十郎
指田茂十郎由清
(一八四二 一九〇二)は東ヶ谷戸
(現、 羽 村市羽東三丁目)の豪農。指田家は代々玉川上水の管理実務を行う「玉川上水羽村水番人」
の家である
。由清は一九歳から水番人を務め、また養蚕の奨励に努める。
明治一二年神奈川県議会議員、甲武鉄道創立委員、青梅鉄道創立委員、東
海銀行創立発起人なども務めた。
茂十郎の場合、明治元年、同二年の日記に現われる図書関係記事は、す
べてが貸借に関わる。
『群書一覧』
や
『
冨士見十三州』
などは
「中ノ本」
から、貸してくれるようにと言ってきたため、貸し出しをしたということ
里見次郎之上書 石阪伴助来ル、里見次 郎之上書貸ス 文久 4 6 22 『海防策』 里 見次 郎著 豈好扇 文久 4 7 9 『豈好弁』 会 沢正 志斎著[成立]文 化 11 1 冊 烈女伝 一 豈好扇 壱巻 一 烈女伝 八巻 右代 [金額の記入 なし] [特定不能] 枕文庫 一 みかん壱籠 奥州 之客人 枕文庫序文を ヨミ遣候礼也 文久 4 11 22 『枕文庫』 渓 斎/ 英泉 作 画(初 三編)嬌訓亭/主 人(為永/春水/ 一世)作(四編) 渓斎/白水(渓斎 /英泉) 画 (四編) 初編文政五、二編 同六、三編同七、 四編天保三、発端 天保年間刊 4 編 8 巻 8 冊発端 2 冊 [艶本] か [数種 あり。特定不能] 倭書見順 元治元 12 14 千代田問答 一 千代田問答 壱 巻 久保田鶯谷老 江 かス 元治元 12 22 『千代田問答』 [成 立] 嘉永 6 1 冊 [教訓書] 慎機論 『慎機論』 1 冊 渡辺崋山著 青山 [成立]天保 9 夢物語 一 慎機論 并 夢物語 壱巻 富田侯之老臣原氏 江 前 同断 『戊戌夢物語』 高 野長英著[成立] 天保 10 1 冊か 異聞書 一 異 聞 書 但江都淹 留 中 筆 記 巡吏 渡辺 君 江 貸ス、 但 品 川 駅 ニ而 宗 元 通鑑 五巻 宗 元 通鑑 五巻 良循 かし 元治 2 3 14 『 宋 元 通鑑 』明 薛応旗 陳仁錫 評藤 森 天山 等校 元治元 48冊 娯菴 之 詩話 娯菴 之 詩話 を 読 元治 2 7 1 『五山 堂詩話 』 娯 菴居 士( 菊地 五山) 著 七書 俚 言 鈔 十巻 木曾 里正 其方 江 行、 七 書 俚 言 鈔 十巻三沢氏 [ヨ リ ]借ル 慶応 2 6 2 『武 経 七書合 解大 成 俚 鈔 』神田 勝 久編[成立]正 徳 4 25巻 10冊[ 別 書 名 ]『七書 俚 鈔 』[ 兵法 ]である。
『相宗伝法秘書』
は泊まりに来ていた三十郎から茂十郎が借用すること
となった。三十郎は四日後に出てくる下村三十郎と同一人物であろう。こ
のときも泊まっていき、その際には茂十郎が借用したものらしく思われる。
ここでも貸借による書物の入手がごく普通に行われている。
五
原豊穣
原豊穣
(一八四三 一九一七)は多摩郡上布田村の代々名主の家に生れた。
明治六年神奈川県第十区区長、明治一五年南多摩郡長、一九年愛甲郡長、
二四年南多摩郡長、三三年八王子町長などを務め、退職後は葡萄園経営。
原の日記の時代はすでに明治維新後の事情を示すものである。彼は先に
記したように、維新後は区長から郡長、町長などを務めた人物だけに、実
に多数の職務にかかわる書物を読んでいる。日曜などの休暇の日にも読書
をしている姿が見られる。明治一八年九月二七日には「日曜休暇、終日窓
下ニ
坐シ泰西通鑑三四ノ両冊ヲ読了ス」
、
同じく一二月二〇日には
「
日
曜休暇、終日泰西通鑑抄録」と熱心である。
新聞代として明治二〇年前後には月に四〇銭を支払っている。
「雨終日、
炉ヲ擁新聞紙ヲ視ル」
(明治一八年一月二五日)こともあった。
新聞代が必
ずしも安くなかった事情もあって、新聞についても貸借が行われる。明治
一八年一二月には
「夜小寺ヨリ新聞紙を借ル」
。
役所の中において同僚と
の間できわめて頻繁に書物や新聞のやり取りが行われている。
『米国偉観』
第四冊を原は明治二〇年六月二二日に博聞社へ注文した。
ところが、それが届くのは同年の一一月二五日になった。自身で「博聞社
ヨリ漸ク届ク」と書く。入手のために実に五ヵ月を要していることは、出
版流通の上での興味深い実態を示すものである。この博聞社は銀座にあっ
て、
出版を行うとともに書店としても営業していた。
鶴
見村
(現、 横浜市表
4
指田茂十郎
書 名 記 事 年月日 推定書誌事項 相宗伝法秘書 昨夜[ヨリ]泊リ居候 三十郎事未明 ニ 起出兼 而 申込置候相宗伝法秘 書両三冊持参下拙 ニ 示 し出府かけ ニ 付帰村之 節まて借置候事 明治元 10 22 [不明] 白法秘伝 暮六時下村三十郎来一 泊兼 而 借置候□白法秘 伝授候事 明治元 10 26 [不明] 発字便蒙 解宮 川 内蔵 之 輔 来ル発字 便蒙 解 壱 冊 為備 用持行 候事 明治 2 2 1 『発字便蒙 解 』(発 字四 声 便蒙 解 ) 平 野幹 、小川 道 記 編 、 太宰春台訂 宝暦 10序 2 巻 1 冊 [ 音韻 ]か 群 書一 覧 中ノ 本 [ヨリ] 群 書一 覧 并 冨士 見十三 州 借 呉 候 様 申来候 ニ 付 遣 ス 明治 2 2 9 『 群 書一 覧 』 尾崎 雅嘉著 享和 元 序 6 巻 6 冊か。多田 直 浜 編 文 化 9 刊 1 冊の 可能性 も [ 特 定不 能 ] 冨士 見十三 州 『 富 士 見十三 州 輿 地 之 全図 』 船越守 愚 秋山永 年 図 [ 成立 ] 天保 13か鶴見区)
の名主佐久間権蔵は、
三多摩の地域からはずれるため今回の検討
からははずしたが、やはり日記をつけている。その明治一六年一月一九日
の条に「東京銀座ナル博聞社ヨリ、岩倉全権大使ノ米欧回覧実記予約発兌
ノ方法郵着」
とあり、
書物を通信販売していた模様がうかがえる。
この
『米欧回覧実記』
は自社の出版物である。
また、
同じ佐久間の同年一月三
一日の日記には
「
[子息の]亮弼
[中略]銀座博聞社ニテベンザム氏立案ノ立
法論綱ヲ購ヒ」とある。この書は律書房もしくは中外堂の出版と見られる
もので、
博聞社の出版物ではない。
『米国偉観』
もまた大岡育造出版にな
るものであった。
もっとも『米国偉観』の延着には別の理由もあったらしい。そのことは
少し
った明治二〇年二月二二日の原日記の記事が示している。
「博聞社
へ法理要論ノ件ニ付催促ス」とあり、その四日後には「解約差支ナキ旨申
来ルニ付、
米
国偉観ト交換致度旨
ニ而先約証書封入郵状差立ル」
と見え、
『法理要論』
を
『米国偉観』
に代えたものらしい。
同年三月七日に
「博聞
社ヨリ書籍差立ノ案内状達ス」
、
その六日後の一三日には
「昨夜古木甚吉
ヘ博聞社出ノ荷物延着取調方端書差出ス、午後通運ヨリ届ク、賃九銭五厘
十八日相渡」と記されている。このとき届いたのが『米国偉観』だとすれ
ば、それは第四冊ではなく、第一冊から三冊までのどれかなのであろう。
その事情を受けての延着なのかもしれないが、当時このような通信販売が
普通に行われ、しかし、書物の流通が万全の状態ではなかったことが知ら
れるのである。
原は通信によって丸善ともやり取りをしている。一例を挙げれば、明治
一七年二月四日の条に
「丸善商社予約金一二両月分弐円郵便為替
ニ而送」
とあり、予約金をあらかじめ払い込んで、刊行のつど予約した出版物が届
けられていた。その際に配達料を別に支払ったり、あとから請求されたり
している。
読書や購書記録がどの程度日記に記されるかの
問題
の一端がこの原日記
に示されている。明治二〇年一二月三日の条に「二十八銭
小説
一
部
代」
と書かれているのがそれである。原は一日の午後に
汽車
で「出
港
」した。
出
港
とは
横浜
へ行くことである。そこに二
泊
して
登庁
、
県会
を
傍聴
するな
どの
仕
事を
終
えて三日に
帰宅
した。この
期
間の出
費
を一覧にした中にその
記
述
がある。つまり、
横浜
出
張
の際に購入したと見られる。
明治一九年九月一九日の「読
本
」も
具体的
な書名は書かれていない。こ
れらからわかるのは、原の
場合
には
娯楽
と
考
えられる
小説
については書名
も書かれないことである。
何
を書き
残
し、
何
を書かないか、記録
者
による
取
捨選
択
が行われているわけである。原はけっして
職務
にかかわる
図
書
雑誌
などだけを読んでいたわけではないはずだが、
娯楽
的
な
部
分は書き
残
していないのである。日記の
性格
から当
然
ではあるが、記録には
フィ
ル
タ
ー
がかかっている。その
点
にも記録から読書を調
査
する
限界
がある。
表
5
原豊穣
書 名 記 事 年月日 推定 書 誌 事 項 差配 人 回達 公令 12 月 1 号甲 第 22号 [ 浅草文 庫設 立につい て書き 写 している] 明治 8 12 6 回 天詩史 石塚俊 造 君 来、 茶話饗 午 飯 、 貸 回 天詩史 明治 8 12 21 『回 天詩史 』 藤田 東 湖著 安政 3 刊 2 巻 日 々新 聞 千 二 百 四 十五 号 [久 保田寛 一なる 人 物 の 寄 書を 写 す] 明治 9 2 18 『日 々新 聞』 博 文 會 社 慶応 4草木図説 昨日石渡ヨリ借ル草木 図説及県庁へ返却分書 籍弐冊、外ニ同氏所蔵 写本農書壱冊合二十三 冊持参ス 明治 13 5 24 前編 飯沼慾斎著 小野職愨増訂 平 林荘 明治 8 10 冊( 20冊合本)か 写本農書 小学本帰途小学本 購フ 明治 15 1 10 『小学本註 : 改正 訓点』 菴編 浦 野庄三郎点 成美 堂明 治 14 2 冊 か 経済雑誌 宅ヨリ経済雑誌農会報 告等届ク 明治 16 3 8 『東京經濟雜誌』 經濟雜誌社 1 號 ([明 12 1 ]) か 農会報告 『大日本農会報告』 大日本農会 1 号 (明 14 8 ) か 毎日新聞 毎日新聞ヲ古着屋帰便 ニ宅届 経済学講習会講義 録 倉俣氏ヨリ経済学講習 会講義録之義ニ付郵書 アリ、次テ講義録モ壱 二七八九十十一十二ノ 八冊到着ス、予約金三 円郵便ニ 而 届ル、 使柿 丸今太郎 明治 16 4 20 『東京経済学講習 会講義録』ウォル ト ベイジホット 等著 経済学講習 会訳刊 明治 15 2 版明治 16 経済学講習会ヨリ講義 録ヲ変シ、更ニ予約出 板ノ照会状アリ 明治 16 10 24 官報 官報購買之義ニ付報知 科ヨリ照会アリ 明治 16 6 7 『官報』 太政官文 書局 明治 16 7 官報紛失分購求ノ件 明治 16 9 1 官報不足分着ス 明治 16 9 4 第三期分三円橋本書記 へ相渡 明治 17 4 1 第四期分三円差替料四 銭共出納掛へ渡ス 明治 17 10 16 官報代価ヲ三円県庁ヘ 送附ス 明治 18 7 23 官報購読義務ニ依リ昨 日分ヨリ官報届ク 明治 19 10 9 官報十月分不足三十三 銭、十二月ヨリ三月 四ケ月分三円、合計三 円三十三銭送ル 明治 19 11 15 官報代三円十二月ヨリ 三月 分会計掛ヘ相渡 ス 明治 20 11 19 昨日官報不着ニ付不審 致候処本日二日分着セ リ 明治 21 2 24 昨日官報代三円会計掛 リ相渡ス 明治 21 4 12 利学 成内氏より利学二冊自 由之理評論壱冊借ル 明治 16 6 10 約 士低瓦的 彌爾著 西周訳述 并評釈 掬翠樓 島村利助 (発兌) 明治 10 2 冊( 上 下巻)
自由之理評論 バックル著 土居 光華、漆間真学訳 自由出版会社 明 治 15 百科全書 百科全書予約ノ件ニ付 丸善商会ヨリ郵便 明治 16 8 20 ウィルレム チャ ンブル、 ロベルト チャンブル編 文 部省摘訳 丸善 明治 17 18 百科全書ノ回答丸善書 店予約掛へ遣ス 明治 16 8 24 百科全書第一冊到達ス 明治 16 11 8 百科全書社会学富国ノ 三種通運ヨリ届ク 明治 17 2 14 百科全書第五回分届ク 明治 17 4 2 百科全書第七回分届ク 明治 17 5 17 百科全書第八回分届ク 明治 17 6 18 百科全書第九回分達ク、 配達料弐銭払 明治 17 7 28 百科全書第九回 下巻第 二 届ク 明治 17 9 8 百科全書第十二回分届 ク 明治 17 11 13 丸善ヨリ百科全書逓送 料四十六銭送附ノ義端 書ニテ請求セリ 明治 18 2 12 丸善へ四十二銭五厘逓 送費ヲ払ヒ百科全書索 引壱部受取リ 明治 18 2 18 百科全書? 丸善商社予約金一二両 月分弐円郵便為替ニ 而 送ル 明治 17 2 4 丸善ヨリノ受取端書来 ル 明治 17 2 8 大人へ弐円丸善予約金 差上ル 明治 17 3 10 野叢誌 北多摩郡書記本田木村 ノ両氏、野叢誌ノ件ニ 付来訪 明治 16 11 3 『武蔵野叢誌』 武 蔵野叢誌社 [編刊] 1 号(明 16 8 ) 講義録十九 講義録十九巻…到達ス 明治 16 11 8 社会学 日曜休暇、成内氏ヨリ 借覧ノ社会学ヲ読ム 明治 17 2 3 『社会学之原理』 ヘルベルト スペ ンセル著 乗武孝 太郎訳 外山正一 閲 経済雑誌社 明治 16 18 18冊 (経済学講習会講 義録) 百科全書社会学富国ノ 三種通運ヨリ届ク 明治 17 2 14 社会学四冊届ク 明治 17 5 17 社会学原理第五…届ク 明治 17 7 14 社会学原理第六冊届ク 明治 17 12 9 社会学七冊届ク 明治 18 3 26 社会学第八…届ク 明治 18 4 29 通信雑誌 通信雑誌届ク 明治 17 2 26 『通信雑誌』 1 號 (明 16 4 ) 通信社 富国論 通運ヨリ届ク 明治 17 2 14 富国論銀行論届ク 明治 17 4 18 『富国論』 亜 当斯 密著 石川暎作、 嵯峨正作訳 尺振 八閲 経済学講習 会明 治 17 21 富国論第四…届ク 明治 17 7 14 七月発兌分富国論五 冊…届ク 明治 17 9 13 富国論第六冊届ク 明治 18 2 3 富国論第七冊届ク 明治 18 4 7 富国論第八冊届ク 明治 18 6 8
富国論九…届ク 明治 18 9 28 富国論第十一冊届ク、 持込賃四銭 明治 20 7 4 経済雑誌社ヘ富国論代 四十銭送ル 明治 21 5 25 書籍 拉雄一買書籍 明治 17 4 11 銀行論 富国論銀行論届ク 明治 17 4 18 ダンニング マク レヲード著 後藤 博見等訳 経済学 講習会 明治 17 …銀行論第三合テ三冊 届ク 明治 17 7 14 …銀行論四冊届ク 明治 17 9 13 …銀行論第七届ク 明治 18 4 29 富国論九銀行論七届ク 明治 18 9 28 銀行論九冊届ク、逓送 費壱銭払 明治 19 5 14 銀行論十一冊届ク 明治 20 8 22 経済学講習会ヨリ壱円 五十銭予約金ノ領収証 端書着ス 明治 17 5 1 経済学講習会ヨリ予約 金催促来ル 明治 17 7 25 経済学講習会ヨリ予約 代金ノ件申来ル 明治 19 5 20 武蔵風土記 浅田徐五郎氏西多摩行、 武蔵風土記予約勧誘書 托ス 明治 17 4 30 『新編武蔵風土記 稿』内務省地理局、 明 17 6 80冊 出板人近藤圭造代理島 崎久衛門来ル、壱部約 束ス、是ハ比留間ノ依 明治 17 12 23 頼状ニ面 [免] シテナリ、即 二回分壱円六十銭相払 武蔵風土記第三回分配 達ス、代金八十銭払渡 ス 明治 18 1 26 宇高署長来訪武蔵風土 記二帙ヲ貸ス 明治 18 3 29 風土記第四帙届ク 明治 18 5 2 武蔵風土記第五帙配達 ス、代金八拾銭相渡 明治 18 8 1 武蔵風土記六七帙着ス、 代金壱円六十銭払渡ス 明治 18 11 25 武蔵風土記稿第十冊届 ク、八十銭払 明治 19 2 14 養蚕日誌 砂川源五右衛門氏へ養 蚕日誌二十冊代弐円四 十銭成内氏ヘ托シ届ル 明治 17 5 13 不明 通信社 通信社及心血集共配達 ヲ断ル 明治 17 6 26 『通信雑誌』 の件 の意か 心血集 『明治志士心血集』 1 号( 明 17 2 ) 東京 : 中學舎 新聞紙 十五日以来郵便不通、 新聞紙十六十七十八日 三葉届ク 明治 17 9 19 宅ヨリ外套届ク、新聞 紙八葉ヲ届ケル 明治 17 11 17 雨終日、炉ヲ擁シ新聞 ヲ視ル 明治 18 1 25
夜小寺ヨリ新聞ヲ貸ル 明治 18 7 13 午后四時徳次郎来ル、 因テ紙幣及ヒ五日市届 新聞紙等届ケル 明治 18 12 17 出港入費…新聞 九銭 明治 19 2 14 [出京費用]六銭 新聞 明治 19 3 2 四月分新聞代牛乳代共 壱円四銭五厘払 明治 19 5 7 十一、十二月分新聞代 八十銭払 明治 19 12 23 弐銭新聞 明治 20 4 16 三四月分新聞代八十銭払 明治 20 4 28 六銭新聞 明治 20 5 15 五月分新聞代四拾銭払 渡ス 明治 20 6 2 壱円廿銭六七八月新聞代 明治 20 8 27 新聞弐銭 明治 20 10 13 壱銭五厘新聞 明治 20 12 3 一月分新聞代四十銭払 明治 21 1 27 二三月分新聞代八十銭払 明治 21 3 31 新聞代四十銭賄払 明治 21 10 29 十一月分新聞代四十銭 相渡 明治 21 11 29 弐銭新聞 明治 21 12 24 十二月分新聞代四十銭払 明治 21 12 28 日本教会雑誌十一 号 日本教会雑誌十一号届 ク 明治 17 10 13 [不明] 民法草案 始審裁判所官腰信治郎 ヨリ民法草案予約ノ件 ニ付照会状来ル 明治 17 10 27 『民法草案』 ボア ソナード氏講義加 太邦憲、一瀬勇三 郎、藤林忠良合訳 明治 16 17 書籍 錦町ニ雄一ヲ訪ヒ書籍 代壱円五十銭相渡 明治 18 2 18 独和辞書 雄一ヘ金三円三十銭独 和辞書代松静社便ニ届 ク 明治 18 2 22 書籍 雄一ニ書籍代弐円相渡 明治 18 3 25 国府田ニ経済学講習会予 約金壱円六十銭届ケル 明治 18 4 22 出京買物…将来ノ日本 経済学講習会費壱円五 十銭 明治 19 12 31 農商工公報弐号 農商工公報二号郵達ス 明治 18 5 2 『農商工広報』 農 商務省 明 18 相模風土記第二冊 田尻氏ニ面会ス、相模 風土記第二冊刻ナリ提 携セラル 明治 18 6 23 『新編相模風土記』 相模風土記三巻土田氏 ヨリ受取、谷合成内ノ 両氏ヘモ配賦ス 明治 18 9 12 蚕事摘要 宮内省出板蚕事摘要二 部谷合孫七富田造酒之 助ヘ下付アリ 明治 18 7 14 『蠶事摘要』 佐々 木長淳著 宮内省 明治 18(栃木縣勸 業報告 第 28号 附録) 泰西通鑑 日曜休暇、終日窓下ニ 明治 18 9 27 『近世泰西通鑑』
坐シ泰西通鑑三四ノ 両冊ヲ読了ス 日曜休暇、終日泰西通 巻抄録 明治 18 12 20 [ トーマス ヘンリー ダイアー 著 ] 嶋 田 三郎 [ ほ か ] 訳 輿論社、明治 16 大人ヘ雄一書籍代三円 差上ル 明治 19 2 1 輿論新誌 夜斎藤書記来リ話ス、 小寺書記 モ 来 ル 、 新聞紙 不残返 シ 輿論新誌貸 ス 明治 19 2 3 『輿論新誌』 正々 社明 10 夜小寺来ル、貸与ノ輿 論新誌ヲ還ス 明治 19 3 25 習字本 旭宇ノ習字本出板人、 砂川ト中村克昌トノ書 状ヲ提携売本ヲ依頼ス 明治 19 2 25 思 談 [出京買物] 壱円八銭 思談初編 明治 19 3 2 出京買物… 思談… 銀 座山中 [他の本と合わ せて]代壱円十銭 明治 19 12 31 『 思談 : 諷世 俗』李頓著 美郷 画 藤田茂吉、尾 崎庸夫合訳 藤田 茂吉 明治 18 (聞天楼叢書) 天主実義 八日町天主教会伝道士 藤川数江来ル、土屋壮 蔵氏ノ書簡及天主実義 壱冊土屋氏ヨリ贈ラル 明治 19 3 27 利瑪竇著 小島準 治点 開世堂 明 治 18 1 冊 英国委員報告第五 冊 英国委員報告第五冊成 内氏ヘ貸与ス 明治 19 5 21 不明 読本 二十銭 読本代 明治 19 9 19 法理原論 法理原論第三号関戸幹 事ヘ相渡ス、同壱号ハ 過日山田英太郎ヘ廻ス 明治 19 12 3 『法理原論』 ル ウヲン エーリン グ原著 オ ド 法理原論六 七合冊ヲ 受領ス 明治 19 12 4 ムーランエール仏 訳 磯部四郎重訳 渡書店 明治 19 5 [同著者で数種 あり] 法理原論四 五合冊読 了ス 明治 19 12 8 法理原論四 五冊関戸 幹事ニ渡ス 明治 19 12 9 法理原論六 七一 回 読了ス 明治 19 12 12 法理原論六 七冊第二 回読ニ着手ス 明治 19 12 13 法理原論関戸幹事ヘ返 却ス 明治 20 4 6 関戸ヨリ法理原論ヲ貸ル 明治 20 6 17 法理原論十六十七合冊 幹事関戸氏ヘ返ス 明治 21 2 29 明法雑誌 明法雑誌十九、二十、 二 十 一ノ三 号ヲ受 了セ リ 明治 19 12 13 『明法雑誌』 明法 社明 治 18 明法雑誌十九、二十、 二十一ノ三号関戸幹事 ニ返却ス 明治 19 12 15 明法雑誌二十二、廿三、 廿四ノ三号ヲ受了ス 明治 19 12 16 明法雑誌ハ一昨日返ス 明治 20 4 6 斯氏農書冬春分二 冊 斯氏農書冬春分二冊本 県ヨリ回送ニナル、代 壱円廿六銭弐厘五毛、 東京ヨリ運賃壱銭六厘 五毛、合テ壱円廿七銭 九厘 明治 19 12 24 『斯氏農書』 訂正 版賢 理 斯的墳 著 岡田好樹、明 石春作共訳 農商 務 省 農務 局 明治 19 20 4 冊
斯氏農書夏秋壱冊届ク 明治 20 8 7 斯氏農書夏秋弐冊分代 壱円五拾八銭同人[霧 島書記]渡 明治 20 8 8 民法哲学千葉幹事ヨリ民法哲学 壱冊受取 明治 19 12 29 『民法哲学』 フ ラ ンク著 飯田宏作 訳 出版者不明 明治 19か 法令全書 一月ヨ リ八月 出京買物…毛布壱枚… 懐中日誌十銭…法令全 書 明治 19 12 31 『法令全書』 内閣 官報局編刊 明治 18 米国偉観 米国偉観、法理要論、 経世偉勲、 思談、刑 法附則、 字海 銀座三山 中 代壱円十銭 博聞社ヘ米国偉観第四 及殖鶏要書ヲ注文ス 明治 20 6 22 『米国偉観』 グラ ント著 青木匡、 島田三郎訳 輿論 閣明 治 19 20 2 冊 米国偉観第四博聞社ヨ リ漸ク届ク、逓送費八 銭 明治 20 11 25 法理要論 出京買物(銀座山中) *右記参照 明治 19 12 31 博聞社ヘ法理要論ノ件 ニ付催促ス 明治 20 2 22 『法理要論』 堀田 正忠著 大阪 書 籍会社(発売)明 治 19 7 博聞社ヨリ法理要論解 約差支ナキ旨申来ルニ 付、米国偉観ト交換致 度旨 ニ而 先約証書封入 郵状差立ル 明治 20 2 26 経世偉勲 出京買物(銀座山中) 明治 19 12 31 『経世偉勲』 尾崎 行雄著 集成社 明治 18 19 2 冊 刑法附則 *右記参照 [特定不能] 字海 『字海』市川盈編、 岡松甕谷閲、河村 靖校 井淵山房 明治 18 2 冊 博聞社ヨリ書籍差立ノ 案内状達ス 明治 20 3 7 昨夜古木甚吉ヘ博聞社 出ノ荷物延着取調方端 書差出ス、午後通運ヨ リ届ク、賃九銭五厘十 八日相渡 明治 20 3 13 国民ノ友第一号 国民ノ友第一号届ク 明治 20 2 24 『國民之友』 民友 社明 治 20 国民の友第二号届ク 明治 20 3 16 国民の友第十号届ク 明治 20 10 21 [国民之友?] 昨日民友社ヘ五十壱銭 前金 ヲ 小為替 ニ テ 差遣 ス 明治 20 8 9 雄一ヨリ定期試験及第 ノ報及書籍代逓送ノ件 ヲ申越…雄一ニ書籍代 弐円五十銭郵便小為替 ニ而 送ル 明治 20 4 2 絵本 九銭 謙三絵本代 明治 20 4 13 西片町ニ雄一ヲ訪ヒ、 書籍代ヲ渡シ…弐円雄 一書籍代渡 明治 20 4 15
字 典 [前項続き] 四十銭字 典 七十弐銭簿記活報 明治 20 4 15 簿記活法 『 簿 記 活 法 實 地 適用』大坪文次郎 著福澤諭吉序 [神奈川] 大坪文 次郎 大坂 博聞 分社(賣捌)明治 20 2 冊 明治字典 大成館ヨリ明治字典予 約ノ件重野編輯長官ノ 慫慂書共々見本ヲ郵送 セリ 明治 20 5 6 『明治字典』 首、 巻之 1 18 猪野 中行等編 重野安 繹総閲 大成館 明治 18 21 19冊 易知録 井上書記ヨリ易知録壱 筐ヲ借ル 明治 20 5 24 陰且雨、終日易知録ヲ読 明治 20 5 29 『○○易知録』 数 種あり [特定不能] 明鑑 夜明鑑一冊ヲ読了ス、 爾後毎夜之ヲ課トス 明治 20 5 24 后二時明鑑第七冊ヲ了 ス 明治 20 5 29 『近世明鑑』 7 巻 7 冊か。 他にも 『明鑑書』 (別書名 明鑑)明暦 3 (和 算書)などあるが、 1 冊本 法律雑誌 長谷川栄ニ法律雑誌ヲ 還ス 明治 20 6 1 殖鶏要書 博聞社ヘ米国偉観第四 及殖鶏要書ヲ注文ス 明治 20 6 22 博聞社ヨリ返事アリ、 直ニ八十八銭郵便小為 替封入差立ル 明治 20 6 25 『殖鶏要書』 武田 吾編訳 松井忠 兵衛 明治 14 井上書記ハ大住郡金目 村四郡連合書籍評価ニ 立会[略]栄蔵大山帰 リ立寄ル、 新聞 并 家書 ヲ托ス 明治 20 8 10 井上書記昨夜帰着二百 円ニ売払候由 明治 20 8 12 共有金(書籍代)処分 ノ件ニ付井上篤太郎橘 川文次郎難波惣平三氏 ヲ召喚諮問ス 明治 20 9 16 団珍 団珍 六銭 明治 20 8 13 『團團珍聞』 團團 社明 10 登記法実用 登記法実用第二代三拾 七銭壱厘井上渡 明治 20 9 13 『登記法実用』 坂 崎儁著小田資治、 麻生悌之輔補 報 行社 明治 19 20 2 冊 斯丁伝 斯丁伝読始ム 明治 20 10 21 『斯丁伝』 ジェー アー シーレー著 内務 省 訳 博聞社 明治 20 3 冊 M A ス タインの 伝記 斯丁伝中巻読了ル 明治 20 11 29 斯丁伝上巻 霜島 書記ヘ 貸 ス 明治 20 11 30 入 九 円 也 大 人貸 付七円 内壱円書籍代 学 資大 人 上ル 明治 20 11 20 小 説 二十八銭 小 説 一 部 代明 治 20 12 3 吉野ノ借本封入返ス 明治 20 12 8 小 学 用本三 部 普 及 舎 ヨリ 小 学 用本三 部 献 本 持参 ニ 而 代 人 来 ル 明治 20 12 13
六
比留間七重郎
比留間七重郎
(一八二一 一八八八)は多摩郡府中新宿の名主をたびたび
務めた家の出、その第一二代である。明治六年の戸長制施行にともない名
主を退役、長男雄亮に後を譲った。
比留間七重郎についてはそれほど多くの関係記事が見られるわけではな
いが、それでも明治一四年七月一日から佐野豊行の家へみやげを持って行
き、一泊ついでに、そこにあった本を見た記録がある。見たのが『国会切
望景況録』と『官員録』であったことは、自由民権運動が盛んだった頃の
比留間の興味がどこにあったかを示すものである。
この時代、新聞の貸借がごく普通に行われていたこともまた日記に示さ
れている。そしてまたそれはきちんと返されるべきものであった。
日記の中には「書物」という単語がしばしば見られる。これが「しょも
つ」
であるのか、
「かきもの」
なのか、
あるいは両方を含むものなのかの
判断が難しいところである。
「書物ス」
がいくつか散見されることから、
「かきもの」が含まれていることは間違いないようであるが、
「書物三時ま
で改」
(明治一九年一二月一八日)、「書物一時間披見ス」
(明治二〇年二月二日)などの例は文書なのか書物なのかの判断ができかねる。
朝野新聞 一部長ヨリ朝野新聞記 載ノ事件 ニ 付照会アリ、 本郡 ニ者 無之旨回答書 直 ニ 差立ル 明治 21 1 28 『朝野新聞』 朝野 新聞社 明治 7 本県公報 本県公報三十九号ヨリ 九十七号 及摘要共代 九十四銭八厘払会計掛 リ渡 明治 21 1 28 『神奈川縣公報』 神奈川県 横浜区 1 号 明 20 3 七月ヨリ十一月 公報 代五十八銭払 明治 21 12 28 書籍八冊 謙児試業ニ出校ス、五 時証状ヲ得テ還ル、因 テ高等科所用ノ書籍八 冊ヲ購入ス 明治 21 4 12 経済大意 関戸ヨリ経済大意ヲ一 冊借ル 明治 21 4 14 『経済大意』 田尻 稲次郎講述 高雄 馬一郎筆記 出版 者不明か 経済書四冊 関戸ヨリ経済書四冊借 ル 明治 21 4 16 新教科書 各校一般ニ新教科書ヲ 用ルノ認可アリ 明治 21 5 8 町村制講究会筆記 町村制講究会筆記一冊 本県ヨリ貸与ニナリ受 領書ヲ出ス 明治 21 5 18 『町村制市制講究 會筆記』 町村制 市制講究會編刊 明治 21 民有 ( ママ ) 社ヨリ 前 金 切 レ ノ 通 知 アリ 明治 21 6 17表
6
比留間七重郎
書 名 記 事 年月日 推定 書 誌 事 項 国会切望景況録 前 日本日共佐野方ニテ 少シク 書ヲ見ル 国会 切望景況録及官員録ヲ 見ル 明治 14 7 2 『国会切望景況録』 仲 田豊 太 郎編 纂 東京 出版 明治 13 11 「日本国会 纂 論 」 附 録七
五十子敬斎
五十子敬斎
(一八五七 一九三八)は安政四年に現在の日野市落川の豪農
の家に生れた。藤四郎とも称す。民権家であり、明治一五年に自由党に入
党、翌年には党の臨時大会にも出席
している。市井の音韻学者としても活
動した。
彼の日記が本格的に書かれるようになるのは明治二六年以降であり、ま
だ明治初期には断片的に書かれているにすぎない。したがって図書関係記
事もまとまって何かが導き出せるものではない。明治も一五年以降の事情
を示すものだが、まだ前代とのつながりの方が強い印象がある。また彼は
明治一七年頃から心情的に悩んで信仰に入り、明治二〇年代に仏教運動を
展開することとなる
。その事情をうかがわせる記述も図書関係記事からは
うかがうことはできない。
八
宇田牛五郎
宇田牛五郎
(一八五九 一九一三)は現、檜原村生れ、上層農家で炭屋
質屋業を営む。のちに助役も務めた。
明治二〇年一月二一日の日記に、彼の書籍入手を示す実状が書かれてい
る。
官 員 録 『改正官員録』 彦 根正三編 博公書 院、明治 13 か 新聞 八時過岩次郎新聞ヲ裏 宅へ返シニ来ル 明治 16 7 21 昨日ミヨ新聞ヲ分署 江 持参ス先方[ヨリ]頼 レシ事ニテ也 明治 19 3 19 官報之新聞三品 幸次ニ豊行方[ヨリ] 官報之新聞三品返ス此 日付二十一日トアル 明治 16 7 24 鎌倉史 鎌倉史見ル *しばしば記載あり 明治 19 2 19 22、 27 28 『鎌倉史』 小 川弘 著 村田直景校 村田直景 明治 17 10冊表
7
五十子敬斎
書 名 記 事 年月日 推定書誌事項 文法書 雨降テ出行セズ文法書 ヲ見ル 明治 15 1 8 外史 朝倉光之助[ヨリ]外 史一部拝受 明治 19 10 15 『日本外史』 頼山 陽著[特定不能] 夢想兵衛物語 八王子行キ 夢想兵衛 物語壱部 男女交際余 論求 ム 明治 19 10 18 『 滑稽島遊 夢想兵 衛 胡蝶 物語』 曲亭 馬琴 著 春 陽 堂 明治 18 男女交際余 論 『男女交際余 論 』 福 澤諭吉 著三 好 守雄 編三 好守雄 明治 19か 訓蒙 日本外史 国 分 寺 村本 多雖軒 先生 病気 ニ付敬斎見 舞 ヲ持 行キ 其 時 訓蒙 日本外 史ヲ 借 来ル 明治 19 12 8 『 訓蒙 日本外史』 頼山陽著[特定不 能]昨年迫 [泊] ニ来リタル八王子横山町之洋本也 [屋] 出頭スルニ付下川苔へ連行右本売捌 手伝スル柏木野出口八十八へ真田三代記及小冊之公証人規則とも金六十銭売 る清水権二郎楠公記及明治太平記弐冊金五十銭実□清水弥十郎廿三年未来記 及英学書ヲ金十五銭売清水兼吉へ開化之用便壱冊一金拾七銭ニ売清水清蔵へ 赤穂議 [義] 士銘々伝一金三十銭ニテ売る外ニ種小冊とも弐三円売る [ママ] タル也但会所 清水弥十郎見世宅也
幕末の頃には行商書籍商が顧客を巡り歩いて書物の販売や貸本を行って
いたが、明治二〇年にも行商の書籍商が存在していたわけである。おもし
ろいのは在住者である牛五郎がその手助けをしていることである。一冊ず
つ売価を書いているのはどういうことなのか。単なる自身の興味からなの
か、あるいは多少の斡旋料などがあったのかなどと考えてしまうが、翌日
の記事に次のようにある。
清水権二郎宅へ立寄居リ処昨日之書藉 [籍] 屋来リ後 越 [越後] 伝吉本壱冊小生へ進上被下 ト申スニ付其 [壱] 冊売 [買] イ大負べし云ニ付絵本柳荒義談壱冊夢想兵衛胡蝶物語リ壱 冊三十銭ト定金拾五銭内金ニテ負テ呉給ひ申速ニ聞済ニ付小生弐十銭差出ス 処五銭返シタル付其五銭ニテ越後伝吉壱冊置呉ト申タレハ速ニ聞済ム二十銭 ニ右書藉三冊ニ求メタル也牛五郎の日記の日本語はきわめてわかりづらいが、これを見ると、牛五
郎はあくまでも好意で書物を売る手伝いをしていたのが知られる。その礼
として書籍商が書物をくれようとしたのである。牛五郎に限らず、顧客が
書籍商を泊めて書物を買っている。
八王子から奥多摩に入ってきた書籍商が家々を巡り歩いて書物を売る販
売方式が、少なくとも山間部では明治二〇年代にも引き続き維持されてい
た。もちろん自身が八王子に出て買物ついでに書物を買ってくることもあ
った。
牛五郎はまた寺子屋を開き、近隣の子
弟
の
教
育
をしている。その
筆
子ら
に本を
与
えることもあった。明治二三年八
月
に
盆
礼に来た子どもらに
『孝
勇
伝
』
や
『滑稽
日本
神
[ 史カ ]』
などを
与
えている記
録
が見られる。
表
8
宇田牛五郎
書 名 記事 年 月 日 推 定書 誌 事 項 文章軌範 文章 壱 巻読始 ム * このあとの日に 「 文 章軌範 」 と明記 明治 19 6 23 [ 特 定 不 能 ] 三 国 誌 [ 志 ] 今 日も 雨降 リニテ三 国 誌読 み 明治 20 1 21 [ 特 定 不 能 ] 絵本柳荒義 [ママ] 談 絵本柳荒義談壱冊夢想兵 衛胡蝶物語リ壱冊 … 買 明治 20 1 22 『 絵本柳荒 美 談 』 編集 人 不 詳 金 松 堂 明治 18など 数 種あり 壱 読 ス明 治 20 3 9 読 リ 終 る明 治 20 3 17 夢想兵衛胡蝶物語 リ * 右記およ び 本 文 参照 明治 20 1 22 『滑稽 島遊 夢想兵 衛胡蝶物語 』 曲亭 馬琴著 春陽 堂 明治 18 越後伝吉 『 大 岡仁政 録 越後 伝吉之伝 』 鶴声社 明治 19など 数 種あ り、 特 定 不 能 一 休和尚 一代記 昨日書藉返リ来テ一 休 明治 20 2 4 『 一 休和尚 年 譜 』和尚一代記呉ルト云置 ニ… [成立] 寛文 9 2 冊 [ 別書名] 一休和尚一代記 通俗戦国策 明治 20 2 18 『通俗戦国策』毛 利貞斎著 [成立] 宝永元 8 巻 18冊 [読本] 明清軍談 八王子書屋ヨリ左之通 リ金ヲ以テ左記書藉求 メル…/金拾五銭 通 俗戦国策壱冊代/金弐 拾銭 明清軍談壱冊 同夜明清軍談之書小生 見終ス 明治 20 3 5 『明清軍談 : 森 偉伝』高崎修助編 原友吉 明治 18 宮本武蔵雄英義談 宮本武蔵雄英義談 ニテ 金弐十銭買遣ス 明治 20 3 30 宮本無三四談義書 午後ハ山本仙太郎及平 野惣右衛門参リ宮本無 三四談義書読聞セる 明治 20 4 12 『宮本武蔵英勇美 談』沢久次郎著 刊明 治 20か 新選いろは字引大 全 『新選いろは字引 大全』玉木本三郎 編京 都 本文 四郎 明治 19か 昨夜壱泊シタル本屋よ り左書藉キ買求メル新 選いろは字引大全壱冊 但片岡義助編輯四声音 訓新選普通玉 大全壱 冊但シ風月庄左衛門之 編輯及弓張月為朝実記 壱冊買求メル 明治 20 4 8 四声音訓新選普通 玉 大全 『新 玉 』片岡 義助編 島林専次 郎明 治 10か 弓張月為朝実記 [不明] 日外 [本脱カ] 史拾二巻 日外史拾二巻上川苔武田 増二郎へ売り代金請取 明治 20 5 1 『日本外史』 [特定 不能] 真田三代記 [ 多 種 あ り 特 定 不能] 男女交合得失問答 出金弐拾弐銭 真田三 代記洋本壱冊/出金九 銭 男女交合得失問答 壱冊/出金拾五銭 西 国立志編壱冊 明治 21 6 2 『男女交合得失問 答』関唯堂著 武 部滝三郎 明治 19 西国立志編 中村正直訳[多種 あり 特定不能] 古文真宝□議 [不明] 心理学 出金七拾銭 古文真宝 □議六冊作蔵求メ/出 金拾銭 手帳及手記本 弐冊[同]人求メ/出 金三拾弐銭 心理学壱 冊洋本作蔵 明治 21 6 3 [多種あり 特定 不能] 呉越軍談 出金拾三銭 呉越軍談 洋本壱冊 明治 22 1 10 [特定不能] 呉越軍談三百弐拾七枚 租読ス 明治 22 1 29 所得税法詳解 明治 22 3 28 『所得税法詳解』 重田錦吾編 神尾 珍閲 法樹書屋 明治 20 □中諳誦便覧 出金五銭 所得税法詳 解壱冊□中諳誦便覧壱 冊代 [不明] 掌中玉編 明治 22 10 22 [不明] 日用イロハ字引 左之物遺失 ス … 実 ハ 本 屋 ニテスリニアイタルナリ [不明] 五 経 [多種あり 特定 不能] 篆隷千字文 新町ニテ五経及篆隷千 字文求メる 明治 22 10 22 [特定不能] 陽太郎 孝 勇伝 [不明] [ 筆 子 が盆礼に来た礼 として ]右 等宅行 山本 善 八陽太郎 孝 勇伝呉る 清 水 久太郎 谷干城評 伝 山本 安 五郎 滑稽 日本神 山崎 房 吉ニハ 操 之一 節 弐冊呉る 谷干城評 伝『 谷将 軍 評 伝 : 国 家干城 』 渡辺 義 方 著 内藤加我 明 治 21か 滑稽 日本神 明治 23 8 18 『 滑稽 日本史』川田 源 太郎 (柳 ) 著か
操之一節 弐冊 『 園 竹 操 一 節 』 琴 亭文彦編 松成堂 明治 19か。ただし 1 冊本 日本外史 [特定不能] [同] 人ヨリ日本外史 壱部四書略解及□楚軍 談等書籍ヲ借用致し置 キ… 明治 24 2 20 四書略解 [特定不能] □楚軍談 『漢楚軍談』 か。 『○○漢楚軍談』 多数あり 五経小本註解 八王子ニ買物左ニ/出 金五拾銭 五経小本註 解拾壱冊及 石墨と も 明治 24 9 21 [不明] 助字輯訳 出金壱銭 助字輯訳小 本壱冊 『(袖珍) 助字輯訳』 柴田利直編 青雲 堂明 治 9 か 武王軍記 出金拾銭 武王軍記壱冊 明治 24 12 4 [不明] 近世名家詩文 中 下 ( 三宅虎太編輯) 出金拾銭 古本七冊代 明治 24 12 5 『近世名家詩文』 三宅虎太編輯 三 宅虎太 明治 10 3 冊 古今名家詩抄(渡 辺助次郎編) 『古今名家詩抄』 渡辺助次郎編 管 城舎 明治 10 日本詠史新楽符 (豊后中島子玉先 生著) 『日本詠史新楽符』 海棠窩主人(中島 米華)著 西京 文石堂等 明治 2 初学詩材巻中(川 『 初 学 詩 材 』 川 内 泰交通輯) 交通(泰) 2 巻 2 冊 易経(後藤点仮名 付)二冊 [不明] 通俗少年演説 出金三拾銭 明治 25 10 15 『(学藝指針)通俗 少年演説』前野嗽 石著 駸々堂 明 治 25 得所真草千字文 不明。ただし得所 は佐瀬得所、すな わち佐瀬得所書の 千字文ならん 唐詩選 出金拾参銭 [特定不能] 四書訓点 [特定不能] タイヤモント節用 字引合本 出金弐拾銭 明治 25 10 16 [不明] 会玉 大全 12巻 毛利貞斎著安永九 年再刻校正監本 [「質物」として取る] 明治 26 2 6 『増続大広益会玉 大全』毛利貞斎 著安 永 9 10巻 首 1 巻 12冊 幼年雑誌 東京ヨリ持参被下タリ 明治 26 10 11 各々壱号宛々籠ヲ以テ 配布ス 明治 26 10 11 『幼年雑誌』 東京 博文館 明 治 24 27 日本文典問答 御遣し被下タル 明治 27 7 20 『日本文典問答』 飯田永夫著 上原 書店 明治 24( 2 版明 治 25) 補 増 [ママ ] 十体 千字文 [不明]