―東京都北区立王子第三小学校NIEシンポジウム2009の記録―
所 澤 潤・岩 上 薫・吉 成 勝 好
赤 池 幹・関 口 修 司
群馬大学教育実践研究 別刷
第28号 227∼240頁 2011
群馬大学教育学部 附属学校教育臨床総合センター
パネリストとして岩上薫(平成21年6月歿)、吉成勝 好、赤池幹が登壇し、司会を所澤潤が務めた。 NIE(Newspaper in Education)は、1930年代に アメリカで始まり、日本では、1985年に新聞大会で提 唱された教育運動で、現在は、日本新聞教育文化財団 (略称:新聞財団)によって推進されている(1)。同校 は2007年度(平成19年度)、2008年度(平成20年度) に東京都NIE推進協議会による実践校となり、併せ て両年度の北区教育委員会研究協力校となっていた。 (解説) 本記録は、2009年(平成21年)1月16日に東京都北 区立王子第三小学校で開催されたシンポジウムの記録 である。当日は、平成19、20年度北区教育委員会研究 協力校研究発表会(テーマ「情報を正しく活用できる 児童の育成―NIEの実践を通して―」)が開催され、 そのプログラムの一つとして同校体育館で約400人の 出席者を前に、研究発表に引き続いて実施された。関 口修司(当時王子第三小学校校長)が企画したもので、
教室の壁を取り払うNIE
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所 澤 潤
1)・岩 上 薫
2)・吉 成 勝 好
3)赤 池 幹
4)・関 口 修 司
5) 1)群馬県NIE推進協議会会長・群馬大学大学院教育学研究科教職リーダー講座 2)東京都NIE推進協議会事務局長(当時) 3)新聞教育支援センター代表 4)日本新聞教育文化財団NIEコーディネータ 5)東京都北区立王子第三小学校校長(現・東十条小学校校長)Use of NIE to remove Classroom Barriers to the Outside world:
Record of Symposium 2009,
Municipal Oji Daisan Elementary School in Kita Ward, Tokyo
Jun SHOZAWA
1), Kaoru IWAGAMI
2), Katsuyoshi YOSHINARI
3),
Miki AKAIKE
4), Shuji SEKIGUCHI
5)1)Department of Leadership in Education, Graduate School of Education, Gunma University, Japan Chairman of Gunma Conference to Promote NIE
2)General Secretary of Tokyo Conference to Promote NIE 3)Representative of the Center to Promote Newspaper Education 4)Coordinator of Japan Newspaper Foundation for Education & Culture
5)Principal of Municipal Oji Daisan Elementary School in Kita Ward
キーワード:NIE、王子第三小学校、教室の壁、新聞教育、多忙感、メディア教育
Keywords:NIE, Oji Daisan Elementary School, globalization of classroom, media education, teacher overwork
一参加した前橋市立第四中学校が実施したプロジェク トで、推進の中心的役割を担っていた折田一人教諭が、 NHKテレビの関東エリアのローカルニュース「こん にちは いっと6けん」で語られた「学校の壁が取り 払われる」という説明を踏まえている(2)。 関口修司による謝辞の部分は、シンポジウムに対す るものではなく、研究発表会全体についてのものだが、 シンポジウムの背景を示すものであるので、併せて掲 載する。 なお、本記録の文字化は創造学園大学非常勤講師の 佐藤久恵が行い、内容は吉成、赤池、関口、所澤の4 名で確認した。 【所澤 記】 研究活動の記録は当日配布された冊子『情報を正しく 活用できる児童の育成∼NIEの実践を通して∼』 〔平成19・20年度東京都教育委員会研究協力校 研究 紀要〕(全91頁)に収録されている。また、東京都小 学校新聞教育研究会が2009年3月31日に発行した『情 報を集め、選び、伝える力を育む新聞教育』〔研究集 録・作品集 第21集 平成20年度版〕の29−45頁にも 収録されている。 テーマの中にある「学校の壁を取り払う」という文 言は、1994年にコンピュータ教育の「百校プロジェク ト」が当時の通産省と文部科学省によって実施された 際に、しばしば語られたと思われる表現を援用したも のである。本シンポジウムでは、当時、群馬県から唯
シ ン ポ ジ ウ ム
総合司会(副校長・堀江英男) お待たせ致しました。 ここで本来ならば、校長が講師の先生方の紹介をする ところですが、時間の関係で、講師のご紹介について は、お手元の資料で代えさせて頂きます。それでは所しょ 澤 ざわ 先生、赤池先生、岩上先生、吉成先生、お願いいた します。 (拍手) 所 しょ 澤 ざわ 潤(司会) それでは早速シンポジウムを始め させて頂きます。「学校の壁を取り払うNIE」とい うちょっと珍しいタイトルかもしれません。今日のシ ンポジウムの趣旨ですが、まず第一に、教員一般には あまりNIEは馴染みがないかもしれません。その馴 染みのないNIEについて理解を深めようというこ と、そして、この2年間王子第三小学校で進めてきた 実践の中で、今日の研究発表の中では出てこなかった、 別な形での実感を取り上げたいと思うんですね。それ は校長先生とよくお話しをしていて私が感じているこ とですが、学校が社会に開かれたような感じがする、 ――そういうような実感なのですが、それを取り上げ るということで、「学校の壁を取り払うNIE」とい うテーマを立てました。 「学校の壁を取り払う」ということなんですが、司 会者とこちらの3人の方々で感覚がちょっと違うかも しれません。まず、私のほうの感じ方を先に説明した生という方が、大正14年(1925年)、わざわざ九州か ら1人の教師を招聘しました。岡山光雄という先生、 ――当時の名称は「訓導」ですが、この岡山訓導はそ れから7年間、滝小で新聞を活用した授業を強力に推 進しました。その実践は、2冊の本にまとめられ出版 されました。一つは『新聞学習――子供に新聞をどう 読ませるか』(先進社、昭和7年、1932年)、もう一つ は『新聞学習提要』(中文書房、昭和7年、1932年) です。いずれも素晴らしい内容です。これはまさにN IE。当時の『東京日日新聞』、今の『毎日新聞』に もそれらの、先生の実践が紹介されています。分野も 多岐にわたっていて、今読んでも新鮮で質の高いもの です。奇くしくも本校の関口校長先生は、王三小に来る 前、滝野川小学校にいらっしゃったんですね。それを 知って、不思議な縁というか関わりの深さを感じて、 非常な感動を私は覚えているのです。 このような、今言いました新聞学習の実践は、実は、 明治時代から,お隣の岩上先生の勤められた学校(誠 せい 之 し 小学校・元校長)の「掲示教育」、それから例えば 「綴り方運動」、さらには「調べる綴り方教育」の実践 などへ、明治・大正・昭和と日本には新聞教育、―― 実質的にはNIEの歴史が脈々と続いています。そし て、御存知のように、戦後新教育の中で新聞教育は脚 光を浴びまして、新しい時代の民主教育のいわばモデ ルの一つにもなりました。その後も弱まったりぶり返 したりしながら、この伝統は引き継がれてきました。 日本の新聞教育は、世界的に見ても誇ることのできる 歴史を積み重ねてきたと私は考えています。 こういうような日本にNIEという言葉が新たに入 って来て、公式に提唱されたのは、今から23年前の 1985年の新聞大会です。NIEというのは、新聞界か ら提起された運動です。新聞界から教育界に対して、 学校で新聞を使ってほしい、授業のために活用してほ しいという投げかけ、呼びかけがありました。それで、 どこでやるか、ということで、東京では、先ほどの紹 介にありました東京都小学校新聞教育研究会(都小新 研)と中学校の新聞研究会に話が来たのです。全国的 には、やはり東京に本部がある全国新聞教育研究協議 会(全新研)です。これらの研究組織が、新聞界から 投げられたボールを真っ正面から受けとめて、一緒に 取り組むようになったのが、そもそもの始まりです。 次の年にはもう研究会や研究授業をしています。次の いと思います。私の感じとしてはですね、学校の先生 というのは――特に小学校の先生は、非常に孤独な仕 事をしているのではないか。孤独な仕事、1人で孤独 な仕事をしている。――それはどういうことかという と、毎日同じ学級集団の子供たちと非常に多くの時間 を過ごしています。朝早くから夜遅くまで同じ集団の 子供のために学校という空間の中で働いている。そし て、保護者、――一般の社会人といっても、保護者と 接することが主ですが、常に子供を間に置いていると いうこと。これが実は非常に孤立した仕事といえるの ではないかと思います。これはしかし、小学校の教師 の仕事の特性として、避けることができないものかも しれません。 しかし、その一方で、日本では教師は、――特に小 学校の先生ですが、子供にとって、世界への窓口、と いう非常に大きな役割を担っています。もしかしたら、 保護者にとっても、世界の窓口かもしれません。子供 も親も小学校の先生をとおして、地域を知り、東京を 知り、日本を知り、世界を知る。これは、実は、江戸 時代に寺子屋が普及して以来、今日に至るまで、日本 の社会が無意識に初等教育の先生方に非常に大きな期 待を寄せている、ということなのではないかな、と思 います。私はそういう意味で、この、先生方が孤独で ある一方で、世界につながっていなければいけない、 ――そういう非常に難しい位置にいると感じていま す。この2つの矛盾することを解決することが学校に 求められている、と、そんなようなことを感じている 訳ですが、まずこの、学校の壁という点について、3 人の方に、それぞれの立場からお話し頂きたいと思い ます。まず、吉成さんからお願いしたいと思います。 吉成勝好 皆さん、こんにちは。2年間王三小(王子 第三小学校)の研究に側面から関わらせて頂きました。 今日は授業を見て、それから研究発表も聞いて、非常 に感動しました。素晴らしい子供たち、素晴らしい先 生方だなあと改めて思いました。実は、私、今日、北 区の王子の地でこういう研究発表会が開かれたこと、 とても感慨深いのです。と言いますのは、ここ北区と いうのは、実はある意味で日本のNIEのメッカ的な 存在です。今から84年前のことなんですが、当時の滝 野川尋常高等小学校、――今の滝野川小学校です、今 日は校長先生も来ていらっしゃいますが、その滝野川 尋常高等小学校の第二代の校長であった山崎菊次郎先
ラ的に実践しているという形が多かったように思いま す。それを、新聞界と教育界が協力して、組織的な教 育運動として推進する。教師も外へ出て行くし、記者 も学校に入ってくる。つまり、学校・教室という組織 の壁に風穴を開けて、社会と学校の相互交流を促す効 果が期待できるのではないかと思いました。 第3は、「NIEは教材観、授業観の転換をうなが すものである」ということです。今までの新聞利用は 多くの場合、教師が自分の教育観にあった新聞記事を 選択し、切り抜き、コピーして、資料や教材として子 供たちに与えるという形が一般的であったと思いま す。それに対してNIEは、子供自身が新聞そのもの を学習材として利用するということに重点を置く。つ まり、教師の壁、――教える者と教えられる者との壁 を取り払う可能性を秘めているというふうに思いまし た。 第4は、「NIEは学校から家庭へ地域へと広がり を持つ生涯学習運動でもある」ということです。今で は「ファミリー・フォーカス」や「地域NIE」とい う言葉が象徴的に示しているのですが、新聞の活用と いうのは、学校の枠を越えて、家庭へ、地域へと広が りを見せていますね。学校教育は学校の中でという教 育の場の壁、――それを取り払い、学校教育と生涯学 習とを結ぶ接点となることが、NIEには期待できる のではないかと思います。 これが、23年前にNIEに出会った時に考えた私な りの結論です。これは私にとってその後NIE運動に 関わってきた原点だと思っています。本日の王三小の 授業研究を見て、そうだなと再確認した次第です。 所澤 どうもありがとうございました。では、次に赤 池さんから特に新聞界の側から見た学校の壁という問 題についてお話しを伺おうと思います。 赤池 幹 みき 日本新聞教育文化財団の赤池です。一昨年 の12月まで新聞社におりまして、最後の約6年間NI Eに関わってきました。その関係で財団のコーディネ ータをというお声が掛かりまして、お引き受けして、 ちょうど1年になります。トータル7年間くらいNI Eをやっている訳ですが、この1年何をやってきたか といいますと、47都道府県のうち大体15都道府県くら いに出向いて、いろんな教育界の方々の意見を頂いた り、NIEの課題を聞いてまわったり、意見交換をし てまいりました。それと、学習指導要領のちょうど改 次の年である1987年に東京で開かれた全国新聞教育研 究大会では、NIEの公開授業と研究発表とシンポジ ウムが行われました。全新研の会長が大会の挨拶で 「NIE元年」を宣言したほどです。ところが、この 大会ではそのNIEに対して大変な批判というか疑問 の声が出てきたのです。どういう批判かというと、 「新聞を授業に活用するのは我々がもうずっと前から やってきたんだ、今さらNIEなんて横文字を使って どういう意味があるんだ」、と。「新聞社の販売戦略に 乗るだけではないのか。新聞社の片棒担ぐのか。新聞 社が関わろうと関わるまいと新聞を授業に取り入れる ことはずっと続けてきたことなので、今さらそんなこ とは言うことではないではないか」というような声で すね。こういう素朴な疑問や危惧の声には、当時かな りの先生方が共感したのではないかと思います。 私はその時に、実は大会の公開授業の授業者をした もんですから、いやでも考えさせられました。「今 我々がやっている、やろうとしているNIEって、今 までの新聞教育とどこが違うのだろうか、どこが新し いのだろうか」と考えて、私なりに結論を出しました。 それが実は今日のテーマ「学校の壁を取り払う」とい うことにすごく関連するのです。4点お話をしたいと 思います。 第1は、「NIEは新しい教育課題に応えるものだ」 ということです。当時、国際理解・環境問題・高齢者 問題・消費者問題など実にさまざまな問題が出てきて いました。それはどれも一つの教科の枠の中では捉え きれない、教科横断的な課題です。それから、これら の問題は関連する情報が次々新しく出てくる、日々変 わってくる、教科書の中に載っている数年前の情報で は現状は見えてこないのです。新聞を活用することに よって、そういう新しい現代的な教育課題に対応する ことができるのではないか。まさしく「総合的な学習」 として、そういうあたらしい教育課題に対応できる。 つまり、NIEは教科の壁、教科書の壁を乗り越える ことができる教育方法だというふうに考えました。そ れが1点目。 第2に、「NIEは教育界と新聞界の協力による教 育運動である」ということです。今までの新聞活用は 殆どの場合、個々の心ある教師による自主的な個別実 践として行われてきました。むしろ、学校の中で変な 人が勝手にやっている、閉じられた空間で散発的ゲリ
体入社すると地方の支局に行ってそこで、4、5年勉 強する訳ですね。警察まわって、市役所まわって、県 庁をまわるというようなステップを踏んで、いろいろ 苦労して本社に上がるというのが大方なんですけれど も、新聞記者っていうのは、書いてなんぼの世界です から、いつも書くネタがポケットの中になければいけ ないんですね。ポケットがカラっていうのほんとに心 細いしですし、後ろめたい感じがするんです。ネタが やっぱり尽きる時があるんですね。ネタが尽きた時に、 先輩とか支局長とかデスクからは「ネタがなかったら 学校に行け」とよく言われたものなんです。「学校に 行けば面白い情報があるぞ」とね。僕も学校に随分行 きました。なんで学校がネタの宝庫かっていうと、学 校には季節があるんですよ。季節。入学式から始まっ て卒業式まで。1年通していろんな季節の中で、いろ んな行事があるんですね。行事もまた取材になる。子 供たちが丹精込めた花壇の花が咲いたとかですね、こ んな子供がいたよとか、こんな子がこんな発表して表 彰されているとかですね、そういうのどかで微笑まし い、情報があるということがあります。 もう一つ、学校の先生とお巡りさんは、地域の情報 通だったんですよ。ということは、学校がいろんな人 が出入りをする、子供はもちろんですけれども、保護 者、あるいは、いろんな教育関係者、議員の方も来れ ば、当然、教材会社の人も来れば、いろんな人が来て、 いろんな情報を交換する、というか、学校の先生と話 し合いをしている。そういう意味では先生は随分情報 通で、そういう情報が町ダネを書く上で大きなヒント になったということなんですね。学校と動物園はネタ の宝庫とよく言われて行ったものです。御存知のとお り、社会の状況を反映する学校が、いろんな問題を抱 えた中で、それが紙面化され、その過程で学校の先生 の新聞嫌いの原因になって、そういう壁は感じた時は 随分ありますね。ただ、その壁が今、段々、低くなっ ているなあと感じるのは、NIEがあるかなあと思い ます。記者が学校に出前授業で行く、あるいは、ファ ミリー・フォーカスという形でですね、学校が核にな って保護者、子供たちと新聞、あるいは学校と新聞社 が結びつく。そういった一緒になって一つの目標に新 聞界と教育界が立ち向かえるという手掛かりがNIE にあるのではないかな、ということです。新聞社がフ ァミリー・フォーカスも大事ですよといって、いろん 訂期にあたりましたので、文科省の担当者とか、中教 審の関係者、あるいは教科書会社の編集長とか、そう いう方たちと会って、情報交換、あるいは提案をして きました。NIEが東京都内で3校をパイロット校と してスタートして、ちょうど20年になるのですけれど も、その年に新しい学習指導要領が発表されて、ご覧 のとおり、新聞が、各学年で取り入れられて、―私た ちの活動の一つの到達点なのかなという感じは持って います。 それと、今日の王子第三の研究発表を拝見させて頂 いて、やっぱりこの、一つの集大成みたいな感じ、こ こに新聞社の人も何人かみえてますけれども、「よく やったなあ」とみんな思っているのではないでしょう か。大会、セミナー等で色々な研究発表もありますが、 今日のように学校ぐるみで授業展開をして、研究成果 として示されるというのは、素晴らしいなあ、やって いてよかったなあという満足感と感謝の気持ちでいっ ぱいです。 一つ結論からいいますと、やはり、今日の研究発表 を見て、NIEに、仮にですね、教育効果があって、 これからもやったらいいのではないかと、皆さんお思 いでしたら、それは、やっぱり教育委員会の理解、う しろ盾、校長のリーダーシップ、先生方の教材研究と かが一つの力として活動したということなんですよ。 そうでないと、なかなか今日のような成果は生まれな いんじゃないかと。やっぱり教育界というのは、校長 の、管理職のリーダーシップと理解があると、組織と いうのはやっぱり力強いなということをつくづく感じ ました。 学習指導要領に導入されているので、いろいろNI Eの理解というのは深まっています。理解はされてい るんだけれど、実践になかなか結びつかないというの が、僕らの悩みなんです。それは、一つの学校の壁な んですね。その壁は、法律の壁みたいな壁じゃなくて、 教育界の抱えている先生方のあまりの多忙さ、本来の 教育業務に専念できない環境、そういう環境を取り払 わないとNIEも深まらないし広がらない。それを取 っ払って頂くのはやっぱり教育委員会とか、管理職の リーダーシップ、それが大きいなというふうに本当に 感じました。 それと、話は変わりますけれど、40年近く新聞社に おったんですけれども、全国紙の記者というのは、大
ということなんです。これは非常にですね、今でもそ れは尾をひいている。これが壁なんですよ、実は。い ちばん壁なんです。私は少し変わっていましたから、 自由にやりましたけれども、マニュアルがないとやれ ないという、ですね、このこと自体がやはり問題では ないかと思います。 二つ目はですね、個人プレーが多いということです ね。職人肌といいましょうか、昔から教員は。そして、 自分の技術というか教育テクニックといいましょう か、それを外に出さないで、というか、秘密にしてお くというところがありますね。ですから、職人です。 それを私たちは盗む訳ですね。それはそれでけっこう なんです、見てればわかることですから。他の方向に、 というか、――他人に広めないところが問題点なんで すね。これが壁になってるんですよ。 それから、三つ目は、ですね。多忙すぎますね。忙 しいということです。忙しいということは、非常にゆ とりがない、ということです。特にゆとり教育云々と いうのもここで議論してもしょうがないんですけれど も、先生方にゆとりがない。これからも、ますますゆ とりがなくなっちゃうんですよね。だから、「NIE をやる人、多くなるのかな」という心配があります。 で、いわゆる教材作りといいましょうか。自作教材を 作るゆとりがないですね。私は、その教材はですね、 一人で作る、――今日も、先ほど山崎教諭の方からお 話しがありましたけれども(シンポジウムの前の研究 発表を指す)、この学校ではみんなで教材を考えて作 っているんだ、と。ここを学ばなくちゃいけないなと 思いますが、自作教材を作るっていうことが大変大事 だと思います。 その意味で、私は教育課程、それから個人プレー、 そして自作教材というか忙しさ多忙さが原因で、「壁」 というものが、なかなか取り払われないということが 言えるのではないかと、こんなふうに思います。 所澤 どうもありがとうございました。私はですね、 先ほど、「教師の壁」というので、教師の仕事柄から くる孤独さのようなことを取り上げたんですが、どう も、今のお三方のお話しを伺っているとですね、なに か、そういうものではなくて、社会情勢だとかが生み 出している「壁」のようなものが、非常に大きいよう な印象を受けてしまって、どうも大学の教員は現場を 知らない机上の空論をやっているのではないか、―― なセミナーを試みてもいます。新聞界がNIEを進め る最終目標は、なんとかして民主主義社会を守ろうと いうことです。ぜひ、ご理解を頂いて、これからもN IEを一緒に進めていけたらなあというふうに思いま す。以上です。 所澤 どうもありがとうございました。次に、岩上さ んのほうから、教育行政に携わった体験から、学校の 壁の問題について語って頂ければと思います。 岩上 薫 先ほど吉成さんからNIEと北区の関係の お話しがありましたが、私、このパネラーの中では唯 一北区に住んでおります。しかも、明確に言って頂き ましたけれども、岡山教諭がかつて、昭和7年に発行 した『新聞学習』という本がありますけれども、その 卒業生の名前がその中に入ってまして、――当時、指 導を受けたですね、そういう人を訪ねているんですけ れども、80歳以上になっておりますので、なかなか見 つからないです。これからも探していきたいと思って おりますが。そんなことで、わたくしは、新聞を活用 するというのは、子供時代から、――小学校5年の時、 昭和21年の時に壁新聞を作って以来、ずっと新聞に関 わっております。そんなことで、大変新聞が好きです。 新聞が好きじゃないとだめですね、はっきり言って。 新聞が好きな先生がやらないとだめだということで す。それ一つを、前置きにして、3つお話しをしたい と思います。 「壁」という意味ですけれども、一つはですね、こ れは、ここにいらっしゃる先生方も含めて、日本の教 師というのは、もう大体、学習指導要領に載っていな いことはやらないと、こういうことがあるんですね、 ――マニュアルがないとやらない、というのですね。 かつて、皆さんもご記憶かと思いますが、昭和55年か ら「自由裁量の時間」というのがあったんですね。い つの間にか消えてしまいました。あるいは、継承して、 今のいわゆる「総合的な学習の時間」になっているん ですが、この自由裁量の時間にですね、全国の校長会 から、「マニュアルを作ってほしい」という声が上が ったのです。私は教諭時代でした。私は、「とんでも ないことだ」と。自由裁量の時間に、そんなのいらな いよと言っているのにですね、校長先生方が「マニュ アルを作っててもらわないと困る」とこう言うんです ね。これは、何を意味するかというと、しっかりした 教える目標・内容を明確にしないと、先生はやらない
なっていくと、どんどんマイナスになっていきます。 そうじゃなくて、外部からのたくさんの力をプラスに 生かしていく、よそから来た人が学校に活力を付け加 える、――学校力というのがあるとしたら、それがプ ラスに豊かになっていくように活用していければ、素 晴らしい変革ができて、学校の壁がどんどん取り払わ れ、開かれた学校ができていくでしょう。どちらに向 かうかは、学校の伝統や地域・保護者の特色もあるで しょうし、校長先生のリーダーシップとか、それを支 えている教育委員会の方針・姿勢もあるでしょう。 そのキーワード、――プラスにしていく一つの要素 は、「情報」ということだと私は思っています。情報 の共有化、学校からの情報の発信、それから保護者や 地域からの情報を正しく受けとって適切に対応する。 情報化、――一人一人の先生方が情報というものに正 しく対処すれば、学校は開かれて、うまく拡大再生産 されていく。反対に情報を閉ざす、個人情報の保護だ、 訴訟社会だといって、どんどん縮込まっていくとマイ ナスの連鎖になっていくのではないでしょうか。王三 小を見ていますと、ファミリー・フォーカスもそうで すし、ご存じだと思うんですが、先週はNHKの番組 『ご近所の底力』で王三小が出て、番組では先生方も 出たりしていましたが、学校が非常に開かれていて、 保護者ぐるみ地域ぐるみの大きな活力がある。それが、 先生方の閉塞感とか孤立感というのを、打ち破る大き な力になるんじゃないかなと思っていますので、大い に期待をしています。 所澤 今のお話しを伺って、学校の中に、いろいろな 形で、昔と違う非正規職員の方が入ってきて、保護者 もいっぱい入って来る、――そういう状況が日本全国 で起こっていると思うんですが、そういうことであれ ば、新聞記者の方たちも学校の中にどんどん入って来 られるのではないかということを今、改めて感じたと ころなんですが、赤池さんこの辺について、いかがで しょう。 赤池 最近、記者はいい意味でですよ、事件があるか ら学校に入るのではなくて、求められて入るという機 会が非常に増えていると。私、新聞社の時に、社内の 制度として、記者派遣制度というのを作ったんですけ れども、1年間に200件ぐらい申し込みがあります。 1年間に200件というと、学校の休みとかを除くと毎 日、記者がどこかの学校に行って話をしているという というような心配を持っていたんですけれども、吉成 先生、その辺いかがでしょうか。 吉成 小学校の教師をやっていましたので、所澤さん が言った、学級の中に先生がこもりがちという孤独や 断絶はよく分かります。私は、ちょっとそれと関連す るのかどうかわからないのですが、今とても面白い現 象が学校現場にあると思っているんです。それはです ねえ、――東京だけの現象かどうか分かりませんが、 今の学校には、実はさまざまな形で非正規の職員、常 勤でない教育に携わる人が入って来ています。初任者 指導、スクールカウンセラー、心のふれあい相談員、 学級経営補助員、身体障害の子の介助員、学力向上指 導員、英語の指導者などなど、区市によって呼び名は 違いますが、丸々給料を貰ってフルタイムで働く正規 職員でない人が学校に大量に入って来ています。それ 以外に、保護者や地域の人が、「本の読み聞かせ」と か介助のボランティアとか安心安全面のボランティア とか体験学習のゲストティーチャーなどとして学校に 入って来ています。こういう状況って、今まで日本の 学校にはなかったことだと思うんですね。とっても沢 山の人が入って周りにいます。ですから、今や、職員 室のドアの先は先生だけの世界だとか、教室は担任の 天下であるとかいうような状況は少なくなってきてい ます。 これはすごい変化だと思います。同時に今、学校を 見る世間の目は非常に厳しいですね。学校バッシング、 教師バッシングがすごい。一旦何か事が起こると校長 は、記者会見で頭を下げる。昔は大体教育委員会が訴 えられたのですけれど、今は教師個人が訴えられる時 代ですね。それで、学校の方も、過度に防衛的になっ ているように見えますね。失敗をしない、ミスをしな い、とにかく事故が起きないようにする。成果主義と いうのは逆に言うと、失敗するとマイナス評価ですか ら、極力失敗やマイナスは避けるというふうに、学校 全体が非常に縮こまって小さくまとまる傾向が一方に あるのではないでしょうか。この二つはとても矛盾し た状態なんですが、そこで学校の差がやっぱり現れて きます。外から来ているいろんな人たちを、迷惑な存 在でいやだなあって思うとか、外部の人が職員室入っ てくるとみんなシーンとしちゃうとか、内輪の情報は スクールカウンセラーに聞かせないとか、ボランティ アの人が来たらシーとか言う、というように防衛的に
しら?」と私自身思うことが多かったです。以上で す。 所澤 どうもありがとうございました。今の山崎先生 のお話しを伺って、岩上さん、どのように、教育行政 の観点からお感じになりますか? 岩上 あまりいじめないで下さい。(会場笑い)。忙し いですよね。それで、学校というのは、何々教育、 何々教育というのが多く持ち込まれますよね、よく持 ち込まれますね。それから新学習指導要領では、法教 育、薬くすり教育、こんなものも入ってくるんですね。で、 ますます多忙になると思います。 ただですね、もう少し選択してですね、考えていく 必要があるかなと思っております。というのはですね、 私も教育現場におりまして、――教育行政のほうが長 かったのかな、15年もいましたから。今多忙だという のは、――教育行政にいる指導主事の皆さんには、あ るいは、教育長さんもとても忙しいと思うんですね、 ――それから教育委員さんも忙しいと思うんですけど も。うまく自分の時間を作るということも大事じゃな いかなと。昔はですね、学校が終わると、もうぱーっ と帰るか。そしてどこへ行くかというと、私的な研究 会へ行ってたんですよね。それで、11時、12時までや っていましたよ、同じなんですよ。「教育を語る会」 ていうのにね、――私も2つ3つ入ってまして。大体、 12時には帰ったことがありませんね。自分の子供の顔 を見ませんでしたからね。ま、そんなことで、なんと かですね、時間を捻り出していく、工夫をしていくと いうことが大事じゃないかと思います。 で、もっとね。その中で、――先ほども、赤池さん からも出ていた、記者との交流をということもあるん ですけれどれも、先生方はもう少し、――先ほどは新 聞好きって言ったんだけど、人間好きになってほしい と思うんですよね。いわゆる交渉力、いわゆる人との つながり、――人間好きになって頂いて、交渉力です ね、これをもっとつけないといけないですね。交渉力 っていうのはお互いに、――これから教員だけじゃな いという吉成先生の話もあったように、――その通り です。保護者の方や地域の方が入って来ますね。その 交渉をするという力がないとだめです。最近、私がい いなと思ったのは、先生方が名刺を持っているんです ね。今までの先生っていうのは名刺を持たないですね。 私は、教諭時代から、――新卒の時から持ちましたけ ことなんですね。さまざまな新聞社が行っていますか ら、大変な数になる。記者が学校に行って話をするの は、教師の求める内容があり、授業目的がある。話す テーマ、学年に応じたレベルなどについて教師と記者 とのコミュニケーションがあるんです。そのことが、 実は大事だと思うんですね。一度、学校に行くと、記 者が異口同音に、「もう一度行ってみたい」と言いま す。新聞記者は、記事を書くのが仕事で、しゃべるの は苦手なのですが、生の反応、子供たちに話しかけて、 「子供たちが僕の言っていることを喜んで聞いてくれ ているな」と、「いろんな質問が返ってくるな」とい うその反応が楽しいんですね。自分が話していてどこ に興味を示したかとか、記者にとっても参考になるん ですよ、学校に行って先生と話し、生徒の反応をみる というのは。新しい学習指導要領によってNIEが現 にはじまった場合、かなり記者派遣の要請は増えるの ではないかと期待しています。要請に応えることが、 教育界との壁を低くすることにつながっていくという ふうに思います。 所澤 どうもありがとうございます。今、新聞記者も 学校にいろんな形で入りやすくなった、――昔の状態 に戻りつつあるということかもしれませんが、しかし、 一方で、先ほどから、「多忙である」ということが、 壁を作っているというお話なんですね。多忙であると ころに、新聞記者が入ってくるとますます多忙になる のではないかと、――学校はやっぱりいやがるのでは ないかという感じも一方でするんですが、その辺を、 ちょっと、王三小の先生方にお伺いしたいと思うんで すけれども、この2年間ですね、NIEの実践に取り 組んだことによって、どのくらい多忙感が増えたのか。 実はやりがいがあったから、多忙感はなかったかもし れないんですね、それは主任の山崎先生に伺うのがよ ろしいでしょうか。いかがでございましょうか。 山崎久美子(王子第三小学校・研究主任) はい。多 忙感ですが、私自身は昨日、8時頃帰りました。とこ ろが、朝来て先生方に「何時頃帰ったのかしら?」と 聞いてみましたら、「終電、12時過ぎにうちに帰った」 という先生が何人か、――何人もいました。この2年 間、研究を続けてきたんですが、やはり「楽しいなあ」 っていう思いもあったのですが、「忙しいなあ、大変 だなあ」という思いがあったのは事実です。特に、若 い先生は「帰られるのがこんなに遅くて大丈夫なのか
接することができない、というようなことがあると思 います。 そういうことを考えるとですね、実は、新聞ってけ っこういいメディアなんですね。つまり、新聞は押し たらどんどん逃げていくような匿名のメディアではな くて、やっぱり最終的には新聞社がありますから、新 聞社が跳ね返してくれるような、踏みとどまってくれ るようなところがあって、――その点でも、やっぱり インターネットと違う新聞というメディアのよさを感 じることができると思うんですね。その新聞社と付き 合うことに、社交性のようなものがあると思うんです が、そこで、関口校長先生に伺いたいと思うんですが、 王子第三小学校なんですが、随分、各新聞にいろんな 形で登場していますよね。この辺やっぱりかなり異色 だと思うので、その辺について簡単に、――どういう ふうにして、そいういう形でどんどん載るようになっ てきたのかということを、話して頂けるといいかなと 思うんですが。 関口(王子第三小学校校長) どういうふうに返事を していいか、難しいんですが、新聞に載るためにやっ ていた訳ではありません。ただ、やはり、NIEの実 践を続けていく中でそういう機会を頂いて、できれば 先生方に数多く登場してもらって、それを励みにさら に、NIEの実践のレベルアップができればなと思っ たということです。結果的に、出させて頂いたという ほうが正直なところだと思います。 所澤 そこに、先ほどから、岩上さんの方から出てい る、先生が社交性、――人付き合いですね、人間関係 の中で作っていく部分というのがあって、やっぱり新 聞社の方といろんな形の人間関係を作られたのではな いかというふうに勝手に想像しているんですが、いか がでしょう。 関口 そうですね。教育界ですと、やはりかなり付き 合う方たちが限られてくると思いますね。そういう意 味では、新聞関係の方たちと接していくということは、 まさに「学校の壁を取り払う」、――外の方たちとも交 流を数多くしてきた、ということは言えると思います。 所澤 ありがとうございました。吉成さん。今の関口 先生のお話しを伺って、指導してきた側としてはどん なふうに感じられますか。つまり、2年前に王子第三 小学校がNIEの実践を始めてきた時から、いろんな 形で関わって指導されたと思うんですが、その時に、 れども。まず、先輩に言われたことは「おまえ商売人 じゃないんだぞ、そんなの持つな」って、こう言われ ましたね。やっぱりね、先生は、名刺を持って交渉し なくちゃいけないですね。その交渉力が実は教材研究 にもつながるし、さまざまな教育活動に、――子供の 幸せにつながってくるんですよ。そんなふうに思いま した。 所澤 今の先生のお話しですと、1人で書棚にこもっ ていろいろな教材を探したり、インターネットの中を 探っていくのではなくて、多くの人との交渉の中で、 教材を見付けていく、ということでしょうか。 岩上 今のインターネットで探すのは、これはあくま でも資料探しなんですね。インターネットの世界とい うのは、僕はまだあてにならない世界だと感じていま す。だって、いろんなことを勝手に言っているじゃな いですか。「ほんとの真実はなんだろう? 本当のこ とはなんだ?」ということを知るためには、やはりそ の人と会うとかですね、――それは人と電話で交渉す るとか、っていうことが相当強くないとだめなんです よね。 所澤 はい、インターネットのことなんですが、実は、 もう1992、3年くらい、――以前、通産省と文部省が 中心になって行った「百校プロジェクト」のようなプ ロジェクトが、ありましたよね(正式名称を「ネット ワーク利用環境提供事業」。通商産業省と文部省の共 同実施。1994年4月から3年間行われた)(3)。覚えて いる方もいらっしゃると思うんですが、当時、何がイ ンターネットに期待されたかというと、「インターネ ットが学校の壁を取り払う」ということなんですね。 世界と直接、接することができる。そして、例えば、 中学生でも、世界中からアンケートを取って発信する ことができるとか、2つの学校で共同したプロジェク トができるとか、――そういうようなことが期待され た時期があったんですね。ところが、現在のインター ネットって一体どうなっているだろう、というと、そ ういうようなことじゃなくて、もう心配のほうが先に 来ると思うんです。有害情報がいっぱい出ていると思 いますが、それから、もう一つ恐ろしいことは、匿名 の世界になってしまったんですね。ですから、インタ ーネットの中に入っていくと、どこまでも、――壁は 押しても押しても後ろへ下がっていくんですが、いつ までたっても壁があるような感じで、実は生の情報に
ニケーションを促進する発信者になる教育を作るとい うことです。王三小が力を入れている新聞制作学習は よいヒントになります。新聞記事を活用して、それに ついてのコメントを書いたり、感想を書いたり、相手 に伝えたり、というのは、まさしく発信者教育の基礎 基本を小学校でやっているんじゃないかと思います。 IT高度情報化社会だからこそ、新聞というオールド メディアの活性化が、意味を持っているんじゃないか なと、私は思います。そういう全体像の中で、学校が 発信し、それを新聞やテレビが取り上げて多くの人に 伝えていく、そこにマスコミに取り上げられる意味が あるのではないかと思います。 所澤 今の、――どうぞ。 岩上 今のお話に、なるほどなと思って。私もそれは 賛成なんですけど、そのちょっと前に戻りましてね、 やっぱり実践するほうはですね、――例えば、先ほど は、赤池さんからお話しがありましたように、今、新 聞界は、記者派遣を続けていますが、先生方がやっぱ りNIEを進めていくのにですね、記者に丸投げでは 困るんですよね。やはり、何をこの人が来たら聞きた いのかとか、あるいは、新聞記者だけじゃなくて、地 域の人が入った時、保護者が入った時に、何をこの人 にやってもらうかということが足らないとですね、教 育の評価につながらないんですよね。ただ、「やって くれ」、「じゃ、お願いします」ということで記者の人 にお願いしただけではだめですね。ですから、経験だ けを話して、帰ってもらうとかというのも、けっこう あるかもしれませんけれども、何をというところをし っかりと、――それがやっぱり交渉力だと思うんです ね。「あ、けっこうですよ」って言っただけじゃだめ なんです。やっぱり、交渉力というのは、――「この 点を強調する」。これは国際会議にも必要ですよね。 日本人として国際社会に出た時に、日本の立場という ものを主張し、何を、じゃ肯定し、世界を知ってどう いう貢献するかというのが、これも交渉力っていうの はありますからね。そして、実は、交渉力の中に、吉 成さんが言ったような発信力がある訳です。 所澤 今、交渉力と発信力というお話しが出てきてい ますが、なんかその話題は、インターネットの発展、 発達とともに非常に強く意識されるような時代になっ ているというふうに感じるんですね。新聞社は実は、 今、インターネットとの関係で非常に苦労というか、 こういうふうに、いろいろ新聞に取り上げられるよう になるというようなことを予想されていたでしょう か。 吉成 新聞に取り上げられること自体は、私そんなに 重視していないのですが、私が王三小の先生方を見て いていちばん感じているのは、これからの教育で重要 なのは、発信者教育であるということなんですよ。今 まで、新聞にしても雑誌にしてもテレビにしても、情 報を発信するのは情報のプロが職業として専門的にや っていましたけれど、インターネットができて、普通 の個人が殆ど金もかけずに、専門的な知識も特別の器 機も使わずに世界中に向けて情報を発信できる時代、 ――つまり「一億総発信者」の時代が来た訳です。そ れは大変に素晴らしいことですが、実は、一方で大き な混乱が起きて、今言われた匿名性が壁になっている 訳です。情報技術の発展のペースに追いついていない んですね、発信する側が。その発信者としての機能、 ――インターネットには議論がありますけれども、モ ラルだとか、取材の仕方だとか、どういうふうに書け ば効果的に伝わるかとか、影響の重大性や責任の取り 方とか、そういう情報の基礎を身につける必要があり ます。情報教育というと、文部科学省も今だにコンピ ュータ中心でやっていますけれども、そういうんじゃ なくて、もっと基礎的なことに目を向けるべきだと思 います。教育というのは、ある意味人類史をたどる過 程でしょう。教育の基礎が、実はオールドメディアの 中にあるというふうに私は思っているんです。例えば 計算機があっても筆算や暗算が必要なのと同じよう に、メールの基礎は手紙の書き方にあると思います。 オールドメディアの中に、先端的なメディアへの対し 方がある、というふうに私は思っています。新聞の活 用も、そういう文脈で意義を理解できるのではないで しょうか。 これからは誰もが発信できるし、発信しなければい けないという社会、――そのための能力・資質・モラ ルを学校教育で育てたい。ところが、日本の教育とい うのは、PISA型読解力もそうですが、今までとか く入力の方が中心だったと思います。もちろん、情報 を正しく受けとめるというのは大切なんですよ。それ はもちろん大切なんですがが、これからは、バランス をとって、出す方の教育がすごく重要になっていくで しょう。自分は有害情報を出さない。望ましいコミュ
っている訳ですよ。「せめて新聞ぐらい読んで下さい よ」と、まず自分が抱えている程度の問題は社会にい っぱいあって、いっぱい楽しみもあれば、喜びもあれ ば、悩みもある。そういうことに気がついてほしいと 言っている。情報という関係で言えばそう言うことで す。 所澤 今のお話を伺っていてですね、今日の先ほどの 2年間の実践の報告のスライドの中でパワーポイント の中で、25枚目のところに出ている、この近くの火事 の話を思い出しました。この冊子の25枚目ですね、さ っき配られていますけれども、近所で火事があって、 これを MSN 産経ニュースですから、インターネット で写真を見たんだと思いますが、子供たちにこの写真 を見せて、そしてこれがすぐそこのあの火事なんだと いう話になって、現場にも行ったんですね。新聞記事 の切り抜きを見せて、線を引いたところを見せて、そ して、子供たちは、実際にどんなことが起こっていた のか、こわくないのか、午前2時に火元消失と。だか ら消防士さん寝ていないのかと関心が広がっていく。 新聞を読むことで非常にリアリティが出ているんです ね。つまり、町の中で起こっているからといって、そ れが自分たちにとってリアリティがある訳ではないの ですが、インターネットを通して、写真を見て、そし て、さらにそれを新聞記事で確認して、さらに深く理 解をしていく。そのような形で、インターネットと新 聞の情報の交流というのがある。両方の価値というの があるのではないかと思うのですが、そこで、実は非 常に、重要なのが先生の役割ですよね。先生がどのよ うにメディアをコーディネートするかによって、子供 たちの中にできあがる理解も全く違って来る。もちろ ん現場も見ることができる訳です。だから、単に新聞 を与えればいいというものではないし、インターネッ トで写真を自由に検索させればいいというものでもな い、というようなことを、改めて感じさせられました。 時間も終わりに近づいておりますので、今までのお話 しの中で、補足、つけ加えることがありましたら、ど うぞお願いいたします。 吉成 最後に一つ。まだ言い足りないところがあるの ですが(笑い)、最後に一つだけ。さっき、一番最初 に先生方の「多忙」って話が出ましたね。確かに先生 方は多忙だと思います。私、多忙と言っても、二つあ るように思うんですね。一つは、意味のある、充実度 新しい新聞像を作りだそうとして苦労されていると思 うんですが、赤池さんの方から、その今の問題、―― インターネットと新聞の関係、そして、新しい次の世 代の人たちの情報発信力、交渉力をどのようにお考え かということを話して頂けるとありがたいなと思いま す。 赤池 ネットと新聞の関係は、別に対立関係でもあり ませんし、ネット社会というのは、これからますます 発展するでしょうし、情報技術というのは、どんどん 発達する、――これは止めようもないし、そうなって いくだろう。ネットを利用する人も増えるだろうと。 ただ、そのネットの今の最大の問題は、特に子供の場 合に、自分の関心事しかクリックしないということな んですよ。自分の関心事しかクリックしない。そこが 一番の問題です。自分の関心事をいかに広げるかが、 ――広げていくかというのは、実は教育の中の課題な んだろうと思います。 新聞の特性には一覧性というのがあります。なにか の事件があって、その隣に記事があって、また、その 隣に記事があって、また下に記事があって。そういう、 自分が見たいものだけでなくて、ふと気づく記事とか ですね。青少年の記事の中で、「あれ? 世の中って こういうことがあるんだ、こういうこともあるんだ」、 自分の知らない世の中を知る、子供って好奇心の塊だ と思うので、ひとつの関心事だけ持たせて、そこだけ やればいいものではなくて、教育の段階では、やはり 関心事をいかに広げるかということが大事だと思うん です。それは、多分、将来の職業観、生き方教育とか そういうことにもつながっていくでしょうし、あるい は政治的な考え方にもつながっていくでしょう。やっ ぱり関心を深めて、広めて、その上で、ネットを利用 するというのが、ぼくは大いにあると思うし。――そ れがしかるべき姿だと思うんです。佐木隆三さんじゃ ないですけど、凶悪事件を起こした裁判をずっと彼が 傍聴してですね、いちばん感じるのは、やはり事件当 事者の社会への関心が狭いことで、社会にはいっぱい 大事な問題があるのに気がつかないで、自分の家族関 係とか、個人関係とか、人間関係、そうしたことばか りに目がいってですね、どんどん危うい人間関係のみ に集中していく。その結果が事件につながる、「秋葉 原」は実はまさにそういう問題じゃなかったかと思う んですが、「せめて新聞ぐらい読みなさい」と彼は言
いために上級学校へ行けないから、親を説得に行くと かいうのは、昔から日本の教師やっていて、それにつ いて不満やなんか言わないですよ、本来の仕事ができ れば。先生方を守ってくれる、そういうような体制が できてほしいなと、最後には言っておきます。 所澤 はい、どうも。じゃあ、次、岩上先生あります か? 特になければ、終わりにいたしますが。 岩上 ええ。 所澤 やっぱりあるんですか?(会場爆笑) 岩上 いや、やっぱり。やっぱり、さっき発表の中で 4つの変化が、という指摘がありました。「子供が変 わった、教師が変わった、保護者が変わった、学校が 変わった」。このエネルギー源というのは何だろうか っていうですね。ほんと素晴らしいですねえ。そして、 もっとこれを変えていくためには、やはり教育課程へ の位置づけということを、しっかりと、――NIEと いうか、新聞教育を教育課程に位置づけるということ が大事だと思うんですね。それは私が先ほどいった 「壁を取り除くこと」であると。 二つ目はですね。学校は変わったというのは、―― 学校は組織体ですよね。で、校長先生を中心にして、 組織体として動いていくという、――これをもっとも っと進めていって頂きたいということ二つ目。そして、 そうですねえ、三つ目はやはり図書館教育の充実とい うことが、――自作資料だとか、いろいろやっていく 上で大変大事になってくると思うんです。で、読書と いうこと、読書の中には、新聞を読むというのも含め て、これから、図書館教育の充実っていうことを考え ていって頂ければいいと思います。そして、私なんか は、学校には壁があっていい。そのクラスの中に、ホ ットなアットホーム的なクラスを作ってほしい。その 中で大きな入り口、出入り口を作って下されば、けっ こうだと。それがわたくしの願いです。 所澤 どうもありがとうございました。それでは、赤 池さんも最後に一言、お願いいたします。 赤池 せっかく大学の先生がコーディネータやってら っしゃるので、大学に注文しますけど。 所澤 はい。 赤池 今の教育を歪めているのは、大学入試制度に問 題があることなんですよ。あの受験問題とかね。だか ら、高校がNIEをあんまりやんないですとかね。受 験に役立たないとかいうですね、やっぱり、大学の受 のある忙しさです。先生方は昨日終電で帰って、今日 も朝早くからで、とってもお疲れだと思うのですが、 多分、それは快い疲労感だと思うんです。この会の後 の反省会のお酒は多分すごくおいしいでしょう。です から、私が見るところ、研究が終わってから「ああも うNIEはこりごりだわ」とか「もう、あんな新聞な んて見たくもない」なんてことは、多分ないと思うん です。そういう発表した充実感のある多忙さや疲労感 ならば、先生方は好きで教師になったんだし、子供は 大好きだし、子供がそれで成長すれば自分の喜びでも ある訳ですから、それは耐えられることですね。 ところが、現在の多くの先生方が抱えている多忙感 というのは、教育本来じゃないことに時間がすごくと られることから来ているのではないでしょうか。いろ んな調査だとか、報告書とか、計画書とか、なんとか かんとか、行政の方からの、――雑用とは言いません けれども、多すぎますね。今日は行政の方がたくさん いらしてますけれども、ぜひお願いしたいのは、先生 方になるべく教育本来の仕事、いちばんやりたいこと を思う存分できる時間を確保してあげてほしいという ことです。それが一番の解決策だと思うんです。 それから、これは逆の壁ですけれども、校長・副校 長には、よい意味の壁になってほしい。教育委員会か らいろいろ言って来ても、校長・副校長が壁になって 「いいよ、適当にやっとけよ」とか「おれがやっとく よ」とか言って、適当にこなして、本来の子供に関わ る仕事に専念させるような、太っ腹の対応をすれば、 それも一つの解決策かな?(会場爆笑)。教育委員会 もそうですね、文部科学省からもいっぱい来ますけれ ども、「うちの区は、先生達一生懸命やってくれてる よ」、「各学校の教育がとてもいいよ」と壁になってほ しいですね。今日も議員さんいらっしゃいますけど、 議会には教育に熱心な議員さんがいらっしゃって、よ く言いますよね。「これ、どうなっている? 調査を しろ」って。すると教育委員会から校長会に来て、そ れについて調べて、そこでまた報告書を書いたりする 訳です。行政も校長も、極力先生方に本来の教育の仕 事に専念できる体制を作る、構築していくというのが、 多忙感をなくすことに繋がるんじゃないかと思いま す。 本来のことであったら、――例えば生活指導で夜中 に生徒のうちを訪ねるとか、勉強はできるが家が貧し
と積極的に小学校に関わって頂けるといいなと思うん ですね。ただ、しかし、多忙感を生み出すという問題 もあって、なかなかいろんな難しい面もあると思いま す。 さて、すみません、私の拙い司会で時間が過ぎてし まって申し訳ないんですが、今日のシンポジウムを、 私の個人的な感覚で一言でまとめると、――非常に昔 からある、古くからある紙メディア、――紀元前から ある紙という媒体に書かれた情報というのは、実は、 非常に学校教育の中ですぐれた機能を果たしていると いうことを改めて感じさせられました。インターネッ トで、このホームページにこれが出ているから、みん なでそれぞれのディスプレイで見てみようというんじ ゃなくて、「ここにこの記事があるだろう」って先生 が新聞を切り抜いて持って行って子供に見せて、「こ こにこんなことが書いてあるね」ってみんなで顔を寄 せ合って見る、――今日もNIEタイムの切り抜きの 時にそういう場面がいっぱい現れていたと思うんです が、何かそれが、とても学校教育にとって重要なこと じゃないかな、――そういうような雰囲気の中で、学 校は運営されていくというのが実は学力を高めること でもあり、仲間を作っていくことでもあり、学校の雰 囲気をよくしていくこと、そして、先生方が、自分た ちの役割としての自分たちの力を発揮できる場所であ り、そして自分たちの力を高めていける場所じゃない かなと、――そういうような活動が日本のこれからの 教育の水準をやっぱり高めていくための非常に大きな ものになるのではないかなと。ということを、今改め て感じさせられた王子第三小学校の2年間だったと思 います。今日はどうもありがとうございました。 (拍手) 総合司会 所澤先生、赤池先生、岩上先生、吉成先生、 本当にありがとうございました。もう一度、大きな拍 手をお願いしたいと思います。 (拍手) 本校校長、関口修司より謝辞を申し上げます。 関口 本日はご多用のところ、また大変寒い中、本校 の研究発表にお運び頂きまして、誠にありがとうござ いました。中には、飛行機や新幹線で遠くから駆けつ けて下さったという方もいらっしゃったようで、恐縮 しております。また、このような研究発表会の機会を お与え下さいました北区教育委員会委員長小澤浩子様 験の内容をちょっと変えて頂きたいなと思うんです よ。そうすると、もうちょっとまっとうな、考える若 者がいっぱい育ってくるんじゃないかと。それが、一 点。 もう一つはですね。ちょっと、秋田県の事例を紹介 します。秋田県の教員採用は、07年度から試験の中身 を変えました。それまでは、教職教養と一般教養の2 つの筆記試験がありましたが、一般教養を時事問題に 変えちゃったんです。それで、平成17∼18の、すべて の設問をその受験年の、1月から6月の間に掲載され たいろんな新聞の社説から出題をしている。こういう ふうに変えたんですよ。これは全国的にも、たぶん、 初めてだと思う。ここに、なぜそう変えたのかという 県の教育長さんの見解が出ています。一応、これ読ま せて戴きます。「教育現場ではNIEが広がり、広く 取り入れられている。新聞を題材とすることにより、 児童生徒が世の中の動きに関心をもち、いろんなこと を学んでいる。社会を見る目を養うだけでなく、表現 力、国語力など学力向上にもつながっているようだ。 教員にとっても教え込みからの脱却につながり、授業 が活性化し、児童生徒の交流がいっそう深まっている。 NIEの実践を広げていきたいし、新しく採用された 教員は現場に立った時、新聞に違和感を持たず、NI Eに抵抗なく入って行けるようにしたい。これが、そ の理由なんです。」秋田県が全国学力テストの点が高 いということは別にしてですね。こういう取り組みを している教育委員会もあります。NIE実践に地域の 温度差が実は出ているんですね。その辺が財団のこれ からのテーマかなというふうにも思っています。 所澤 どうもありがとうございました。大学受験の問 題については、私も関心がありますので、いずれどこ かでまたお話したいというふうに考えております。 (会場笑い) 今日は、「壁」という問題から、いろんな形でお話 しが出てきていて、内容が教員の交渉力だとか、ちょ っと予想していなかったようなところにまで発展し て、非常に面白かったと思うんですね。先ほど、吉成 さんはあまり新聞に出るということに対して、重視し ないというお話だったのですが、私は、情報発信とい う観点でいくと、小学校はもっと情報を発信していい んじゃないかという気持ちがあって、それは赤池さん も期待されているだろうし、新聞社の側はもっともっ
教育支援センター、日本新聞教育文化財団、理想教育 財団、そして、東京都小学校新聞教育研究会、全国新 聞教育研究協議会の多くの皆様にお礼を申し上げま す。本当にありがとうございました。NIEの実践者 が広がることを祈念しまして、謝辞と致します。あり がとうございました。 (拍手) 総合司会 以上をもちまして、平成19、20年度北区教 育委員会研究協力校研究発表会を終わりに致します。 ご協力ありがとうございました。 (拍手) (終了) 註 (1)http://www.nie.jp/info/index.html 財団法人日本新聞教 育文化財団ホームページ(2010年11月4日確認) (2)午前11:30からのニュース。放送日不明。実践の内容の 概要は、以下の記録に語られているが、そこでは「学校 の壁が取り払われる」というイメージは語られていない。 群馬大学教育学部附属教育実践研究指導センター第6回 公開シンポジウム「学校とインターネット―その可能性 を探る」(1995年12月22日実施)『群馬大学教育実践研究』 第13号、pp.287-308、1996 (3)「100校プロジェクト」BINARY IT 用語事典(ウェブサイ ト、2010年12月16日確認) 参考文献 冨塚秀樹「NIE(教育に新聞を)の課題と展望――特に公民科 教育に視点をおいて――」『京都精華大学紀要』第二十二号、 2002年、pp.146-154 はじめ、教育委員会の皆様には心より感謝申し上げま す。 さらには、本日ご指導頂きました北区教育委員会指 導室長矢口仁ひとし様、そして、シンポジウムの赤池幹様、 岩上薫様、吉成勝好様、所澤潤様には大所高所からN IEについて語って頂きました。今後のNIEの可能 性をお示し頂きましたこと、心より感謝申し上げま す。 NIEの実践は、今まで殆どが個人か少人数のグル ープで行っていました。ところが今回は、学校組織で、 しかも、区の研究協力校として行政の後押しを得て、 研究発表できることとなりました。このことは全国で もあまりないことと伺い、身の縮む思いではありまし たが、素晴らしい教職員に恵まれました。ぜひ挑戦し てみたいなと思って、この研究発表を始めた訳です。 ですから、今までNIEや新聞づくりを支えてきた、 大変高度な専門性をお持ちの先輩方にとっては、本校 の教職員の一人一人がまだまだ未熟と思われたに違い ありません。しかし、今回、組織として学校全体で取 り組むことができ、学校でNIEタイムを実施したり、 1年から6年まで、さらには、特別支援学級も含めて 系統的に新聞制作や新聞活用を行えたことは、大変意 義あることと感じております。このような研究が組織 でできたのは、研究主任山崎教諭の強いリーダーシッ プと、そして、すべての教職員の熱意の賜と自負して おります。素晴らしい研究の仲間に巡りあえたことを 心から嬉しく思います。 最後になりましたが、今まで数々のご支援ご指導を 賜りました新聞各社、東京都NIE推進協議会、新聞 しょざわ じゅん・いわがみ かおる・よしなり かつよし あかいけ みき・せきぐち しゅうじ ⎛ ⎜ ⎝ ⎞ ⎟ ⎠