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表現の自由と事前抑制についての考察(一)

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Academic year: 2021

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(1)表現の自由と事前抑制についての考察 ←). 表現の自由と事前抑制についての考察 O. 鹿児島大学法文学部教授.   辰   村. 白かつ現在の危険﹂の基準、﹁より制限的でない他の選びうる手段﹂があれば、それによるべきだとするLRAの基準、. 厳格に司法審査されなければならないとする考え方である。そしてその場合の司法審査基準として、学説や判例上、﹁明. る立法でない限りは、立法裁量を尊重すべきであるが、精神的自由権に対する制約立法については、違憲性の推定の下で、. 自由や財産権などの経済的自由権に対する制約立法の司法審査は、合憲性の推定の下で、一見明白に違憲無効と判断され. としての﹁二重の基準論﹂といった考え方が主張されるのである。二重の基準論とは、同じ自由権の中でも、職業選択の.  従って表現の自由には﹁優越的地位﹂が保障され、表現の自由の制約立法に対する﹁違憲性の推定﹂論や司法審査基準.                                               ︵1︶ 己統治にとって、更に真理への到達や社会の安定と変化の間の均衡にとって不可欠のものとされている。. の自由は、個人の人格の形成と展開といった個人の自己実現にとって、また立憲民主主義の維持・運営といった国民の自. 条・意見・知識・事実・感情など、個人の精神活動にかかわる一切のものの伝達に関する活動の自由である。今日、表現.  表現の自由は、人の内心における精神作用を方法の如何を間わず、外部に公表する精神活動の自由であり、思想・信. 康. ﹁比較衡量﹂の基準、﹁明確性﹂の基準や﹁過度広汎性﹂の原則、更には﹁事前抑制の原則的禁止﹂の原則等といった、諸. 一1一. 吉.

(2) 基準、諸原則が展開されてきたのである。.  ところで一方、表現行為は他人の存在を前提としており、外的行為にかかわるため、他人の権利や社会の利益との抵触. の問題を生じ、このことから表現の自由は、その事前にしろ事後にしろ、ある程度は制約されざるを得ない。特に近年に. なって、マス・メディアの発達により、表現行為による他人の名誉やプライバシーなどの人格権侵害の間題が顕著になっ. ている今日、表現の自由の尊重と名誉やプライバシーといった人格権の保護とを如何に調和させるか、この間題は、表現. の自由をめぐる今日的焦眉の問題ともいえるのである。なぜなら名誉やプライバシーといった人格権は、一度表現活動に. ょり侵害されたならば、その回復は容易でなく絶望的に近い。現行法上、これらの人格権侵害に対する救済手段としては、. 一2一. 金銭賠償︵民法七〇九条︶と名誉殿損についての名誉回復処分︵民法七二三条︶があるに過ぎない。いずれも事後的な損. 害賠償、原状回復であって、侵害された名誉やプライバシーの保護の観点からすれば、実効的な効果をもたらすものでは. ない。そこでこれらの人格権侵害に対し、最も効果的な予防手段として考えられるのが、人格権侵害の可能性のある表現 行為を、事前に抑制する方策である。. 価を受けてきた。しかし表現行為の事前の抑制を事後のそれと区別し、それが憲法上許されず、或いは原則として禁止さ. であるから、表現の実体の評価にたちいらずに問題を解決しうるということで、﹁その適用がつねに容易とはいえないと                                              ︵2︶ しても、少なくとも基準の明確さにおいて、他の比肩しえない利点をそなえているということができる。﹂と積極的な評. にそれを抑制することは憲法上許されないとする理論は、表現の実体の規制ではなくて、むしろ規制の形式に関するもの.  一般的に事前抑制︵鼠o=①費畳け︶禁止の理論、すなわち、自由権の行使に対して事後に処罰するのではなくて、事前. 二. 説. 訟 口冊.

(3) 表現の自由と事前抑制についての考察 ←). れていると断定する考え方に対しては批判も少なくない。.  例えば、古くは、﹁凡そ権利自由に対する制限は性質上すべて皆その行使の以前に対する事前の制限たるべきもので、. 事後の制限といふことはそれ自身考へられないことであり、従って事実決してあるものではない......例へば出版物の検閲. 制度や集会結社の届出制度は自由の行使に対する事前の制限であるのに対し、例えば犯罪人の処刑や権利侵害者の賠償義. 務は事後の制限であるかの如く言ふのであるが、⋮⋮これらの場合に、犯罪人が刑に処せられ、権利侵害者が賠償義務を. 命ぜられ得るのは、実は犯罪や権利侵害の自由が予め制限せられてゐて、犯罪人や権利侵害者がその権限に違反してその. 自由を行使したために外ならぬからである。⋮⋮即ち刑罰や損害賠償は犯罪や権利侵害の自由に対する事前の制限を意味. することは検閲や届出制度が出版や集会結社の自由に対する事前の制限であるのと何等変るところはないのであって、違. ふところはただ、後の場合には検閲とか届出義務とかいふ自由に対する国家の干渉が出版や集会結社の行為の前に行はれ、                                        ︵3︶ 前の場合には処罰とか賠償判決とかの国家の行為が犯罪行為の後に行はれる点だけである。﹂という批判があり、また事. 前抑制禁止の原則は、﹁検閲が表現の自由に対する大きな制約であった時期に成立したものであり、かかる単純な時代の. 背景のもとでは意味をもつかも知れないが、今日もはやその生命を失った、⋮⋮現在の複雑な社会機構のもとでは、簡明. な基準はむしろ安定を欠くのであって、事前の抑制の理論もまたその一つであり、その時代おくれの基準を憲法にもちこ むことは、時代の逆行である﹂とする考え方もある。.             ︵4︶.  通常、事前抑制禁止の原則が、事後的規制に比べて、表現の自由にとって害悪が大きいとされる理由は、①表現に対す. る抑止力が大であること、②表現のもたらす危険性の判断が、形式的、抽象的にならざるを得ないこと、③簡単かつ頻繁  ︵5︶. に活用されやすいこと、④公権力による判断というスクリーンを通過した情報提供は、受領者の反応を歪曲すること等で. ある。事前抑制禁止の原則は、表現の自由との関係でこのような問題を抱えながらも、なお今日の状勢において好意をも. たらしめる傾向が出てきている。それはひとえに、自由の行使、とくにそれの濫用の結果、他人に被害を及ぼすことが、. 一3一.

(4) 社会の複雑化にともなって増加してきたが、この被害者の救済の面からみて、事後の規制ではもはや被害の回復が困難で あり、事前の抑制しか被害を予防・排除する途はないと認識され出したからである。.  事前抑制の典型的なものは、いうまでもなく検閲制によって代表されるような、行政官による事前の承認なくして、出. 版その他の意思の発表を禁止する型のものである。しかし日本国憲法二条二項には、検閲の禁止が定められている。こ. れは通信の秘密の保護と同じ項におかれているが、広く言論出版について検閲を禁じたものと解してよいであろう。わが. 国の伝統的な見解によれば、検閲とは、﹁公権力が外に発表されるべき思想の内容をあらかじめ審査し、不適当とみとめ. るときは、その発表を禁止すること、すなわち、事前審査を意味する﹂とされる。検閲はいうまでもなく、事前の抑制の.                               ︵6︶. 最も明瞭な、そして古典的な形態であり、従って本項を拡大して解釈できるなら、およそ精神的自由権の行使を事前に抑. 制することは、その形式のいかんを問わず、憲法の許さないところと解するのが従来の考え方であった。.  ところで同じく事前抑制の範疇に入るものとして、司法的事前抑制の方策がある。司法的事前抑制とは、人格権に対す. る妨害予防請求と既に侵害が発生し持続している場合の、侵害行為の停止・除去すなわち妨害停止・排除請求が考えられ. るが、それらは一般に司法的差止めと称されるものである。さて問題は、同じく﹁事前抑制の禁止﹂といっても、検閲. ︵ここでは行政権力による事前審査の意味で使っている︶も司法的事前抑制もともに禁止されるのか、検閲は禁止される. が、司法的事前抑制は許容されるのかということである。以下この問題に対する代表的学説の展開をみてみる。.  前述の﹁検閲﹂についての伝統的見解によれば、検閲とは広く﹁公権か﹂による表現行為の事前審査を指しており、こ. の見解では、司法的事前抑制も検閲の範疇に入ることとなり、憲法二一条二項の規定からして、行政権力による検閲はも. 一4一. 三. 説. 論.

(5) 表現の自由と事前抑制についての考察 ←).                        ︵7︶. ちろんのこと司法的事前抑制も禁止されることになる。これに対して、司法的事前抑制は同じく憲法二一条二項の検閲に                     ︵8︶. 含まれるが、しかし、検閲の禁止は、絶対的ではなく、かつ例外を許さないものと解することはできないとして、例外的. に司法的差止めは認められるとする見解がある。この見解の寄って立つ論拠としては、他の権利法益を侵害する表現行為. は、もはや憲法で保障する表現の自由の範疇にないとするものや、表現の自由は公共の福祉に反しない限り保障されるの. であって、公共の福祉に反する表現の自由が事前に抑制されるのは当然であるとするものが考えられる。.  これらに対して、検閲と事前抑制とは異なった概念として考え、その立場から司法的差止めを認めようとする見解があ. る・すなわち、事前抑制とは、表現行為がなされるに先立ち公梅かが何らかの方法でこれを抑制すること、および実質的. 一5一. にこれと同視できるような影響を表現行為に及ぼす規制方法をいい、それが原則として禁止されるのは憲法二一条一項の. 言論表現の自由の保障自体から導き出されるが、二項でとくに禁止される検閲とは、この事前抑制の中で表現の自由に対. する抑止的効果の強いもの、すなわち﹁表現行為に先立ち行政権がその内容を事前に審査し、不適当と認める場合にその. 表現行為を禁止すること﹂であり、この意味での検閲は絶対的に禁止されるが、裁判所による事前差止めは、事前抑制の. 一つの類型ではあるが絶対的に禁止されるものではないとする有力説がある。本説は、検閲が歴史的に行政権との関係で.                                   ︵9︶. 発生したものであることに鑑み、その主体を行政権に限定し、その禁止については絶対的ととらえるのであるから、その. 理路は整然としている。しかし問題は事前抑制の一類型である司法的差止めが如何なる場合に許容されるのか、その基準 と限界を明らかにすることである。以下にその基準と限界についてみてみる。. 表現の自由は民主主義社会において最大限尊重さるべきものとして優越的地位が肯定されることには、おそらく異論は. 四.

(6) ないと思われるが、名誉・プライバシー等の人格権侵害に対する差止要求を限定して許容するのも学説・判例の大勢であ       ︵10︶. る。問題は具体的にどの限度で人格権侵害による差止要求を許容すべきかにある。この点北方ジャーナル事件における最. 高裁大法廷判決は、﹁人格権としての名誉権に基づく出版物の印刷、製本、販売、頒布の事前差止めは、右出版物が公務. 員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等に関するものである場合には、原則として許されず、その表現内容が真実. でないか又は専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を. 被る虞があるときに限り、例外的に許される﹂と判示した。大法廷判決によって表現行為に対する事前抑制の要件がこの. ように判示されるまでには、判例上・学説上、様々な考え方が展開されてきた。まず事前差止めの実体的要件に関しては 概ね次のような見解がある。.  すなわちそれは、⑲ 高度の違法性説、口 現実の悪意説、日 利益衡量説、の三説である。. 1︶.                                                 ︵1  のは表現行為による人格権の侵害が高度に違法な場合に限り差止要求を認めるべきものとする見解である。﹁エロス+. 虐殺﹂事件の東京地裁第一審判決は、﹁人格権の侵害に対する差止要求権は、表現の自由に対する重大な制約である点に. 鑑み、検閲を禁じた憲法二一条二項の精神を考慮して、権利侵害の違法性が高度な場合にのみ、これを認めるべきであ. る﹂としてこの見解を採用した。この説は、事前抑制については事後的処罰に比較し要件をより厳格にすべきであるとい.                                      ︵12︶. う適切な政策的配慮に基づくものであるうえ、事件ごとの妥当な処理には適する方法﹂という評価もあるが、違法性の強. 弱という尺度が具体的事案に照らすときわめて曖昧で、裁判官の個人差によって違法性の強弱にかなり幅が生じ易く、そ. の解釈の仕方によっては広範囲に差止請求を許すことになりかねない﹂といった批判もある。.                               ︵13︶.  口は、政府と公務員についての自由な討論と批判の保障の必要性から、被害者が公務員又は公的存在である場合に、名. 誉殿損による不法行為が成立するためには、表現行為が、現実の悪意を以て、即ち、虚偽であることを知りつっ又は虚偽. 一6一. 説. 論.

(7) 表現の自由と事前抑制についての考察 (→. か否かを無謀にも考慮しないでされたものであることを被害者の側で立証しなければならないとするアメリカで確立した. 判例法上の考え方である。北方ジャーナル事件大法廷判決において、谷口正孝意見が本説を採用していた。この説には、. 更に、差止めの要件として、表現された事実が真実に反することのほか、公共の利害に関する事実を含まないこと等を加                 ︵14︶ えるべきであるとする見解もみられる。.  しかし本理論に対しては、表現行為の事後規制の要件としてならともなく、事前抑制とくに仮処分のような迅速な処理                                     ︵15︶ を要する手続において用いる基準としては不適格ではないかとの疑問も出されている。.  日は、表現の自由が名誉・プライバシーあるいはその他の社会的利益や個人的利益と衝突する場合に、双方の利益を比. 較衡量して、表現の利益が対立する利益を陵駕すると判断されるときは、その表現は保護され、対立利益が優ると判断さ. れるときは、その表現は保護されないとする考え方である。そしてその衡量の方法として事件別個別的衡量の方法と類型. 別限界画定的衡量の方法がある。事件別衡量とは、﹁個々の事件毎に、つまりケース・バイ・ケースにおいて、関係諸利. 益を比較衡量し解決を見出そうとする。表現権事件に関していうなら、当該事件において、一方で表現権側を勝たした場. 合、他方で反対利益側を勝たした場合を想定し、それぞれにつき、右判断によって生じる一般的、具体的、および長期的、. 短期的諸利益を計量する一方、それによって失なわれる一般的、具体的、および長期的、短期的諸利益を計算し、これら                                                 ︵16︶ を比較衡量して、右両判断のうち、いずれを採用することが憲法的価値観より見て妥当かを判断し、結論を導く﹂方式で. ある。この方式は、﹁エロス+虐殺﹂事件の抗告審である東京高裁決定が採用した方式であり、学説においても、これを.                               ︵17︶. 支持し、かかる事例については、﹁究極的には、事実の公共性、被害者の性格、名誉殿損の場合は真実性、行為者の動.                                                    ︵18︶ 機・意図、媒体の性質と侵害の深度等の諸要素を総合的に考慮して、具体的に決定されるべきもの﹂とする見解もある。.  確かに、事件別衡量の方法は、社会に生起する複雑多様な事件につき、きめ細かいニュアンスを考慮し、緻密な利益衡. 量の作業を経たうえで判断を下すわけであるから、他の一義的な判断基準によって判断する場合に起こりがちな、対立す. 一7一.

(8) 口冊. る利益のうち、いずれか一方の利益を損ねてしまうまで、他の利益を守るというような硬直した結果をまねくことを避け、     ︵19︶                                         ︵20︶. 両利益の間に一定の調節をはかり、主体的価値の配列にしたがい、具体的に妥当な解決を見出すことを得しめる可能性を. もっている。しかしこのテストの欠点は、何といっても、テスト結果の不確実さにある。﹁利益の比較衡量といっても、. 被害者の蒙る人格的損害と侵害者が差止めによって受ける精神的および経済的損失とは、同じ秤で比較することの困難な. 問題であり、衡量の結果、どの程度の差があったら差止め、どの程度の差では差止めないのか、明確とは言えない。また、. 差止請求権の存否に裁判官の裁量、主観的判断の介入を必要以上に許容する危険﹂があり、その結果、のちの裁判の指針.                                    ︵21︶. にもなり得ず、逆に表現行為者に必要以上に表現を差し控えるという﹁自己検閲﹂あるいは﹁萎縮的効果﹂を与えること にも な り か ね な い と の 批 判 も あ る 。.  これらの批判を克服すべく考えられたのが限界画定衡量の方式である。限界画定衡量は、保護される表現と保護されな. い表現との限界を画定し、両者を分類するための境界線を示す公式を発見し、これをルール化しようとする。この衡量は、. 表現の自由の優越的地位に鑑み、表現の自由と対立する価値との衡量において、その対立する価値に対して優先的保障が. 与えられる表現行為を﹁類型的﹂に明確化し、この表現類型に当たる行為が対立する価値を侵害する場合、その差止め基. 準を厳格且つ明確に準則化あるいは画定化し、そしてその際、事件別衡量のように、当事者の、個々の具体的な数多くの. 2︶. 利益を衡量するのではなく、ごく少量の本質的と考えられる要素を取り出し、これを衡量することによって線引きの公式                                         ︵2 を導き出し、得られた公式を、右要素を具えた事件に、自動的、形式的に適用するのである。従って類型的比較衡量基準                                        が ともいわれる。こうすることによって、裁判所の判断に客観性、安定性が与えられ、表現行為者にも予測可能性が与えら. れることにもなるから、表現行為者の﹁自己検閲﹂や﹁萎縮的効果﹂は除去されるものと思われる。. 一8一. 説 装△.

(9) 表現の自由と事前抑制についての考察 ←).  限界画定衡量基準は、アメリカにおける、わいせつ、プライバシー、名誉といった表現権事件において、積極的に用い. はじめられた基準である。そしてわが国においても、裁判所が、限界画定衡量という方法論的に明確な自覚をもってなし. ているかどうかは別にして、この基準は各種表現権事件において用いられてきた。そして今日、判例・学説上、名誉やプ.                                    ︵23︶. ライバシーといった人格権侵害において、保護されるべき表現と保護されるべきでない表現の限界画定について、表現の                                ろ ア 類型論からは、﹁名誉殿損的表現は、表現としての価値をほとんど持っていないから、原則として名誉の価値が上回り、. これを制限しうることになるが、例外的に、いわゆる公正な批評︵︷帯8琶o昇芸術作品や学問研究の成果等に対する批. 評︶の場合、批評の対象になる人の地位が公共性を持つ場合、及び名誉殿損の実質が個人の名誉の侵害よりもむしろ公的    ︵ 2 4 ︶. な制度に対する批判である場合には、かかる表現が私人の名誉権に優先する社会的価値を含むため憲法上保護されるべき. である﹂という域に達していると思われる。そして又、保護されるべきでない表現の差止め要件の限界画定は、既述の通. り、北方ジャーナル事件において大法廷判決によって示された。即ち本件判決は、﹁表現行為に対する事前抑制は、・・. 厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうるもの﹂であり、﹁出版物の頒布等の事前差止めは、このような事前. 抑制に該当するものであって、:⋮その対象が⋮⋮公共の利害に関する事項﹂の﹁事前差止めは、原則として許されない. ものといわなければならない﹂として、事前抑制についての原則を示し、次いでこのような表現であっても、﹁①その表. 現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ②被害者が重大にして著し. く回復困難な損害を被る虞れがあるとき﹂には、﹁例外的に事前差止めが許されるものというべきである﹂として、例外. 的に事前差止めが許容される要件を示している。このように本判決は、公共の利害に関する言論の事前差止めは、それが. 名誉権を侵害する場合でも原則としては許されないとし、その上で例外を認める場合を明確に準則化している。その意味. 一9一. 五.

(10) では事前差止めが許容される要件を一般的に限界画定しており、この基準が、今日判例上到達した名誉やプライバシーと. いった人格権侵害の表現行為に対する事前差止めの要件であり、今後も下級審に対する先例となっていくであろう。.  本稿は、総論として事前抑制の問題、そして事前差止めについては、名誉とプライバシーを一括した人格権ととらへ、              ︵25︶. それへの侵害についての事前差止めの間題をみてきた。人格権にも多種多様があり、又名誉とプライバシーの法益の本質. 的差異も十分に認識している。その意味では、両者の法益の違いを反映して、救済手段としても別の方法があるのか、差. 止め要件としても、名誉とプライバシーかによって、どのように異なってくるのかといった論点にも筆を進めるべきで   ︵聡︶. あった。幸い最近の研究では、名誉とプライバシーを類型別に把握し、その観点から事前抑制についても研究が進められ. ている。これらの問題点も含めて筆者は、今後の研究課題として、表現の自由と事前差止の問題をより詳細に検討してみ. 一10一. たいと思っている。本稿はとりあえず、人格権に基づく事前差止の問題について、学説・判例の動向及び筆者なりの考え 方を小論として認めたものである。. ことを要する﹂と述べられる。. ない。わが国の裁判は、陪審制でないことに於て、英米の裁判とは異るが、言論及び出版の自由の本質に反する措置に排撃する. 河原唆一郎﹁言論及び出版の自由﹂一〇七頁では、﹁わが国に於ける名誉殿損訴訟に於て、屡々行われる仮処分︵本案の裁判を またず、保証金を供託せしめて、問題の記事の頒布を禁止する措置を講ずること︶は、検閲に該当するものといわなければなら. 宮沢俊義﹁憲法H﹂︵新版︶三六六頁。. 阪本昌成﹁プライバシーと表現の自由ー事前抑制の問題を中心にー﹂法学セミナー一九八四年四月号三〇頁。. 伊藤正己、前掲九二頁。. 伊藤正己﹁言論・出版の自由﹂九五頁。 柳瀬良幹﹁基本的人権と公共の福祉﹂︵未川博編﹁基本的人権と公共の福祉﹂所収︶一九四頁。. 佐藤幸治﹁憲 法 ﹂ 青 林 書 院 三 五 〇 頁 。. ハパハパハハパハ 7 6 5 4 3 2 1 5主 )))))))〕. 説. 論.

(11) 表現の自由と事前抑制についての考察 ←). 15 14 13 12. 竹田稔﹁司法による表現の自由の事前抑制﹂LS三八号四七頁。. 佐藤幸治﹁表現の自由﹂憲法H人権ω四八六頁。 最高裁昭和六一年六月一一日大法廷判決民集四〇巻四号八七二頁。. 伊藤正己﹁憲法の判例第三版︵ジュリスト︶﹂ご二〇頁、鴨良弼・芦部信喜﹁座談会マスコミをめぐる諸問題﹂ジュリスト四四 九号二一頁以下における発言。. 加藤和夫﹁北方ジャーナル差止国賠事件最高裁大法廷判決﹂五六頁。. よってその活動の自由が制約されることによって受ける不利益のそれとを比較衡量して決すべきである﹂と判示した。 種谷春洋﹁生命・自由および幸福追求権﹂憲法H人権ω︵芦部信喜編︶一七九頁。. 裁を考える場合の判断の指標として、その検討を将来に保留しておきたいと思う﹂として﹁現実の悪意説﹂を批判しておられる。 榎原猛﹁表現権理論の新展開﹂六四頁。 東京高決昭和四五年四月一三日・判時五八七号三一頁。婦人解放運動家として著名な元衆議院議員神近市子が、同女らの大杉栄 との恋愛的葛藤と破綻を中心的素材とした映画﹁エロス+虐殺﹂の製作会社等四社に対し、プライバシーの侵害及び名誉殿損を 理由として同映画の上映禁止等の仮処分を求めた事案について、東京高裁は、﹁人格的利益の侵害が、小説、演劇、映画等に よってなされたとされる場合には、個人の尊厳及び幸福追求の権利の保護と表現の自由の保障とに鑑み、いかなる場合に右の請 求権を認むべきかについて慎重な考慮を要するところである。そうして、一般的には、右請求権の存否は、具体的事案について、 被害者が排除ないし予防の措置がなされないままで放置されることによって蒙る不利益の態様、程度と、侵害者が右の措置に. うな迅速な処理を要する手続において用いる基準として適当でないことも少なくなく、とくに表現行為者の意見を聞くことなし にこの基準を用いることは、妥当性を欠くものと思われる。私は、この基準を、公的な人物に対する名誉殿損に関する事後の制. 藤正己補足意見は、﹁この見解に対して深い敬意を表するものである﹂としながらも、﹁私としては、たとえ公的人物を対象とす る名誉殿損の場合に限るとしても、これを事前の規制に対する判断基準として用いることに若干の疑問を持っている。客観的な 事実関係から現実の悪意を確認することも可能ではあるが、それが表現行為者の主観に立ち入るものであるだけに、仮処分のよ. 中村陸男﹁表現の自由と事前規制の合憲性﹂ジュリスト八三〇号三二頁。 北方ジャーナル事件大法廷判決において、谷口正孝意見が﹁現実の悪意﹂の基準を採用すべきであると主張するのに対して、伊. 竹田、前掲四七頁。. )  )  )  ). 榎原猛、前掲一〇頁。. 榎原猛、前掲六五頁。. 一11一. )  )  )  ). 11109 8 ハ  パ  ハ  パ. 1716. パ  ハ  パ. ハ  パ. 201918. )  )  ).

(12) 竹田稔、前掲。. 加藤和夫、前掲五五頁。. 榎原猛、前掲一二頁。 榎原猛、前掲七三頁以下にこの基準が用いられた諸判例が掲げられている。. )  )  )  )  )  ). 藤岡康宏﹁名誉・プライバシー侵害﹂星野英一編﹁民法講座⑥﹂一〇五頁。 代表的には阪本昌成﹁プライバシー権と事前抑制・検閲﹂ジュリスト八六七号一二頁以下。. 一12一. 説. 論. パ  ハ  パ  パ  パ  ハ. 26 25 24 23 22 21.

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