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《修論報告》高等学校・平和教育における「他者」と出会うカリキュラムデザインに関する研究

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Academic year: 2021

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(1)横浜国立大学国語教育研究 No.44(2019) 《修論報告》. 高等学校・平和教育における「他者」と出会うカリキュラムデザインに関する研究. 高瀬桃華 1、研究の目的. はじめに. 本研究の目的は、「他者理解」という観点から、. 第1章. 国語科を中心に行われている「他者理解」. 教科・領域横断的に行われる高等学校・平和教育に. と「平和教育」. おいて、有効な国語教材とは何かを明らかにするこ. 第2章. 高等学校における授業実践. とである。. ―KJ 法による. 感想の分析― 第3章. 2、研究課題と方法. 林京子『空き缶』の授業実践における他ク ラスとの比較. 現在、国語科における平和教育の課題として、次. 第4章. のような 2 つのことが言われている。1 つ目は、国. 平和教育のカリキュラムデザインにおける 有効な教材とは. 語科における平和教育で取り上げられる教材の偏り. おわりに. である。その中でも、「中学では、第二次世界大戦. 4、結果と考察. ・終戦間際の作品が多い」、「高校では、比較的広 い範囲の戦争が取り扱われるが、「被害者」視点の. 第 1 章では、本稿内における「他者」と「他者理. 教材に偏っている」の 2 点が特に問題視されている。. 解」の位置づけを行った。髙木と原田の論を基に、. 2 つ目は、現在の児童・生徒との距離感である。. 「「私」をベースにして想定しうるような存在では. これまで、戦後の日本では、国語科教科書におい. ない者」、「「私」にとって「理解不能な者」」、. て多くの戦争教材を扱ってきた。国語科戦争教材に. 「異質な者」を「他者」とし、「葛藤や煩悶の思い. おいて、教材の偏りがあることが問題点として分析. のもとに、絶えず「理解」し続けること」を「他者. されてきた。しかし、これらの問題点を解決するた. 理解」として位置付けた。その上で、「他者理解」. めに有効である具体的な教材の分析をした研究は見. を国語科で扱うことの意義を、「言語(ことば)」. 当たらず、まだ明らかとなっていない。. という観点から、「文学」を「読む」授業が「他者. そこで、これらの課題を解決できる可能性を、本. 理解」を促す行為でもあることを確認した。次に、. 稿で探った。まず第 1 章では、文献調査を通して、. 平和教育を行うことの意義について考えていった。. 「他者理解」の位置づけ、国語科で「他者理解」を. 日本の戦争について、経験者から直接聞くことが次. 扱うことの意義、そして平和教育の意義を明確にす. 第に難しくなっている現状を踏まえ、風化を防ぎ、. るとともに、これらを踏まえた先行実践にあたった。. 継承していく方法として、すべての国民に等しく与. 第 2 章、第 3 章では、これまでに述べてきた課題. えられる権利である「教育」の中で「学ぶ」ことに. と意義を踏まえ、東京都の私立高校において、特別. は非常に意義があることを確認した。しかし、現在、. 活動と連携した林京子『空き缶』を扱った授業実践. 国語科における平和教育の課題として、次の 2 つの. の調査結果を分析した。林京子『空き缶』の授業前、. ことが言われている。1 つ目は、国語科における平. 授業後、学習旅行後のそれぞれに、生徒から感想を. 和教育で取り上げられる教材の偏りである。その中. 集め、分析は KJ 法によった。. でも、「中学では、第二次世界大戦・終戦間際の作. そして最後に、これまでの課題を踏まえ、教科横. 品が多い」、「高校では特に「被害者」視点の教材. 断的な連携の中で有効といえる国語科教材が、どの. に偏っている」の 2 点が挙げられる。2 つ目は、戦. ようなものであるかを検討した。. 争に対して、現在の児童・生徒との間に距離感があ ることである。これらすべての課題を乗り越えるも. 3、論文の構成. のとして、髙橋の「ヒロシマの声を聴こう」を先行. 修士論文の構成は、以下の通りである。. 実践として挙げた。しかし、髙橋の実践は中学生が. 93.

(2) 横浜国立大学国語教育研究 No.44(2019) 対象であるため、高校生を対象に実践を行う場合に、. 5、本研究の成果と課題. どのようなステップアップが必要かを確認した。高. このように本稿では、教科・領域横断的に教材を. 校では「文学」を教材として扱い、「他者」に対し. 扱うことの意義と、どのような教材が有効となるの. て、理解を深めていくことを提示しようと調査を試. か考察することができたと考える。しかし、『父と. みた。. 暮せば』に関しては、実践をしたわけではないため、. 今回調査した高等学校では、毎年の行事として組. 現段階では机上の空論となっているのが事実だ。今. み込まれている「学習旅行」に行くために、国語科. 後の課題として、『父と暮せば』を教材として用い、. では、林京子『空き缶』を事前学習の一環として授. 授業を組み立て実践していく必要がある。. 業で取り扱っている。そこで、林京子『空き缶』の 授業前、授業後、学習旅行後のそれぞれに、生徒か. 6、主な引用・参考文献. ら感想を集め、どのような変化が見られたのかを考. ・池田譲二.高等学校国語教科書における. 察していった。. 戦争・. 平和をテーマにした題材の変遷.愛媛国文研究,. 調査の結果、主に「①生徒たちにとっての「他者」. 2012,(62),p.84-95.. に、非被爆者である「西田」も含まれるようになっ. ・川喜田二郎. 発想法. 中央公論新社. 1967, 220p. た」「②学習旅行の感想を踏まえると、「他者」に. ・髙木まさき.“第 3 章. 国語教育における「他者」. 対して疑問や関心を抱き続ける「サイクル」が生じ. と「主体性」”.「他者」を発見する国語の授業,. ることが分かった」「③授業前は「西田―ミクロ」. 大修館書店,2001,p.52-85. と「きぬ子―マクロ」な視点の違いが見られた」「④. ・原田大介.学習者のリアリティを喚起する「人間. 人物に対しても、生徒たちにとってみれば「距離感」. 関係」という視座:メディア・リテラシー教育の. があるということが分かった」の 4 点が明らかとな. 新たな展開に向けて.広島大学大学院教育学研究. った。この 4 点に共通して言えることは、「実際の. 科紀要.2004,1(53),p.55-64. 他者」に会ったことで「教材の他者」への見方に変 化が生じたことである。このことから、「国語科(『空 き缶』)―特別活動(学習旅行)」、「事前学習― 事後学習」を組み合わせて行うことの意義を見出せ たと考える。 最後は、「平和教育のカリキュラムデザインにお ける有効な教材」について考察をした。まず、林京 子『空き缶』は「①「記録」教材であること」と「② 「加害者」でも「被害者」でもない立場の登場人物 が存在すること」において、今までの教材とは特別 なポジションであることを考察した。 池田は、国語科の戦争教材における課題として「加 害者」視点が描かれていないことを述べていたが、 「被害者」に偏っているからといって、「加害者」 視点を出せば良いわけではない。そうではなく、戦 争は、被害者が加害者になり得るということ、加害 者が被害者になり得るということ、その点にこそ本 質があると考える。このように、「被害者が加害者 になり得る」、「加害者が被害者になり得る」戦争 の恐ろしさという意味を持つものとして、本稿の最 後では、井上ひさしの『父と暮せば』を教材として 扱うことを提案した。. 94.

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参照

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