《修論報告》高等学校・平和教育における「他者」と出会うカリキュラムデザインに関する研究
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(2) 横浜国立大学国語教育研究 No.44(2019) 対象であるため、高校生を対象に実践を行う場合に、. 5、本研究の成果と課題. どのようなステップアップが必要かを確認した。高. このように本稿では、教科・領域横断的に教材を. 校では「文学」を教材として扱い、「他者」に対し. 扱うことの意義と、どのような教材が有効となるの. て、理解を深めていくことを提示しようと調査を試. か考察することができたと考える。しかし、『父と. みた。. 暮せば』に関しては、実践をしたわけではないため、. 今回調査した高等学校では、毎年の行事として組. 現段階では机上の空論となっているのが事実だ。今. み込まれている「学習旅行」に行くために、国語科. 後の課題として、『父と暮せば』を教材として用い、. では、林京子『空き缶』を事前学習の一環として授. 授業を組み立て実践していく必要がある。. 業で取り扱っている。そこで、林京子『空き缶』の 授業前、授業後、学習旅行後のそれぞれに、生徒か. 6、主な引用・参考文献. ら感想を集め、どのような変化が見られたのかを考. ・池田譲二.高等学校国語教科書における. 察していった。. 戦争・. 平和をテーマにした題材の変遷.愛媛国文研究,. 調査の結果、主に「①生徒たちにとっての「他者」. 2012,(62),p.84-95.. に、非被爆者である「西田」も含まれるようになっ. ・川喜田二郎. 発想法. 中央公論新社. 1967, 220p. た」「②学習旅行の感想を踏まえると、「他者」に. ・髙木まさき.“第 3 章. 国語教育における「他者」. 対して疑問や関心を抱き続ける「サイクル」が生じ. と「主体性」”.「他者」を発見する国語の授業,. ることが分かった」「③授業前は「西田―ミクロ」. 大修館書店,2001,p.52-85. と「きぬ子―マクロ」な視点の違いが見られた」「④. ・原田大介.学習者のリアリティを喚起する「人間. 人物に対しても、生徒たちにとってみれば「距離感」. 関係」という視座:メディア・リテラシー教育の. があるということが分かった」の 4 点が明らかとな. 新たな展開に向けて.広島大学大学院教育学研究. った。この 4 点に共通して言えることは、「実際の. 科紀要.2004,1(53),p.55-64. 他者」に会ったことで「教材の他者」への見方に変 化が生じたことである。このことから、「国語科(『空 き缶』)―特別活動(学習旅行)」、「事前学習― 事後学習」を組み合わせて行うことの意義を見出せ たと考える。 最後は、「平和教育のカリキュラムデザインにお ける有効な教材」について考察をした。まず、林京 子『空き缶』は「①「記録」教材であること」と「② 「加害者」でも「被害者」でもない立場の登場人物 が存在すること」において、今までの教材とは特別 なポジションであることを考察した。 池田は、国語科の戦争教材における課題として「加 害者」視点が描かれていないことを述べていたが、 「被害者」に偏っているからといって、「加害者」 視点を出せば良いわけではない。そうではなく、戦 争は、被害者が加害者になり得るということ、加害 者が被害者になり得るということ、その点にこそ本 質があると考える。このように、「被害者が加害者 になり得る」、「加害者が被害者になり得る」戦争 の恐ろしさという意味を持つものとして、本稿の最 後では、井上ひさしの『父と暮せば』を教材として 扱うことを提案した。. 94.
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