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発達と災禍 -- 内戦後の元子ども兵とその心理的発達・調整に着目して (途上国研究の最前線 第15回 (最終回))

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全文

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発達と災禍 -- 内戦後の元子ども兵とその心理的発

達・調整に着目して (途上国研究の最前線 第15回

(最終回))

著者

岡部 正義

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

258

ページ

43-44

発行年

2017-03

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00048880

(2)

連載

岡部 正義

43

アジ研ワールド・トレンド No.258(2017. 4)

第 15 回(最終回)

Child Development Vol. 81, No. 4, 2010 所収: 1. Betancourt, T. Stichick et al ., "Sierra Leone's F or m er C hil d So ld ier s: A F ollo w -U p Stu dy of Psychosocial Adjustment and Community Reintegration," 1077‒1095. 2. K la se n, F io nn a et a l ., "P os tt ra um at ic R es ili en ce in F or m er U ga nd an C hi ld Soldiers," 1096‒1113.   災害は自然災害か人的災害かを問わず物的人 的 に 甚 大 な 被 害 と 犠 牲( 災 禍 ) を 引 き 起 こ す。 今回取り上げる研究は、発達心理学・児童発達 研 究 雑 誌 Child Development に 収 め ら れ て お り、同誌が二〇一〇年に組んだ「災害が子ども の発達に及ぼす影響」という特集のなかの二論 文である。この雑誌は心理学研究の雑誌であり 途上国研究を志向する性格のものではない。管 見では心理学と途上国研究との接点は社会科学 に比べて希薄と思われる。本稿で取り上げる二 論 文 は 内 戦 と い う 人 的 災 害 の 極 値 を 取 り 上 げ、 シエラレオネとウガンダを事例に災禍と心理発 達の関係について分析している。今なお内戦を はじめとする災禍に苦しむ途上国は少なくない。 本稿では新たな心理学的研究が途上国研究に働 きかけるメッセージについて考えてみたい。  内戦による災禍と子ども兵   シエラレオネでは一九九一~二〇〇二年まで 統一革命戦線(RUF)と、ウガンダでは一九 八八~二〇〇六年まで「神の抵抗軍」 (LRA) とそれぞれの政府軍との間で内戦が展開してい た。内戦の歴史的経緯は割愛するが、これら内 戦のなかで多くの青少年たちが子ども兵として 強制的に拉致・誘拐された。子ども兵は監禁や 拷問、性暴力に遭い、住民間の破壊や身内の殺 害 に 強 制 的 に 関 与 さ せ ら れ た。 さ ら に 悲 劇 は、 子ども兵たちは被害者であると同時に加害者と しての立場にも立たされていることである。こ の熾烈な環境を生き抜いた元子ども兵たちを対 象 に、 ト ラ ウ マ 的 被 害 と 帰 還 後 の 心 理 発 達 的、 心理社会的な予後について調査が行われた。   第一論文が取り上げるシエラレオネでは、二 〇〇二年の内戦終結後、国際平和活動の一つで あ る D D R( 武 装 解 除・ 動 員 解 除・ 社 会 復 帰 ) が目指される。和平調停後の武装と動員の解除 後、元兵士たちを帰属社会に「社会復帰」させ る道のりは 〝 a long journey 〟(一〇七八ページ) である。内戦終結後に帰属社会に戻れたとして も、養育やケアの主体である父母や親族、ある いは教育の機会が奪われており、社会復帰はも っとも心理社会的課題が先鋭化する局面でもあ る。第二論文が取り上げるウガンダでも、LR Aは武装集団に取り込んだ子ども兵たちをレイ プしたり親や地域住民を殺させるなどの残虐行 為を行ってきた。このような極度のトラウマ的 状況を強制的に経験させられ、それによる心的 外傷がその後の子どもたちの心理的適応、発達 や成育に与える影響は甚大と考えられている。  研究の内容と主要な分析結果   子ども兵の悲惨な経験は心理発達にどのよう な影響があるだろうか。まず、耐えがたい苦痛 や悲劇の経験によって甚大なストレスが加わり、 P T S D( 心 的 外 傷 後 ス ト レ ス 障 害 ) や う つ、 不眠などが生じる。さらには慢性的に攻撃性や 内向性、不安が高まる情動の変化もあるし、対 人関係が築けなくなり自信を失うなどの状況に 陥る者もいる。両論文は、このようなトラウマ

発達と災禍

―内戦後の元子ども兵とその心理的発達・調整に着目して―

12_途上国研究の最前線.indd 43 17/03/03 11:31

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アジ研ワールド・トレンド No.258(2017. 4)

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的経験から生き延びた子どもたちについて分析 した数少ない研究である。特に第一論文は、時 間が経過している人びとも対象として経時的な 変化を追う類い稀なる研究と位置づけられる。   分析では、心理発達的問題に対してその被害 を食い止めたり発症しても予後を緩和する方向 に働く「保護的因子」と、逆に心理的問題を引 き起こしたり劇症化させる方向に働く「リスク 因子」という二つの因子を設定している。そし て、先行研究から様々な変数を説明変数の候補 にあげ、心理統計学的に分析している。第一論 文ではうつ、不安、攻撃性、向社会的態度、そ して自信に対して相関分析と重回帰分析を、ま た第二論文ではトラウマ的状況後の予後に関し て作成されたアウトカム指標に対して階層ロジ ット分析という多変量解析手法を用い、各変数 の説明力や統計学的有意性、リスク/保護的因 子のどちらとして作用しうるのかが分析される。   両論文では複数の個人的、家庭的、社会経済 的属性が説明変数として用いられるが、とくに その後の心理発達に対してリスク因子、保護的 因子として働くと両論文が分析結果から論じて いる主要な説明変数(属性)について着目する。   まず帰還後の地域コミュニティ・家族による 帰 還 者 の 受 け 入 れ が そ の 後 の 本 人 の 心 理 発 達・ 適応に大きく影響しうる点である。多くの場合、 元 子 ど も 兵 は 被 害 者 と 同 時 に 加 害 者 で も あ り、 その受け入れには困難がともなう。しかし、家 族や地域にうまく受け入れられている者(特に そのように心理的に自ら感じられている者)に とっては、そのこと自体が自信・安心につなが り 心 理 発 達 上 の 保 護 的 因 子 と し て 働 く。 次 に、 学校教育の重要性が保護的因子として働く点で ある。子ども兵たちは徴兵されている間は身に つけるべき心理的特性や技能を身につけられず に 時 間 が 経 過 し て お り、 そ の 後 の 習 得 機 会 と、 同年代の仲間とともに緊密に過ごし日常性を回 復する機会が重要な過程と考えられる。特に持 続的な教育アクセスつまり中退をせずに継続的 に就学し続けられていることがその後の心理社 会 的 調 整 上、 重 要 だ と 指 摘 さ れ て い る。 逆 に、 子ども兵となった時期やその期間、トラウマ的 状況を目撃したり遭遇した経験の頻度、その悲 惨さの深度などはリスク因子として様々な心理 状況を介し発達を阻害することも分かった。   また先行研究に共通して両論文から導き出さ れることとして、保護的因子もリスク因子も時 系列的、数量的に累積して作用し、ある種のリ スク因子の作用を相殺するためには複数の保護 的因子が必要であるという単なる足し算の線形 ではなく非線形な関係がある。加えて、自然災 害と比較して戦争の災禍は心理発達を長期的に 阻害することも追跡調査から明らかにされた。  災禍がない社会を目指して   災禍による心身の被害は凄惨さを極めている。 しかし、二つの研究が描いているのは、子ども たちはその被害に対して決して 「されるがまま」 なだけの受容的で静態的な存在ではないという こ と で あ る。 こ の こ と は「 レ ジ リ エ ン ス 」( 強 靱さ、しなやかさ、耐性など様々な文脈で用い られる術語)という言葉で表されている。元子 ども兵たちは、当事者でなければ決して分から ない辛苦に傷つきつつ、同時にそれを乗り越え ようと必死に努力し生きているレジリエントな 存 在 で あ る こ と も 描 か れ て い る の で は な い か。 そうであれば、レジリエンスを補強するどのよ うな心理的支援が必要かを研究し、実践に移し ていくことが社会的に不可欠となる。心身に傷 を負った脆弱な子どもたちが発達の保護的因子 を高めていくような支援と介入が社会政策とし ても不可欠であることを同誌の特集号から読み 取ることができる。分析結果から考えても、家 族やコミュニティ、あるいは教育といった極め て社会的な領域が個人の発達に強くつながって いることが示された。本稿では詳述できなかっ たが、心理学や公衆衛生学、認知科学などの研 究者により、調査時には被調査者への心理学上、 精神医学上、そして言語や文化、価値、規範に ついて文化人類学的な配慮が心がけられている。   心理学や公衆衛生学、認知科学の知見は不可 欠である。しかし、心理学研究においても、先 進国に比べて途上国やマイノリティ集団に関す る研究や手法はより乏しく、文化的・地理的に 多様な地域を取り扱う児童発達研究を推し進め ていくことが災害研究にとっても極めて重要で あることが関連論文のなかで提起されている。   これからの新たな研究群のなかでは、平和や 人間の安全保障などの課題について多くの議論 や研究を蓄積してきた社会科学者と、現地語と 長期のフィールドワークに習熟した地域研究者 による途上国研究の知が果たせる貢献の余地は 大きいと思う。逆に、途上国において顕著な安 全や安心、発展や開発の問題を考えるうえで発 達心理学のような自然科学系の研究内容がもた らす知見もまた少なくないはずである。そして 究極には、このような凄惨な情況を報告する研 究が最終的にはなくなるような世界を目指して この社会が進んでいくことこそが最も望まれる。 ( お か べ   ま さ よ し / ア ジ ア 経 済 研 究 所   在 マ ニラ海外派遣員) 12_途上国研究の最前線.indd 44 17/03/03 11:31

参照

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