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脳卒中後の垂直性障害と理学療法

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Academic year: 2021

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はじめに ヒトは,あらゆる環境下において姿勢を垂直に定位す ることができる。Horak ら1)は,支持面の状態や視覚 的環境,内的な参照枠が姿勢制御において不可欠である としており,垂直性も姿勢制御において重要な役割の一 つとしている。本稿では,脳卒中後の前額面上の垂直性 の姿勢異常やその評価,治療手段について概説する。 大脳半球損傷に伴う垂直性障害 ① Pusher 現象 Pusher 現象は,大脳半球損傷後に観察される姿勢定 位障害の一つであり,麻痺側へ傾倒しているにも関わら ず,非麻痺側上下肢を用いて積極的に押し,姿勢の他 動的正中位矯正に対して抵抗する現象である2)。Pusher 現象の出現率は測定時期や判定方法によって異なるが, 急性期脳卒中患者を対象とした場合,約 10 ~ 18%と報 告されている3-6)。また Pusher 現象は,ADL の回復3,6,7) や自宅退院率に負の影響を与える7)ことが報告されて おり,治療に難渋する現象の一つである。 Pusher 現象は,視床後外側,島皮質,中心後回の皮 質下,上側頭回,下頭頂小葉などが関連領域として報告 されており8-11),いずれも姿勢定位に関わる領域とされ ている。また,これらの領域は半側空間無視(Unilateral spatial neglect: USN)と関連があり,右半球損傷に 伴う Pusher 現象は USN を合併しやすい12)。さらに, Pusher 現象は必ず運動麻痺を伴うため,上記の病巣に 加え,皮質脊髄路の損傷の有無を観察する必要がある。 ② Contralesional Lateropulsion(以下 CL) CL は, 大 脳 半 球 損 傷 後 に 観 察 さ れ る 麻 痺 側 へ 傾 倒する現象であり,脳幹や小脳損傷後に観察される Lateropulsion とは区別される。CL は非麻痺側上下肢を 用いて積極的に麻痺側へ押す行為や他動的な姿勢の矯正 に対する抵抗は観察されないのが特徴である。この現象 は,体幹筋の筋活動の不均衡や運動麻痺,感覚障害に よっても麻痺側の傾斜が生ずることが議論されていた が,上記の機能障害があっても垂直姿勢を維持できる症 例は存在する。近年,Dai ら13)は,発症から 30 日を経 過した大脳半球損傷患者 220 名を調査し,CL の出現率 は,15%であったと報告している。また,CL がバラン ス指標や歩行能力に影響する因子であることも報告して おり,臨床での評価の必要性を主張している。CL の関 連領域に関する報告はないが,この現象は臨床上注意す べき現象であり,今後更なる研究が必要と考えられる。 垂直性障害に対する評価 ① 垂直姿勢の評価

Pusher 現 象 を 評 価 す る ス ケ ー ル と し て Scale for contraversive pushing(以下 SCP)14)が一般的に用い られている。SCP は,A 自然な姿勢の対称性,B 非麻

脳卒中後の垂直性障害と理学療法

深田 和浩

1)*

  網本 和

2)

  藤野 雄次

3) 要旨 ヒトはあらゆる環境下において身体を垂直に保つことが可能であるが,脳卒中を発症すると安定した床面であっ ても姿勢を垂直に維持することが難しい症例も存在する。特に脳卒中重症例では,垂直性の問題により,基本動作練習 や歩行練習が思うように進まないことを経験する。この垂直性障害については不明な点も多いが,近年では垂直性に関 する報告も増えつつある。本項では,垂直性障害のレビューや評価と治療について概説したい。

キーワード:脳卒中・垂直性障害・Pusher 現象・Contralesional Lateropulsion・理学療法 ■講 座 (* 責任著者:深田 和浩 埼玉医科大学国際医療センター  リハビリテーションセンター 〒 350-1298 埼玉県日高市山 根 1397-1 e-mail:[email protected]) 1)埼玉医科大学国際医療センター リハビリテーションセンター 2)東京都立大学 健康福祉学部 理学療法学科 3)順天堂大学 保健医療学部 理学療法学科

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に座位で評価される14-16)。対象者は前額面上に回転する 装置に座り,閉眼または開眼位で評価する。測定者は非 麻痺側または麻痺側へ傾けた位置から垂直方向へ向かっ て台を回転させ,対象者が主観的に垂直位であると感じ た時点の角度を算出する(図 2-B)。 垂直性障害と垂直認知の異常 Pusher 現象の垂直認知に関する代表的な 2 つの研究 がある。Karnath ら14)は,急性期の Pusher 現象例では, SPV の方向性が非麻痺側方向へ約 18° 傾斜していた一 方,開眼位では垂直位に保たれていたため,この閉眼位 と開眼位の認知的な乖離を埋め合わせるため押す現象が 生ずると論じている。Pérennou ら15)は,亜急性期以降 の脳卒中患者において SCP を用いて垂直姿勢群,CL 群, Pusher 現象群の SPV を調査した。その結果,垂直姿勢 群では SPV の傾斜方向性が正常範囲内に収まっていた のに対し,CL 群では麻痺側に約 7°,Pusher 現象群で は麻痺側へ約 10° 偏倚したことを報告した。彼ら15) る抵抗が観察されない場合は,合計が 1.25 点となるた め,CL と判定される。このように,SCP は Pusher 現 象以外の姿勢定位障害を定量化できる指標としても用い ることができる。 ② 垂直感覚の評価 臨床では,安静座位または立位で,麻痺側へ傾斜した 状態や他動的に垂直位に修正した状態での身体の傾斜方 向や転倒恐怖感を開眼位と閉眼位で聴取する。Pusher 現象例では,麻痺側に傾いた位置を真っ直ぐと回答した り,垂直位にすると非麻痺側方向へ傾いていると訴え ることが多い。一方,Pusher 現象のない例については, 身体の傾きを自覚していることが多い。 ③ 垂直認知の評価 姿勢制御に関わる認知的側面の評価として主観的視覚 垂直(Subjective visual vertical: SVV)と主観的身体 垂直(Subjective postural vertical: SPV)がある。垂

図 1 SCP の評価方法(文献 14 から引用,一部改変) * 1.座位では非麻痺側方向へおしりをずらした時の非麻痺側上下肢の伸展運動や移乗動作時に非麻痺側上下肢を自発 的に伸展させる運動が観察されたら 0.5 点とする。立位では,歩行中に非麻痺側下肢の伸展・外転が観察されれば,0.5 点とする。 * 2.他動的に非麻痺側方向へ移動させる前に対象者に「あなたの体を右方向(左片麻痺例の場合)に動かすので楽に していてください」と声をかけてから身体を動かす。

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程度の偏倚量であり,先行研究のような大きな偏倚は示 さなかった(図 3-A)。また、pusher 現象のある群では 動揺性が高値を示した(図 3-B)。このように,Pusher 現象例の SPV の異常については一定の見解は得られ ていないが,Pusher 現象例では,身体的な重力知覚が 障害されるということは理解すべき点であると考えら れる。 麻痺側へ傾斜した軸に身体を合わせるために押す現象が 生ずるとしている。また,Pérennou ら15)は,Pusher 現象は CL の極型であるとの見解を示している。 この両者の結果の違いについては,測定時期や頭部 や下肢の固定の有無,USN の影響が示唆されている。 そこで,筆者ら16)は右半球損傷に伴う Pusher 現象の SPV に対する USN の影響を調査した。その結果,USN は直接的に SPV に関与しないことが示唆された。一方 で,Pusher 現象例の SPV の傾斜方向性は麻痺側へ 2° 図 2 SVV と SPV の評価風景 (A)SVV はコンピュータ画面上に表示した視覚指標を示している。(B)SPV は,開眼または閉眼(アイマスクを着用 した状態)で測定を行う。 図 3 右半球損傷患者における SVV と SPV の傾斜方向性と動揺性の結果(文献 16 から引用,一部改変) C,健常成人;non-PN,Pusher 現象も半側空間無視もない群;N,半側空間無視のみの群;P,Pusher 現象のみの群; PN,Pusher 現象に半側空間無視を合併した群。 * C. non-PN. N と比較した場合 p < 0.05,** C. non-PN. P と比較した場合 p < 0.05

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ば CL,他動的な姿勢の矯正に対して抵抗が観察される 場合は,姿勢の対称性を阻害している要因は Pusher 現 象である可能性があり,Pusher 現象例であれば,非麻 痺側下肢の運動出力を抑制させるような介入が必要であ る。また対象者の機能障害や高次脳機能障害,認知機能 障害の影響を考慮した上で,残存しているモダリティを 活用することも必要である。 筋に低周波をかけることで Pusher 現象が軽減したこと を報告した。これらの治療は, Pusher 現象が示す過剰 な運動出力に焦点を当てた介入と考えらえれ,Pusher 現象の評価・治療では運動出力系の異常も考慮すべきと 考えられる。 図 5 SPV の開始方向別による検討(文献 19 から引用,一部改変) (A)麻痺側へ傾斜した状態から開始した条件では,Pusher 現象群で有意に麻痺側へ偏倚した。(B)非麻痺側へ傾斜し た状態から開始した条件では,両群で差はなかった。 * p < 0.05 図 4 Pusher 現象における座位姿勢保持中の筋活動の一例(文献 18 から引用,一部改変) 非麻痺側の上腕三頭筋が過剰に収縮しており,体幹を非麻痺側方向へ 10°傾斜するとより筋活動が大きくなる。

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③ 能動的な座位練習課題 Pusher 現象例に対する治療では,治療者の介助によ る誘導や静的な姿勢課題が臨床で行われることが多い が,側方リーチなど能動的な移動練習を行うと,むし ろ非麻痺側への重心移動がしやすくなることも報告さ れている21)。また筆者ら22)は,座位保持が困難な重度 Pusher 現象例に対して,麻痺側と後方を垂直の壁で覆 われた座面上に座り,麻痺側へ 10° 傾斜させた位置から 非麻痺側方向への側方移動課題を行うことで,Pusher 現象と体幹のパフォーマンス指標,座位バランス指標が 改善したことを示した(図 6)。このように能動的な移 動課題が実施できるように環境を調整し,非麻痺側への 能動的な移動を促すことも重要である。 おわりに ここまで垂直性障害に対するレビュー,評価と治療を 提示したが,Pusher 現象や CL の多くは,運動麻痺や 体幹機能障害などの機能障害を伴う症状と考えられる。 すなわち,Pusher 現象例であっても,運動麻痺・体幹 機能などの機能障害を改善させるための視点は必要であ り,運動学的な分析に基づき環境設定や介助方法を工夫 することで,Pusher 現象と機能障害の双方を回復させ る視点が重要であると筆者は考える。 最後になるが,垂直性障害については未だ不明な点も 多く,明確な治療のエビデンスは確立されていない。本 稿を参考とすることで,この垂直性障害の解明あるいは アウトカムを好転させるための治療の一助になれば幸い である。 利益相反 本研究に関して開示すべき利益相反はない。 文 献

1) Horak FB: Postural orientation and equilibrium: what do we need to know about neural control of balance to prevent falls? Age Ageing 2006; 35: ii7–11.

2) Davies PM: Steps to Follow: A Guide to the Treatment of Adult Hemiplegia. New York, Springer-Verlag, 1985.

3) Pedersen PA, Wandel A, et al.: Ipsilateral pushing in stroke: Incidence, relation to neuropsychological symptoms, and impact on rehabilitation. The Copenhagen Stroke Study. Arch Phys Med Rehabil. 1996; 77: 25–28.

4) Baccini M, Paci M, et al.: Scale for contraversive pushing: cutoff scores for diagnosing “pusher behavior” and construct validity. Phys Ther. 2008; 88: 947–955. ① 体性感覚情報の利用 筆者ら19)は,Pusher 現象例と Pusher 現象のない例 に対して SPV を測定の開始方向別に調査したところ麻 痺側に比して非麻痺側の垂直感覚が保たれていることを 明らかにした(図 5)。Pusher 現象の重症例では,麻痺 側から垂直方向へ他動的に姿勢を修正すると非麻痺側上 下肢を用いて抵抗し,非麻痺側方向への転倒恐怖感を訴 える。そのため,初期の介入では非麻痺側の接触面積を 増やした座位練習や壁際での立位保持練習のように非麻 痺側の体性感覚情報を利用した介入を行い,恐怖感を取 り除くような介入が必要と考えられる。 ② 視覚情報の利用 Pusher 現象例では,SVV が鉛直位に保たれている14) と示されていたことから,垂直指標の提示や鏡を用いた 視覚的フィードバックを利用し,身体の傾きを自覚させ る介入が用いられている20)が,重度の USN を呈してい ると鏡自体を認識することが困難な場合がある。また 筆者ら16)は,USN を合併した Pusher 現象と USN を合 併しない Pusher 現象例の SVV を調査し,USN のない Pusher 現象例では SVV の傾斜方向性や動揺性は,健常 群と差がなかったのに対し,USN を合併した Pusher 現 象例や USN 例では,動揺性は高値を示したことを報告 した(図 3-C,3-D)。さらに USN の重症度と SVV の 動揺性の大きさに関連が認められたことから,USN が 視覚的な認知処理過程に影響を及ぼしている可能性があ ると結論付けた。このように垂直性障害に対する視覚的 フィードバックの利用は,USN の有無や重症度を考慮 しつつ個別に判断する必要があると考える。 図 6  Pusher 現象に対する傾斜面上での座位側方移動 課題(文献 22 から引用,一部改変) 非麻痺側側へ提示した垂直指標に向かって,非麻痺側上肢を外 転させ側方リーチする課題を 40 回 / 日実施する。

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Ther Sci. 2016; 28: 2690–2693.

18) Fujino Y, Takahashi H, et al.: Electromyography-guided electrical stimulation therapy for patients with pusher behavior: A case series. NeuroRehabilitation. 2019; 45: 537–545.

19) Fukata K, Amimoto K, et al.: Starting position effects in the measurement of the postural vertical for pusher behavior. Exp Brain Res. 2020; 238: 2199–2206.

20) Yang YR, Chen YH, et al.: Effects of interactive visual feedback training on post-stroke pusher syndrome: a pilot randomized controlled study. Clin Rehabil. 2015; 29: 987–993.

21) 阿部浩明:Contraversive pushing の評価と背景因子を踏 まえた介入.理学療法研究.2011; 28: 10–20.

22) Fukata K, Amimoto K, et al.: Effects of performing a lateral-reaching exercise while seated on a tilted surface for severe post-stroke pusher behavior: a case series. Top Stroke Rehabil. 2021; 20; 1–8.

hemorrhage induces “pusher syndrome”. Neurology. 2005 Mar 22; 64 (6): 1014–1019.

9) Johannsen L, Broetz D, et al.: “Pusher syndrome” following cortical lesions that spare the thalamus. J Neurol. 2006; 253: 455–463.

10) Ticini LF, Klose U, et al.: Perfusion imaging in Pusher syndrome to investigate the neural substrates involved in controlling upright body position. PLoS One. 2009; 4: e5737.

11) Babyar SR, Smeragliuolo A, et al.: Lesion Localization of Poststroke Lateropulsion. Stroke. 2019; 50 (5): 1067– 1073.

12) 網本和,他:左半側空間無視例における『Pusher 現象』 の重症度分析.理学療法学 1994;21:29–33.

13) Dai S, Piscicelli C, et al.: Balance, lateropulsion, and gait disorders in subacute stroke. 2020;10.1212/ WNL.0000000000011152.

参照

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