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はじめに
数学とは不思議な学問です.好きな人と嫌いな人が極端に分かれ,堅物 で融通の利かない奇異な学問と世間では思われている節があります.数学 なんか何の役に立つのかと罵られることも稀ではありません.さりとて数 学はどう役に立っているのかと訊かれれば,それを一言で説明するのが難 しいのも事実です.もし数学が無かったとしたら,テレビも無い,電話も 無い,パソコンも携帯も無い,そんな世界になってしまう,と言うありき たりの回答で納得してもらうしかないところが数学の弱みでもあります. そんな中で「符号理論」だけはちょっと様子が違っています.有用性を 説明するのにそう困難ではないからです.例えば音楽 CD を見てみましょ う.今や CD は一昔前のレコードやテープに取って代わって不動の地位を 占めていますが,その CD には符号理論が使われています.もし符号理 論が存在しなかったら,CD の表面にわずか 0.1 mm のゴミが付着しても, その部分の音楽情報を読み取ることができず空白の時間となってしまいま す.つまり音楽が滑らかに聴き取れなくなってしまうのです.まともに音 楽を聴きたいと思えば全くゴミのない無塵室で聴くしかない,実に不便な 代物になってしまいます.そんな CD だったらここまで普及することはな かったでしょう.CD にはゴミが付着してもその部分を他の部分から補填 し正常に再生するような細工が施してあります.その仕組みが符号理論な のです. もう一つの例を挙げるとすれば,それは携帯電話です.携帯電話は便利 さと手軽さが相まって,今や手放すことのできない機器となっています. 電話の機能はもちろんのこと,メールによる通信もインターネットによる 情報の取得も簡単にできてしまいます.デジタル通信あるいはデジタル記 録においては,情報が増大すればするほど,あるいは複雑さが増せば増す ほど,電波障害やバグ(プログラムミス)など情報が途中で誤って伝えら れる可能性が高まることになります.その意味で情報の信頼性を高めるこ とは極めて重要であり,それを実現するために符号理論が使われています. 携帯電話にしても CD やパソコンの CPU にしても,そのブラックボッ クスの中では誤りが生じないように,あるいは誤りがあってもそれを訂正 する仕組みや最小限に食い止めるような様々な工夫がなされています.そmain : 2007/3/17(18:36) ii はじめに れを支えているのがいわゆる符号理論です.符号理論は高度情報化社会の 中で欠かすことのできない理論となりました. 本書では,符号理論の中でも利用価値の高い BCH 符号と Reed-Solomon 符号(RS 符号)を具体的に取り扱っています.また,その応用として QR コードの仕組みを述べています.1 次元バーコードを改良した 2 次元コー ドシンボルである QR コードは,情報量が大幅に増加したことによって利 用価値が一段と高まっており,商品管理はもちろんのことインターネット へアクセスする入り口としての役割も担っています. この本は,沢山の例題を解くことによって符号理論の理解を深めること を目的として執筆しました.類似した問題を異なる角度から解くことに よって符号理論の仕組みをより鮮明に理解できるよう配慮しています.同 じような問題をくどいほど繰り返し取り扱っていますから,適度に割愛し ながら読んでいただいても結構です.また,複雑さを避けるために標数 2 の体上での符号のみを扱っています.したがって,2 元符号または q = 2m 元符号に特化して話を進めています.一般の標数 p に関する符号につい ては他書を参照してください. 情報の符号化・復号化は手計算の限界を超えています.そこで本書では, 数式処理ソフト「Mathematica」の秀でた計算能力を利用して符号理論の 実際を体感していただきたいと考えています.読者の手間を省くため,付 属の CD には,「Mathematica」で計算するためのコマンドを例題ごとに 入力していますから利用してください. 本書は大学 3, 4 年生もしくは大学院生の情報理論テキストあるいは演習 書としても使用できます.線形代数と体論の知識を必要としますが,いず れも基本的な知識ですから十分理解できる範囲です.難しいところ,理解 できないところがあったとしてもどんどん飛ばして読み進んでください. 第 1 章では,BCH 符号と RS 符号を取り扱うための言葉の定義と主な 定理を証明なしで述べています. 第 2 章では,BCH 符号による符号化と復号化について研究します. 第 3 章では,RS 符号による符号化と復号化を研究します. 第 4 章では,RS 符号と BCH 符号を利用して QR コードを作成します. 読者は第 2 章の例題から読み始め,必要に応じて第 1 章の定義や定理を 参考にするとよいでしょう.決して第 1 章から読まないでください.第 1
main : 2007/3/17(18:36) はじめに iii 章から読めば 3 ページで眠くなります(笑).なお,読者の便宜を図るた め,この本で用いる記号集,Mathematica のコマンド集,ラテン文字・片 仮名用 8 ビット符号,3 型 QR コードのマスクと 1 型 3 型の空コードを巻 末の付録に掲載しています.また,本書では「Mathematica」のコマンド にサンセリフ書体を使用し,他と区別しています. 数学は何の役に立っているのかという疑問をお持ちの方々には,本書を 通してその偏見を払拭していただければと願っています.また数学は難し いから嫌いだと思っておられる方々には,本書を通してその面白さを実感 していただければと願っています.読み終わったとき,あたかもオーケス トラの各パートが溶け合って奏でるハーモニーのような心地よさを感じて いただければ最高の幸せです. 本書の出版に際しては,共立出版の佐藤清俊氏,大越隆道氏に大変お世 話になりました.この場をお借りしてお礼申し上げます. 著者の思い違いなどにより間違いを犯しているかもしれません.読者か らのご意見をお待ちしています. 2007 年 2 月 著者記す
「Mathematica」はWolfram Researchの登録商標である. 「QRコード」は株式会社デンソーウェーブの登録商標である. 「Microsoft Word」はMicrosoft社の登録商標である. 「Illustrator」はAdobeの登録商標である.
途中挿入したQRコードの川柳は第一生命主催の「第一生命サラリーマン川柳コ ンクール」から使用させていただいた.