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人はなぜそれを食べるのか?―韓国人と犬肉―

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DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.37.12 77 朝倉: 人はなぜそれを食べるのか?

人はなぜそれを食べるのか?

―韓国人と犬肉―

朝 倉 敏 夫

立命館大学

Why do people eat it? Dog meat diet and Korean

Toshio Asakura

Ritsumeikan University

Reasons for people to choose food include both biological and cultural functions. Through experiences study-ing Korean society from the standpoint of cultural anthropology, I would like to introduce the studies on the cultural aspects of food selection, and consider the existence where Koreans ask the reason “Why do they eat it” as an exam-ple of dog meat diet.

Keywords: Korean, dog meat diet, food preference

は じ め に 「人はなぜそれを食べるのか」という問いに対して, 私たちはふつう「おいしいから」とか「身体にいいから」 と答えるだろう。「おいしいから」というのは味覚の問 題であり,「身体にいい」というのは栄養の問題である。 味覚も栄養も自然科学の力で解明されてきている。しか し,「食物の選択」は,味覚や栄養によってのみ決めら れるわけではない。それは,宗教,階級,職業,教育水 準,年齢,性別などの違いによっても影響されるだろ う。すなわち,文化とかかわっている。味覚とは異なる 概念として嗜好という用語で表されるかもしれない。 『味覚と嗜好』の編者である伏木亨の言を借りるならば, 「味覚は視覚や嗅覚と同様に人間の感覚を表す生理学的 な用語」であり,「食嗜好は食文化によって生まれ,ま た食文化を育む原動力となるものである」(伏木,2006) ということになる。 私の専門は文化人類学・民族学で,韓国社会を 40年 近く調査してきた。本日は,「味覚」がテーマになって いるが,それと関連して「人はなぜそれを食べるのか」, すなわち「食物選択」についての文化人類学における学 説と,私自身の体験をふまえて韓国でなぜ犬肉を食べる のかということについて,その理由を紹介することにす る。 1. 人はなぜそれを食べてはいけないのか? 文化人類学においては,「人はなぜそれを食べるのか」 というテーマより,「人はなぜそれを食べてはいけない か」というテーマが中心であった。文化人類学におい て,食用可能だが食べることが禁止されること,すなわ ち「食のタブー」に関する謎を解こうという理論には, 大きく分けて二つある。 一つは「考えるに適した(Good to think)理論」であ る。イギリスの文化人類学者リーチ (Edmund Leach) は, イギリス人がその動物の肉を食べるのを禁じる,あるい はその動物の音韻のパターンが猥褻,冒涜などの焦点に なるという形で,いくつかの動物をタブーとして扱って いる原因を洞察しようとする。そして「言語の人類学的 側面―動物のカテゴリーと侮蔑語について」(Leach, 1964 諏訪部訳 1976)という論文で,タブーの理解につ いて「カテゴリー Pと非Pの両方にまたがる部分 ,あい まいで両義的な境界域にタブーが発生し,聖性と穢性が とり憑いて禁制とされる」(Figure 1)と論じる。 この理論は,さらにダグラス(Mary Douglas)によっ て,より具体的に食のタブーに適用され,『汚穢と禁忌』 (Douglas, 1966 塚本訳 1972)の中で,『旧約聖書』の「レ The Japanese Journal of Psychonomic Science

2018, Vol. 37, No. 1, 77–80

講演論文

Copyright 2018. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Corresponding address: College of Gastronomy

Manage-ment, Ritsumeikan University, 1–1–1 Noji-higashi, Kusatsu, Shiga 525–8577, Japan. E-mail: tasa@fc.ritsumei.ac.jp

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78 基礎心理学研究 第37巻 第1号 ビ記」にある複雑怪奇な食のタブーを解析している。 もう一つの 「食べるに適した (Good to eat) 理論」 の代表 は,文化唯物論の立場からの解釈をしたハリス(Marvin Harris)の理論である。それは『食と文化の謎』(Harris, 1985 板橋訳 1988)に著されるように,「好んで選ばれ る(食べるに適している)食物は,忌避される(食べる に適さない)食物より,コスト(代価)に対する実際の ベネフィット(利益)の差し引き感情のわりがよい食物」 なのだというもので,「最善化採餌理論」と呼ばれる。 たとえば,インドにおけるウシは,放任飼育,燃料や肥 料としての糞の利用,酪農化がインド農業にとって最善 化の生産システムとなり,牛肉食禁止というタブーが発 生したというわけである。 2. 人はなぜそれを食べるのか? 一方,「人はなぜそれを食べるのか」という問いにつ いては,ちょうど副題が本テーマと合致する『食と栄養 の文化人類学―ヒトは何故それを食べるか』(Fieldhouse, 1986 和仁訳 1991) という本がある。著者のポール・ フィールドハウス(Paul Fieldhouse)は栄養学専攻であ り, 原 題 は Food and Nutrition Customs and Culture で あ る。この本では,食文化の枠組みや社会機能,心理的側 面,宗教や道徳などについての諸学説を幅広い視野から 整理しており,第六章「食物選択の心理学的側面」で, 人々が生理的要求を満たすための食事,社会的なニーズ や強制に対する反応としての食事だけでなく,心理学的 ニーズがあるとして,食物と感情,体重の心配,食物と 安心感,食物の嗜好,生物学と文化との関わり,拒食と 過食という節を設け概説している。 そして「食物の嗜好」において,Bass et al.の研究から, 生物学的および文化的機能の両者を包含する次の20項 目を引用する。「(1)空腹感を満たし,身体を養うため (2)人間関係やビジネス上の関係をスタートさせ維持す るため(3)それらの人間関係の性質や広がりを外部に 示すため (4) 社会共同体の行動の重点をはっきりさせる ため(5)愛とか心配といった肝を表すため(6)個性を 表すため (7) ある集団の差別性を明確にするため (8) あ る集団に帰属していることを明らかにするため (9) 心理 的あるいは感情的なストレスを解きほぐすため(10)褒 賞または処罰のため(11)社会的な地位を他人に知らし めるため (12) 自尊心を強めかつ尊敬を得るため (13) 政 治的かつ経済的な権力を行使するため(14)肉体的な疾 病を予防し,診断し,かつ治療するため (15) 精神的な疾 病を予防し,診断し,かつ治療するため (16) 感情的な体 験を象徴するため(17)信仰心を表明するため(18)安 全の保障を明らかにするため (19) 倫理感情を表現するた め (20) 裕福さを表現するため」である (Bass, Wakefield, & Kolasa, 1979)。 このほか,食選択の質問調査に関しては,The Eating

Motivation Survey (TEMS)がある。近年の論文に,これ までの11の質問紙についてレビューし,15のカテゴリー のスコアに,78の質問項目を設けたものがある(Renner, Sproesser, Strohbach, & Schupp, 2012)。その15のカテゴリー は,以下のようである。

(1) Liking (2) Habits (3) Need & Hunger (4) Health (5) Convenience (6) Pleasure (7) Traditional Eating (8) Natural Concerns (9) Sociability (10) Price (11) Visual Appeal (12) Weight Control (13) Affect Regulation (14) Social Norms (15) Social Image この論文は,人間文化研究機構「文明社会における食 の布置」(代表: 野林厚志)の研究会において,東京大 学人類生態学教室の梅崎昌裕と小坂理子の発表で知る ことができたが,小坂のインドネシアの調査によれば, (4) Health (健康)には無関心であるとのことである。 東アジア,ことに私が調査してきた韓国においては, むしろ「健康」が絶対的な理由としてあげられているの に対し,きわめて対照的である。 3. 犬肉食と韓国人 韓国の犬肉食は,犬肉食の習慣を持たない国から問題 視されることがあった。1988年のソウルオリンピックや 2002年のFIFAワールドカップに際して,欧米諸国の批判 をかわす為,犬食に対する取締りが行われたが,犬肉料 理を愛好する人も少なくない為に大通りから遠ざけられ て黙認された。2008年の調査によると,ソウル市内だけ で530店の食堂が犬肉食を扱っている。韓国の法制度で Figure 1. Overlapping boundary area becomes taboo.

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79 朝倉: 人はなぜそれを食べるのか? は,犬は「家畜」として扱われておらず,犬肉の流通・ 販売は違法でも適法でもない不明瞭な状態となってい る。 こうした犬肉食については,犬を仲間あるいは友人と 考える,いわゆる「愛犬心理」に関係してか,自分自身 がタブー視しているので犬肉食忌避に関して研究する欧 米の文化人類学者は少なかった。しかし,韓国の犬肉食 は,韓国の食文化の一つとして根付いている。人はなぜ それを食べるのか?というテーマにおいて,韓国研究者 の私は韓国での犬肉食について考察してみたい。 日本で土用の丑の日にウナギを食べるように,韓国で は夏の消夏法の一つとして「三伏」に犬肉のスープであ るケヂャンを食べるという風習がある。ケヂャンは「補 身湯」とも呼ばれる。三伏とは,夏至から数えて三度目 の庚の日を「初伏」,四度目を「中伏」,立秋後初めての 庚の日を「末伏」といい,この三つを合わせたものをい う。三伏は一年中でもっとも暑さの厳しい時期である。 この三伏に犬肉を食べるという理由については,陰陽 五行説に則った説明がある(李,1985 鄭・佐々木訳 1999)。まず,「伏」とは何であろうか。甲(こう)・乙 (おつ)・丙(へい)・丁(てい)・戊(ぼ)・己(き)・庚 (こう)・辛(しん)・壬(じん)・癸(き)の総称である 十干がある。これに五行の木・火・土・金・水を結びつ け,それらは甲 (きのえ)・乙 (きのと),丙 (ひのえ)・ 丁 (ひのと),戊 (つちのえ)・己 (つちのと),庚 (かの え)・辛 (かのと),壬 (みずのえ)・癸 (みずのと)と読 まれる。そして,三伏の間は火気が盛んになるが,伏の 庚(かのえ)の日は金にあたる。五行の対立関係を五行 相剋説というが,剋は「抑える,剋つ」の意味である。 「火剋金」すなわち火気が高まると金が火気に抑えられ てびくともできなくなる。そこで「伏す」ということに なるのである。 そもそも東洋医学では,犬肉という非常に熱い性質の ものを人間が食べると,陽気が高まり虚の部分を補う, と説いている。五行説では,犬肉すなわちケジャンは火 に,伏は金にあたるため「火剋金」となり,ケジャンを 食べて暑さに打ち勝つということになる,というのであ る。 では,実際に韓国人はどのくらい犬肉を食べているの であろうか。安龍根が著した『韓国人と犬肉』のアン ケート調査によると,次のような数字がある (安,2000)。 犬肉を食べたことがあるという人は,1,502人中1,251人 と83%,男性は 963 人中 885 人と 83%,女性は 539 人中 366人と68%である。 次に,犬肉を食べるようになった理由については,男 性1345,女性450,計1,795の回答のうち,「身体が弱く, 薬として」が,男性340,女性152,計492,「精力によい といい」が男性234,女性27,計261,「家で食べるため」 が男性210,女性108,計318,「他人につれられ,補身湯 店で」が男性 466,女性111,計577,「好奇心から」が 男性95,女性52,計147人という数字があがっている。 男女ともに,「他人につれられ,補身湯店で」,「身体が 弱く,薬として」が一位と二位の理由にあがっており, 三位には男性の場合「精力によいといい」,女性の場合 「家で食べるため」があがっている。 さらに,犬肉を食べる理由と,間違った犬肉食用批判 に対する反対理由については,1,502名への設問調査の 結果,「固有の飲食文化なのに,なぜ他人が是非を問う のか」が最も多く,「おいしいから」,「精力と健康によ いから」,「西洋文化の優越主義のため」,「なぜ,わが国 だけ是非を問われるのか」,「牛や豚を食べてもよいのに, 犬はなぜいけないのか」「食用犬が別途いる」などの順 に回答があがっている。たんに「おいしいから」,「精力 と健康によいから」という理由だけでなく,民族固有の 文化,ナショナリズムを鼓舞する意見が相当部分含まれ ていることがわかる。 では,犬肉を食べる理由について,私が韓国人から聞 いた声を紹介しよう。 犬は古来から人間にとって最も身近なタンパク源で あった,あるいは三国時代,高麗時代,朝鮮時代の犬食 にまつわる文献資料をあげ,歴史的な講釈をしてくれた 学者もいたが,一般の人からまっさきに返ってくる答え は「身体にいい(몸에 좋다)」である。この「身体にい い」というのは,本来は栄養の問題であるが,韓国人に とっては呪文のような言葉である。林史樹は『韓国がわ かる60の風景』において,「死んでもよいから健康でい たい」という一節のなかで,「韓国から来た知人にぜひ 食べさせたいオススメの料理があるのに,彼らはいっこ うに箸をつけようとしない。こんなとき,どうすればよ いか。『この料理は体に良い』と言って,まことしやか にその効用を説いて聞かせるのである。すると,気が進 まなかった彼も,不思議と箸をつける。彼らにとってそ れほど,健康は重要なのである」と韓国人の健康信仰に ついて述べている(林,2007)。「身体にいい」が単に栄 養の問題だけでなく,文化的な意味あいを持っているの である。 この「身体にいい」に付随して,さまざまな知識が披 露される。たとえば,犬肉は「脂肪が少なく,タンパク 質が豊富」,「水溶性」であるといった犬肉の性質につい てあげる人がいる。また,酒席では「犬は人間と同じも

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80 基礎心理学研究 第37巻 第1号 のを食べて生きている。したがって細胞の構成が人間に 近いので吸収がよい」といった理屈を語る人もいる。 こうしたことから犬肉を食べると,「結核にならない」, 「コレステロールを減らし,動脈硬化と高血圧を予防す る」といった薬効があることを述べる人がいる。もっぱ らTVや雑誌などから得た知識によるもののようである。 また,「手術後の体力回復」として,自らの体験を語る 人も多く,妊婦が産婦人科医から勧められたり,患者の 手術後の回復のために犬肉を差し入れたりする習慣もあ る。かつて天主教(カソリック)の神父が犬肉を食べた という逸話も残されている。 韓国人が犬肉を食べる理由,そこには「おいしい」と いうこともあるが,その根底に陰陽五行説に基づく「薬 食同源」,すなわち食べものと薬は根本的に同じだとい う考えがあり(朝倉,1999),そこから体験や伝聞を通 して犬肉食にまつわるフォークロアが作り上げられてい るようである。 お わ り に 犬肉は,朝鮮半島,中国,日本を含む東アジア,東南 アジア,及びハワイ,ポリネシア,ミクロネシア,オセ アニアなどの島嶼において存在した。日本では,下級武 士団の遺跡から犬の骨が発掘されたという近世考古学の 報告や,「赤犬がうまい」といった古文書からも犬肉が 食べられていた証拠があがっている。 文化人類学では,こうした世界の各地における犬肉を 食べる理由のフォークロアをフィールドワークによって 収集することが考えられるが,あわせて前述のTEMSや 心理学での手法をとりいれた共同調査をすることで, 「人はなぜそれを食べるのか」という課題にアプローチ してゆく一つの道筋を開いていくことができるにちがい ない。 引用文献 安龍根(2000).韓国人과 개고기 효일 朝倉敏夫(1999).韓国の薬食同源アジア遊学,2, 70–78 Bass, M. A., Wakefield, L. M., & Kolasa, K. M. (1979).

Com-munity nutrition and individual food Behavior. Edina Min-nesota: Burgess Intl Group

Douglas, M. (1966). Purity and danger: An analysis of concepts of pollution and taboo. London: Routledge.(ダグラス,M.

塚本利明 (訳) (1972).汚穢と禁忌 思潮社)

Fieldhouse, P. (1986). Food and nutrition: customs and culture. London: Croom Helm.(フィールドハウス,P. 和仁皓 明(訳) (1991).食と栄養の文化人類学―ヒトは何故 それを食べるか 中央法規出版)

伏木 亨(2006).味覚と嗜好(食の文化フォーラム24) (pp. 13–17)ドメス出版

Harris, M. (1985). The sacred cow and the abominable Pig: Rid-dles of food and culture. New York: Simon and Schuster. (ハ

リス,M. 板橋作美 (訳) (1988).食と文化の謎―

Good to eatの人類学 岩波書店)

林史樹(2007).韓国がわかる60の風景 明石書店 Leach, E. R. (1964). Anthropological aspects of language: Animal

xategories and verbal abuse. Cambridge, MA: MIT Press. (リーチ,E. R. 諏訪部仁(訳)(1976).言語の人類学 的側面―動物のカテゴリーと侮蔑語について―  現代思想4(3) (pp. 68–91)青土社) 李盛雨(1985) 韓國料理文化史 坡州: 教文社(李盛雨  大聲・佐々木直子(訳) (1999).韓国料理文化史  平凡社)

Renner, B., Sproesser, G., Strohbach, S., & Schupp, H. T. (2012). Why we eat what we eat. The Eating Motivation Survey (TEMS). Appetite, 59, 117–128.

参照

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