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社会的な見方や考え方を成長させる経済学習 : 新学習指導要領に基づく中等社会系教科の場合(シンポジウム 経済教育の新しい地平を求めて)

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Ⅰ.はじめに

 2011 年度より小学校で,2012 年度より中学校で新 学習指導要領が全面実施された。また,高等学校にお いては数学,理科などすでに先行実施されていた教科 等もあるが,経済教育に関わりの深い公民科について は,本年度(2013 年度)入学生から学年進行で実施 されている。経済教育に関わっては,社会科,公民科 において法や金融などに関する内容の充実が図られ, 日々新たな実践が行われているところである。1)  本稿では,新学習指導要領で従前にも増して要請さ れている社会的な見方や考え方を成長させる手立てと して経済学習を行うことの意義について,論究するこ ととしたい。

Ⅱ.新学習指導要領の理念としての「生き

る力」

 今次学習指導要領改訂に先立ち,中央教育審議会で は,21 世紀は新しい知識・情報・技術が政治・経 済・文化をはじめ社会のあらゆる領域での活動の基盤 として飛躍的に重要性を増す,いわゆる「知識基盤社 会」の時代であると捉え,知識基盤社会化やグローバ ル化という状況が見られるからこそ,確かな学力,豊 かな心,健やかな体の調和を重視する「生きる力」を 育むことがますます重要になっている,との議論がな された。これは,2006 年 12 月に改正された教育基本 法において新たに規定された教育の目標と軌を一にし ている。すなわち,同法第 2 条で,知・徳・体の調和 のとれた発達(第 1 号)を基本としつつ,個人の自立 (第2号),他者や社会との関係(第3号),自然や環境 との関係(第 4 号),日本の伝統や文化を基盤として 国際社会に生きる日本人(第 5 号)という観点から定 められた教育の目標2)は,前回の学習指導要領から示 されている「生きる力」の育成と同義であると概括で きるからである。  他方,文部科学省・国立教育政策研究所が実施した 教 育 課 程 実 施 状 況 調 査 や, 経 済 協 力 開 発 機 構 (OECD)の PISA 調査など各種の調査からは,我が 国の児童生徒については思考力,判断力,表現力等を 問う読解力や記述式問題,知識・技能を活用する問題 に課題がある,等の指摘がなされた。3)  これら様々な議論の要素を踏まえ,中央教育審議会 答申(以下,「平成 20 年答申」という)では,「生き る力」という理念は,PISA 調査の概念的枠組みとし て定義付けられている「主要能力」(キーコンピテン シー;①社会・文化的,技術的ツールを相互作用的に 活用する力,②多様な社会グループにおける人間関係 形成能力,③自立的に行動する能力,という 3 つのカ テゴリーからなる)という考え方を先取りしたものと いえるとして,新学習指導要領においても引き続き 「生きる力」を育むための手立てを講じることとした のである。4)  初等・中等教育段階の社会系教科に関わって,平成 20 年答申の「改善の基本方針」では,「社会科,地理 歴史科,公民科においては,その課題を踏まえ,小学 校,中学校及び高等学校を通じて,社会的事象に関心 をもって多面的・多角的に考察し,公正に判断する能 力と態度を養い,社会的な見方や考え方を成長させる• • • • • • • • • • • • • • • • ことを一層重視する方向で改善を図る• • • • • • • • • • • • • • • • • 」(傍点は筆者 付記)と示された。社会系教科,とりわけ中学校社会 科公民的分野,高等学校公民科「現代社会」,「政治・ 経済」では,倫理,社会,文化,政治,法,経済,国 際社会などに関わる多様な学習内容が包含されており, それぞれの特質と相互の関連を考慮しながら,社会的 事象に対する基礎的・基本的な知識,概念や技能を確 実に習得させ,それらを活用して社会的事象の意味, 意義を解釈する学習や,事象の特色や事象間の関連を 説明する学習などを通して,社会的な見方や考え方を 成長させることとされたのである。

社会的な見方や考え方を

成長させる経済学習

─新学習指導要領に基づく

中等社会系教科の場合─

The Journal of Economic Education No.32, September, 2013

Economic Learning to Make Social Looking and Thinking Grow : A Case of Subjects in the Social Studies Department

on the Basis of the New Course of Study

Higuchi, Masao

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Ⅲ.社会的な見方や考え方を成長させる手

立てとしての経済学習

1.「見方や考え方」の習得と活用  中学校社会科公民的分野,高等学校公民科において, 「見方や考え方」とは現代の社会的事象を読み解くと きの概念的枠組みであると考えられている。5)従って, 具体的な学習活動においては,「経済についての見方 や考え方」,「政治についての見方や考え方」などを身 に付けさせることが求められる。とはいえ,枝葉末節 の知識を暗記させるだけでは見方や考え方を身に付け させたことにはならない上,日常生活や現代社会の諸 課題に関わる社会的事象に適用させて考察を深める, 転移可能な知識とならないことは言うまでもない。  そこで,今次学習指導要領改訂では,中学校社会科 公民的分野では大項目(1)「私たちと現代社会」で 「経済についての見方や考え方」,「政治についての見 方や考え方」などを包含する「現代社会を捉える見方 や考え方」の基礎として,対立と合意,効率と公正な どを習得させ,大項目(2)「私たちと経済」以降の学 習において,対立と合意,効率と公正などの視点から 経済,政治などに関わる社会的事象を読み解いていく, という形で分野の内容構成が図られたのである。その 全体構成を次の図 1 に示す。6) 中学校社会科公民的分野の学習の流れ 現代社会を見てみよう! ⑴ 私たちと現代社会 現代社会はどう見えるの? ア 私たちが生きる現代  社会と文化 イ 現代社会をとらえる 見方や考え力 現代社会をどう見るの? 歴 史 的 分 野 で 学 ん だ 事 柄 地 理 的 分 野 で 学 ん だ 事 柄 豊かな暮らしって何だろう? ⑵ 私たちと経済 ア 市場の働きと経済 イ 国民の生活と政府の役割 民主主義って何だろう? ⑶ 私たちと政治 ア 人間の尊重と日本国憲法の基本的原則 イ 民主政冶と政冶参加 世界平和のために何ができるかな? ⑷ 私たちと国際社会の諸課題 ア 世界平和と人類の福祉の増大 ⑷ 私たちと国際社会の諸課題  イ よりよい社会を目指して 図 1 公民的分野の全体構成  大項目(1)で習得させ,大項目(2)以降で活用す ることとされた対立と合意,効率と公正の関係につい ては,すでに多くの研究者・実践者によって論究がな されているが,7)それらの論調の基底となる『中学校 学習指導要領解説 社会編』(以下,『解説』という) では,次のように説明されている。8)  このような「対立」が生じた場合,多様な考え 方を持つ人が社会集団の中で共に成り立ちうるよ うに,また,互いの利益が得られるよう,何らか の決定を行い,「合意」に至る努力がなされてい ることについて理解させることを意図している。  さらに,合意の妥当性について判断しなければ• • • • • • • • • • • • • • • • • ならなくなる。その際「効率」や「公正」などの• • • • • • • • • • • • • • • • • 考え方が代表的な判断の基準となる• • • • • • • • • • • • • • • • 。  まず「効率」については,社会全体で「無駄を 省く」という考え方である。(中略)一方,「公 正」については「みんなが参加して決めているか, だれか参加できていない人はいないか」というよ うな手続きの公正さや「不当に不利益を被ってい る人をなくす」「みんなが同じになるようにする」 といった機会の公正さや結果の公正さなど,「公 正」には様々な意味合いがあることを理解させた 上で,「合意」の手続きについての公正さや「合 意」の内容の公正さについて検討することを意味 している。 (傍点は筆者付記)  中学校での指導を想定しているため,『解説』では 対立と合意,効率と公正の関係について,平易な表現 で説明されている。とはいえ,『解説』における概念 規定は,この後に続く公民的分野や高等学校公民科に おける政治や経済などに関する学習を円滑に進めるた めの基盤となるものであるといえよう。中学校 3 年生 に対して「効率とは何か」,「公正とは何か」などと大 上段に構えて問うのではなく,身近な事例に当てはめ て,生徒自身の言葉でおおむね説明できる程度にまで 理解させておくことが求められているといえるのでは ないだろうか。 2.「経済的な見方や考え方」を成長させる手立 てとしての経済学習  「現代社会を捉える見方や考え方」の基礎としての 対立と合意,効率と公正などを習得させ,その後の経 済学習などで活用させることとされた今次学習指導要 領の改訂により,中学校社会科公民的分野の授業スタ イルは大きく変わることが期待される。  長く社会科は個別的知識,概念の習得に重きが置か れ,「暗記科目」であるとの指摘がなされてきた。問 題解決的な学習や,適切な課題を設けて行う学習の充

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実が,学習指導要領総則等で要請され続けてきたにも 関わらず,である。一方で,諸学問の専門家などから は,中学校・高等学校で多くの知識,概念を学習して いるはずなのに,「このようなことも知らない• • • • 」, 「もっとこれについても学ばせるべきだ• • • • • • • 」との要請が 後を絶たないのも事実である。経済学習に関しても, 限られた授業時数の中でいかに効果的に基礎的・基本 的な知識,概念を習得させ,「社会に出て役立つ知識」 へと転化させるかが常に問われてきたといっても過言 ではないだろう。9)  「見方や考え方」を成長させる経済学習は,経済を 学ぶためには必要であると一般的に考えられる知識・ 概念を身に付けさせるために,それらの関連性を考慮 せず個々別々に理解させようとした結果,教師・生徒 の双方にとって加重負担となり,その最低限度の知 識・概念さえ身に付かなくなってしまった,という 「経済学習のパラドックス」を克服するための処方箋 として捉えることができる。  様々な事柄や課題などについて多面的,多角的に考 察したり判断したりすることは従前より要請されてい たところではあるが,現代の生産や金融などの仕組み や働き,社会における企業の役割と責任,社会資本の 整備,公害の防止など環境の保全,社会保障の充実, 消費者の保護など,市場の働きに委ねることが難しい 諸問題に関して,国や地方公共団体が果たしている役 割,財政の役割などを学習内容とする公民的分野の経 済学習においては,とりわけ効率と公正の視点をもっ て思考・判断し,その過程や結果を表現する学習活動 が展開されることによって,高等学校における経済学 習,さらには中等教育修了後,主権者としてよりよい 社会の形成に資するための基礎となる「社会的な見方 や考え方」が育成されることが期待できるのではない だろうか。 3.現代社会の諸課題を捉え,考察する基盤と しての「幸福,正義,公正」を活用した経 済学習  高等学校公民科においても,社会的な見方や考え方 を一層成長させる観点等から学習指導要領の改訂が図 られた。公民科は,「現代社会」,「倫理」,「政治・経 済」の 3 科目からなり,いずれの科目も標準単位数は 2 単位である。このうち多数の生徒が履修する「現代 社会」では大項目(1)「私たちの生きる社会」で,現 代社会の諸課題を捉えて考察するための基本的な枠組 みを構成するものとして幸福,正義,公正などがある ことを理解させ,大項目(2)「現代社会と人間として の在り方生き方」において倫理,社会,文化,政治, 法,経済,国際関係などを多様な角度から捉えさせる 際,項目ごとに課題を設定し,習得した幸福,正義, 公正などを用いて考察させることが求められている。  幸福,正義,公正の関係について,『高等学校学習 指導要領解説 公民編』では,次のように説明されて いる。10)  一人一人の人間は,それぞれが自分らしく生き, 自己の目的が実現できることを求めている。個々 人は,自らの「幸福」を願い,充実した人生を求 めているのであって,こうした願いができる限り 実現できるよう配慮されていることが,現代社会 の諸課題を考察する上で大切なことであると言え よう。しかし,自己の幸福の追求は,時として他 者や他の集団,あるいは社会全体の幸福と対立や 衝突することがある。  そこで,このような対立や衝突を調整し,いか によりよい社会を形成すべきか考察することが必 要である。そのとき,すべての人にとって望まし い解決策を考えることを,ここでは「正義」につ いて考えることであるとしている。(中略)  「正義」について考える際に,必要となってく るのが「公正」である。すなわち,「公正」とは, 対立や衝突を調整したり解決策を考察したりする 過程において,また,その結果の内容において, 個々人が対等な社会の構成員として適切な配慮を 受けていることである。(後略)  ここでは,中学校社会科公民的分野において対立と 合意,効率と公正などを習得,活用させる場合と同様 に,「幸福とは何か」,「正義とは何か」などといった 問いを探求する学習が求められているわけではないこ とが読み取れよう。「現代社会」において,「幸福,正 義,公正」は,現代社会における諸課題を捉える概念 的枠組みとして相互に関連させ,一体的に扱うもので あり,例えば経済に関わる諸課題を取り上げて考察す ることで,経済的な見方や考え方が一層育まれること が期待されるのである。

Ⅳ.公民科「現代社会」の実践事例「政府

の経済的役割」(全 4 時間)

 高等学校では新学習指導要領に基づく授業が本年度 (2013 年度)より学年進行で実施されているが,それ

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に先立ち文部科学省では,先行実施された優れた実践 事例を収集し,2012 年 6 月に『言語活動の充実に関す る指導事例集〜思考力,判断力,表現力等の育成に向 けて〜【高等学校版】』(以下,『事例集』という)を公 表した。『事例集』には公民科に係る実践が 4 事例掲 載されており,その中の一つが公民科「現代社会」に おける経済単元の実践事例「政府の経済的役割」であ る。11)  言語活動の充実は,今次学習指導要領改訂において 各教科等を貫く重要な改善の視点であり,思考力,判 断力,表現力等を育成するための手立てとして初等・ 中等教育の教育活動全体を通じて行われることとされ たものである。12)平成 20 年答申で以下の 6 項目に整理 された言語活動は,中等教育段階において経済学習を 行う際にも必要な学習活動であると言えよう。13) ①体験から感じ取ったことを表現する ②事実を正確に理解し伝達する ③概念・法則・意図などを解釈し,説明したり活 用したりする ④情報を分析・評価し,論述する ⑤課題について,構想を立てて実践し,評価・改 善する ⑥互いの考えを伝え合い,自らの考えや集団の考 えを発展させる  『事例集』に掲載された公民科「現代社会」の実践 事例「政府の経済的役割」(全 4 時間)では,政府の 経済的役割を理解するとともに,租税や国債などを取 り上げ,その課題について考察する学習活動が展開さ れている。本事例では,財政の仕組みから課題を見い だし,その解決の在り方についてグループ学習するこ とを通じて,自分一人では到達し得ない,より妥当性 の高い解決策を説明・論述できる力を育むことが目指 されている。  本事例の学習指導計画は次の通りである。従来の経 済学習で行われがちであった,経済に関わる諸概念の 理解を主とする学習展開との違いに着目してほしい。  一読して,個別の知識,概念については学習指導計 画上にはほとんど掲載されていないことが理解されよ う。当該単元を指導する際,おそらく通常は「所得再 分配」,「公共財」,「累進課税」,「社会資本」,「フィス カルポリシー」,「ビルトインスタビライザー」などの 知識・概念を理解させることで手一杯となり,課題を 見いだし考察させる学習を行わせる時間など到底ない, といった状況が多くの学校の実態ではないだろうか。 本実践事例は,言語活動の充実を図るという学習指導 要領の要請を背景に,本単元で理解させることが求め られる知識・概念の習得及びその活用を,共に実行し 得ることが可能となる学習展開過程が計画され,「経 済学習のパラドックス」を克服する手立てを示した好 事例であると言えよう。  すなわち,①知識・概念を図式化(可視化)し,説 明させる学習活動(「資料活用の技能」を高める学習 活動)を行わせる中で,②単なる暗記に止まらず自ら の言葉で説明できる「知識・理解」が可能となり,③ さらにその過程で課題を見いだすとともに,その課題 を解決したいとの意欲が高まり(「関心・意欲・態度」 を高める学習活動),④グループで課題を考察し,よ りよい解決策へと深化・発展させ,発表させる学習活 動(「思考・判断・表現」の観点を踏まえた一連の学 習活動)が系統的に行われ得る,ということである。  なお,前章で論究した,現代社会の諸課題を捉え, 考察する基盤としての「幸福,正義,公正」が,本実 践事例においてどのように活用されたか,ということ について,『事例集』では以下次頁のように解説され ている。「幸福,正義,公正」の各概念を個別に抽 出・明示して生徒に考察させているのではないことが 理解されよう。あくまでも「考察する基盤として」活 用する,という捉えなのである。 表 1 単元「政府の経済的役割」の学習指導計画 学習活動 指導上の留意点 第 1 次 (2) ○政府の経済的役割を理解するとともに,そ の課題について考察す る(財政の仕組みと機 能,国債など) ・国債(財政法)の内 容について図式化(可 視化)する(個人) ・可視化した内容の解 説文を作成し制度の課 題を考察する(個人) ・学習内容から考察の 対象となる課題を見い だし,自分の意見を形 成した上で,意見交換 を行うことを伝える ・可視化することで学 習内容の把握と理解を 深め,考察すべき課題 を見いださせる ・解説文の作成を通し て,課題とその解決策 について,自分の意見 をまとめさせる 第 2 次 (2) ・グループで個人の考えを発表するととも に,グループとしての 課題と解決策をまとめ る(グループ) ・各グループの課題と その解決方法を発表す る(全体) ・制度の在り方を再考 する(個人) ・自他の意見を対比さ せながら,グループが 判断する最重要課題を 選択させ,その解決策 を考察させる ・グループごとの視点 や結論が同じでも考え 方が異なる点などに気 付かせる ・課題を解決する自己 の考えを論述させる

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 言語活動の充実の工夫として,本事例では生徒 が考えた課題解決の方法に対し,その内容が「公 正」であるのかという視点から全ての人にとって 望ましい解決策を考察させる,すなわち「正義」 について考察させることができる。  この場合,「幸福」の実現を図るための取組と いう点で見解が一致していても,考え方の違いが 課題の解決に向けた取組を異にさせていることに 気付かせ,その上で意見を交換する言語活動に取 り組ませることができる。  本実践事例における学習活動の展開過程は,「政府 の経済的役割」に限らず,他の単元でも計画可能であ ると考えられる。同様の学習活動を,内容のまとまり ごとに繰り返し実施する中で,生徒は漸進的に「経済 的な見方や考え方」を身に付けていくことが期待され る。

Ⅴ.学習指導要領全面実施に向けての課題

 高等学校において今年度(2013 年度)入学生から 学年進行で実施されている新学習指導要領に基づく教 育活動は,2015 年度には第 3 学年までが対象となり, ほぼ全面実施の年度を迎えることとなる。高等学校 2・3 年生の段階で履修されることが多い「政治・経 済」についても,今後一層充実した実践がなされるこ とが期待される。  以下に,学習指導要領全面実施に向けての課題を 2 点挙げたい。  1 点目は,「見方や考え方」を成長させる際に用い る概念的枠組みをいかに構成するか,という課題であ る。中学校社会科公民的分野においては,対立と合意, 効率と公正など• •,高等学校公民科「現代社会」におい ては幸福,正義,公正など• •,といずれも「など」が付 記されていることから分かるように,「見方や考え方」 を成長させるための基礎となる概念は,他にも様々考 えられよう。例えば,「政治・経済」では従前の 1999 年版学習指導要領に基づく『学習指導要領解説 公民 編』から引き続き明示されている政治や経済を捉える ための基本となる概念として,個人の尊厳,基本的人 権の尊重,対立,協調,効率,公正などが挙げられて いる。何をもって基礎となる概念とするか,というこ とについては,一義的には現場の教材研究・実践に委 ねるところであるが,平成 20 年答申の「改善の基本 方針」において「社会的事象に関する基礎的・基本的 な知識,概念や技能を確実に習得させ,それらを活用 する力や課題を探究する力を育成する観点から,各学 校段階の特質に応じて,習得すべき知識,概念の明確• • • • • • • • • • • • 化を図る• • • • 」と示され,社会系教科において内容編成上 の課題として積み残されていることを考えると,現場 の社会科・公民科の教員だけでなく,経済学など関係 諸学問の研究者,教育委員会・教育センターの指導主 事など教育関係者がそれぞれの課題として捉え,検討 を進めていくことが求められているのではないだろう か。ともあれ,経済学習を通して児童生徒の社会的な 見方や考え方が成長し,持続可能な社会の実現を目指 すなど,公共的な事柄に自ら参画していく資質や能力 が育まれるための手立てが示されたことは,今次学習 指導要領改訂の特質といえよう。  2 点目は,初等・中等教育,とりわけ高等学校にお ける経済学習と,大学などの高等教育機関における経 済教育のそれぞれの役割をどこまで,どのように求め るか,という課題である。  高等学校における経済学習に関わって,「政治・経 済」では現代経済を貫いている基本的な原理や,現代 経済の仕組みや機能を理解させるとともに,現代の日 本経済及び世界経済の特質を把握させることを通して, 経済についての基本的な見方や考え方を身に付けさせ ることが求められている。14)教科書記述などを確認す ると,「現代社会」と比較して「政治・経済」の方が, 習得・活用させる知識,概念や理論が多くなる傾向が ある。先述した「経済学習のパラドックス」を克服す るためにも,それらを精選し,真に高等学校段階で学 習させておくことが必要な事柄は何なのか,検討を重 ねることが必要であると言えよう。  2011 年 9 月に設置された中央教育審議会初等中等教 育分科会高等学校教育部会では,「高等学校における 『コア』と『質保証』について」に係る議論がなされ ており,①高等学校教育においてどのような能力を身 に付けさせるか,②生徒の修得の到達目標を誰がどの ように設定するか,③到達目標に対する達成度をどの ように把握するか,④上記の点を踏まえた質を保証す る仕組みをどのように構築するか,の 4 点について審 議が重ねられている。今後,審議経過報告を踏まえ教 育課程における教科・科目等の構成,各科目における 重点指導事項の在り方などが問われることも考えられ る。注目していきたい。

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註 1) 例えば,全国中学校社会科教育研究会主催の第 44 回全国 中学校社会科教育研究大会(東京大会)における種藤博 教諭(墨田区立本所中学校;国立教育政策研究所教育課 程研究センター平成 23 年度学習指導実践研究協力校)に よる「国民生活と福祉」の授業は,学習指導要領の趣旨 を踏まえ「主権者として社会に参画する生徒の育成」を 主題として掲げ,中学校社会科公民的分野の大項目(2) 「私たちと経済」の中項目「ア 市場の働きと経済」及び 「イ 国民の生活と政府の役割」における社会参画の視点 を組み込んだ実践がなされた。 2) 教育基本法(平成十八年十二月二十二日法律第百二十号) 第 2 条。 3) 国立教育政策研究所教育課程研究センター編「平成 17 年 度高等学校教育課程実施状況調査科目別報告書」2007 年 4 月公表,経済協力開発機構(OECD)実施「生徒の学習 到達度調査(PISA 調査)」2006 年実施,などにおいて指 摘がなされた。 4) 中央教育審議会「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及 び特別支援学校の学習指導要領等の改善について(答申)」 2008 年 1 月 17 日,pp.8-29。 5) 日本文教出版『中学校学習指導要領解説 社会編』文部 科学省,2008 年,p.93。なお,教育出版『高等学校学習 指導要領解説 公民編』文部科学省,2010 年,p.42,に は「ここでいう見方や考え方とは,政治や経済に関する 事象相互の関連や本質をとらえる概念的な枠組みと考え ることができる」と示されている。 6) 日本文教出版『中学校学習指導要領解説 社会編』文部 科学省,2008 年,p.97。 7) 例えば,加納正雄「効率と公正を学ぶための経済教育─ 制度と政策の評価─」経済教育学会編『経済教育』第 30 号,pp.109-114,などの論究がある。 8) 前掲書 6)p.102。 9) 金融庁金融研究センターでは,サブプライム問題の発生 を契機に,健全な金融システムの維持には,規制のみな らず,利用者が金融について必要な知識を身に付け,適 切に行動することの重要性が再認識され,G20 等の場で も金融経済教育の重要性について議論されているという 国際的な動向を踏まえ,金融経済教育で身に付けるべき もの(「金融リテラシー」)は何か,今後,我が国で「金 融リテラシー」向上にどのように取組んでいくか等につ いて幅広い検討を行うことを目的として,2012 年 11 月よ り「金融経済教育研究会」を開催している。例えばその 第 1 回研究会(2012 年 11 月 8 日開催)の議論において, 「学校カリキュラムに金融教育を含めることを勧告すべ き」(伊藤宏一千葉商科大学大学院教授)との発言が管見 される。 10) 教育出版『高等学校学習指導要領解説 公民編』文部科 学省,2010 年,p.9。 11) 本事例は,群馬県前橋市立前橋高等学校の上原功教諭に よって実践されたものであり,文部科学省『言語活動の 充実に関する指導事例集〜思考力,判断力,表現力等の 育成に向けて〜【高等学校版】』2012 年,pp.77-78,に掲 載されている。 12) 前掲書 11)pp.1-6。 13) 前掲書 4)p.25。 14) 前掲書 10)pp.48-49。

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