単純未来,近接未来,近接過去との
共起における半過去と単純過去の対立の中和
川
島
浩 一 郎
*0.はじめに
過去時制記号素(事態の過去性を標示する記号素)には,事態が完了してい るか未完了であるかの解釈が競合する場合と,この解釈の区別が競合しない場 合がある.過去時制記号素をともなって表現された事態は,完了していると解 釈されることもあれば完了していないと解釈されることもある.また完了であ るか未完了であるかの区別が,過去時制記号素の解釈にとって非関与的な事例 も少なくない.(1)Pour des raisons très différentes des siennes, Marc Vandoosler
finissait toujours ce qu’il avait commencé.(Fred Vargas, Un peu plus loin sur la droite, Collection J’ai lu,1996, p.136)
(2)Mary finissait de s’habiller quand Max revint dans la chambre. (Dean Ray Koontz, Miroirs de sang, Collection Pocket,1977, p.57) たとえば(1)の Marc Vandoosler finissait ...は完了した事態として,(2) の Mary finissait ...は未完了の事態として解釈される.半過去記号素の使用(こ こでは ... finissait ... という動詞形に含まれる半過去記号素)は,この2つの解
*
釈のどちらにも対応が可能である.
(3)Elle regarda l’heure. Iris rentrerait avec les enfants.(Katherine Pan-col, Les yeux jaunes des crocodiles, Collection Le Livre de Poche, 2006, p.437)
(4)Il allait refermer la porte mais Ben la bloqua du pied.(Maxime Chattam, La théorie Gaïa, Collection Pocket,2008, p.112)
(5)Le banc craqua à ses côtés. Éric venait de s’asseoir.(Jean− Christophe Grangé, La ligne noire, Collection Le Livre de Poche, 2004, p.284)
一方,過去時制記号素が単純未来記号素と共起した(3)の Iris rentrerait ... や,過去時制記号素が近接未来記号素と共起した(4)の il allait refermer .... は,未完了の事態として解釈するしかない.また,過去時制記号素が近接過去 記号素と共起した(5)の Éric venait de s’asseoir は,完了した事態として解 釈せざるをえない.これらにおいては,事態が完了しているか未完了であるか の解釈の区別が競合しない. 本稿では,単純未来記号素,近接未来記号素,近接過去記号素と共起した過 去時制記号素に,事態が完了しているか未完了であるかの解釈の区別が見られ ない理由を「対立の中和」という概念を用いて明らかにする.結論を先取りし て言えば,単純未来記号素,近接未来記号素,近接過去記号素と共起する文脈 では,過去時制記号素(半過去記号素と単純過去記号素)の対立が中和する. その結果この文脈の過去時制記号素にとっては,事態が完了しているか未完了 であるかの解釈の区別が解消することになる. 論述の手順は次の通りである.まず1.では,本稿の分析にとって必要な事 実や概念を確認する.2.では,単純未来記号素,近接未来記号素,近接過去記 号素と共起する文脈において,半過去記号素と単純過去記号素の対立が中和す ることを観察する.3.では,半過去記号素と単純過去記号素の対立が中和した
文脈に現れる過去時制記号素に,事態が完了しているか未完了であるかの解釈 の区別が見られない理由を考察する.
1.事実と概念・用語の確認
1.1.言語単位成立の前提としての対立 ある言語単位の成立は,他の言語単位との対立を前提とする.複数の単音あ るいは言連鎖(X,Y,Z とする)が互いに対立するためには,次の2つの条 件が満たされることが必要である.(a)X,Y,Z を,より大きな言連鎖の一 点で入れ換えることができる.(b)この入れ換えによって,文意に知的な意 味の変化が生じる.たとえば[õ]の前では[m],[t],[s]などを入れ換える ことができ,この入れ換えによって意味が知的に変化する([mõ],[tõ],[sõ] は異なる記号素の実現形である).このとき[m],[t],[s]は,[õ]の前で 対立すると言われる. 言語単位の成立に対立が必要とされるのは,その言語単位が他の言語単位か ら区別されなければならないからである.X,Y,Z が互いに区別されない限 り,X,Y,Z がそれぞれ別個の単位として機能するはずがない.たとえば[õ] の前で[m],[t],[s]を入れ換えても,そこに意味の変化が生じなければ(つ まり[mõ],[tõ],[sõ]がすべて同じ意味を表すとすれば)これらを区別す る必要はないため,同一の音素の実現形であると見なすはずである.[m],[t], [s]がそれぞれ別々の音素の実現形であるためには,少なくともこれらが互い に区別されていなければならない. 音素の場合と同様に,ある表意単位(同じく X,Y,Z とする)が成立する ためには,そこに他の表意単位との区別が必要である.表意単位は X である か Y であるか Z であるかというように,複数の可能性があるときに限って,X であることや Y や Z であることに意味がある.「黒」が表意単位として成立するためには,それと他の色との区別がなければならない.仮に色彩に黒色しか なかったとしたら,その色を「黒」と呼ぶことに何か意味があるだろうか.そ のような場合には,そもそも「色」という概念すら明確には存在しえないはず である.また,猫という動物に三毛猫しか存在しないとしたら,「猫」の指示 対象は「三毛猫」のそれに等しいのだから,「三毛」の部分には実質的な情報 がないことになる.「三毛」という表意単位が意味を持つためには,ペルシャ猫 や黒猫や白猫など,他の猫の種類との区別が前提となっていなければならない. このような区別が存在することを保証するのが,上記の2条件(a),(b)で ある.X,Y,Z の間に明確な区別があると言えるのは,X であるか Y である か Z であるかを意図的に選択して意味を知的に変えることができる場合だけ だからである.X,Y,Z のどれを選んでも意味に知的な変化がないのであれ ば,X,Y,Z を区別する必要はなくなってしまう. X,Y,Z を互いに入れ換えることのできない文脈においては(つまり条件 (a)が満たされない文脈では),X,Y,Z の間に対立があると言うことはでき ない.どれか1つでしかありえないのなら,X や Y,Z という区別そのものが 無意味である.たとえば,le Japon の le と la France の la に表意単位としての 区別はない(le も la も定冠詞記号素の実現形である)と見なされるのは,こ れらの文脈においては le と la を入れ換えることができないからである.
X,Y,Z を入れ換えても意味に知的な変化がないのであれば(つまり条件 (b)が満たされないのであれば),この X,Y,Z を別々の表意単位であると考 える根拠はない.たとえば je paie の paie と je paye の paye を入れ換えても意 味が知的に変化しないとすれば,この paie と paye は同じ表意単位の実現形で あると考えざるをえない.
少なくとも,X,Y,Z という区別があるときの X と,それがないときの X は,別物と考えるべきである.たとえば,架空の A 言語が持つ果物の名称が 「リンゴ」,「バナナ」,「メロン」の3つ,B 言語 が 持 つ 果 物 の 名 称 が「リ ン
ゴ」,「バナナ」の2つ,そして C 言語が持つ果物の名称が「リンゴ」だけだ と仮定しよう.このとき,A 言語の「リンゴ」,B 言語の「リンゴ」そして C 言語の「リンゴ」は,互いに別物であると考えなければならない.A 言語の 「リンゴ」が「バナナ」あるいは「メロン」との区別を含意しているのに対し て,B 言語や C 言語の「リンゴ」はそうではないからである.実際「リンゴ 以外の果物を食べた」は,A 言語,B 言語,C 言語それぞれで意味が異なる. A 言語では「バナナあるいはメロンを食べた」を意味し,B 言語では「バナナ を食べた」を意味する.C 言語における「リンゴ以外の果物を食べた」は(C 言語の枠内で解釈する限り)意味不明の発話である. 1.2.換入による表意単位の抽出 ある言連鎖(X と記号化する)を表意単位(記号素あるいは連辞)として認 定することができるのは,それが次の2つの条件を満たしているときに限られ る(1.1.を参照).(a)X を,より大きな言連鎖の一点において,他の言連鎖 と入れ換えることができる.(b)この入れ換えによって,文意に知的な意味 の変化が生じる.
(6)Tu es en Normandie ?(Fred Vargas, Dans les bois éternels, Collec-tion J’ai lu,2006, p.210)
(7)Tu es en Afrique,[...].(Les yeux jaunes des crocodiles, p.204) たとえば(6)と(7)においては,Normandie と Afrique を互いに入れ換 えることができ,その入れ換えによって文意に知的な意味の変化が生じる.こ の操作によって(6)の Normandie と(7)の Afrique が,それぞれの文脈 において表意単位(記号素)であることが了解される.同様 に(6)の en Normandie と(7)の en Afrique は,これらを入れ換えることによって文意 に知的な意味の変化が生じる.つまり(6)の en Normandie と(7)の en Afrique は,それぞれの文脈において表意単位(連辞)であると言ってよい.
この基準に依拠しないかぎり,表意単位を明確に抽出する手段はない.上記 の2条件が満たされることは,表意単位の定義そのものだからである.単位が 単位として認定されるためには,条件(a)が満たされる必要がある.また,そ の単位が表意単位であるためには,条件(b)が満たされる必要がある. X を他の言連鎖と入れ換えることができるかできないかは,X が単位である か単位でないかに対応する.単位であるためには,それが選択の対象となって いなければならないからである.たとえば en Normandie の Normandie と入 れ換え可能な言連鎖が他に存在しないと仮定すれば,それは Normandie を en から切り離すことができないということを意味する.このような場合の Nor-mandie は,en NorNor-mandie の一部分に過ぎないのだから,単位ではないと考え ざるをえない.X を選択するのか X を選択しないのかを意図的に決めることの できない文脈にあっては,X が意図的な伝達に貢献することなどない.X の選 択あるいは非選択に,話者の意図を反映できないからである.意図は必然的に, 何らかの選択の結果である. 入れ換えによって知的に意味が変化するかしないかは,X に表意機能がある かないかに対応する.言連鎖 X を他の言連鎖と入れ換えても文意に知的な意 味の変化が生じないとすれば,これらの言連鎖が「表意」のための存在である と考える根拠はなくなってしまう.Normandie を他のあらゆる言連鎖と入れ 換えても意味に変化が生じないとすれば,この Normandie は文意にとって不 必要な要素だということにならざるをえない.Normandie でも Afrique でも France でも,いかなる言連鎖であっても意味が同一であれば,そのなかから Normandie を選択する意義は何もなくなってしまう. 1.3.対立とその解消 ある文脈で X,Y,Z の間に存在する対立が(1.1.を参照),別の文脈で消失 することがある.この現象を「対立の解消」と呼ぶことにしよう.「対立の解
消」の古典的事例としては「音韻対立の中和」がある1.本稿では,中和概念 を表意単位に適用することを試みる2. X,Y,Z の対立が解消する文脈では,X,Y,Z を互いに異なる単位として 抽出すること(X,Y,Z を別々の単位の実現形として区別すること)ができ ない.これには,次の2つの場合がある(1.2.を参照).(a)X,Y,Z を,よ り大きな言連鎖の一点において,互いに入れ換えることができない.(b)X,Y, Z を入れ換えることによって,文意に知的な意味の変化が生じない.
(8)Il sort beaucoup.(Pierre Boileau & Thomas Narcejac, Sueurs
froi-des, Collection Folio,1958, p.134)
(9)Il faut dormir maintenant.(Guillaume Musso, La fille de papier, Collection Pocket,2010, p.397) たとえば(8)の il が他の表意単位との対立を含意するのに対して,(9) の il はそのような対立を持たない.(8)の il は他の表意単位(elle など)と の入れ換えが可能で,またその入れ換えによって文意に知的な意味の変化が生 じる(1.2.を参照).つまり(8)の il には,他の表意単位との対立が あ る (1.1.を 参 照).一 方,他 の 表 意 単 位 と の 入 れ 換 え が で き な い(9)の il は (1.2.を参照),他の表意単位との対立を含意していない(1.1.を参照).つま り il faut...の il は,il sort beaucoup の il が含意しているような対立が解消した 存在だということになる. Y や Z との対立を含意した X と,Y や Z との対立を含意しない X は,同一 の表意単位の実現形ではありえない(1.1.を参照).そもそも言語単位とその 実現形は,一対一に対応しているわけでもない.実現形は,無数の変異体の集 合である(異音同義).実現形は同じであっても,それが同音異義の事例であ る可能性もある.実際,人称代名詞である(8)の il と非人称代名詞である 1 M ARTINET(1955)や AKAMATSU(1988)を参照. 2 M ARTINET(1968)を参照.
(9)の il は,いわば同音異義の関係にあると言ってよい. 互いに対立する X,Y,Z に共通部分が存在する場合,X,Y,Z の間の対立 が解消した結果として現れる表意単位は,論理的な帰結として,X,Y,Z の 共通部分であると考えざるをえない.共通部分がある X,Y,Z の対立が解消 することは,「X,Y,Z の共通部分」以外の部分が無効化することと同義だか らである.つまり「A+α」,「A+β」,「A+γ」の間の対立が解消するとすれば, それはα,β,γ が無視されるからに他ならない.そこに残るのは共通部分の A だけである.たとえば,男性の人間(homme)と女性の人間(femme)の 区別がなくなれば(男性と女性の区別がなくなれば),そこに残るのは共通部 分の人間(homme)だけである. 1.4.半過去記号素:事態が完了しているか完了していないかを区別しない過 去時制 半過去記号素は,純粋な過去時制である3.言い換えれば,半過去記号素の 本質的な意味機能は,動詞記号素を含む文が表す事態に過去性を加えることに 特化している.
(10)[...], elle vient une fois par semaine, le mardi matin.(Fred Vargas,
Pars vite et reviens tard, Collection J’ai lu,2001, p.127)
(11)Toutes les semaines, elle venait au jardin.(Un peu plus loin sur la
droite, p.146) たとえば,現在形の動詞を用いた(10)の elle vient...は「現在の習慣」と呼 ばれる用法に,半過去記号素を用いた(11)の elle venait...は「過去の習慣」と 呼ばれる用法に,それぞれ対応する.この二つの用法の間にある相違は,事態 の時間的な位置づけが「現在」にあるか「過去」にあるかだけである.実際 3 渡 瀬(1985,1990,1994,1995,1998,2013)や 川 島(2006,2012a,2012b,2012c, 2013a)を参照.
(11)から半過去記号素を除去すれば,toutes les semaines,elle vient au jardin という「現在の習慣」を言い表した文になる.(11)における半過去記号素の 存在意義は,toutes les semaines,elle vient au jardin という事態に過去性を加 えることであって,それ以上でも以下でもない.
したがって,半過去記号素によって標示される過去性は,事態が完了してい るか未完了であるかの区別を含意しない.半過去記号素は「過去時制+完了性」 でもなければ「過去時制+未完了性」でもなく,単なる「過去時制」だからで ある.(11)の elle venait ...に含まれる半過去記号素は toutes les semaines,elle vient au jardin に,あらたに完了性を加えることもなければ未完了性を加える こともない.
(12)[...]: quand Sartre terminait une pièce, elle était immédiatement montée, parfois par les plus grands.(Elle, 30mai2005, p.74) (13)L’ambassadeur terminait une conversation téléphonique lorsque
Vo-ronkof entra dans son bureau.(Thierry Breton & Denis Beneich,
Softwar, Collection Le Livre de Poche,1984, p.193)
実際,半過去記号素の使用は,完了した事態に対応することもあれば未完了 の事態に対応することもある(0.も参照).たとえば(12)の Sartre terminait... が完了した事態であるのに対して,(13)の l’ambassadeur terminait...は未完了 の事態である.純粋な過去時制である半過去記号素(ここでは... terminait ... に含まれる半過去記号素)は,事態が完了していることを標示しないだけでな く,事態が未完了であることも積極的には標示しない.半過去記号素が完了し た事態にも未完了の事態にも対応が可能であるのは,そのために他ならない. 1.5.単純過去記号素:事態が完了していることを含意する過去時制 単純過去記号素は,事態が完了していることを明示する過去時制である.単 純過去記号素は,動詞記号素を含む文が表す事態に過去性を加えるだけでなく,
その事態が完了していることも標示する.
(14)Flavières regarda sa montre.(Sueurs froides, p.37)
単純過去記号素を用いて表現した事態は,現実世界においても物語世界にお いても,過去時間に属するものとして位置づけられることになる.たとえば (14)の Flavières regarda ...は,それが現実世界の出来事であるか物語世界の 出来事であるかにかかわらず,少なくとも現在時間や未来時間の事態ではあり えない.単純過去記号素の使用はその意味で,常に事態の過去性と結び付いて いる.過去性の付与に特化しているという点において,単純過去は過去時制で あると考えてよい. 単純過去記号素は,過去時制であるだけでなく,事態の完了も含意する.実 際,Flavières regarda ...を未完了の事態として解釈することは不可能である. (14)から単純過去記号素を除去した Flavières regarde sa montre には未完了
の事態としての解釈がありうるが(これから見るところだ,見ている最中だ, などの解釈),単純過去記号素を含む Flavières regarda ....にはその可能性がな い.単純過去記号素は,常に事態の完了と結び付いているのである. 以上のように,単純過去記号素によって標示される過去性は,事態が完了し ているか未完了であるかの区別を含意する.単純過去記号素は,いわば「過去 時制+完了性」であると考えてよい. 1.6.半過去記号素と単純過去記号素の対立と排他的連関 半過去記号素と単純過去記号素が対立する文脈が存在することと,これらが 排他的連関の関係にあることを確認しておこう.この2点が中和が成立するた めの,いわば前提条件となるからである4. X と Y が対立する文脈があると言われるのは,次の2つの条件が満たされた 4 M ARTINET(1955)や AKAMATSU(1988)を参照.
ときである(1.1.を参照).(a)X と Y を入れ換えることのできる文脈が存在す る.(b)X と Y の入れ換えによって,この文脈に知的な意味の変化が生じる. (15)Il pleuvait.(Georges Simenon, Le Petit Saint, Collection Le Livre
de Poche,1964, p.100) (16)Il plut au jardin.(Internet)
半過去記号素と単純過去記号素が対立する文脈が存在することは明らかであ る.たとえば(15)の il pleuvait に含まれる半過去記号素と(16)の il plut に 含まれる単純過去記号素は,互いに入れ換えることができ,この入れ換えによっ て,それぞれの文意に知的な意味の変化が生じる.したがって(15)や(16) は,半過去記号素と単純過去記号素が対立する文脈であると言ってよい. X と Y が排他的連関の関係にあると言われるのは,次の2つの条件が満たさ れたときである.(a)X と Y に共通部分がある.(b)X と Y だけがこの共通 部分を持つ.半過去記号素と単純過去記号素は,この2条件を満たしている. 半過去記号素と単純過去記号素は,条件(a)を満たしている.この2つの記 号素には「過去時制」であるという共通部分がある.半過去記号素は,事態が 完了しているか完了していないかを区別しない過去時制である(1.4.を参照). 単純過去記号素は,事態が完了していることを含意する過去時制である(1.5. を参照).つまり,半過去記号素と単純過去記号素は「過去時制」であること を共有している. 半過去記号素と単純過去記号素は,条件(b)を満たしている.過去時制であ るという共通部分を持つのは,半過去記号素と単純過去記号素だけである5. 複合過去記号素は時制記号素ではなく,完了アスペクト記号素である.大過去 の動詞形は,動詞記号素,半過去記号素,複合過去記号素から構成される連辞 である.前過去の動詞形は,動詞記号素,単純過去記号素,複合過去記号素か 5 接続法半過去形と接続法大過去形は,時制的な価値を持たない.これらを接続法現在 形や接続法過去形と入れ換えても,そこに意味の時制的な区別は生じない.
らなる連辞である.接続法過去の動詞形は,動詞記号素,接続法記号素,複合 過去記号素からなる連辞である.重複合過去の動詞形は,動詞記号素と2つの 複合過去記号素からなる連辞である.条件法過去の動詞形は,動詞記号素,半 過去記号素,単純未来記号素,複合過去記号素から構成される連辞である.し たがって過去時制として認定できる記号素は,半過去記号素と単純過去記号素 しかない.
2.半過去記号素と単純過去記号素の対立の解消
2.1.単純未来記号素との共起不可能性 単純未来記号素と共起する過去時制記号素は一つしかない6.たとえば(17)の il ne comprendrait jamais や(18)の elle resterait mariée に見られるよう に,単純未来記号素と共起する過去時制記号素は存在する.しかし,この過去 時制記号素を他の過去時制記号素と入れ換えることはできない.
(17)Il ne comprenait pas, il ne comprendrait jamais.(Guillaume Musso,
Que serais−je sans toi ?, Collection Pocket,2009, p.252)
(18)Elle était mariée, elle resterait mariée !(Les yeux jaunes des
croco-diles, p.78) したがって,単純未来記号素との共起において,半過去記号素と単純過去記 号素の対立は解消する.半過去記号素と単純過去記号素が対立し別個の記号素 だと認定されるには,これらが次の2つの条件を満たす必要がある(1.2.と 1.6.を参照).(a)半過去記号素と単純過去記号素を入れ換えることができる. (b)この入れ換えによって,文意に知的な意味の変化が生じる.しかし,単 純未来記号素との共起において現れうる過去時制記号素は一つしかないのだか 6 単純未来記号素は叙法記号素である.詳しくは川島(2013b)を参照.
ら,この文脈で半過去記号素と単純過去記号素を入れ換えることは不可能であ る.この事実は,単純未来記号素との共起において,半過去記号素と単純過去 記号素の対立が解消することを意味する(1.3.を参照). 以上より,単純未来記号素と共起する過去時制記号素は,半過去記号素でも なければ単純過去記号素でもないと考えざるをえない.半過去記号素と単純過 去記号素の対立が解消した文脈では,この2つの記号素の区別がないからであ る.そこに現れる過去時制記号素は,単純過去記号素との対立を含意した半過 去記号素でもなければ,半過去記号素との対立を含意した単純過去記号素でも ない(1.1.を参照).X と Y の区別がない文脈に,Y との区別を含意した X や X との区別を含意した Y が現れるはずがないのである. 2.2.近接未来記号素との共起不可能性 近接未来記号素と共起する過去時制記号素は一つしかない.たとえば(19) の Grohm[...]allait sortir や(20)の les médias allaient l’adorer に見られるよ うに,近接未来記号素と共起する過去時制記号素は存在する.しかし,この過 去時制記号素を他の過去時制記号素と入れ換えることはできない.
(19)Grohm était debout et allait sortir, escorté par Mattias.(La théorie
Gaïa, p.258)
(20)En plus, ce Martin Beaumont avait une belle gueule et les médias
allaient l’adorer.(Que serais−je sans toi ?, p.80)
したがって,近接未来記号素との共起において,半過去記号素と単純過去記 号素の対立は解消する.半過去記号素と単純過去記号素が対立し別個の記号素 だと認定されるには,これらが次の2つの条件を満たす必要がある(1.2.と 1.6.を参照).(a)半過去記号素と単純過去記号素を入れ換えることができる. (b)この入れ換えによって,文意に知的な意味の変化が生じる.しかし,近 接未来記号素との共起において現れうる過去時制記号素は一つしかないのだか
ら,この文脈で半過去記号素と単純過去記号素を入れ換えることは不可能であ る.この事実は,近接未来記号素との共起において,半過去記号素と単純過去 記号素の対立が解消することを意味する(1.3.を参照). 以上より,近接未来記号素と共起する過去時制記号素は,半過去記号素でも なければ単純過去記号素でもないと考えざるをえない.半過去記号素と単純過 去記号素の対立が解消した文脈では,この2つの記号素の区別がないからであ る.そこに現れる過去時制記号素は,単純過去記号素との対立を含意した半過 去記号素でもなければ,半過去記号素との対立を含意した単純過去記号素でも ない(1.1.を参照).X と Y の区別がない文脈に,Y との区別を含意した X や X との区別を含意した Y が現れるはずがないのである. 2.3.近接過去記号素との共起不可能性 近接過去記号素と共起する過去時制記号素は一つしかない.たとえば(21) の il venait de rater ...や(22)の elle venait d’atteindre ...に見られるように,近 接過去記号素と共起する過去時制記号素は存在する.しかし,この過去時制記 号素を他の過去時制記号素と入れ換えることはできない.
(21)Il jura : il venait de rater le vol pour Siem Reap.(La ligne noire, p. 330)
(22)Elle venait d’atteindre ses trente−cinq ans.(Thierry Jonquet, Du
passé faisons table rase, Collection Folio,2006, p.82)
したがって,近接過去記号素との共起において,半過去記号素と単純過去記 号素の対立は解消する.半過去記号素と単純過去記号素が対立し別個の記号素 だと認定されるには,これらが次の二つの条件を満たしている必要がある (1.2.と1.6.を参照).(a)半過去記号素と単純過去記号素を入れ換えること ができる.(b)この入れ換えによって,文意に知的な意味の変化が生じる.し かし,近接過去記号素との共起において現れうる過去時制記号素は一つしかな
いのだから,この文脈で半過去記号素と単純過去記号素を入れ換えることは不 可能である.この事実は,近接過去記号素との共起において,半過去記号素と 単純過去記号素の対立が解消することを意味する(1.3.を参照). 以上より,近接過去記号素と共起する過去時制記号素は,半過去記号素でも なければ単純過去記号素でもないと考えざるをえない.半過去記号素と単純過 去記号素の対立が解消した文脈では,この2つの記号素の区別がないからであ る.そこに現れる過去時制記号素は,単純過去記号素との対立を含意した半過 去記号素でもなければ,半過去記号素との対立を含意した単純過去記号素でも ない(1.1.を参照).X と Y の区別がない文脈に,Y との区別を含意した X や X との区別を含意したYが現れるはずがないのである. 2.4.原過去時制記号素:半過去記号素と単純過去記号素の共通部分 単純未来記号素,近接未来記号素,近接過去記号素との共起において,半過 去記号素と単純過去記号素の対立は解消する(2.1.,2.2.,2.3.を参照).単 純過去記号素は,単純未来記号素,近接未来記号素,近接過去記号素と共起し えない.言い換えれば,これらの記号素を含んだ動詞形にあっては,半過去記 号素と単純過去記号素を入れ換えることができない.したがって,単純未来記 号素,近接未来記号素,近接過去記号素と共起する位置では,半過去記号素と 単純過去記号素は対立を持ちえない7.半過去記号素と単純過去記号素が対立 するのは,それらを入れ換えることによって文意に知的な意味の変化が生じる 文脈に限られる(1.1.を参照). 半過去記号素と単純過去記号素の対立が解消した文脈には,半過去記号素と 単純過去記号素のどちらも現れることができない.両者の対立が存在する文脈 では(1.6.を参照),半過去記号素は単純過去記号素との区別を含意した存在 7 単純未来記号素,近接未来記号素,近接過去記号素との共起が,半過去記号素と単純 過去記号素の対立が中和する文脈のすべてであると主張しているわけではない.
であり,単純過去記号素は半過去記号素との区別を含意した存在である(1.1. を参照).しかし半過去記号素と単純過去記号素が対立しない文脈においては, この2つの記号素の区別が存在しない.半過去記号素と単純過去記号素が区別 されない文脈には,半過去記号素が現れるはずもなければ単純過去記号素が現 れるはずもない. 半過去記号素と単純過去記号素の対立が解消した文脈に現れうる過去時制記 号素は,両者の共通部分である(1.3.を参照).共通部分がある X,Y の対立 が解消することは,「X,Y の共通部分」以外の部分が無効化することだからで ある.つまり「A+α」と「A+β」の間の対立が解消するとすれば,それは α, β が無視されるからに他ならない.そこに残るのは共通部分の A だけである. 半過去記号素と単純過去記号素には「過去時制」であるという共通部分があ る.半過去記号素は「過去時制+完了性」でもなければ「過去時制+未完了性」 でもなく,単なる「過去時制」である(1.4.を参照).一方,単純過去記号素 は「過去時制+完了性」である(1.5.を参照).したがって半過去記号素と単 純過去記号素は「過去時制」であることを共有していると言ってよい(1.6.を 参照). 以上により,半過去記号素と単純過去記号素の対立が解消した文脈に現れう る過去時制記号素は,両者の共通部分であると結論できる.この共通部分は「過 去時制」であることそのものである.音韻対立の中和における「原音素」をま ねて8,これを「原過去時制記号素」と呼ぶことにしよう9.半過去記号素は,単 純過去記号素との対立を含意した(無標の)「過去時制」である.それに対し て原過去時制記号素は,半過去記号素と単純過去記号素の対立を含意しない (無標の)「過去時制」なのである. 8 M ARTINET(1955)や AKAMATSU(1988)を参照. 9 M ARTINET(1979)は,単純未来記号素,近接未来記号素,近接過去記号素と共起する 過去時制記号素を,半過去記号素とは区別して « monème décalé » と呼ぶ.
3.半過去記号素と原過去時制記号素の解釈の相違
3.1.半過去記号素:単純過去記号素との対立を含意した無標の過去時制 半過去記号素と原過去時制記号素はどちらも無標の「過去時制」であるが (2.4.を参照),この2つの記号素の間に解釈の相違がないわけではない.半過 去記号素が単純過去記号素との対立を含意しているのに対して(1.6.を参 照),原過去時制記号素は半過去記号素と単純過去記号素の対立の外側にある からである(2.4.を参照).半過去記号素には,事態が完了しているか完了し ていないかの解釈の区別がありうる.しかし原過去時制記号素の解釈には,そ の区別が欠如している.(23)[...]et il était d’autres endroits où nous voulions nous rendre.(Ern-est Hemingway, Paris rendre.(Ern-est une fête, Collection Folio,1964, p.132) (24)Il fut une époque où je vous ai rendu quelques services, n’est−ce
pas ?(Marc Levy, Le premier jour, Collection Pocket,2009, p.304) 半過去記号素と単純過去記号素が対立する文脈では,この対立においてどち らを選択したかということが,解釈に影響を与えうる.たとえば(23)の il était...における半過去記号素は,(24)の il fut...のような単純過去記号素と入 れ換えが可能である.つまり(23)の il était...における半過去記号素の使用は, 半過去記号素と単純過去記号素の対立において,後者を選択しなかった結果で あると見なしてよい.このことから,単純過去記号素と対立する半過去記号素 の使用には,事態が完了しているか未完了であるかの解釈の区別が反映される 可能性が生じる.少なくとも「事態が完了したことを明示する過去時制記号素 を選ばなかった」という消極的な選択は介在しているからである.
(25)Déjà, quelques voyageurs arrivaient. (Pierre Boileau & Thomas Narcejac, Terminus, Collection Folio,1980, p.21)
Zone érogène, Collection J’ai lu,1984, p.92)
ただし半過去記号素そのものには,事態が完了したか未完了のままであるか の区別はない(1.4.を参照).半過去記号素は,無標の過去時制だからである. 実際,半過去記号素を用いて表現した事態は,それが完了しているという解釈 と,未完了のままであるという解釈の両方が可能な場合がある.たとえば(25) の quelques voyageurs arrivaient は完了した事態として,(26)の il arrivait は 未完了の事態として解釈される.このように,半過去記号素は事態が完了した か未完了であるかのアスペクトの区別を含意しないがゆえに,完了した事態と 未完了の事態のどちらにも,解釈上は対応することが可能である. 3.2.原過去時制記号素:半過去記号素と単純過去記号素の対立を含意しない 無標の過去時制 原過去時制記号素には,事態が完了しているか完了していないかの解釈の区 別が欠如している.原過去時制記号素は,半過去記号素と単純過去記号素の対 立が解消した結果の過去時制記号素だからである.原過去時制記号素の解釈に とっては,事態が完了しているか未完了であるかの区別は非関与的である.実 際,原過去時制記号素をともなって表現された事態は,完了しているにせよ未 完了であるにせよ,そのどちらか一方に解釈が固定されている.そこには,事 態が完了しているか未完了であるかの解釈の区別や競合がない.
(27)On était le15avril, les filles rentreraient le30,[...].(Les yeux jaunes
des crocodiles, p.341)
(28)Roger était seul, en haut. Il allait lui poser des questions[...]. (Françoise Sagan, Aimez−vous Brahms..., Collection Pocket, 1959, p.
92)
(29)Elle venait de prendre un livre, un gros.(Philippe Djian,37°2 le
たとえば,原過去時制記号素が単純未来記号素と共起した(27)の les filles rentreraient...は,未完了の事態であると解釈せざるをえない.同じく,原過去 時制記号素が近接未来記号素と共起した(28)の il allait lui poser...も,これ を完了した事態と解釈することはできない.逆に,原過去時制記号素が近接過 去記号素と共起した(29)の elle venait de prendre...は,完了した事態である と解釈するしかない. 完了や未完了をどのように定義しようと,原過去時制記号素に対する解釈に とってその区別が非関与的である点に変わりはない.確かに,完了した事態で あるか未完了の事態であるかは,完了や未完了の定義にもよる.しかし,どの ような定義を用いても,単純未来記号素,近接未来記号素,近接過去記号素と 共起した原過去時制記号素には,事態は完了しているという解釈であるか,事 態は未完了であるという解釈であるかの,どちらか一方の解釈しかありえない. したがって,原過去時制記号素を用いて表現された事態については,その事態 が完了しているか未完了であるかを解釈する余地も必要もない.
4.まとめ
半過去記号素と単純過去記号素は,排他的連関の関係にあり,これらが対立 する文脈が存在する.ただし,単純未来記号素,近接未来記号素,近接過去記 号素と共起する文脈では,半過去記号素と単純過去記号素の対立は中和する. そのため,この文脈に現れる過去時制記号素にとっては,事態が完了している か未完了であるかの解釈の区別が解消することになる.(30)Madeleine téléphona. Elle l’attendrait à deux heures.(Sueurs
froi-des, p.80)
(31)Il était confiant. Josiane allait revenir.(Les yeux jaunes des
(32)On sonna à la porte. Les pizzas venaient d’arriver.(Agnès Abécas-sis, Les tribulations d’une jeune divorcée, Collection Pocket, 2004, p. 222)
たとえば(30)の elle l’attendrait ...,(31)の Josiane allait revenir,(32)の les pizzas venaient d’arriver に含まれる過去時制記号素はいずれも,単純過去 記号素でないばかりでなく.半過去記号素でもない.これらの過去時制記号素 は,半過去記号素と単純過去記号素の共通部分なのである.この共通部分を原 過去時制記号素と呼ぶ. 半過去記号素は,半過去記号素と単純過去記号素の対立を含意した無標の過 去時制記号素である.一方,原過去時制記号素は,半過去記号素と単純過去記 号素の対立を含意しない無標の過去時制記号素である.原過去時制記号素の使 用において,事態が完了しているか未完了のままであるかの解釈の区別が競合 しないのは,それが半過去記号素と単純過去記号素の対立が中和した結果だか らなのである. [参考文献]
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