家
米 本 新
患法愈議前の政治組披
猶立威容前に於て、英国の鵜民堵は北米の東渥岸たる太四洋にぬふて、十三州に分れてゐた。酎桟の最も大
であつたくir号iaに於てすら人口僅かに五十萬に過ぎず、十三州全部を合せても三宮魔足らずであつた。各州は英国の殖民鹿として英皇帝に忠勤を誓ひ、本阻の法殊に従ひ、母野れらは絶督が任命せられてゐ督然し、
各州.の自浄は避憾なく認められ、本国からは殆ど干渉を受けることなく・かくて本観の監督擢は有名無賛の鶴があつた。他方、各州相互間に於ては何等政治上の聯絡なく、各州は封等に交った。而して、彼等が同じく英
国に直屠し、同叫の民族であるといふこと以外には、癖殊なる紺係のあるを認阻得なかつた。
此の十三の各々猫宜したる政治困餞が、本国α不許なる課税及び其の他の干渉匿封して反抗するに及んで、し
初めて政治的聯絡を見るに至つ鷲即ち、各州が各個に英本瞥碁ふことは涙に不利なることを認め、各州か駐
それく要員を造って数回に渡って聯合食議を開催す冬に至妙、遂に′は・剛七音ハ年七月囲日彼の有名なる猫立
宣言書︵ロec︼arati。ユ。=已epeコdeコCe︶をさへ敬するに至った。固より此望且訝喜ば英本圃と殖民地との間隠緒第三巷 第二携
兼圃憲法の経癖的考案
︵一囲こ︶ 六四響られ雲條約ではないから、法律上の致力があるわ掌漂い。然しやンセ1主義︵蚕r。eロ。C−壱の宣
言に於廿ると何棟に、米国人の聞では非常堰辱寛せられたもの・である。否、米軌の今月の隆盛は、自由平等の
民主的精神を最もよく反影したる此の宣言書寵妾の瀕を敬してゐる宅え云はれてゐるゥ其の内容とする朗は
人間は自由笹芭の望むところの政府を建つべきものであるから、植民地の英本国に封する猫立運動は正常であ
ると云ふにある。姦し、此の藤平たる信念を以て、十三州は各々完全なる猫立囲豪であるととを立言してるも
のである。
殖民癒が弼立国であることを如何に弘く主張しても、本国が之を認めなけれぼ何の効果もない。然し、英本
国は容易に斯の如き勝手なる振舞を許すべき筈がないから、警戒寧は常然の蹄結であつ莞而して武力に
依らんとすれば、各州革猫では到底封抗することを待ない。かくて、礪立宣言喪恕惑の翌竺七七七年に於て
聯邦同盟規約︵穿1n12SO¶nOn訂J2邑iOコaコロ22−22どa基コ亘の締結を見た。尤も、この規約は硯墟の米国憲法とは全然興りたるものであつて、犯意せんとする十三州が目前の共同の敵たる英頑固に勤して結びたる攻守同
盟に関するものに過ぎなかつ莞換言すれぼ、各州は依然とトて相互に準栄罵なる完全なる翠高家である
と考へてゐたのである。ブライス氏も亦左の如き冨を以て、同様なる観察を下してゐる。
Th2thirteeコStateS2コtered已Oa妻ヨ・−2a讐20=r昏計hipこwi什ト2aChOtheoOffeつSiくeaコddefeコS許 Wトi夏ecIar首二訂モeachs㌘邑a蔓tss。Vere曾−y・freeJ。ヨ:コJiコdepe−旨ceこコdeくeJ﹁[看Wer︾ 米観富津の経済的考霧 ︵一四三︶ 六五︵二四四︶ 六六
箔三食 罪こ批
苫riSd打た○コ.aコd r広ht which訂コ○什by th訪COコfederat⋮○コeXPreSSぞde−e笥ted tO t訂Uコ譜n S訂叶esぎ
◎ nOコ讐eSS aSSeヨb訂dこ. 此の規約に依りて同盟は出来たるも、中央政府は未だ成立するに至らなかった。中央槙閥としては、各州が その大小を問はす、平等なる㌫姉の投崇橙を以て臨むべき聯邦昏議︵nOコ讐eSS︶があるばかりであつて、此の聯 邦議合と雄も直接人民に射して何等の樺力を行使することを得す、且その決議は弼立国たる各州に勤しては弧 制的なる拘束力む哀しなかった 横綱も何も存しなかった。 憲法合議む開催するに至る迄で 聯都岡盟規約は猫立概評常時の自由平等の思想に適合してゐたといへ、其の蜜際の運用上は勧めて不便なる ものがあつて、其の結果は失敗た終った。載卒中すら各州の聯合が破れんとしてゐた位であるから、叫七八七 年の講和確約後は各州の不統叫は益々額著となつた。然し、聯邦試合は無能で之を制すべき手段がなかった。 此の政治粗放が不備であり、殊に先に述べたるが如く政治上有力なる階級にとつて不利であつたことは、種 々なる鮎から之を窺ふてと寄が出水る。人民に直接課税する樵限を有せざる中央機関は、各州をして経費の分 培︹0手許utiOコ財を誠要することを稗や政上大なる国難を感ぜざるを得なかつた。職軍営時数行したる公伯ほ
開眼が到来するも利子すら支沸ふことを得す、況や元金の箕郷に於てをや.であつた。かくして、公低所有窟は非
常に周却したのである。他方ね於て、各州々曾の構限姓無制限であり、往々にして此廃に多数を占めたる小地主
や農民階級は彼等の負債を免るに都合のよき、自己の望む法律を提出可決したのセある。偵横着が此の弊寄を除
かんとして強固なる中央政府の出現を望みたるや常然である。3琵aChusetts州のShay−Rebe≡○コー並にRhO計 ⊥slaコd州及び.芽wコaヨ甥hire州其の他北部諸州に起りたる暴動、州倉に於て貨幣横倍の崩落を目的として為す不換紙簡蟄行論者の活動、債務の不断臍を罰する拘禁の贋止、並に債務桝臍期限の延期に闘する法律案その他
のものは利害の仙致しない偵樵者と債務者との寧を明白に物語るものである。此の不安の状態を扮し、所有権
の確立を計るために、有産階級が改革遊動を起す軋至るのである。
夙に仙七八一.年山月Schuy百将軍は2ewY。rk州の上院に於て、従来一よりも強固なる聯合の必要を主張した。 各州の共同利益を計るために叫時的ではなて、永久的聯合︵pperpetuai雷g亡eOごコCOrPO邑iOコ︶を建て、財政の基礎を確立して聯合の信用を維画し、其他種眼の撰張の急務なることを力記した。勿論、賂軍自身も政府蛮行
の謹券を桝有してゐたので、其の憤格の騰貴は少からす望んでゐたところである。然し、其の薬は具倍化する
に至らすして経った。
何年の二月、聯邦合議は各州に封して国情充利支挑のために、中央棟開に直接緑親権を附興せられんことを
要求した。この法案は叫七八三年の四月にも提出せられたるも、二度とも失敗に終った。因に、聯邦合議の議
来観竃津の経済的考霹 ︵一因五︶ 六七 .ふ員の中で、此の膝帳場張案に賛意を表したる、‡なる者は、GOrh餌ヨ一H小泊鼠コSOコーEニsw01芦ロy2r.BO鼠i⊃つ叫−F諾iヨ〇コS− w≡訂∋SOコこ彗dLOhsコ○⊃−K言寄であつて、何れも中央政府の麦沸不能に依り日々崩落しっゝある困偵桝有着 であつたのである。 仙七八旦年、三assach亡SettS州の知事BOWdO富民は其の就任挨拶に放て用い州が更に密接なる川明ごuコー。コ︶或 は聯盟をなすの必婁あることを主張した。尤も、その用ゐられたるCコ菖てふ言葉は、その意味脛l昧であつて 翠なる同盟をいふか、それとも十三州が新芽二の国家を梯ませんことを意味するものなるか判然としない。然 し、常時存したるが如せ不統叫なる聯合︵﹁00SeUコiOコ︶ではいけないと㌦ふことむ意味したるものなるや明か である。而して、国民は此の盈大問題を傾畢に評議するために、更に特別食議nOコくeコ什宮を開く必婆ありとな した。州愈は其の意見に基いて、現在のthe守[打方sOfCOコ訂de邑州○コは不充分なるrことを決議し、C。コ讐eSSに於 ける三assachusettS州選出の議員に封し強固なる聯合の賓現に努力せんことを命じた。然し、批の案も失敗に終 らざるを待なかった。 BOWdOぎやSchuy一e﹁以外にも、改革を望みたるものは決して少くはなかった。B。S叶。コの商人は秤々なる方面 に放て英国商人の塵迫を受け、之陀劉抗するために聯都合議の授助を求めてゐた。海道柴に於ても、殆ど英樹 商蛤の猫占に愛せられ米国船舶は之と競零するととすら出塞なかつた。∵七八七年の︹。ココ数ic=什C。U﹁翼は、 此の状態を最もよく報じて居る。 第三 悠 第 二拡 ︵二川六︶ 六八
ーh thehar訂u−Of君wYO︹訂the−2a−2コOW8shipsOf宕丁首ユ川芯are Br≡sh・↓h2P−Odune O¶sO茎一
C彗○ニコa尋assh茸ped︼コ︼召sh6りOfwh誉︼uロ彗2Br叫t空−・⋮・・Su−e−ythereisき叶・aコyコヨer芹aコWhO
r2笥−dニh2宣erestOfhiscO告Ⅰ−yb亡tヨuStSee・ぎヨed変eコeneS註yO︻aコe∋ci2コ〓e計−空笥くeヨヨ2コⅠい
W彗○亡t蒜theコOrtherns註esw≡s00コbedepOP乞atem N∃d dw首d一e芝O PO<erty﹀Whニe the sOutherコ
○コeSWiニbecかヨeSilkwOrヨS︷Ot旦ニ∼ヨd−許OurfOrEurOPe. 米国第叫の港にある商船は大部分英国々旗を掲揚し、南部諸州の物産の輪迭が英胎の隠忍する有様む見れば 米困人が不愉快に恩ふ阻は自然である。況んや、其のために終臍上の打撃を受ける人々が何等かの運動を起す に至るのは、蓋し常然のことである。活動力のある中央政府︵Federai篭くerコヨeコt︶が速に机現して、之に善廃 せぎれぼ、漸閲読は遠からずして欣洲諸図への隷属を飴儀なからしめられ、遽佐は滅亡の巳むなき佐至らんこ とまた⋮甥なきにあらす。 常時の米国には次の如き思想を持したる者もあつた。 .壷a=heprOP2−tyO=h2Uコ譜dStat2S訂∼beeコPrOt2C監ぎヨ1h2COコf許a什ぎ○¶B−夢コby−トe
甘。什、ex。rニ。。S。ごニ・。。dth。ref。r。Ou管=Obe言e︹。ヨヨ。コPr。Perty。:︼L 碧d he that atteヨPtS
OP℃OSit5.コtOthiscreed訂aコeコeヨytOeq笈yaコdj亡St許︼aコd OU号ニO be swep二rO∋Of=he fane
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即ち、米閣内の資産は英国のために掠奪せられんとしたるもひなるが、全図民の共同防衛に依って漸くこの
光岡闇法の堆臍約考嬉
︵﹂画八︶ 七〇
第三巻 弟子城
薮から粧することを待たのである。果して然らば、其の資産は奉げて全図民に於て共有すべきものである。此 の原則に反射する者は正義公道の仇敵であり、速かに葬り去らなけれぼならないと。かくして、借金等は返済 する必要なしと考へる者が青年の間に抄くなかったやうである。此の左傾しっ1ある思想が増々増大せんこと を愁れたる資産家がその生命財産を完全に保護すべき政府を益々弧く要求するに至るや常然である。たとへ、 其の政府が専制主義に依るものでありとするも、弘て厭はぎるに至る位までに思想は攣化して釆た。 珪に愛発する人間が其の所有せる物資を安んじて所持し得ざるに至らぼ、不安を感じ不満足であるは、雷然 である。絶ての人間は平等であり叉自由でなければならないといふ原則を、蔽脅の各方面に及ぼしたならば、 有産階級の者が最も強く打撃を蒙るのである。共和制の名は失しい。然し、それがために生析の脅威を受けて はならない。混んや稗民地が端正職軍を起したる直接の原因が不首謀税と云ふ匿痢上の理由にありたる以上、 二部の人士問には曹君主政治を去ふ著あるは不乱読ではない。此の状態む識者は看破しなかったのではない。 何んとかして鳩首なる手段を講ぜんとの考へは常時の政治家の頭に鳳あつた。⋮七八六年、ワシントンは次の 様な手紙をジョン、ヘイに宛て1造って居る。こWトa什asIOコ誉−iコn喜aコ笥S︶afewea−Sy彗e︹aPab訂二法prOducぎ苧l aヨー○牢that eくeコreSP2C訂b訂
nha㌫CすsspeakO竹aヨ雀arハhic巴fOrヨ色笥くeヨヨeコ什withOutィ・hOrrOr.⋮・・⋮⋮⋮≦ha什a叶riuヨPh■訂rOur
iコCaP雀eOf篭くe−コ孟OurSきes︼aコd−h針t宅−eヨSfOuコ定○コthe恵∼訂Of忍冬ニbe﹁︻yareヨere肯 idea山aコdfaコan訂us岬WOuldtOGOm−ha叶w許ヨ2aSu−eSヨDyb2ta訂コぎtぎetOa<er=hecOコSeque﹁六eS wehaくebuニ8ちuChr2a∼GコtOa葛re諸コd㌧、
聯邦合議の椎限携破のために、之に直接課税棟を輿へんとして失敗に経り、其の他絶ての改革案も全部暦現
せしむることを得す、今や普通の争段方放ではその目的を達し得ざることを労った人々巧新しいことを考へ由
した。彼等は二七八六年くir号訂州脅を通じて他州に案内状を送り、ぎコa茎sに放て合衆図々内の商莞上の協 議倉を開催したいかち代表者を派出せんことを求め食?瓦凧の代表者が之に出席して協議を窓ねたるも∵とし て典鰻化しなかった。cOコfederat宮の欒変を望みたる人々もあつた楼であるが、何分にも少数の出席者にては 如何ともなし待なかつた。唯、翌年度に於いて聯合機関を現状に適合するやうに欒更する舌旨許suchfurther prOvを○コSaSShaニa苫ear−○若ヨ⊃eCeSSa−ytO−eコdertheつ○コSt誉t叫○コ○ニh2fe旨a−笥Ve−コ⋮2コta計qua什etOthe ex常⊃CiesO〓heCコiOコこなる目的を以つて合議︵︹。コくeコtぎ︶を開くことを決議したのである。一七八七年聯邦愈議 ︵COコ氾﹁eSS︶は此の決議によつて、二月にPhニaJei号aに∩。コくeコ什i。コを開き、現在の聯邦同盟規約の改正にのみ就 てこすthesO訂aコdexPreSSPurPOSeOごe≦Siコミhear芳一es。ご○コfederatぎ㌧.協議したいから、各州から代表者を派遣して他見ひたいといふ案内状を造ったのである。
有産階級を背景とする各州委員選額 来観忍法の繹済的考疫 ︵一閃九︶ 七山︵山五〇︶ 七二