差別対価規制︵都法五十六
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一︶ 一五五 差別対価規制 ││中小企業政策としての意義と課題││深 津 健 二
目次一 はじめに二 規制の法的枠組み三 法の運用状況四 政策的意義と課題五 結び
一 はじめに
近年の中小企業政策は︑かつての競争制限的な政策とは異なり︑競争政策・競争法と整合性を有する政策として
展開されるようになっている︒一九九九年には︑中小企業基本法の全面的な改正が行われ︑﹁競争原理の尊重﹂と
一五六 いう立場から︑中小企業の﹁競争条件の整備﹂が中小企業政策の基本と位置づけられるようになった ︵
︒したがっ 1︶
て︑中小企業にとって︑公正な競争を実現するための独占禁止法がどのように運用されていくのかは最も重要な関
心事項の一つといえよう︒
政府規制制度の見直しが始まった一九八〇年代以降︑すでに中小企業の側からは独占禁止法の積極的な法運用を
求める声が高まっていた︒そして︑一九九〇年の日米構造問題協議において流通規制の緩和と独占禁止法の執行力
強化の合意がなされたことにより︑かかる期待もいっそう切実なものとなっていった︒なかでも︑独占禁止法によ
る公正競争の実現ための規制のうち︑中小企業の利益擁護と密接に関係している不当廉売や差別対価︑優越的地位
の濫用などに対して規制強化を求める声は︑公正取引委員会に対する申告件数の急増や政府への規制強化の要請と
いった形で高まりを見せた︒そこで︑公正取引委員会は︑ガイドラインを策定して法運用の明確化を図るほか︑こ
れらを課徴金制度の対象に加えて規制を強化するなど︑中小企業側の要請に対応してきた︒しかし︑公正取引委員
会のこのような対応は︑中小企業の﹁競争条件の整備﹂という中小企業政策的観点からはどのように評価されるべ
きであろうか︒中小企業の利益擁護と密接な関係を有する独占禁止法の規制のうち︑不当廉売規制についてはすで
に若干の検討を行った ︵
︒本稿では︑これに続いて差別対価規制を取り上げることにしたい︒ 2︶
以下では︑まず独占禁止法における差別対価規制の法的枠組みについて整理する︒次いで︑裁判例及び法的措置
例並びに行政指導が行われた事例を通じて︑法の運用状況を概観する︒そのうえで︑差別対価規制の中小企業政策
的意義と法規制の課題について検討していくことにする︒
差別対価規制︵都法五十六
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一︶ 一五七 二 規制の法的枠組み1 序説 独占禁止法の目的は﹁公正且つ自由な競争の促進﹂による﹁一般消費者の利益確保﹂を図ることであり︑市場に
おける品質と価格を中心とした事業者間のいっそうの競争を推進し︑消費者が質の良い商品を安い価格で入手しう
るよう︑競争制限行為や競争阻害行為を規制している︒そして︑事業者が取引を行う地域や取引の相手ごとに異な
った対価で取引をするということは競争行動の一環であり︑当該事業者の自由な判断で行われるべきものである︒
したがって︑差別対価はもともと独占禁止法上問題となる行為ではない︒しかし︑競争に対して悪影響を及ぼす不
当な差別対価に対しては︑独占禁止法制定以来今日に至るまで︑競争阻害行為の一行為類型として︑一貫して規制
対象とされてきた︒中小企業にとっても︑不当廉売と同様に︑経済力を背景とした不当対価による取引行為を規制
することは︑中小企業が公正な競争条件が維持された状況の下で事業活動を行い得るという意味において︑その利
益を擁護することになる︒
差別対価は︑原始独占禁止法では不公正な競争方法の一行為類型として規制されており︑﹁不当な差別対価を以
て︑物資︑資金その他の経済上の利益を供給すること﹂と定義されていた︵第二条第六項第二号︶︒不当廉売の場
合は︑﹁不当に低い対価を以て︑物資︑資金その他の経済上の利益を供給すること﹂と定義されており︵同第三
号︶︑﹁物資︑資金その他の経済上の利益を供給する﹂に当たって︑その対価が地域や相手ごとに異なることにより
一五八
競争への悪影響が生ずるものが不当な差別対価であり︑低い対価を設定することにより競争に悪影響が及ぶという
のが不当廉売であるという点に違いがある︒
しかし︑不公正な競争方法規制から不公正な取引方法規制に改められた一九五三年改正法の定義規定では︑差別 対価と不当廉売が統合され ︵
︑﹁不当な対価をもつて取引すること﹂とされた︵第二条第七項第二号︶︒ただし︑改 3︶
正法に基づき公正取引委員会が告示した﹁不公正な取引方法﹂︵以下︑一九五三年一般指定という︶においては︑
差別対価︵第四項︶と不当廉売︵第五項︶という二つの行為類型に分けられ︑指定されている︒差別対価に関する
一九五三年一般指定第四項は︑﹁正当な理由がないのに︑地域または相手方により差別的な対価をもつて︑物資︑
資金その他の経済上の利益を供給し︑または供給を受けること﹂と定めていた︒なお︑差別対価の一般的位置づけ
は︑一九五三年一般指定の不当な取引拒絶︵第一項︶︑取引条件等の差別的取扱い︵第二項︶︑共同行為における特
定事業者の差別的取扱い︵第三項︶とともに︑一九五三年改正法第二条第七項第一号の﹁不当に他の事業者を差別
的に取り扱うこと﹂を受けたものされている ︵
︒しかし︑地域による差別対価は︑第一号の不当な差別的取扱いの 4︶
範疇ではなく︑第二号の不当対価と捉えられるべきものであるとされ ︵
︑あるいは供給者側の差別対価は︑第二号 5︶
の不当な価格による販売の問題として扱われるべきであるとされてきた ︵
︒ 6︶
その後︑一九八二年に一般指定が全面的に改正された︵以下︑一九八二年一般指定という︶が︑差別対価は︑
﹁不当に︑地域又は相手方により差別的な対価をもって︑商品若しくは役務を供給し︑又はこれらの供給を受ける
こと﹂︵第三項︶と表現が改められた︒特に︑一般指定改正の目的がそれまでの運用実績を踏まえた要件の明確化
にあったことから︑違法評価要件である公正競争阻害性について︑原則違法の行為に対しては﹁正当な理由がない
のに﹂を使用し︑個別的に違法性の判断が行われる行為については﹁不当に﹂という表現を用い︑書き分けが行わ
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一︶ 一五九 れた ︵︒差別対価に関しては︑それが原則違法の行為ではないことから︑﹁正当な理由がないのに﹂から﹁不当に﹂ 7︶
へと変更されている ︵
︒ 8︶
また︑二〇〇九年の独占禁止法改正において︑不公正な取引方法に対しても課徴金制度が導入され︑従来の指定
行為のうち共同の取引拒絶︑差別対価︑不当廉売︑再販売価格維持︑優越的地位の濫用の五つの行為が課徴金の対
象となり︑法定類型化された︒差別対価は︑不当廉売と同様に法定類型と指定類型に分けられており︑課徴金の対
象として法定類型化された差別対価は︑﹁不当に︑地域又は相手方により差別的な対価をもつて︑商品又は役務を
継続して供給することであつて︑他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあるもの﹂と定義された︵第二条
第九項第二号︶︒そして︑二〇〇九年改正法第二条第九項第六号を受けて一般指定も改正され︵以下︑二〇〇九年
一般指定という︶︑指定類型としての差別対価は︑﹁第二条第九項第二号に該当する行為のほか︑不当に︑地域又は
相手方により差別的な対価をもつて︑商品若しくは役務を供給し︑又はこれらの供給を受けること﹂とされた︵第
三項︶︒したがって︑差別対価規制は︑一九八二年一般指定第三項の差別対価のうち︑﹁商品又は役務を継続して供
給﹂して﹁他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあるもの﹂が法定類型に︑それ以外が指定類型となった
が︑基本的に規制内容の変更はない ︵
︒ 9︶
なお︑独占禁止法が禁止する競争制限行為のうち︑私的独占は﹁他の事業者の事業活動を排除し︑又は支配する
ことにより︑公共の利益に反して︑一定の取引分野における競争を実質的に制限すること﹂と定義されている︵第
二条第五項︶︒差別対価は︑私的独占の行為要件である排除行為に該当し︑市場効果要件である競争の実質的制限
が認められれば︑独占禁止法上は私的独占としても問題となる︒
一六〇 2 規制の枠組み
現行の差別対価規制は︑法定類型と指定類型とに分かれており︑一九八二年一般指定第三項の﹁不当に︑地域又
は相手方により差別的な対価をもつて︑商品若しくは役務を供給し︑又はこれらの供給を受けること﹂という指定
行為のうち︑﹁商品又は役務を継続して供給﹂して﹁他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあるもの﹂が
法定化され︑それ以外は従来通り指定類型となっている︒不公正な取引方法である差別対価に対しては︑一九八二
年一般指定以降一貫して︑﹁不当に﹂という公正競争阻害性を示す表現が用いられている︒この点に関して︑公正
取引委員会は︑﹁一般指定の規定中︑﹃不当に﹄の文言を除いた規定内容からでは︑原則として公正競争阻害性があ
るとはいえないものについて︑個別に公正競争阻害性が備わって︑不公正な取引方法として違法となる行為類型﹂
について使用されるものであると説明している ︵
︒そこで︑差別対価は︑原則違法となる行為ではなく︑個別的に 10︶
諸事情を考慮して違法性の判断が行われることになる︒個々の事業者は︑自らの自由な判断で対価やその他の取引
条件を決定し︑市場において事業活動を展開するわけであるが︑地域や取引相手によって条件が異なることは競争
が行われている市場では当然の現象でもある︒取引に伴うコストの相違や戦略上の理由などから異なる取引条件を
設定しても︑そのことが競争促進という観点から直ちに問題となるわけではなく︑むしろ価格競争を促進すること
にも繋がる ︵
︒ 11︶
独占禁止法上問題とされるのは︑取引上の対価に対する地域差別や相手方差別が行われ︑それが競争に悪影響を
与える場合に限定される︒すなわち︑公正競争阻害性が認められる差別対価のみが規制の対象となる︒ここにおけ
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一︶ 一六一 る﹁対価﹂とは︑名目上の販売価格や購入価格に限らず︑リベートやポイント付与など︑様々な方法による値引き を含めた実質的な取引価格であり︑地域又は相手方により異なる取引価格が設定されるのが差別対価である ︵︒一 12︶
九八二年の独占禁止法研究会報告書では︑差別対価の公正競争阻害性は自由な競争の侵害︑すなわち自由競争の減
殺にあるとされているが︑地域による差別と相手方による差別とでは異なる捉え方がなされている ︵
︒地域による 13︶
差別対価は︑①行為者の競争者を排除する場合︑及び②再販売価格維持や排他条件付取引など独占禁止法上違法と
なる行為の実行手段として用いられる場合や独占禁止法上不当な目的を達成する手段として用いられる場合に公正
競争阻害性が認められる︒一方︑相手方による差別対価は︑上記①及び②の場合に加えて︑③取引の相手方を競争
上著しく不利な地位に陥れる場合にも公正競争阻害性が認められるとされる ︵
︒ 14︶
また︑差別対価の公正競争阻害性が自由競争の減殺であるとしても︑その効果が不当廉売と類似するものと不当 な取引拒絶に類似するものとに分けて整理する考え方もある ︵
︒この考え方によれば︑上記①の場合は特定の市場 15︶
での対価を有利に設定して顧客を誘引するものであるから︑不当廉売と同様に公正競争阻害性を考えるべきである
とされる︒また︑②及び③の場合の公正競争阻害性は不当な取引拒絶と同様であり︑対価以外の取引条件の差別的
取扱い︵一般指定四項︶でも②及び③が問題になる︒そこで︑行為者の競争者を排除することに繋がる差別対価の
場合は︑不当廉売での公正競争阻害性を認定する際の議論が深く関係してくることになる︒なかでも︑差別対価に
おける公正競争阻害性を検討するに当たっては︑法定類型の不当廉売における基準となる原価を下回る価格が差別
対価においても要件となるか否かが焦点となっている︒
例えば︑ある特定の地域において︑複数地域で事業活動を展開する有力な事業者が他の地域と比較して低い価格
で販売し︑それがその特定地域の競争に悪影響を及ぼすほどのものであるかどうかの判断︑すなわち公正競争阻害
一六二
性の有無はどのような基準に従って判断されるべきであろうか︒かつては︑原価割れである必要はなく︑既存の競
争者や新規参入者を排除し︑自らの販路や市場における地位の確保又は拡大しようとするものであれば︑地域差別
的な低価格が原価を下回るような価格であることは必要でないとされてきた ︵
︒しかし︑近年の議論では︑競争の 16︶
中核である価格競争を行う事業者にとって︑地域や相手方によって異なる対価の設定をするのはむしろ当然の行動
であることから︑価格競争を委縮させることに繋がるような差別対価規制に対しては︑慎重な姿勢で臨む傾向が強
い︒そこで︑差別対価の要件として︑法定類型の不当廉売と同様に原価基準が取り入れられることになるわけであ
る︒
差別対価の行為要件は︑同一の商品又は役務の対価について地域又は相手方によって異なる設定をすることであ
る︒ただし︑取引の時期や場所︑取引量︑さらには需給関係など様々な要素によって︑取引に関する費用は異なる
ものであり︑これを反映した異なる対価での取引が行われても︑独占禁止法上問題となるわけではない︒なお︑こ
れに対する考え方としては︑地域又は相手方によって異なる費用を反映した対価を差別対価の行為要件には該当し
ないと考えるのか︑それとも行為要件に該当しても公正競争阻害性がないとみるのかという点がある ︵
︒しかし︑ 17︶
現行の差別対価規制は︑法定類型及び指定類型ともに︑行為要件に該当する場合に直ちに公正競争阻害性が推認さ
れる﹁正当な理由がないのに﹂という文言ではなく︑行為要件に該当しても個別的に公正競争阻害性の判断が行わ
れる﹁不当に﹂という文言が付されているので︑どちらの見解に立つとしても︑結果に大差はないといえよう︒し
たがって︑差別対価規制においては︑どのような場合に公正競争阻害性が認められるかが最大の課題となってく
る︒
さらに︑今日では︑市場における有力な大規模事業者同士による価格競争が激しく展開される一方で︑それ以外
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一︶ 一六三 の一般的な中小事業者には到底対抗しえない低価格設定が行われ︑それが常態化している流通業において︑独占禁 止法がどのように対応しうるかという問題も指摘されている ︵︒すなわち︑有力な大規模事業者の仕入価格と一般 18︶
的な中小事業者の仕入価格との間には取引量や時期などを反映した取引コストの差を大きく超えた格差が存在し︑
中小事業者にとっては対抗しうる購買力もないために︑現実的には代替しうる取引先を選択し︑大規模事業者との
価格競争において対抗していく機会がそもそも存在しないという状況にあるが︑独占禁止法は何らかの対応を取り
得るのかという問題である︒上述のように︑競争者の排除という観点から差別対価を捉えて︑公正競争阻害性の有
無を低い対価が原価割れであることを基準としてしまうと︑価格競争を展開している大規模事業者が原価割れの低
価格設定をしないかぎり不当な差別対価には当たらないことになる︒このような問題は︑競争の結果としてやむを
得ないものとするのか︑それとも市場における有力な地位にある事業者の行為を何らかの形で捉えて規制すること
にするのか︑見解は分かれているところである ︵
︒差別対価規制は︑これまでも優越的地位の濫用との関連性が指 19︶
摘されてきているほか︑EU競争法における市場支配的地位の濫用規制のような新たな規制の枠組みの導入も視野
に入れた検討の必要性が指摘されている ︵
︒ 20︶
なお︑差別対価は︑排除型私的独占の実行手段として用いられることもあり得る行為である︒近年︑排除型私的
独占には課徴金制度が導入され︑法運用の面でも注目されている︒後述するように︑不当廉売ガイドラインだけで
はなく︑排除型私的独占ガイドラインにおいても︑差別対価規制の運用に当たっての考え方が示されており︑差別
対価規制を考えていくうえでは重要である︒