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緩和ケアをどのように進めるか(臨床死生学研究シンポジウム) 利用統計を見る

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Title 緩和ケアをどのように進めるか(臨床死生学研究シンポジウム)

Author(s) 兼松, 誠

Citation 聖学院大学総合研究所 Newsletter, Vol.21-No.5, 2012.3 : 33-34

URL http://serve.seigakuin-univ.ac.jp/reps/modules/xoonips/detail.php?item_i d=3861

Rights

聖学院学術情報発信システム : SERVE

SEigakuin Repository and academic archiVE

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報 告

 2012年1月28日、聖学院大学総合研究所カウン セリング研究センターにより、シンポジウム「緩 和ケアをどのように進めるか」が開催され、54名 の参加があった。日本社会が高齢化する中、我が 国の二人に一人はガンで亡くなっているという。

これを受けて、生命・質を重視する緩和ケアの重 要性が指摘されるようになった。今回のシンポジ ウムでは、三人の医療従事者に自らの臨床体験を 踏まえて、緩和ケアと宗教の関係について語って いただいた。

講演 1 .「緩和ケアをどのように進めるか――基本 的ケアとスピリチュアル・ケアの力」

    河 正子(NPO法人 緩和ケアサポート グループ代表・看護師)

 V・ヘンダーソンによれば、看護の機能は健康 の回復の手助けだけでなく、患者自身の「平和な 死への道」をも包含している。河氏は、自分がホ スピスで運営したかったのは、まさにこの平和な 死への道を手助けすることであったという。

 河氏のホスピスでは緩和ケアはチームで行われ ている。チームは、医師、看護師、ソーシャル ワーカー、チャプレン、ボランティアの人々で構 成されている。河氏は緩和ケアの営みを通じて、

以下のことを学んだという。①専門職として苦痛 症状マネジメントに最大限の努力を払う、②看護 の基本は変わらない(ヘンダーソンの基本となる 14項目の大切さ)、③普通の人としての感じ方、

考え方を失わないで本人の意向を尊重する、④ チームで関わる意義(多様な人が知恵を合わせて ケアにあたる、支え合う)、⑤解決できないこと はたくさんある。この最後の解決できない問題が、

本シンポジウムのテーマに直接的に関わっている。

何故なら、その問題とは、死までの過程で自分ら しさがなくなってしまうことを嘆く苦悩、あるい は死そのものに対する恐れ、つまりスピリチュア ルペインにほかならないからである。河氏は、平

和な死の実現にはこの領域のケアを意識する必要 があると主張する。身体的な回復が望めないよう な状況になっても、損なわれずに残る部分がスピ リチュアルな領域であり、それを意識することで 得られる力がある。ケアの対象とケアする者とが、

このスピリチュアルな領域でつながっていくとこ ろに、ホスピス緩和ケアの本質があるのではない か?患者の苦悩は解決できないかもしれないが、

ケアは「共有したい」という気持ちを伝えていく ことはできるはずであり、このスピリチュアルな 領域での人と人のつながりが、ケアコミュニティ の基盤になっていくのではないか?以上が河氏の 講演の骨子である。

講演 2 .「〔治癒物語〕に込められたスピリチュア ル・ケアの原型と普遍性」

    黒鳥偉作(津久井赤十字病院・内科医)

 「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯し たからでもない。神の業がこの人に現れるためで ある」(ヨハネによる福音書 / 9章 3節)――目 の見えない人についてイエスはこのように述べて いる。かつては、病を背負う意味は神との関係の 中で捉えられていた。そして、病人たちが放逐さ れていた場所「荒れ野」は、回心の起こる場所で あり、終末的救いの始まる場所であった。そして、

絶望から抜け出せない重荷を背負わされた病人と 神との間に立ち執り成しを行うことが隣人愛の実 践であった。黒鳥氏によれば、このようなキリス ト教の関わりはスピリチュアル・ケアの目指す方 向性と変わらない。スピリチュアル・ケアもまた、

人生の矛盾に向き合っていくこと、この世の出来 事は避けることができないという私たちの限界を 受け止めながら答えの出ない「問いかけ」を支え 続けることであるからである。

 スピリチュアル・ケアは人生の危機の叫びに対 して特に発揮される。難病や不治の病に対しても

「もうだめですね」ではなく、治らない病気に

臨床死生学研究シンポジウム

緩和ケアをどのように進めるか

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罹ったからこそ「だから、あなたを見捨てない」

という姿勢がケアの本質に不可欠となる。答えを 出すことではなく、「問いかけ」を支えるという 行為こそが偶然と必然に苛まされる患者とその家 族を受け止める手段となる。

 また、一方で、避けられない喪失や葛藤、関係 性によって生じる罪責感を緩和するために、一般 病院における医療者をふくめた遺族支援などの働 きの重要性も指摘された。

講演 3 .「緩和ケアの提供の場と意識変容の担い手」

    竹内公一(元自治医大講師・真言宗智山 派僧侶)

 竹内氏は、施設での緩和ケアではなく、自らの 経験を踏まえた在宅緩和ケアの可能性について講 演された。竹内氏が紹介されたのは在宅療養支援 診療所で、これは病院医療とは一線を画した独自 の取り組みである。この種の診療所は立ち上げる ことは容易であるが、継続することが難しいとい う特徴がある。何故なら、個人あるいは少人数の 医師によって24時間365日運営することは大変困 難であるからである。そこで竹内氏が構想してい るのが、より大きな組織で対応する、それも大き な病院組織と同等の組織を構成するというもので ある。日本の在宅医療は、それを導入する段階か ら、そのあり方を変革していく段階にあるという

のが竹内氏の認識であった。

 最後に聖学院大学大学院教授平山正実氏による 今回のシンポジウムの総括が為された。結局のと ころ、緩和ケアとはどのような営みなのか?人格 を表わすペルソナという言葉は、その意味の一つ に「響き合う」という内容を持っている。人格的 生命はつながる対象を求める存在だということで ある。緩和ケアに参加し、死にゆく人を援助しよ うとする人の役割は、死にゆく人の「自己超越」

や「脱自己中心化」を促し、かれらが、肉体的生 物学的執着から超越して、新しい対象に「つなが る」ことを助けること、つまり、その舞台設定

(注=ペルソナには舞台俳優がつける「仮面」の 意味がある)をすることにあると言えるのではな いか。以上が、平山氏による総括である。

(文責:兼松誠 聖学院大学大学院アメリカ・

ヨーロッパ文化学研究科博士後期課程)

(2012年1月28日、聖学院大学ヴェリタス館教授 会室)

3 人の講師の講演と、それを受けての意見交換が 行われた。

参照

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