翻刻飛脚関係摺物史料(五)
藤村潤一郎
翻刻飛脚関係摺物史料として︑(一)一‑三七を史料館研究紀要一六号(一九八四)に︑(二)三八‑七三を同 七号
(一九八五)に︑(三)七四i一四二を創価大学人文論集五号(一九九三)に︑(四)一四ご1二一五を同六号(一九九四)に
掲載した︒本号には二一六‑二六三を収録した︒
翻刻許可をいただいた関係各位に深謝します︒翻刻に際しての要領は従来通りである︒
翻刻飛脚関係摺物史料伍)
141
書誌的事項について記す︒
静岡県立中央図書館所蔵駿河国駿東郡原宿渡辺家文書(ωOΦ一︒QQlN)
二一六江戸六組中間は請求番号八四四﹁(江戸六組旦雇頭仲間)﹂で︑表紙は紺がかった灰色で竪一二八ミリ×横一九
四ミリ(以下竪︑横︑ミリを略す)︑四ッ目綴である︒表紙袖上に﹁静岡県立/中央図書/館蔵書印﹂の朱印があり︑その
下に﹁ωO㊤一・ω\N\︒︒念﹂のラベルがある︒本文には九〇×一八〇の枠があり︑一オには右から九〇×三〇に﹁江戸六組日
雇頭仲間﹂︑つぎに九〇×一四五に直径約五三の印鑑がある︒そのつぎに九〇×五の小口がある︒ニオからは小口以外が
六等分されている︒二一ウは小口以外は内に罫はない︒
本文中に貼紙があるので︑*を付した洋数字でその所在を示し︑本文の後に註記した︒なお各丁の替目は一行空きにし
た︒
つぎに滋賀大学経済学部附属史料館寄託近江国犬上郡高宮宿塩谷家文書の﹁江戸六組旦雇頭仲間印鑑帳﹂は請求番号塩
谷文書宿駅三五で︑表紙は紺色で一二八×一九四︑四ッ目綴︑題籏は破損して読めない︒本文見開きで横三七〇である︒
裏表紙見返し奥下に﹁高宮駅﹂と墨書がある︒京橋組の越後屋善助には捺印がない︒また全体に貼紙はない︒
山ノ手組の遠州屋喜助はこの両本共に駿河屋の上に木版で遠州屋を貼付けている︒﹁天明七未年より寛政二戌年迄六
組飛脚屋旧記弐冊之内日本橋組﹂(児玉幸多校訂﹁近世交通史料集﹂七巻=○頁)の天明九酉年正月付の仲間名前書には
山之手組に遠州屋喜助があるので︑ミスプリントの訂正として処理した︒
以上の両本の他に︑福島市金子一郎所蔵本︑(橋本輝夫編著﹁日本郵便の歴史﹂六七頁)は︑金子一郎﹁第10回拙蔵郵便資料(寛)展について﹂(昭和六〇年開催︑九頁)に﹁﹃江戸六組旦雇頭仲間印鑑帳﹄安政元年酉五月︑世話人荒井氏︑木版︑和紙︑横
綴(一Mザco×H⑩.NΩ日)﹂﹁拙蔵本には﹃江州草津四丁目海老屋弥蔵﹄の奥書がある﹂としている︒
つぎに国立歴史民俗博物館・資料委員会管理部資料課編﹁国立歴史民俗博物館館蔵資料概要一九九一﹂(五〇頁)に︑
﹁OO逡酋凋汁諮口認喜翻碧醜一串冨占O卜︒窃]﹂﹁議一b︒.︒︒§麟一〇●Φ8﹂とある︒私は金子本︑歴博本共に見ていない︒
二一九伏見通旦雇頭仲間は請求番号八四五﹁伏見通旦雇頭仲間﹂︑折本である︒表紙は薄い青味がかった灰色で一六
四×=七である︒表紙中央の題籏は灰青色だが︑これが退色の結果かは不明で︑=七×一=である︒袖上に﹁静岡県
立/中央図書/館蔵書印﹂の朱印があり︑その下に﹁oQ8一.ω\N\︒︒ホ﹂のラベルがある︒本文は約一六三×六九六であり︑
本文中の枠は外側で竪一五九︑内側で竪一五六︑つまり三の厚みの枠である︒最初の部分は先ず一〇八×五六に印鑑があ
り︑直径は約五一︑ついで一五六×六の小口相当分白紙︑ついで一名当り一五六×三六が三行あり︑再び一五六×六の白
紙︑この配列があと三回続いて最後に印鑑部分と大略同サイズに文言がある︒翻刻に際して︑小口相当分は一行空きにし
翻刻飛脚関係摺物 史
143
た︒以下同様である︒
註記した*AlCは請求番号八五二﹁(通旦雇仲間印鑑)﹂の内で関係する仲間の交替についての通知書付と貼紙である︒
これは短冊を真中で折り上下に書かれている︒本来は切断して半分を貼紙分として貼付けるべきものだろう︒一括して巻
紙があり﹁原宿﹂と書いてあるので︑一度に送付された可能性もある︒
二一八伏見旦雇頭新仲間は請求番号八四八﹁伏見旦雇頭新仲間﹂︑折本である︒表紙は元は恐らく濃紺色で退色して
いるのだろう︒一六四×=四で︑中央上部にある題籏は薄茶色で九二×三五︑文字は黒色である︒袖上に﹁静岡県立/
中央図書/館蔵書印﹂の朱印があり︑その下に﹁ω8ドω\N\︒︒軽︒︒﹂のラベルがある︒本文には一五五×六七五の枠があり︑
その内で最初の横一〇五の区劃に印があり︑直径は五〇である︒つぎに小口相当分が横六で白紙である︒横三五が三行あ
って小口相当が続く︑三行分は四箇あり︑最後の横一〇六に文言がある︒註記した*AlFは請求番号八五二﹁(通旦雇
仲間印鑑)﹂の内で関係する交替通知書付と貼紙である︒
二一九大坂通旦雇頭仲間川西組は請求番号八四六﹁大坂通旦雇頭仲間川西組﹂︑小横本︑四ッ目綴である︒表紙は鼠
色でコニ一×二〇一︑奥に白色の題籏があり九七×二六で枠がかけられている︒袖上に﹁静岡県立/中央図書/館蔵書
印﹂の朱印があり︑その下に﹁ωO曾・ω\N\︒︒ま﹂のラベルがある︒本文の一オには一二八×一八一の枠があり︑横三五︑
同一四一︑同五に区切られ︑最後の同五は小口である︒印は角の丸い四角で六五×四八である︒ニオから横約三〇の区劃
が五箇で一頁分になっている︒五ウは罫がなく文言である︒
二二〇大坂上町組印鑑は請求番号八四九﹁大坂上町組印鑑﹂︑小横本︑四ッ目綴で︑表紙は薄茶色︑一五九×二二八
である︒奥上に題籏が水色で=五×二八︑二重枠である︒袖上に﹁静岡県立/中央図書/館蔵書印﹂の朱印︑その下に
﹁G︒8ドω\図\︒︒お﹂のラベルがある︒本文には一三七×二〇五の枠があり︑小口に丁数を示す数字はない︒一オは横六九
と;ご二に区切り︑極印は七二×六三である︒ニオからは=二七×五〇の区劃四箇で︼頁分であり︑最後は文言で区劃は
ない︒
二二一大坂両組印鑑は請求番号八五一﹁大坂両組印鑑﹂︑小横本︑四ッ目綴である︒表紙は薄茶色︑一六八×二二入
で︑題叢は中央にあり水色︑一五×三四である︒袖上に﹁静岡県立/中央図書/館蔵書印﹂の朱印︑その下に﹁ω8H.
ω\N\︒︒α虻のラベルがある︒本文には一五七×二〇三の枠があり︑小口相当分には丁数の文字はない︒一オは横六九と横
=二〇にわかれる︒極印の直径は八九である︒一ウとニオが文言で﹁⁝御召之上﹂﹁道中筋⁝﹂が丁の替目であるが便宜
上︑行空けにしていない︒ニウからは一頁分を五行にわけている︒
滋賀大学経済学部附属史料館寄託近江国犬上郡高宮宿塩谷家文書
二二二京都道中通旦雇請負仲間印鑑は請求番号塩谷文書宿駅四八﹁京都道中旦雇請負仲間印鑑帳﹂で︑三二二×四二
八の折紙︑近江屋新兵衛以後が裏に当る︒ーで示した︒
滋賀大学経済学部附属史料館寄託近江国神崎郡七里村三上家文書
二二一二江州川並飛脚金銀御荷物之通表紙は請求番号三上文書五三二﹁金銀御荷物之通表紙﹂で︑三七五×一四二であ
る︒
滋賀大学経済学部附属史料館所蔵近江国蒲生郡日野町中井家文書
二二四土山宿日野屋請取書は請求仮番号二七六六﹁飛脚送金受取覚﹂で︑二九二×一五九である︒
二二五土山宿日野屋金子請取書は請求仮番号二八二三﹁覚(送金子請取覚)﹂で︑二一二九×一五八である︒
二二六土山宿口野屋金子請取書は請求仮番号二七七二﹁金子受取覚﹂で︑二七八×二〇六である︒
二二七水口取次鶴屋請取書は請求仮番号二八二〇﹁覚(為替手形)﹂で︑一六六×一八九である︒
大阪商業大学商業史博物館所蔵佐古慶三郎教授収集文書
二二八尾州飛脚所井野口会所覚は請求番号佐古文書K交通29通信二﹁覚︹尾州飛脚所・井野口会所︺﹂で︑二一五×
翻刻飛脚関係摺物史料伍)
145
一六六である︒
二二九尾州飛脚所井野口会所口演は請求番号佐古文書K交通29通信一﹁口演︹尾州飛脚所・井野口会所︺﹂で︑二七
六×二〇一‑二〇五である︒
横浜市歴史博物館所蔵資料
二一二〇諸国定飛脚所絵図(和泉屋・相仕)は約三三五‑六×約四四二ー四であり︑翻刻したのは奥下隅に七二×一二
〇の枠内にある︒この枠は奥から三︑地から五の位置にある︒絵図は袖下に江戸︑その左上に京があり︑大坂は袖から三
分の一位の上部︑奥上隅に高野山︑奥から三分の一位の上部に富士山がある︒また内宮︑外宮が中央にある︒三都と高野
山は大きく描かれ︑富士山は更に大きい︒東海道︑中山道︑和歌山経由で高野山迄が鳥鰍図風の双六のように配置されて
いる︒
ニゴニ諸国定飛脚所絵図(和泉屋)は三三七×四五二ー四で︑翻刻は奥下隅に七九×七六の枠内にある︒枠は奥から
一一︑地から五の位置である︒絵図は富士山が中央にある他は大略二一二〇と同様だが︑内宮︑外宮は省略されている︒
両図は横浜市歴史博物館編﹁江戸時代の横浜の姿ー絵図・地誌などにみるー﹂(一九九七)一六頁に︑七﹁諸国定飛脚所絵
図﹂︑八﹁諸国定飛脚所絵図﹂として収載されており︑二三〇は裏表紙にもある︒また二一一二は樋畑雪湖監修﹁日本交通
史料集成﹂一輯の口絵に﹁東海道順路図﹂(幕末︑三度飛脚問屋より得意先への年玉物)として掲載されている︒
東京大学経済学部図書館文書室所蔵文書
二三二六日限仕立幸便差立方申上書は﹁以書附御披露奉申上候﹂で二七一‑五×三五五である︒
二三三六日限幸便差立方仕法口上は﹁口上之覚﹂で二七九‑八四×一九一‑二である︒
二三四大和屋︑中筋屋長崎七日限飛脚出日は﹁長崎七日限飛脚出日﹂で一九ニー四×二〇三‑四である︒
この三通は﹁江戸定飛脚和泉屋甚兵衛覚帳万年帳﹂︑請求番号経済学部研究室︑五‑一四四六に貼付してあるもので︑天