NonstandardとAnalogy
井 崎 宏 一
表題のNonstandardという用語について一言しておきたい。言語の本質をふまえて ものをみるならば,ある言語でなにが「標準」かと問うこと自身が,すでに異常で無意味 な態度である。それから外れたものはすべて醜くて,悪いという偏見が「標準」という語 につきまとうのがふつうだからである。標準語とされているものは,社会的,地域的方言 にすぎないのであって,それはある言語圏の中での政治,経済,芸術,教育の伝達のため の共通の道具と見ることができ,標準語と,それに対する方言は,それぞれの果す言語機 能からみれば,優劣はつけ難く,いずれが正しいということもできなくて,区別はもっぱ ら社会的,政治的な考慮に支配される。必要上,その権威を認めざるを得ない学校文法は,
貴族的,保守的精神が,自己保存の必要からつくりだした規範的な規則の体系であって,
過去の因襲の残津だともいえる。記述的見地からいうと,文法書は言語の解剖学であり,
生理学を教えるものでないとは至言である(')。つまり,文法では,まとまりをもち,その まとまっていることに意味がある文を,構成要素である一語一語に分解してその語をあげ つらう。正しい文法を規定しようと自覚的に努力することは,じつは,まったく空しいも のである。T舵'Co"oq〃α/Sty/gi"A"@g歩αの著者であるRichardBridgman はstandardEnglishという用語がもつ,19世紀的な「上品さ」「権力的保守性」の nuanceを嫌い,vernacularという語をもってそれに代えている。かれはvernacu‐
larを"nation'scommonfundoflanguage"と定義している(2)。Bridgmanは とくにアメリカ文学に見られる英語について論じているのだが,作品において,現実の言 語現象をできるだけ忠実に記録したいという欲求を重視し,その欲求の発現が,過去2世 紀の英語の変化の歴史なのだといっている。19世紀初期には,権力と上品な伝統によっ て,卑俗で,無教養ときめつけられても仕方のなかった,おもに下層階級に属する作家た ちの英語は,1世紀の間に変容し,洗練され,大多数のひとびとの承認を得るにいたっ た。もちろん,それと平行して,ひとびとの精神的変化,社会情勢の変化もあった。その 結果,standardという用語があるべきものならば,それは再定義されざるを得なくな ったのである。標準とはまずdescriptiveなものでなくてはならない。あるがままの言 語の様態の認識と受容である。統計的に決定される集団的規範というものが標準の特性を
なすことになる。ふつうstandardに対する語はsubstandardであり,substandard の中にはslang,dialect,vulgarismなどが含まれる。接頭辞が示すように,これ らのものは,上位にあるstandardの下に従属することになる。そこに見られる因襲的価
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