【翻 訳】
「プラーティナのタルシア(一四七七―一四九〇) 」(上)
― クレモナ大聖堂のアルマディオ ―
アルフレード ・ プエラーリ
訳 上 田 恒 夫
タルシア史の研究は︑タルシアのすぐれた表現の源となった高度な 概
イデア念
﹇透視画法︑明暗法︑自然模倣など﹈を
﹇絵画史から﹈一 方 的 に 借 用 し た の で︑ タ ル シ ア 固 有 の 自 律 性 よ り も 造 形 の 他 律 性 を 重 視 し て き た
︵1︶︒ し た が っ て︑ 私 た ち が 聖
アルマディオ具 戸 棚︵ 図 1︶ や 聖
コーロ職 者 祈 祷 席 の 鏡
スペッキオ板
﹇祈祷席背後のパネル﹈
に 表 さ れ た タ ル シ ア の 歴 史 的・ 芸 術 的 内 容 を 明 らかにするためにこの他律性にこだわってきたとはいえ︑ それはただ︑
タルシアの制作プロセスの最初の段階︱タルシア作家が︑歴史と芸術 家個人とに制約された絵画様式の構造を残して抽象し︑木画面に敷き
写すあの準備下
カルトーネ絵の段階︱にまで立ち返って検討しなおそうとしたか らであった︒しかし︑それ自体完結した原
イデア画に対して下
カルトーネ絵の構想が二 義 的 で 受 動 的 だ と い う わ け で は な い か ら︑ 下 絵 を 原 画 の﹁ 翻
リプロドゥツィオーネ案 ﹂ と見なそう︒この翻案にかかる調整作 業は新しい芸術形式の創造とい
う 観点から積極的に検討されねばならない︒ タルシアの歴史的誕生と同時代の美術史への仲間入りはルネサンス
の芸術文化の意義深いエピソードである︒絵画的タルシアが生まれた 直接的前提はすでにヴァザーリの語るところであり︑彼は現実と芸術
的判断を含み込んだブルネレスキの空間概念にまでそれをさかのぼら せ て い る︒ 十 五 世 紀 の 諸 美 術
﹇絵画・彫刻・建築﹈は 造 形 の 詩
ポエティカ法 に よ っ
て﹁古代再生﹂を果たすが︑まさにこの詩法によって絵画としてのタ ルシアは誕生する︒中心の消失点に収斂する直線群は︑これを横断し
画面に平行する二次元の地
カンポの割り付けをあらかじめ決める︒ヴァザー リ は タ ル シ ア を﹁ 木 の モ ザ イ ク ﹂ と 定 義 し︑ ﹁ 木 の 小 片 を ク ル ミ の 板
に 嵌 め 込 み 接 合 し て ﹂ 構 成 さ れ る と い う が︑ こ の 木 片
﹇ピース﹈は 形 式的統一のシステムたるもとの絵の解体と破壊を意味する︒これにつ い て ヴ ァ ザ ー リ は﹁ こ の 仕 事 は も と も と そ の 起 源 が 透
プロスペッティーヴァ視 画 に あ っ た︒というのは︑透視画は鋭角の境界をもっていたからであり︑この 仕 事 で も 小 片 を 一 緒 に 嵌 め 込 ん で そ の 輪 郭 線 を 作 り
︵2︶﹂ と 言 っ て い る︒ タルシアは色彩と三次元空間の織物を編み出す︒
もしタルシアが透視画の教育的図解にすぎなかったら︱事実一部の タルシアはそうであったが︱あるいはまた単に個人的芸術思想の再現
にとどまっていたなら︑タルシアが十五世紀にあれほど広がりを見せ た理由を問うほどの価値はなかっただろう︒絵画様式に由来する技法
の合理主義的原理を我がものとすることによってタルシアはその古里 である文化の担い手になったが︑それはタルシアが造形的総合の方法
を確立したからであった︒ 木の絵画性とは︑芸術に由来するひとつの認識であり︑人間の判断
に よ る 自 然 の 贖
あがない と い う エ ピ ソ ー ド で あ る︒ 木 材 の さ ま ざ ま な 色 に︑ また断面にあらわれた内部の木
もく理
りと杢
もくに︑近代の思想・芸術が実践的 に かちえた成果が適用される︒タルシアの実用的・装飾的目的に使用 さ れ た 木 材 は︑ レ オ ナ ル ド 以 前 の︑ 科 学 と 芸 術 の 新 し い﹁ 目
サペール・ヴェデールの 知 識 ﹂
によってその可能性を広げた︒空間の計測としての透視画的視覚の科 学 的 原 理 は︑ ま さ に ガ リ レ オ が﹁ 自
リブロ・デラ・ナトゥーラ然 の 本 ﹂
﹇スコラ学者が本によったのに対する言葉﹈
と 呼 ぶ テ ー マ に︑ ま た︑ 人 体 解 剖 に な ぞ ら え た 植 物 の有機的構造の分析に適用される︒新しい意図にもとづいて︑木材の
なかに気候・場所・季節の変化︑たとえば︑均一なあるいは異常なふ るまいが︑また︑樹木の心材・辺材・形成層といった内部を構成する
諸部分の分布の偏
かたよりが︑識別される︒ アルベルティは﹃建築論﹄の一節で︑人体解剖と比較して︑木材の
性質について説いている︒ ﹁ワァルロによると
﹇中略﹈木材の色が白い ものはいずれも︑色のついた材より緻密さの点で劣るが︑柔軟な点で
は優る︒どんな材質であれ︑重いものは軽いものより緻密で堅い︒軽 い も の ほ ど 弱 い し︑ 屈 曲 し た も の ほ ど 堅 牢 で あ る︒
﹇中略﹈こ の よ う
にワァロは述べている︒さらに︑どんな樹種であっても︑髄
ミドッロ質部が少 ないものほど強く堅い︒髄に最も近い部分は他の部分よりも堅牢で緻 密 で あ る︵ 心
ドゥラーメ材 ︶︒ 樹 皮 に 近 い 所 は 繊 維 質 が 一 層 強 靱 で あ る︵ 辺
アルブルノ材 ︶︒ 樹木に関して︑一番外の樹皮をあたかも動物の皮のように考え︑筋肉
に当たるものに樹皮の下の幹の外周部を︑骨に相当するものに髄質の まわりを包む幹の内周部を考える人がいることは確かである︒また植
物の節は神経に非常に似ている︑とアリストテレスは言っている︒木 材 の あ ら ゆ る 部 分 の う ち︑ 質 が 最 も 劣 る 所 は 辺 材 の 箇 所 と 思 わ れ る︒
その理由は特に舟食虫に全 く抵抗力を持たぬからである︒その他︑立 木 の時︑正午の太陽に向いていた側は︑他の側より乾燥がひどく︑や
せて︵より白く︶成長も劣り︑結局一層密になっている︒要するに横 断面でこの方向に木髄が偏り︑樹皮寄りに位置することになる︒また
幹のうちでは大地や根に接続していた部分︵樹幹︶は他より重い︱こ の部分は水中で辛うじて浮くのが良い証拠である︱︒どの木でも︑中
心部の木目は他より縮れているし︑根に移る所に近づくほど︑ひどく 屈曲する
︵3︶﹂︒
幹の断面︱ ﹁ 木口﹂ ・﹁板目﹂ ・﹁柾目﹂ ︵髄の放射方向︶ ︵図
年輪の形状の変化のために模様と色味が違って見えるから︑それぞれ 17 ︶︱は
の断面にそれぞれの﹁見え方﹂がある︒ 絵画としてのタルシアをはじめた芸術家たちは︑木の自然の表情を そのまま残し︑木工職人の手ぎわあざやかにピースを組みあわせるべ く大きな 地
カンピトゥーレ板 をつくった︒カノツィ ・ ダ ・ レンディナーラ兄弟
﹇プラーティナの先達であるロレンツォとクリストーフォロ﹈
に よ る タ ル シ ア の い くつかの地には︑画面隅の荒い台板および充填のために挿入された不
規則な接合部に細いノミ跡が残され︑作家の果たされなかった行為を 思 い 起 こ さ せ る︵ 図
18 ︶︒ こ の よ う な 木 材 の 特 性 は︑ 大 理 石 が ロ マ ネ
スクの彫刻家に対して与えたのと同じような感覚的ヒントをタルシア 作家に与えたに違いないが︑両者の違いは︑ロマネスクの彫刻家がビ
ザ ン テ ィ ン 的 構 造 の 究 極 的 イ デ ア
﹇聖像の霊的本質︑原型﹈に 造 形 性 を 与えたのに対して︑タルシア作家は透視画の結構の上に形を定めたこ
とにある︒パドヴァの聖職者祈祷席にカノツィ兄弟が使用した樹種に ついて︑ゴンザーティは﹁クワ︑ ナナカマド︑糸杉︑エステのヤナギ︑
カエデ︑ナシ︑乳香樹︑甘草︑ツゲ︑桜︑黒檀︑ギョリュウ︑トネリ コ︑その他漠然と白い木と記された樹種
︵4︶﹂を挙げているが︑ここには
余計な樹種が含まれる︒少なくとも黒檀はそうであ り︑反対にもっと 知 られた樹種が挙げられていない︒一四六一年から一四六五年の間に
カノツィ・ダ・レンディナーラ兄弟が交わした木材購入の契約に関す るいくつかの未刊の記録から︑ 選ばれた樹種はクルミ︑ 洋ナシ︑ モミ︑
ポ プ ラ︑ ク ワ︑ 糸 杉︑ ニ レ︑ 黒 い 材 で あ る と わ か る︒ ﹁ 黒 い 材 ﹂ は 黒 檀ではなく︑半炭化したナラ材か︑あるいはこの名称がほかの樹種を
いうのであれば何らかの樹種の心材
﹇あるいは赤身﹈を指すか
︵5︶︒ 樹種はそれぞれに︑絵の具の色合い・明るさ・濃さ・透明度に相当
する異なる効果があり︑どの効果のものを選ぶかは切り取られるピー スのアウトラインに応じて決まる︒それによって年輪や繊維の運びが
見定められ適切にピースは切り出され︑明快な幾何学的フォルムと緊 張感がタルシアに与えられる︒木素材のたしかな絵画的素質は透視画
空間をいかに表現するかをめぐる視覚的議論を讃える︒同じ樹種のど の部位を取るかを柔軟に判断し多様な色味を選ぶことによって色の幅
が拡大し︑その結果︑分析的色調の案分を目的としたピースの分割が 決まる︒
プラーティナはまさしくダ・レンディナーラ兄弟と同じように︑今 も ロ ン バ ル デ ィ ア で﹁ 溺
アンネガータれ ナ ラ ﹂
﹇埋没ナラ﹈と 称 し て い る 黒 い ナ ラ 材
を広範に使っている︒これは半炭化した不揃いの繊維をもつ材で︑繊 維質の細胞間組織の波打つ皺は︑篩部の内を取るか周辺を取るかで間
隔 の 粗 密 の 違 い が 出 る
︵6︶︵ 図
のナラの黒の地は中和した古い壁材からとるが︑材自体として透視画 21 ︶︒ タ ル シ ア で は 靄 の か か っ た よ う な こ 法にとらわれない抽象的平面であるにもかかわらず︑波
マッキア状木理しだい で奥行きは浅くも深く もなる︒それがゴシック絵画の夜景という﹁否
定 的な﹂色彩を想起させるとしても︑中世の色彩観が﹁他の諸色の尺 度﹂たる白と対比して黒を規定するあの両極的スケール
︵7︶とは無縁であ る︒ダンテにとって﹁白さは他のどの色にもまして︑物体的な光に満 ち た ひ と つ の 色 で あ る
︵8︶﹂︒ し た が っ て 白 さ は ま ぎ れ な い 純 粋 な 物 質 た
る光にして色である︒他方︑ルネサンスの色彩は空間︱フォルムは空 間 の な か で 決 ま る ︱ の な か で 光 と 相 関 す る︒ ピ エ ロ・ デ ラ・ フ ラ ン
チ ェ ス カ の 絵 に お い て は﹁ 色 の ス ケ ー ル の 両 端 で あ る 黒 と 白 そ の も の ﹂ は﹁ も は や 明 暗 に で は な く 色 に 属 す
︵9︶﹂︒ し た が っ て 色 は そ れ 自 体
の ス ケ ー ル を ほ か の 色 と の 三 次 元 的 関 係 の な か で 生 み 出 し︑ 相 互 の ﹁ 距 離 ﹂ を 決 め る︒ ア ル ベ ル テ ィ の い う 諸 色 の﹁ 親
アミチツィア和 力 ﹂ と は︑ 空 間 のなかでそれぞれの色を結びつける引力であり絆である︒こうしてゴ シック絵画の色彩のパレットがルネサンスの透視画にもた らした貢献
が 理解される︒さてタルシアの絵画的性質はゴシックの色彩の金属的 表 現 を 思 わ せ る も の を 多 分 に も ち︑ 色 彩 の 完 全 な 分 割 を 求 め て い た︒
クリストーフォロ ・ ダ ・ レンディナーラは若い頃の一四五七年
﹇サン・プロスペロ教会コーロのタルシア﹈
︑ ロ マ ネ ス ク = ゴ シ ッ ク の 大 理 石 象 嵌
︱黒地に動物を﹁オプス・セクティレ﹂風に象嵌した構成において
︶10︵
︱ を参考にしていた︒しがたって︑パドヴァのサント・アントニオ教会
の
﹇旧﹈コーロ︵図
ゴ ン ザ ー テ ィ の 記 述 に よ れ ば︑ ﹁ こ の コ ー ロ は 種 々 の 石 と ブ ロ ン ズ 19 ︶はそれにインスパイアされたのである︒
をもちいて上質の多様性をもって囲われていた︒すなわち︑二十四本 の付け柱︱そのうち十本は白い石︑四本は赤い石である︱・・・その
上に白い柱礎が接続し︑それを赤い石が挟み︑二十の柱間を等間隔に 空 け︑ そ の う ち 八 つ の 柱 間 を 赤 い 石 で 埋 め︑ そ の 上 部 に 白 大 理 石 装
飾 で 縁 取 っ た つ や の あ る 黒 の 格 間 が あ る
︶11︵
﹂︒ こ れ は ト ス カ ナ 風 大 理 石 鏡
スペッキアトゥーラ板 に即応し︑コーロ内部のドナテッロの祭壇に取り入れられて
い る︒ ダ・ レ ン デ ィ ナ ー ラ 兄 弟 の タ ル シ ア は︑ 金 象 嵌
﹇ママ﹈を ほ ど こ し た ブ ロ ン ズ の 彫 り 物
﹇旧コーロのそれ﹈や ド ナ テ ッ ロ の 大 理 石
﹇同教会の祭壇﹈
に 絵 画 的 に 共 鳴 す る も の を 認 め は し た が︑ そ れ は︑ つ や とくすみ綯交ぜの輝きをタルシアが本来的にもっているからだ︒ピエ
ロ・デラ・フランチェスカは︑ロレンツォに﹁一連の原画﹂を提供し て責任を果たした︒そこで思い出されるのが﹁コンスタンティヌス大
帝の夢﹂のとばりを開いた天幕のなかの﹁夜の﹂黒とモデナの﹁四福 音 史 家 ﹂︵ 図
20 ︶ の タ ル シ ア の 黒 地 で あ る が︑ 黒 は 空 間 の 深 さ を あ ら
わすとともにフォルムの下支えのはたらきをしている︒ ﹁というのは︑ 光 と 影 は 物 を 浮 き 上 が っ た よ う に 見 せ る か ら で あ る
︶12︵
﹂︒ 半 炭 化 し た 黒
いナラ材は︑かすかな震えと﹁極微の光﹂によって画面に生気を与え る︑平行な繊維からなる天然の﹁木理﹂を利して︑このような抽象の
効果を三次元空間との関係において実現する︒年輪の線の粗密を吟味 して選ばれたピースは透視画の規則にしたがってたがいに組み合わさ
れる︒条理の乱れによって表面が荒れることがあるが︑これは平滑な 鏡板に不規則な波状木理があらわれるからであり︑樹木が冬期に樹液
を蓄えた髄質部の嚢の部分が波状木理にあたる︒ 受 胎 告 知 の﹁ 大 天 使 ガ ブ リ エ ル ﹂︵ 図
6 ︶ で は ユ リ の 茎 の 後 ろ の 部
分の背地は大天使の肩越しのそれよりも条理の幅が広いが︑これは幅 の 広 狭 に よ っ て︑ 大 天 使 の 仰 角 表 現 と あ わ せ て
﹇構図に﹈集 中 と 拡 散
の変化をつけるためである︒こうして木素材の表面は透視画の平面に 変容 する︒ ﹁ 聖ヒエロニムス﹂ ︵図
5 ︶では︑背景の天然の木理は右側
で 間 隔 が 狭 く 中 央 で 広 い が︑ 空 中 の 聖 書 の ペ ー ジ と 帽 子 の 間 の 黒 の ピ ー ス は 視 点 に 対 応 し て 奥 方 向 へ い く ぶ ん 傾 斜 し た 平 行 線 で あ る︒
﹁ 受 胎 告 知 の 聖 母 ﹂︵ 図
果 物 鉢 の あ る 静 物 ﹂︵ 図 7 ︶ で も 同 様 の 工 夫 が 見 ら れ る︒ ﹁ リ ュ ー ト と 11 ︶ で も︑ モ チ ー フ の 見 え 方 に 応 じ て 間 隔 の
広狭のある︑プランに平行する条理が背地に認められる︒ 年 輪 の 二 色 ︱ 冬 期 の 年 輪 は 明 る く 秋 期 の は 黒 い ︱ が 線 の 太 さ の 違
い︑明暗の調子の違い︑全体的な色の分布の違いとなって︑材の断面 にあらわれる︒この二色がはっきりとあらわれる針葉樹が非常に緻密
な 場 合︑ 年 輪 と 放 射 出 髄 の た く ら み に よ っ て︑ 色 素 が 細 や か に 震 え︑ 画面に当たった光がさざ波のように乱れる︒次に︑材が多かれ少なか れ樹脂を含むという事実が木に油彩画の輝きを与える︵そのような木 の 性 質 に つ い て ダ ン テ は﹃ 神 曲 ﹄ の 煉 獄 の 谷 で﹁ き ら め き︑ 澄 明 な ﹂
木 と う た う ︶︒ 人 文 主 義
﹇タルシア﹈が 歴 史 か ら︑ 科 学 と 芸 術 の 素 材 と して理解される前ガリレオ的﹁自然の本﹂へと逆戻りしたということ
は︑造形のシンボルである線・色・調子・明暗を原初的表現記号に戻 したということであるが︑他方︑歴史への﹁帰
リトルノ還﹂はこの両者を同一
のものとして扱い総合するタルシア作家の作業によって成しとげられ る︒ こ う し て 手 段 と 目 的 が 一 致 す る︒ ﹁ 静 物 ﹂ の 手 前 で 半 開 き に あ ら
わされた扉では自然の木目は透視画の遠近の運びに一致し︑実際には 個々のピースを寄せているだけだが︑まるで扉の形をした一枚のピー
スに小さなピースを彫り込み象嵌しあるいは彫り抜き象嵌しているか のように見せかけている︒
タルシア作家は︑性質上同じ特徴をもつ木材を見分けて類別してい る︒カノツィダ・レンディナーラ兄弟とプラーティナが使用したこと
が わ か っ て い る 樹 種 で 言 え ば︑ 洋 ナ シ︑ ツ ゲ︑ ニ レ︑ カ バ︑ カ エ デ︑ ヤナギ︑ポプラのように表面が均質緻 密で平滑な樹種︑マツに見られ
る ような年輪の二色が明瞭で通直な樹種︑ナラの自然木︑そしてクル ミ︑クワ︑トルコオーク︑糸杉のような不規則な組成のために明暗が
まじり合い︑鉱物質の凝固物を含む樹種である︒それぞれの木は︑植 物 が 語 る 色 合 い と 色 調 の パ レ ッ ト を も っ て い る︒ ﹁ リ ュ ー ト と 果 物 鉢
のある静物﹂ では︑ 彫り抜き象嵌した ﹁両扉﹂ の明るいナラ材と ﹁棚板﹂ の辺材のクルミが︑明と暗の豊かなモノクロームの輝きを生み出して
いる︒西洋スモモ︑洋ナシ︑カエデ︑カバは平滑︑均一で﹁光沢があ り﹂ ︑色がきらめく︒輝かしい﹁家並みの道﹂ ︵図
13 ︶では︑家屋の部
屋に使われた黒のナラ材は無煙炭のように強く光を反射する一方︑ク ル ミ と︑ 洋 ナ シ︑ ナ ラ︵ 自 然 木 ︶︑ カ バ と 組 み 合 わ せ の 対 比 は︑ 反 射
の輝き・陰影・くすみに変じる︒アーチや窓の開口部の陰影には黒い ピースの繊維を水平にかつ面に対して平行に置く︒こうして画面を照
らす光の方向に感応する黒の基底がつくられる︒ナラ材の黒に︑洋ナ シの心材による丘の背後に広がる空のカバの藁色が対置されるが︑こ
れ は
﹇前景の﹈道 路 舗 装 に 再 度 用 い ら れ て い る︒ 透 視 画 の 色 面 構 成 の 決 め 手 に な る 明 る い 背 景 な い し 黒 い 背 景 は 頻 繁 に 見 ら れ る も の で あ
る︒ 木の断面構造が︑内的なまとまりのある描写の一部にそのまま持ち
込まれることがある︒工芸の自然は﹁絵画を楽しんでいるように思わ れ る
︶13︵
﹂︒ な ぜ な ら 工 芸 の 自 然 は タ ル シ ア の 描 画 と 彩 色 に ふ さ わ し く 選
ばれ取り入れられるからであるが︑それがまさにタルシアである︒た と え ば ク リ ス ト ー フ ォ ロ・ ダ・ レ ン デ ィ ナ ー ラ の 作 品 に 見 ら れ る よ
う に
︶14︵
︵ 図
の二色が規則的かつ間隔が広ければタルシアの家の屋根の表現に︑狭 21 ︶︑ イ タ リ ア 産 の マ ツ の 先 端 部 の 板 目 の 小 さ な 板 は︑ 年 輪
ければ極薄のものの表現︑たとえば閉じた書物の木口・天や︑櫛を入 れた髭のマスに使われる︒つまり木の構造がタルシアのデザインに組
み込まれる︒下絵に描かれた対象の意味に忠実であればあるほど︑描 くべき対象の実際の形から離れる︒木で作られたものを木そのものを
使って描写することがよくある︒たとえば小戸棚の扉・棚や小箱の内 側・切り株の断面・家具調度・大工道具・楽器がそうであるが︑これ
ら の テ ー マ の 幾 何 学 的 フ レ ー ム
﹇タルシア﹈へ の 移 し 替 え は 隠 喩 的 同 語反復にもとづくように思われる︒こうして統一的関係の秩序として の タ ル シ ア に 統 合 さ れ た 手 段 と し て の 木 素 材 は︑ 目 的 と 同 じ に な り︑ 木 素 材 本 来 の 性 質 は 対 象 の 意 味 と 素 材 の 意 味 が 互 換 さ れ る 契 機 と な
る︒ 植物には︑空気︑光︑樹液︑四季の 変化などの一連の作用から生じ
た 自然の表情があるが︑一旦それが形象記号として認められると︑一 般的記号が順次歴史に組み入れられていった記号システムの仲間入り
を 果 た す︒ そ し て タ ル シ ア が な ぜ あ れ ほ ど 普 及 し た か は︑ メ ジ ャ ー・ アートの形式と内容を直接反映せざるをえないものの使用する手段の
制約に起因する様
スティレーマ式素因という単純化を利して新たな内容と形式を獲 得する︑いわゆるマイナー・アートとインダストリアル・アートに共
通する現象から説明できる︒このような経験の上に︑詩法と科学の前 提から出発したタルシア作家たちはその原理と理論を普及させ︑つい
には世に﹁マエストロ・ディ・プロスペッティーヴァ︵透視画のマエ ストロ︶ ﹂と呼ばれるまでになった︒
従来タルシアを解釈するさい︑ともすると原
カルトーネ画︱仮にそれがあった として︑タルシア作家らのデッサン集から選ばれたものであれ︑ある いは﹁無制限の模倣の権能による
︶15︵
﹂偉大なオリジナル作品であれ︱が 想定され︑原画からタルシアへのプロセスは一方向的なものととらえ
られてきたが︑そのような見方は原画とタルシア本来の表現語法との 間に介在する諸関係を見誤っている︒今日私たちは一つの制作に二つ
の異なる作業を認めるが︑原
カルトーネ画から完成作への表現の移行はコンラー ト・ フ ィ ー ド ラ ー が﹁ 内 容 を 探 す 形 ﹂
﹇模倣内容に代って素材が探り当て るフォルム﹈と い う と こ ろ の 相 互 規 定 の な か で 果 た さ れ る も の で あ り︑ そ れ が 芸 術 的 行 為 の﹁ 意
インテンツィオーネ図 ﹂ と い う も の で あ る︒ タ ル シ ア の ピ ー
ス の﹁ ア ウ ト ラ イ ン ﹂ や﹁ 鋭 い 角 ﹂︑ つ ま り オ リ ジ ナ ル の デ ッ サ ン に 代わる抽象の作業は︑新しい表現の決定としての形を下
カルトーネ絵に移し替え るための要件である︒このような創
インヴェンツィオーネ意の作業はタルシアによる表現を 規制はするが一方的に表現を押しつけるのではない︒表現形式の統一
に 向 け て︑ こ の 作 業 が 終 わ っ た 刹 那 の 相 対 的 な 完 成 に ま で 導 く の が︑ その役割である︒原画の﹁芸術的﹂内容からタシルアの表現への︑ま
たその逆の工程において︑この相互関係は原画の内容とタルシアの形 式 と の 間 に 食 い 違 い を 生 む︒ こ の 食 い 違 い の 統 一 は 双 方 向 的 で あ り︑
先立つ原画の自律性は︑タルシアが完成したあかつきにはタルシアそ のものの自律性に取って代わられる︒この︑原画の表現内容=意味さ
れ る も の
﹇表現された外界のモノ﹈と の 照 合 作 業 の 段 階︑ そ し て そ れ に 続くタルシア作家の側からする形式の食い違いを調整する創
インヴェンツィオーネ意の作業
は︑ 絶対的価値を失う︒絵画的透視画にあらわされるべき対象︑たと え ばリュート・果物・人物などは︑意味されるものとの照合︱つまり
それらモノたちの理想的真実との照合︱に回され︑照合にパスした真 実が︑形式的手段であるタルシアの認識する真実となる︒樹木の記号
と実物との比較によって︑意図どおりの内容が新しく生まれる︒原画 への﹁回
リトルノ帰﹂はタルシア作家からすれば他律的前提であり制約である
が︑一旦決まった手順としては自律的であり︑それは歴史的・個人的 意味を刻印した抽象ないし様式素因への回帰である︒タルシアの表現
語法がこの抽象への回帰を方法として忠実に取り入れると︑制作の進 展するにつれて次第にタルシアとしての豊かな表現力が自覚されはじ
める︒木画面にそれがはっきりと現れるのは︑ステンドグラスやモザ イクの場合でも同様であり︑色ガラス上あるいは組み合わされた大理 石片の上に原画の様式構造が明瞭に表れる︒ ロベルト・ロ ンギはタルシアを﹁驚くべき技﹂だと明言する︒たと
え タルシア作家が﹁本来絵画的であるタルシアの作り手ではあれ︑も とより画家のものである 創
インヴェンツィオーネ意 を単に製作に移す非常に器用な職人 にすぎない﹂とはいうものの
︶16︵
︒この器用な作業はタルシアの制作工程 に割って入るがゆえに間接的ではあるが︑それはひとつの確
テスティモニアンツァ認作業の ためであって︑それが自覚的に行われれば行われるほど︑そしてその 結果︑下
カルトーネ絵の様式に忠実でなくなればなくなるほど︑下絵の様式は重
みと説得力を増す︒これとは逆に︑テクニックが本来の詩法から遠ざ かり 再
リプロドゥツィオーネ現 が勝ると︑表現語法の障害となる︒確かに︑クリストー
フォロ・ダ・レンディナーラのタルシアとピエロ・デラ・フランチェ スカの場合に見る以上に︑カポフェッリのタルシアの下絵はハイライ
トに至るまでロレンツォ ・ ロットの原画によく一致する
﹇﹁キアロスクーロ﹂と呼ばれたロットの原画をカポフェッリは忠実にタルシアに移した﹈
︒
タ ル シ ア 作 家 が 原
カルトーネ画 を デ フ ォ ル メ す る さ い ︱﹁ 他 の ﹂ 絵
﹇ここでは画家の提供する原画ではなくタルシア作家自身の絵﹈
で 試 み る 場 合 で あ っ
ても︱原画の特徴を露呈する︒デ・バル・コレクション︵パリ︶のク リストーフォロ・ダ・レンディナーラの絵画﹁パドヴァの聖アントニ
ウ ス ﹂︵ 図
す で に 用 意 さ れ て い た が︑ こ の 絵 は 見 ら れ た も の で は な い
17︶22 ︶ の な か に﹁ タ ル シ ア へ の 翻 訳 の た め の 明 と 暗 の 関 係 は
︵
﹂︒ し か し
この絵の芸術的レベルの低さはピエロ・デラ・フランチェスカの原
カルトーネ画 が存在しなかったことで説明されるべきではない︒ここでクリストー
フォロは絵画的タルシアの方法を絵画に移し替えたのではなく︑絵画 的 タ ル シ ア の 意 味 を 本 来 の 意 味 で の 様 式 変 換 を も っ て 絵 画 に 翻 訳 し︑
そ れ に よ っ て︑ こ の 絵 を 意 味 あ る も の と す る こ と が で き た︒ し か し︑ クリストーフォロはこの描画体験︱ある意味で彼の絵は失敗であるか
少なくともできがよくない︱からタルシアにふさわしい本来の形へと 戻ることができただろう︒
バ ッ チ ョ・ ポ ン テ ッ リ
﹇フィレンツェのタルシア作家﹈の ウ ル ビ ー ノ のタルシア ﹁ミネルヴァ﹂ ︵図
23 ︶ と ﹁アポロン﹂
﹇パラッツォ・ドゥカー レ﹁天使の間﹂扉﹈で は︑ 確 か に ボ ッ テ ィ チ ェ リ の﹁ 描 線 の 鑑
かがみ﹂
︶18︵
に 見 る 抑揚とリズムを響かせてはいるが︑その剛胆な表現力はボッティチェ
リのメロディアスな描線を︑人体のアウトライン内部のヴォリューム ︱ 万 華 鏡 を 覗 く か の よ う に 空 間 を 内 視 す る ヴ ォ リ ュ ー ム ︱ に 移 調 す
る︒木端のように尖った大小の平らなピースを散開し凝集させてタル シアは組み立てられる︒ボッティチェリ風の人体は︑光の刃と透視画
の虚空間︱想念のなかの樹幹に記された︱の間で多視点がとらえたプ リズム分光 を思わせる非現実的な切子面を︑身にまとう︒ここに認め
ら れるのは︑技法の自律性と植物素材の雄弁とをあわせもつ様式の獲 得である︒ ﹁想定される最初の絵
﹇原画﹈と作業途上の翻案との関係を︑
その都度正しく判断するための認識力
︶19︵
﹂への招きを受け入れることは まことに理にかなったことである︒
それ自体繰り返しのきかない芸術行為︑すなわち抽象的に推論する ことが可能な一般原理にある程度までこたえるべき制作課題を正面か
ら受け止めて︑同時代の造形文化に合流したタルシアは︑ほかならぬ 絵画のなかにいくらか影響を与えるという歴史的事実を示した︒一例
を引くなら︑十六世紀の十〜二十年代にクレモナで活動したブラマン テ風の逸名画家の場合がある︒これは︑ロンバルディアにおける最初 のタルシアが果たしたレトロスペクティブな役割を明らかにする出来 事 で あ り︑ 形 と 色 を 総 合 す る と い う 透 視 画
﹇タルシア﹈の 意 義 が︑ 間
接的にクレモナ派絵画の伝 統に移植されたことを意味している︒ プ ラーティナの樹種の選定と使用法は確かにダ・レンディナーラ兄
弟に由来するが︑内容のテーマとコンポジションの両面から見て︑マ ン ト ヴ ァ の マ エ ス ト ロ
﹇プラーティナ﹈が 注 目 す る の は︑ も は や ピ エ
ロ・デラ・フランチェスカとの共同による高度な芸術活動に確固と邁 進していた頃のダ・レンディナーラ兄弟の絵画ではない︒一四七七年
﹇プラーティナのアルマディオの制作開始年﹈
の ク リ ス ト ー フ ォ ロ は﹁ ま さ し く 一 四 五 〇 年 の 様 式
﹇ピエロ・デラ・フランチェスカの影響の下でクリストーフォロが制作したサン・プロスペロ教会コーロ﹈
から逸脱しておら ず︑その創造力は当時のピエロ・デラ・フランチェスカにこそ似つか
わ し い ﹂︒ 他 方 ロ レ ン ツ ォ は﹁ 思 う に︑ い く ぶ ん モ ダ ン な フ ラ ン チ ェ ス コ・ デ ル・ コ ッ サ に 共 鳴 し て い る
︶20︵
﹂︒ 近 く の 街 々 か ら 伝 わ っ て き た
絵画様式を反映したプラーティナの下
カルトーネ絵の内容︱プラーティナにとっ て ベルナルディーノ ・ デ ・ レーラ
﹇タルシアの原画を担当した建築家﹈と
の出会いはタルシアの下絵とは何であるかを自覚するよい機会となっ ていた︱が中部イタリアよりは北イタリアの絵画動向に共鳴するひと
つの﹁絵画﹂に翻訳される︒ 北イタリアの絵画へ方向転換は︑細やかに切り分けたピースにはっ
きりとあらわれる︒これによって︑プラーティナのタルシアは︑壁画 風にピースを鷹揚に用いて嵌入しあるいは寄せるダ・レンディナーラ
兄弟の闊達な画面づくりに︑取って代わる︒プラーティナは樹種の特 性をよく吟味した上でピースを小さく切り分け︑光と色の連続的諧調
を整え︑それを途切れなく画面上にあらわすために︑ピース間の継ぎ 目を目立たせない︒調子の変化は繊細すぎずおおらかな色面によく表
れ て い る︒ そ こ に ヴ ィ ン チ ェ ン ツ ォ・ フ ォ ッ パ の ル ミ ニ ズ モ
﹇明暗の対比を強調する表現﹈
か ら の 影 響 が 多 少 は 認 め ら れ よ う が︑ 木 質 の 寒 色
と暖色の抑揚から得られた同様の効果からすれば︑それはヴェネトの 諧
トナリタ調の絵画に結びつく︒
フォッパを想起させるいくつかのピースのきらめきは︑色調の偶然 的対照を見せるために︑調子をはずしている︒ ﹁ソルデッロ広場﹂ ︵図
パ ラ ッ ツ ォ・ ド ゥ カ ー レ
﹇画面右﹈の 平 滑 な 褐 色 の 半 調 子︑ あ る い は 15 ︶の右奥の舗道と小さな家屋とが発する強い光があり︑同じ場面の
﹁ 牢 獄 ﹂︵ 図
これは対面するドヴァーラ家の家屋の舗道にもう一度あらわれる︱が 14 ︶ の 中 の 牢 獄 と 背 あ わ せ の ポ ル テ ィ コ の 正 面 の 輝 き ︱
ある︒あるいは ﹁静物﹂ のモノたちの豊かな照り返し︒ 半身像
﹇の肌﹈︵図
5 ︑ 6 ︑ 7 ︶は 木の輝きが融けた金属のように流れ出し︑明暗の統一
は ピースに炎を当てて焦がす技法によってなされる︒玄関や窓の開口 部 や 軒 の 排 水 口 な ど の 幾 何 学 図 形 の 陰 影 が︑ 光 に 対 置 さ れ る︒ ﹁ 建 設
中の建物﹂ ︵図
家屋の間にはさまった舗道 ︵図 9 ︶に見るポリクロームのブロック︑ ﹁牢獄﹂と正面の
14 ︶︑ そして ﹁イサクの犠牲のある風景﹂
︵ 図
維やこぶの入り混じった木質の違いによるものである︒ 10 ︶ の 山 並 み ︱ こ れ ら の 部 分 の 色 の 濃 さ の 違 い は︑ 木 の 木 理 や 繊
カバ︑カエデ︑西洋スモモのピースは︑明るくつややかな色彩を平 滑に見せ︑家屋の正面︑舗装面そして空に使われ︑空間表現の標準に
な っ て い る︒ 実 物 か と 見 違 え る ほ ど の 対 象 の 質 感 は︑ 果 物︑ ﹁ 大 天 使 ガ ブ リ エ ル ﹂︵ 図
6 ︶ の ユ リ の 花 び ら と 大 天 使 の 巻 き 毛︑ 工 芸 品 ︱ た と え ば ガ ラ ス 瓶︵ 図
4 ︶︑ 果 物 鉢︵ 図
11 ︶︑ 書 物︵ 図
4 ︶︑ カ ン ナ︵ 図 8 ︶︑ ふ く ら ん だ リ ュ ー ト の 胴 ︱ の 表 面 の つ や に よ っ て 喚 起 さ れ る︒
俯瞰され た下段の景観図︵図
14 ︑ めに落ちる広い空が広がる︒中段の街景図︵図 15 ︶では︑丈の高い建物の背後に斜
9 ︑ 12 ︑
13 ︶では︑時
は 高 く 普 段 の 光 に 満 ち︑ 地 平 線 は 高 く な い︒ 上 段 の﹁ エ ル ベ 広 場 ﹂ ︵図
3 ︶には舗装面に平行するかに見える天地逆さまの空がある︒ ﹁風
景﹂の仰角表現はさえぎるもののない空間のなかの丘の稜線をなだら かにする︒そして﹁トロンプ=ルイユ﹂の迫真の表現は︑光と影をも
ちいて︑疑似扉を︑観客側の現実空間につながっていくのではないか と思いこませる︑虚構と現実の接点に仕立てる︒
透視画法的投影の仕組みには︑イタリアのタルシアにも一部及んで いたフランドル派絵画の効果に似た︑レンズのようにモノたちを引き
寄せる効果がある︒最初に用意された木素材と作品のフォルムはぴっ たり一致するから︑木にもとづく自然絵画の現象学が可能になる︒偶
然 に 生 じ た 木 の さ ま ざ ま な 表 情 が ま ず 品 定 め さ れ て フ ォ ル ム が 決 ま り︑フォルムによ って木は合理的に統制される︒ ﹁ リュートと果物鉢﹂
︵ 図
を二分する淡い陰影は︑透視画的に奥に後退する面をつくるカエデ材 11 ︶ で は ア ル マ デ ィ オ の 開 口 部 に お い て リ ュ ー ト の 指 板 と 響 板 と
︱その前半分よりも後ろ半分の方が年輪が密である︱への現実の光の 入射角度が変化すると︑霧消する︒アルマディオの扉を半開きの状態
に す る と︑ 現 実 の 光 は 画 面 奥 の
﹇黒いナラ材の﹈平 行 す る 繊 維 束 に 水 平に照らすので︑その輝きが増す︒そして陰影のなかにあったカエデ
材
﹇リュートの響板の部分﹈は︑ 画面前面の空間効果によってこちら
﹇観客側﹈
へ と 伸 長 す る 疑 似 空 間 に 入 る こ と に な る︒ ﹁ そ の 結 果 ﹂ カ エ デ
材はこの疑似空間のそれと同じ光と調子を得る︒アルマディオの扉を 閉めた状態に戻すと︑外から照らす現実の光はカエデ材の二枚のピー
ス
﹇指板と響板の部分﹈の 継 ぎ 目 の 線 の 向 こ う 側 で 少 々 弱 ま っ て く る︒ す る と 陰 影 の な か の 半 調 子 は も う 一 度 響 板 に 戻 さ れ る︒ ア ル マ デ ィ
オ を 開 閉 す る た び に︑ 色 が﹁ 動 く ﹂︒ パ ド ヴ ァ の コ ー ロ に つ い て ゴ ン ザ ー テ ィ は﹁ そ れ を 見 た 人 び と の 視 点 に 応 じ て︑ 玉 虫 色 の 衣 が 動 く ﹂
と書いていた
︶21︵
︒ これと同じ芸術的直観が︑アルベルティの﹃絵画論﹄では自然の認
識 と し て 説 明 さ れ る︒ ﹁ 驚 く べ き 物 作 り で あ る 自 然 は︑ 美 し い 物 体 に 表
スペルフィーチェ面 をつくっている﹂ ︒また自然は﹁まるでとても小さな雫
しずくのよう に ﹂ 色 を 変 え る︒ ﹁ な ぜ な ら︑ 見 る 位 置 を 変 え る と︑ も の は 大 き く 見 え た り 違 っ た 色 に 見 え る か ら
︶22︵
﹂︒ こ の よ う な 色 の 動 き は︑ リ ュ ー ト の
場合︑実際に扉を開け閉めしてはじめて明らかになる特異な職技の秘 密であっ たが︑それは程度の差こそあれ︑木自体に共通する本来の組
成 ︑すなわち︑線維状や多孔性によって︑また木質表面の絹のような 質感によって光が変化する︑木そのものの組成に由来する︒同様の印
象は︑ 七宝︑ 施釉陶器︑ 金銀細工︑ モザイク︑ ステンドグラスにある︒ 表現の可能性を秘めた透視画法の構造がルネサンスのタルシアを生
んだ第一原因であるとしても︑この新しい美術は︑使われる素材と技 法が形式そのものを規制する︑あの表現形式の直近に位置すると言え
る︒ す な わ ち︑ ﹁ マ イ ナ ー・ ア ー ト ﹂ が ゴ シ ッ ク 絵 画 と い う る つ ぼ に 蓄積した貴重な湯溜まりを温存する一方で﹁メジャー・アート﹂が依
然 と し て そ こ か ら 鉱 物 質 の ク ロ マ テ ィ ズ モ
﹇色彩相互の諧調よりも個別の色価を重視する彩色法﹈
の 貴 族 趣 味 を 引 き 出 し て い る あ の 時 代 の 直 近 に︒ドナテッロはネオ・ビザンティンのモザイクのモチーフとロマネ ス ク の 大 理 石 象 嵌 を ブ ロ ン ズ と 金 に 結 び つ け て い た︒ マ ン テ ー ニ ャ
は
﹇自身が画中に描く﹈彫刻と中世の純粋な色彩とを同一に扱っていた︒ ロ ン ギ は い う︒ ﹁ ど の 画 家 も 石︑ 貴 金 属︑ あ る い は 低 純 度 の 合 金 に 想
を 得 た︒ コ ズ メ・ ト ゥ ー ラ は 金 と ダ イ ヤ モ ン ド に︑ フ ラ ン チ ェ ス コ・ デル・コッサとヴィヴァリーニは堅
ピエトラ・ドゥーラ固な石に︑カルロ・クリヴェッリ は 安 物 の 合 金 に︑ そ し て ス キ ァ ヴ ォ ー ネ や パ レ ン ツ ァ ー ノ・ ダ・ パ ヴ ィ ー ア の よ う な マ イ ナ ー な 画 家 は 錫 に も 想 を 得 て い た
︶23︵
﹂︒ ベ ル ベ ッ
ロ・ダ・パヴィーアは七宝のそれを思わせる色を目立たせて荒々しく 調 子 を 破 り︑ そ の 足 跡 を パ ド ヴ ァ と フ ェ ッ ラ ー ラ に 残 し た︒ ク ロ マ
チックな輝く色彩の﹁過剰﹂様式は宮廷工芸と民衆工芸の双方に見ら れ る 特 徴 で あ り ︱ そ こ で は 手 段
﹇素材と技法﹈が 工 芸 固 有 の 芸 術 性 を
はっきりとあらわしている︱ゴシックの遺物である珍品や豪華素材の 使用と軌を一にしている︒タルシアのはたらきによって︑木材はルネ
サンスの色彩の新しい成果を生む に至った︒ し かし諸芸術の相互関係が広がるに及んでもなお︑遊びを試みる芸
術 家 が 個 別 に い る︒ サ ン ト・ ア ン ト ニ オ 教 会 の ド ナ テ ッ ロ の 金 象 嵌
﹇ママ﹈