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学位論文(著書)の要旨
大村雅彦 はじめに
『比較民事司法研究』は、著者がこれまでに著してきた論文のうち、比較民事訴訟法に 関するものをおさめた個人論文集である。本書の構成は、民事訴訟における情報および証 拠の収集(第1章)、集合訴訟制度(第2章)、アメリカ司法制度改革の潮流(第3章)、お よび、訴訟主体論(第4章)という4つのテーマから成っており、日本法の観点からする アメリカ民事訴訟制度との比較研究という点で、著者のこれまでの研究関心を反映する構 成になっている。そして、とりわけ、第1章「情報および証拠の収集」、および、第2章「集 合訴訟制度」が、近時の著者の研究の中心テーマであり、博士論文審査の対象ともなった。
そこで、以下、この2つの章を中心として述べることとする。
Ⅰ.情報および証拠の収集
民事訴訟において、適正な裁判を行うためには、訴訟物たる権利に関する重要な事実や 証拠が裁判所に十分に提出される必要がある。そうでないと、事案の十分な解明ができず、
心証形成ができない裁判所は、証明責任の分配など、次善の策による解決に頼らざるを得 なくなる。
そこで、裁判所に十分な情報を提出するためには、当事者が重要な事実(に関する情報)
や証拠を入手する手段を、公平に有することが望ましい。このことは、いわゆる「証拠の 偏在」といわれる状況を考えれば容易に分かることであり、その必要性は、現代型訴訟と 呼ばれる事件類型(企業側に重要な情報が偏在する公害訴訟や製造物責任訴訟、医療機関 側に重要な情報が偏在する医療過誤訴訟、原子炉に関する情報が国に偏在する原子力発電 所設置許可取消事件等の環境訴訟など)において顕著であるが、それに限らず、伝統的な 通常の民事事件(特に不法行為事件)においても生じうる。
そこで、事件の事実関係や証拠に関する情報を、適切な時期に当事者が取得する手段を どのようにして整備するかが、各国の民事訴訟制度において共通の課題となる。これに関 する立法例はさまざまであり、わが国でも、文書提出命令(民訴 223 条以下)などの手段 が法定されているが、世界でも最も強力な手段を立法しているのがアメリカ合衆国であり、
いわゆるディスカヴァリ(discovery)や、ディスクロージャー(disclosure)と呼ばれる証 拠や情報の開示手続がそれである。
かなり古くからあるディスカヴァリ制度については早くからわが国にも紹介され、議論 の対象になっていたが、本書第1章「情報および証拠の収集」に収録された以下の4つ論 稿は、1990年代初期からアメリカで導入され始めたディスクロージャー制度を中心に、そ の内容や機能を詳細に紹介し、検討したものである。
(1)「アメリカ民事訴訟における事件情報の早期開示の動向」(1994年)
(2)「アメリカ民事訴訟における開示手続の改革」(1995年)
(3)「民事訴訟におけるディスクロージャーについて-連邦民事訴訟規則における開示
2 合理化の改革-」(1995年)
(4)「新民事訴訟法とアメリカ法-争点整理・証拠収集の比較を中心として」(1997年)
これらの論稿が執筆されたのは、現行民事訴訟法が制定された平成8年(1996年)の少 し前である。それは、わが国の民事訴訟法においては「情報および証拠の収集」手段の貧 弱さが課題であり、著者はその充実方策にかねてから関心を抱いていたという事情が背景 にあり、民事訴訟法改正作業が動き出した頃に、それをきっかけに執筆を思い立った。
(1)~(3)の論稿は、情報および証拠の収集に関するアメリカ法の歴史と1990年代初 めの動向を探ったものである。その当時、アメリカではディスカヴァリ制度の部分的手直 しとは別に、新たなディスクロージャー制度の導入の動きが注目を集めていた。本章の各 論稿では、それが主要なテーマになっている。
ディスカヴァリでは、事件に関する情報を一方当事者が要求して初めて相手方はその要 求された情報や証拠について開示義務を負うことになるが、それゆえに過剰や濫用の余地 もまた生じうる。ただ、ディスカヴァリの過剰や濫用は、何とかして重要な証拠を発見し ようと欲する当事者と、肝心な証拠を埋没させて見つけられにくくしようとする相手方と の、戦術的な駆け引きの結果として生ずる。これに対し、ディスクロージャーは、一定の 基本情報については、相手方の要求を待たずに当然に開示義務を負うとする制度である。
これはウェイン・ブラジル裁判官およびウィリアム・シュウォーザー裁判官によって提唱 されたもので、ディスカヴァリの駆け引き的要素を最小限に抑えて効率化することを目的 とし、若干の裁判所での実験的試行を経て、連邦裁判所の民事訴訟規則に導入された。そ の基本的フィロソフィは、アドヴァーサリ・システムを背景にして訴訟を単なるゲームや 競争のように捉える伝統的発想を反省し、両当事者の誠実な訴訟追行義務と、弁護士の負 う裁判所のオフィサーとしての責務を重視して、アドヴァーサリ原理に一定の修正を迫る ものといえる。もっとも、連邦民事訴訟規則(26 条)において導入された改正は、伝統的 な考えに固執する立場との妥協の産物であり、改革派が主張したような、ディスクロージ ャーを主とし、ディスカヴァリを従とする制度ではなかった。ディスカヴァリの比重は、
かなり制限されたとはいえ、まだ大きいものがあるといえる。
平成 8年の日本民事訴訟法改正後まもなく執筆した(4)の論稿では、情報および証拠の収 集を中心としてアメリカ法と日本法の若干の比較考察を試みている。最近わが国で提唱さ れている事案解明義務論など、証明の負担を相手方に転換する理論には限界があり、それ らと相互補完的に情報・証拠の収集手段を拡充することが必要であると考える。かかる認 識の下に、平成 8 年改正で導入された各種の方策を積極的に評価し、特に当事者照会およ び文書特定手続について、ディスクロージャーおよびディスカヴァリとの比較の視点から その解釈的評価を試みるとともに、改正作業の過程で提案されていた文書情報の事前開示 制度などの方策も必要ではないかとの評価を下している。
なお、本書第3章「アメリカ民事司法改革の潮流」に収めている論稿のうち、「米国にお ける民事司法裁判の現況と改革の動向-民事司法裁判改革法を中心として」(1993年)は、
1980年代から 1990年代にかけてアメリカの民事司法改革の動き、とりわけ、過剰訴訟、
訴訟遅延、訴訟経費といった問題の軽減に向けた改善の動きを追ったものである。ここで も、第 2 章で取り上げたディスカヴァリの制限とディスクロージャー導入に向けた改革の
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試みは大きなトピックの1つであり、これに関して全米でどのようにして実験的な試みが 行われていったかを俯瞰的に論じている。
Ⅱ.集合訴訟制度
一口に集合訴訟制度(collective action)といっても、国や法系により、さまざまなタイ プのものがあるが、共通しているのは、特定個人の権利・法律関係の存否を個人と個人の 間でのみ争う伝統的な訴訟とは異なり、訴訟当事者にはなっていない訴訟外の多数人の有 する権利・利益に何らかの意味で法的な影響を及ぼすことが予定された訴訟だということ であろう。
その典型であるアメリカ型のクラスアクション(class action)は、同一の被告に対して 争点を共通にする請求を有する一定範囲の多数者(この観念的なグループをクラスという)
がいる場合に、そのうちの一部の者(代表原告)が特段の授権を要せずに全員を代表して 訴えを提起することができ、その者が受けた判決の効力が勝訴・敗訴を問わず全員にも及 ぶという訴訟形態である。1966年に導入されたアメリカのクラスアクションに対しては、
なにゆえに代表原告に当事者適格が認められ、なにゆえに全員に判決効が及ぶのか、とい う理論的な説明について賛否の議論があるとともに、その現実に果たす機能についても、
賛否両論がある。
1990年代以降、大量消費社会における消費者の権利救済の必要性が強調されるに及んで、
アメリカ型のクラスアクションそのものまたはクラスアクションに類似する機能を果たす 新たな訴訟形態が、ヨーロッパや南アメリカなど相当数の国々で採用され始めた。わが国 でも、2006年の消費者契約法の改正によって適格消費者団体による差止請求訴訟制度が導 入された際に、多数の消費者の金銭的被害の救済のための制度をどのように構築するかが 立法的課題と明記された(衆議院および参議院での付帯決議)。2009年以降、内閣府および 消費者庁において、そのための研究会が組織され、いわゆる消費者集合訴訟を導入する場 合の制度のあり方が調査・研究されてきた。2012年に、消費者庁は、各種研究会や調査会 の報告書を踏まえて制度の概要を固めてパブリックコメントに付し、2013年4月19日現 在、「集団的消費者被害回復訴訟法案」として閣議決定されるに至っている。
本書第2章「集合訴訟制度」には、次の2つの論稿が納められている。
(5)「消費者集合的権利保護訴訟モデルの予備的検討」(2011年)
(6)「カナダのクラスアクションの基本構造」(2012年)
(5)の論稿は、「集団的消費者被害回復訴訟法案」(以下、「訴訟法案」と称する)とし て取りまとめられる過程で示されたいくつかの制度案を対象として、その可能性と課題を 検討したものである。
消費者庁は、最終的に、「訴訟法案」として取りまとめることになったA案を中心に考え ていた。これは、2つの手続段階からなり(二段階型訴訟)、第1段階の手続は、一定の消 費者団体が原告となり、被告たる一定の事業者が一定範囲の消費者に対して負う給付義務 の責任原因についての確認判決を求める訴訟手続として構成され(すなわち、共通争点た る共通義務の確認訴訟)、第2段階の手続は、個々の消費者がその確認判決の既判力を利用
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しつつ、自己の請求権を行使する簡易手続(個々の消費者の債権確定手続)として構成さ れる。
(5)の論稿は、種々の訴訟法的観点からの検討の結果、A案について、若干の手続面で の課題を指摘しつつも、日本法になじみやすく、理論的にも実際的にも比較的実現可能な 制度として肯定的に評価するとともに、他方で、A 案の第 2 段階の手続には限界も予想さ れ、A案にすら乗って来ないと予想される少額の消費者被害などについては、消費者団体よ りもさらに公的な色彩の強い機関(デンマークの例ではオンブズマン)によるオプトアウ ト型の訴訟手続(きわめて限定された B 案といってもよい)の導入の可能性を示唆してい る。
(6)の論稿は、消費者庁が前掲の「訴訟法案」においてその基本構造として採用してい る二段階構造のモデルとされたカナダのクラスアクションについて、その概要と実際的な 機能の評価を論じたものである。これを収録した背景には、二段階型の発想の基盤を描写 しておくことに比較法的な意味があるとの考慮とともに、上述の限定されたB 案への配慮 も潜んでいる。
要するに、アメリカ型ないしカナダ型のクラスアクションをそのまま日本に導入するこ とは、当事者適格論、既判力論、消費者団体の力量など種々の面から、まだハードルが高 いといわざるを得ないが、これらの点に一定の限定を加えることにより、日本の民事司法 制度との接続が可能な、日本型の集合訴訟制度をさらに追求する余地があるのではないか と考える次第である。
おわりに
本書は、英米法、特にアメリカ法と比較して日本の民事訴訟制度を考える場合に重要な 関心事となる、「情報および証拠の収集」および「集合訴訟制度」という2大テーマについ て、著者の長年にわたる地道な研究成果をまとめたものであり、わが国でもあまり例を見 ない比較法的な研究として、一応の到達点にあるものと自己評価している。しかし、いず れのテーマも、わが国におけるあるべき理想像を引き続き追求しなければならない制度に 関するものであり、現在進行形のトピックであるので、本書に示された著者の研究も 1 つ の一里塚にすぎず、今後もできるだけの研鑽を積みたいと考えている。