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(1)

静岡大学教育学部研究報告 (人文 0社会科学篇)第53号 (2003.3)281〜297 281

学校事務の共同実施の可能性 と課題

Research on the possibility and problem of cooperations among several schools

on efficient performance of school business by school clerical staffs

Fumlo FuJIwARA

(平14年10月7日 受理

)

は じめに

本稿 は、公立小・ 中学校 における学校事務の共同実施の可能性 と課題 について論 じることを目的 と す る。平成 10年 (1998年

)の

中央教育審議会答申『今後の地方教育行政の在 り方 について』において 提言 された学校事務の共同実施は、そのための事務職員の加配 も伴 って現在実施中である。筆者 自身、

静岡県で学校事務の共同実施のために事務職員が加配 されている学校に関わ っている。 そ うした立場 か らの実践的必要性 もあ り、本論文は執筆 されている。本稿では、まず学校事務の共同実施が導入 さ れた背景 について論 じ (1章

)、

学校事務の共同実施の定義を行い、その類型論を整理す る (2章

)。

の上で、各地で取 り組 まれている実践 と筆者 らが既 に行 った小 0中学校事務職員 に対する調査結果

などか ら、学校事務の共同実施を進める上での可能性 と課題 について仮想ケースを もとに (3章)論 ることとする。尚、本研究 は静岡県の小・ 中学校の事務職員の仕事 に対する熱意 と研究への協力がな ければ到底行 うことはできなかつた。 この場をお借 りして感謝の気持 ちをお伝え したい。

一、学校事務の共同実施の背景

学校事務の共同実施が今、事務職員の間で大 きな関心を呼んでいる。尚、本稿でい う事務職員 とは 特 に言及がない限 り、県費負担事務職員のことをいう。そのきっかけとなったのは、平成 10年 (1998 )の中央教育審議会答申『今後の地方教育行政の在 り方 について』 において次のように言及 された

ことである。

      

「学校の規模や実態に応 じて、学校事務を効率的に執行する観点 か ら、特定の学校 に事務職員を集中 的に配置 して複数校を勤務 させ ることや学校め事務を共同実施す るセ ンター的組織を設置す ること等

によ り、学校事務・ 業務の共同実施を推進するための方策を検討すること」

これまで中教審をは じめ各種答申は学校事務の在 り方 についてあまりにも寡黙であった。 この中教 審答申以降、かつてに比較すれば、学校事務の在 り方 は教育政策上において も大 きな関心を呼ぶよ う

(2)

になった。学校事務 に関する関心のあり方は研究において も同様であり、 これまでごく一部の研究者 を除 けば、学校事務の在 り方にそれほど大 きな関心が寄せ られてきたとは言えない。 しか し、中教審 答申以降、学校事務の在 り方には次第 に関心が寄せ られるようになってきていると思われる。②

さて、中教審が学校事務の共同実施を提唱 した背景にはどのようなものがあるのであろうか。次の ような背景 に区分 されよう。すなわち、①教育委員会 と学校、学校間の関係の見直 しという大 きな流 れ、②共同実施 による効率化の可能性、③今後の業務・事務増加の見込みなどがある。以上の背景 に ついて順次論 じていこう。

戦後の我が国の教育委員会一学校、学校間の関係は、教育委員会主導で地域の学校間の格差をで き るだけな くして均等な教育サー ビスを提供すること、そのことを通 じて公立義務教育学校全体の底上 げを図 るということを基本 に運営 されて きた

0。

さらに、そ うした基本的特徴 に加えて、同 じ地域 に 存在する学校 はいわゆる横並 びと言われ る意識の面を別にすれば、教育活動や学校事務は一つひとつ の学校で完結するもの、あるいは完結すべきものとして捉え られてきたと言える。 こうした一つの学 校を完結 した ものとして捉える発想 により、「事務職員は一人か二人の孤立 した存在」となってきたの であ り、「被害」を被 ってきたとも指摘 されている 0

中教審は以上のよ うな旧来の教育委員会一学校、学校間の関係の見直 しを提唱 したのである。つま り、従来のよ うに格差を少な くするという手法に加えて、(1)学校 に自主性・ 自律性を付与すること、

(2)事

務 0業務の共同実施を含めて学校間で連携すること、

(3)学

校選択の拡大 という三つの手法に よ り、公立義務諸学校の水準の維持、発展を図 ることを提唱 したのである。 これ らのそれぞれの手法 は相互 に矛盾する。例えば

(1)学

校の自主性・ 自律性を付与するということと

(2)学

校間で連携す ることとは対立的契機を含んでいる。 この対立的契機は学校事務の共同実施を推進する上で も一つの 課題 として立 ち現れるだろう。0学校事務の共同実施を構想・実施する上では、(2)事務 0業務の共同 実施を含めて学校間で連携することという教育委員会一学校、学校間の関係の見直 しという大 きな流 れに位置付 くものであるという理解が前提 となる。 この学校事務の共同実施はその性格か ら事務職員 のみの課題ではないのである。

学校事務の共同実施が提唱 された もう一つの背景は、全ての学校に一人ずつ配置するよりも、特定 の学校 に事務職員を集中的に配置 して複数校を動務 させることや学校の事務を共同実施するセンター 的組織を設置すること等の方が有効に人材活用が可能であり、効率的であるという考え方である。現 行の国の事務職員の定数基準は、ごく簡単 に言えば例えば小学校では4学級か ら26学級 までの学校 に 一名配置 され、 それ以上の学校には複数配置される。 この基準は国の財政負担上の定数であり、各都 道府県の配置基準 とは異なる。今 日では、学校の小規模化により大半の学校が単数配置 となっている。

平成 13年 4月 現在で静岡県の810校の小・中学校の うち、複数配置はわすが40校であ り未配置校は

4

校にすぎない。単数配置の条件は、4学級か ら26学級 まで幅が広 い。そこで小規模の学校で小・ 中学 校が隣接 している場合、小・ 中学校を一人の事務職員が兼務 して、より大 きな、 しか し複数配置基準 に達 しない学校 に複数配置すれば効率的なのではないかというのが、中教審の審議過程で事務局か ら 提案 されている(中教審『地方教育行政に関する小委員会 (第25回

)議

事録』

)。  

この考え方 に従えば、

事務職員のいない学校が、 これまで以上 に増えることとなる。以上の例は、一つの例示 として理解す べきであろうが、一律に事務職員を配置するよりもより人材が活用できるように、学校事務を一つの 学校で完結 させず、学校間で連携・協力 して事務を行 うことにより効率をあげてはどうか というのが 中教審の提案である。

この提案 に関 しては、中教審の中で も「小規模の学校において、ますます共同実施が全体 として進

(3)

学校事務の共同実施の可能性 と課題 283

め られてい く中では、・学校事務職員を常時勤務 させる、配置 させ ることの必要性は、 どうして も後退 してい くのではないか (中教審『地方教育行政に関する小委員会 (第21回)議事録』

)」

という指摘が なされた。 この指摘は もっともであ り、学校事務職員が常時勤務 しな くて も学校事務が遂行できる規 模の学校か らは事務職員を引き上 げ、常勤職員の兼務や短期時間職員 (パー トタイム職員)の配置 に より人件費を抑制すべ きだ という論理に将来的には繋がる可能性を秘 めている。 このため、 この共同 実施が合理化の呼び水 となるのではないとか という理由でその実施 に反対する事務職員や団体 も存在 するが、その懸念は妥当な ものである。)

もっとも、 そ うした共同実施が合理化 に繋がるという懸念は一応は払拭 されたと言える。 というの も、平成 13年度か ら始 まった小・中学校の第 7次定数改善計画で義務教育標準法第 15条 の特例加配 と して「 多様な教育を行 うための諸条件の整備に関する事情であって事務処理上特別の配慮を必要 とす るものとして制令に定めるもの」という規定がつけ加わ った。 また同施行令第5条第3項 でその内実を 詳細 に定め、「 当該学校を含む複数の義務教育諸学校 において多様な人材の活用、情報化の促進等によ り多様 な教育が行われる場合に、当該学校がそのための事務処理の拠点 となっている」場合 に加配す ると定 めている。つまり、共同実施の拠点校 に対 して加配をするということである。第

7次

定数改善 計画では、 こうした共同実施の拠点校 に対する加配を5年間で726名予定 している。 こうした ことか ら「 合理化のために加配をするなどということは、かつて も将来 もあ りえないことで、やは り定数改 善の一手法だ と押 さえるのが正 しい認識」0であると清原正義は指摘 している。

中教審が提唱 した学校事務の共同実施 とは、人材=人件費の有効活用を含んで、学校間で連携・ 協 力 して事務を行 うことにより事務を効率化するというものであった。 ところが、その施策実施過程で、

その共同実施を加配、つまりさらなる人件費の負担により行 うということとなつた。 これは「 驚 くべ きこと」0と言わざるをえない。一般 に効率 とは、少ない投資や労力で多 くの効果を産み出す ことを いう。 そのために採 りうる手段は多数存在するが効率化を進める上ではコス ト感覚が必要である。資 源の有限性を前提 とした有効活用が求め られているのである。0こ うした効率化の概念 に立てば、従 来の定数で行われていた業務 に、 さらに人を増や して行 う効率化 とは一体何なのであろうか。加配事 務職員一人の人件費は少な くとも数百万円の新たな投資である。 この不景気の中で、公共部門の人件 費の追加投資はよほどの切迫 した必要性がない限 り納税者 は納得 しないはずである。今 日、 目的が明 確で、かつ成果の明確でない定数改善は国民の反発を引き起 こす可能性 も秘めている。 この投資に見 合 うだ けの効率化の成果 とは何なのだろうか。 この問 いに学校事務の共同実施 のための加配 を受 けた 学校や 自治体 は答える必要がある。加配 という効率化 に反する施策 と抱 き合わせで行われる学校事務 の共同実施がその成果についての立証が難 しくなった ことは確かである。定数改善 といって も諸手を あげて喜ぶ ことはで きない。

この疑念は、中教審が学校事務の共同実施を提唱 した背景である③今後の業務・事務の増加の見込 み と併せて考 えれば一応了解できな くもない。中教審 は「子 どもの数の減少 により学校の小規模化が 進行 しているが、その一方で『総合的な学習の時間』 の導入や選択教科の拡大、あるいは学校予算を 各学校 の要求や実態 に応 じて編成するなど、学校裁量権限の拡大 に応 じて、学校の責任 において判断 し対応することが必要 となる事務・業務が今後増えてい くことが予想 される。 また、校長や教職員が 子 どもと触れ合 う時間をよリー層確保することも必要である」°の と指摘 している。つまり、今後学校 の自主性0自律性が強化 される中で、学校の業務・ 事務は増加す る見込みであ り、効率化な しに今般 の教育改革の実現は難 しいとの認識がそこに存在する。学校の事務・ 業務 とは教育活動を含 めたすべ ての活動 の ことであ り、全分野を見直 し効率化を図 ることが必要だ というのが中教審の認識であ り、

(4)

その一つの在 り方が学校事務の共同実施なのである。

しか し、本当に、加配が必要なほど、学校の事務・業務が増加 しているのかは検証が必要である。 そ れに関す るデータは今のところない。そ ういう意味で、先 に筆者は共同実施が合理化 につながるとい う懸念 は"一"払拭 したと述べた。短期的にはともか く、事務職員間の合理化=人員削減の可能性 が完全 に払拭 されたとは筆者は考えていない。

二、学校事務の共同実施の定義 と類型論

以上のように、中教審の学校事務の共同実施を背景を理解 した上で、学校事務の共同実施 について 定義 してお こう。「学校事務の共同実施 とは、学校事務・業務の効率化の一つの在 り方 として、学校 と いう組織間を横断 して、事務職員間に分業 (役割分担

)・

協業体制 (チーム)を構築す ることにより、

事務職員の仕事の効率化を図 ること」 と定義 しよう。

教育委員会やすべての教職員が推進する学校事務・ 業務の効率化の一部 として、従来のよ うに一つ ひとつの学校で学校事務を完結するものとして考えるのではな く、学校を超えて事務職員が適切 に協 業 。分担 して事務を遂行す ることを含めて効率化を図 るということが学校事務の共同実施のエ ッセ ン

スである。端的 にいえば、

(1)学

校事務・ 業務の効率化の一部を占めるもの として、

(2)効

率化のた めに(3)所属する学校以外の学校の仕事を して もいい、または他校に委ねて もいいという三つ要件が そのエ ッセ ンスである。清原正義 は学校事務の共同実施を「学校事務を学校間の連携や共同組織 によ って運営す る事業」

(1°

として定義するが、要件が少なすぎると思われ る。中教審を前提 にこの制度が 導入 された ことを踏 まえれば、以上の三つの要件で定義 されるべきである。

(1)学

校事務・ 業務の効 率化の一部を占めるもの、すなわち、教育委員会 と学校 との権限や責任の所在の見直 し 。明確化 とい う点を除 けば、

(2)効

率化のためにとい う要件は、従来 も取 り組 まれてきた し、

(3)所

属する学校以 外の学校の仕事を して もいい、または他校に委ねて もいいという要件 も、かつてのよ うに事務職員が ほぼ全校 に配置 されない時代には、実質的に行われてきたか らである。

例えば、静岡県では学校事務の効率化は、平成7年 頃か ら始 まった静岡県行政全般の り・ エ ンジニア リングの流れに対応 して既に相当に取 り組んできたという経緯を持つ。そこでの効率化はIT基 盤の整 備 とともに論 じられてきた。静岡県では、平成8年 に「学校運営の見直 しと改善について」通知が出さ れ、平成9年3月31日 に『学校運営の改善について』という報告書を出 している。そこでは、IT基 の整備 と学校事務の情報化が謳われている。

(『

しずおか

 

がかわ りま した』静岡県公立小中学校事務 研究会西部地区研究推進委員会)つまり、学校事務の効率化は、学校事務の共同実施がなされていな くて も、実際になされていることである。IT基盤 は学校事務の共同実施の道具であ り、学校事務の共 同実施 は効率化 と学校を超えた分業・協業体制の確立が リンクしていることである。

また、静岡県の場合には、事務職員の配置率が9割 を超えたのは1977年 の ことであ り、1991年 に98.

9%に達 した。 それ以前は管理職が学校事務 も行い、他校の事務職員が支援す るという形態であった。

しか し、 こうした時期の他校の学校事務の支援は全校配置が実現 されない中での消極的な位置づけに すぎなか った。 また、今後詳細 に記録 されるべ きであるが、少ない筆者の聞 き取 り調査の中ではこの 時期の他校支援はさまざまな問題を抱えていた らしい。今回の他校支援は、静岡県の場合にはほぼ全 校配置が完成 された中での学校事務の効率化 という積極的意味を持つ ものであ り、事務職員 にとって

も大 きな可能性を持 ち得 る。

とい うの も、 この学校事務の共同実施 により、事務職員は学校 という組織 と学校間を横断するチー

(5)

学校事務の共同実施の可能性 と課題 285

ム又は組織 という二つの組織に所属することが公的に認められることになるか らである。事務職員に とってみれば、二つのチーム (仲)を持つことが正式に、つまり、職務や役割として認められると いうことになる。所属校以外の業務を職務 として行ったり、他校の事務職員を支援することができる

のであるLこれまで、私的な任意団体として、こうした機能を果たしてきたのが事務研究会である。

新採用時か ら即戦力 として一人で責任を持 って仕事をすることが求め られる性格や困 ったときに相談 できる事務職員の指導主事 なとが存在 しないこと、事務職員に対する公的な研修が必ず しも十分でな いこと等か ら事務職員にとって、 また学校事務の質の向上 という観点か ら事務研究会の果た してきた 役割は極めて大 きい。 いかなる職業 において も、入職後はさまざまな ショックを受 けるが、事務職員 は比較的大 きな ショックを受 ける職業であると思われる。筆者 らが行 った調査では、事務職員は、入 職後、「採用=仕事の開始」、「孤独 と疎外感 とあつれき」、「仕事の幅広 さと重責」、「学校・教師へのあ こがれの喪失 と学校文化 に対する驚 き」、「学校事務職員の連携の強 さ」、「管理職への道がない」な ど の ショック(laを感 じてきた ことが明 らかになっている。

しか し、教職員組合や校長会、教頭会 と同 じように会員の親睦や地位向上を目的 とする事務研究会 の動務時間中の活動 はいかに学校教育のために役立 っていよ うとも、今後規制 される可能性が高 い。

学校事務の共同実施 とは、事務研究の機能の一部を公式化 した ものであ り、代替物であると理解で き るもので、今 日の公務員 に対する批判のまなざ しを前提 とすれば意義は大 きい。必要な研修 は公的 に きちん と行 うべ きである。

(1°

以上 のような理由か らも、先の二つの要件は一体の ものとして理解 されるべ きだというのが筆者の 立場である。学校事務の共同実施 とは、教育改革に対応 しつつ、従来の教育委員会一学校間の権限0責 任体制の見直 し 。明確化 という中で効率化を図 るというダイナ ミツクな試みとして理解 され るべきで ある。 そ うい う意味で、今回の学校事務の共同実施は自由な発想で取 り組むべ き課題である。

以上 のように定義 される学校事務の共同実施は、 さまざまな在 り方を採 り得 る。学校事務の在 り方 は各都道府県や各市町村で異なるため、在 り方が異なるのは当然である。そ うした各地域の自由な発 想 に裏付 けられた取 り組みが交流 されることにより、 よりよい在 り方 に修練 してい く可能性 はあるだ

ろう。

こうした現在試行中の多様な在 り方を示す学校事務の共同実施を類型 (パター ン)化する試みが行

われている。確かに類型化することにより、学校事務の共同実施を実施する上での大 きな見取 り図が 理解で きる。本稿では、 い くつかの先行する類型論を もとに統合 された類型論 をつ くることす る。

(1)学校事務の共同実施の学校数 と距離、学校規模

学校事務の共同実施の類型論でよく知 られているのが、宮崎県の「近郊地域型」、「広域地域型」、「 山 間地域型」、「都市地域型」 という類型である。

(1°

宮崎県は学校事務の効率化や学校事務の共同実施 の 先進県である。それには宮崎県の学校事務の固有の条件が反映 している。小・ 中学校事務職員の採用 や異動 の形態 は都道府県により異なっている。 それは事務職員の専門性をどのように考えるか とい う 思想の反映である。静岡県では、「小中学校事務」という括 りで試験・採用 し、事務職員は原則 として 小中学校 に動務を続 けるシステムとなっている。宮崎県の場合 には1998年度 に任用一本化がなされ、

人事交流は知事部局・宮崎県教委・ 県立学校、義務制学校 との相互交流が行われるよ うにな った。異 動範囲 は全県で、新採用者 はすべて知事部局に配属 され、その後学校 に配属 されるというる このよ う な人事制度改革 により「学校現場で育 った学校事務職員が宮崎県教委 に配属 され、学校事務の改革 に

(6)

携わることになった」15pと ぃぅ。 こうした背景があり、宮崎県教育委員会は学校事務の共同実施につ いて明確なポ リシーを定め実施 している。

宮崎県の類型論に戻れば、 これは宮崎県の実状に即 した分類であり、全国の実践校 には当てはま ら ないもの もある。 そこで宮崎県の類型論はさらに整理 される必要がある。宮崎県の類型論ば、市町村 の中で どの程度の数の学校をグループとして くくるのか、学校間の距離はどの程度なのか、学校規模、

事務量の多寡 により分類 した もの と考え られる。確かにこうした類型論は学校事務の共同実施を進 め る上で重要な要因 となることが予想 される。

(。

それ らの要素を決定することは戦略的な事柄であ り、

教育委員会のポ リシーが必要 とされる。 さらに、宮崎県の事例報告で も指摘 されているように、そこ に参加する事務職員の熟練や能力の在 り方や、未配置校の存在により、実施の在 り方は異なって くる だろう。

(2)組織編制 と権限

以上のように、学校事務の共同実施の学校数 と距離、学校規模、そこに参加する事務職員の熟練や 能力の在 り方や、未配置校の存在度 による類型化に続 いて問題 となるのは、 どのような組織編成 と権 限配分を採 るのか というものである。組織に関わる事務職員相互の関係については次 に論 じる。 ここ では、 チームや組織を一つのまとま りとして理解する。 この点 については清原の類型論が参考 にな る。°つ清原正義 は、共同実施組織のパ ター ンを「学校間連携」、「 学校間連携 と連携組織」、「 事務 セ ン ター」とい う分類を行 っている。 この分類は、二つの分類基準が混合 されている。つまり、「 兼務発令 を出すか どうか」、「学校 とは別 に共同実施組織を創 るかどうか」 という組織編成の類型 と、その共同 実施組織 にどのような権限を付与するのかという観点か らの、例えば「予算調整権限を付与するか ど うか」 という類型論である。 こうしたどのように組織を編成 し、そこにどのような権限を付与するか は、効率化 という観点か ら評価 されるべ きであるが、 これ も戦略的意志決定に属する。既に述べたよ うに今回の学校事務の共同実施は、教育委員会一学校、校長や事務職員の権限配分の見直 しや明確化 というダイナ ミックな ものとして理解 されるべきである。

清原正義 も指摘す るように、学校事務の共同実施は兼務発令がな くて も実施できな くはない。 しか し、責任体制の明確化 という観点か ら筆者は兼務発令を出すべきだと考える。 この学校事務の共同実 施を進める上での一つの論点はどのように責任体制を明確にするかということである。

 

中教審『地方 教育行政 に関する小委員会 (第25回

)議

事録』で、必ず しも事務職員に限定 された ことではないが、兼 務発令 した場合の責任の所在が議論にな っている。 この点 に関 して、文部省は「勤務の実態 にもよる わけです。主 たる勤務校が中学校ですか ら、その中学校の管轄 ということになろうと思 います」 と回 答 している。逆読みすれば、勤務の実態 によっては変わ り得 るということであ り、例えば共同実施組 織の責任者を設置 し、 そこに一定の権限 と責任を付与するということは可能である。 さらに、共同実 施組織の責任者を職務上の上司たる地位を持つ事務長職 として位置づけ、責任体制を明確 にするとい

うことも検討 に値する。

この点 に関わ って平成 13年6月 19日の参議院文教科学委員会で も、遠山敦子文部科学大臣は、大部 分の小中学校では事務職員が一人程度 しか配置 されてお らず、共同実施がほとんど行われていない状 況では難 しいとしつつ も、今後の学校事務の共同実施の導入を踏 まえて、小中学校の事務主任に関す る改善 について検討すると回答 している。

(7)

学校事務の共同実施の可能性と課題

(3)チ

ームや組織内の学校事務職員の仕事の在 り方 と権限

287

続 いて、チームや組織内の学校事務職員の仕事の具体的な在 り方や権限により類型化が可能である。

こうした観点で類型化を試みたのが、島根県学校事務職員労働組合であ り、清原 もこの分類 に合意 し ている。

(1°

そ こでは「集中」「連携」「総括」 と分類 されている。 しか し、 この分類は、共同実施組織 全体 に与え られる権限の問題 と組織内部での分担や権限の在 り方が混合 されていること、 また組織内 部での分担などの在 り方 について総括的でないなどの問題を抱えている。尚、具体的な仕事、例えば 一緒 に集まって作業をすることなどをどう呼称するかは各地域で異なってお り、統一が望 まれる。具 体的な仕事 の在 り方 としては「共同作業 (時間 と場所を共有 して同 じ作業を行 うこと

)」

「 分業 (一 ずつの事務職員が仕事を分担すること

)」

のどちらにウェイ トを置 くのかで類型化ができる。 この両者 はどち らも効率化が期待で きる形態であ り、その組み合わせは各地域で考え られるべ きことが らであ る。

(19)

また、先 に触れた宮崎県のように、共同実施の責任者 として「共同実施主任」を置 き、責任体制が 明確であるか どうかで分類 も可能である。組織の責任者の権限 と責任を明確に しないで学校事務の共 同実施 を行 うと相 当に コ ミュニケー ションによる合意が必要 となる。筆者 は仕事 の配分を コ ミュニ ケー ションで決定するというスタイルには限界があると考えるので責任 と権限は明確 にすべ きである と考えている。

(4)何を効率化の対象 とするのか

最後 に何 を効率化の対象 とす るのか とい う類型論があ り得 る。 この類型化を試 みたのが清原であ り、「 事務の共同実施」、「物品の共同購入」、「事務処理の標準化やネ ッ トヮーク」 に区分 している。 ° この分類は多 くの事例を精査 した清原の類型だけに参考 になる。 しか し、 この分類では事務職員の専 門性向上 による効率化 とい うことはこの分類か らは もれて しまう。香川県教育委員会は「共同実施 を 行 う学校のグループ内における事務職員のスキルア ップ及 び未経験者・ 若年事務職員を含む相互支援 体制を確立す る」 ことによる効率化を明確に している。

筆者 は現段階で何を効率化の対象 とすべきか ということについて類型化を行 う段階ではないと考 え る。む しろ、現在は多様な効率化を実験すべきだ と考える。最終的に子 どものため、学校のためにな ればいいのである。 そのために、 ここでは効率化 という意味を考えてお こうと思 う。既 に述べたが、

効率化 とは少ない投資や労力で多 くの効果を産み出す ことをいう。資源の有限性を認識することが効 率化のスター トである。効果は多数考え られるし、またそのために採 りうる手段は多数存在する。例 えば給与0旅費などの事務処理を「共同作業 (時間 と場所を共有 して同 じ作業を行 うこと

)」

で行えば、

精度の向上 という効果や知識の伝播 とい う効果を もた らすが、その間事務職員が学校か ら離れ るとい うコス トも発生する。 こうした発生 コス トも含めて何を効率化の対象 とすべきは、大胆な発想で取 り 組 まれ るべ きである。事務職員がその能力 を発揮できるように条件整備を行 うことも効率化 に通 じ

る。

三、学校事務の共同実施 を進める上での可能性 と課題

再度繰 り返 しとなるが、効率化 とは少ない投資や労力で多 くの効果を産み出す ことをいう。 そ うし

(8)

た効率化を考 える上では、事務職員の限 られた時間や体力が うま く発揮でき、 その能力が高 まるよ う 配慮す ることが重要である。筆者 は事務職員の持てる力量をより発揮できる条件を創 ることが学校や 子 どものためになると確信 している。教師は子 どものためになるか どうかいう三分 コー ドで ものごと を判断 し、その方面では努力を惜 しまない反面、学校が法的存在であることや組織 という観念や社会 の変化の中の学校 という観点が希薄である。教師が採用する子 どものためとい う三分 コー ドはさまざ まな ものであ り、常 に葛藤や批判を招 く可能性を有 している。

事務職員は教育法規・ 財務を専門性 として有する学校に存在する行政職であ り、彼 らは法規や社会 規範 に合致す るか、 どうか という三分 コー ドで ものごとを観察す る。筆者 らが行 った調査では、 メタ

ファー法に基づいて現在の学校事務職員の特徴を自己分析 して もらった。その結果、事務職員 とい う 仕事を彼 ら自身は「無境界性=仕事の境界がないこと」、「透明性

=重

要な役割 と責任を担 っているに も関わ らず、 日立たないこと」、「 孤独性

=一

人で責任を持 つて仕事を しなければな らないこと」、「 開 放性=自己の意識が社会に開かれ、教員 とは違 う意識・ 役割・ 責任を持 っていること」、「調整性=全

体の流れをコーデ ィネー トす ること」 といった因子が抽出された。C21)自己分析で も、教員 とは違 う意 識や専Fl性を自らの職のアイデ ンティティーに していることがわかる。

各都道府県や各 自治体 により異なるが、筆者 は事務職員の力量 は十分 に発揮できていないと考えて いる。大阪府教職員組合が行 った調査によれば、「 今の仕事はあなたにとって どれ くらいか」という質 問に対 して、

41.9%の

事務職員が「 物足 らない」 と回答 している。 この数値 は他の職種 に比すれば圧 倒的に高 い。(2)経営 とい う観点か らすれば非効率である。異なったコー ドを持つ専門家が相互 に力量 を発揮で きる条件をつ くることが効率的なのである。 もちろん、養護教諭や用務員等 も異な った コー ドを持 ってお り、彼 らの存在 も極 めて重要である。つまり、学校はさまざまな多職種か らなる専門家 集団なのである。教育職 と事務職等 との異な ったコー ドか らの協力 と健全な牽制体制 こそが子 ども・

学校のためになるのである。

ところで、他の職種 と同 じように、事務職員 も仕事を進める上で多 くの課題を有 している。効率化 という観点で学校事務の共同実施を進める上では、そ うした事務職員が抱える課題を解決す ることに 通 じて こそ成功することになるだろう。 また、逆に事務職員はそ うした課題が解決 される中で これま での仕事の在 り方や力量形成への努力が問い直 されることとなるに違 いない。

そ うした考えか ら、以下ではこれまで抱えてきた課題のい くつかを仮想ケァスとしてかかげ、その 課題が学校事務の共同実施 により解決が可能な ものであるか どうか、またそこでの課題 につ いて論 じ ることとす る。冒頭 に述べたように、筆者はこの学校事務の共同実施の末端 に当事者 として関わ って お り、各種関係者にわか りやす く学校事務の共同実施 について説明を求め られ る機会が多 いこともあ り、仮想ケースという形式を採用する。尚、 この仮想ケースは筆者 らが既に行 った調査や飲み会 も含 めてさまざまな機会で事務職員か ら教わ ったことか らフィクションとして作 りあげた ものである。 こ こで引用する仮想ケースは既に一定の事務職員 に提示 し、あ り得 る仮想ケースであるとの確証を得 る というプロセスを経ている。

ケース 1仕事の幅が広すぎて専門性 を自覚できないという悩み

事務職員のBさ んは、勤続20年にな ります。 1993年 (平5年

)に

事務職員の標準的職務を規定 し た県の標準的職務の通知が出された り、処務規程が整備 され、事務職員 自身の専門性が今 まで以上 に 要求 され るよ うにな ったと感 じています。 しか し、 自分に本当に専門性があるか どうか自信がないの

(9)

学校事務の共同実施の可能性 と課題 289

です。 日々の仕事 に追われ、仕事が幅広 いため、特定の仕事 に専念できないのです。学校で起 こる急 なで きごとに対応 しているとあっという間に一 日はすぎていきます。

1.分 (役割分担)による仕事や意志決定の常規化

Bさ んのよ うに、仕事や必要 とされる知識の幅広 さゆえに、専門性が感 じられないという事務職員は 多 く存在する。既 に筆者 らが行 った調査結果によれば、「学校事務職員は、学校事務職員 として専門的 な知識技術を持 った専門家だ と思われますか」とい う質問に対 して、「 まさにそ うである」、「 だ いたい そ うである」 と答えた事務職員は約半数であった。(")この質問項 目では興味深 い結果がで ることとな った。 それは専門家 という意味内容を巡 る解釈の問題であった。一方 には仕事や求め られる知識が幅 広 いので専門性を感 じられない、あるいは体系的な研修を受 けてお らず、 自分で試行錯誤で仕事を し てきたか らという理由をあげる事務職員が存在 した ことか ら「 まさにそうである」、「 だいたいそうで ある」 と答えた事務職員は約半数 にとどまった。 しか し、他方では、教育法規や財務 についての知識 を持 ちつつ、幅広 い領域の仕事を柔軟 に臨機応変に対応 しているか ら専門性を持 っていると答えた事 務職員 も存在 した。 これは、専門性 とは何か という根本 に関わる問題であるが、幅広 い仕事を責任を 持 って担当 し、幅広 い知識を持 っているか ら優れた仕事ができるということは確かである。相当の分 業・ 協業体制が敷かれている高校の事務室 と異な り、小・ 中の事務職員 には幅広 さと責任感が必然的 に求め られる。既にみたよ うにそれは相当のプレッシャーである。そ うしたプ レッシャーと責任感の 中で力量を形成 して きた小中事務職員の力量は本人たちが自覚す る以上 に優れた ものである可能性が 高 い。適切な必要最小限の公的な体系的研修を効果的に行えば相当の自信につながると思われる。

もし、幅広 いか ら専門性がないとすれば、教師や教育学者は専門性がないということになる。 ° 門性 という概念 には、狭 い領域を深 く熟知するという概念 と一定の固有の知識を持 ちつつ幅広 く知識 を持つ ことにより解決能力を持つ という二つの意味 として理解 されるのではないか と考えている。

以上のように専門性を理解 した上で、以下では狭 い領域を深 く熟知するという意味での専門性につ いて論 じる。人間 は神様 ではないので、限界がある。 そ うした限界 を克服す るために組織 は作 られ る。 °他の人が適切に加工 したり、意志決定 したものを受け取 り、自らの仕事の前提 として使用する。

また 自らの努力 を他の人 に伝 えるとい うのが組織 とい うものである。 よ く言われ る「 ほ うれんそ う

(報告・ 連絡・ 相談

)」

とい う言葉 はそ うした組織の本質をついている。役割を分担 し、分業す ること により、特定の領域 の仕事や知識の収集 に特化することにより、意志決定や仕事 に慣れ と深みが出て きて、効率化・ 高度化が実現する。 これを意志決定や仕事の「 常規化」 という。 アダム・ ス ミスが説 いた分業のメ リッ トもまさにこの ことである。学校事務の共同実施により、事務職員の間にチームや 組織をつ くり、意志決定や仕事の「常規化」を図 ることにより、学校事務の効率化が実現す る可能性 がある。 こうした分業化による専門性の向上か ら効率の向上 という道筋で学校事務の共同実施を展望

している学校 も存在する。・ °

ケース 2他校の事務職員が自校のデータを見ることを問題視する校長  1

Nさ

んは、数校単位の学校事務の共同実施の研究 にみんなで取 り組んでいます。話 し合 いにより、

N

さんは諸手当の担当 とな り、それぞれの学校の諸手当の認定 0手続 きの支援業務を役割 として分担 し ています。時 には、他の学校を訪問 し、諸手当関係の書類をみることも職務上必要 とな ります。

(10)

ところが、

Nさ

んは、今、とまどっていることがあ ります。一緒に共同実施 している

B校

C校

長先 生が自校の教職員のプライバ シーに関わる書類を他校の事務職員 にみ られることに問題を感 じている よ うなのです。 どういう資格で、どのような責任体制で

Nさ

んが、自校に関わ っているのか判然 とし ないのです。個人情報の保護に強 い関心を持つC校長な らではの観点です。 そ うした こともあ り、B

校の教職員 には、この共同実施の取 り組みについて十分に説明 していないようです。

Nさ

んは、

B校

い くのが苦痛でなりません。

2.教育委員会・ 校長 0事務職員で明確な方針 とね らいを樹立すること

このケースは、学校事務の共同実施の方針やね らいが当事者の間で共通理解 されていなか った仮想 ケースである。既 に述べたように、今回の学校事務の共同実施 とは、教育委員会 と学校間、学校のす べての教職員が進める事務 0業務の効率化の一環をなす ものである。 こうした性格か ら、今般の学校 事務の共同実施を行 う上では、任命権者である都道府県教育委員会、服務監督権者である市町村教育 委員会、学校経営の責任者である校長、実施者である事務職員の間で十分な協議が行われ、明確に方 針 とね らいが設定 されているか どうかがその取 り組みの成否を大 き く左右することになると思われ

る。

ケース 3事務職員のス トレス要因 と しての給与 0手 当業務

男性事務職員のMさんは、事務職員になって25年 です。事務職員 としてのキ ャリアを積んできた

M

さんは、今で も夜中に「 あれを忘れていた」 とはっと目がさめる時があ ります。特に、給与・ 手当関 係の締 め切 りが近づ くと緊張感が高 まります。給与や手当関係の県費の取 り扱 いは、間違いが許 され ないか らです。

しか も、 この給与・ 手当関係は、本人があまり触れ られた くな く、教職員のプライバ シーに大 きく 関わ ります。事務職員になってず っと思 っているのですが、教員はあまりにも、こうした給与や手当、

所得、税務 についての知識がないのです。そ うしたことに関心を持たないことを自慢 に思 っている教 員 もいます。 そんな中で、 いくら、わか りやすい資料を作 る努力を して も無理な部分があ ります。 さ らに言えlよ そ もそも、そうした事務処理は、本人が適正に届け出を行い、処理をするのが筋です。で もなぜか、学校ではそ うしたことに事務職員が手厚 くサポー トするのが当然だという認識があるので す。 そ うした認識 もあ り、本人のプライバ シーにも注意を払 っていますが、 こんなことを していいの か、また、 こんなことを しなければな らないのかと思 うことが時々あります。

3.チ ェック機能の確立 による事務処理の適正化

Mさんのよ うな悩みを もっている事務職員は実に多い。お金やプライバ シーに関わ り、間違 いが許 されない仕事 に関わ っているのに、チェック機能がないことに不安 と緊張感を覚えているのである。

教師の勤務実態やス トレスについての研究は極めて多 い。それに比較すれば、事務職員のそれ らにつ いての研究はほとん ど皆無である。筆者 らは既に調査で精神的に気苦労を感 じる事柄について質問 し た。その結果 に筆者 らは非常に驚 くことととなった。 というの も、給与や手当業務について気苦労を 感 じている事務職員があま りにも多か ったか らである。例えば「教職員のプライベー トな内容、本人

(11)

学校事務の共同実施の可能性と課題

があま り触れてほ しくないことにまで触れな くては仕事ができないこと」、「 常 に諸手当における教職 員の変動 に目を向けていなければな らない。」、「 職員の生活の基盤である給与を担当 し、それを一人で 行わなければな らないこと。少 しの ミスも許 されない」などの回答が多数あったのである。 そ もそ も 教員本人の給与や手当の理解に基 いて届 け出によって行われるべ き各種手続 きを相当に事務職員が丁 寧 に対応 していること、またそ うした ことが当た り前 とされる中での ミスが許 されないこと、 さらに

チェック機能がないことな どが事務職員のス トレス要因 となっているのである。

各学校に一人 しかいない事務職員 には、法律上の上司 として校長はいるが、自分の仕事を熟知 し、指 示す るという意味での事実上の上司がいないというのが、事務職員の実感ではないだろ うか。筆者 に は これは異常 な状態 と思われる。やは り、校長 は学校事務 についての一定の知識が必要であ り、それ がないと事務職員を監督で きないと思われる。

今 日、い くつかの市町村では、学校事務の共同実施 と銘打たな くて も、事務職員が集 まって相互 に チェックす るということが行われている。学校事務の共同実施により、そうしたチェック機能が明確 に執行 され、事務の適正化が期待できるとともに事務職員のス トレスも緩和 されるだろう。言 うまで もな く本属長たる校長や服務監督権者たる教育委員会 には、職員すべての健康を配慮する法的義務が 存在す る。尚、香川県教育委員会が出 した学校事務の共同実施 に関わる通知では、そのね らいの一つ として「 グループ内における共同審査機能による事務処理の精度を高め、正確を期する」 ということ があげ られている。

ケース 4異動の前 に事務室を一生懸命整理する Lさ ん

事務職員のLさんに学校で出会 ったのは3月 の事で した。校長先生を待 っている間にLさん と話 を していま した。で も、Lさ んは忙 しそ うです。書類をいっぱい並べてなにや ら格闘中です。Lさ んにそ の忙 しさの理由をきいてみました。「異動なんです」とのことで した。異動な ら大変だなあと思いま し たが、それだけではないようです。「 きちんと片づけておかなければ、私の仕事がみられて しまうんで す」。

Lさ んに再 び、会 ったのは4月の後半の ことで した。教育実習の打ち合わせに学校を訪問 した ら偶然

Lさ

んがいたのです。

Lさ

んはまた忙 しそ うで した。「前任者のや り方や書類が私 と違 ってや りず ら

い」との ことです。書類 に、前任の事務職員の仕事ぶ りや力量が見えるのだそ うです。「私たちは、一 人で育 ってきて、 自分な りのや り方が確立 しているんです」 との ことで、今、や りやすいよ うに改善 中だそ うです。

同 じ事務職員なのに、そんなに違 うのか という驚 きを感 じました。事務職員 は、組織 プレーとい う より、それぞれの持ち場で戦 うゲ リラ戦のようだなあと思いました。

4.標準化できることとできないこと

事務職員の仕事は個人差・学校差があるとよく言われる。職務内容の明確化は、事務職員制度が始 まって以来の課題であると言われてきた。事務職員が学校のどのような仕事を担当するかは学校によ り異なり、そのことは事務職員の不安感や戸惑い、さらにやる気の低下をもたらしてきたとされる。

(″

) こうしたことは経営という観点からは極めて非効率である。では、なぜそんなに異なるのであろうか。

その背景には筆者は四つの要因があると考えている。まず、地域や校長の学校事務に関する考え方が 291

(12)

多様であ り、それにより学校事務の在 り方が左右 されることである。 1984年 度 に行われた静岡県小中 学校事務研究会の調査では、「管理職がかわると事務職員の仕事の範囲や内容 もかわ って とまどうこと が過去 にあ りま したか」 という問 いに対 して約6割の人が「 あった」 と回答 している。

(a)

二つ 目の背景 は、事務職員の間 における年齢やキ ャリア、能力ややる気、学校事務観が異なること である。事務職員が所属校 のみの仕事を孤立 して行 うことを前提 とすれば、経営 という観点か らすれ ば、事務職員の違 いに応 じて仕事の割 り振 りを考えるということは妥当な判断である。三つ 目の背景 は、事務職員は入職以来、先輩か ら見習 いつつ も、 自分な りの仕事のスタイルを確立 してお り、仕事 のスタイルが標準化 されていないことである。事務職員 自体、 自分の考え次第で仕事の段取 りや在 り 方を設計できる自由さに満足 しているよ うにも思われ る。学校事務の標準化 ということに対 しては事 務職員 は全面的に賛成 という人だけではないのではないだろうか。第四の背景 としてそ もそ も標準化 す ることが難 しい領域の仕事が事務職員の仕事の中に含まれているという点である。事務職員の仕事 は単 に法規やルールを適用するというものではな く、特定の文脈の もとで対人関係の中で進 め られ る 側面 も持 っている。 そうした観点か らすれば、標準化 しない方が望 ま しい部分 も存在する。

以上のような学校事務の個人差 0学校差を減少 させ るために、静岡県小・ 中学校事務研究会は全国 に先ん じて優れた研究実践を行 ってきた。例えば、第 19回全国公立小・ 中学校事務研究大会では「学 校事務観の統一」、「職名 による段階的 目標の設定」、「校務分掌上 における職名別位置づけ」「学校事務 システムの標準化」 という戦略を打 ち出 した。(")この提言は、学校事務観や学校事務 システムの標準 化を図 りつつ、職名 に応 じて研修 による力量保証を行 った上で、職名別 に職務内容を標準化するとい う現実味のある提言であった。 この提言のみではないであろうが、 この他の努力 と合わ さって、静岡 県教育委員会は 1993年 に『市町村立小中学校事務職員の標準的職務』についての通知を出す こととな った。周知の通 り、 この通知は他都道府県のモデルともなった。 この通知以降、地域 によってば らつ きはあるものの、学校事務職員の職務内容の標準化は進展するとともに、職務内容 に「 企画運営への 参画に関すること」 と明示 された ことか ら経営参画が進む こととなった。 この ことにより、事務職員 のやる気は大 きく向上 したとされている。

ただ し、静岡県教育委員会の通知 と事務研究会の提言 との間には大 きな違 いがある。つま り、後者 の提案 は力量保証の もとでの職名別に権限 と責任や役割を定めよ うとするものであったが、県の通知 は全ての多様な事務職員 に共通する標準的職務を明 らかにするものであった。 どのよ うな経緯でそ う なったのかはわか らないが、県教委の通知の考え方に も一理ある。 というの も、事務研の考え方は事 務職員間の職種

=力

量差 ごとに、標準的な職務を設定 しよ うとす るものであった。 しか し、 このよ う

な仕組みによれば、校長は自分の学校 に配属 される事務職員の力量に応 じて校務分掌や事務職員の職 務を変動 させなければな らな くなる。例えば事務主幹が配属 されれば、事務職員担当 していた仕事 も、

若 い事務職員が配属 されれば事務職員以外の職員にそれを担当させなければな らな くなる。すべての 事務職員 に一定の能力を有 して もらい、標準的な職務を担当 して もらう方が効率的であるという見方

もできる。

しか し、県の通知のように、力量やや る気の異なる事務職員を一括 して扱 うことは、事務職員の力 量差 という問題を無視することであり問題を早んでいたと言えよ う。学校事務の共同実施は こうした 事務職員の力量差 という問題を解決する可能性を持 っている。 というの も、学校事務の共同実施 によ リチームによ り学校事務を遂行 し、助 け合 うことによ り、各学校の学校事務の水準が平準化・ レベル ア ップされ得 ること、また若 い内か ら経営参画することにより責任感 と力量が形成 されるという道筋 もあ り得 るか らである。 こうした形で運営する場合、共同実施組織の責任者は地域の学校事務の水準

(13)

学校事務の共同実施の可能性 と課題

の維持 について責任を明確 にすることが望ましい。筆者は共同実施組織の責任者は事務主幹等が望 ま しいと考えるが、そ うした公式的な責任の明確化は事務主幹などの給与の格付 けを正当化す ることと なるだろう。°9

さて、学校事務の個人差を縮小するということはこれまでにも行われてきたが、学校事務の共同実 施 によ り、チームとして仕事がで きることにより、標準化は進めやす くなると考え られ る。学校事務 の効率化 という観点か らすれば、可能な限 り標準化できる部分は標準化することが望 ましい。学校事 務の共同実施 の実践校の中には、標準化 による効率化 に重点をおいているところも存在する。 こうし

た標準化を実施 してい く上では、一人ひとりの事務職員が今までの取 り組みの中の努力や優れた点 を 持 ち寄 り、学 びあ うという雰囲気、つま り同僚性の構築が大切である。心を開 くとい うことが求め ら れている。学校事務の共同実施 に伴 うデメ リッ トとして人間関係が難 しくなるという指摘がなされて いる。既に述べたよ うに、事務職員は学校の少数職 として、自分で努力 して自分のスタイルを作 りあ げている。つ まり、 自分の仕事のや り方 にプライ ドや こだわ りを持 っている。事務職員は、 チームで 働 くこと′を望 みつつ、他方で人間関係 に難 しさを感 じていると推測 される。やは り、 チーム・ プレー の経験不足は否めない。そこで、相互にいいところをお裾分けするという気持 ちで標準化に取 り組む 姿勢が求め られる。 また、学校の実状の違 いを反映 して、標準化 しないほうがいい部分 も予想 される。

ところで、 こうしたチームの協力によるレベルアップと並行 して、今 日、 自己責任 の強調 による事 務職員の レベルア ップを図 るべきだ という主張 も登場 している。°° この主張は、給与事務など定型的 業務が外部委託 され る時代の到来 も予想 しつつ、事務職員を「経営的視点を持 った校長の補佐役 とし ての学校事務職員」 として位置付 けるべ きだという考え方 に立 っている。そ うした厳 しい認識を共有

し、一人ひとりの事務職員が自らの雇用の確保は自ら努力すべきであり、そ うした厳 しい努力な しに 学校 に存在す る事務職員の将来はないという主張なのである。 それほど事務職員 という職を考えてい るということであろ う。今 日の公共部門改革の流れを踏まえればそ うした厳 しい認識 ははずれてはい ない。 いずれにせよ、今後、事務職員はチームによる レベルアップと自助努力 による レベルアップと いう矛盾するベ ク トルの中に身をお くこととなるだろ う。

ケース 5気の合 う他の事務職員 と一緒 に仕事を したい

Kさ

んは、今年、事務職員 に採用 されたばか りです。今、ようや く数 ヶ月がたち夏休みにはい り、一 安心 しています。 この数 ヶ月 というもの、

Kさ

んは多 くの ショックを受 けてきました。初任者研修や、

指導 して くれ る先輩の事務職員はいますが、それで もショックが大 きす ぎます。 まず、採用 と共 に幅 広 い仕事を一人で担当させ られた ことです。仕事がわか らな くて も、隣 にす ぐにきける人がいないの です。高校や大学の事務室を想像 していたのに、県費の事務職員は

Kさ

んひとりなのです。 また、市 費の事務職員 もいらっしゃって、 どういう関係をつ くればいいのか今 ひとつわか りません。 さらに、

責任の重 さを痛感 しています。

Kさ

んは、学校や先生が好 きで事務職員 にな りま した。で も、組織の一員 になって、先生方が締め切 りを守 らないなど結構ルーズであることに驚 きました。 また、事務研 という組織があって、事務職員 は横のつなが りが強 いことに驚 いています。

      

´

5。

ものの見方や ノウハウの共有

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参照

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