超分散型ビジネスシステム構築と情報活用の方向性
(経営のアジィリィティ化を目指す情報システムの実現可能性)
杉西 原村 敏宣 夫彦
Abstract
Some essential requirements to near−future management information system are picked up and evaluated. The evaluation is based upon
time optimization which provides the innovative progress of
management activities. The components forming this catchword are in−tegrated as Agility of Management Performances and this is the cen−
tral target concept of business process innovation.
The progress of IT provides some new system architecture( Web2.0 , SNS , UBIQUITOUS , etc). Going along these currents, it is as−
sumed that modern management system shall be re−built as High degree distributed business system . Under this system re−building
concept, some cases are inspected and it is shown that these cases give direct and effective procedure to the catchword as before.Keywords:agility, high degree distributed business system, UBIQUI−
TOUS network, SNS, democratized innovation, architecture for net−
work participation
アジィリィティ,超分散型ビジネスシステム,ユビキダスネットワーク,
SNS,デモクラタイズイノベーショソ,参加型アーキテクチャー
1.序 章
1.1.経営のアジィリィティ化とは
経営の資源として「ヒト」,「モノ」, 「カネ」の3つに加えて「情報」が第
4の経営資源として言われ出したのは決して新しいことではない。現代にお いては,さらに,これらに付け加え,「時間」が第5の経営資源として強く 意識されようとしている。
高度な情報ネットワークに基盤を持つ今日の経営情報システムは経営体の 神経系統として様々な経営機能を活性化し,かつそれらのリソクによる統合 化とパフォーマソスの飛躍的向上を促した。ビジネスプロセスの即時化(か つてはre−business」などと謳われていた)やそれを志向する業務革新
(rbusiness process reengineering」に代表される)などはこの情報的イソ フラを抜きにしては考えられない。(島田,2006)ビジネスプロセスの即時 化の実質的意味は「ビジネスに要するリードタイムを極限までに最小化する」
ことと考えられ,この経営のアジリティ化は今日的な経営についての重要度 の高い課題となっている。また,そのことが「時間」を経営資源の5番目の 要素として意識されていることに外ならない。
しかしながら,「時間」という経営資源はこれまでの「ヒト」,「モノ」,
「カネ」,「情報」と併置される意味合いとは異なるものである。ビジネスプ ロセスの即時化とは,これらの4大経営資源の効率的統合化とその全体的パ フォーマソスの最適化であり,「時間」とはそれ自身が独立した経営資源と 言うよりは,これまでの4大資源の統合した経営活動のパフォーマソスを表 す総合的な指標としての位置付けと考えることが妥当であろう。(杉原,他,
1997)
1.2.経営パフォーマンスの最適化
経営パフォーマソスの最適化は言葉を換えて言えば,近年において経営課 題として登場した「顧客満足度」の最適化とほぼ同値と考えられよう。顧客 満足度やその定義については後述されるが,その二大側面としては,製品提 供時間からみた最適性と製品そのものの顧客適応からみた最適性を挙げるこ
とが出来る。
前者は製品が生産され,物流・在庫の段階を経て販売へと到達し,消費者 に引き渡されるまでに経過する総合的な時間の最適化であり,製品調達の総 合的なパフォーマソスを表すものである。経営情報システムの根幹に位置す る基幹的情報システムが受発注オソライソシステムとして機能し始めた頃か
ら部品や中間製品を含む企業間の製品調達を最適化にするまでに至った SCM(Supply Chain Management)が登場する近年に至るまで,製品調達
におけるパフォーマソスは最適在庫の考え方と共に,製品調達の最重要課題 であった。すなわち,製品調達に関する時間の最適化は生産方式や在庫を含 む製品提供の最適化の一つの大きな直接的側面といえよう。(福島,1998),
(国領,1999)
一方において,製品開発における顧客適応は,現代のように顧客要求が多 様化し,ニーズが不明確な時代における重要かつ困難な経営課題である。こ
の領域において,顧客・市場動向を意識した製品開発に要する時間の最適化 は調達の最適化と比べて直接的ではないが,重要な意義を持つものである。
そのためには,製品調達の流れとは逆の顧客・市場からの情報入手を経て製 品開発までの時間の最速化,及びそのような顧客ニーズ・ウォソツを中心と した製品開発情報の組織的管理と創造が必要なことは言うまでもない。さら には,このような情報の管理と提供の基に高度に発展した情報ネットワーク をベースとした顧客と一体化した製品開発も登場しつつあり,製品開発段階 の再編と多重化を目論むコンカレソトエソジニアリソグなどと共に今後の製 品開発に要する時間の最適化を担う一大要因と考えられる。(横田,2007)
1.3.超分散型ビジネスシステム
上記にまとめた経営のアジィリィティ化を目指す経営パフォーマソスの最 適化は,「時間」の最適化として位置づけられるが,それを基本的に支える ものとしてネットワークを主体とした経営情報システムの進展があることは 論を待たない。今や経営情報システムは,経営体の神経系統として単に経営
戦略支援・経営意思決定支援のみならず,経営そのものと不可分の関係にあ り,情報システムの構築やその進展は経営活動そのものの是非を問うものと なりつつある。特に近年においては,ネットワーク志向の情報システムの特 性として,パソコソや情報端末などの個別コソポーネソトにビルトイソされ た業務や機能が空間的に分散配置され,実際の業務実施においては情報ネッ トワークを通して統合化されるという機能的分散処理の傾向が顕著である。
一方,「ユビキダス時代」(坂村,2002)という言葉に代表される「モノ」
までに及んだ情報発信機能は,これまでの経営組織及びそれを構成する人の 延長として固有製品までに拡張され,情報システム自体の大きな革新を提起
しつつある。すなわち,このような組織・人・製品へと垂直的かつ水平的な 機能分散の拡張は今後,加速度的に強まるものと考えられよう。
このようなシステムにおける経営活動の重要要件としては,情報化・知能 化の垂直的かつ水平的展開とその再統合としての経営活動のパフオーマソス の向上である。このような超分散型ビジネスシステムに基盤を置いた,経営 資源の統合化された概念である「時間」の最適化はそのなかに,分散配置さ れたコソポーネソトの統合方策をも一つの経営資源的要素と捉えた企業活動 の総合的パフォーマソスの指標として位置づけられよう。
以下においては,第2章において,「時間」の最適化を意識した経営のア ジィリィティ化を目指した現代における要求事項とそれを担う経営情報シス テムの課題を提起し,続く第3章において,その現代的解決の大きな潮流と それに基づく状況の整理を行う。さらに,最終章において,序章で与えられ ている問題提起と対応される評価と問題点の整理を試みる。
2.経営のアジリィティ化への現代的要件と情報システムへの課題
2.1.サプライチェーンと全体最適化 (1)注文生産志向への潮流
大量生産・大量消費という言葉に代表されるマス・マーケティソグの時代
は遙かに過ぎ去り,確定した受注のもとに生産を開始するという,注文生産 方式の志向への流れが,これまでの見込み生産方式が主流であった各種業界 においても顕著である。(坪根,他,2000)このことは製品開発における顧 客志向・多様化とは無関係ではないが,ここにおいては生産から販売に向か
う製品調達の側面において考察する。
少品種多量から多品種少量を経て個別顧客を意識した生産への転換は,生 産方式から見ると見込み生産方式から注文生産方式への転換ということが言 えよう。もともと見込み生産方式と注文生産方式の区分は,その製品が対象
とする顧客・市場特性を意識した生産方式の区分であった。
例えば,日用品・食品の業界においてはそれらの商品特性からみて,顧客 の発注を待って生産すべき色合いは薄く,すでに提供された製品に対して売 上の機会損失を如何に最小化するかを念頭に置いた製品の調達が要求され
る。一方,注文生産方式の代表的な製品として自動車が挙げられるが,これ は,顧客の意向を取り込んだ製品仕様のもとに,顧客の発注を待って生産が 開始される。
特筆すべきは,今日において,これまで製品特性において区分化されてき た生産方式が大きく注文生産方式への色合いを強めて来つつあるという傾向 が見受けられることである。すなわち,従来は見込み生産方式が主流であっ た製品が,現在においては軒並みに受注生産方式にシフトするといった状況 である。このことの背後には,SCMに代表されるリードタイムの大幅な短 縮化の可能性と流通在庫を含む各種在庫に対しての極限までの最適化の考え 方が存在する。
例えば,パソコソの事例が代表的なものとして取りあげられる。これまで 綿密な市場調査による需要予測に基づいて生産されてきたパソコソ生産は,
現在においては自動車と同様な顧客仕様に基づいた製品化と迅速なリードタ イムの実現が可能となり,このことは業界の受注生産方式への変化をもたら している。今や,パソコソ業界では綿密な市場分析よりも当面の多彩な製品
の投入とそれらの製品に対する顧客の反応,及び評価された製品について製 品提供の迅速さがビジネスのキーとして位置づけられている。この流れの延 長として,顧客と一体化した製品開発についても見逃すことは出来ない。
(2)高精度の在庫管理
本来,在庫の機能は変動性に富む販売と一律性を重視する生産の間の緩衝 機能(バッファー)である。このことから考えることにより,在庫は基本的 に見込み生産方式における販売の機会損失を回避する手段として機能するも のであり,完全な受注生産方式においては原理的には在庫は存在しない。し かしながら,見込み生産方式を採る製品については流通の各段階における在 庫は必要不可欠な存在であり,かつ,過剰在庫の一掃はビジネスにおける究 極的な課題として古来存在し,その対策としては次のような手が打たれてき
た。
・需要予測の精度の向上
・在庫状況のリアルタイム照会と在庫管理方式の高精度化 少量多頻度発注
これらはについては過剰在庫消滅対策としてはいずれも相補的かつ重要な 役割を演ずるものであるが,流通上もっとも基本的かつ有効的と考えられる のは,タイムラグのない在庫状況の一元的把握であろう。初期の経営情報シ ステムもこの効果を目標として導入されたものが多く,「オソライソ受発注 システム」,「物流オソライソシステム」などはその代表的なものであった。
現在においても,POSにおける販売現場での売上情報から流通の各段階を 経由して生産まで届くオソライソ情報の統一的な管理は基幹的な経営情報シ
ステムの核であることは言うまでもない。
また,生産においては,最終製品を生産するための数多くの素材や中間製 品を必要とすることから最終製品の生産量に見合うそれらの素材・中間製品 を構造的に把握し,生産ライソの操業度に併せた所要量計画システム
(MRP, Material Requirement Program)が構築されてきた。 MRPは生産 所要量の計算だけではなく原価計算・品質管理を連動させ,現在においては 生産システムの柔軟性をとりこんだMRP−]1,さらには生産を核として,
物流・在庫,さらには販売や需要予測など広範な機能を包含した統一的な情 報システム(ERP, Enterprise Requirement System)へと進化を見せている。
以上のような生産・流通の現場における情報システムの進化はその効果と して過剰在庫の消滅に大きく寄与するものであった。流通オンライソシステ ムは市場に出荷された製品の在庫管理に対して,MRPは生産現場における 製品の所量量の在庫管理に対して大きな効果を発揮したものといえよう。
(舟木,2004)
(3)調達ネットワークとサプライチェーン
近年の広域ネットワークやイソターネットの進展は上記のシステムへの高 度な発展をもたらしたのみならず,次の点に指摘される画期的な影響を与え
つつある。
リアルタイムを目指す企業間生産ネットワークの実現による全体最適化 ・販売,物流・在庫,生産の機能の高度な分散配置と全体最適化
前者は近年SCMの名の下に近代的な経営手法として確立されつつあるも のである。(M.Arturo, etal,2001)SCMについても生産方式と同様に各業 界について様々なやり方が存在する。
後者は経営の各機能のコソポーネソトが組織個人さらにはユビキダス時 代の特徴とされる個々の製品というライソに沿って一層の分散化が進むこと である。重要なことは高度に分散配置された個々のコンポーネソトにITが 装備されていることであり,近年のネットワーク環境の驚異的進展はこのよ
うな高度に分散化された経営目的に沿った機能の統合化と活性化及び全体最 適化は,時期ユビキダス世代における経営情報システムの大きな課題となる
ものと考えられる。そして,情報イソフラの整備の進展から考え,時代は着
々とその方向に進みつつあり,来るべき世代における経営情報システムの進 む方向の検討が要請されるものと考えられる。
2.2.顧客志向の徹底
(1)顧客満足度及びその向上
経営活動の目標として近年,かねてから言われてきた「利潤追求」という 言葉に代わり,「顧客満足度の向上」という言葉が一般的となってきた。経 営の目的及び経営活動の継続性から考えて,「利潤追求」の位置付けは変わ ることはないが,顧客満足度の登場は企業が現在において提供する製品と顧 客・市場との間の新たな段階に直面している事実を表しているものと考えざ
るを得ない。
顧客満足度についての厳密な定義は今のところ見受けられない。むしろ,
製品やサービスを対象として,その提供を受けた顧客のその製品・サービス,
価格,販売方法などに対しての総合評価の側面を持つものと考えられる。
フィリップ・コトラー(1996)は顧客に提供される製品には次の3層の階 層的な製品属性があると言及している。
・中核製品:顧客に提供される機能,サービス
・有形製品:品質,特徴,スタイル,ブラソド,包装
・拡大製品:配送,クレジット,据え付け保証,アフターサービス 顧客満足度は提供された製品(上記の中核・有形・拡大を含めた)につい
て顧客がコストパフォーマソス及びリードタイム(入手に要する時間)をふ くめた総合的な評価であると考えることが出来る。かつての「大衆」から
「小衆」を経て,顧客個人を対象とすることが必然となりつつある現代にお いて,個々の顧客の総合的評価である「顧客満足度」は生産から販売までの 一連の経営活動の死命を制する概念となりつつある。
以上の観点に立って経営活動の現代的課題である「顧客満足度の向上」に ついての要件としては次の3つを挙げることが出来る。
・製品(中核,有形,拡大の3つの概念から捉えた)そのものの評価 ・価格対性能比(コストパフォーマンス)
・入手に要するリードタイム
ここで特に焦点を当てる要件について最初に挙げるものは製品そのものの 評価である。特に個人にまで多様化した製品開発を考えざるを得ない傾向に おいて,この点を中心においた「顧客満足度の向上」は最も重要視される要 件と考えられるからである。
(2)マーケットインの徹底化と微細ニーズへの即応
「顧客の要望を先取りした製品開発」は製品開発上の至上命題であるが,
現在の顧客の嗜好の多様化はこの命題の実現を著しく困難にしている。これ までの製品開発においては,概略において次のような手続きのもとに製品開 発が行われるのが常であった。
①アイディアの創出とふるい分け(市場調査など)
②製品コソセプトの開発
③マーケティソグ計画の立案と実施 ④製品開発と市場テスト
⑤ 市場投入
この様に製品生産に至る前に①〜②までの十分な調査が実施され,製品に ついての具体的なコソセプトが打ち立てられるのが通常であった。
顧客の嗜好の多様化への対応には,このプロセスに加えてより徹底した マーケットイソの試行が求められる。そのことにより①〜⑤のプロセスを踏 んだ製品開発全体に要する時間の膨大さへの対処からコソカレントエソジニ アリソグなどの開発技法が採用されることになる。コソカレソトエソジニア リソグは①〜⑤の開発段階を区分化し,複数の製品に対してそれらを工程的 に再編した開発技法であり,日本における生産方式の大きな成果である。
一方,①〜⑤をまとめて扱いその全体的開発期間の飛躍的短縮を狙ったも
のにテスト製品の直接的市場投入と評価の迅速化があげられる。すなわち,
一応の顧客動向を反映させた複数商品を市場に直接投入して,顧客の反応を 窺うというものである。ある特定の製品に大きく売上が集中した場合,その 製品を中心として製品のライソアップを洗い直し(極端な場合はその製品に 特化し),その仕様に基づいて早急な生産・市場投入を行おうとするもので ある。重要な点は,この方法においては顧客の購入動向のリアルタイムな把 握とそれに特化した製品の迅速な開発が実現されなければならないというこ
とである。
この方式は市場において予め検出できない微細なニーズの顕在化にも寄与 するものであり,かねてから「ニーズからウォソッへ」という顧客ニーズの 背後を探索する製品開発の大きなテーマに対して一つの解決方法を与えるも のである。「ニーズからウォソッへ」というこのテーマの実施は非常に困難 なものであるが,テスト製品の直接市場投入と迅速な開発サポートはその主
旨を一部,実現させたものと言えよう。(岩下,2007)
(3)顧客一体型製品開発
「ニーズからウォソッへ」の開発を実現させる究極的なマーケットイソ志 向の開発志向の一つの実現のかたちとして顧客とメーカの一体型開発があ る。この開発方式は近年のイソターネットの爆発的な普及とその情報ネット ワークイソフラとしての確立に大きく基盤をおいている。しかしながら,こ の源流は過去20年以上前に注目を浴びたサービス情報システムにあるものと 言えよう。
サービスの概念は旧来は顧客からの製品に対するクレーム処理に代表さ れ,クレームの発生時点における対処療法的対応に終始したものであったが,
それを大きく変えたのが,「サービスとはメーカと顧客の相互作用」という 考え方であった。その考え方を実質的にサポートした「サービス情報システ ム」においては,顧客からのクレーム情報やそれに対するメーカからのフォ
ロー情報を土台として,それに対する対処が次のようなコソセプトに立って 行われたことによることが大きい。
サービス部門単独の局所的対応で終始せず,生産から製品開発の機能に まで遡って波及させたこと
・サービスに関する情報を情報資産として扱い,その統一的管理により次 への製品開発のための顧客要求情報としたこと
顧客一体型製品開発は考え方としては,この2つの立場を徹底させた開発 方式であり,顧客からの意見への直接的な対応と共にそれらの意見に対する 構造的な認識による顧客の潜在的な要求を推定・顕在化させるものといえ
る。すなわち,「ニーズからウォソツへ」の製品開発の方向がサービス及び それを支えるサービス情報システムにより,実現の一歩を見たと考えられる。
もちろんこの情報システムが現代において活躍する情報的イソフラとしてイ ソターネットに代表される情報ネットワークシステムの進展があることは言
うまでもない。
2.3.組織と企業のネットワークと情報資産 (1)組織と企業の仮想化
仮想化(バーチャル化)は企業内における既存組織を基として仮想的に樹 立した組織,すなわち,仮想組織と企業間にまたがったかたちで各々の企業 の特定の経営機能を結びつけた仮想企業に大別される。双方とも情報ネット ワークをその存立基盤の手段としていることに大きな特徴がある。
仮想組織は現状組織では十分に対応できない,非経常的な経営活動を行う 一つの方法として登場した。その要請は主として次のものがある。
現状の方法では顧客・市場の変化の速さに対応できない ・一層の低コスト,高品質な商品の提供が求められている
・既成の組織の枠組みを超える多面的な機能の必要性が生じている ・既成の組織の枠組みの中で柔軟性の高い組織運用をはかりたい
これらは前節で展開した「顧客満足度の向上」の追求の具体的なサブゴー ルであり,また,顧客・市場の変化に早急に対応する「時間」という経営資 源を最大限に活用する要請であり,現代にける経営の中核的課題である。こ のような経営課題に対しては,組織論的には,タスクフォース,プロジェク ト,SBU(Strategic Business Unit)などの方法により対処してきた。仮想 組織はかたちとしては情報ネットワークを基盤として構築された一種のトラ ソジェソトなSBUと定義されることも可能であろう。
仮想企業は仮想組織の概念を企業間にまで拡張させたものである。仮想企 業については,「製品やサービスを素早く提供するため,市場や顧客のニー ズに関するデータを集め,高度な情報ネットワークを構築し,取引先や顧客 などを結ぶ統合ネットワークの中で運用していく企業」の定義があるが,顧 客・市場の変化が大きく不透明でかつ迅速性が要求される経営展開の中で,
全ての領域を同一の企業で行うにはコスト,リスクとも大きすぎ,顧客・市 場に対しての有効な対応が出来ない場合への一つの解決方策である。このた め,仮想化の効用は実質的には仮想企業の方が大きい。それは,中堅企業が 協同することにより,大企業に匹敵する経営活動を実質的に可能にする手段 であり,さらに随意な編成により,極めて戦略的で柔軟な組織構造を採れる からである。仮想企業は参画する各企業の特色あるコアビジネスの統合体と して機能する。その関わりのあり方とされるものが,パートナー,アライア ソス,コラボレーショソであり,単なる短期的な協力関係にあるのではなく,
長期に渡っての資本にとらわれない水平的な協調関係が前提とされるもので
ある。
仮想企業の基盤をなすものは,水平分散指向の企業間ネットワークであり,
自動車産業に見受けられる協力会社組織を基盤とした「子受・孫請」と対比 させ「横請」と称されることもある。強固な協力会社の垂直型の結合による 顧客・市場対応とは別の次元において対応するものと考えられる組織形態で ある。このような仮想企業の根本をなすものは,参加企業の各々の個性を尊
重した協力性であり,その基盤を担う情報ネットワークも蓄積情報の共同利 用を目的の中心に置く水平分散型のシステムであり,結果的には製品提供に おける生産から販売へと向かう広い意味でのSCMを構成していることにな
る。
(2)情報の資産的活用と新しいDSS
現在における情報システムは経営活動における各機能を合目的・効率的・
高品質的に動作させる神経系統であると考えられる。したがって,その評価 についてはただ単なるコスト換算を越えて,重要視されるものともなってき ている。その端的な表れが,経営における情報資産の重要視であろう。
情報システムについては,その評価はこれまでにもいろいろな評価が試み られてきた。その主旨を辿るならば,次の3点に置かれよう。
・総合コスト
情報システム資源,人的資源に関わるコストを多面的に捉え,その総 額並に配分から適正化の検討を行うもの。
・戦略・管理の手段
情報収集・加工・提供のネットワーク,横断的な管理・統制のための 手段としての活用度を計測するもの。
資産としての情報
経営の第4番目の資源である「情報」の資産としての蓄積と活用に対 して,どれだけ情報システムが機能しているかの検討を行うもの。
現代の情報システム評価において重要視されるのは「戦略・管理の手段」
と「資産としての情報」であろう。特に,顧客・市場の「ニーズとウォンツ」
の発見とそれに基づく意思決定の迅速化は企業の死命を制するものであり,
そのために,今日において「資産としての情報」に対しての評価のウェート が高まりつつある。
その一つの手段として注目を浴びつつあるものに「データマイニング」,
「テキストマイニソグ」がある。これらは,POS,コールセソターなどに よる市場からの膨大な定量・定性データから不透明な市場の解明と顧客のウ オソツを探索するための手法であり,その概念は膨大な市場データの「系統 的管理」と「情報資産」であり,そこにおいては,情報システムは単に意思 決定の支援のみならず,企業活動の駆動を担うものとなっている。
データマイニソグについてはそのことが「仮説検証」の手段として直結し ており,意思決定のスタイルとその性能を大幅に向上させたと言うことは特 筆されるべきであろう。(福本,他,2001)
意思決定の中心となる考え方に代替案選択があるが,状況に対応した複数 の代替案の立案としてデータマイニソグは有力な手段を提供しており,かつ,
その事前シミュレーショソ,事後の仮説検証においても情報システムを抜き にしては語れない。
特に不透明な市場に対する意思決定においては,強力な仮説検証能力は必 要不可欠なものであり,「資産としての情報」を上手に使うことが今後の経 営活動を展開していく上での最重要事項となりつつある。
その意味から考えても,「資産としての情報の活用」とそれに基づく意思 決定は新しいDSS(Decision Support System)として企業の不可欠な要
因となるものと考えられる。
また,経営組織における知識と意思決定力を動態的に分析した「知」の展 開についても「資産としての情報」の視点を外しては語れないものがある。
この観点については,近年,経営活動のデータベースとしての「知識」と意 思決定のエソジソとしての「知恵」を統合した「知」の管理と創成について 経営学的な立場からのアプローチが展開されており,組織論的展開とも重ね 合わされ,広範な研究領域となるものと思われる。(宇井,2001)この点に 関しても情報システムは経営システムをドラ・イブする不可欠な要素として中 核的な位置づけを持つものと考えられる。
3.情報システムの構築と活用(問題とその解決方向)
3.1.業務革新(BPR)の有効的手段としての情報システム (1)ERPの導入と日本企業における問題点
これまで述べたように経営のアジリティー化は現在の企業経営に不可欠の 要素であり,このためには企業内および関連企業間の情報の流れを司る情報 システムの迅速化と統合化を継続的に実施しなければならない。しかし,経 営のアジリティー化の要請はますます高度化し,且つSCMやEDI(Electro Data Interchange)などの情報システムは企業内で完結するのではなく,仮 想企業として関連企業や顧客企業との間での情報共有を行う必要性が高まっ ており,関連する企業間の情報システムの整合性も重要になっている。
このようにシステムソフトウェアの高度化には規模によっては一企業で 100億円におよぶ膨大な投資が必要となっているが,その抑制および他企業 との情報共有の容易性の確保のために,ERPパッケージと呼ばれる汎用ソ フトウェアの導入が進められている(大貫,2004)。ERPパッケージとは企 業内の基幹業務システムに関する世界中の企業の業務体系のベストプラクテ
ィスを織り込んだリレーショナル・データベースを機軸とするパッケージソ フトウェアであり,これまでの自社内の情報システム部門で構築されたイソ ハウスの業務システムと比較して,以下の特徴がある(猿谷,2000)。
①統合化されている。
②標準化されている。
③開発/テストが容易である。
④一定の品質が保証される ⑤導入期間が短くて済む。
⑥段階的導入が可能であり,容易に最新版にアップデートできる。
経営のアジリティー化には企業内の各部門間ならびに関連企業間の業務の 全体最適化が必要である。ERPパッケージは統合化され,標準化された業
務システムであることから,パッケージの導入は,これまでの各部門の業務 に部分最適化された業務プロセスをパッケージが規定するベストプラクティ ス企業の標準的な業務プロセスに変化することを企業内の関連する全部門に 要請する。すなわち,ERPパッケージの導入とともに企業内のBPR(Busi−
ness Process Reengineering)をあわせて実施することになる。したがって,
全社的なERPパッケージの導入( ビッグバソ型導入 と呼ばれる)は導 入による効果も大きいが,成功に導くには経営者の強力なコミットメソトが 必要である。
しかし,日本においては多くのERP導入プロジェクトが計画どおりに完 了せず,期待した効果を揚げることができていないことが多くの研究者や実 務者によって指摘されている(例えば,熊澤,2004)。この原因の一つには,
日本企業と欧米企業との業務形態の違いが揚げられると考えられる。欧米企 業は古くから外国人労働者など文化の異なる従業員を雇用しており,且つ労 働力の流動性も高い。したがって,しばしば言語すら通じない新しい従業員 にいち早く効率的に業務を行わせるために業務が標準化されており,トップ ダウン型で標準に沿った全社的な業務体系が構築されている。これに対して,
わが国では終身雇用制のもと業務プロセスの多くが暗黙知の形で長い年月を かけて伝承されて,長期間企業の内部に情報とともに蓄積される経営資源で ある「ヒト」によってボトムアップ型で業務体系化されている。さらにこの 業務プロセスも確定的なものではなく,常に環境に適用するように改善され
ている。
ERPパッケージは欧米企業によって開発されたことから,欧米企業のも つ明確なトップダウソ型の業務標準体系をもとにしてシステムが構築されて いる。したがって,欧米企業ではERPパッケージの導入に対する障害も少 ないが,日本企業のように「ヒト」に依存する暗黙知をもとに業務体系が構築 され且つこの体系が貴重な企業の組織能力を形成している場合は,ERPパ
ッケージの導入が必ずしも企業の強さを引き出すとはいえないと考えられ
る。
たとえば,トヨタ自動車はその最強と呼ばれる生産システムにERPパッ ケージを導入しておらず,今後も導入の予定はないことが報告されている
(吉原,2003)。ERPパッケージはJIT(Just In Time),カソバソ方式とい ったトヨタ生産方式の業務システムをベストプラクティスとして体系化して システムに組み入れているが,トヨタの生産方式は常に現場からカイゼソさ れており,巨額を投じて自らに変更できないシステムを導入することに意義 を感じておらず,またERPパッケージを導入することによって自社の競争 優位の源泉である生産システムがベストプラクティスとして外部に周知され
ることを回避していると考えられる。業務プロセスの継続的に革新する能力 を企業の競争力の源泉としている企業の場合,その業務プロセスを業務プロ セスを強固なERPパッケージによって硬直化させてしまうことは,その企 業の競争力を低下させると考えられる。
(2)BPRの手法としてのERP
一方で,経営のアジリティー化はグローバル競争の中での必須の経営課題 であり,このためには経営情報システムの統合化が不可欠である。しかし,
前述したように多くの日本企業において統合化された経営情報システムの導 入は,ERPベソダーからのERPパッケージの導入,すなわち単なる経営情 報システムが自主開発(オーダーメイド服)から,グローバルスタソダード化
されたERPパッケージ(既製服)に変わることと認識されており,業務プ ロセス革新,すなわちBPRと結びついていない。 ERPパッケージ導入によ って,これまでの自主開発のオーダーメイドの使いやすい情報システムが既 製服の多少ぎこちないシステムに変わっただけで,煩雑な情報のイソプット が増えたという印象を従業員に与えていることが報告されている(吉原,
2003)。
経営情報システムの統合化の目的は経営のアジリティー化の支援であり,
ERPパッケージの導入と同義ではなく,ERPパッケージを導入したからと いって経営情報システムの統合化が達成できるわけではない。この目的を達 成するためには,まず自社の業務フローを全体最適化するBPRの取り組み が不可欠である。しかし,上述したようにわが国の企業の業務プロセスは欧 米企業のように明確なマニュアルや標準に則って高度に体系化されていない ことが多く,不文律や慣習・慣例によって業務プロセスの一部が補完されて いることから,すべての業務プロセスを形式知化し,,全体最適の観点から再 構築するには膨大な作業を必要とする。特に,ERPベンダーが推奨する企 業活動全般へのERPパッケージの一括導入,いわゆう ビッグバソ導入 を成功に導くには,周到な計画と社員全員の意識改革を進めなければならず,
投資額も莫大なだけに失敗するリスクも大きい。
このため,一般的には経理部門や人事部門など,企業活動の全バリューチ ェーソのなかでその企業の競争力の源泉となっていない機能に関してERP パッケージのモジュールを導入して,ERPパッケージの業務プロセスに現 在の業務を合わせることによって業務プロセスを整流化する形でのERP導 入が進んでいる。これによって世界中の企業のベストプラクティスが取り入 れられたERPパッケージによって業務プロセスを改革し,その効率性やア ジリティーを世界標準まで引き上げることができると考えられる。
しかし,このような部分的な導入では,競争力の源泉となっているイソハ ウスシステムの部門とERPパッケージを導入した部門間での経営情報の交 換がシームレスではない。また,ERPパッケージは企業内の全機能に導入
した場合に最大の成果が得られるように設計されている。しかし,企業の競 争優位の源泉となっている機能は漸進的に改善される「ヒト」ベースの業務 プロセスによって運用されていることから,これらの機能とERPパッケー ジを利用した機能との間の関係が最適とはいえず,その間に何らかの余分な 変換プロセスが必要になる場合があると考えられる。たとえば,資材・調達 部門にERPパッケージを導入して資材調達情報システムが高度化しても,
工場や営業部門の情報システムがイソハウスの個別のシステムであれば,原 材料の調達在庫や製品在庫が最適化できないことが考えられる。このように,
一部の機能へのERPパッケージだけでは経営のアジリティー化を十分に支
援できない。
したがって,日本企業の強みであるボトムアップ式の業務改善型の業務プ ロセスとトップダウソ式のERP導入の整合性をいかに図るかが日本企業の 統合化情報システムにおいて極めて重要になるものと考えられる。
(3)ERP2.0
以上で述べたように,ERPパッケージによるBPRは企業の競争力の源泉 となっていない機能の業務改革には有効であるが,企業の競争優位の源泉と なっている機能については,特に日本企業のようにボトムアップ型の改善的 な業務革新を行っている企業においては有効ではない可能性があると考えら れる。さらに,ERPパッケージの部分的な導入では全社的な業務革新によ
る経営のアジリティー化の要請に十分答えられない可能性があることも危惧 されよう。また,現在のERPパッケージは一旦導入すると,変更はべソダー 企業に依頼しなければならず,場合によっては巨額の投資と長いリードタイ ムが必要である。さらに,業務革新によって改善された業務プロセスをもと に構築されたシステムはベストプラクティスとしてベソダー企業経由で競合 企業を含む世界中の企業で共有され,改善された業務プロセスによる競争優 位は持続しない。
ところで,近年イソターネット技術は,Web2.0という新しい流れへと移 行している。これは,Britannia Online(ブリタニア社がブリタニアの所有 する百科辞典のコソテソツをブリタニアのデータベースサーバに保管してお
き,これを会員ユーザに閲覧することを許可するビジネス)からWikipedia
(不特定の参加者がWikiという書き換え可能なソフトウェアを使って自由 にコソテソツをアップロードしていく自己増殖型の百科辞典)への流れとし
て象徴される統合型・指示型から分散型・参加型への移行である。Tim O ReillyによるとWeb2.0のコアコソピタンスは以下のとおりである。
①パッケージソフトウェアからサービスへ
ここではWeb 1.0の旗手であるNetscapeとWeb2.0の旗手であるGoogle とを対比して得られた動きを示している。Netscapeは同社が開発したWeb ブラウザソフトウェアを利用したNetscapeサーバとそのアプリケーショソ を顧客企業に販売し,顧客企業の業務に必要な情報をブラウズできる機能を 提供してきた。すなわち,サーバ内に格納されたデータベースをブラウズす ることによって必要な情報を得るパッケージソフトウェアをハードウェアと ともに販売した。一方,Googleはソフトウェアを販売するのではなく,世 界中に存在するデータから必要な情報を検索するというサービスを提供して いる。Googleが保有するのはデータではなく,世界中のサーバに分散され ているコソテソツ(情報)をそれを欲している人に提供できる特殊なデータ ベースと検索エソジソである。
このような考え方を経営情報システムに当てはめると,現在の堅牢なサー バアプリケーショソであるERPパッケージがNetscapeであるのに対して,
新たな経営情報システム(ERP.2.0と名づける)はGoogleのように社内の 各部門のサーバや各従業員のPC上に分散して保有されているデータを新た に加工することなく,必要なデータを自由に検索して探し出し,加工して活 用するサービスとして捉えることができると考えられる。
②参加のアーキテクチャー・集合知の利用
Web2.0にはAmazonにおける本の評価やWikipediaのサービスに代表さ れるように,ユーザが単に情報の受領者ではなく発信者となって情報の拡大 に参加して集合知を形成する仕組みが構築されている。ユーザがデータベー スの拡充に自発的に参加することによって知識の体系が自律的に広がる仕組 みがWeb2.0には取り込まれている。
これまでのERPパッケージを利用した情報システムにおける従業員は,
パッケージソフトウェアがあらかじめ決めた業務プロセスにしたがって業務 を行う受身の存在であったが,ERP2.0では従業員は業務プロセスを変革す る参加者として活動することが奨励される。全員が参加することによって,
各部門で有効な業務プロセスが他部門にとって不利益である場合,これを変 革することができる全体最適が自律的に可能になり,ボトムアップとトップ ダウソが共存できる環境が構築できるものと考えられる。これは,従業員全 員が情報を持つ「ヒト」として経営革新に参加する日本企業において特に有 効な情報システムと考えられる。
③高い拡張性とコスト効率
Web2.0では従来の複雑で高度なプログラミソグモデルではなく,単純で 軽量なプログラミソグモデルが利用される。このため,多少プログラミソグ 言語に関する知識があれば,基幹モデルをユーザが自らのニーズに合うよう
に改変して,さらにこれを公開して誰でも利用することができる。
ERP2.0においても,一般の従業員がシステムに構築されている業務プロ セスを各々のニーズに応じて改変することが可能になれば,高額な費用をベ ソダー企業に支払うことなしにタイムリーにシステムを最新で且つ企業固有 の組織風土に合致させるように修正し発展させることが可能になるものと考
えられる。
このようにイソターネット技術がWeb 1.0の集約的な大規模パッケージソ フトウェアからユーザが容易に参加して進化できるサービスに変化している ように,経営情報システムもERPパッケージソフトウェアから分散型デー タベースを緩やかに結合させた検索・情報交換サービスに進化することによ って,日本企業の得意とするボトムアップとグローバル企業としてのトップ ダウソ型業務プロセスが融合した新たな経営情報システムが構築できると考
えられる。
3.2.ユビキタスネットワーク
(1)経営情報システムの維持管理への要請
全社的経営情報システムの構築のためには,経営に関わる情報のデータ ベースへのインプット作業が必要になる。たとえば工場の生産ライソでは,
原材料毎に受入量,使用量を日々管理して調達を最適化して在庫を最小化す る必要がある。さらには各工作機械の稼働状況,多品種少量生産に対応する ため,各品種の需要量の調整と納期管理など種々のデータの登録が必要にな る。このため,経営情報ネットワークに接続されたパソコソを使用する工場 のスタッフは現場に出ることなく,終日データの登録作業に追われることに
なる。
経営のアジリティー化と注文生産志向が進めば進むほど登録すべきデータ の種類と量が増え,その情報の更新頻度が増す。この結果,各部門のスタッ フは経営情報システムの維持管理に多大な時間を要するようになり,かえっ て生産性や創造性が低下することが危惧される。
このような状況を打破する技術として注目されるのが,近年のICタグ技 術,無線LAN技術,セソサーネットワークの進歩に代表されるユビキタス 化である。ユビキタスとは,それが何であるかを意識させず,しかも「いつ でも,どこでも,だれでも」恩恵を受けることができるインターフェイス,
環境,技術のことである。
(2)ユビキタス情報システム
ユビキタス化によって企業内の機器,従業員,資材,文書などすべての経 営資源のIP(lnternet Protoco1)化が可能になる。すなわち,それらの経営 資源が社内のネットワークと連結されることになる。すでに,Amazonなど ではロジスティクスをICタグや二次元バーコードを取り入れて大幅に自動 化しており,SCMのユビキタス化が進んでいる。ユビキタスが経営情報シ ステムに取り入れられユビキタス情報システム化されると,企業内の個々の
業務のインプット⇒処理⇒アウトプットの1/0処理作業が自動化されて,
人の手を介することなく常に経営情報が最新状態に維持されるようになると 考えられる。また,システムに自動的に与えられた情報を元に,これに関連 する下流側の作業指示が自動で機器,従業員,資材に与えられ,最適な状態 での業務遂行が維持され,モニタリソグされる。これは経営情報システムと いう仮想空間と企業活動という実空間をシームレスでつなぐことを意味する と考えられる。これにより企業は仮想化し,関連する企業間とも用意に連携 し,経営のアジリティー化を進行させられると考えられる。
さらに,ユビキタス化ではネットワーク環境で取り扱える情報が従来の文 字情報のみではなく,音声,動画などの情報に拡張され,業務上の容易に文 字情報化しにくいノウハウのような暗黙知を,そのままの状態で容易に伝達 できるようになると考えられる。これによって,これまで文字情報を主体と してきた経営情報が非文字情報に広がる。これは製造業の現場など文字情報 への変換に時間を要する業種において,経営情報システムの活用を進ませる 原動力になるものと考えられる。すなわち,熟練工のノウハウやスキルを従 来の文字情報だけではなく,音声,画像などの暗黙知の伝達手段を活用する ことによって,文脈を含む多くの情報を伝承できると考えられる。このよう なユビキダスネットワークの方向が端的に窺われるものとして次の事例が挙 げられる。
事例1 (株)インクスのファラオ
企業活動のユビキタス化のひとつの例として,㈱イソクスの取り組 みについて述べる(山田,2005)。イソクスは主に携帯電話向けの金型 メーカであるが,従来45日かかっていた試作品を45時間で製造する仕 組みを構築して,注目されているベソチャー企業である。この仕組み の構築の中心にあるのが「ファラオ」と呼ばれる自社開発の生産管理 システムである。
イソクスでは金型製作という従来は熟練金型職人の技量に頼ってい
た作業を2.5年をかけて徹底した作業分析を行うことによって10000プ ロセスに上る形式知化したプロセスに体系化した。この製作工程情報 に設計,資材調達などのSCMを統合化させて「ファラオ」を構築し た。これによって顧客から注文が入ると,基本設計・詳細設計・金型 試作に至るプロセスを高度に自動化して作業するようにした。この結 果工場はファラオにネットワーク接続された工作機械をIDを有する アルバイトに作業指示を与える各種の情報端末のみで構成されて24分 の1におよぶ工程短縮を熟練工なしで達成した。このように生産ライ ソをユビキタスネットワーク化して高度に自動化したことにより,経 営資源を工程分析,新工法開発に振り向けることができ,開発された 新工法は即ファラオにアップデートされ,技量に関係なく初期から高
い品質で生産が行われている。
3.3.SNSによるイノベーションの活性化
(1)IT化によるコミュニケーショソ手段の変化
1970年代にパソコソが開発され,1989年ティム・バーナーズ=リーが WWWコソセプトを発表以来, ITは爆発的に広がっている。今日の企業の 若手従業員の多くは子供の頃からインターネット,携帯メール,ビデオゲー ムなどに親しんでおり,情報交換における非対面コミュニケーショソの割合 が増大している。また,今日多くの企業は1台/社員のPCを保有して業務 に活用している。この結果従業員は一日中PCに向かった作業に従事して,
臨席の同僚や上司,部下にも電子メールで情報伝達を行うようになっている。
これらの情報技術は情報交換に要するコストを低減できることから企業でも 積極的にこれを用いているが,その結果組織内外での対面コミュニケーショ ンによる情報交換は少なくなっている。
人間は対面コミュニケーションにおいて,全情報量の約9割を言語外の情
報,すなわち表情,口調,ゼスチャーなどによって行っているといわれてい る(堀,2003)。現在のPCなどITを使った非対面コミュニケーショソでは。
この9割を占める言語外のコミュニケーションが活用できない。すなわち,
非対面コミュニケーショソにおいて伝えようとする情報のコソテソツは文字 情報だけであり,文脈が伝わりにくい。したがって,個人の思いや気づきや 組織文化といった暗黙知を言語コミュニケーショソであるITツールで交
換,伝達するのは困難である(石塚,2005)。
(2)イノベーショソ創造への情報システムの役割
これからのわが国の発展において,イノベーショソは最も重要な要因の一 つであることは論を待たない。イノベーションの創造に関しては数多くの研 究が行われているが,そのなかでも野中らによる知識創造理論(SECI:So−
cialization−Externalization−lnternalization−Combinationモデル)は重要なイ ノベーショソモデルとして認知されている。
野中(1996)らによると,知識には暗黙知と形式知の2つがあり,それを 個人・集団の間で,相互に絶え間なく変換・移転することによってスパイラ ル的に新たな知識が創造されていく。こうした暗黙知と形式知の交換と知識 移転のプロセス(知識スパイラル)を示すのが,SECIモデルであり,以下 の4つのステップからなる。
①共同化(Socialization)
共体験などによって,個人の暗黙知を集団で獲得し伝達するプロセス ②表出化(Externalization)
得られた暗黙知を共有できるよう形式知に変換するプロセス ③連結化(Combination)
形式知同士を組み合わせて新たな形式知を創造するプロセス ④内面化(Internalization)
利用可能となった形式知を基に個人が実践を行い,その知識を体得す るプロセス
すべての知識の源泉は個人の体験に基づく暗黙知であり,複数の個人で構 成される集団のそれぞれが持つ暗黙知を共体験によって相互理解する(共同 化)。しかし個人の暗黙知はそのままでは他者と共有しにくいため,言語や 図表,数式などによって形式知に変換する(表出化)。形式知となって集団 で共有できるようになった知識は相互に連結(連結化)され,集団の形式知
(たとえばイノベーショソアイディア)として認知される。さらに,共有さ れた形式知が試作やサーベイなどの形で実践・検証されていく中で,個人は 新たな暗黙知を獲得していくというものである。このような知識スパイラル を活性化させることがイノベーショソをはじめとした知識を生み出す能力と なるが,そのために重要なものは公式・非公式な組織のなかで個人が集う
場 であるとされる。
上述したようにITを用いた情報システムは形式知のみしか扱えないこと から,上記のSECIプロセスのうち③の連結化をサポートするッールとなり
うるが,言語化できない暗黙知の伝達・交換・変換が必要なSECIプロセス の①,②,④には活用できない。一方で,(1)項で述べたように,近年の組 織においてはITの進歩によって対面コミュニケーショソの機会,すなわち
場 は少なくなっており,知識スパイラルが弱体化し,イノベーショソの 芽が育ちにくくなることが懸念される。
(3)暗黙知の「場」としてのプログ・SNSの可能性
暗黙知が形式知にしにくいのは,暗黙知が個人の置かれた環境や状況,個 人の価値観などの文脈に強く依存するためであり,文脈が容易に他の人に伝 達できない点にある。しかし,イノベーショソのもとになる事業環境の変化 は,顧客との接点にいる営業,技術との接点にいる研究所,モノとの接点に いる工場など個々の従業員の暗黙知によって認知され,ここからSECIプロ セスによって確固たるイノベーショソとして進化していく。
McAfee(2007)は,企業内イソトラネットでのコミュニケーショソツール
が,第一世代の①チャソネル系:電子メールに代表される個人間の情報交換 ツールと②イソフラ系:ホームページに代表される不特定多数への情報発信 ッールから,第二世代のEnterprise2.0(Web2.0を使った企業内のイソトラ ネット上のプログやSNS:Social Networking Service)による特定個人グ ループ間の情報共有ツールに移行していることを指摘している。たとえば,
SNSはもともと趣味や嗜好などが共通の友人間のコミュニケーショソを支 援するッールであった。総務省の発表によると2006年3月末時点での国内の SNS利用者は716万人で急速な広がりを見せている。上述したように企業も SNSの情報共有機能としての有効性を認識し始めており,わが国でもいく
つかの企業で従業員間の情報共有ツールとして導入している(土屋ら,2006)。
McAfeeは,メールなどの第一世代のコミュニケーションツールに対して
Enterprise2.0はSLATES(Search, Links, Authoring, Tags, Extensions,
Signals)点で優れていることを示している。そのなかで, Authoringすな わち著者性は,これらのッールによると情報開示者個人を特定できるととも に,多くの人にその情報が公開されていることから,その人を対面コミュニ ケーショソで既知の場合は文脈が伝わりやすく,また匿名性がある電子掲示 板などに比べて倫理面でも優れている。さらに,Extensions(拡張性)に優 れるために,ある情報をきっかけとした新たな知識の獲得が容易に行われる。
また,Links, Tagsに関しては,情報提供者や受け取り者が関連する情報に リソクを貼ったり,あとで整理しやすいようにタグをつけたりすることがで きる点である。これらは,個人が収集した分散情報をサーバなどに集中管理 するのではなく,社内外の種々の機器に分散して蓄積されたまま情報にリソ クを貼ることによって共有される。すなわち,企業内に分散して存在するす べての経営情報がリンクという形で有機的に結合され,必要なときに検索さ れて表示され処理される超分散型の経営情報システムのひとつの方向を指し 示しているものと考えられる。
峰滝らによるイソトラネットプログ・SNS導入企業のアソケート調査を