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AHistorica1SurveyofScore−reading  in Japanese Musical Education

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(1)

我が国の音楽教育における読譜の歴史的な        変遷について[IV]

一〈固定ド>と〈移動ド>の音感と唱法の問題を根底に 古  田  庄  平*

(平成元年10月31日受理)

AHistorica1SurveyofScore−reading

  in Japanese Musical Education

一<Fixed−Doh>and〈Movable−Doh>for Auditory Sense      and Score−reading in Music一

Shyohei FURUTA*

(Receive(1,0ctober31,1989)

はじめに

 前回の論文[III]では,主に昭和14年9月の第一巻第一号から昭和16年9月の第三巻第 九号までの「音楽教育研究」という雑誌と,それが,昭和16年10月の第三巻第十一号から

「音楽教育」と改題され,昭和18年の5月号まで発刊し続けられた雑誌に掲載された論文 の中から〈音感と唱法〉に関する論文を年代を追って検索し,それぞれの時代における音 感と唱法及び読譜指導のあり方の歴史的変遷について考察してきた。

 ところが,昭和18年から昭和20年にかけてだんだんと戦争が激しくなり,雑誌の発刊が 難しくなったためか,その問の雑誌は入手できなかった。したがって,戦後,新しく学校 教育が開始されることとなり,音楽教育の研究も新しい方向に向かって再出発することに なった昭和21年に,再び改題され発刊されることになった音楽教育雑誌「教育音楽」の第

1巻第1号「創刊号」が入手できたので,それから研究を手掛けることにした。

 特にこの創刊号では,戦前から戦中・戦後にかけて,学校の音楽教育において多くの経 験や実践的研究を積み重ねてきた人々が,音楽教育の問題の中でも特に「唱法の問題」を 重要な課題として捉え,その問題について真剣に取り組もうと考え,貴重な研究や意見を 多く投稿しているので,それらの論文から考察を行っていくことにした。

*長崎大学教育学部音楽科教室

(2)

VI皿.昭和20年代

 1.「教育音楽」(創刊号)

 (1)特輯「唱法の問題」について

 まず初めに,この「教育音楽」という音楽教育界を代表する雑誌が,戦後再び発刊され る運びとなり,その「創刊号」において「唱法の問題」が最初の特輯として取り上げられ ることになったのは,前回の論文の中でも詳しくふれたように,当時「絶対音感教育」と いうものが一部の音楽教育者によって盛んに行われ,音楽教育界に一大センセーションを 巻き起した。そして更にそれを,軍部の一部が戦略技術の一つとして利用しようとしたこ とに対し,音楽教育関係者の多くは,当時から強い反発の念と反省の気持をもっていたよ うで,戦後は早速,それら「絶対音感教育」や「音感と唱法」の問題について音楽教育現 場の先生達に正しく理解され,取り扱われるようにしたいという考えから,このような特 輯を組み,この問題を真っ先に取り上げることになったと考えられる。

 また更に,戦時中において文部省が決定し実践してきた「イロハ音名唱法」というもの が,当時の学校音楽教育の唱法としてあまりにも取り扱いにくく適していなかったきらい があったことから,それを廃止すべきであるという気運も高まってきており,当時の音楽 教育界の人々は,この「唱法の問題」が戦後の音楽教育界にとって最優先に取り上げるべ

き最も重要な課題の一つであるというように考えられたからであろう。

 従って,平井保喜も,この「創刊号」において,唱法の問題が「音楽教育の出発点」で あり,「現今音楽教育界の最大問題の一つ」であると述べている(註1)。そして彼は,「ある音 が,何の音であるかを認識できるといふことは,その音の高さを楽譜上に正確に書き現は

したり,楽器のたすけなしに正確な音をとったりしなければならない場合にはぜひとも必 要なことである。」というように,ある音を認識するための手段として唱法が必要であるこ

とを強調している。そして,更に彼は,「それが出来ても自分の演奏する音楽が如何なる音 を中心とする調に属し,且つ如何なる音階を以つて作り上げられているかを知っている事 は,前者にもまして必要欠くべからざる事である。」というように,ただ,ある音が何の音 であるかということが分かるだけではなく,その音の性質(機能)が認識されていなけれ ばならないということを力説している。そして,「移動ドは一たび音階の感覚を把握すれ ば,調子が変っても同じ種類の音階に対しては,反射的に同一の音楽的感覚をよび起すこ とが可能になり,移調するといふことに何らの困難も不自然さも感じない。しかるに,固 定ドではハ長調以外の調性の音楽を演奏している時も,自分では音階の基音がどれである かを知らずに演奏していることになるので,音階の感覚と密接に結び付いている旋律の音 楽的感情をとらへ得ないで,機械的に演奏するといふ悲しむべき結果が起りやす」く,更 に,「固定ドではすべての音はいつも同じ名前で呼ばれているので,調子が変り,その音の 新しい調性の中での地位が変っても調全体から見たその音の重要性と音楽的意義を感ずる ことは甚だ困難といはねばならない。若し感ずるとしても,それはどこ迄も受動的であり,

移動ドが音楽の進行に先立って,その進み行く方向を予知し,個々の音の役割を知ってい て演奏する場合の能動性(中略)に比すればその表現力に於てはるかに劣るものであると 云へる。」というように,固定ド唱法と移動ド唱法を比較対照しながら,固定ド唱法の弱点

(3)

を指摘して論じ,「移動ド唱法が音楽教育上必須の方法であることは論議の余地がな

い。」(註2)と断言している。

 このような「音階の感覚と密接に結び付いている旋律の音楽的感情(註3)をとらへ得ること ができる唱法を習得させるべきだ」という平井の唱法理論は,之れまでの唱法論には見ら れなかったもので,音楽の本質を追及しようとするユニークな唱法論理として注目に価す べきものであり,筆者もまた,唱法の問題は,このような音楽的感覚の面との関わり,つ まり,音楽的聴感覚と唱法との関係を根底とした立場から研究を進め,論理を体系化しな ければならないと考えている一人である。

 また更に,彼は「戦時中何故に移動ドが否定されたかといへば,所謂絶対音感教育がし て見せた最高の個別的認識といふ末梢的能力が,あたかも旋律の感受性とそれに伴ふ音楽 的発想能力以上に大切なものであるとの錯覚を起こさしめたのが原因で」あったというよ

うに,当時の絶対音感教育を鋭く批判しており,「今後の我が国の音楽教育は和声感の伴っ た旋律感を養ふやうに教育されなければならない。(中略)即ち移動ドの弱点たる転調,エ ンハーモニック転換,無調音楽等の処理を容易ならしめるため適当な時期に固定ドを授け る必要がある。」(註4)というように,まず移動ド唱法を習得させた後,或る「適当な時期に」

固定ド唱法を教える必要があることを示唆している。しかし,この「適当な時期」とは一 体どのような時期を指していっているのか明確な説明がなされていないので具体性がない。

 また最後に彼は,「最も実用的と愚考する方法」として,次のような彼なりの実践方法を 列挙している。

 ①イロハ音名は歌唱には用ひず,専ら音名(又は調名)を呼称するために用ひる。

 ②一般国民音楽教育は正確なる音階感と和声感を伴ふ移動ド唱法による。

 ③音感教育は,唱歌教育と別個に機械的な方法で補足的に行ふを可とす之には階名を    用ひず。

④音名唱法は,やや高度の専門的音楽教育之を加味し,その方法は派生音名を含まざ    る固定ド唱法(ソルフェージ)が最も実用的である。

 ところが,この「実用的方法」には若干の疑問が感じられるのである。

 まず,③で彼は音感教育を「唱歌教育と別個に」とか「機械的な方法で」とか「補足的 に行なふ」といっているが,具体的に,どのような方法で行うのか説明がなされていない ので,全く見当がつかない。また,例え何らかの形でそのような音感教育を行うとして,

一体それがどのように何の役に立つというのであろうか。これこそ,全く非音楽的な学習 に落ち込む危険性があり,無意昧な学習になりかねないのではないかという危惧を感じる。

更に,②において移動ド唱法を推奨しておきながら,③における音感教育では「階名を用 ひず」といっているが,では一体どのような手段(音名)を用いて「音感教育」を行おう

というのかが不明確である。また,④において「音名唱法は,やや高度の専門的音楽教育 之を加味し」といっているが,「やや高度の専門的音楽教育」とはどのような教育を意味し ているのか,誰が,何時,何処で,どのように受ける教育なのか。更に,「派生音名を含ま ざる固定ド唱法(ソルフェージ)」とは一体どのようなものなのか説明がなく,全く不明確 なので,実践的な立場からの理解に苦しむのである。

 以上のように,紙面の都合もあったのであろうが,前半の唱法理論は実に理路整然とし

(4)

ており,音楽的な唱法論理として納得でき評価できるが,後半はやや説明不足のためか具 体性に乏しく,矛盾さえも感じられる点が多くあった。

 次に,小出浩平は「我が国に於ける読譜唱法の歴史」(註5)と題した論文の中で,我が国の明 治から昭和戦中までの音名唱法と階名唱法の歴史的推移について述べているが,その中で 固定ド唱法(第1期)として「東京音楽学校では,明治四十四年頃即明治の終り頃から専 門的技巧の修練の為に,一部の人々が固定ド唱法の研究を始めた。」と云っており,更に,

「大正の初期に至り一層これは盛んとなり大正七年頃からは,音楽学校は固定ドー色に なった。但これはコールユーブンゲンに限られ,歌曲に於ては,移動ド唱法が用ひられて いた。」と述べている。これは当時東京音楽学校で用いられていた唱法がどのようなもの で,どのように用いていたかを窺い知ることができる貴重な証言である。また更に,「日本 に於ては大正年問から昭和四,五年までは音楽学校に於ける固定ド唱法以外は,あげてド レミ階名移動ド唱法となり,音楽教育も音楽も著しく進歩した。」と述べている。

 一方,明治初期に伊沢修二が日本音名として決定し用い始めた「イロハ音名」を,小出 浩平は大正11年頃から「楽語の整理整頓を提唱し,音名・階名をいっしょにして一字一音 名とし,音名唱法にする様に(派生音名を決め)努力した」が,この「小出式イロハ音名 唱法は五年の研究を後にして,世の中から葬り去られた」といっている。しかし,「昭和十 五年小学校が国民学校となるにあたり,絶対音感論者と軍の威力とにより文部省は,イロ ハ音名唱法をさいようすることにし,あらゆる音楽家,教育者の反対を封じて実行に移っ た」と証言しているのである。更に,ドレミ階名移動ド唱法は「明治二十七年に,小山作 之助先生が今日のドレミ名移動ド唱法を採用した」ともいっている。また,「終戦後,音楽 教育界で真っ先に取り上げられた問題は,読譜唱法であった。これはイロハ音名唱法採用 が国民の総意でなく,或る一部分の力によったものであることに対して六年間の反感の爆 発であることは言を待たない。」と述べており,戦時中に文部省によって制定されたイロハ 音名唱法が或る一部の強硬意見によって決定されたこと,更に,当時,全国の音楽教育者 達がこのイロハ音名唱法の指導に当たって困惑しきっていたことをよく物語っている。

 そして,「昭和21年3月3日には,東京音楽学校に於て読譜唱法協議会が開催され,九十 三パーセントの大多数をもって移動ド唱法採用を決議し,又全国に向かって輿論調査を行 なって絶対多数がドレミ階名移動ド唱法を支持していることを明らかにした。」と証言して いるが,それは,この創刊号の巻末に示された教育音楽家協会による「読譜唱法与論調

査」(註6)によると以下の通りである。

「音名唱法か移動ド階名唱法かを決する材料を得るため,本会は全国五百人の識者に対 して御意見を調査したところ,(以下)の結果を得た。

    イロハ音名唱法        36     固定ド唱法      67     固定ドを階名と誤った者一25     移動ド階名唱法       304     其の他      39     不明      29

これによって与論は,移動ド階名唱法を絶対支持してゐることが明らかとなった。」

(5)

というように掲載しており,なお,教育音楽家協会は以下のような「上申書」を文部省に 提出したことを記載している。

      〔上申書〕

 「国民学校・中等学校・師範学校等に於ける芸能科音楽の歌唱には,

  従来の音名唱法を廃止して移動ド階名唱法を採用せられたし。」

 これによって,「文部省はこの上申書と与論とに鑑み,イロハ音名唱法を廃して移動ド階 名唱法を本体とすることにし,去る八月各方面に通達を発した。」と記載されている。

 続いて,下総睨一は「音名と階名」(註7)と題する論文を掲載しているが,論文の中心は音階 理論が殆どをしめており,音名や階名についてはいたって簡単にしかふれていない。

 次に,黒沢隆朝は「移動ドの問題」(註8)と題する論文を掲載しているが,前半は,グイドー の階名唱法からイギリスのトニック・ソルファ法,あるいはカール・アイツ法やヤーレ法 など,これまでにも多くの人々が紹介してきたものと殆ど変りないヨーロッパの唱法の歴 史を紐とき,「永い問の歴史的経験から,最後に残ったものは,最も速く音楽を理解し,且 つ把束することの出来る移動ドである」と断言している。そして,更に彼は「今日の新し い音楽,及び明日の音楽は無調,もしくは多調音楽であって,全音階的システムに束縛す ることは音楽進展を阻むものである」という人もいるが,「国民学校の音楽が無調になり多 調になる時季が到来するまで静かに待つべきではあるまいか。」といったようないたって消 極的な意見を述べるとともに,固定ド唱法に対しては否定的な意見を述べている。

 次に,中野義見は「ドレミ唱法の長所」(註9)という論文の中で,「現在の国民学校の行き方 は更に理想的なことを考えて居る。即ち,個々の音高を記憶せしめて,児童は楽譜を見れ ば直ちに其の音高が頭に閃いて来るので,何等音の梯子を辿ることなく歌って行けると云 ふのである。つまり一つの旋律を歌って行く場合でも,或る音から或る音への関係音感で 歌ふのではなく,個々の絶対音感で歌へるやうに教育せよと云ふのである。」が,「一週に 僅か二時間,而も家に帰った処で何一つ楽器らしい楽器も持って居らぬ児童学校の音楽教 室以外に何等の環境にも恵まれて居ない児童に,果たして六箇年間に之が可能であらうか。

或は夫れを可能ならしめないのは果たして教師の無能怠慢の罪に帰すべきであらうか。」と いうように,イロハ音名唱法や絶対音感教育に対して不満を投げ掛け,「輿論も絶対多数で

ドレミ階名唱法を支持しているので,これからの国民学校に於ては,ドレミ唱法が絶対に よいと信ずる」と主張している。

 近藤義次もまた「相対音感支持の輿論」(註10)の中で,「絶対音感教育派は太平洋戦争中軍部 と交渉を持つに至り,音感教育を施すことに依って,鋭敏なる聴覚を養ひ,それによって 飛行機や潜水艦の発見,攻撃,防御などに役立つ事を強調して,同時にこれと音感上の諸 問題とを取り合せて,遂に文部省に迫って,国民学校芸能科音楽の基礎の一部として和音 訓練,音高記憶訓練を強要し,遂にドレミ唱法追放に迄で立ち至ったのである。(中略)そ の結果,音感基礎の材料過多による訓練偏重のため音楽の時間を楽しいもので無くしてし まった。」というように音感教育が軍部に利用されたこと及び,文部省が和音感教育のため にイロハ音名唱法に統一したことを嘆き反省するとともに,「速やかに絶対音感教育を廃し て相対音感的取扱,即ち階名唱法(移動ド唱法)を原則的方法として採用する様に速時改 正を願いたい」と訴えている。

(6)

 次に,柴田知常は,「移動ド階名唱法を推奨す」という論文の中で,「先ず第一に階名唱 法では,歌曲の調子に依って階名の位置が変るので階名が読み難いが,音名唱法では調子 が何調であらうとも音名の位置は変らないから読み易い。第二に音名唱法では(中略)調 子記号に依る派生音の歌唱が非常に困難であるのに対して,階名唱法に於ては何調の場合 でも,調子記号に依る派生音に対し,歌唱上の困難は全然無い。第三に階名唱法では,純 正音律の歌唱が可能であるが,音名唱法では純正音律の歌唱が不可能である。」というよう に階名唱法と音名唱法とを比較対照して論じており,その後で純正音律の歌唱について詳 細に説明がなされている。更に,階名唱法の短所である階名の読み替えの困難に対して,

彼は,「低学年から音楽の時間毎に欠かさず基音の位置を変へた読譜練習を短時間でよいか ら施行すればよい。」と示唆し,移動ド階名唱法を推奨している。この第一,第二の論理は これまでにも多くの人々によって論じられてきたものであるが,第三の「純正音律の歌唱」

の問題については特に注目に価するものがある。

 次に,井上武士は「小学校が国民学校にかはる頃になり,今でいふいはゆる音感教育論 者が,ドイツ音名唱法を提唱しました。この論者の面々は相当な熱を以てまくしたてたの で全国的に可成り大きな問題となりました。ところで文部省ではどうであったかといふと 始めは無方針,国民学校の教科書をつくり出してからは『イロハ音名唱法』と『移動ド階 名唱法』併用といふようにきめ,その後になって『イロハ音名唱法』一本建と決定して全 国的に統制しました」というように,戦前・戦中における「音名問題のいきさつ」(註mとそ の経過について詳しく述べている。更に,「当時『軍』とか『軍当局』とかいふ言葉がよく 使はれましたが,果たしてどの辺を指すのかはっきりはしませんでしたが,とにかく陸軍 及海軍現役将校のある一部の人々の策戦が効を奏して文部省をして音名唱法を採用せしめ たといふことは明かな事実です。」と述べている。そして,最後に,「音名唱法と階名唱法,

それからドレミ唱法といふものがはっきり頭の中で区別されて居ない人が相当多いのでは ないか,(中略)なるほど移動ド唱法も固定ド唱法も等しく『ドレミ唱法』ではあります が,移動ド唱法は階名唱法であり,固定ド唱法はイタリヤの音名唱法です。(中略)こんな わかりきったことでもうっかりして居ると混同し易いものです。」というように注意を促し ている。このことは,今日の現場の音楽教育者達の多くがまだ明確に区別し理解していな い点でもある。

 瀬戸尊は「唱法に就いて」(註12)という論文の中で「若しかすると読譜の一便法と楽曲音の 構成乃至は和音の分解組織の研究の一便法と唱法に於ける一手段とが混同されたり,一定 の音高記憶と云ふ音響的実験の一手段に用いられた名称を唱法のそれと合一させやうとす る誤りさへ引き起こしてゐたのではないか。」と問い掛けるとともに,「如何なる呼称を以 てしても弦に厳存してゐる一表現(作品たる楽曲)は唯一不変のものである。言ひ換へれ ば音名を読んでも階名で固定して読んでも移動して読んでも完全に表現されたならば結果 としては同一の楽曲を得ることになるのである。楽譜そのものは表現の関接的伝達方法に 過ぎないし,更に唱法に於ける呼称は再現手段に過ぎないと思ってゐる。」としながらも,

実際問題として,「現在問題になっている音名唱法と移動ド唱法とは何れが正しいといふよ りは適当な便法であらうか」といった場合,「音名唱法は読譜に於ても,音高関係に於ても 絶対的に正確適正であり乍ら何故かそこに不自然感を含んでいる。」それに対して「移動ド 唱法は各音の位置や高さを個々に表わしているのではなく実は歌ってゐるのである。音を

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生命体として認識するカテゴリーなのである。」したがって,「読譜は音楽以後にあると言 ふ観念に依って解決されるだらう。言ひ換へれば,移動ド唱法は楽譜上に在るのではない。

音楽そのものと共にあるのだ。表現体,完全体と共にあるのだ。歌ふことと共に在るのだ と言ふ。」だから歌唱法としての唱法は移動ド唱法でなければならないと彼は断言している のである。つまり,読譜のための唱法としては固定ド唱法あるいは移動ド唱法のどちらで

もよいが,次の段階の歌唱法としては「移動ド唱法」が最も適しているといっている。

 以上のように,当時の音楽教育界の権威者達は唱法の問題を音楽教育の最も重要な課題 として捉え,それぞれが自由に論を展開している。しかし,誰一人として音名唱法あるい は固定ド唱法について研究をした者も,支持する者も無く,全員が階名唱法,移動ド唱法 を推奨しているのが特徴的である。

 2.学習指導要領 音楽編(試案)の成立  (1)昭和22年度学習指導要領 音楽編(試案)

 昭和22年6月になると文部省から学習指導要領 音楽編(試案)が発行された。その中 の第一章「音楽教育の目標」の五には「楽譜を読む力及び書く力を養う」ことが明示され た。そして第四章第二の三には「音階は音感を養成する上に重大な関係があるから,小学 校低学年では長音階を大多数とし,小学校の高学年から短音階や日本音階を次第に導入し て行く。また調子も低学年ではハ長調を主とし,次第にト長調・へ長調・変ロ長調・二長 調その他に及んで行く。」というように示され,五の1)に「音階的運動の練習の階梯の一 つの実例」と「跳躍を含んだ練習の実例」が掲載されている。しかし,これらが読譜力の 養成であるということはどこにも書かれてはいない。ただ,第五章第二「学習指導結果の 考査」の一.「歌唱学習結果の考査」の7.「読譜」の項には「読譜力がどの程度できてい

るかを考査する。例えば,歌唱教材よりやや程度の低い短い旋律を与えて視唱させる。」と 書かれているので,前述の音階練習の実例や跳躍を含んだ練習の実例等は「読譜力の養成 に関する実例」であると考えることが出来よう。また,二.「器楽学習結果の考査」の5.

「読譜」の項には「例えば,児童・生徒の能力に応じた適当な楽曲を与えて,それを何時 間ぐらいでひけるようになるかを調べる。」と書かれてもいる。また,第十二章「第七学年 から第九学年までの音楽指導」(註13)の二.「歌唱教育」の7.にも「読譜力・記譜力の養成に つとめる。」とあり,更に,三.「学習結果の考査」の6.「読譜」の項には,「読譜力の程 度を考査する。できれば初見の力をも考査することが望ましい。」と書かれている。そして 最後の総括的な「諸注意」の5.の項には「現在は原則として移動ドレミ唱法を用いるこ

ととなっているが,この唱法にも短所のあることは否定しがたい事実であるから,今後は 十分に研究を積んで,日本の児童・生徒に最も適する,そして音楽的にすぐれた唱法がい かなる唱法であるかについて,無理のない自然な結論を得たいと思う。」と書かれている。

 以上のように,昭和22年度の学習指導要領の音楽科の読譜の指導における唱法では「原 則として移動ドレミ唱法を用いること」と決定されたようであるが,これは前述の教育音 楽家協会から文部省に提出された,読譜唱法与論調査の結果による「上申書」及び,昭和 21年3月3日に東京音楽学校で行われた「読譜唱法協議会の結果」などが強く影響したも のと考えられる。その反面,固定ド唱法はイロハ音名唱法とともに,絶対音感教育を目的

とした唱法という考え方が支配的に残っていたようなので,音楽学校の一部の者以外は,

(8)

固定ド唱法について研究しようとする者がいなかったようである。

 (2)昭和26年度改訂版 小学校学習指導要領 音楽科編(試案)

 この改訂版の「まえがき」つまり,改訂の要点の説明の中の第m章「各学年の指導目標 と指導内容」のB.「読譜指導の系統」の項で,「従来は(中略)全般的に児童の読譜能力 は非常に低調であっ。た。それで,(中略)新たに系統だった基準となるものをしめした」と 述べ,「1,2年は階名模唱や身体の動きを伴った聴唱的な方法で読譜の準備指導を行な い,2年の終りまたは3年の初めから,本格的に五線の楽譜による読譜指導にはいるよう にした。(中略)そして,6年を終るときには,シャープ・フラットおのおの三つずつ持つ 調号の調子で,2・3・4・6拍子の簡単な旋律が,独力で視唱できることを目安にし た。」(註14〉と説明がなされており,具体的には,幼稚園から小学校2年生までの教材は聴唱法 で,「3年生は視唱法によるものはハ長調。4年生は視唱法による教材は,ハ・へ・ト長調 およびそれらの調号を有する日本音階による旋律。5年生は視唱法による教材に,二長調

と変ロ長調を加える。なお,イ・ホ・二・ロ・ト短調,ならびにそれらの調号を有する日 本音階による旋律のうち,若干を加える。6年生は視唱法による教材に,イ長調・変ホ長 調を加える。なお,イ・ホ・二・ロ・ト・嬰へ・ハ短調,ならびにそれらの調号を有する

日本音階による旋律のうち,若干を加える。」というように示されたのである。そして,そ の後は当然移動ド階名唱により読譜指導が行われ,また,それら読譜指導等についての実 践研究がその後全国の多くの学校等において行われたようであった(訟5)。

 (3)音楽教育法研究第9回教育指導者講習研究集録(註16)

 東京芸術大学音楽学部では音楽教育法の研究集会を開催すべく,全国各地の官公私立の 大学及び教育委員会に参加者の推薦を依頼し,多数の推薦者の中から大学の教官14名,中 学校・高校の教員9名,小学校の教師11名,社会教育関係から8名の参加者を決定し,文 部省と東京芸術大学音楽学部の教官が講師どなって,昭和27年10月6日から10月15日まで の6週間にわたり,東京芸術大学音楽学部において音楽教育指導者講習研究集会が開催さ れ,音楽教育についての要望と決議事項,本期間中の共同研究報告,及び講師と参加者の 研究発表が行われたようである。

 特に唱法と音感に関する問題をその中からひろってみると,V「音楽の早期教育につい て」の中の第四章「音楽の早期教育」の1.「鑑賞・聴覚の指導について」のところで,「常 に正しい音高の演奏に対し,精神を集中して聴く習慣が,やがては,鋭敏な音感覚を養い 自然のうちに,絶対音感を身につける子供も現われるだろう。けれども,音楽環境に恵ま れない我国の現状では,特に,音感教育のシステムによる訓練を用いることも採り上げら れてよい。」としており,更に,「音感が音楽習得の上に,非常に役立つことは勿論である。

特に演奏, 作曲,指揮の分野では,極めて便利重宝であるから,是非,身につけさせたい 才能である。」と述べている。また,3.「楽譜の指導について」の項では,「楽譜が音楽で あるかのように誤解されてはならない。」としながら,「早期指導は,耳から始められるの が本筋である。」と述べ,「楽譜の指導は,常に音楽の技術と並行して,実際に即し,興味 深く取り扱うことがのぞましい。」と述べている。

 また,「読み方については,音名法と階名法とあって,それぞれ長所をもっている。」と

『しながら,「器楽では音名法が最上である。」それは,「特に有鍵楽器では,楽譜と鍵盤の位 置を結びつけてしまうことにより,ソルフェージュにも演奏にも便利であるし,音感を固

(9)

定する上にも役立つのである。」と述べている。また,「歌唱の方では,旋律を歌うために は,階名唱の方が,音楽的で,視唱にふさわしいし,調性を十分に生かすこともできる。」

としている。しかし,「曲が複雑になり,転調の頻繁に現われる大きなものになると,階名 唱が不便な場合も生じて来ようが,幼少年に与える歌曲では,そのようなおそれは殆どな いと見て差し支えない。」と述べている。

 以上のように,音楽教育指導者講習研究集会においては,器楽では音名唱法,歌唱では 階名唱法を用いるのが最も望ましいことを示唆している。

IX 昭和30年代

 1.学習指導要領 音楽編

 (1)昭和33年度改訂 小学校学習指導要領 音楽科編

 この昭和33年度改訂小学校学習指導要領音楽科編の第3学年の目標の(3)には「簡単な楽 譜に親しませ,楽譜についての初歩的な理解をもたせ,読譜および記譜の基礎能力を養う。」

というように決められ,B表現(歌唱)の(3)には,「読譜および記譜の基礎能力を伸ばす。」

とあり,指導上の留意事項の(1)に「この学年では,本格的な読譜指導にはいる学年である が,読譜活動と密接な関連のもとに常に記譜の指導を進めていくようにする。」とあり,更 に,「この学年では,ハ長調の読譜に集中して指導する。」となっている。4年生では,「ハ 長調,へ長調およびイ短調の簡単な旋律を視唱する。」となり,5年生では,「ハ長調,へ 長調,ト長調,イ短調および二短調の旋律,ならびにそれらと同じ調号をもつ日本旋法の 旋律を視唱する。」となって,6年生では,「ハ長調,へ長調,ト長調,二長調,イ短調,

二短調およびホ短調の旋律,ならびにそれらと同じ調号をもつ日本旋法の旋律を視唱す る。」となっている。そして第3指導計画作成および学習指導の方針の2.各領域について の(2)歌唱のカの項には「歌唱指導においては,移動ド唱法を原則とする。」というように明 記されている。

 (2)昭和33年度改訂 中学校学習指導要領 音楽科編

 また,昭和33年度改訂中学校学習指導要領音楽科編の第1学年の2内容A表現(歌唱)

の(3)には「視唱力を高めるための基礎練習を行なう。」とあり,歌唱教材の調は,「ハ,ト,

へ,二,変ロの長調およびそれらの関係短調とする。日本音階は,それらと同じ調号の範 囲とする。」と指定され,第2学年と第3学年では,「第1学年の内容として示したものに,

イ,変ホの長調を加え,それらの関係短調を加えることもできる。日本音階は,それらと 同じ調号のものの範囲とする。」と指定された。更に,そして第3指導計画作成および学習 指導の方針の9.には,小学校と同じように,「歌唱指導においては,移動ド唱法を原則と する。」というように明記されたのである。

 このように,学習指導要領が試案ではなくなり,教育現場に対して極めて強い影響力を もつようになると,そこに提示された「歌唱指導においては,移動ド唱法を原則とする。」

という言葉は,現場教師たちにとって「それ以外の唱法を用いることは良くない。」という ような印象を与えることになったのではないかと思われる。        (次稿へ〉

参考文献及び註と引用

[註1] 平井保喜「音楽教育の出発点」教育音楽・創刊号p.6〜9・昭和21年12月・日本音楽雑誌k.k.

(10)

[註2]

[註3]

コ コ コ コ ヨ コ コ コ コ コ      0 1 り乙 DO4567891111

註註註註註註註註註註

﹇ ﹇ ﹇ ﹇ ﹇ ﹇ ﹇ ﹇ ﹇ ﹇

[註14]

[註15]

[註16]

同上書p.8,1段目,7行目.

同上書p,7,1段目,17行目,筆者は,旋律が主音に終止する際に起る終止感,つまり,機 能和声感覚のことをいっているのであろうと思われる.

同上書p.8,3段目,4行目.

小出浩平「我が国に於ける読譜唱法の歴史」[註1]と同書p.9〜13.

「読譜唱法与論調査」同上書p.62.

下総暁一「音名と階名」[註1]と同書p.13〜15.

黒沢隆朝「移動ドの問題」同上書p.16,3段目,12行目.

中野義見は「ドレミ唱法の長所」同上書p。21〜25.

近藤義次「相対音感支持の輿論」同上書p.25〜29.

井上武士「音名問題のいきさつ」同上書p.32〜36.

瀬戸尊「唱法に就いて」同上書p.36〜40.

昭和22年6月文部省から発行された学習指導要領音楽科編(試案)の第十二章は第七学年よ り第九学年までの音楽指導となっており,中学校が合体された形であった.p.83。

文部省 昭和26年度改訂版 小学校学習指導要領 音楽科編(試案)p.5.

初等教育指導事例集9音楽科編(2)昭和32年11月25日発行・文部省.

音楽教育法研究 第9回教育指導者講習研究集録(音楽科教育法)昭和28年2月20日発行,

8月5日再版 東京芸術大学音楽学部.

参照

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