墓碑銘からみた現代人の死生観と仏教
鈴 木 岩 弓
(東 北 大 学) 1 はじめに 問題の所在 わが国の81%の人々が,毎年一回以上行っている宗教的行動がある。こ れを聞いて読者は,具体的に何を思い浮かべるであろう。偶然の一致であ ろうが,この数値は 朝日新聞 の 1995年全国世論調査 と 毎日新 聞 の 1986年全国世論調査:心の時代 という,別個に実施した二つの 世論調査で示された,一年間に墓参りを行う人々の割合である。この数字 から見る限り, 墓参り は我が国における典型的な宗教的行動の一つと 見なすことができる。 かかる行動の対象となる墓は,この間の社会変動の波を受け,近年,多 様な問題関心の対象として話題を集めている。イエ意識の希薄化や少子化 現象に伴う墓の継承問題,都市部を中心とした墓地不足問題,さらには墓 を造ることそれ自体に対する再検討といった数多くの問題が,新聞や雑誌, そしてインターネットなどといった様々なメディアを通じ,多くのところ で取り上げられていることは周知のことであろう。 現代の社会的通念からするなら,墓地とは 死者を葬って墓を建てる場 所 を意味している[新村,1993]。これを法律上の規定からいうと, 墓 地,埋葬等に関する法律 (以下 墓埋法 と略称)に基づき, 墳墓を設けるために,墓地として都道府県知事の許可をうけた区域をいう ( 墓埋 法 第二条5項)と定義される。ちなみに墳墓とは同法によるなら, 死 体を埋葬し,又は焼骨を埋葬する施設をいう ( 墓埋法 第二条4項)こ ととなる。即ち,法律上 墓地 というのは,遺体もしくは焼骨を埋葬す るために 官庁の許可をうけた特定の土地 [藤井,1980:325]と意味づ けられるのである。 このことから明らかなように,造墓行為には原則的に葬るべき死者の存 在が前提されている。ちなみに全国優良石材店の会が1992年度に実施した 調査からは,墓を建てた動機の42.1%が 家族の死亡時 ,11.8%が 家 族の一周忌 という結果が示されている[全国優良石材店の会,1993]。 さて墓石に記される内容は,家名・家紋・戒名・宗教上の言葉・墓石の 建立年月・建立者名・死亡年月日・享年・生前の功績・家系図・改葬の記 録など,多岐に渡っている。墓石を祀っている人々が,原則的にはイエ単 位となる点から判断するなら,そのような内容が書き込まれた墓石は,イ エ及びイエに関連した人々についての一種の データバンク と見なすこ とが可能となる。本稿ではそのような観点から墓石を採り上げ,仙台市の 市営墓地に近年建立された事例を手がかりとして,まず最初に近年作られ た墓と仏教との関係を明らかにしたい。というのは,我が国で行われる葬 儀の9割は,仏式で執行されるものといわれているからで[綜合研究開発 機構,1985:102],この点から えるなら,葬儀の延長上に位置する造墓 行為にも,仏教の影響が多分にあることが推測されるからである。そして 併せて,現代の一般の人々の死生観の動向を把握することで,現代人が造 墓行為をする際の背景となる え方を仏教との絡みの中から検討すること にしたい。
2 岡墓園の概要 仙台市には現在,仙台市営の 市民墓地 が2施設,寺院墓地が187施 設,共葬墓地が30施設,民営墓地が1施設の他,小規模な 個人有墓地 などを含めて総計842の墓地がある[仙台市墓地問題懇談会,1992:2]。こ のうち仙台市営の公営墓地である 市民墓地 は,使用料金等があまり高 くない点と,市内に住民票をもつ市民なら宗派を問わずに誰でも申し込み が可能であるという緩やかな応募資格の点から,永代使用権の希望者は数 多く見られる。 現在2ヶ所ある市民墓地は,そのどちらもが元来公営墓地のみを目的と して造営されたわけではない。土地区画整理事業に伴う寺院墓地の移転先 として計画された墓地の隣接地に,公営墓地が併せて造成されたという経 緯をもつ。 このうち北山霊園の場合は,1948年からの 戦災復興土地区画整理事 業 の一環として,市の中心部の寺院からの墓地移転と共に造成され, 1956年から貸出が開始された。ここには2100余りの区画があるが,現在で は貸出は既に完了している[仙台市開発局,1980]。また 岡墓園は,1961 年から開始された 新寺小路地区土地区画整理事業 などに伴う寺院墓地 の移転先として開設された[仙台市開発局都市開発部,1986]。 岡墓園内 の寺院墓地は1969年より移転が開始されたが,市民墓地は1978年より市民 への貸出が開始された。貸出が完了する予定の2000年には, 岡の市民墓 地全体では14000区画ほどの貸出区画が見込まれている。現在では既に, 今後の計画として2001年の貸出開始を目標に,泉区朴沢地区に新墓園の建 設も計画されている。[仙台市,1996:1∼3] 本稿で分析対象とするのは,後者の 岡墓園である。この墓園は,仙台
市中心部から車で20分ほど国道48号線を西進した,仙台市青葉区郷六に位 置する。南面する丘陵地に広がる墓園は眺望が良く,前述のように,墓園 の主に東方に広がる寺院墓地と西方を中心とした公営墓地の二種の墓地か ら構成されている。墓園内にはその他, 岡墓園管理事務所や火葬場であ る 岡斎場,都市再開発で生じた無縁墓石等埋立地,ペットのための動物 納骨堂,仙台市無縁故者納骨堂,そして解剖実習などに関連した東北大学 納骨堂などといった公的施設も点在する。墓園内の道路網は道幅にゆとり をもって作られ,現代の車社会に対応した作りになっており,彼岸などに は市バスの運行もなされている。そのような利便性も作用してか,1995年 の秋彼岸の墓参率は約60%にのぼったといわれ[仙台市,1996:14],平日 であっても墓参姿をしばしば見ることができる。 1996年12月現在,貸与されている市民墓地は37の墓地域で,現在もなお 新たな墓地域の造成が続けられている。墓地域それぞれには,市民に貸与 する5平方メートルと4平方メートルの二種類の区画が130∼680余り設け られている。市民墓地の使用が可能となった1978年から1987年までの間は, 年間200∼1000区画程度の供給で応募者全員に墓地の貸出がなされていた が,1988年以後は毎回応募者数が供給数を上回るようになり,抽選で貸し 出されている。そのため抽選に際しては,焼骨を既に保有しながら未埋葬 である応募者を優先するように配慮がなされている。ちなみに1994年度に は,3.7倍もの競争率にのぼっていた。このような仙台における お墓ブ ーム の背後には,仙台市が政令指定都市として市域を拡大したために墓 地需要数が増えたばかりではなく,生前に墓地を求めることを希望する 人々の増加が推測されている。 岡墓園の場合は,永代使用を認められて 2年以内に囲障を設置することが義務づけられているにもかかわらず,囲 障もなく雑草の生えた全く手つかずの区画が多数あることが調査の過程で
も目に付いた。 3 調査結果 今回の調査で対象としたのは,1996年12月現在貸し出されていた11497 区画の内で,建立年月の明らかになる墓石のある6500区画である。このよ うな限定をしたのは,対象区画の墓石の記述内容を建立年月順に並び替え ることでこの19年間の造墓活動を時間軸上に配置し,短期間ではあるが, 近年の変化を読みとることが可能となると えたからである。従って建立 年月が明らかでも,古い墓石を移して来たものは対象から除外してある。 表1 は,6500の墓石の記載内容を,①宗教的影響の確認される墓石, ②全く個人的な事情から選択されたと判断される自由記述の墓石,そして ③は①②と無関係に ○○家 △△家先祖代々之墓 のようなある程度 定型化された記述のみが書かれた墓石の三種に分けて示したものである。 ⑴宗教的背景 墓石に記載された文字内容からは,造墓者もしくは被埋葬者の宗教的な 背景を知ることができる場合がしばしばある。 南無○○仏 とあれば仏 教系, 奥津城 の文字なら神道系,十字架や聖書の一節があればクリス チャンなどといったようにである。そのような墓石が①に該当するのであ るが,これが全体に占める割合は平 してみると14%程度であった。 この数値が全国の平 値と比していかなる意味を持つかは,残念ながら 比較する資料がなく,明確ではない。とはいえ,これを 表1 の年次別 推移と併せてみると,最近5年ほどのところで一割を割っていることが明 らかになる。一時は三割を越えていたことを えると,このような 宗教 離れ はいかなる事情で引き起こされているのであろうか。
まずこの年次別の変化を,神道系及びキリスト教系の墓石数に注目して 見てみよう。その結果からは,それぞれこの19年間に余り大きな増減は認 められず,最大でも全墓石数の4%,平 して1%台のところで推移して いたことが明らかになる。この数値は,例えば我が国におけるキリスト教 徒の割合などから判断して,妥当な数値と えられる。 とすると,宗教的背景を持った墓石数の減少の原因は,残った仏教系の 墓石数の変化に求められることになろう。確かに宗教系の墓石全体の81.8 %ほどは,仏教系で占められていたからである。そこでこれを検討する前 表1> 墓碑銘の文字 * ( )内は日 系の総数 年 宗教的影響の明らかな墓石 仏教系 神道系 キリスト教系 小計 % ②自由記述 % ③定型化された記述 〇家 〇家之墓 その他 小計 % 総計 1978 13(13) 1 5 19 15.6 2 1.6 17 81 3 101 82.8 122 1979 47(46) 2 2 51 17.3 5 1.7 30 208 1 239 81.0 295 1980 50(48) 1 1 52 13.9 6 1.6 33 276 6 315 84.5 373 1981 62(59) 6 2 70 21.3 5 1.5 29 219 6 254 77.2 329 1982 87(80) 4 7 98 32.0 7 2.3 26 168 7 201 65.7 306 1983 93(89) 2 1 96 24.3 6 1.5 32 253 8 293 74.2 395 1984 52(52) 3 6 61 19.8 12 3.9 23 209 3 235 76.3 308 1985 67(60) 1 10 78 21.1 8 2.2 31 244 9 284 76.8 370 1986 43(39) 4 3 50 20.4 2 0.8 34 148 11 193 78.8 245 1987 46(42) 4 0 50 21.9 5 2.2 25 144 4 173 75.9 228 1988 24(16) 8 3 35 13.4 6 2.3 43 172 5 220 84.3 261 1989 27(20) 6 5 38 11.8 15 4.7 52 212 4 268 83.5 321 1990 32(23) 4 6 42 10.7 15 3.8 54 269 13 336 85.5 393 1991 35(22) 10 8 53 12.4 24 5.6 71 273 5 349 81.9 426 1992 17( 9) 6 3 26 6.5 18 4.5 97 251 5 353 88.9 397 1993 24(11) 11 5 40 8.3 42 8.7 101 291 8 400 83.0 482 1994 33(18) 6 45 9.6 54 12.0 95 236 9 340 77.4 439 1995 21(10) 11 2 34 7.9 65 15.0 112 217 5 334 77.1 433 1996 16( 9) 6 4 26 6.9 80 21.0 101 163 7 271 71.9 377 総計 789(666) 96 79 964 14.8 377 5.8 1006 4034 119 5159 79.4 6500
段階として,記載内容から判断される墓石数の宗派別内訳を見ると,日 系の比率が格段に高いことが明らかになる。 表1 の 仏教系 の欄に 括弧書きした数値が, 妙法 華経 妙法 南無妙法 華経 の書かれ た墓石の合計内数である。これら日 系の墓石が仏教系全体に占める比率 は平 で84.4%,最低は1993年の45.8%,1978年と1984年には100%に達 していたのである。ちなみに仙台市は,寺院数からするなら日 系の寺院 の際立って多い地域ではない。その点ではむしろ禅宗系が強い地域である。 このことを 慮するなら,以上の結果は各宗派の造墓行為に対する,教団 としての規制力の強弱を示していることになるのではなかろうか。つまり 日 系では,他宗派に比し,墓石建立に対する教化活動上の指導が徹底し ていることが推測されるのである。 そこで次に仏教系の墓石数の変化を見ていくと,1988年以降その年に建 立された全墓石数に占める仏教系の墓石数の割合が,継続的に一割を割る ようになる。この点の詳細は紙数の関係で省くが,その影響は 表1 の 宗教的背景をもった墓石全体の割合の変化からも見て取ることができよう。 その原因は,明らかに日 系の墓石数の減少にある。では何故,日 系で そのような変化が引き起こされたのであろうか。このことに対する,明確 な答えはなかなか困難である。とはいえ,現段階での可能性として,丁度 この頃に宮城県県南の白石市に 価学会の専用墓地が造成されたことがあ げられる。このことが決定的な原因であったとしたら,先に述べた,日 系の信者が教団側の規制を強く受けているという仮説にも符合することと えられよう。 藤井正雄によれば,我が国の墳墓はもともと仏塔と墓塔を兼ねるもので あって,仏塔に刻まれた仏を供養することによって得られた功徳が,仏弟 子 と な っ た 精 霊 に 回 施 さ れ る 仕 組 み で あ っ た と い う[藤 井,1988:
103∼4]。その意味から言うなら,現代でも墓石正面に見られる 南無阿 弥陀仏 や 南無釈 牟尼 , 南無妙法 華経 などの文字は,仏教の影 響の強い伝統的な墓制を示すものと えることができる。そのような観点 からここでの結果を えるなら,この19年間に建立された 岡墓園の墓か らは,仏教的な意味付けがかなりの程度希薄化しており,特にここ五年ほ どの間に,造墓行為における 仏教離れ が次第に進行しているものとい えよう。 ⑵自由記述 藤井によると,それまで仏教的意味付けのもとで仏や菩 の下に戒名が 刻まれていた個人墓は,火葬の急速な普及と戦前までのイエ意識高揚の中 で家墓へと移行したという[同前]。ここでいう家墓が, 表1 のうち の ③定型化された記述の墓石 であるが,この種の墓石に関しては毎年, 建立された墓石全体に占める割合に大きな変化は認められない。 ①宗教 的影響の明らかな墓石 と反比例するように増加しているのは, ②自由 記述の墓石 である。年次別変化を見れば明らかなように,この種の墓石 の実数は,1993年以降①の墓石数を常に上回り,近年ますます増加してい るのである。 ここでいう 自由記述 とは,③に見られる定型化された記載の有無に 関わらず,宗教的背景が直接的には判断しかねる自由な記述内容の含まれ る墓石をいう。それは具体的には,単漢字・単語・単文・絵などを指す。 それらの中には,家名や家紋が併記されているものも見られたが,家名無 しが40.3%,家紋なしは35.5%で,全体の平 値がそれぞれ6.4%,5.4% であることを 慮に入れると,かかる選択がイエの栅からある程度解き放 たれた人々によりなされていることが推測される。
このうち漢字一字を記載したものは, 表2 のようになる。この結果 からは,この四年の内に増加傾向が強くなっていることが把握できる。選 択されている文字の中には,偲・想・寂などのように漢字の意味自体に死 者との関連をもつものも見られるが,和・心・愛・夢・誠・旅などといっ た生者にとっての人生の指針ともなるような漢字も数多く見受けられる。 また単語や短文については, 表3 のようにまとめられる。ここで選 ばれる言葉の意味では,安らかであることが好まれる傾向が高く, 安ら ぎ 安らかに の合計で全体の25%を占めている。とはいえ,それ以外 表2> 墓石正面の単漢字 年 和 偲 心 愛 憩 夢 想 絆 慈 寂 悠 静 道 眠 無 誠 旅 その他 総計 1978 0 1979 1 1 1980 1 1 2 1981 1 1 1982 1 1 1983 1 1 1984 1 1 1 3 1985 1 1 2 1986 0 1987 1 1 1 3 1988 1 1 1989 2 1 3 1990 1 1 1 1 1 1 6 1991 1 3 1 6 1992 1 2 3 6 1993 2 4 1 1 1 2 1 1 1 1 1 4 20 1994 3 1 3 1 2 2 1 2 5 1 1 22 1995 8 7 2 1 3 2 1 2 2 1 1 5 35 1996 13 5 4 2 3 1 1 2 1 1 1 2 1 1 1 6 45 総計 28 19 12 11 9 8 7 6 6 6 5 5 4 4 3 2 2 21 158
の単語や短文の内容は分散し,造墓者の自由な選択に任されているようで ある。そこには漢字の熟語やひらがな,カタカナがあるのは勿論,ローマ 字表記や英語,フランス語,果てはギリシア語まで使用されている。その ような単語や短文の選択理由は明確に成しえないが, やすらかに 甘え る亭主 甘える女房 いいと思うよ のように,造墓者が故人へのメッセ ージとして選択したと えられるものや, 偲ぶ 剣に生き ライ麦畑で つかまえて JD サリンジャー のように,おそらく個人の生き様を記念 表3> 墓石正面のことば 年 や す ら ぎ や す ら か に こ こ に 眠 る あ り が と う や す ら か に 眠 る 永遠 に 眠 る 鎮 魂 静 寂 平 安 永 遠 ま た う 日 ま で その 他 総 計 1978 1 1 2 1979 1 1 1 3 1980 1 3 4 1981 1 3 4 1982 1 1 6 5 1983 1 1 1 1 4 1984 2 2 1 3 8 1985 2 1 1 1 5 1986 1 1 2 1987 2 2 1988 2 1 1 1 1 6 1989 2 1 9 12 1990 3 1 1 3 8 1991 4 3 1 1 1 7 17 1992 3 1 1 7 12 1993 3 1 1 2 15 22 1994 4 1 1 2 18 26 1995 2 1 1 1 21 26 1996 7 4 1 1 1 2 16 32 総計 34 16 6 4 4 4 4 3 3 3 3 116 200
するために,故人の好きなもの,即ち故人を偲ぶ象徴と見なされる内容を 刻むものが見られる。 ただここで えなくてはならないことは,先にも触れたように, 岡墓 園では焼骨がなくても墓地の貸出を受けることができた時期のあったこと である。この点から, 岡墓園に建立されている墓石には,必ずしも実際 に死者を埋葬していない場合がありうるのである。一般に,生前に建立し た墓石のことを 寿陵 あるいは 寿墓 などと呼ぶが,実際この墓園で もそのようなケースが数多く見られ,仙台市の調査によると 遺骨が収蔵 されていない墓が56% [仙台市墓地問題懇談会,1992:8]で 貸し出し後 5年以内の納骨状況は63.5% [仙台市,1996:14]であるとされる。この 数値の根拠は明らかでないが,とりあえず今回の調査の中からは,墓石・ 法名碑などに戒名等の記載が一切ない墓を集計したところ,平 で16.7%, 近頃は20%前後にのぼっていることが把握された。となると,例えば同じ く ありがとう と記された墓石であっても,これが寿陵か否かで,誰が, 何のために記したメッセージかという点で,そこに記された文字の意味が 全く異なって来ることが明らかとなる。 4 ま と め 本稿においては,仙台市営の 岡墓園における6500基の墓碑銘を手がか りに,そこが開設されて以来19年間の動向を探ってきた。ここでの資料は, あくまで 岡墓園についてのみいえることで,この動向を普遍化すること は危険であろう。とはいえ仙台は,Jターンなどで流入人口の非常に多い 東北地方の中核都市である。その点から えると,親の代まで仙台と無関 係であった人々が,この地において初めて墓を求める機会も数多いことと 思われる。その際なされる一つの選択が,公営墓地であったと えられる
わけである。従ってここでの資料は,実家のイエや檀 寺との関係といっ た伝統的な造墓行為に対する規制力が,相対的に希薄な層の人々に重きが かかっている可能性が高い。その意味で,これらの資料は現代日本の造墓 行為のフロント部の動向を示唆しているものとも えられよう。 以下,本稿のまとめと若干の 察を述べて結びとしたい。 まず墓碑銘に見られる既成宗教教団からの影響力については,その点が 明らかに示される墓石は平 で14.8%に止まり,決して強いものとはいえ なかった。これを宗教別に見ると,神道とキリスト教がこの19年間ほぼ一 定の比率で確認されるのに比べ,仏教の場合は日 系が突出している以外, 他宗派の規制力は強いものとはいえなかった。それが故に,何らかの事情 で日 系の影響力が希薄化し出すと,仏教系,ひいては宗教的背景をもっ た墓石全体の比率が減少しているのである。即ち,現代の墓石の形態から いうなら,仏塔と墓塔の兼用形態のものは数が少なくなり,多くは家墓の 形態をとっているということができよう。 しかしそのような中にあって19年間の年次別動向を見ていくと,近年 かずつであるが増加している自由記述の墓碑銘は注目される。ここからは 宗教的影響もイエ意識も希薄化する傾向が窺え,仏塔と墓塔との兼用形態 とも家墓とも異なった,私化した形態の墓塔が現れているということがで きるからである。従来まで造墓行為を規制していた宗教とイエから解き放 たれ,造墓者の選択に任された自由な記述の墓碑銘からは,造墓行為を通 じた現代人の様々な死生観を知ることができる。しかしそこで選択されて いる記述内容から判断すると,墓石建立が必ずしも彼岸志向的ではなく, 現世の価値観をもってなされた此岸の記念碑的存在となっている傾向が窺 われる。このことは,墓石自体をピラミッド型や故人をかたどった像で造 るといった,これまで墓石として採られてこなかった形態が登場している
ことにも通ずるところがあろう。言葉を換えるなら,造墓行為にみられる 新しい動向の背後には,現世中心的死生観があるということになろう。 冒頭で述べたように,墓参りは日本において81%の人々が年一回以上行 っている典型的な宗教的行動と えられている。しかし以上の動向から えてみる限り,墓参りの対象となる墓石建立自体からは宗教色が希薄にな り,そのフロント部においては私化された現世の記念碑的意味合いすら窺 われるようになっている。日本の葬儀の九割以上が仏式で行われていると いう実態と え合わせると,このような現実は多少とも奇異な印象を与え るものといわざるをえない。葬送墓制という慣用語に見るように,葬制と 墓制は連続した,一連の宗教的行為と解されるからである。このように見 てくると,今の時代の造墓行為において仏教が果たす機能を改めて検討す ることは,今後の仏教が日常生活のなかでその意義を発揮していく上でも, 重要な意味を持つものと えられよう。 参 文献 朝日新聞 1995 1995年全国世論調査 , 朝日新聞 9月23日 株式会社くらしの友 企画室 1993 お墓に関する意識調査 ,竹内宏編 アンケート調査年鑑 93下 , 並木書店 新村 出 1993 広辞苑 第四版 CD-ROM版,岩波書店 鈴木岩弓 1997 墓が語る現代―仙台市 岡墓園の場合― , 東北文化研究室紀要 通巻第38集,東北大学 全国優良石材店の会 1993 お墓―意識調査とデータ― , SOGI 第3巻第6号,表現社 仙台市 1996 仙台市新墓園基本計画報告書 概要版
仙台市開発局 1980 戦災復興余話 仙台市開発局都市開発部 1986 新寺小路地区土地区画蒸篭事業誌 仙台市墓地問題懇談会 1992 仙台市墓地問題懇談会報告書[資料編] 総合研究開発機構 1985 人生80歳時代における大都市での葬儀システムに関する研究 藤井正雄 1980 墓地 ,藤井正雄・花山勝友・中野東禅編 仏教葬祭大事典 ,雄山 閣 1988 日本人の先祖供養観の展開 ,同編 仏教民俗学大系4 祖先祭祀と 葬墓 ,名著出版 毎日新聞 1986 1986全国世論調査 こころの時代 , 毎日新聞 1月4日