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序章 『 伊 勢物語』 か ら『 源氏物語』へ ー男の物語と女の 物語ー

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序章 『 伊 勢物語』 か ら『 源氏物語』へ ー男の物語と女の 物語ー

一はじめに

本章では本論文全体の序章として『伊勢物語』と『源氏物語』の叙述のされ方の相違に注、

目することで、光源氏の位相を明らかにしたいと考えている。

現在までに『伊勢物語』と『源氏物語』の比較を試みた先行研究は数多く存在する。特筆す

べき論文を挙げれば、まずは光源氏と藤壺、朧月夜との関係に『伊勢物語』二条后関連章段、

と六 九段の影

響 を 指 摘 さ れ た 石 川徹 氏 の 先駆 的 研 究があ る

。登 場人 物の 対 応 関係 を基とした

(1)

緻密な考察は首肯すべきものであるが「その観察の深さと規模の広大さとに於いて伊勢物語、

から抜け出たやうでゐてやはり全くは抜けきら」ないと述べているのはどうであろうか。後に

論を展開した秋山虔氏は「共感することによって、それをのりこえふりすてて独自の世界を創

造するに至る、そのような共感の質がいかなるものか、という主体的な把握が必要になってこ

よう」と述べ、次のように『源氏物語』の独自性を論じている。。 (2)

かつて道綱母においては、身の上を日記に書きしるすといういとなみが、そのことと不可

分に古物語の超克となっていた。その古物語の中にはおそらく伊勢物語もふくましめられ

ていたであろう。同様に紫式部の現実の体験にとっても、伊勢の世界の短截な人生図は、

これとたたかいしりぞけられねばならなかった。が、そのことは、伊勢を無縁なものとし

て置きすてることではない。そのゆたかなしたたかな抒情への深い共感を通して、その抒

情の必然性を自分の辛苦の生活の場で、手をかえ、しなをかえて補充してゆくことにほか

ならない。そのことが、伊勢物語の真価を呼びおこしつつ、それと別個の宇宙を構築する

いとなみとしての、源氏物語創作の出発にほかならなかったのである。

秋山氏の論は極めて説得力のあるものであり、特に反論すべきことはない。やはり歌物語で

ある『伊勢物語』と作り物語である『源氏物語』では叙述のされ方に大きな相違があり、極め

て写実的、具象的である『源氏物語』の登場人物の思考の隅々まで描き出すには、感情が凝縮

されて一瞬の閃光のように煌めく和歌に向けて求心的に語られるものよりも、和歌を利用しな

がらも、外に向かって開かれている散文を中心としなければならなかったのである。伊藤博氏

、「」が指摘するように昔男には瞬間の抒情を和歌に結晶し果てて未来につながる契機をもたな

いのに対して、源氏は昔男が背を向けた世俗の中で生き続けた存在である。 (3)

他に、二つの作品のかかる叙述の相違に注目したものとしては、室伏信助氏の論考も挙げね

ばならない。室伏氏は斎宮章段や、東下り章段を分析した上で『源氏物語』との同質性と、 (4)

異質性に言及している。特に斎宮章段と若紫巻における藤壺と源氏の密通場面に関しては、室

伏氏の分析を踏まえた上で、二で考察したい。

先行研究はいずれも極めて示唆に富む説得力を持つものであるが、光源氏の位相を明らかに

するという観点から幾ばくかの補足ができればよいと考えている。

二若紫巻と『伊勢物語』六九段

若紫巻における『伊勢物語』引用は周知のように、まず本文中に現れない巻名「若紫」が、初

段の、

春日野の若むらさきのすりごろもしのぶの乱れかぎりしられず

(2)

、、に拠っているのであろうという点光源氏が瘧病の治療に赴いた北山で若紫を垣間見る場面が

同じく初段の、昔男が「なまめいたる女はらから」を垣間見る場面を踏まえている点、若紫の

行く末を憂慮する祖母の尼君と少納言の贈答歌である、

(尼君)生ひ立たむありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えんそらなき

(少納言)初草の生ひゆく末も知らぬ間にいかでか露の消えんとすらむ

が四九段の同母兄妹のインセストタブーを感じさせる贈答歌である、

うら若みねよげに見ゆる若草を人のむすばむことをしぞ思ふ

初草のなどめづらしき言の葉ぞうらなくものを思ひけるかな

のバリエーションであるとされている点、そして、初めて物語で光源氏と藤壺の密通が語られ

る場面が、六十九段を踏まえている点である。

本節では、光源氏と藤壺との密通場面と、業平と斎宮との関係を描く六十九段の共通点、相

違点について考察する。

まずはそれぞれの本文で、比較対照すべきと思われる部分のみ引用しておきたい。

『伊勢物語』六十九段

二日といふ

、男、わ

れ て

「 あはむ

」 といふ。女もは

、いとあ

は じ とも 思へらず。さ れど、

人 目しげければ、え

あはず。使

ざ ねと ある 人 な れば、

遠 く も 宿 さ ず

。 女のね や 近

くありければ、女、人をしづめて、子一つばかりに、男のもとに来たりけり。男はた、

寝られざりければ、外の方を見いだしてふせるに、月のおぼろなるに、小さき童をさき

に立 てて人立

て り

。男いとうれしく

、 わが寝る

所に率 て 入り て、子 一 つ よ り丑三つ

、。、、。であるにまだ何ごとも語らはぬにかへりけり男いとかなしくて寝ずなりにけり

つとめて、いぶかしけれど、わが人をやるべきにしあらねば、いと心もとなくて待ちを

れば、明けはなれてしばしあるに、女のもとより、詞はなくて、

君や来しわれやゆきけむおもほえず夢かうつつか寝てかさめてか

男、いといたう泣きてよめる、

かきくらす心のやみにまどひにき夢うつつとは今宵さだめよ

源氏と藤壺の密通場面

宮もあさましかりし

を 思し出づ

るだに、世とと

もの御もの思

ひな るを、さ

てだに や み な

むと深う思したるに、いと心憂くて、いみじき御気色なるものから、なつかしうらうた

げ に

、さ り と てう ちと け ず 心 深 う恥 づ か し げ な る 御 も てな し な どの なほ 人 に 似 さ せ た ま は ぬ を、などかなのめなる

ことだにうちまじりたまはざりけ

む、

とつ らうさ へ ぞ思さ る る。何ごと

をか は聞 こえつ く した まは む。く ら

ぶの山に宿りもとらまほしげなれど、あ

やにくなる短夜にて、あさましうなかなかなり。

見てもまたあふよまれなる夢の中にやがてまぎるるわが身ともがな

とむせかへりたまふさまも、さすがにいみじければ、

世がたりに人や伝へんたぐひなくうき身を醒めぬ夢になしても

思し乱れたるさまも、いとことわりにかたじけなし。

まず共通点から述べれば、すでに石川徹氏が指摘されるように、光源氏の藤壺に対する密 (5)

通は帝の御妻をあやまつことであり、業平の斎宮に対する密通は神の忌垣を犯す行為で、とも

に重罪であることは疑いがない。またどちらの和歌も「夢」がキーワードになっている点が共

(3)

通している。次に相違点を述べれば、これも清水好子氏に指摘があるが、藤壺はこのような (6)

場面においても「女」と呼称されることはない。藤壺は常に役割や身分を背負って生きている

社会的な存在なのである。またそれに関連することであるが、男に会おうと言われて、斎宮と

される女は「いとあはじとも思へらず」と書かれるのに対して、藤壺は「さてだにやみなむ、

と深うおぼしたるに、いと心憂くて」と叙述される。斎宮とされる女の心情は語り手により客

観的に捉えられ、さほどの内面的な深まりが描かれないのに対して、藤壺の心情は心内語が用

いられることでより藤壺に密着した語りとなっており、藤壺の心情は深く掘り下げられている

と言える。先述したように、これは歌に向かって収束していき、一つの完結した話を数珠繋ぎ

のように展開していく歌物語と、先へとどんどん開かれて持続的に展開し、和歌も話の構成要

素の一つに過ぎぬ作り物語の叙述の相違と言えるのだが、叙述の相違以上のものがこの場面か

らは窺えると考える。それは藤壺に課せられた主題性である。六十九段では、業平にも斎宮に

も禁忌を犯しているという重大な認識が窺えない。色好みとして人生の始発から反逆の道を歩

むことが宿命づけられている昔男=業平はともかくとして、斎宮は皇室の安寧のために神に奉

仕する存在である。密通などということがあってはならない。確かに史実においては斎宮の密

通は散見されるのであるが、問題なのは禁忌を犯しているという認識があるかどうかである。

語られているところでは、斎宮は「あはじとも思へらず」と語られ、自分から男の居所に参上

している。男との関係が世に知られるところとなったならば自分の身はどうなるのか、そのよ

うな我が身の行く末を考えることをしない。まさに男との出会いの瞬間に全てを注ぎ込む一人

の「女」なのである。対して、藤壺はまず我が身の行く末を考え、光源氏との関係を思い悩む

のである。光源氏に対して藤壺がどのような感情を抱いているのか、はついぞ語られない。藤

壺は「女」である前に中宮という役割を身にまとっているのであるから、斎宮のように瞬間を

生きることはできない。

また斎宮と藤壺の歌を比較すると「夢」がキーワードとして用いられている点は同様であ、

るが、この二人の歌は真逆の感情をそれぞれ表している。斎宮の歌は、男との関係が夢か現実

か区別がつかないという、昨夜のことを想起して陶酔的に夢心地に浸っている様子を表したも

のであろう。竹岡正夫氏が述べるような「つい我を忘れ禁断を破って男の寝所まで出かけ一夜

、、、」を共にしてしまったそのおののきとおそれからの心余りて詞足らざるしどろもどろの歌

という解釈はあたらない。藤井高尚が『伊勢物語新釈(竹岡正夫氏『伊勢物語全評釈』によ』 (7)

る)で述べている「こはなごりをしく恋しく思ふ心はさらに詞におよばず、たゞせちなる思ひ

に、夢のやうにおぼゆるよしをいへるなり」とする解釈が的を射ている。対して藤壺の歌は、

『岷江入楚(源氏物語古注釈叢刊)に箋曰として「よし我身は夢にたくへて跡なくなると

』『

も人のいひつたへて残らんうき名はともには消ましき也」と書かれているように、厳しい現実

を見据えた歌なのである。室伏氏はこの斎宮の歌はむしろ光源氏の歌に影響を与えているとい

う玉上琢弥氏の考察を踏まえて「一回的に志向された、歌による主情的な世俗離脱の方途」、

を読み取っている。確かにその通りであると思うが、補足すれば、光源氏の歌は斎宮の歌が (8)

示す夢心地の心境をさらに推し進めて、現実には思うように逢えないので、このまま夢の中に

消えてしまいたいという光源氏の願望を表していよう。

それでは藤壺の歌は、昔男の歌と対応しているのかと言えば、全く二人の心情は異なってい

る。昔男の歌は、昨夜の出来事が本当にあったのかどうか、私もわからないので今夜再びあな

たが来て確かめてください、ということであり、自分の行く末を考慮していない点は斎宮と同

(4)

様である。ただ昔男の歌は『古今集』の多くの諸本が、

かきくらす心の闇にまどひにき夢うつつとは世人さだめよ

としている「今宵さだめよ」と「世人さだめよ」では、この歌は全く意味の異なるものとな。

る。新全集ではこの歌について、男の「冷静になった時の悔恨の情」を表していると述べてい

る「今宵さだめよ」では逢瀬のはかなさを嘆き、いま一度の逢瀬を願っているのに対し「世。、

人さだめよ」では男は女に対する情熱もすっかり冷めて、現実を見据えている。つまり、斎宮

に対する密通という禁忌を犯したということを認識したのである。ゆえに「いといたう泣き、

て」というのも、逢瀬のはかなさを嘆いているのではなく、禁忌を犯したことに恐れおののい

ているのである。

どちらが『伊勢物語』にふさわしいかと言えば、やはり「今宵さだめよ」であろう。色好み

の昔男には現実を見据えることは許されまい。

以上の考察から、藤壺一人が現実に目を向けていると言えるのである。光源氏が忘我の体で

望む夢に紛れることなどできないことを藤壺は知っている。引用した古注釈が明解に解釈して

いるように、夢の中で我が身の存在が消え失せたとしても自分の名は世語りとして永遠に語り

。、。継がれていくこの強烈な他者意識こそ藤壺の位相を理解する上で欠かせないことであろう

藤壺の歌以外で『源氏物語』中に見られる世語りの用例としては、

①姫君は、かくさすがなる御気色を、わがみづからのうさぞかし、親などに知られたて

まつり、世の人めきたるさまにて、かやうなる御心ばへならましかば、などかはいと似げ

、、、。なくもあらまし人に似ぬありさまこそつひに世語りにやならむと起き臥し思し悩む

(蛍巻)

②「さらずとも、かくめづらかなることは、世語にこそはなりはべりぬべかめれ」とのた

まへば「めづらかにやおぼえたまふ。げにこそまたなき心地すれ」とて寄りゐたまへる、

さま、いとあざれたり(蛍巻)。

。、、③げにこのころめづらしき世語になむ人々もしはべるなるかやうのことこそ人のため

おのづから家損なるわざにはべりけれ」と聞こゆ(常夏巻)。

、、、④かう忍びたまふ御仲らひのことなれどおのづから人のをかしきことに語り伝へつつ

次々に聞き漏らしつつ、ありがたき世語にぞささめきける(真木柱巻)。

⑤いと重き御心なれば、かならずしも、うちとけ世語にても、人の忍びて啓しけんことを

漏らさせたまはじなど思す(手習巻)。

⑥めづらしき事のさまにもあるを、世語にもしはべりぬべかりしかど、聞こえありてわづ

らはしかるべきことにもこそと、この老い人どものとかく申して、この月ごろ音なくては

べりつるになん」と申したまへば(夢浮橋巻)、

以上の用例が全てである。もちろん世語りという言葉が用いられていなくとも、世の人の噂

や推測が語られる場面は他にもあろうが、しかしそれらも含めて世語りが物語の展開上、大き

な問題となってくるのが玉鬘十帖であることは言を俟たない。 (9)

これは三田村氏が述べるように「みずから世人の論理に縛られ、絡め取られていく過程こ、

(5)

そ、玉鬘十帖の物語が描こうとしたものだった」と言うことなのであろう。しかし、なぜ世 (10)

語りという言葉を初めて用いるのが藤壺であるのか、ということを考える必要がある。確かに

世人が物語の表面にせり出し、登場人物の言動に影響を与え、規制していくのと異なり、藤壺

と光源氏の密通は「決して現実の噂・現実の疑念とはならない」のであるが、実際に噂とし (11)

て語られるか否かは問題ではなく、藤壺が強烈な他者意識を持った社会的な存在であったこと

が重要なのである。そのような藤壺の位相こそが、世語りとして興味本位で語られてしまう玉

鬘や近江君、最終的には浮舟につながっていくのである。

『源氏物語』によって初めて方法として取り入れられた世語りであるが、世語りの結果、 (12)

翻弄されるのは常に女性である。光源氏は世語りに追いつめられ、玉鬘を宮仕えにだすという

当初の考えを撤回せざるをえなかった。光源氏は確かに世語りの被害者であろうが、玉鬘の場

。、合は我が身の行く末の問題であるそのような重大事が間接的とはいえ世人によって左右され

結局は、願っていなかった髭黒に略奪されてしまう。そして、さらに前掲引用文の④を見ても

わかるように、光源氏との関係は世人に面白おかしく語られ、髭黒に略奪されたことまでもめ

ったにないことと、次々と語られていく。まさに「うき身を醒めぬ夢になしても」世語りとし

て世人によって語られていったのである。これは⑤、⑥を見るとわかるが、浮舟にも言えるこ

とである。そのような世語りの対象とされる女性の系譜の冒頭に位置づけられる存在こそ、藤

壺であると考えるべきであろう。

藤壺が詠んだ「世語り」の歌は、当時の女性一般の生きがたさの問題に鋭く迫るものであっ

たのであり、それこそが藤壺に課せられた主題であった。

光源氏と藤壺との密通場面は『伊勢物語』六十九段を下敷きとしつつも、女性の憂き身のあ

り方について鋭く迫ることで飛躍的な進歩を果たしている。

次節では『伊勢物語』二十三段と夕霧と雲井雁の関係について言及していきたい。、

三夕霧と雲井雁の関係と『伊勢物語』二三段

『伊勢物語』二十三段が夕霧と雲井雁の関係に影響を及ぼしているであろうことは従来指摘

されてきた。二十三段前半部の筒井筒の話は、夕霧と雲井雁の純愛に置き換えられ、後半の男

と大和の女、高安の女の関係は、夕霧と雲井雁、落葉宮の関係の祖型であると言える。しかし

大枠の共通性がある一方で、両者の具体的なあり方を見ていくとかなりの相違点があることは

言うまでもない。例えば「ゐなかわたらひしける人の子ども」である二十三段の男と女は貴、

族とは言い難く、有力貴族の子弟である夕霧と雲井雁とは異なる点、二十三段の男は高安の女

に愛想を尽かし、最終的には大和の女のもとへ戻っていったが、夕霧は落葉宮を妻とした点、

そしてもっとも重要な点であるが、二十三段の話は「みやび」を体現している章段として読み

取られてきたが、まめ人とされる夕霧と「みやび」を体現しているとされる二十三段の男は異

なり、単純には比較できない点である。

しかし、二十三段の男を「みやび」であるとする従来の見方に、私は異を唱えたい。

十一章で詳述するが、簡単に述べると、男が高安の女に愛想を尽かす要因である、自ら給仕を

するというのは『万葉集』に載る有間皇子の歌や『うつほ物語』にも見られるが、特に卑し、

い恥ずべき行為としては描かれてはおらず、二十三段を踏まえていると思われる平安末期成立

の『唐物語』中の話では、夫のためにかいがいしく給仕をする妻を賞賛する言辞が見られる。

また男が「みやび」を基準として判断したとされる、大和の女の歌、高安の女の歌はさほどの

(6)

優劣があるものではない。二十三段とは、男に焦点を当てたものではなく、真摯に男を愛する

二人の女たちの生きざまに注目しているのではないかと考える。

二十三段をそのように読み取った上で、夕霧と雲井雁、そして落葉宮との関係と二十三段と

の関わりを考察していくこととする。

大井田晴彦氏は二十三段が、若菜以降の光源氏を取り巻く人間関係に類似していることに注

目し「二三段の男・もとの妻・高安の女が、源氏・紫上・女三宮に相当することになる」と、

述べている。その上で女性の「みやび」に焦点を当て「みやび」を演じ続けることで、男と、

の関係の維持を図る女性の生きがたさを述べているが、二節で述べたように『源氏物語』が、 (13)

光源氏中心に描かれているようでいて、実際は女性の生き方に鋭く迫るものであることを考え

るとき、大井田氏の論は非常に重要である。氏も述べるように、夕霧、雲井雁、落葉宮の関係

、、、、。は光源氏紫上女三宮に似通っていることは様々指摘されており認められることである

しかし、それぞれの造型が同じではないのだから、かなり相違する部分もある。やはり夕霧、

雲井雁、落葉宮の関係における『伊勢物語』引用の意味を考察せねばならない。

二十三段の男が「みやび」の判定者ではないことは先述したが、夕霧ももちろん「みやび」

からはおよそ隔たっている人物である。問題なのは、このような人物が展開する恋物語とも言

えないような話を描く意味である。そして、図式的な物言いになることを恐れずに言えば、二

、 『

』、十三段では男が高安の女のもとへ通おうとも嫉妬をしなかった大和の女が源氏物語では

些細なことでも嫉妬をする雲井雁になっているのは何故か、男に対して誠心誠意愛情を見せ、

男を慕っていた高安の女が、完全に夕霧を拒否する落葉宮に置き換えられているのは何故か、

という点である。その点を考察するために、まず、夕霧が柏木の死の悲しさから立ち直ってい

ない落葉宮に強引に恋情を訴える場面をみてみたい。

世を知りたる方の心やすきやうにをりをりほのめかすもめざましう、げにたぐひなき身の

うさなりやと思しつづけたまふに、死ぬべくおぼえたまうて「うきみづからの罪を思ひ、

知るとても、いとかうあさましきを、いかやうに思ひなすべきにかはあらむ」と、いとほ

のかに、あはれげに泣いたまうて、

われのみやうき世を知れるためしにて濡れそふ袖の名をくたすべき

、、とのたまふともなきをわが心につづけて忍びやかにうち誦じたまへるもかたはらいたく

いかに言ひつる事ぞと思さるるに「げに。あしう聞こえつかし」など、ほほ笑みたまへ、

る気色にて、

おほかたはわれ濡れ衣をきせずともくちにし袖の名やはかくるる

ひ た ぶる に 思 しな りね かし」とて

、 月明かき

方にいざなひきこ

ゆるもあ

さましと

思す。

(夕霧巻)

夕霧の落葉宮に対する言動は強引であることを通り越して失礼である「世を知りたる」と。

いうのは男女の仲を知っている、つまり結婚経験があると言うことであり、小学館新全集頭注

が「夕霧はそうした言葉が女の心にどうひびくか忖度せず、無神経な訴え方に終始する」とい

うのは的を射ている。そのような夕霧に不躾に迫られている我が身を、落葉宮は「たぐひな、

き身のうさ」と感じる。夕霧の不思慮を詰るわけではなく、自分の宿世の拙さに思いを馳せる

のである。そして声を振り絞るようにして和歌を詠むのである。皇女でありながら結婚をした

と言う理由で、夕霧との関係を好奇のまなざしで世間の人々から見られることになるのか、と

いう落葉宮の痛切な心情を表した歌であるが、表面的には夕霧への贈歌であるものの、実際は

(7)

独詠歌の体である。この歌は、二節で考察した藤壺の歌、

世がたりに人や伝へむたぐひなくうき身を醒めぬ夢になしても

と実に似通っていよう「うき世」と「うき身「濡れそふ袖の名をくたす」と「世がたりに。

」 、

」。、人や伝へむはそれぞれ対応している誰をも責めることができない自らの拙い宿世によって

「人笑へ」の対象として流布していく恐れとはいかばかりのものであるか。先帝の四の宮であ

り、帝の寵愛厚い后妃である藤壺ほどではないにしろ、落葉宮にも朱雀院の女二の宮としての

矜持がある。柏木との結婚ですら「うきみづからの罪」なのである。史実では、臣下に嫁いで

いる内親王の例はあまりなく、柏木への降嫁はとても不本意なものであったはずである。そ (14)

の不本意な結婚をしたことで「うき世」=思い通りにならない男女の仲を経験した。それだけ

でも辛い事であったが、今再び夕霧の懸想を受けている。夕霧の落葉宮への恋慕は、自分の身

のあり方を思い嘆く女性の姿を中心に語られていると言える。それに比べて『伊勢物語』二十

三段では、高安の女の二首の絶唱とも言うべき和歌が存在している。

高安の女が詠んだ二首の歌がどのような役割を果たしているかについては、十一章で述べる

が、簡単に言えば二十三段が単なる歌徳説話ではなく、和歌は己の思いを表出する手段として

存在しているということである。先述したように二十三段では女性を中心に語る意図がある。

しかし女性が中心に語られているものの、歌物語の宿命でもあるが、以降に展開していくもの

ではなく、一回的なものになってしまっている上に、女性の心情の変化や深まりを余すところ

なく描くことはできない。その点が『源氏物語』との相違なのである。

順序が前後したが『伊勢物語』二十三段の嫉妬しない大和の女が嫉妬をする雲井雁になっ、

ているのも、女性の内面を深く浮き彫りにするためである。筒井筒部分とも重なる夕霧と雲井

雁は、長い苦難の末やっと結ばれた仲であったが「まめ人」とされた夕霧はかつての雲井雁、

に対する恋心もすっかり冷め、今や落葉宮を口説くことに夢中になっている。

そのような夕霧の様子を目の当たりにした雲井雁の嘆きも、落葉宮の嘆きと同様にクローズ

アップされている。

上はまめやかに心憂く、あくがれたちぬる御心なめり、もとよりさる方にならひたまへる

六条院の人々を、ともすればめでたき例にひき出でつつ、心よからずあいだちなきものに

思ひたまへる、わりなしや、我も、昔よりしかならひなましかば、人目も馴れてなかなか

過ぐしてまし、世の例にしつべき御心ばへと、親はらからよりはじめたてまつり、めやす

きあえものにしたまへるを、ありありては末に恥ぢがましきことやあらむ、など、いとい

たう嘆いたまへり(夕霧巻)。

雲居雁の論理は明快である。夕霧が世間にも賞賛されている「まめ人」であったからこそ、

自分は夕霧一人を頼り「六条院の人々」のような大勢の妻妾とともに暮らす必要はなかった、

から、夕霧が他に妻妾を迎えた場合の心構えなどできようはずがない。今になって色ごのみの

真似事をして「恋物語の主人公気取り」で振る舞う夕霧の変貌ぶりに対する悲嘆は察するに、 (15)

余りがあるだろう。しかし、雲井雁は夕霧を責めるのではなく、藤壺や落葉宮と同様に「心憂

く」思うのである「憂し」という自らの宿世を嘆く感情はこの三人に共通してみられる。さ。

らにここでも世間の人々の噂が関係している。しかし、藤壺や落葉宮にとっては自らが語り草

として人笑への対象として流布する恐れであったがここでは噂は夕霧の類いまれなるま「」、「

め人」ぶりを述べ、思うことのない夫婦仲を賞賛するための機能を果たしている。しかし好意

的な噂の裏には妬みがあるだろう。一端綻びが見えれば、途端に悪意に満ちた噂が雲居雁を苛

(8)

むことになるはずである。雲居雁が言う「恥ぢがましき」こととは現在好意的である世間の人

々の噂が真逆なものとなり、自らが笑い者となる恐れなのである。結局、藤壺、落葉宮、雲居

雁の三人が噂、世語りを恐れている点は共通していると言える。

以上『伊勢物語』二十三段と夕霧と雲居雁の関係を考察してきた。光源氏と藤壺との関係、

で藤壺に女性の生きがたさという問題が課せられているのと同様に、落葉宮にも雲居雁にも男

に翻弄される女性の姿が読みとれるのである。

四結び

『伊勢物語』から『源氏物語』へどのように物語は移り変わっていったかという問題は様々

な議論を経ていまなお新しい問題であろう。昔男から光源氏へという流れは、一回的に収束す

る歌を中心とした歌物語の叙述と、連綿と続く散文を主体とした作り物語の叙述の差異の結果

もたらされたものに他ならない。昔男が背を向けた世俗の中で生き続けるほか光源氏の生きる

術はなかった。その生活人たる光源氏と色ごのみの体現者たる光源氏が相乗効果をあげている

輝かしい軌跡が藤裏葉巻までの巻々で語られている事柄であると、ひとまずは言えるのである

が、今まで見てきた『伊勢物語』六十九段と光源氏と藤壺の密通場面と『伊勢物語』二十三、

段と夕霧と落葉宮、雲井雁の関係を比較検討した結果『源氏物語』においてはことさらに女、

性に焦点を当てて、男に振り回される女性の拙い宿世が描かれてきたと言える。それは、形骸

的とも言える「みやび」を振りかざしてくる男に対する異議申し立てのような意味合いがあ (16)

ったのではないだろうか。

『源氏物語』が光源氏を中心に語られていることは否定すべくもないが、光源氏が古代帝王

、、、のごとく女性と関係を結ぶことで栄華を獲得していく一方で相手となった女性例えば藤壺

紫上、明石の上などは幸福のうちにその栄華を享受したと言えるだろうか。

藤壺の生は桐壺更衣の形代と規定された登場時から、まさしく「うき身」を生かされること

が宿命づけられていたと言えるし、紫の上も光源氏に藤壺の身代わりとして北山より連れ去ら

れたときより、物思いの多い一生は決まっていただろう。後年、夕霧と落葉宮の件について、

「女ばかり、身をもてなすさまもところせう、あはれなるべきものはなし」という感慨は、無

垢な幼少時より光源氏に頼り切っていた紫の上が、わが身を振り返って得たものでもある。明

石の上とて、入道が願っていた如く一族が繁栄することと、自身の女としての幸いとは別であ

ろう。

以降の各章では『源氏物語』でどのように女性が描かれているかについて考察していくこ、

ととなる。

(注)

(1)石川徹氏「伊勢物語の発展としての源氏物語の主想ー輝く日の宮と光る君とー(源氏」『

物語講座中』紫乃故郷舎、一九四九・十)

(2)秋山虔氏「伊勢物語と源氏物語(源氏物語の世界ーその方法と達成ー』東大出版会、」『

一九六四・十二)

(3)伊藤博氏「源氏物語から見た伊勢物語(国文学三〇・八』学燈社、一九八五・七)『

(4)室伏信助氏「歌物語から源氏物語へー物語の形式と和歌の問題ー(言語と文芸66』」『

大修館書店、一九六九・九)

(5)前掲(1)

(9)

(6)清水好子氏『源氏の女君(塙新書、一九六七)』

(7)竹岡正夫氏『伊勢物語全評釈(右文書院、一九八七・四)』

(8)前掲(4)

(9)三田村雅子氏「源氏物語の世語り―「他者」の言葉・他者」の空間(源氏物語講座「

」『

6』勉誠社、一九九二・八)

(10)前掲(9)

(11)前掲(9)

()「『』

」 ( 『

』、12石井正巳氏世間話・世語りー源氏物語の世界ー説話の講座第二巻勉誠社

一九九一・九)

(13)大井田晴彦氏「みやび」に生きる人々ー『伊勢物語『源氏物語』の女たち(国語「』」『

と国文学』東京大学国語国文学会、二〇〇二・四)

(14)今井源衛氏の調査によれば(新編日本古典文学全集『源氏物語「漢籍・史書・仏典』

引用一覧、嵯峨~花山朝までの皇女で臣下に嫁いだ者は十二人しかいないというこ

」 )

とである。後は入内や、皇族に嫁ぐか、さもなければ独身を通したのである。

(15)前掲(13)

(16)野口元大氏『古代物語の構造(有精堂、一九六九・五)は「みやび」の形骸化を指』

摘し、男が身勝手な「みやび」をふりかざすことで、女の愛が犠牲になっているとす

る画期的な論考である。

(注記)

本論文における『伊勢物語『源氏物語』本文の引用は、各章において特に断りのない限りは』、

小学館新編日本古典文学全集により、それ以外の作品の引用本文は各章に使用本文をその都度

明記するものとする。

参照