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ヴ ァ ン ト ゥ イ ユ の 交 霊 術

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(1)113. 一九九一年二月. 早稻国商学第三四三号. ヴァントゥイユの交霊術 ーヴアントゥイユの︿小楽節﹀︵4︶i. 中子. 弘. ﹃ソナタ﹄の演奏が終るか終らないうちに︑ある伯爵夫人がスワソに向って︑信じられない︑こんたに強烈なの. にはお目に掛ったことがないと音楽の感銘を伝えるのだが︑しかL少時ためらってから︑次のような留保をつけ加. える︑﹁⁝⁝回転テーブル以来はね!﹂スワソは思わず苦笑いを洩らすものの︑しかし一方で︑この比較にはそれ. を述べた夫人には思いもよらたい﹁ある深い意味﹂がこめられていることに気付いたという︵H︒ω9︶︒. 回転テーブル$巨鶉ざ買§暮鶉とは通俗的な交霊術の一種で︑三本足のテープルの廻りに人が集まってそれ ︐. ツク. 亜. に手を置き︑力は加えずに精神の集中により︑つまり呼びだされた霊の意思により回転させ︑予め取決めた暗号を. 使って霊との交信を行うもののようで︑日本民閏信仰の狐狗狸さんに似ているといわれる︒そんたものとヴプソト. ゥイユの音楽が比べられるのはいかにも場違いで︑﹁無邪気で有名な伯爵夫人﹂の突飛な思いつきと聞き流せぱよ. いところを︑いや︑そうでもないとスワソは考え直したわけである︒Lかもよく見るとこの語は︑後述のように数 頁前からしかるべき準備を経たうえで︑一時の気まぐれでなくそこに置かれている︒. 刀8. 』.

(2) 114. 7刀. 交霊術といえぱ︑ドソシエール滞在中の話老がバリの祖母と電話で話をする場面にもその気配は濃くたちこめて 山. いね︒そこにおいて電話は︑まだ回路が開通したぱかりの草創期のもの珍らしさも手伝ってか︑数百里も離れた別. の世界の人間が︑離れたまま﹁一瞬のうちにわれわれのすぐかたわらに出現する﹂ことを可能にする︑﹁これまで 到 で最も美しい発見﹂として︑﹁魔術的﹂な相貌をもって描かれる︒電話による通話は闇の中への︑そして闇の中か. らの呼びかげであり︑交換嬢は闇の扉を監視する﹁守護天使﹂あるいは﹁不在の者たちを出現﹂させる﹁全能の女. 7.^レー晶. 霊媒じみたものになる︒要するに電話での交信は︑死者との交信という交霊術の影を色濃く宿すものとして描かれ. ある︒だから︑交換嬢という﹁夜の乙女たち﹂も︿秘儀﹀に仕える﹁猜疑心の強い巫女﹂として︑死老を呼びだす. ているのはすでに祖母の死霊であり︑電話の装置はあてのたい闇への呼びかげにおいて交霊の装置めいてくるので. ア︑^レー−. ように︑空しく祖母を呼びつづけ﹂る︒図と地が反転し︑暗楡が生々Lく息づいてくる︒話者が呼びよせようとし. のだ︒そこで話者は﹁受話器に向って独りぽっちで︵⁝⁝︶まるでオルフェウスが死んだ妻の名をくりかえし呼ぶ. ア・^ レーユ. 進み恋がら︑祖母を呼びつづげ﹂る︒それは無数の亡霊たちのうごめく冥府の闇に祖母の亡霊を見失ったようなも. と同じように︑手でふれることができないのだ﹂︵■冨㊦︶︒しかし通話状態が悪化Lて︑﹁私は夜の闇を手探りで. その声しかないのだ︒それは一種の亡霊で︑祖母が死んだ後でおそらく私と会うために戻ってくるだろう時の亡霊. フフソトム. なりあう︒﹁私は﹃おばあさま︑おぱあさま﹄と叫んだ︒できれぱ彼女を抱き締めたかった︑しかし私のそぱには. から洩れてくる身体を伴わない相手の声は︑やがて肉体が減んだのちにそれのみが戻ってくるだろう霊魂の声と重. が図柄を共有Lつつ浮かびでてくる︒まず現在の祖母との別離はきたるべき﹁永遠の別離﹂の予告であり︑受話器. と電話で話をすることは︑単に遠距離の場所にいる人間との伝達ではなく︑その背後から冥界との交信という心象. 神たち﹂とされる︒やがてこの闇は︑さらに冥界の闇へと変わるだろう︒祖母の死を暗示Lたこの一節では︑彼女. 早稲田商学第3娼号.

(3) ているように思われる︒そこにさりげなく混ぜられた印君實旨g︵出現︶や茸osま冒︵想起︶という語も心霊 主義的なコノテーシヨソ︵亡霊︑降霊︶を秘かに目配せしているのではたいか︒. プルーストがいわゆる交霊術の信奉者であったかどうかはここでは問わない︒しかし彼がこの聞題に相当に深い. 関心を抱いていたことは︑同時代との関係や︑作品内部の直接間接の言及を通して容易に推察できる︒. 一九世紀後半はフラソスにおいても交霊術が大変な流行をみた時期である︒それは直接にはアメリカから波及し. たものだが︑それを受入れる素地として土着の民間信仰や神秘主義の流れと並んで︑メスメリスムの伝統が根強く. 残っていたことが挙げられるだろう︒この余り知られていない歴史の一頁を埋めるのはわれわれの任ではないL︑. また本稿の意図を食みだすことになろう︒ここではプルーストにおける心霊主義的なものの背景を垣聞見るために︑ 副 諾家の研究を籍りてその盛衰や文化・杜会への影響などをごく簡単に概観しておくにとどめよう︒まずR.ダート. ソによれぱ︑一七八O年代のパリでは︑ドイツ人医師メスマーのもたらした動物磁気説昌潟まま︑冒①及びそれに. 依拠Lた催眠療法が熱狂的に迎えられ︑多くの賛同者と患著を得た︒︸﹂のメスメリスム運動は革命を経て一時下火. になるものの︑他のさまざまな神秘主義︵スウェーデソボルイ主義︑薔薇十字思想︑錬金術︑︶や異端思想︵輸. 廼転生⁝⁝︶の潮流を吸叫して︑次第に心霊主義的性格へと傾きつつ︑一八五〇年頃に全盛期を迎える︒その勢い. は文学にも波及した︒すでにスタiル夫人は父や杜交界の貴婦人たちからその影響を蒙っていたし︑彼女の友人で. あるドイツ人医師コレフはメスメリスムの一指導者であり︑一九世紀前半の﹁サロソの名物男﹂として多くの文学. 者たちにこの新科学の洗礼を浴びせた︒この思想の影響を歴然と残した文学の例としては︑バルザツクの﹃ルイ.. ラソベール﹄を筆頭に︑A・デュマ﹃ジヨゼフ・バルサそ﹄︑Th・ゴチエ﹃兇眼﹄﹃転身﹄︵Hoo9︶︑V.ユゴーの. 詩作などが挙げられる︒さらには﹃老樗婦﹄︵Hooお︶を書いたベルバ・ドルヴイイの名も逸せないだろう︒. 刀6. ヴァントゥイユの交霊術. 115.

(4) 116. 刀5. R・バートソはメスメリスムの系譜を引くフーリエ主義老が︑一八五三年から回転テーブルの会を一七︑八回開. 催したことを指摘しているが︑この現象を唯メスメリスムの枠だけで考えるのは難しいように思われる︒一八四八. クの後継者がアメリカ人の霊媒師たどと組んで︑一件二〇フラソで死者の亡霊を念写するというふれこみによる心. は裁判沙汰になることもあったらしい︒同項目には︑そのイソチキを暴露する恰好の例としてであろう︑カルデヅ. 数え︑他方では各地にさまざまな心霊協会が叢生した︒この心霊ブームは当然金銭に絡むことになったから︑中に. らにやはりカルデヅクの薯﹃霊の書﹄︵Hoo望︶︑﹃霊媒の書﹄︵Hoo覇︶が刊行され︑前者は一八七〇年以前に二二版を. 威であるアラソ・カルデック編集のく心霊雑誌・心理研究誌Vを初め︑少なくとも七種類の専間誌が創刊され︑さ. のほどはほぽ窺えるように患われる︒同項目によれぱこの人々の要求を充たすために︑フラソスにおげる斯界の権. として︶︑世間には−﹂うした迷信を真にうげる人問がいかに多いかといわんぱかりの苦々しい口吻から︑その勢い. タは得られないが︑上記ラルースの毫艮庄吻旨①の執筆者が洩らす︵おそらく一八世紀啓蒙主義の流れを汲むもの. して職業的に成立しる幅広い民衆の支持があったことを示すものであろう︒フラソスに関してそうした数字のデー. 一八五二年には約三万だった霊媒の数が︑一八五四年には六万人に倍増Lており︑これはそれだけの人間が霊媒と. が頻繁に催されたことが挙げられる︒一九世紀ラルース百科事典︵一八七五年刊︶によると︑アメリカの場合だが. 術の隆盛を招来したと考えてよいのではないか︒それはともかくこの隆盛の目安とLて︑霊媒による公開の交霊会. とは暗にこの外からの影響をもの語っているように思われる︒内外二つの潮流が︑フラソス世紀後半における交霊. よれぱー一八五三年四月には全フラソスに及んだ︒フーリニ主義老らちの交霊会開催が同じ年に始まっているこ. れは獲獄をきわめ︑大西洋を越え︑イギリス︑ドイツ︑さらに1H・エレソベルガi﹃無意識の歴史﹄︵上︶に. 年アメリカにおけるフォヅクス姉妹の有名なオカルト現象が交霊術の犬流行を招いたことはよく知られている︒そ. 早稲田商学第343号.

(5) 霊写真で一儲けを企み御用となった一八七五年の事件が︑法廷での応答を混えて紹介されている︒しかしそうLた. スキャソダルや科学着などからの種々の反論にも拘らず︑交霊術はその後も活況を口董していたようである︒イギリ. スで詐欺とLて断罪されたアメリカ人の某交霊師はバリに一八八六年に舞い戻り立派に成功をおさめているL︑一. 八八九年には交霊術の国際会議が催され︑参加した代表は五〇〇名を下らたかった︵因みに︑プルーストは︸﹂の年一 刈 八歳位である︶︒フラソスだけで信奉老は四万人いて︑専門誌もなお九種類ほど発行されている︒当時杜交界では︑ 5ー テーブル︵回転テーブルのこと︶の具合はいかがですかというのが︑B常の挨拶がわりに使われたほどだという︒. この流行ぶりは︑世紀前半と同様に文化的領域にも影響を与えずにはおかなかった︒V・ユゴーはジャージー島亡. 命中の一九五四年に︑回転テーブル︵詩人は藪巨窃覆﹃−竃蒜ωとも呼んでいる︶の交霊によって泰もあろうにシ 制 エイクスピアを呼びだし︑その詩や未刊の戯曲なるものを口述筆記していみ︒一四歳の少女がくオルレアソの乙女V. の口述筆記として﹃ジャーヌ・ダルク物語﹄を出版したが︑遇去の偉人の霊をして語りしめるという趣向のこの手. の小冊子は一八七五年現在で一〇〇冊に及んだという︒エレソベルガーは︑霊が霊媒を介して生産した作品を霊媒. 芸術と呼ぶが︑ガリレオの霊による一種の創世記︑一七世紀イギリスの一夫人の霊による詩や長篇小説たどの例を. 紹介している︒自動筆記は霊によるメッセージの伝達において回転テープルよりずっと簡便た方法だが︑それはさ. らに自動描画を生みだし︑戯曲家のV・サルドゥ︑画家デムiラソたちは霊が彼らの手をとって撞かせたと称する. 絵画を発表した︒心霊主義の文学というと︑﹁前世﹂たどの詩篇を書いたボードレール︑見者のラソボー︑言葉の秘. 儀を探求し且つ交霊会にも出入りLたマラルメの名などが取ざたされるのであるが︑そうじて世紀末の象徴主義は︑. さらにG・モロー︑O・ルドソなどの画家も含めて︑フィリップ・ジュリアソの指摘を待つまでも液く心霊主義の. 影響下にあったとほぽいえるのではないだろうか︒ゴチエのその名もω宮ま①︵Ho.8︶という小説では︑ある若老. 774. ヴァ:/トクイユの交霊術. 117.

(6) 118. だ一群の医学者ないし心理学者たち︑シャルコ︑ビネ︑リシェ︑ジヤネなどは世の偏見と闘ってその催眠療法を取. 世紀後半に入ってその動物磁気説昌鍔まま昌Φは交霊術とともに学闇的研究領域となり︑精神病の治療に取規ん. 再利用であり︑広義での霊媒文学に入るものなのかもしれない︒抵おその彼が医学生串身だったことは︑心霊主義 ○ と精神医学界との意外な緒びつきを垣間見せてい私︒かつてメスメーはバリ大学医学部から相手にされ次かったが︑. していたのではないだろうか︒A・ブルトソの﹃磁場﹄︵−S◎︶の手法である自動筆記は︑交霊術のそれの芸術的. に関するプルーストの考え方には︑彼が目を通したことは確実といっていいこのベルクソソの講演の趣旨が歴然と 到 痕跡を残Lているのであ刷︒おそらく心霊ブームは少たくとも第一次犬戦ぐらいまで︑多かれ少なかれ勢カを保持. ルーストが彼から蒙った影響は︑後述のようにその反知性論をはじめ並々ならぬものがあり︑とくに霊魂の不死説. 研究は︑これまでの数学や物理学に匹敵する重要た位置を占めるはずだとその折の講演で予言している︒のだが︑ブ. 務めている︒この哲学者はその哲学的心理学的検討の帰結として心霊主義に加担し︑これからの科学において心霊. 霊研究協会︵今も健在︶が設立されたが︑ブルーストの従弟でもあったH.ベルクソソは一九二二年にその会長を. ってい畑︒一八八二年にはロソドソに︑死後の生存と霊界通信の可能性を柱として科学的に心霊現象を検討する心. による霊界との交信でノートを何冊も充たしていた老人を祖父に持ち︑自分でも有名た女霊媒師を通して交霊を行. トの年上の友人でい台いろ彼とは因縁の深かった詩人の艀べール・ド・老ソテスキュ︵畠蟹︐一竃H︶は︑自動筆記. ソスもこの潮流に樟さしているといえるだろう︒そういえぱ﹁さかし童に﹂の主人公のモデルといわれ︑プルース. ンで︑薔薇十字団の創設者であるジヨゼファソ・ペヲダソや︑﹁さかしまに﹂︵HOOOOト︶︑﹁彼方﹂︵HO︒胃︶のユイスマ. 刊. ヴ﹄︵Ho.o︒㌣Ho.oo①︶ではSF仕立ての交霊術によるヴイーナス誕生を趣向としている︒リラダソと並んでワグネリア. がスピリットと命名された女の死霊に自動筆記で恋を打ちあげられているL︑ヴ︑リエ・ド・リラダン﹃未来のイ. 早稲田商掌第343号. 3 η.

(7) 入れている︵上記のブルトソの詩集はその−窪o茅暮場嘗畠監匡看︑︑という題名からしてこのメスメリスムと. の関係を窺わせる︶︒なお催眠術は交霊術とは一見無関係のようだが︑その操作は︑眠りという意識の死にあって. も人間の精神の内部にはそれとは別のもの︑簡単にいえぱ霊魂が存在することを証明することにもなる︒メスメリ. スムが世紀前半からLぱしぱ心霊主義に偏向した理由もその辺りにあったのではたいか︒と恋ると高名な科学考た. ちが催眠術を療法として取込んだことは︑それとある意味で同根の交霊術を受け入れる心性の拡大と深化に大きな. 役割を果たしたことが推察されるのである︒シャルコはメスメリスム関係の庵大な文献の︒レクシヨソを具えてい. たし︑霊の祢賢伽に必要なある物質をエクトプラズマと命名したのは︑上記のノーベル賞科学著リシェあった︐﹂と ω を付記してお−﹂う︒. 同時代の耳目を集めた交霊術は︑若いプルーストの反唯物論的な精神にいろいろな痕跡を残しただろうとわれわ. れは推測する︒世紀前半のメスメリスムの伝播に預って大いにカのあったサロソ︑この半ぱ公的制度的な文化の交 ω 流機関が︑世紀後半の交霊術の流行にも一役買っていたようである︒冒頭の伯爵夫人は多分杜交界で交霊会に立会. った覚えがあるのだろう︒ブルースト自身にも杜交界で︑あるいはその外でそういう経験は訪れなかっただろう. か︒いわゆる杜交界ではないが︑ヴェルデュラソ家の食事の席上︑あるノルウエーの哲学者が翌目菜レストラソで ㈲. 開かれるプトゥルー主催の交霊会に出席する予定だと洩らす場面がある︒彼が他の会食老に黙殺されてしまうのは︑. そうした会が頻繁に開かれていて︑取立てて珍らしいことではなかったからだろう︒なおそうした交霊術への言及. ヌピ︐チユム は﹃失われた時﹄の中に他に何度も見出される︒霊媒写真︵−H睾︶︑霊媒師︵自︑ω覇も亀︶︑交霊術︵−H胃も撃︶︑. さらに先程ふれたが︑物質化昌g陣−彗8饒8という語がまさに霊の物質化現象の意味で︵目・H胃︶使われたりも 4 する︒回転テープルは上記の他に数回使わ沁︑その中には︑アルベルチーヌの死後いつまでも心慰められたい話者. 刀2. ヴァソトゥイユの交霊術 119.

(8) 120. が︑彼女と再会する手立ては恋いものかという苦關のうちに︑回転テーブルに関する著作を繕いたり︵自.胃H︶︑. もしテーブルを回転させて彼女の霊を呼びだせたら︑︸﹂うもいってやるのだがと思いめぐらす場面︵戸S㊤︶など. がある︒なお交霊術が愛する者との再会に関わっていることを序でに注意にとどめておこう︒ただし−﹂うした言及. が︑交霊術へのプルーストの深い思い入れをただちに証左するとは勿論いえない︒第一今掲げた例にしても︑最後. のアルベルチーヌとの死後の再会に関与する場合を除くと︑その用い方はしぱしぱ装飾的なもので︑その辺りをい. くらほじくり返しても目星しいものは何一つ出て来ないといわねぱならない︒むLろ失望させる例とLて霊媒写真. や回転テーブルが囎弄的に引きあいに出されたり︵−H胃︶︑それへの疑惑が表明されたりするのだ︵目HOOべ︶︒こ. うした直接堕言及に依拠するかぎり︑プルーストにおける交霊術は︑これまでそうだったように何も語ろうとし底 いのである︒. たしかにこれまで心霊主義が︑プルースト研究において多少なりとも重要な研究領域に選ぱれることはたかった. ように恩われる︒テーマとしての存在さえ認知されていないというべきだろう︒神秘主義なら温上にのぼったこと. がある︒アソリ・ボネによれぱ︑プルースト研究者としてはA・ダソディユ︑E・セィエールが神秘主義を作家の. グ坦モワール. 主要特徴とみなした︒前者はプルーストの記憶に宗教的エクスタシーや神秘的感情を︑暗楡に聖体礼拝に類似した ㈲ ものを認めているという︒だがボネにいわせれぱそこには誤解がある︒たるほど﹃失われた時﹄には超自然的︑他. 界︑神秘的︑魔術書といった表現があちこちに見られる︒しかし︑とボネは反論する︑﹁たしかにプルーストのあ. る種の比楡には一杯くわせられかねない﹂のだが︑比楡はあくまでも比楡であって︑それを真にうげたりしてはな ㈹ らないのだと︒このボネの見解はその後一種の標準的解釈となっていたように思われる︒﹃失われた時﹄の神秘主. 義的色彩は︑ロマソ主義好みの詩的修飾でしかないのであって︑あるいば作家の気質の問題在のであって︑﹃失わ. 早稲囲商学第343号. ? !. 7.

(9) れた時﹄の本質や作着の﹁教義﹂に関係がありうるというふうには大勢として考えられてこたかった︒たとえぱ ω L.ピエールHカソ︵岩8︶は︑作家が﹁かなり神秘的な︑いや神秘主義的といっていいようなトラソス状態﹂に. ⁝スチツク. 陥ることを認めるが︑その神秘云々は決して本来の意味でいわれているわげではない︒それぱJ・ポミエ﹃プルー. ストの神秘学﹄︵岩窒︶ではもっと際立っている︒そこでは﹁神秘的生活﹂とか﹁全能の魔術﹂が語られるが︑しか. し昌葛ユ看①とは﹁芸術家の能力﹂を述べたものであって︑その題名にも拘わらずここで間題になるのはいささ ㈱ かも神秘学ではたくて︑詩的霊感や想像力のことでしかたいのだ︒おそらく︑昌葛饒遣①という語は最初から比楡. 的な意味でしか考えられていないのではないか︒プルーストを﹁現代の最も偉大な夢想者たちの中で最も神秘主義 ⑲ 的な存在﹂と呼んだA.ベガソにしても︑そこにロマン主義的比楡以上のものは感じられない︒つまり︑本来の意. 味でプルiストを神秘主義者として把える見解は︑ひょっとするとこれまで出されなかったのではないか︒H・ポ. ネは︑わざわざ聖女テレサ︑聖フラソシスの事例をあげて︑宗教のエクスタシーと詩的霊感の相違を強調している 畠o が︑おそらくそんな必要はなかったのだ︒少なくとも現在では︑神秘主義はプルースト学説史上なんら顧られるこ ㈱ とがない議論だといってよいだろう︒. ここで間題にしたいのは交霊術であって神秘主義ではないが︑前者は後老とともにすでにその胚胎以前に葬りさ. 一つは修辞の問題である︒﹃失われた時﹄の神秘主義的言辞は比楡にすぎないという. られているのではあるまいか︒にも拘わらずそれをこれから語るに当り︑とりあえずわれわれの立場として二つの 点を簡単に指摘しておこう︒. ポネの意見は一見いかにももっともだが︑しかし時とLてプルーストの比楡・暗楡は︑語らずして語る一種の黙説. 法的手立てとして使われているということである︒もはや単なる説明の補助的道具や装飾ではなく︑それ特有の光. 学によって初めて黙した闇の世界にふかく一閃を届かせることがあるのだ︒第二は主題の閻題である︒﹃失われた. 770. ヴァソトゥイユの交霊術 ユ21.

(10) 122. またあの特権的な諾経験などを通Lて︑きわめて重要な主題として作品の構造に関与していることを認めるなら︑. そこには当然魂の不死の問題が含まれてくるはずだし︑そうなると死者の魂との交流がその射程に入ってきても不 思議ではないということである︒. プルーストの反知性論は有名なわりにあまり理解されていたい概念であるように思われる︒そしてそれは︑彼の. 霊的なものへの傾斜が注目されなかったことと︑辿っていくと元は一つのことだったのではないだろうか︒いいか. えればプルーストの神秘主義を心霊主義をも内包させて一緒くたに批判︵むしろ非難︶し斥げたのは実証主義狂る. ものであって︑いわぱ﹁不可視なイソク﹂︵目.§ω︶で書かれた文字を読む能力のないこの合理主義的イデオロギ. ーこそ︑じつはプルーストが知性の名のもとに非を鳴らした当のものに他たらないとすれば︑イデオロギー的齪鶴. のうえに引かれた二本の平行線は相混わることがないだろう︒その反知佳論的実践は実証主義のディスクールに取. 込まれずに排除されるしかたい︒作者にとっては本末転倒をなすそういう皮肉な状況が︑神秘主義説への批判の真 相だったのかもしれ た い ︒. 未完の﹃反サソトHブーヴ論﹄の序文の一つと推定される草稿は︑﹁私は日ごとに知性に価値を認めなくなって 鯛 いる﹂という知性への幻滅ではじまるのだが︑これは感情の優位を主張するロマソ派的芸術論の焼直しにすぎない. のだろうか︒まずその程度のことに受けとられていたように思われる︒知性に犬した価値がたいというなら︑では. それに代わるどんな能力が信頼に値するというのか︑という疑問が当然起こってもよいはずだった︒そしてその間. を実際に発してみると︑奇妙なことに気付くのである︒まず︑そこには常にあるためらいがある︒最初の段階では︑. フ69. 時﹄において死と復活が︑それ自体として︑あるいは以下で見るように記憶や忘却︑睡眠と目覚め︑人生と芸術︑. 早稲田商学第343号.

(11) ヴプソトゥイユの交霊術 123. 知性に対置されるこの芸術家にとって必要不可欠だという能力に︑プルーストは名前を与えようとしないのだ︒﹁そ ㈱ れ︹知性︺の外側に﹂ある何か︑といういくらなんでも夫雑把すぎる規定ですませてしまう︒といって名指そうと. しないわけではない︒六頁しかないこの断章の最後︑つまり例のレミニッサソスの体験をいくつか語った後︑改め ︑ ︑ て﹁知性の劣等性﹂が問題にたるところで︑﹁知性の真実﹂より卓れたものとしての﹁感情の秘密﹂という言葉が ザ. ルチ邑. .. .. 使われる︒では知性が占める資椿のない﹁至高の王位﹂を﹁やはり知性によってなのだが1譲りわたされるの. は感情たのだろうか︒しかしすぐその後で︑﹁知性は能力の階梯では二番目の位置しか占めたいと﹂ても︑旨警昌甘 幽 が第一位を占めるべきだと宣言するのは知性のみよくたしうることであるLと述べて草稿は終わる︒至高の王位を. 占める能力は巨堅目gだといわれているのである︒さらに︑﹃反サソトHブーヴ論﹄のもう一つの序文草稿と思わ. れる断章では︑﹁感受性器婁童−まの衰弱﹂のせいで言えなくなった﹁この至高の︑内奥に秘めた最良のもの﹂の ㈲ 代わりに︑二次的な﹁知性の秘密﹂を死ぬ前に披露しておきたいと述べているのだから︑ここでは至高の能力は感. 受性と名付けられているわげだろう︒つまり︑三回の命名的試みは三回とも別の名称を用いているわけで︑これほ. 三語が. それともその名付けがたい能力の一面室二着三. ど思いいれたっぷりに喧伝して至高の王座を占めるとまでいい切った能カを語るのに︑この名称のぱらつきはやは り臓に落ちたい︒この三語は単純に同義語と解せるものなのか?. 様に表わしてはいても︑結局は単独では名称の適格性にどこか欠げるためのこの落ち着きのなさなのか?. それぞれに知性と対立する概念を含むことは確かである︒しかしそれ以上にプルーストがどういう共通項を考えて. いたのかは見定めがたい︒ωg戌冒g肘も藷易婁奉⑭も感覚という点で同義語であるが︑そこに多かれ少なかれ含. 意される情動性は弐娑自gには無いのではないか︒もっともこの後者の語はどういう意味なのだろうか︒それは. ピュプォソからファーブルに到るフラソス博物学において浮彫りにされてきた︑﹁決して誤まつことのない﹂︵ピュ. 768.

(12) 124. 76フ. フォソ︶動物の天賦の能力である︑とひとまずは考えられる︒−﹂の意味でそれは本能と訳してよい︒しかしこの本. 能も︑かつては現在考えるような単なる︿刺激−反応﹀の生得的機械的な自然の行動能力ではなかった︒動物たち. がしぼLば見せるあの驚異的な叡知を彼らはどのようにして得たのだろうか︒この疑間は造物主である神の意志と. の関係で解かれたのではないか︒人々は本能の叡智に神秘的なものを感じとっていたように思われるρぎω弐自g. は人間に関しては︑本能というより︑﹁ものごとを感じとり︑予感﹂見抜く生得の能力﹂つまり直観という意味で. よく便われるが︑そこでも一種超自然的恋ものに通う気配があったのでは汰いだろうか︒なお直観に近い意味は. ωg戌昌①鼻や吻gωま−まにもある︵黒秦内o茅きによる︶︒とすると︑この三者は直観の同義語として使われて. いるという推定が成りたたたくもない︒しかしそれならなぜ紛らわしいところのある他の二語を排してぎ邑旨g. で通さたかったのかという疑間が︑この語が断章の最後になってやっと登場したことへの不審と共に拭いきれない. で残る︒それに至高の能力を命名するうえでのこの不安定たいL嬢踏は︑どうやら﹃失われた時﹄へとある程度持. ち越されてしまりたようなのである︒一﹂の作品でもしぱしば知性ば批判の槍玉にあげられる︒たとえぱ﹁知性は真. 凶 述ぺられる︒他にぎεま昌という語も用いられるが︑−﹂れぱぎ邑5gとほぽ同義語と考えてよい︒アルベルチー. とに関してだが︑﹁われわれの無意識はわれわれ自身より透視能力がある︵o雲ミ◎着暮︶﹂︵目・おω︶という見解が. を呼ぶのに無意識を当てる例は︑そのすぐ後にも見られる︒やはりアルベルチーヌの秘めた遁走の意思を見破るこ. が恐れという非理知的なかたちですでにその失際の下心を見抜いていたというのである︒この﹁それ以外の能カ﹂. り︑アルベルチーヌの突然の失践について︑知性は何も気付かず予想だにしなかったが︑ある﹁それ以外の能力﹂. ここでは﹁無意識︵ぎ8勇o宥鼻︶の直観主義﹂や﹁虫のしらせ﹂︵肩①窪gζ旨g冨︶と名付げられている︒ つま. 実なものを把えるのに最も強力で鋭敏な最適の道具ではない﹂︵自一亀ω︶と一蹴されるのだが︑それに代る能力は. 早稲囲商挙第343号.

(13) ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ヌはその欲望や逃亡の気持をひた隠しにしていたのだから︑これらの旨8婁討鼻ら冨霧彗ま昌⑦巨ら巨箒き着篶9. 旨言ヨ昌二豪巨昌斤は︑いずれも表面的なものを越えた背後のものを見抜く能力をさLているのだと考えてよいだ 了ソ貝虫ソ ろう︒口とは裏腹の話者の考えを誤たず見通したフラソソワーズの眼力は百姓女の直感と呼ぱれていたし︑レソト. ゲソの透視能力が︑ものを見る作家のまたざしの理想として述べられていたことたどを︑ここで思い出してもよい だろう︵自・曽⑩︶︒だがそれにLてもこの用語のぱらつきはどうLてなのか︒. しかもひとまず立てたこの解釈は︑粉みじんに砕けないまでも︑少くとも一瞬は宙吊りにされてしまう︒という. のも︑最初にこの名付けがたい能力を至高のものとして宣言Lたと思われる﹃反サソトHブーヴ論﹄の序文草稿に. 戻って︑それが具体的にどのよう注意味で使われていたかを検討Lてみると︑全く別の能カが間題になっていると. Lか思えないからである︒先程引いた﹁知性の外側﹂で作家がでは何を捉えるのかというと︑それはそれのみが ㈲. ︑︑. ︑. ﹁芸衡の素材﹂をなす﹁われわれの過去の印象のなにか﹂︵看05篶Oぎ詔宗昌ω︷暮O﹃①窒ざ易召ω瓢2︶だとい. ︑. ︑. ︑. う︒それのみが芸術の素材をなすという文が提起する間題は差︒当り括弧にくくり︑﹁過去の印象のなにか﹂とは何. なのか? あの至高の能力がその威力を発揮するのは︑このなにかの把握においてであることは間違いない︒だか. らこの辺りまでは内奥を見抜く直観という解釈は通用Lそうである︒しかしその後に叙述される四つのいわゆる特 ︑. ︑. ︑. ︑. 権的体験で要求される能力は︑一見したところこの解釈と相容れる余地は全くないといっても遇言ではたいのであ. る︒というのもそれらがレミニッサソスの体験である以上︑どう見ても間題にたるのは想起能力でしかないから. だ︒知性批判も︑そういえばその想起における無能性という認識のうえに立っていた︑﹁知性が過去の名のもとに 鶴 われわれに渡してくれるのは過去ではない﹂のだと︒のちに意識的記憶と無意識記憶が峻別されて︑前老︑が﹁知性 働 の記憶﹂とも呼ぱれることは周知の通りである︒しかし︑この記憶能カと先程の直観とは︑一つの概念に収敷する. %6. ヴァソトゥイユの交霊術 125.

(14) ︑. 帥. 765. には径庭があまりにもありすぎるといわねぱたらたいだろう︒だがそれたらなぜ前老を呼ぶのに後者のぎ堅箏g. がー選巡の後であったが−選ぱれたのだろうか︒いや第一︑正面切って想起能力の名をなぜ最初から用い次か. ったのかが不恩議である︒おそらく︑その至高の能力とは︑いわゆる直観でもないかわりに単なる記憶の能力でも. ︑. ︵O昌げ屋ω︶のように無力な手﹂を差しのべて︑﹁私たちを生きかえらせておくれ﹂と叫んでいるようにみえるとい. く作著に呼びかげる事物︵遣︑木立︶は︑﹁愛しい遇去の亡霊たち﹂であり︑﹁アエネーアスが地獄で出会う霊魂. H亡霊︶﹂でしかなく︑結局その患い出は﹁復活﹂したいのである︒そういう失敗は度次起こる︒そういう時空し. 旅行で汽車に乗った一目のことを思い出そうとするが︑脳裡に浮かんでくるのは﹁その冷ややかな幻影︵︷彗3旨①. めに行くのは︑知性がそれを受肉させようとは思いもしなかった事物の中だけなのである︒﹂私はしばしぱかつて. ︑. サソ・マルコ寺院の想起では︑﹁復活において知性は何の役にも立たたいぱかりか︑そうした遇去の時間が身を潜. ︑. であるが︑それは過去の﹁死んだ時間﹂を﹁魔法の契約によって﹂復活昏讐冒8匡§させたと語られる︒つぎの. ⁝. 最初のレミッニサソスは︑﹃失われた時﹄の︿マドレーヌと紅茶の味﹀に椙当する紅茶に浸したトーストバソの味. るのだ︒この一連の想起はもはや単なる記憶の問題ではないのではないか︑. 付かざるをえないからである︒つまりどの想起も死と蘇えりという強迫観念的イメージによって色濃く彩られてい. 文草稿の遇去の想起を検討Lてみると︑それらはいずれも終始一貫して一つの比楡につきまとわれていることに気. しか得られない︒比楡の外示的制約をゆるめてそれを意味の中へとき放してやらねぱ恋らたい︒というのもこの序. とだったのだろうか︒そうした謎を解く鍵はわれわれによれぱ︑前述した比楡の伝統的概念を打破ることによって. 歪曲あるいは狭隆化をおそれて︑他の肩窃Φg饒昌彗戸ぎ言岸μopo巨5くξ彗8などの語を併用した︑というこ. 1少なくともこの段階では1なかった︒だからぎ邑自gを使っても︑この語の単独使用による意味の固定︑. 126 早稲囲商学第343号.

(15) う︒この死者の蘇えりというイメージは︑繰返していえぱあくまでも比楡というつつましい位置以上のものを占め. てはいたい︒ただ比楡としては芸がないほどに同じイメiジをその度ごとに反覆する執擁な単調さが︑そう落着さ. せるのを妨げる︒この単調さはむしろ統一的な主題の表われとして捉えるべきではないのか︒この一連のレ︑・二一ツ. サソスの前に導入部としておかれた民間伝承は︑そう考え直させるのに充分である︒﹁死者たちの魂﹂と同様に︑. ﹁死んだわれわれの生活の一刻一刻﹂は何らかの事物に化身し︑あるいはそこに囚われて身をひそめている︒われ. われが稀な偶然からその死せるものをそれと認める時︑それは解放されて生き返ってくるというのである︒地と図. の関係が揺らぎだしてこないだろうか︒本当に記憶が間題なのか︒むしろ記憶を口実にして︑比楡という庇護があ. ればこそ揮りたく︑しかしその修辞学的制約など打ち破りつつ︑死と復活の信念が本当には語られているのではな. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. いか︒比楡は一種の黙説法︑語らずして語る修辞法だったのではないか︒とするとあの至高の能力とは︑死老の魂. を呼びだす霊的なものだということになってくるだろう︒知性について︑過去の﹁死んだ時間﹂は﹁知性にとって. は死んでいるが⁝⁝﹂とか︑﹁知性はこの復活には何も放しえない﹂とかいわれていたことも付げ加えておこう︒. 至高の能カが︑知性とは違って何をなしえたのか︑その輸郭がここからはっきり浮かびあがるのだ︒. 興味深いことに序文草稿にはそれを想起力として捉える視点はなかった︒それはたとえぱ︷勇巨目gと呼ぱれて. いた︒しかし﹃失われた時﹄では︑その一部が分裂して無意識的記憶という名が冠せられる︒Lかし﹁知性の記. 憶﹂との対立において︑そのいはぱ霊的な含意は変わっていない︒この記憶が蘇えらせる過去を︑死と復活のイメ. iジが彩る支配性はそのまま継承されるのだ︒ただし四つの挿話は分散させられ︑それぞれに展開し変貌させられ ている回. マドレーヌ菓子がトースト・バソに代った最初の特権的体験では︑コソプレの思い出は知性の記憶のせいですべ. 764. ヴァントゥイユの交霊術 127.

(16) ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. 763. て﹁私にとっては死んだも同然﹂であり︑それを茸o暑胃︵想起1−降霊︶しようとしても徒労で︑﹁いかなる努カ. も実を結ぱたい﹂︵H.宝︶ようにみえる︒ところが偶然たことからマドレーヌの混じった紅茶を一口暖ると︑彼の. 内に﹁異様恋こと﹂が出来する︒﹁甘美な喜び﹂が襲い︑﹁人生の束のまの短さは根も葉もないもの﹂となり︑自分. は﹁無能で徴々たる︑死んで滅びる﹂存在だという感じが消失する︵H・嵩︶︒話老の歓喜が不死の感情に根を張っ. ているらしいことは容易に見てとれる︒それは忘却と想起というより︑その偽装を通しての死と復活が間題だった. からではないだろうか︒﹃反サソトHブーヴ論﹄では匿名の民閻信仰だった輸廻思想は︑今やケルト信仰と名指さ. れる︒死老の魂は動物︑植物︑事物などの中に囚われているが︑たまたまそれにわれわれが出くわして死老を再認. すると︑そこから解放され︑死にうちかつて蘇える︑という教義である︵H・忘︶︒この場合死老が肉親のようなわ. れわれと深い絆で結ぱれたものであることは︑再認の条件からみても確実であろう︒ではこの教義に従うと︑マド. レーヌ菓子の混じった紅茶の味のなかに囚われ︑解放されたのは死んだ肉親の霊だったことになる︒﹁人々が死に. たえ︑事物が消滅した後も﹂匂いと味たけはより非物質的で強靱に︑他のものの廃壊の上に﹁霊魂のように﹂長い. 問呼びもどされるのを待っている︵H︑亀︶︒では︑呼びもどされた霊魂とは誰のだったのだろうか?. 三本の立木の体験︵H・胃†べ岩︶は︑このケルト信仰の輸廻観との関連で読みとく必要があるだろう︒そこでは. すでに︑﹁われわれがたまたま木の側を通りかかる目まで−・:﹂︵H一違︶という予告とも思える言及が見られた︒. ︑. もちろん︑この木とは死着の霊が閉じこめられている木である︒そしてそれが︑ユドメニールを馬車で散策中の話. ︑. な感想が生れてくるのだ︒しかし今度はくマドレーヌVと違って︑首尾よく再認には致らない竈話者は﹁彼らの飾. い出をいいたてる私の幼少年期の親しい同伴着︑亡くなった友人たちだと思う﹂という︑狭い文脈からは一見唐突. ︑. 者に﹁深い幸福﹂をもたらしていたのではないか︒だから話老の胸に︑三本の木立は﹁過去の亡霊たち︑共通の思. 128 早稲田商学第343号.

(17) ヴフソトゥイユの交霊術 ユ. ら危い一所懸命の身振りに︑私の愛している人間旨津箒巴旨凧が呼びかけようとしても言葉が使えないでいる. ための無念やる方無い気配を見てとるL︒それまでは三本の木が相手だから当然複数形で語られていたのが︑﹁ひと. ちさる話老は︑﹁まるで友人を失ったか︵⁝⁝︶︑死者を否認したか神を見損ねたかのように﹂悲しむ︒それは三本. の木の背後に私が感じとった︑﹁私のよく知っている︑しかしはっきりしないいつものなにか﹂︑すたわちある死ん. だ近親着を復活させることに失敗したからではないだろうか︒たお三本の木は竺曾8毫胃冨への入口であった. と書かれている︵H.ベミ︶︒これは細い木陰道を意味すると同時に︑石でおおわれた古代の通廊状の巨石墓をもさ. すことに留意しなけれぱならない︒三本の木は冥府への入口だったわけでもあり︑その背後から呼びかげていたも のの素姓を改めて示唆するのである︒. このケルト信仰の観点からみると︑プルーストの心理学ないし美学において区別され︑そのために特権的瞬間に. 不整合の霧りを与えていた︑あの記憶と印象の対立が消滅している・﹂とを指摘しておこう︒たしかにこれまで研究. 着たちは︑㌻﹂の対立のために特権的体験を定義するうえで困惑を覚えてきた︒︿マルタソヴイルの鐘楼Vは印象の. 体験であり︑﹃見出された時﹄の︿サソ・マルコ寺院﹀以下三つの体験は記憶に基づいている︒プルーストの推賞. する無意識的記憶は後者にのみ当てはまるようにみえる以上︑煎者はどう位置づけたらよいのか︒結局︑レ︑︑︑ニツ. サソスによる齢去と現在の一致から時を超越した存在が姿を現わす体験と︑印象という現在的陶酔とは全く異質た. ものではないか︑と︒ところが話者は︑印象と記憶という区別に少しも−﹂だわらず︑すべて同一の経験とみ恋して. いるのである︒−二﹂から生じる困惑は︑ケルト信仰におげる復活の構造に注冒することで払拭されるだろう︒われ. われが印象と記億に分けて考えるどちらの経験においても︑それが屋根や小石の陽の照り返しであれ︑マドレーヌ. 762. りの愛する人閻﹂といきなり断わりもなく単数形が飛びだしてくることも︑注意しておいてよいだろう︒そこを立. 29.

(18) 130. チ. 761. の味や不揃い次敷石の感覚であれ︑﹁知的価値を欠いた特殊狂対象﹂︵H・Hお︶の背後に囚われ潜む死者の魂と遭遇. し︑再認して蘇えらせる︵あるいはそれに失敗する︶という唯ひとつの過程しか存在しないからである︒︿三本の. 木Vもそういう区別が無意味であることを灰めかしている︒その三本の木はかつてコソブレで見たのか︑夢でみた. ソ. 者に呼びかける仕方が特殊な快楽︵H・H葛︶を彼のうちに惹起することによってなのである︒それは文脈的に︑. プレジール・.^ル手中ユ亜. し深めることでそれを救ったというにすぎない︒そして︑これらく鐘楼Vを含あた一連の体験において︑事物が話. ェールを剥ぐまでに致らず︑予感されただげの現実は死んでしまう﹂︵H・H葛︶のだが︑︿鐘楼﹀の時だげ印象を少. ︒フレサ. の背後になにかを隠しているように見える﹂が︑これまではそれを深く探ろうとはしなかった︒そのために︑﹁ヴ. い︒話者がコソブレの散歩の途中で属目する﹁屋根︑小石の陽の照りかえし︑道の匂い﹂たどは︑﹁眼に見えるそ. きり指摘されているのである︒当然この特殊な快楽は︿鐘楼﹀以外の同種の体験にも及んでいると考えねぱならた. トゥイユの美しい楽器が最も似ているのは︑三つの特権的体験において話者の覚えた﹁あの特殊な快楽﹂だとぱっ. る以上︑これは偶然の一致ではありえないだろう︒というより実は先程の引用をもう少し正確に掲げると︑ヴァソ. 時のスワソの亘良ω㌣寝まε目脅を思いおこさずにはいない︒︿鐘楼﹀の体験とくソナタVの類似が語られてい. そういえば︿鐘楼﹀で話著が覚えた幸福感は︑亘良ω庁吻忌O邑と表現されている︒これはくソナタVを聴いた. ィルの鐘楼V︿三本の木V︿マドレーヌの味﹀の三つを挙げているのだ︵自・ωさ・O︷・自・8H︶︒. 見られる︒たとえぱ﹁ヴァソトゥイユの美しい楽節﹂にそれ以上似ているものはないとして︑話者はくマルタソヴ. ういう区分を越えて印象の体験と比較されている︒今述べたようにこうした記憶と印象の同一視は他にもしぱLぱ. 元にあるはずなのに︑その折の﹁深い幸福感はマルタソヴィルの鐘楼から受けたものに似ていた﹂︵H・ベミ︶とそ. 景色なのかと考えた末︑結局死老否認の自覚で終るのだから︑死者という点にこだわってしいて分ければ記憶の次. 早稲田商学第3蝸号.

(19) その後で便われる亘竺ωざ守巴8ま︵H・H葛︶︑︿鐘楼Vに属する亘乳ω亨Oす8員一あるいは唯の亘巴ω庁︵H・−OOO︶. などへとつたがる同質の感覚と考えてよいだろう︒となると︑いわゆるレミニヅサソスの経験でもこの快楽が問題. になっているのではないか︒そう思って読み直してみると︑︿マドレーヌの味Vは亘讐ω庁宗ぎ甘9■︵H﹄㎝︶をも. たらし︑︿舗石﹀︿スプーソの音V︿ナプキソの感触Vの与える快楽はいずれも﹁同一のもの﹂︵目.O08︶であるうえ. に︑︿舗石Vの至福感はく三本の木V︿鐘楼V︿マドレーヌVにおいて経験した感情とこれもやはり﹁同一﹂︵自.O.3︶. であると言明されていることに気付くのである︒このことはいわゆる記憶と印象の区分がプルーストにおいては無. 意味であることと同時に︑両者を通底するケルト信仰における復活の構造の重要性に再度わわれの注意を向けさせ. るのだが︑しかし︑もっと興味深いことをそれは暗示していないだろうか︒﹁特殊な快楽﹂がヴァソトゥイユの音. 楽と一連の特権的体験とに共通だとすると︑それへの新たなアプローチが後者におけるその意味合いを通じてひら. かれてくるからである︒両者の関係をもう一度確認しておけぱ︑﹃見出された時﹄のく舗石Vのところでも︑︿三本. の木V︿鐘楼﹀︿マドレーヌ﹀などの例をあげて︑﹁ヴァソトゥイユの晩年の作品はそれらの印象を綜合しているよ. うに思われた﹂︵自・O.8︶と述べている︒﹁あの特殊な快楽﹂は特権的体験においては︑事物の背後に囚われ潜む死. 老の霊からの呼びかげのしるしであった︒とすると︑︿小楽節﹀がひきおこす﹁あの特殊な快楽﹂も死老の霊と関. わっているのではないだろうか︑という推測が成立つのだ︒スワソがくソナタVと回転テープルの比較に﹁深い意 味﹂を見出したことは︑おそらく決して突拍子もないことではなかったのである︒. プルーストが︑多分一九〇八年秋−冬の交に上掲の序文草稿で知性批判を行った時︑ベルクソソの﹃創造的進化﹄ 馴 ︵一九〇七年︶を読んでいたと考えるのがやはり自然だろう︒というのも知性と弐唖匡暮けの対立が︑この哲学書. の第二章に殆どそのまま見られるといっても過言ではないからだ︒そこでのベルクソソの考えを簡単に要約すれぱ︑. 760. ヴァントゥイユの交霊術. 131.

(20) 132 早稲田商学第343号. フソス占ソ. 人間の認識能力には知性と本能︵ないし直観︶の二つがあり︑前考は無機物を機械的に扱い︑後者は生命の働きに. アソチユイン目ソ. 直繕する︒両者は相補うものであるが︑後者の本能の方が優越的位置を占める︒知性は生命を理解することができ. ないが︑本能は生命の内奥を示し︑その創造力とつながっているからである︒しかし直観︵ベルクソソはこれを. 本能の一機能とみなしているようだ︶はこのように知性を凌駕するのだが︑直観にそうした地位を与えたのは知性 倒 なのである︑両者の対立︑知性の二次的重要性といった︑すでにプルーストでおたじみの考えがそこに見出され. るのである︒しかしベルクソソの巨窒目g︵本能︶は博物学的伝統との絆を強く感じさせるが︵ダーウィソやファ. ーブルが引用される︶︑霊的な要素はとりたてて感じられない︒しかしそれが直結するという生命が魂に根差すの. だと考えれぱ︑本能は当然の帰結として霊的能力を内包するともいえる︒それがプルーストに知性と対立する能カ. を名付けるのを一旦はためらわせながら︑しかし文の最後にたって思い直したようにぎ堅g一という語を︑ベルク. ソソとは徴妙にずれる意味合いで使わせた理由だったのではないだろうか︒とはいえベルクソソは−易ユgけの性 鰯 質として︑千里眼的感応に似た直観による把握とか対象の内奥に分げいる能力淀ども指摘しており︑これがプルー 幽 ストの︑事物の背後の霊的現実を見通す至高の能力とかなり近いことは否めない︒それにベルクソソは心霊主義考. であった︒前述のように一九二二年心霊研究協会の会長をつとめた折︑彼は﹁︿生きている人間の霊﹀とく心霊研. 究V﹂という題の講演を行ったのだが︑そこで死後の生存の蓋然性を主張しているのだ︒それが収められた﹃霊的. エネルギー﹄−︐同篶握ざ名巨g①豪という論文集は一九一九年になって出版されるが︑プルーストがこの論文集. で一九二二年の講演を読んでいたことは間違いたい︒﹃ソドムとゴそラ﹄︵一九二二年出版︶にはベルクソソの名が. 続けて三度登場するが︵自︒⑩O︒午㊤OOσ︶︑それに絡む不死説の主張にはこの講演とやはり同書収載の﹁魂と肉体﹂と. を読んだ痕跡がはっきり認められるからであ乃︒ベルクソソの不死説の論法は︑心的生活と身体は別の次元にあっ. 759.

(21) 陶. ㈱. て︑且つ前者は後者を大きくはみ出しているので︑身体︵脳も含めた︶の破壊後も﹁魂が生き残るのは自然に思え. る﹂というものである︵これは﹁魂と身体﹂も同趣旨である︶︒この不死説でもう一つ興味があるのは︑ベルクソ. ソがしぱしば記憶の間題を介してそれを考えていることである︒哲学者はいう︑﹁多くの事実からみて︑過去はそ. のすみずみに到るまで保持されており︑真の忘却というものは存在しないように思われる﹂︑あるいは﹁われわれ. の遇去はことごとくそこに︑持続的に存在しているので︑それを見渡すには振向きさえすれぱよいのだが︑唯われ ㈱ われは振向くことはできないし︑またそうすべきでもないのだ﹂︒これはほぼプルーストの考えではないだろうか︒. ﹃ソドムとゴモラ﹄のベルクソソに言及した箇所で︑話老はその説を﹁われわれはわれわれの全ての記億を所有し. ているのだが︑それを想起する能力がないのだ﹂︵自.㊤OO㎝︶と紹介している︒しかしそれはすぐに彼自身の不死説. の前提として取込まれ展開されるのだ︒われわれは生まれてこの方の三〇数年の出来事をすべて想起するわげには. いかない︑しかし﹁それらはすっかりわれわれを浸しているのだ﹂︒もっとも忘却に沈んだままの遇去の自分は. ﹁未知の﹂存在といってよい︒だがそれならこの未知なる自我の﹁以前の人生H前世﹂︵丘①竃萩二婁轟︶を三〇. 数年にとどめずに︑誕生以前にまで延長しても同じではないだろうか︒﹁もし私が私の中や私のまわりに思い出せ. たい沢山の記憶を持っているというなら︑この忘却は私が他の人間の身体の中で︵⁝⁝︶経験した人生に関わる−﹂. ともありうるL︵員・㊤OO蜆︶︒さらには︑﹁誕生して以来のこの私が誕生以前の私のことを思い出さないように︑私が. 死後生まれかわる人間が今のこの私のことを思い出す理由はたい﹂︵婁O・︶︒一口でいえぱ輸廻思想の主張である︒. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. つまり私が前世を思い出さないのは忘却に妨げられているからで︑愚い出さないことぱ前世が存在しない理由には. ならないというのである︒さらにいえぽ︑死とは単なる前世の自我の忘却ということにならないか︒﹁死後の魂の. 復活は︑おそらく記憶の現象として考えることができる﹂︵目.oooo︶︒疹る種の特権的体験を単なる記億現象とLて. ?58. ヴァソトゥイユの交霊術 133.

(22) 1弘 亭稲田商学第343号. 考えることは︑そしてそれに纏わる死者の蘇えりのイメージを二次的装飾と考える・﹂とは︑実はそれこそ本末転倒. なのではあるまいか︒記憶と忘却は単なる不死説展開の口実ではないにしても︑比重は魂の生存の間題にあるので. あり︑ベルクソソにおいてのように後着の間題に関わる限りにおいてのみ前考は重要性を帯びるのだ︒︿サソ.マ. ルコの舗石Vの後︑話著はそれが︑そしてかつてくマドレーヌの味Vがなぜどちらも死の不安を拭いさることがで. きたのかと自間する︵弓o︒雪︶︒それに対して︑現在と過去の同一性から︑そのどちらにも属さない超時間的な存. 在が私の中に目覚めたのだ︵目︒oo曽︶という主旨の精妙だが抽象的た論理が立てられる︒しかしそれは要するに自. 我の恒久性を通しての魂の不死の直覚であり︑そこに死の不安から解放される契機があったから在のである︒ブル アソ月タソ ーストは一九〇八年の反知性論においてベルクソソの影響を多分に蒙り︑後者の本能の概念に潜在的にとど童って. いた心霊主義をすでに自分たりに発展させて同じ巨ωま冒gの語︵上で直観と訳した︶を用いていたが︑それを更. に深めるうえで︑どうやら一九二〇年前後にも哲学老の記憶と不死の考察に再び指標を仰いだことになる︒その中. 問にあたる一九二二年︑彼は自分の作品をベルクソソ的小説であると白状せざるをえたかったのだが︑それは何よ りもこうした心霊主義的な血縁関係においてではたかっただろうか︒. ところでプルーストには︑忘却とともに死を語るのにふさわしいもう一つの主要た経験がある︒それは眠りと夢. である︒話者が忘却と不死を論じた箇所︵ド竃oムoo蜆︶は︑実は眠りの考察の一部であり︑それは眠りも忘却H死. の一形態だからである︒眠っている人間は﹁もはや誰でもたい﹂︑人格的に空白の存在であり︑それが圓覚めにお. いて︑眠る前にそうだったのと同じ人間を何百万の内から他たらぬ自分として選ぶことが︑どうして常に可能なの. か︒そこには﹁真の断絶﹂が︑﹁真に死があった﹂にも拘わらず︒この死を乗りこえさせるのは記憶の働きであり︑ 目覚めは忘却したものを思い出すのと同じ蘇えりの現象なのである︵自.ooo︒︶︒. 75?.

(23) 眠りはあの世︵⁝Φ彗言⑦ま9﹈H︑㊤OOO︒︶. への冥界降りであり︑夢は冥府に生活する死者たちとの出蓬いの舞台. となる︒われわれは眠りの入口で知性と意志をかなぐり捨て︑﹁動脈という地下の国﹂を巡るべく﹁その黒い血の. しかし話著がそこで再会を求めて探すのは犬体肉親︑とくに祖. 流れに︑忘却の河レーテーへのように船出する︒厳めしい大きた人影が近づき︑遠去かり︑われわれを悲嘆に暮れ させる﹂︵ドぎ◎︶︒その人影は謹なのだろうか?. 母である︒﹃ゲルマソトの方﹄では﹁死んだ両親﹂が事故で重傷を負い︑傷がいえるまで小さたネズミ籠に入れる 鯛. という設定のグ目テスクな悪夢が語られる︵目・O︒べ︶︒﹁心の間欠﹂の直後に見る夢では︵自.葛O←8︶︑暗い風が吹. きすさび亡霊のうごめく夜見の世界で話老は祖母を探し求める︒彼女は﹁思い出のそれのように青ざめたかぽそい. 生活﹂ではあるか︑とにかく﹁まだ生きている﹂ことは確かたのだ︒女中部屋のようた狭いところで︑一人ぽっち. で起きあがりもせず麻簿したように暮らしているという︒おそらくこれは死後の生存のイメージなのである︒. 眠りが知性を捨てての冥界降りである以上︑そこでは死老と会うのにあの至高の能力を発揮する必要はたい︒こ. うして死んだ両親とも出会うだろう︒ところが死んだ祖母との再会はなぜか許されていない︒その理歯は差当り疑. 問として残しておくことにしよう︒それは本論の全体を通してそれとなく答えられなけれぱたらたいだろう︒アル ︑. ︑. ベルチーヌが死んだ時︑再会の念が激しく募った話者は回転テーブルの本を読んだりするが︑その魂の不死や復活. への関心はこれらの︵あるいは︑この︶愛する女性と会いたいという切実な願望のうちに胚胎Lていたと考えてよ. いだろう︒愛する女性との死後の再会という主題に︑トリスタソのく愛と死Vの宿命が交錯しているのは容易に見. てとれるが︑それは特権的体験におげる死者の身元について一つの示唆を投げかけてはいないだろうか︒. 眠りといえぱ︑失われた時はその場面で開始されており︑しかも輸廼︵昌凧箒昌湯壱ぎ8︶という語が作中唯一. 度使われるのはこの箇所なのである︒これも表向きは比楡としてなのだが︑その後展開される広犬なしかし隠され. 756. ヴァソトゥイユの交霊術. 135.

(24) 136 早稲田商学第割3号. た主題の糸口ではなかったか︒それはこういう一節である︑話者の睡眠申の思いこみ︵暮ξ弩8︶は目覚めの後. もしぱらく残るが︑やがて﹁それは︑前世における考えが輸廻を経るとそうなるように︑知性では理解できないも. 坦 口 藺 ヤ ソ ス. ク目フヤγス. の︵−巨巨竺衝巨①︶になってくる﹂︵H﹄︶︒プルーストにおげる反知性論と︑眠りという冥界降りの意味を考える. と︑睡眠時の思いこみは︑ケルト人の輸廻信仰へとずれつつ響き合ってくるように思われる︒それに読く眠りの. 描写には︑例の死と蘇りのテーマがやはり透かLみられるのである︒眠りは︸﹂の世の生活との断絶であり︑その聞. 遊離した魂は時空を縦横に行きかうので︑夜中の目覚め際には︑記憶が虚無から救い出Lてくれるまで自分がどこ. にいるのか︑いや誰なのかさえわからない状態に陥る︒これはこの世に戻ってきた魂が自分の肉体がどれ在のかあ ちこち探し廼っている︑見ようによってはユーモラスな復活の情景ともいえる︒. こうして眠りが死の国に往って戻る−﹂となら︑それと死者をこの世に呼び戻す特権的体験のくマドレーヌの味V. との間に︑共通の遇程が含まれているとしても不思議ではない︒紅茶を飲んで直感したなにかを意識の表面に誘い. 出そうともう二口欽むと︑話者の中の﹁きわめて深いと・﹂ろLでそれが戦き︑移動し︑ゆっくりと昇ってくる︒. ﹁私はそれが横切ってくる長い距離の低抗感を感じ︑そのざわめきを耳にする﹂︵H.亀︶︒−﹂の昇ってくる距離を︑. 人は眠りにおいて﹁深部へと降って﹂︵自・OO胃︶いくことになるだろう︒だからそこから逆に戻る時に︑﹁幾つもの. 段階を素通りして︑生に隣接する諸地域を横切ら﹂ないと︵自.㊤OO−︶︑﹁生者の国が開かれる表面﹂︵自.べ8︶に辿. りつかたい︑つまり目覚められないだろう︒これは表面の自我と深層の自我という二元論にも通じるのだが︑この. 世とあの世は地理的な距離によって隔てられているという伝統的ともいえる他界のイメージが︑眠りにも特権的体 験にも共通してみられるわけである︒. 先程︑広大なしかし隠された主題と書いたが︑死と蘇りは決して上述の特権的体験や眠りだげの問題では改い︒. 755.

(25) いやそれらがすでに細都の挿話的次元にとどまる事柄でない︸﹂とはいうまでもないが︑その他に巨細さまざまな形. をとって現われているのである︒参考として思いつくままに挙げていくと︑最後のゲルマソト大公夫人主催の﹁仮. 装舞踊会﹂は死の宴であり︑それは話者が垣間見た永生と対照を放す︒作家のベルゴヅトは﹁永遠に死んだのか. ?﹂ たしかに﹁交霊実験は宗教的教義と同様に︑魂が死後牟続する証拠をもたらしていたい﹂︒Lかしわれわれの. 人生は重るで﹁前世で負った義務﹂があるかのようにことが運んでおり︑ベルゴヅトは埋葬されるが︑その書物ば. ﹁彼の復活の象徴﹂となっているように思われる︵員・一〇︒下HOOOO︶︒なおこの作家は心霊主義老で︑回転テーブルで. 死者の霊を呼びだせると信じていたらしい︵自.竃⑩︶︒﹃囚われの女﹄におげるフォルチュニiのドレスには﹁死と. 復活の象徴である番いの小鳥﹂の模様が入っている︵目︒ω8︶︒それは彼女の死の予感と結びつくのだが︑その復. 活はどこで行われたのか︑あるいは行われたかったのか︒つづく﹃消えさる女﹄の前半は死んだアルベルチーヌヘ. の哀悼の念で占められるが︑やがて忍びよって支配を確立する忘却はそこでも一種の死︵生前の彼女を識る無数の. 自我の継続的な死︶として提示されている︒﹁コソブレ﹂の幼い主人公は︑母親の接吻たしでベヅドに就くのを﹁自. 分の墓を堀り︵⁝⁝︶屍衣を着る﹂と表現している︒夜のバリをオデヅトを探して駆げずり廻るスワソは︑話老同. 様︑冥府でエウリュデイケーを求めるオルフェウスに比較されるし︑最後の死の仮装舞踏会では︑昔の友人の面影. を見出そうとする話者が﹁死んだ母︹の亡霊︺に身を投げかけるオデュッセゥス﹂や︑﹁亡霊からその身元を確認. させるような返答をひき出そうと無駄な努力をする霊媒師﹂︵自・⑩§︶に比較される︒戦地から帰休兵として戻っ. てくる友人のサソHルーを︑話者ば﹁趨自然的な﹂存在であるかのように迎える︒帰体兵とは死の岸辺から戻り︑. またそこへ帰る﹁あの世から呼びだされた死老たち﹂であって︑一瞬姿をみせるもののあちらのことはせいぜい︑. ﹁お前たちには想像もつくまい⁝⁝﹂といって︑われわれには質間する暇も勇気も与えずに立ち去っていくのだ. 754. ヴァ:/トゥイユの交霊術. 137.

(26) 138 早稲田商学第343号. ︵自︑べ賢︶︒郊外の梨や桜の木々を話老は異教の神々に見立てるのだが︑それは復活したキリストの姿を庭番と見. 間違えたマグダラのマリアの二の舞をふんではいないか︑と彼は自らに間いかける︵胃.一8︶−⁝. こうした例はまだまだ見られるし︑随所に使われている冒湯蒜ユ雲×二冒ふg窒H量巨箒−二旨昌津9邑といっ. 愛. 左言辞と思い合わせると︑そこには霊的ともいうべき世界が少しづつ立ち現われてくるように思われる︒しかしそ. れはたぜなのか? あるいば死と蘇りへの表立た匁い︑しかしあまりにも執擁淀この関心は何のため淀のか?. する死老との再会への切望が︑相手が祖母であれアルベルチiヌであれ︑話若の中にあることはすでに指摘した︒. しかし彼女たちは無事蘇って︑話者に再会の願いを叶えてやったのだろうか︒﹃見出された時﹄の三つのとミニヅ. おそらくその辺りのテクストをいくら調べても︑先程の霊媒師のように﹁亡. サソスが作晶全体のクライマヅクスを成していることは間違いない︒しかし前述のようにそれが死著の蘇りだとす るなら︑その死老は誰だったのか?. 霊からその身元を認確させるようた返答をひき出す﹂ことはできないだろう︒それは身元の確認ができないという. 仁﹂とでばないのだが︑それが誰であるにせよ死者の蘇り︑が作品のクライマヅクスを成すということば︑そういう作. 品を書くことが一種の復活の儀式︑ないしは交霊術そのものだったということにならないだろうか?. プルーストのエクリチュールを交霊術に比較することは︑この語が持つありとあらゆる胡散臭い要素への反穣を ミスチシスム. 考慮しないとしても︑少くとも次のような異論には逢着するだろう︒神や趨自然的存在との直接の合一体験を唱導. するものとしての神秘主義には︑およそ二つの相異なる傾向が見られる︒一つは神秘体験を神から与えられる恩寵. として︑受動的観想のうちに敬度に受げとる立場で︑キリスト教神秘主義はその代表的流れである︒人間の側から. は何もなしえないジャソセニスムの恩寵観もこの流れを汲むものであろう︒それに対して人間の力で能動的に︑自. 已をたかめる修業や技能の修得などによって神秘的合一に達しようとする態度も存在し︑スーフィズム︑密教︑一. 753.

(27) 九世紀末の神智学などもその系譜に違たる︒魔術や呪術は神との合一体験をめざすものではない以上︑厳密には神. 秘主義の二つの流れのどちらにも分類することはできない︒しかも絶対者や超自然的存在にあまり畏敬の念をはら. わたいのだが︑しかしその能力をある種の技能によって人間の利益のために積極的に劾用化Lようとする点では︑. しいていえぱ後者の系譜に近いといえる︒交霊術もそれは同断であろう︒ところが﹃失われた時﹄では︑﹁事物の. 背後に隠れたもの﹂がもたらす特殊た快楽という恩寵の到来は︑話老の意志とは繕びついていない︒それは﹁偶然. に﹂やってくるのだ︒ケルト信仰において︑死老の霊が囚われている事物とわれわれが遭遇するかどうかは︑﹁偶. 然に掛って﹂おり︵H・窓︶︑︿マドレーヌ﹀も﹁習慣に反して﹂たまたま口にしたためにひきおこされたのであり︑. ︿サソ・マルコ寺院の舗石﹀も﹁突然の偶然﹂によって生じている︵自﹄雪︶︒正Lい扉は百年探Lても見付から. ないが︑もはやすべてを諦めた時になって︑﹁そうとは知らずにその扉をたたく﹂ものなのだ︵自・O.8︶︒これは話. 者の自発的な探求が︑旅行や杜交界においても愛においてもある意味ではすべて無駄に終った偏歴の後での感慨で. ある︒したがって︑そのように最後のレミニヅサソスに致りようやく突き当った︑彼の内なる超時間的な存在は. ﹁行動の外側においてしか﹂姿を現わすことはなかった︵自︒OO胃︶︒いや︑︿マドレーヌVで意識的記憶昌似昌O守①. くo−o鼻良屋と無意識的記憶§ひ冒◎マ①ぎき−昌$守①の区別を立てて前者の無能を宣言した時に︑そのことはすで. に明らかだった︒つまり自分から探求してはならないのだ︒自分から積極的に行動することは︑﹃失われた時﹄に. おいては必ずしも目的達成への捷径ではなく︑受動的に偶然という恩寵を当てなく待たねぱならない︒だから作品. 構成においても暮ま邑思匡①員①が推奨される︒最初から﹁唯一つの超越論的なもくろみを追求したように見せ. かける凡魔な作家たちの数々の体系化の営為﹂は﹁まがいもの﹂であって︑真の統一は執筆後に一種の恩寵とLて. 姿を現わすものなのである︵目.一腎︶︒こうした話着の姿勢がキリスト教的神秘主義の流儀に属していることはも. 752. ヴァソトゥイユの交姦術 ユ39.

(28) 140. はや明らかであろう︒抵おこの派は自已内部への沈潜を神と出会う手段とするのだが︑この点でも作者はこちらに. 添っている︵﹁私の深求する真実は︵−⁝︶私の中にある﹂H.高︶︒この話者の受動的待機が交霊術と相蓉れ恋い 関係にあることはいうまでもない︒. しかしだからといって﹃失われた時﹄には交霊術的な姿勢が全くない︑と割り切ることは許され液い︒この作品. が単純な教養小説の仕立てで︑一人の人聞の秘儀参入の遇程を追うだけにとどまるならそれでよかっただろう︒し. かし話者の最終目標はレミニッサソスのような神秘体験そのものではたく︑作品を書くことにあった︒さまざまた. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. むものが立ち婁われる藷者の経験を能動的に逆転したものであって︑その意味で交霊術的方湊と呼んでも決して聞. 方法は︑特権的瞬間における死老の蘇りと構図を共有Lていないだろうか︒それはまさに︑闇H冥界からそこに凄. いう芸術観︑そしてそこから帰結する﹁感じたものを暗がりの中から抽きだして︑知的等価物へと変換する﹂彼の. ︑. ︑ の姿勢はまさにそれを挿んで逆転することになる︒たとえぱ︑真の書物は﹁闇と沈黙の産物﹂︵貝oo㊤oo︶であると. るぱかりか︑その様態が鍛えられて作家としてのエクリチュールの方法を構成することになったのだとしたら︑そ. や﹁探求するばかりではない︑創造しなけれぱならない﹂というのだ︵H.畠︶︒ましてや恩寵が作家への転換点であ. 中に死蔵されていることを話者は嘆いている︵H.一葛︶︒その段階で今度は自分から探求しなければ抵ら注い︒い. そのま重椙手任せに放置するとそれぱ充全汰実現には達しないのである︒そのようにして多くのイメージが自分の. おそらくこの両義性は特権的体験の在り方の内に反映している︒たしかに恩寵は向うから偶然にやってくるのだが︑. 遇程を︑今度は創造しなけれぱならない︒受動的神秘体験を作家は能動的神秘家として実現Lなけれぱなら狂い︒. えねぱたらたい︒﹁文学作品の材料は私の遇去の生活だ﹂︵昌・O08︶というのなら︑あの偶然に負った特権的体験の. 体験にめぐり会う主人公の歩みにどれほど偶然の要素が混入しようと︑書く側はそれを﹁後から﹂であれ必然に変 早稲田商学第343号. 751.

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