1.はじめに
21 世紀
COE
プログラム『企業社会の変容 と法システムの創造』は,日本の株式会社制 度と金融・資本市場について,その基本構造 にまでさかのぼって研究し,基礎法,商法,民法,刑法等の多方面に及ぶ総合的研究を基 礎として,公正で信頼される企業法制システ ムを提言することを目的とするという壮大な 研究プログラムである。そこでは,旧来の
「人間関係」に依存したわが国の企業社会の 構造を,「法的関係」を基盤とする構造へと 改革し,これによって「法の支配」をこの分 野でも定着させることが構想されている。こ れは,日本の企業社会のあり方を根底から考 え直すことを意味している。このような本研 究プログラムの視点は,企業と市場に関する 刑事法制の研究についても同様に妥当する。
日本の企業社会のあり方を変えていく上で刑 事法制の果たすべき役割とその限界を正面か ら研究することは,時代の要請だからである。
2.企業と市場に係る刑事法制研究の 意義
企業社会のあり方にとって,紛争処理のあ
り方における多様な制裁手段の研究は,企業 に関する法システムの中核的問題に属する。
企業に対する制裁手段として,民事制裁や行 政制裁もあるが,刑事制裁は,企業の違反行 為に対して「刑罰」に値するとの違法判断を 下すものだけに,厳格な制裁手段を伴う法的 評価を前提とするものであって大きな意義が ある。しかし,今日の企業犯罪に関する刑事 法制にも多くの課題がある。そもそも企業犯 罪と捉えるべき犯罪はどのような行為か,そ の保護法益は何か,法人処罰の意義はどこに あるのか,そしてこのような企業犯罪の抑止 策として,例えば罰金や損害賠償の問題,量 刑ガイドラインの問題,企業名の公表問題,
さらには企業からの利益剥奪問題など,いず れも今日十分な研究を必要としている課題ば かりである。
ところが,企業犯罪に関する従来の研究は,
ともすれば実体法上の問題にしても,手続法 上の問題にしても,当該法律分野においての みの議論であって,例えば刑事法と民事法の 交錯問題などについての学際的研究は,たと え試みられることがあってもわずかであった。
また,もともと企業犯罪の研究は単に大学の 研究者のみによる研究では限界があり,適切 な政策提言などはなしえなかったように思わ れる。企業犯罪といった大きなテーマは,大 学の研究者のみならず,法曹実務家,企業の 法務担当者さらには関係官庁の係官などが共 同して取り組むべき研究テーマといえよう。
例えば,「談合」といった問題を1つ取り 上げても,そもそも日本における談合体質の
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―企業と市場に係る刑事法制の研究
野村 稔
*1・曽根威彦
*2・田口守一
*3*1 早稲田大学大学院法務研究科・法学部教授
*2 早稲田大学法学部教授
*3 早稲田大学 21世紀
COE
《企業法制と法 創造》総合研究所・副所長,早稲田大学大学 院法務研究科・法学部教授解明のためには一定の社会学的考察も必要と なるであろうし,談合の抑止策を提言するに ついても,企業についての独禁法や刑法等の 法律適用問題のみならず,中央省庁や地方自 治体等の官界についての談合に関する責任問 題にも触れるべきであるし,さらには斡旋行 為等がからんでくる政界との関係も軽視すべ きでない。実に多角的・総合的な研究が必要 となるのである。今後の企業犯罪の研究は,
したがって,一方において大学研究者のみな らず産業界や官界とも共同した研究を進める 必要があるとともに,他方において例えば刑 事実体法といった狭い学問分野に議論を限定 することなく,広く学際的な共同研究を進め ることが必要と思われる。
3.企業と市場に係る刑事法制上の 問題点の概観
企業と市場に係る刑事法制については,上 述のように,そもそも企業犯罪あるいは経済 犯罪という場合に,どのような犯罪行為がそ こに含まれることとなるのか,そして,今日 このような企業犯罪や経済犯罪の現状はどの ようなこととなっているのかを正確に認識す ることが議論の出発点となろう。そこでは,
犯罪の国際化や組織化の問題も含まれる。
刑事法制上の個別問題をここで網羅的に列 挙することはできないが,例えば次のような 問題を挙げることができよう。まず,刑事実 体法の分野に関する問題としては,特別背任 罪・利益供与罪などの企業自体の犯罪,出資 法違反罪などの金融犯罪,インサイダー取引 などの証券犯罪,入札談合などの独禁法違反 の罪,悪徳商法や先物取引をめぐる犯罪など の消費者犯罪,企業秘密・個人情報の侵害・
知的財産権侵害などの無体財産の保護の問題,
租税関連犯罪,賄賂罪・政治資金規正法違反 罪などの企業と政治の癒着問題など実に広範 囲にわたる。
刑事手続法の分野についても,国際化ある
いは組織化した企業犯罪についての捜査手続,
とりわけサイバー犯罪などに係わるデータ押 収などの捜査手続の問題,企業犯罪の公訴時 効あるいは企業犯罪の刑事弁護などが問題と なろう。また,公正取引委員会の告発や証券 取引等監視委員会などに関する行政手続と刑 事手続との関係の問題,さらには罰金と懲罰 的損害賠償などとの関係といった刑事制裁と 民事制裁との関係,罰金と課徴金のように刑 事制裁と行政制裁の関係も問題となる。刑事 制裁の分野でも,企業犯罪に対する量刑基準 なども問題である。さらに,その先端には,
企業のコンプライアンス・プログラムや企業 の社内教育問題さらには違反行為の内部告発 問題などといった今後議論されるべき問題も あり,やはり論点は多い。
4.研究の形態とその進め方
本研究企画の特色として,先にも述べたよ うに,研究主体として,大学研究者も早稲田 大学に限ることなく,関心のある他大学研究 者にも参加と協力を求めるのみならず,さら に,企業関係者および関係官庁にも研究協力 を依頼する予定である。また,その研究方法 も,理論研究のみでなく,比較法研究はむろ んのこと他の研究チームとの共同で企業犯罪 や刑事制裁の実態などに関する実態調査も行 いたいと考えている。
刑事法制に関する研究会は,約2カ月毎に 定例で開催され,平成 16 年度内には,公開 の国内シンポジウムを開催し,平成 17 年度 には公開の国際シンポジウムを開催する計画 である。本研究会の研究の成果は,研究所の 機関誌である『企業と法創造』で公表される。
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