「英語読解」授業実践例と私の教育哲学

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に,受講学生には市販の「単語帳」を購入してもらった。「英語読解1a」の テキストは『キクタンBasic 4000』であり,「英語読解 2a」のテキストは『キ クタン Advanced 6000』(ともにアルク出版)であった。オンライン・シラ バスにてテキストを事前に告知しておいたところ,3 分の 1 程度の学生が初 回ガイダンスまでに購入し持参してくれたので,その分だけガイダンスがや り易かった。 授業内で使用する英文テキストについては,(今年度に限り)市販のもの を使用することを断念したのだが,それは万が一レベルが合わなかった場合, 学習効果が殺がれることを危惧してのことであった。そうする代わりに,適 宜難易度を調整できることをねらって,私が作成したプリントを配布するこ とにした。英文テキストをプリント配布にすると,欠席者の対応に苦労する のだが,専修大学には「ポータル・サイト」という便利なオンライン・コミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン ・ ツ ー ル が あ り , こ の サ イ ト 内 の 掲 示 板 に テ キ ス ト の Microsoft®Word ファイルをアップロードし,欠席者には各自ここからダウン ロードしてもらうことにした。 英文テキスト作成にあたっては,オンラインのニュースサイトを活用した。 それぞれのテキストで難易度を意図的に変えたため,やや易しめのテキスト

National Geographic Kids から,やや難しいテキストは The New York Times

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英単語テストは平常点の一部になる重要なテストなので,遅刻者には罰と して受験を認めなかった。そのために,毎回授業開始10 分前には教室に行 き,定刻通りに授業を開始するように心がけた。アンケートでも,「毎回定 時に始まる」ことを評価してくれた学生もいたが,これはうれしいかぎりで ある。 6.2 前回学習事項の復習 英文テキストを1 つ終わらせるたびに,その中で出てきた重要文法項目を 学ぶために「復習」の時間を設けた。プリントを用意し,文法事項を簡単に まとめた後,類題演習をやってみた。前期の主なトピックは「関係詞」「分 詞構文」であった。「関係詞」については,英文中に「関係代名詞(目的格) の省略」が出てくると必ず引っかかる学生が複数いたことから,ポイントと して扱うことに決めた。「分詞構文」については,The New York Times のよう

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恩師は学生の内面を見抜く達人であったが,私に対しては「あなたに教える ことは何もない。なぜなら,こちらから強制的にやらせて,伸びるタイプで はないからだ。」という趣旨の発言をされた。その当時は多少「責任放棄な のかな。ひどいものだ。」と思ったものだが,今となって正しかったのは恩 師の知見である。自由放任でなかったならば,たとえ研究者になっていたと しても,自分の力で新しい世界を切り開いていけるこの職業の醍醐味を知る ことなく人生を終えてしまうかもしれなかった。ただし,恩師は「あなたの ようなタイプの人間はかなり珍しい」と,私を少数派に分類することも忘れ てはいなかったので,教師としての私は,受け持つ学生に「私とは全く異な る気質」を見ることにしているのである。要するに,教師としての私が考え る,最良の思想家はJürgen Habermas であり,クラスは 1 人の教師と 40 人の 学生から成る1 つの社会である以上,「理性」のような共通了解事項・管理 システムがなければ,最悪の場合,Hobbes 的「アナーキー」に陥ってしまう のである。もちろん,この場合に教師が呈示する「理性」は,「道具」的な ドグマであってはならず,学生との「対話」によって常に自らを変革できる 柔軟性のあるものでなければいけない。 それでは,本メソッドの短所に移りたい。短所は,英語のできる優秀な学 生が犠牲になってしまうことである。英文テキストの難易度は,そのような 学生にとっても問題のないものを選んだのだが,いかんせん毎回の進度が遅 すぎるのである。(The New York Times 程度の難易度だと 1 回で 15 行ぐらい

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私個人が一番力を発揮できる「自由放任」のスタイルにある。 11. おわりに 今年1 年は,「精読」をやってみると決めたことなので,ここまで「精読」 の方法論を擁護すべく紙数を費やしてきたが,もちろん,「精読」にもメリ ットとデメリットの両方がある。「精読」は英文を正確に読む思考力を養え るメリットがあるのに対し,単位時間に触れる英文量が極めて少ないので, 大量に情報処理をしなければならない状況においては全く役に立たない。そ のような状況においては,「精読」をきっぱりとあきらめ,「速読」という, 全く異なる頭の働かせ方をしなければいけない。例えば,(文科系の)研究 者が論文を執筆する際には,先行研究にあたることが必須である。このとき に,「精読」しかしないのであれば,参照した先行研究の数は自ずと限られ てしまうが,いくら本論が魅力的なものであっても,2, 3 の先行研究にしか 触れられていないのであれば,論文としての価値は全くないものと想像でき る。それに対して,まずは「速読」でできるだけ多くの先行研究にあたり, そのなかから「精読」に値するものだけをじっくり読んでいくほうが,はる かに論文として有意味なものになるのである。そして,このことが当てはま るのは何も論文執筆だけに限らない。大学生の授業レポートであれ,事業の 企画書であれ,締め切りがある以上,「精読」的やり方だけでは,読み手・ 聞き手を納得させられるだけのデータを集めることはできない。来年度の担 当については今のところ未定ではあるが,それでも,今年度の方法論を批判 的に捉えて,「速読」をやってみたいと考えている。そして,また同じよう な場で「速読」授業の報告も行いたい。 参考文献

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