民事訴訟における「職業の秘密」の開示義務存否の 判断方法
著者 堀野 出
雑誌名 同志社法學
巻 62
号 6
ページ 1815‑1841
発行年 2011‑03‑31
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013564
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一七七同志社法学 六二巻六号
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の 開示義務存否の判断方法
堀 野 出
︵一八一五︶ はじめに︱本稿の目的︱一 ﹁職業の秘密﹂をめぐる判例の展開
二 開示義務存否の判断における微調整の要否とその方法
三 秘密の保持主体が第三者である場合の特殊性
おわりに
はじめに︱本稿の目的︱
本稿は︑民事訴訟手続において保護の対象たりうる秘密のうち︑民訴法一九七条一項三号︵および同法二二〇条四号
ハ︶にいう﹁職業の秘密﹂について︑その開示義務の存否の判断はいかにされるべきかを検討対象とするものである︒
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一七八同志社法学 六二巻六号
この問題が民事訴訟法の重要課題の一つであることは︑近時の最高裁判例が相次いでいることからも窺い知ることがで
きる︒同時に︑このような判例は職業の秘密の開示義務を検討する素材として有益であり︑証言拒絶権ないし文書提出
義務の存否をめぐる判例理論を整理・分析することを通じて︑﹁職業の秘密﹂の開示義務の判断方法について検討を加
えることにしたい ︵
︒ 1︶
以下では︑まず関連する判例を整理し︑職業の秘密の開示義務存否を判断するに際して事案状況に応じて保護範囲を
微調整をすることの要否を検討する︒そのうえで︑開示義務の存否の判断方法としていかなるものが適切かを考察した
のち︑秘密の保持主体と訴訟当事者が別個の主体である場合の判断方法について検討を加えることにしたい︒
一 ﹁職業の秘密﹂をめぐる判例の展開
1
﹁職業の秘密﹂の意義と保護の要否についての判断方法 民訴法一九七条一項三号にいう﹁技術または職業の秘密﹂の意義については︑リーディングケースである︑最︵一小︶決平成一二年三月一〇日民集五四巻三号一〇七三頁 ︵
により︑﹁公開されると当該技術の有する社会的価値が下落しこれ 2︶
による活動が困難になるものまたは当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるもの﹂をいうとされてい
る︒ 職業の秘密をめぐっては︑従前から報道関係者の取材源が問題の中心の一つであり︑取材源の秘匿の判断方法につい て下級審判決には利益衡量を採るものがみられたが ︵
︑それらも含めて利益衡量により判断すべきかは従前から争われて 3︶
いた︒こうした中︑利益衡量の方法により証言拒絶権の存否を判断したのが︑最︵三小︶決平成一八年一〇月三日民集 ︵一八一六︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一七九同志社法学 六二巻六号 六〇巻八号二六四七頁である︒これにより︑少なくとも取材源の秘匿については︑職業の秘密への該当性ではなく︑要保護性の判断において︑当該報道の持つ社会的意義︑将来における同種の取材活動が妨げられることによって生ずる不利益の内容・程度等と︑当該民事事件の社会的な意義︑当該民事事件において当該証言を必要とする程度︑代替証拠の有無等の諸事情をもって︑比較衡量により判断することが明らかにされた︒①最︵三小︶決平成一八年一〇月三日民集六〇巻八号二六四七頁
︹事案︺ Xら︵健康・美容アロエ製品を製造︑販売する企業グループの日本における販売会社であるA社の関連会社︑A
社の社員持分の保有会社︑その役員等︶は︑A社が多額の脱税をしたとのNHK報道により︑株価の下落︑配当の
減少等による損害を被ったなどと主張して︑アメリカ合衆国を相手にアリゾナ州地区連邦地方裁判所に損害賠償を
求める訴訟を提起した︒Xらは︑合衆国の国税当局の職員が無権限でしかも虚偽の内容の情報を含むA社およびX
らの徴税に関する情報を日本の国税庁の税務官に対し開示したことにより︑国税庁の税務官が情報源となって本件
報道がされたと主張した︒Xらは︑この訴訟事件の開示︵ディスカバリー︶手続として︑本件報道当時︑記者とし
てNHK報道局社会部に在籍し︑同報道に関する報道活動をしたY︵日本居住︶の証人尋問を申請した︒同裁判所
は︑この証人尋問を日本の裁判所に嘱託し︑同証人尋問は︑国際司法共助事件として原々審に係属した︒Yは︑原々
審での証人尋問において︑取材源の特定に関する証言を拒絶し︑この証言拒絶には理由があるものと認められた︒
これに対してXが抗告したが︑棄却された︒Xにより許可抗告の申立てがされこれが許可された︒
︵一八一七︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一八〇同志社法学 六二巻六号
︹決定要旨︺
﹁︵民訴法︶一九七条一項三号は︑﹃職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合﹄には︑証人は︑証言を
拒むことができると規定している︒ここにいう﹃職業の秘密﹄とは︑その事項が公開されると︑当該職業に深刻な
影響を与え以後その遂行が困難になるものをいうと解される︵最高裁平成一一年︵許︶第二〇号同一二年三月一〇
日第一小法廷決定・民集五四巻三号一〇七三頁参照︶︒もっとも︑ある秘密が上記の意味での職業の秘密に当たる
場合においても︑そのことから直ちに証言拒絶が認められるものではなく︑そのうち保護に値する秘密についての
み証言拒絶が認められると解すべきである︒そして︑保護に値する秘密であるかどうかは︑秘密の公表によって生
ずる不利益と証言の拒絶によって犠牲になる真実発見及び裁判の公正との比較衡量により決せられるというべきで
ある︒ 報道関係者の取材源は︑一般に︑それがみだりに開示されると︑報道関係者と取材源となる者との間の信頼関係
が損なわれ︑将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることとなり︑報道機関の業務に深刻な影響を与え以
後その遂行が困難になると解されるので︑取材源の秘密は職業の秘密に当たるというべきである︒そして︑当該取
材源の秘密が保護に値する秘密であるかどうかは︑当該報道の内容︑性質︑その持つ社会的な意義・価値︑当該取
材の態様︑将来における同種の取材活動が妨げられることによって生ずる不利益の内容︑程度等と︑当該民事事件
の内容︑性質︑その持つ社会的な意義・価値︑当該民事事件において当該証言を必要とする程度︑代替証拠の有無
等の諸事情を比較衡量して決すべきことになる︒﹂
﹁そして︑この比較衡量にあたっては︑次のような点が考慮されなければならない︒
すなわち︑報道機関の報道は︑民主主義社会において︑国民が国政に関与するにつき︑重要な判断の資料を提供 ︵一八一八︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一八一同志社法学 六二巻六号 し︑国民の知る権利に奉仕するものである︒したがって︑思想の表明の自由と並んで︑事実報道の自由は︑表現の自由を規定した憲法二一条の保障の下にあることはいうまでもない︒また︑このような報道機関の報道が正しい内容を持つためには︑報道の自由とともに︑報道のための取材の自由も︑憲法二一条の精神に照らし︑十分尊重に値するものといわなければならない︵最高裁昭和四四年︵し︶第六八号同年一一月二六日大法廷決定・刑集二三巻一一号一四九〇頁参照︶︒取材の自由の持つ上記のような意義に照らして考えれば︑取材源の秘密は︑取材の自由を
確保するために必要なものとして︑重要な社会的価値を有するというべきである︒そうすると︑当該報道が公共の
利益に関するものであって︑その取材の手段︑方法が一般の刑罰法令に触れるとか︑取材源となった者が取材源の
秘密の開示を承諾しているなどの事情がなく︑しかも︑当該民事事件が社会的意義や影響のある重大な民事事件で
あるため︑当該取材源の秘密の社会的価値を考慮してもなお公正な裁判を実現すべき必要性が高く︑そのために当
該証言を得ることが必要不可欠であるといった事情が認められない場合には︑当該取材源の秘密は保護に値すると
解すべきであり︑証人は︑原則として︑当該取材源に係る証言を拒絶することができると解するのが相当である︒
これを本件についてみるに︑本件NHK報道は︑公共の利害に関する報道であることは明らかであり︑その取材
の手段︑方法が一般の刑罰法令に触れるようなものであるとか︑取材源となった者が取材源の秘密の開示を承諾し
ているなどの事情はうかがわれず︑一方︑本件基本事件は︑株価の下落︑配当の減少等による損害の賠償を求めて
いるものであり︑社会的意義や影響のある重大な民事事件であるかどうかは明らかでなく︑また︑本件基本事件は
その手続がいまだ開示︵ディスカバリー︶の段階にあり︑公正な裁判を実現するために当該取材源に係る証言を得
ることが必要不可欠であるといった事情も認めることはできない︒﹂
︵一八一九︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一八二同志社法学 六二巻六号
この最高裁決定により︑判例上︑少なくとも取材源については利益衡量による判断方法を採ることが明らかにされた が︑この決定に対しては批判も向けられている ︵
︒ 4︶
批判の中心は︑利益衡量という判断方法の妥当性自体に向けられているが ︵
︑これとは別に︑取材源に対する証言拒絶 5︶
権︑職業の秘密の開示義務を秘密該当性と要保護性の二重に審査する判断構造に対する批判がある ︵
︒すなわち︑秘密該 6︶
当性の判断と要保護性の判断をそもそも分離できるかという趣旨のものであり︑秘密該当性の判断は要保護性の判断を
前提にするのではないか︑技術または職業の秘密に該当すると判断をするときには︑当該秘密が保護に値するという判
断がすでにされているのではないか︑といった点が挙げられている︒
また︑取材源の秘匿については妥当であるとした場合でも︑右の①決定の射程について︑妥当範囲は取材源に限定さ
れるか︑他の種類の職業の秘密にも妥当するかは問題である︒学説には︑憲法二一条との関係から取材源を職業の秘密
に該当しないとすることは困難であり︑抽象的には職業の秘密としながらすべての取材源につき証言拒絶可能としたの
ではバランスを欠くことになるために比較衡量をとったとして ︵
︑利益考慮の判断枠組みは取材源の秘匿に限定されると 7︶
いう見解も有力である︒あるいは︑証言拒絶の判断にあたって公共の利益︵複数︶が問題となる事案においては対立拮
抗する利益をもとに評価することは不可避であり︑これを利益衡量というか否かは言葉の問題にすぎないとし︑証言拒
絶権の存否を当該秘密の客観的性質に基づく要件判断に委ねることができる事案であるならば利益衡量説に傾くことは
ないのではないか ︵
︑とする見解もまた射程を限定するものであろう︒ 8︶
2
利益衡量の方法の当否と射程職業の秘密をめぐっては︑判例においては︑取材源の秘匿に加えて︑金融機関の有する顧客情報が開示を求められる ︵一八二〇︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一八三同志社法学 六二巻六号 ケースが目立ってきている︒金融機関の所持する顧客情報の開示が問題となるのは︑民訴法一九七条一項三号︑二二〇条四号ハの関係に限られないが ︵
︑本稿との関係で重要なのは最︵二小︶決平成二〇年一一月二五日民集六二巻一〇号二 9︶
五〇七頁である ︵
︒これにより︑金融機関が秘匿に独自の利益を有する情報︵後述の﹁分析評価情報﹂︶に︑前記①最決 10︶
平一八年による利益衡量による判断が用いられうるかについて︑秘密の該当性ではなく要保護性について利益衡量によ
る判断が妥当する旨が明らかにされたことになる︒なお︑この決定でいう非公開財務情報とは︑顧客の財務情報であり
顧客も保有しているものであり︑分析評価情報とは︑金融機関がその取得した顧客の財務情報にもとづき分析評価を加
えて保有している独自の情報をいう ︵
︒ 11︶
②最︵二小︶決平成二〇年一一月二五日民集六二巻一〇号二五〇七頁
︹事案︺ Xらは︑Y︵銀行︶がXの取引先であるA社が経営難の状況にあり︑経営破綻に陥る可能性が大きいことを認識
しており︑A社を支援する意思もなかったのに︑このことを秘してXらに対しA社を全面的に資金援助すると説明
し欺罔等したため︑XらはA社と取引を継続しその結果損害を被ったとして︑Yに対し︑損害賠償を求める訴えを
提起した︒Xは︑Yの欺罔行為等を立証する必要があるとして︑Yを相手方として︑YがA社の経営状況の把握︑
A社に対する貸金の管理およびA社の債務者区分等を行う目的で作成保管している︑自己査定書類一式について文
書提出命令を申し立てた︒
本件文書については︑最二小決平成一九年一一月三〇日民集六一巻八号三一八六頁 ︵
により︑専ら内部の者の利用 12︶
に供する目的で作成され外部の者に開示することが予定されていない文書であるということはできないとされ︑自
︵一八二一︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一八四同志社法学 六二巻六号
己利用文書の該当性が否定されたが︑職業秘密文書に該当するかどうか︑文書中にこれに該当する部分がある場合
にその部分を除いて提出を命ずるべきかどうか等についてさらに審理をさせるため︑原審に事件が差し戻されたも
のである︒
差戻後の抗告審 ︵
は︑インカメラ手続を用いて文書を分析し︑本件文書に含まれる情報のうち︑Aの取引先等の第 13︶
三者に関するものが記載されている部分は職業秘密文書に該当するが︑その余の銀行が顧客から得た非公開財務情
報部分や分析評価情報部分はこれに該当しないとして︑該当部分についてマスキングをして提出を命じた︒これに
対して︑Yが本件文書の非公開財務情報部分および分析評価情報部分も職業の秘密に当たるとして許可抗告を申し
立て︑これが許可された︒
︹決定要旨︺
○非公開財務情報について
﹁金融機関は︑顧客との取引内容に関する情報や顧客との取引に関して得た顧客の信用にかかわる情報などの顧
客情報について︑商慣習上又は契約上の守秘義務を負うものであるが︑上記守秘義務は︑上記の根拠に基づき個々
の顧客との関係において認められるにすぎないものであるから︑金融機関が民事訴訟の当事者として開示を求めら
れた顧客情報について︑当該顧客が上記民事訴訟の受訴裁判所から同情報の開示を求められればこれを開示すべき
義務を負う場合には︑当該顧客は同情報につき金融機関の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず︑金
融機関は︑訴訟手続において同情報を開示しても守秘義務には違反しないと解するのが相当である︵最高裁平成一
九年︵許︶第二三号同年一二月一一日第三小法廷決定・民集六一巻九号三三六四頁参照︶︒民訴法二二〇条四号ハ ︵一八二二︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一八五同志社法学 六二巻六号 において引用される同法一九七条一項三号にいう﹁職業の秘密﹂とは︑その事項が公開されると︑当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいうが︵最高裁平成一一年︵許︶第二〇号同一二年三月一〇日第一小法廷決定・民集五四巻三号一〇七三頁参照︶︑顧客が開示義務を負う顧客情報については︑金融機関は︑訴訟手
続上︑顧客に対し守秘義務を負うことを理由としてその開示を拒絶することはできず︑同情報は︑金融機関がこれ
につき職業の秘密として保護に値する独自の利益を有する場合は別として︑職業の秘密として保護されるものでは
ないというべきである︒
本件非公開財務情報は︑Aの財務情報であるから︑Yがこれを秘匿する独自の利益を有するものとはいえない︒
そこで︑本件非公開財務情報についてAが本案訴訟の受訴裁判所からその開示を求められた場合にこれを拒絶でき
るかをみると︑Aは民事再生手続開始決定を受けているところ︑本件非公開財務情報は同決定以前のA社の信用状
態を対象とする情報にすぎないから︑これが開示されても同社の受ける不利益は通常は軽微なものと考えられるこ
と︑XらはAの再生債権者であって︑民事再生手続の中で本件非公開財務情報に接することも可能であることなど
に照らせば︑本件非公開財務情報は︑それが開示されても︑Aの業務に深刻な影響を与え以後その遂行が困難にな
るとはいえないから︑職業の秘密には当たらないというべきである︒したがって︑Aは︑民訴法二二〇条四号ハに
基づいて本件非公開財務情報部分の提出を拒絶することはできない︒また︑本件非公開財務情報部分は︑少なくと
もY等の金融機関に提出することを想定して作成されたものと解されるので︑専ら内部の者の利用に供する目的で
作成され︑外部の者に開示することが予定されていない文書とはいえないから︑Aは民訴法二二〇条四号ニに基づ
いて同部分の提出を拒絶することもできず︑他に同社が同部分の提出を拒絶できるような事情もうかがわれない︒
そうすると︑本件非公開財務情報は︑Yの職業の秘密として保護されるべき情報に当たらないというべきであり︑
︵一八二三︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一八六同志社法学 六二巻六号
Yは︑本件非公開財務情報部分の提出を拒絶することはできない︒﹂
○分析評価情報について
﹁文書提出命令の対象文書に職業の秘密に当たる情報が記載されていても︑所持者が民訴法二二〇条四号ハ︑一
九七条一項三号に基づき文書の提出を拒絶することができるのは︑対象文書に記載された職業の秘密が保護に値す
る秘密に当たる場合に限られ︑当該情報が保護に値する秘密であるかどうかは︑その情報の内容︑性質︑その情報
が開示されることにより所持者に与える不利益の内容︑程度等と︑当該民事事件の内容︑性質︑当該民事事件の証
拠として当該文書を必要とする程度等の諸事情を比較衡量して決すベきものである︵最高裁平成一八年︵許︶第一
九号同年一〇月三日第三小法廷決定・民集六〇巻八号二六四七頁参照︶︒
一般に︑金融機関が顧客の財務状況︑業務状況等について分析︑評価した情報は︑これが開示されれば当該顧客
が重大な不利益を被り︑当該顧客の金融機関に対する信頼が損なわれるなど金融機関の業務に深刻な影響を与え︑
以後その遂行が困難になるものといえるから︑金融機関の職業の秘密に当たると解され︑本件分析評価情報もYの
職業の秘密に当たると解される︒
しかし︑本件分析評価情報は︑前記のとおり民事再生手続開始決定前の財務状況︑業務状況等に関するものであ
るから︑これが開示されてもA社が受ける不利益は小さく︑Yの業務に対する影響も通常は軽微なものであると考
えられる︒一方︑本案訴訟は必ずしも軽微な事件であるとはいえず︑また︑本件文書は︑YとXらとの間の紛争発
生以前に作成されたもので︑しかも︑監督官庁の事後的検証に備える目的もあって保存されたものであるから︑本
件分析評価情報部分は︑A社の経営状態に対するYの率直かつ正確な認識が記載されているものと考えられ︑本案
訴訟の争点を立証する書証としての証拠価値は高く︑これに代わる中立的・客観的な証拠の存在はうかがわれない︒ ︵一八二四︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一八七同志社法学 六二巻六号 そうすると︑本件分析評価情報は︑Yの職業の秘密には当たるが︑保護に値する秘密には当たらないというべき
であり︑Yは︑本件分析評価情報部分の提出を拒絶することはできない︒﹂
3
検討にあたっての分析視点 ②決定により︑職業の秘密の開示義務について︑利益衡量による判断方法が取材源に限られることなく採られることが︑判例において確立したといいうるが︑このことの妥当性は検討されなくてならないであろう︒②決定が︑本件文書
のうち非公開財務情報部分の提出義務につき︑原審と同様に比較衡量により同じ結論に至ることも可能であったにもか
かわらず︑あえて一二年決定の法理のみ用いて職業の秘密該当性を否定していることからは︑少なくとも安易に比較衡
量を行うことに対して否定的な姿勢を示したものと読むこともできる︑という指摘 ︵
もされており︑判例もなお利益衡量 14︶
に全面的に依拠しているわけではないとの評価もされているところである ︵
︒ 15︶
加えて︑利益衡量による判断方法自体の当否を検討しておかなければならないことはもちろんである︒利益衡量批判
説においては︑後述するとおり︑開示義務存否を定型的に判断すべきとする点︵開示義務の存否の判断における微調整
は望ましくないとする点︶に批判の重心があると思われるが︑利益調整の方法として利益衡量を採用することにも向け
られているように考えられる ︵
︒ 16︶
︵一八二五︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一八八同志社法学 六二巻六号
二 開示義務存否の判断における微調整の要否とその方法
1
微調整の不可避性 秘密を開示すべきか否かの判断の際にその保護範囲を微調整するとした場合の方法は︑職業の秘密において用いられている利益衡量のみに限定されるわけではない︒この点に関しては︑職業の秘密よりも早く判例理論の枠組みの確立を
みた自己利用文書にかかる秘密の開示義務の判断方法が参考となる︒そこでは利益衡量による判断はされていないが︑
個別事案における﹁特段の事情﹂の存否により︑調整が図られているといってよい︒職業の秘密の保護における保護範
囲の微調整の要否については︑このような自己利用文書により保護される秘密との対比により検討してみたい︒
最︵二小︶決平成一一年一一月一二日民集五三巻八号一七八七頁は︑貸出稟議書の自己利用文書該当性を肯定したが︑
自己利用文書の意義について︑﹁専ら内部の者の利用に供する目的で作成され︑外部の者に開示することが予定されて
いない文書であって︑開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害された
りするなど︑開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には︑特段の事情が
ない限り﹂︑当該文書は自己利用文書に該当する︑と判示した ︵
︒すなわち︑自己利用文書該当性が肯定されるには︑三 17︶
つの要件を満たす必要があり︑①内部文書性︑②開示により所持者に看過し難い不利益が生じること︑③特段の事情の
不存在が必要とされる︒そして︑③の要件を課すことにより︑文書該当性自体の判断において︑具体的事案毎の微調整
が行われていることになる︒例えば︑特段の事情の存否について︑最︵一小︶決平成一二年一二月一四日民集五四巻九
号二七〇九頁では︑信用金庫における会員代表訴訟において原告である会員が︑被告理事の融資にかかわる善管注意義
務ないし忠実義務違反を立証するために︑信用金庫に対し貸出稟議書の提出命令を申し立てた例において︑特段の事情 ︵一八二六︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一八九同志社法学 六二巻六号 の存在が否定されている︒これに対し︑最二小決平成一三年一二月七日民集五五巻七号一四一一頁においては︑破綻した金融機関から営業の全部の譲渡を受けた原告︵整理回収機構︶を相手方として︑被告である貸付先が金融機関の貸出稟議書の提出命令を申し立てた例で︑特段の事情の存在が肯定され提出義務が認められている︒ 同じく稟議書といっても自己利用文書に該当する場合とそうでない場合があることになるが︑このような自己利用文書における議論を参照しても︑秘密の開示義務の存否の判断において︑事案毎の微調整は不可避なものと考えられる ︵
︒ 18︶
また︑このことに照らせば︑民事訴訟の法廷において秘密を開示することが要請された場合に︑その判断において個別
事案による調整の契機が入るのは︑訴訟における秘密開示という事柄の性質上必然ではないかと考えられる︒たしかに︑
個々の事案毎に範囲が明確とはいえず予測がつかない場合などには︑提出︵開示︶義務の存否をめぐる派生紛争を誘発
しかねないという難点はあるものの︑それは特段の事情による調整を図るときでも妥当することであろう︒職業の秘密
の開示にあたっての問題性はむしろ︑調整の方法として︑﹁特段の事情﹂の存否によってではなく︑利益衡量により行
うことの妥当性であろう︒
2
職業の秘密と自己利用文書にかかる秘密の保護の判断構造の相違とその不可避性 自己利用文書にかかる秘密は︑右にみたとおり︑文書該当性︵文書の定義︶自体に特段の事情を取り入れることにより︑提出義務の存否の判断において微調整を施している︒これに対し︑職業の秘密は︑秘密該当性と要保護性による二
段構えの判断構造をとったうえで︑後者において利益衡量による判断方法を採り微調整を果たしている︒いずれにおい
ても微調整はされていることになるが︑このような相違はいかなる理由によるものであるかには関心が向くところであ
る︒
︵一八二七︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一九〇同志社法学 六二巻六号
職業の秘密における秘密該当性と要保護性の二段階による審査は︑自己利用文書の場合の文書該当性の審査がされる
場合と異なり︑職業の秘密の意義が確立していることから︑秘密該当性自体においては微調整が行い難いことに起因し
ているとも考えられる︒すなわち︑職業の秘密の意義は︑前記平成一二年決定において︑﹁公開されると当該技術の有
する社会的価値が下落しこれによる活動が困難になるものまたは当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難にな
るもの﹂とされており︑ここに特段の事情の存否を挟む余地はなかったがゆえに︑文書の該当性において調整をする構
造を採ることが困難であったといえる︒反面で︑どこかで調整を果たさなければない必要はあったことから︑要保護性
の判断においてそれを施す結果となったといえ︑この要保護性による調整の枠組みが利益衡量による判断方法と連動し
やすかったものと考えられる︒
このように考えると︑②決定における非公開財務情報についても︑むしろ︑こちらの枠組み︑すなわち︑秘密該当性
は肯定しておいて要保護性を否定する枠組みで処理するほうが一貫するのではないかという疑問も向けられよう︒②決
定においては︑財務情報の主体である会社に民事再生手続が開始されていることが文書該当性の判断に際して考慮され
ているが︑そうではなく︑要保護性の判断の際の利益衡量の要素としたほうが一貫するのではなかろうか︒仮に︑②決
定の事案で民事再生手続が開始されていない場合には職業の秘密として保護される可能性を残しておく必要もあると思
われるが︑非公開財務情報は職業の秘密に該当しないとされた以上は︑そのような対応が困難になることが予想される︒
そうした場合に備える意味でも︑要保護性の問題として利益衡量により判断されるべきであったと考えられる ︵
︒ 19︶
3
開示義務存否の判断における微調整の方法職業の秘密としての保護が問題となる事項について︑開示と秘匿︵秘密保護︶の微調整を行う方法として︑利益衡量 ︵一八二八︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一九一同志社法学 六二巻六号 が適切であるかは従前から問題とされており︑批判的な見解も有力である ︵
︒﹁職業の秘密﹂の保護の判断において利益 20︶
衡量が採られたのは︑取材源の秘匿に関する議論が下級審判例や民訴法学︑憲法学において蓄積されていた影響もある
であろうが︑批判説は︑概ね︑予測可能性の観点からできるだけ職業の秘密の開示義務を定型的に判断すべきとするも
のである︒その内容・趣旨は︑定型判断しないこと自体への批判︑微調整の方法として利益衡量を採ることへの批
判︑利益衡量の個々の考慮要素への批判とに分けて分析しうる︒
このうち︑は︑いかなる方法によるかにかかわりなく︑微調整の余地をできるだけ残さず定型的に開示不開示の範
囲を画するべきという内容である︒は︑微調整をすること自体はやむを得ないとして︑その具体的な方法を比較衡量
によらしめることに対する批判である︒考慮されるべき諸利益は︑衡量に値する利益と扱われることによりすでに保護
の対象となっているわけであるが︑一般にいわれているように︑利益衡量によるのでは対立する利益がともに保護され
る場合に判断ができなくなるのではないか ︵
︑という根本的な批判が向けられる︒は︑利益衡量を前提とした場合にお 21︶
いても︑その具体的考慮要素が適切でないというものである︒たとえば︑立証の困難は証拠収集手段の拡充によるべき
であるから︑考慮要素とされるべきでない ︵
とか︑あるいは︑事件の公益性を要因とするにしてもその程度にはさまざま 22︶
なものがあり︑訴訟における真実発見こそが公益であるのだとすると︑訴訟の結果にかかる公益は要因たりえない ︵
︑と 23︶
いった批判である︒
右の批判点のうち︑に関するものは利益衡量にとってさほど決定的でなく︑各要素が適切でないのであれば︑考慮
要素を代えればよいということになろう︵もちろん︑このような考慮要素につき制限がない点が利益衡量論に批判が向
けられる一因になっていることも否定できない︶︒また︑については︑実践的ではないのではないかという反論が可
能であろう︒利益衡量によるかはともかく別の方法によるものも含めて︑微調整を行うのは︑ことの性質上︑不可避で
︵一八二九︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一九二同志社法学 六二巻六号
あろうと考えられるからである︒定型判断を厳格に行わないことにより予測可能性が欠けるという点で言えば︑特段の
事情による調整がされる場合も同様であろう︒ただ︑特段の事情による判断枠組みを採れば︑特段の事情に該当する要
素を抽出することを通じて︑予測可能性が欠けることをある程度回避することはでき︑この点が対立拮抗する利益がた
だちに衡量の俎上にのりやすい利益衡量とは異なるであろう︒前述のように︑利益衡量による場合は対峙する利益も保
護に値するものとして比較衡量されるのであるから︑その帰結が予測しがいたいという点ではより難点がある︒それゆ
え︑の批判は正当であり︑反論は難しいと思われる︒
しかしながら︑調整の必要性が肯定されざるをえず︑かつ︑秘密該当性の判断に微調整の余地がないのであれば︑現
在用意されている理論的メニューのうちからは︑利益衡量による判断枠組みを採用せざるをえないのではないかと考え
られる︒つまり︑理論的選択肢としては︑調整の余地のない定型的な判断方法を採るか︑調整をすることはできるもの
のその調整弁としては利益衡量しかない判断方法を採用するかのうち︑そのいずれかを選択するしかない状況にある︒
利益衡量を採用しているのは︑このような消極的な消去法によるものというべく︑実際の判断として︑利益衡量にもと
づいた判断には困難を伴うことも少なくないであろ ︵
う 24︶︵
︒ 25︶
三 秘密の保持主体が第三者である場合の特殊性
1
職業の秘密の保持主体と帰属主体 ﹁技術または職業の秘密﹂として︑報道関係者にとっての取材源や金融機関の顧客情報が問題となる場合︑かかる秘密の保持主体︑すなわち︑秘密を秘匿することによって保護される主体は︑報道関係者・金融機関なのかあるいは取材 ︵一八三〇︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一九三同志社法学 六二巻六号 源・顧客なのかが問題となろう︒文書提出命令が申し立てられる場合にさらに問題状況を複雑にしているのが︑秘密情報の保有者が訴訟当事者である場合と訴外の第三者である場合があるということである︒パターン化すれば︑
⒜
秘密保有者が訴訟当事者であるケース︑
⒝
秘密保有者が第三者であるケースが考えられる ︵︒②決定は 26︶
⒜
︑後にみる③決定は⒝
に該当する例である︒以下では︑このような場合に︑開示義務の存否を判断する方法は異なることになるかについて検
討を加えたい︒
秘密の保有者と帰属主体が異別の主体となるときの保護されるべき主体はいずれかは︑一九七条一項二号の例と同様
に問題となりうる︒二号をめぐる議論では︑秘密の不開示により保護の対象となるのは︑専門職の地位にある者に情報
を開示した者であるとする考え方と︑そのような情報の開示を受けた専門職従事者であるとする考え方に分かれている
ところである ︵
︒三号の﹁技術または職業の秘密﹂については︑情報保有者とその帰属主体が分離される場合は︑判例上 27︶
確立している﹁職業の秘密﹂の意義に照らしても︑保有者︵報道関係者・金融機関︶の利益保護が第一義的な目的だと
考えるべきであろう︒問題を検討する際には︑開示した秘密の帰属主体の利益︵取材源・顧客︶も考慮して行うことは
もちろん必要であるが︑一九七条一項三号︑二二〇条四号ハにおける職業の秘密の主体は︑報道関係者・金融機関とい
うことでよいと思われる ︵
︒ 28︶
2
秘密の帰属主体による黙秘免除の扱い 右を前提とすると︑秘密の保有者と帰属主体が異別の主体となるときは︑三号の秘密においても守秘義務の問題があらわれる︒民訴法一九七条一項二号の秘密における守秘義務については︑一九七条二項に黙秘義務免除規定が置かれて
いるが︑当該免除規定は同条一項三号にいう職業の秘密についても︑多くの見解のいうように︑適用されることが肯定
︵一八三一︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一九四同志社法学 六二巻六号
されてよい ︵
︒この問題を検討するうえで︑有益な例が最三小決平成一九年一二月一一日民集六一巻九号三三六四頁であ 29︶
る︒秘密の帰属主体が当事者で︑文書の所持主体であり文書提出命令の相手方が第三者であった事案である ︵
︒ 30︶
③最︵三小︶決平成一九年一二月一一日民集六一巻九号三三六四頁
︹事案︺ 相続人である原告が同じく相続人である被告に対し︑遺留分減殺請求権を行使したとして遺産である預貯金につ
いて金員の支払等を求めた訴訟において︑被相続人の預貯金口座から払戻しを受けた金員を贈与による特別受益で
あるなどと主張し︑被告の開設した預金口座に払戻金を入金した事実を証明する必要があるとして︑原告が被告の
取引金融機関を相手方とし︑預金口座の取引履歴を記載した取引明細表について文書提出命令を申し立てた︒申立
てを却下した原決定に対して︑申立人︵原告︶が許可抗告の申立てをしこれが許可された︒
︹決定要旨︺
﹁金融機関は︑顧客との取引内容に関する情報や顧客との取引に関して得た顧客の信用にかかわる情報などの顧
客情報につき︑商慣習上又は契約上︑当該顧客との関係において守秘義務を負い︑その顧客情報をみだりに外部に
漏らすことは許されない︒しかしながら︑金融機関が有する上記守秘義務は︑上記の根拠に基づき個々の顧客との
関係において認められるにすぎないものであるから︑金融機関が民事訴訟において訴訟外の第三者として開示を求
められた顧客情報について︑当該顧客自身が当該民事訴訟の当事者として開示義務を負う場合には︑当該顧客は上
記顧客情報につき金融機関の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず︑金融機関は︑訴訟手続において ︵一八三二︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一九五同志社法学 六二巻六号 上記顧客情報を開示しても守秘義務には違反しないというべきである︒そうすると︑金融機関は︑訴訟手続上︑顧客に対し守秘義務を負うことを理由として上記顧客情報の開示を拒否することはできず︑同情報は︑金融機関がこれにつき職業の秘密として保護に値する独自の利益を有する場合は別として︑民訴法一九七条一項三号にいう職業の秘密として保護されないものというべきである︒ これを本件についてみるに︑本件明細表は︑相手方とその顧客である被告との取引履歴が記載されたものであり︑
相手方は︑同取引履歴を秘匿する独自の利益を有するものとはいえず︑これについて被告との関係において守秘義
務を負っているにすぎない︒そして︑本件明細表は︑本案の訴訟当事者である被告がこれを所持しているとすれば︑
民訴法二二〇条四号所定の事由のいずれにも該当せず︑提出義務の認められる文書であるから︑被告は本件明細表
に記載された取引履歴について相手方の守秘義務によって保護されるべき正当な利益を有さず︑相手方が本案訴訟
において本件明細表を提出しても︑守秘義務に違反するものではないというべきである︒そうすると︑本件明細表
は︑職業の秘密として保護されるべき情報が記載された文書とはいえないから︑相手方は︑本件申立てに対して本
件明細表の提出を拒否することはできない︒﹂
右③決定は︑金融機関が職業の秘密として守秘義務を負う場合であっても︑秘密の帰属主体が訴訟当事者であって秘
密の開示義務を負う場合には︑二二〇条四号ハにいう職業秘密文書として提出義務を免除されない旨を判示している︒
③決定の事案では︑一九七条二項にいう免除はされていないが︑顧客が当事者であり金融機関の守秘義務によって保護
されるべき利益を有していないケースであり︑状況的には︑免除の同意があるのと同視されているといってよい ︵
︒ 31︶
そして︑③決定において職業秘密文書としての提出義務が認められたのは︑以上のように︑専ら金融機関の守秘義務
︵一八三三︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一九六同志社法学 六二巻六号
を取り除かれたことにもとづいており︑その判断において利益衡量には言及されていない︒金融機関が顧客に対して守
秘義務を負う顧客情報については︑顧客が訴訟当事者であれば開示義務を負うような場合には︑金融機関の開示義務は
利益の調整なくして肯定される︑ということになる︒この理は︑金融機関が訴訟当事者で顧客が第三者である場合であ
っても妥当するという指摘 ︵
が③決定の段階でされており︑実際に②決定においては︑非公開財務情報についてこのよう 32︶
にも評価しうる判断を示している︒
しかし︑③決定についてみても︑開示義務の判断に際して利益衡量のなされる余地があるとみるべきである︒すなわ
ち︑判旨のいう︑所持者である金融機関が秘匿︵不開示︶に独自の利益を有する場合については︑金融機関の守秘義務
が除かれたとしても︑それによって顧客との関係で責任が免除されるにすぎないのであって︑それのみが開示義務の存
否に直結するわけではない︒そうである以上︑金融機関として独自に秘密保持に利益を有する場合には︑かかる利益と
開示による利益が調整︵衡量︶される余地を残すべきである︒①︑②︑③の各最高裁決定を通じた理論はむしろこのよ
うに︑統一的に捉えられるべきではなかろうか ︵
︒なお︑③決定の事案においていかなる場合に金融機関に独自の利益が 33︶
あるといいうるかに関しては︑同決定に付された田原睦夫判事の補足意見 ︵
が参考となろう︒ 34︶
3
秘密の主体が第三者の場合と微調整︵利益衡量︶の要否 ③決定のように訴訟当事者と開示を求められる主体が別個になるケースは多いと思われるが︑職業の秘密の開示義務の判断方法が利益衡量に拠らざるを得ないとした場合には︑開示の求められている秘密の保持主体が訴訟当事者か訴外
第三者かによって判断方法を区別するべきか︑という問題が生じる︒
この点について︑秘密の保持主体が当事者か第三者かにより利益衡量の要否を区別すべきとする見解 ︵
がある︒これら 35︶ ︵一八三四︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一九七同志社法学 六二巻六号 は結論的には︑秘密の開示不開示について第三者の利益が問題となっている場合は︑利益衡量による判断・調整は行うべきでなく︑定型的に判断すべきとする点で共通する︒このような見解のなかには︑理由として︑秘密が公開され営業秘密に係る権利が消滅するという事態は︑文書の所持者が訴訟当事者である場合にはやむを得ない面があるものの︑当該訴訟と無関係の第三者である場合には︑権利消滅による不利益を訴訟における必要性により説明することは困難であることを挙げるものがある ︵
︒また︑保護利益を有するのが当事者である場合と訴外第三者である場合とで判断方法が区 36︶
別される必要があることを前提に︑秘密による保護の対象が当事者である場合には証拠の重要性について比較衡量がさ
れてよいとしつつ︑秘密による保護対象が訴外第三者である場合には︑証拠の重要性については考慮の対象とはならな
いことを帰結する見解もみられる ︵
︵ただし︑訴訟の社会的意義が高いことは例外的に考慮要素となる場合があるとす 37︶
る︶︒
②決定は︑非公開財務情報部分について︑③決定を引用しつつ︑比較衡量に言及しないまま文書該当性を否定してい
るが︑これは右の見解にしたがって秘密の主体である顧客が訴外第三者であることによった可能性があることを指摘す
る見解もある ︵
︒ただし︑評価分析情報の保有主体は金融機関であるが︑非公開財務情報についても主体を金融機関とみ 38︶
ることはできないではなく︑むしろそう解するほうが決定の趣旨に沿うものであり︑そうすると︑これらの見解によっ
ても利益衡量を挟む余地が出てくることになろう︒
②決定での非公開財務情報についての判断は︑秘密情報の帰属主体の開示義務を基準として判断した③決定との関係
にとらわれすぎている感がないではない︒すなわち︑帰属主体に対する守秘義務が問題になるようなケースでは︑帰属
主体が開示しなければならない情報であれば第三者も開示を拒めないという基準のみによる判断枠組みに拘束されてし
まったようにも見受けられる︒しかし︑前述のとおり︑③決定の取引明細書も理論上は場合により金融機関が独自の利
︵一八三五︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一九八同志社法学 六二巻六号
益を有する可能性はあるのであり︑②決定の非公開財務情報も同様なことが当てはまる︒そうだとすると︑予測可能性
の点では第三者に明確でないことになるにせよ︑秘密の保持主体︵金融機関等︶が訴訟当事者である場合とそうでない
第三者である場合とで︑その所持する情報の開示義務の判断方法を区別する必要はないのではないかと考えられる︒
おわりに
以上本稿では︑職業の秘密の開示義務の判断について︑この種の秘密の性質からして判断に際して微調整を行いうる
判断構造が必要であること︑開示義務の判断において事案状況に応じた調整を行う具体的方法としては︑﹁職業の秘密﹂
の意義に修正を加えないかぎり︑要保護性の段階で利益衡量の方法により判断する他はないことを帰結した︒職業の秘
密の意義が︑自己利用文書と異なり︑相応に厳格であり︑その該当性の判断が開示不開示に直ちに帰結するとしたので
は︑事案状況毎の調整ができないことが理由である︒調整のためにはより実際の判断に合致した判断方法・判断枠組み
が提示されるべきであるが︑現段階では利益衡量を採用する以外の選択肢がないのでないか︑というのが一応の結論で
ある︒ また︑秘密の保持主体が訴訟当事者である場合と訴訟外の第三者である場合とで︑開示義務の判断方法を異ならせる
必要はないと考える︒訴外第三者であってもその者が非開示に利益を有する場合は多いにしても︑そのような利益を調
整できないとしたのでは開示を求める当事者に酷な場合があるという理由による︒
︵
1︶ 文献の数は多数に上る︒文書提出義務全般を検討するもので︑ごく最近のものとして︑伊藤眞﹁文書提出義務をめぐる判例法理の形成と
展開﹂判タ一二七七号一三頁︑長谷部由起子﹁秘密保護と文書提出義務﹂民訴雑誌五六号三一頁など︒ ︵一八三六︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 一九九同志社法学 六二巻六号 ︵ 2︶ 対象となった秘密は︑被告の販売する親子電話装置の回路図︑信号流れ図にかかわるものであり︑被告を相手方として提出命令が申し立
てられたケースである︒
︵
3︶ 札幌高決昭五四年八月三一日下民集三〇巻五〜八号四〇三頁が中心的判例である︒
︵
4︶ 批判的なものとかぎらないが︑以下の解説・評釈がある︒坂田宏・ジュリスト一三二九号九頁︑長谷部恭男・ジュリスト一三二九号二頁︑
松本博之・平成一八年度重要判例解説︵ジュリスト一三三二号︶一二九頁︑曽我部真裕・平成一八年度重要判例解説︵ジュリスト一三三二号︶
二〇頁︑川嶋四郎・リマークス三六号一二六頁︑岡田幸宏・民事訴訟法判例百選︹第四版︺一四四頁︵有斐閣︑二〇一〇︶︑東京弁護士会民
事訴訟問題等特別委員会編﹃最新判例からみる民事訴訟の実務﹄四一七頁︹佐々木俊夫︺︵青林書院︑二〇一〇︶など︒
︵
5︶ 松本博之=上野泰男﹃民事訴訟法︹第六版︺﹄四二六頁︵弘文堂︑二〇一〇︶︑伊藤眞﹃民事訴訟法︹第三版四訂版︺﹄三五〇頁︵有斐閣︑
二〇一〇︶︒川嶋四郎﹁民事訴訟における報道関係者の﹃取材源黙秘権﹄に関する覚書﹂同志社法学六〇巻七号八四七頁も批判説である︒
︵
6︶ 田邊誠﹁各論一人証を中心に︿シンポジウム﹀民事裁判における情報の開示・保護﹂民訴雑誌五四号九五頁以下︒
︵
7︶ 坂田宏﹁取材源秘匿と職業の秘密に基づく証言拒絶権について﹂ジュリスト一三二九号一四︑一五頁は︑以下のようにいう︒
取材源の秘密に基づく証言拒絶の場合は︑﹁疎明において具体的事実に根拠を置くことができず︑証言拒絶の理由は︑あくまでも抽象的な
主張のレベルにとどまるものである︒しかし︑憲法二一条の観点から︑具体的主張なしとして開示を強制することは好ましくない︒そこで︑
取材源の秘密は︑抽象的な意味で︑職業の秘密にあたるとするほかはない︒ただし︑取材源の秘密だとすれば︑すべて証言拒絶が可能とな
るのはバランスを欠くため︑ここで具体的な比較衡量によって証言拒絶の是非を論じるという構造を採用するに至ったのではないだろうか︒﹂
さらには︑﹁取材源の秘密に基づく証言拒絶の場合においては︑﹃職業の秘密﹄該当性の判断が抽象的なものにとどまっている︒そこで︑﹃保
護に値する秘密﹄該当性の局面で︑証人による証言拒絶理由の疎明を行わせ︑当該事件の重要性や証拠の必要性など︑裁判の公正という観
点からの利益を対抗利益として設定したものと考えられよう︒﹂
︵
8︶ 春日偉知郎﹃民事証拠論﹄一九六頁︵有斐閣︑二〇〇九︶は︑次のようにいう︒
﹁拮抗対立する利益の比較に基づく法的な評価・判断は︑少なくとも︑本件のように証言拒絶の判断にあたって公共の利益︵複数︶が問題
となる事案においては不可避であり︑これを利益衡量というか否かは︑多分に言葉の問題にすぎないであろう︒いずれにせよ︑﹃職業の秘密﹄
という外延の広い概念ゆえに︑一元的な価値判断に還元できず︑証言拒絶を基礎づける事由とこれに対抗する公共の利益が存する事案にお
いては︑﹃法的保護に値する秘密﹄をめぐり双方からの具体的事由の提出とこれに基づく法的評価を経なければならないのではなかろうか︒
︵一八三七︶
民事訴訟における﹁職業の秘密﹂の開示義務存否の判断方法 二〇〇同志社法学 六二巻六号 以上のような分析を踏まえるならば︑本決定が利益衡量説に立ったことは︑﹃保護に値する秘密﹄という要件設定から必然的に導かれる結
論であったと理解するのが素直な考え方ではないであろうか︒他方︑最決平成一二年三月一〇日のように︑証言拒絶権の存否を当該秘密の
客観的性質に基づく要件判断に委ねることができる事案であるならば︑利益衡量説に傾くことはないのではないだろうかと推測する︒した
がって︑利益衡量説に立脚するかどうかの分水嶺は︑本決定の事案が︑最決平成一二年のそれとは異なり︑法的評価を伴う﹃保護に値する
秘密﹄という要件の設定を不可避とする事案であったということに求められるであろう︒﹂
︵
9︶ 金融機関の有する顧客情報の開示をめぐっては︑文書提出命令にとどまらず︑調査嘱託や弁護士会照会︵弁護士法二三条の二︶を通じて
問題となることも少なくない︒大阪地判平一八年二月二二日︵判タ一二一八号二五三頁︑金判一二三八号三七頁︶では︑別件訴訟で︑顧客︵口
座開設者︶の住所および電話番号について︑民訴法一八六条の調査嘱託および弁護士法二三条に基づく照会を受けた銀行が︑顧客の承諾が
得られないことを理由に拒否したが︑報告義務に反しても過失はなかったという理由により損害賠償義務は否定されている︒控訴審判決で
ある︑大阪高判平一九年一月三〇日︵判時一九六二号七八頁︑金法一七九九号五六頁︑金判一二六三号二五頁︶も︑金融機関の報告義務を
否定している︒
︵
10︶ 本件の評釈として︑我妻学・金判一三一一号五八頁︑中村心・ジュリスト一三八二号一二五頁︑松本博之・判例評論六〇七号一一頁︵判
時二〇四五号一五七頁︶︑坂原正夫・法学研究七巻一二五頁︑長谷部由紀子・リマークス四〇号一二二頁︑杉山悦子・平成二〇年度重要判例
解説︵ジュリスト一三七六号︶一四七頁︑同・判例セレクト二〇〇九 二九頁︑川嶋四郎・法セ六五二号一三二頁︑久保=加藤・後掲注
︵
25︶一一頁などがある︒
︵
11︶ 長谷部由紀子・リマークス四〇号一二四頁︑杉山悦子﹁最高裁決定の意義と理論的課題﹂銀法六九八号八頁など参照︒
︵
12︶ 評釈として︑中原利明・金法一八二三号四頁︑同・銀法五二巻三号一四頁︑山本和彦・銀法五二巻三号四頁︑我妻学・金判一三〇一号一
八頁︑同・金判一三一一号四八頁︑松村和徳・判例評論六〇三号一七頁︵判時二〇三三号一六三頁︶︑中村さとみ・ジュリスト一三六五号一
二七頁︑畑瑞穂・平成一九年度重要判例解説︵ジュリスト一三五四号︶一四七頁︑越山和広・速報判例解説二号一六一頁︑酒井博行・法学
研究︵北海学園大︶四四巻一号一〇七頁︑和田吉弘・法セ六三九号一一五頁などがある︒
︵
13︶ 東京高決平成二〇年四月二日金法一八四三号一〇二頁︒
︵
14︶ 杉山・前掲注︵
10︶ジュリ一三七六号一四八頁︒
︵
15︶ しかし︑民事再生手続の開始によってただちに秘密該当性がなくなるかは検討の余地があるとの指摘もされうる︒そうであれば︑秘密該 ︵一八三八︶