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是諸教興起之分,皆本出于其相加上,則道法何張,乃古今道法之自然也

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(1)

普遍比較法学の復権

⎜⎜杉山直治郎の比較法学⎜⎜

貝 瀬 幸 雄

Willst du ins Unendliche schreiten, Geh nur im  Endlichen nach allen Seiten.

(Goethe)

無限のなかへ分け入ろうとすれば,有限のなかをあらゆる方向へ歩けば いい。

(大山定一訳)

是諸教興起之分,皆本出于其相加上,則道法何張,乃古今道法之自然也

(富永仲基,出定後語,巻之上)

一 序論および初期の業績

野田良之は,その雄編「日本における比較法の発展と現状」において,明治 維新から第二次世界大戦までの日本比較法学の発展を模索の時代

(1868年から 1916年)

と自覚の時代

(1916年から 1945年)

に二分し,杉山直治郎

(1878年−

1966年)

がフランス法講座担当者に就任した 1916年を,両時代を分かつ転回 点であるとしている1)。この自覚の時代を担う代表的比較法学者杉山の精緻か つ雄大な比較法理論の全体像は,今日にいたるまで十分に解明されているとは いいがたい。杉山の業績はたんなる学説史的存在にとどめるにはあまりにも豊 かな可能性を秘めており,再評価が切に望まれる。本稿は,元来は筆者が編集 1) 野田良之「日本における比較法の発展と現状⑴」法協 89巻 10号6頁以下,同 44頁

(1972年)。

(2)

予定の杉山直治郎の論文集『普遍比較法学』の解説として構想されたものであ り,わが国における比較法学の確立者である杉山直治郎の比較法基礎理論の総 合的な叙述をめざしている。

ただし,比較法学の基礎理論に重点を置く本稿の目的からして,杉山がエネ ルギッシュに執筆した応用比較法学の労作,フランス法学者としての諸業績,

比較文化論および能楽の双方に対する杉山の深い造詣をうかがわせるエッセイ

(とりわけ,杉山有数の大作ながら,末尾に戦時色の濃い叙述がみられる『ノエ ル・ペリーの生涯と業績』)

には十分に言及する余裕がない2)。以下では,一.

初期の業績,二.比較法学の基礎理論と法一般理論の発展,三.応用比較法学 の豊饒化,四.比較世界法学の提唱へ,五.第二次世界大戦の試練,六.日本 比較法研究所の発足と「平和の比較法学」,七.結語,の順でこの偉大な世界 的比較法学者の比較法理論の展開の跡をたどることとする3)

杉山直治郎は,1878年1月に東京で生まれた。杉山は 1903年

(明治 36年)

に東京帝国大学法科大学を卒業し,1905年

(明治 38年)

まで学習院大学で民 法を担当する傍ら,法政・早稲田・明治等の諸大学で民法・ローマ法・フラン ス法を講じた4)。この時期の労作として,「法人人格の観念」

(1900−1901年,

全7回)

,「片約単独行為に就て」

(1904年)

の論稿5)のほかに,杉山直治郎『債 権法各論講義』

(1904年,法政大学)

,杉山直治郎=木下哲三郎『民法物権編講 義』

(1905年,明治大学出版部)

を挙げることができよう。杉山が 22歳から 23 歳にかけて発表した処女作「法人人格の観念」は,法人擬制説と法人実在説と の対立をテーマとする長編である。杉山は,法人実在説

(自然存在説)

を支持 するミシュウ

(Mischoud)

の論文を詳しく紹介したのち,「自然人と法人との 間にはその人格の範囲に広狭の差異はこれありといえども,いずれも皆特殊の 2) たとえ ば,杉 山 直 治 郎「附 合 契 約 の 観 念 に 就 て」法 協 42巻 7−12号(1924年)

〔同・法源と解釈(有斐閣,1957年)507頁〕,同「佛蘭西新鉱業法⑴⎜(4・完)」法協 39巻5−8号(1921年),同「ノエル・ペリーの生涯と業績」日仏文化新第9輯1−253 頁(1944年)。能楽については,前掲ペリー伝のほかに,杉山直治郎「ルノンドーの能 曲解釈とその編纂に就いて」日仏文化第 10輯 22頁(1945年),同「イーヴ・コッサー ル師 曲隅田川佛訳に就て」日仏文化第 10輯 201頁(1945年)。

30

(3)

利益とこれを主張するに足る意思組織を具うるがゆえに,国法上人格者たるの 地位態様においては,その間あえて異なるところなしと結論せざるをえず。い わゆる自然存在説なるものは,すなわちこの意義において擬制説にまさるとい うべきのみ」

(現代表記に改めた)

,と結論づけている6)

6) 杉山論文は,ミシュー論文によりつつ,法人学説を法人不存在説・法人擬制説・自然 存在説に三分しており(法学志林3巻 22号 55頁〔1901年〕),この分類法は杉山の恩師 富井政章の「民法原論」第1巻上(1903年)に受け継がれている。海老原明夫「法人の 本質論……その1」ジュリスト 950号 13頁(1990年)は,この三分法をわが国で初め て採用したのは富井の「民法原論」であると指摘するが,先行する杉山の論文がすでに 各説の内容および批判をきわめて詳しく紹介している。法人本質論に関するもっとも先 駆的な研究であろう。

5) 杉山直治郎「法人人格ノ観念」法学志林(纂論)2巻 13・14号,3巻 15−17号・19 号・22号(1900−01年),同「片 約 単 独 行 為 に 就 て」法 学 志 林 6 巻 56・57号(1904 年)。

4) 日本比較法研究所 50年史編纂委員会編・日本比較法研究所 50年史(1998年)7頁。

3) なお,杉山直治郎の高弟で後継者でもある野田良之は杉山の人柄について次のように 回顧している。「先生の御性格は,性格学的に言えば,nerveux 型といってよかろうか。

モツァルトなどと同じ型であり,非常に無邪気であられた一面,他を顧みて行動すると いうような点がなく,自分の思った通りをそのまま行動に移された。また,他人の言っ ていることを十分に聞かれないで,自分ひとりで思いこまれて,的はずれの憤慨をされ ることもしばしばあった」。「先生は,恩師に対しては実に深い敬愛の念を抱いておられ,

特に,富井,梅,山田三良及びアンリ・カピタン四教授には最後まで深い敬愛の情を抱 かれていた。先生が御病臥になっていた部屋にはアンリ・カピタンの端正な肖像が掲げ られていたのが今でも眼に浮ぶ」。「最後に先生が非常に食通であられ,又いろいろの趣 味をもっておられたことを挙げておこう。……(中略)……先生が能に非常に御造詣が 深かったことは周知のことである。先生の御論文には謡の文句の引用がかなりあり,先 生独自の文体も一つはここに由来しよう。このほか,スポオツも大変お好きで,自らテ ニス,ゴルフもされた由,その他野球,水泳,相撲を見ることも大変に好まれた。また,

滞欧中は,ダンスの教習所にも熱心に通われたが余り上達はしなかったということも先 生から伺った。先生はまた大の猫好きで,伊東のお宅には十数匹の猫がおり,猫は悪戯 をしても先生には叱られないのですよと秋山氏(比較法研究所主事……貝瀬注)が述懐 していた」(野田良之「杉山直治郎先生の思い出」ジュリスト 344号 97頁(1966年))。

Le style, cʼest lʼhomme memeあるいは Le style nʼest que lʼordre et le mouvement quʼon met dans ses penseesといわれるが(Buffon,Discours sur le style),本稿で検討 

の対象とする杉山の珠玉の諸論文も,その内容と形式の双方において杉山の人柄を反映 しているといえよう。

31

(4)

1905年から 1908年まで,杉山はフランス・スイス・ドイツ・アメリカ合衆 国に留学する7)。1900年にパリで開催された比較法国際会議

(Congres interna- tional de Droit compare)

の記録全2巻

(1905年および 1907年刊)

と,同書に含 まれたサレイユ

(1855−1912)

の画期的な論稿「比較法学の概念および対象」

(1905年)

とが杉山の留学と時期を同じくして公表され,杉山の比較法観に多 大な影響を与える8)。健康を害したために留学期間を切り上げて帰国した杉山 は,1908年から 1913年まで長崎高等商業学校教授を勤め,1914年に東京帝国 大学法科大学講師に就任し,1916年には同教授に昇進した。日本人としては 初めての専任のフランス法講座担当者である9)

この前後には,杉山は比較有限責任会社法論

(比較商法学)

への関心を深め,

有限責任会社の税法上の地位を掘り下げようとした「会社所得税論」

(1915年,

3回連載のまま未完)

,会社課税の基礎にある会社法人格理論の分析を進めた続 稿たる「会社人格を論じて法人の本質に及ぶ」

(1915年,3回連載のまま未完)

営業財産の包括財産性を肯定するフランスの通説を論評する大作「仏法に於け る営業財産の性質を論ず」

(1917年)

,ドイツ法およびオーストリア法の克明な 紹介である「現行有限責任会社法」

(1917年−18年,全4回で完結)

,有限責任 会社立法の世界的普及とわが国における立法の必要を説く「有限責任会社に就 て」

(1918年)

を次々と発表する10)。以上の有限会社を中心とする法人格理論 の研究途上で杉山が遭遇したデュギーの権利人格否認論を論評した大作である

9) 前掲注 4)「50年史」7頁,野田・前注 1)97頁。なお,「50年史」は杉山の教授昇進 を 1920年とするが,ここでは杉山・前掲注 2)法源と解釈の巻末の「著者略歴」および 前掲注 1)の野田論文に従った。杉山は教授昇進の翌 1917年に法学博士号を東京帝国大 学より授与されている。

8) Congres international de Droit compare, tenu a Paris du 31 juillet au 4 aout 1900. Proces-verbaux des seances et documents(Ⅰ 1905, Ⅱ 1907).サレイユの論文 については,サレイユ(大木雅夫訳)「比較法学の概念及び対象」立教法学2号 129頁

(1961年)の翻訳がある。なお,杉山の留学時にサレイユはすでに病床にあったようで ある(杉山直治郎「サレイユ」末弘厳太郎 =田中耕太郎編・法律学辞典第2巻(岩波書 店,1935年)1053頁〔杉山・前掲注 2)法源と解釈 315頁〕。

7) 前掲注 4)「50年史」7頁。

32

(5)

「デュギイの権利否認論の批判」

(1916年)

⎜⎜これはフランス法学者としての 杉山の代表作の一つであろう⎜⎜も,この時期に発表されている11)

ところで,杉山は前掲「有限責任会社に就て」と同年に,比較法基礎理論の 分野における傑作「比較法学の観念に就て」

(1918年)

を発表しており,後者 の具体的適用のこころみが有限責任会社法論であるという。すなわち杉山は,

各国立法の表面にあらわれた会社形態の比較

(形式上の比較法)

にとどまらず,

「各成法の裏面に潜める機運傾向若くは実際的運用に付ての考察」

(「精神に関 する比較法」)

を行い,「『有限責任会社思潮』とも言ふべきものは,今日世界を 環流する一大潮流である,即ち之は現代会社法上最も重大なる所謂『文明人類 の共通法』

(droit commun de lʼhumanite civilisee)

である」12)と説く。かくして 杉山の場合には,法人本質論および比較商法学

(比較有限責任会社法制論)

と比 較法基礎理論とが連動しているわけであるが,法人本質論の展開に際して杉山 がその記念碑的業績『法人論の歴史と理論』

(1910年)

13)をしばしば参照したレ イモン・サレイユが,『法人論』と前後して⎜⎜とくに 1905年から 1911年に

13) Saleilles, De la personnalite juridique, Histoire et Theories(1910).

12) 杉山・前掲注 2)法源と解釈 453頁,471頁,482−483頁。

11) このデュギー論で杉山は,「個人主義の横暴を致さず,国権主義の圧虐に陥ることな く,……国家も個人も社会連帯のために存在する人格にして国権も個人権利も社会連帯 のために行使さるるもの」とするデュギーの社会連帯説を,社会法的思想から純個人主 義的権利内容を否認するものである(権利人格の絶対否認ではない)と位置づけ,「今日 一定度以上の文化に達せる諸法制の指導的精神なり。吾邦の如きに在ても亦之を採て鑑 と為すべきものなるを確信す」と結論づけるのである(杉山・前掲注 2)法源と解釈 115−116頁,131頁,167−170頁)。のちに杉山は,デュギーへのすぐれたネクロロジ ー「レオン・デュギーを悼みて」法協 47巻4号 97頁(1929年)を執筆し,デュギー学 説のより包括的な紹介を行っている。

10) 杉山直治郎「会社所得税論」法協 33巻2・3・4号(1915年),同「会社人格ヲ論 シテ法人ノ本質ニ及フ⑴ − ⑶」法協 33巻7・10・11号(1915年),同「仏法ニ於ケル 営業財産ノ性質ヲ論ス」土方教授在職 25年記念私法論文集(有斐閣,1917年)603頁,

同「現行有限責任会社法」法協 35巻 12号・36巻1−3号(1917−1918年),同「有限 責任会社に就て」富井先生還暦祝賀法律論文集(有斐閣,1918年)607頁〔杉山・前掲 注 2)法源と解釈 449頁〕。このほか,比較国際倒産法の大著で高名な比較商法学者タレ ール(Thaller)の追悼文「タレエル先生を悼む」法協 37巻1号 144頁(1919年)があ る。

33

(6)

かけて⎜⎜比較法基礎理論の分野で珠玉の論稿を発表していること14),同じ くサレイユが『法人論』より 20年前に『比較商法⎜⎜法学方法論研究への寄 与』

(1891年)

15)を著わしていることからすれば,サレイユの学問的展開それ自 体が杉山の比較法学の展開に影響を与えているのではないか,と推測すること が許されよう。次に章を改めて,杉山における比較法基礎理論の発展を追跡し よう。

二 比較法学の基礎理論と法一般理論の発展

⎜⎜「観念」論文と「根拠」論文を中心に⎜⎜

比較商法学に傾倒した以上の第一期に続くのが,杉山直治郎の比較法基礎理 論の確立期⎜⎜比較国法学の提唱とその思想的基礎づけに取組んだ時期⎜⎜で ある。わが国の比較法学史に聳え立つふたつの巨峰と評すべき「比較法学の観 念に就いて」

(1918年)

と「比較法学の根拠」

(1919年,全5回連載のまま未完。

これを補完するのが,「統一法の過去現在及び将来」〔1920年,二回連載のまま未完〕

である)

,さらに杉山自身が「法一般理論」に属すると位置づける二長編「輿 論と法律」

(1919−1920年)

および「法律思想の発達」

(1920年)

がこの時期を 代表する作品である16)

ちなみに,1919年にはパリの比較立法協会が創立 50周年を迎え,その記念 論文集

(全二巻)

に杉山は仏語論文「近代日本法の一般的発展

(1869−1919 年)

」を寄稿するが,この論文集が刊行されたのは 1922年および 1923年のこ とであった17)

それでは,なぜ 1918年ないし 1919年を中核とするこの時期にわが国の比較

15) Saleilles, Le droit commercial compare, contribution a lʼetude des methodes juridiques, Ann. dr. comm. 1891, t. 5, Deuxieme partie, Doctrine P.217‑227.この論  文も,杉山・後掲注 16)「比較法学の観念に就て」の参考文献リストに含まれている。

14) 杉山は,論文「比較法学の観念に就て」(1918年)冒頭の参考文献リストでサレイユ の論稿を掲げており,その中には 1905年に発表された前掲注 8)所掲の論文から 1911年 の “Droit civil et droit compare”,Rev.int.de lʼenseignement(1911)P.5‑32にいたる まで,計八編が含まれている。

34

(7)

法学が確立したのであろうか。野田良之は,「日本における外国法の摂取⎜⎜

フランス法」

(1966年)

において,その社会経済的・思想史的背景をこう要約 している。

この時期⎜⎜大正初年以降をいう

(貝瀬)

⎜⎜は,第一次世界大戦後の日 本社会において資本主義の飛躍的発展をみた時代であり,それだけに国民生活 の変動も極めて激しかった。大正デモクラシーの自由主義的風潮とも相まっ て,法学の方面でも新しい研究態度が生まれてくる。当のドイツ⎜⎜たとえ ば,明治 40年代から大正初頭にかけては,日本民法学はドイツ流解釈学の全 盛期であった

(貝瀬)

⎜⎜においても自由法運動の強い気運がみられ,日本の 法学も漸くドイツ法一辺倒から脱却しはじめる。かくて,概念法学的傾向に対 して深刻な批判を投げかけるとともに,裁判官に対し広い法源を見出すために

《libre recherche scientifique》を提唱したジェニーの《Methode dʼinterpreta- tion et sources de droit prive positif》はわが法学界に対しても深刻な影響を 与えずにはいなかった」。すなわち,「日本法が比較法的にその独自性を自覚 し,外国法摂取においても自主的な立場に立ってこれを行なうようになる時 期」だったのである18)。のちに,すぐれた概説「実定法の基礎理論⎜⎜比較

18) 野田良之「日本における外国法の摂取⎜⎜フランス法」伊藤正己編・岩波講座現代法 14「外国法と日本法」(岩波書店,1966年)210頁。奥田昌道「日本における外国法の摂 取⎜⎜ドイツ法」伊藤編・同書 236頁も参照されたい。

17) Naojiro Sugiyama, Lʼevolution generale du droit japonais moderne(1869‑1919), in:Les transformations du droit dans les principaux pays depuis cinquante ans.Livre du Cinquantenaire de la Societe de legislation comparee, t. Ⅱ(1923)219‑248. 

16) 杉山直治郎「比較法学の観念に就て」法学志林 20巻 211頁(1918年,富井博士還暦 祝賀号)〔杉山・前掲注 2)法源と解釈 341頁〕,同「比較法学の根拠⑴−⑸」法協 37巻 5・7・8・9・10号(1919年),同「統一法の過去現在及び将来⑴・⑵」法協 38巻 1・2 号(1920年),同「輿 論 と 法 律」法 学 志 林 21巻 10号,22巻 2・3・7・10号

(1919−1920年)〔杉山・前掲注 2)法源と解釈 173頁〕,同「法律思想の発達」東京府発 刊・自治の新基調所掲(1920年)〔杉山・前掲注 2)法源と解釈 235頁〕。フランス法教育 の分野では,この時期に杉山は,合計 800頁を超える『仏法科学生のためのフランス法 論文抄(Extraits dʼouvrages juridiques français)』全2巻(1920年,有斐閣)を編集 した。代表的な著作・論説の抜粋を収めた高度の読本といえよう。

35

(8)

法学」を野田・碧海共編の『近代日本法思想史』

(1979年)

に寄せた西賢も,

「第一次世界大戦後の経済的社会的変化は,法学の自覚を促し,判例研究,法 社会学が興隆して,ドイツ法学万能の概念法学は権勢を失い,外国法研究にも 反省がもたらされた。比較法学はこの機運に乗じて登場する」,と簡潔な説明 を加えている19)。以上の時代的要請に加え,① 1900年のパリ比較法国際会議 以来のフランス比較法学の成熟

(「比較法学の概念に就て」で杉山が大きく依拠し ているサレイユの「民法と比較法」が発表されたのが 1911年,サレイユ(1855−

1912年)没後に,やはり杉山が参照しているアンリ・カピタン「サレイユ以後の比 較法の概念・方法・機能」が発表されたのが 1914年である

20)

,②杉山のサレイユ およびアンリ・カピタンへの傾倒,③パリの比較立法協会創立 50周年

(1919 年がこれにあたる)

記念論集に日本近代法史の寄稿を求められ,日本法史の展 開過程の中で外国法の摂取という営みをどう位置づけるかについて巨視的かつ 自覚的に反省する機会を与えられたことも,重要な影響を与えているであろ う。以上の背景を踏まえたうえで,杉山の比較国法学への傾倒期を代表する

「比較法学の観念に就いて」と「比較法学の根拠」の二作の具体的検討に移ろ う。

⑴ 端正な名品「比較法学の観念に就て」

(1918年)

は,その表題が示す通

(「観念」とは, conception et objet の趣旨である

21)

,単なる外国法研究,

法制史,

(ヨゼフ・コーラーらに代表される)

人種学的・民族学的法律学,さら

21) 杉山・前掲注 16)「比較法学の観念に就て」同・前掲注 2)法源と解釈 353頁(以下,

同論文は,『法源と解釈』から引用する)。

20) Saleilles, Droit civil et droit compare, Rev. int. de lʼenseignement(1911)5; H.

Capitant,Conception,methode et fonction du droit compare dʼapres R.Saleilles,in:

Lʼœuvre juridique de Raymond Saleilles(1914)67.杉山「比較法学の観念に就て」が 法学志林に発表されたのが 1918年であるから,同論文の構想はすでに大戦中に芽ばえて いたのであり(第一次世界大戦の終結は 1918年 11月 11日である),そうすると本文中 の①および②の要因が大きな比重を占めることになろう。

19) 西賢「実定法の基礎理論⎜⎜比較法学」野田良之 =碧海純一編・近代日本法思想史

(有斐閣,1979年)438頁。なお,西賢・比較法の課題(晃洋書房,1972年)67頁以下 にも,杉山直治郎の比較法学の充実した解説がある。

36

(9)

にはランベールを提唱者とする共通法的比較法から「比較法学」の概念を区別 22),サレイユ

(およびその継承者たるアンリ・カピタン)

に代表される「比較

22) 杉山は次のように各学科の相互関係を分析する。

第一に,比較国法学の研究方法は,その最初の段階では外国法研究と大差ないが,外 国法研究は単に比較法学の一部にとどまらず,その独自の⎜⎜価値判断を交えない⎜⎜

純客観的研究方法にもとづき,その外国法の今日までの進化の軌跡を辿って現行の「活 きたる法」を発見する困難な作業であって,比較法学の予備的一般的修養としても国際 私法との関連においても独特の実益を有する一個独立の法学の部門として認めるべきで ある(杉山・前掲注 2)法源と解釈 355−358頁)。

第二に,「法律の起源及び進化の跡の自然科学的観察」たる法制史はいわば「縦の比 較」であって,それが尽きたところから,「横の比較」である比較法学が始まる。この両 者は相互に補助的関係にある別個独立の二学科である。法制史は純客観的観察にもとづ き社会進歩の傾向を示しうるにすぎず,各国特有の社会状態をこの傾向に順応させなが らいかにして自主自律的な進歩を遂げるかは比較法学の課題となる(杉山・前掲書 360−361頁)。

第三に,コーラーに代表される「人種学的法律学」は,「文化の同一階段に在る,異れ る民族若くは国民の法制又は慣習を比較観察し,之より文化の当該階段に共通なる法律 定型を発見し得る」として,「此の如き比較観察を古来今日までの文化の各階段に施用し て,之に対応する各法律定型を発見」し,「其綜合に依て既往に於ける法の進化の全体を 認識し得る」と説く。しかしこの学派は,原始時代の法制史の考証にほとんど終始して おり,文化の同一段階にある国民は一定の共通法に支配されることを実証してフランス 比較法学の建設に貢献した点が最大の功績であろう,と杉山は評価している(杉山・前 掲書 361−363頁)。

第四に,ランベールの提唱する「立法的共通法」(Droit commun legislatif)説は,

「特定の国法に拘泥することなく,同種の文化に在る諸国法が同一事項に対して規定する 種種の制度を調査し綜合して数種の法律体系に彙類し,其の体系の内のいずれのものが,

果して当該文化の実情にもっとも適切であるかを決定する」アプローチであり,かくし て決定された進化の優良なる法体系が自然に他の法体系に影響を与えて(社会的模倣の 法則),諸国に共通の法律定型(共通法)を形成するという理解を前提とする。ランベー ルによれば比較法学の任務は以上の共通法的進化の考察にとどまり,共通法を各国固有 の社会事情に適合させ国家法に人為的に同化順応させる方法について考察することは,

比較法学の任務外である。しかし杉山は,共通法がそのまま直ちに各国の国法として移 植できるとするのは,国家法の独立性・各国固有の社会事情を無視するものであって,

同化の方策を検討することも比較法学の任務である(「比較国法学」)と批判する(以上 は,杉山・前掲書 364−371頁)。この比較国法学の第一過程である「法制の選抜」(自国 法の一定事項の進歩改良という目的にもっとも適合するような数種の外国法を選抜する 作業)の際に,ランベールのいう「綜合彙類」の方法が活用されるべきである(杉山・

前掲書 376頁,372頁)。

37

(10)

国法学」

(science nationale du droit compare)

すなわち「国法進歩の見地より 比較法に依り理想を構成する研究」を比較法学の「正系」と位置づける23) さらにこの論文は比較法学の思想的基盤を解明しようとこころみ,比較

(国)

法学は,「旧自然法派の理想主義と歴史法学派の実証主義との……調節」によ り生まれた⎜⎜「時と所に依て内容を異にするの相対的なる」⎜⎜新自然法説 に基礎を置くものである,と指摘する24)

この比較国法学

(サレイユ学派)

においては,実証的観察と実証を基礎とす る理想法の構成が,自国法の進歩という見地から行われる。具体的には,①進 歩改良を必要とする自国法の一定事項に最も適した数種の外国法を選抜する

(「法制の選抜」)

,②選抜した外国法を実質にわたって⎜⎜すなわち,沿革,社 会事情,約款その他の実際的運用,学説判例の解釈,立法の実績にわたって

⎜⎜研究する

(「外国法」)

,③各外国法間の異同を実質にわたって区別する

(「外国法的比較」)

,④外国法と自国法を比較する

(「自国法との比較」)

,⑤自国 の社会状態からこれらの外国法の

(解釈上または立法上採用すべきか否かの)

値判断を行う

(「自国法的価値判断」)

,⑥採用を決した外国法制が自国の社会状 態に順応するようにその内容

(「法律構造」)

を定める,⑦国内の学説・判例・

社会意識・社会習俗をこの「法律構造」の方向に誘導し,「自国法への同化」

24) 杉山・前掲書 375頁。杉山は,サレイユはフランスにおける新自然法説の巨頭の一人 であるから,サレイユが創造した比較国法学の基礎をなすのが新自然法説であるのは当 然であるという(野田良之「サレイユにおける自然法の客観的実現」同・法における歴 史と理念(東京大学出版部,1951年)43頁以下も参照)。

23) 杉山・前掲書 371−372頁。杉山は,「ナポレオン法典と仏社会との離遠,仏法勢力の 衰退,もしくは独法による凌駕に対する仏法学会輓近の奮起によりて,現代の仏法学の 特長をなすに至った研究方法もしくは学科が三つある。判例批評,社会法および本題の 比較法がこれである」と説き,パリ大学における最初の比較法講座担当者であるレイモ ン・サレイユ(1855−1912年)の創意にかかる「万国比較法学会」(Congres   interna- tional de droit compare.1900年7月 31日⎜8月4日)において比較国法学を「正系」

とする了解が成立し,独立の価値ある学科としての地位が確立した,と指摘する(杉 山・前掲書 350−351頁,353頁)。なお,サレイユにいたるまでのフランス比較法学の 発展は,西賢「フランスにおける比較法の発展」同・比較法の課題(1972年,初出 1956 年)13頁以下に概観されている。

38

(11)

の準備作業を行う,といったプロセスをたどる

(⑤がもっとも重要である)

。前 記①ないし④が「実証的観察」,⑤ないし⑦が「理想法の構成」である。以上 のアプローチは,ランベールの「立法共通法」の主張を全面的に否認するので はなく,共通法を各国固有の社会事情に適合させる⎜⎜①の段階でランベール の手法を活用する⎜⎜ものなのである25)

なお,比較法学の「観念」を検討するこの論考は,穂積陳重の「法系別比較 法」の構想に対して,

(ⅰ)

一定不動の法系を単位とする比較は,「法律的文化 の交換影響の関係が濃密」な諸国を包容する法系においては効果に乏しい,

(ⅱ)

比較という以上は特殊の事項に限定して比較する必要があり,法系別研 究は比較法研究のための一般的準備研究

(前記②のプロセスの「外国法」)

にと どまるのではないか,と批判を加えている26)

杉山は以上のようにサレイユの比較国法学の成果を摂取紹介しつつ,サレイ ユらと同様に比較法学の独立科学性を肯定するのである27)。すなわち,杉山 が構想する比較法学はランベールおよびサレイユの双方の比較法観を統合する 内容であるから,単に法理学の一分派にすぎないとか,民法その他の国法学の 補助科学にすぎないなどの疑問が生ずる余地はないとされる。杉山の比較法学 の観念は,比較法学の方法論,比較国法学

(比較立法方法・比較解釈方法・比較 法制方法〔共通法運動,法の進化の観測,法の本質の認識〕)

を包含し,すべての 法分野を横に貫通する。これを民法等の各学科で分担する⎜⎜民法等の補助科 学としてとらえる⎜⎜のは各学科にとって過重負担となるうえ,比較法研究の 統一集中を害することになる

(ひいては,その目的が達成できなくなる)

のであ 28)

杉山のこの「観念」論文は,比較法の基礎理論に関するわが国で最初の本格

28) 杉山・前掲書 381−383頁。

27) 杉山・前掲書 382頁。

26) 杉山・前掲書 377−379頁。

25) 杉 山・前 掲 書 371−374頁,368頁,370−371頁。西・前 掲 注 23)35頁 の 注(51)

は,杉山の以上の比較国法学の方法がサレイユに従うものであるとするが,杉山の比較 方法論はより緻密であるうえ,ランベールの方法論も包摂する柔軟な内容なのである。

39

(12)

的な研究で,「1900年の第1回国際比較法会議を境として今日に至るまで世界 の比較法学の主流をなす解釈学的比較法」29)をきわめて鮮かに摂取し再構成し た労作であったと評価されている。杉山に先行する比較法学のパイオニアとし ては,未完の『法律進化論』

(3巻,1924年−1927年)

に代表される諸業績を 残した穂積陳重を挙げるべきであろうが,穂積は「実に広い比較文化論的な比 較法を脳裡に画いていたようである」30)と評される一方で,その「比較法論に は,自然科学的な学問のあり方を法学の分野にも類推した普遍主義的な傾向が 強い。…

(中略)

…未完の大著『法律進化論』

(3巻)(1924−27)

も,

(古今東 西の法制を一つのシステムに従って叙述した大著で,貴重な研究であるが,)

叙述が やや並列的であり,それぞれの国・法系における法についての制度や考え方に 関して,その歴史的・社会的基盤をそれぞれの時代の具体的状況と関連づけつ つ深く究めた作品とはいい難い」31)とする厳しい批判もある。穂積陳重はあく までも先駆者としての地位にとどまるといえよう32)

⑵ 翌 1919年に5回にわたって法学協会雑誌に連載された「比較法学の根 拠」は,当初の構想の半ばにも及ばずに中断された未完の長編であるが,まず 比較法の理論的根拠およびその方法につき先の「観念」論文の述べるところを 敷衍したうえで,さらに比較法の機能も詳細に検討している点が大きな特色で ある。残念ながら未完に終わったため,「統一法運動」・「比較法学の独立学科 たる価値」といった重要テーマが予告されながら論じられていない。前者の項 目は「根拠」論文に続く論考「統一法の過去現在及び将来」

(1920年)

に発展 したといえよう。

杉山は,「根拠」論文において,比較法学に対する障害は文明の進歩に比例 して減少するとしつつ,近世のヨーロッパを支配した法哲学思想が比較法の観

32) 野田・前掲注 1)36頁も,「わが国における本格的な比較法学の先駆穂積陳重とそれを 大成した杉山直治郎」(傍点筆者)という表現を用いる。

31) 田中英夫「比較法学者としての高柳賢三」同・英米法と日本法(東京大学出版会,

1988年)366−367頁。

30) 野田・前掲注 1)38頁。

29) 野田・前掲注 1)44頁,38頁。

40

(13)

念を容れようとしなかったという思想上の障害が存在したことを指摘する33) すなわち,恒久不動の自然法を想定した「旧自然法学派」からすれば,法の進 歩改善の基準となるのは理性の示す自然法であるから,各国実定法の比較は無 益であったし,この学派に対する反動から,法を国民精神の発現としてとらえ 人為的干渉に消極的であった「歴史法学派」からすれば,比較国法学的進歩の 努力は,人為的干渉により国法自然の進化を妨げ,国法の独立を害すると評価 されたのである34)

杉山は,比較法に合理的基盤を提供した先覚者としてイェーリングの業績を 讃えたうえで35),旧自然法学派と歴史法学派との調和をはかる新自然法思想 にもとづく

(サレイユの)

比較国法学の登場によって,比較法学の理論的基礎 に対する法哲学上の障害は 20世紀にいたりほぼ消滅した,と結論づける36) 自然法を各人の直観により認識するものとした「旧自然法学派」とは異なり,

サレイユは,①国家の実定法の条文からの類推,②一般思想,③比較法の少な くとも一つ⎜⎜③が最も重要である⎜⎜が主観的直観と合致した場合にのみ,

「自然法の客観的実現」がなされたとして自然法の存在を肯定するのである

(「比較国法学的新自然法」論)

。このように認識された自然法は,立法のみなら ず解釈の領域でも比較法を通じて実現されるが

(「比較解釈方法」

37)

,あくまで も自国の社会状態に応じて調和順応・同化のプロセスを経て変更されうる「相 対的自然法」である。比較解釈方法により自然法を実現する場合にも,各国法 の内容を変更する効力までは認められず,その欠缺を補充する「補充的普通 法」にとどまる38)

37) 杉山・前掲注 33)10頁。

36) 杉山・前掲注 33)18頁。

35) 杉山・前掲注 33)7−8頁(「彼は各国民の孤立的生存が不可能にして,国際的共同 生活が必至であることは,恰も個人の社会に於けると同一である,而して国際的共同生 活は人事の全局面に亘る膨大なる交換関係を形成するものである,各国民間の文化上に は不断平和的又は闘争的の相互影響を免れぬと道破し,以て歴史法学派の立脚点とせる,

法律意識は各国民に固有のもののみであると為すの謬を匡した」)。

34) 杉山・前掲注 33)4−8頁。

33) 杉山直治郎「比較法学の根拠⑴」法協 37巻7号3−4頁(1919年)。

41

(14)

杉山は,以上のサレイユの「比較国法学的新自然法論」を傑出した学説とし て高く評価し,「大体において左担する」としつつも39),たとえばその比較方 法論はいまだ円熟完成した内容とはいいがたいと指摘して,「比較法的実証」

と「国法的理想の構成」の方法的過程を詳しく分析するのである40)。このプ ロセスの叙述は,前掲「観念」論文と重複するところが多い。しかしながら,

杉山は「根拠」論文ではさらに一歩を進めて,①決定論

(determinisme.「必至 主義,因果主義,進化主義」)

と自由意思主義

(「自律主義」)

,②法的国際主義

(Internationalisme  juridique.「国際共通主義」)

と法的国家主義

(Nationalisme juridique.「国家特自主義」)

,③比較法的実証観察と国法的理想の構成といった

 

各要素の融合統一を自らの比較法方法論の核心とするのである41)

(カッコ内は 杉山の訳語である。「必至主義」や「国家特自主義」は難解であろう。なお,①の決 定論=進化主義=因果主義とは,たとえば,ほぼ同様の文化段階にある諸国には共 通の法律定型が存在するとして,この「共通法的趨嚮」を自国法進化の必然的基準 とする⎜⎜「因果の合法性」を主張する⎜⎜立場である。②の法的国際主義とは,

国際共通性,模倣・影響関係を重視する立場であり,法的国家主義とは,国際協 調・大勢・国外的知見を考慮せずに自国法の自律的批判による創造を重視する立場 である

42)

。ただし,自国法の進歩が直接の目的である以上,①ないし③の各 項における後三者に重点が置かれる43)

杉山は「根拠」論文において,比較国法学的方法の機能・効用として,

(ⅰ)

啓発機能,

(ⅱ)

確保機能,

(ⅲ)

共通法機能,

(ⅳ)

警戒機能を挙げ,次のごと く詳説する。

まず第1の啓発機能とは,①比較法を通じて法の欠缺や新たな問題を発見

43) 杉山・前掲注 41)38−39頁。

42) 杉山・前掲注 41)29−30頁。

41) 杉山直治郎「比較法学の根拠⑶」法協 37巻8号 38−39頁(1919年)。

40) 杉山直治郎「比較法学の根拠⑵」法協 37巻7号 89頁以下(1919年)。

39) 杉山・前掲注 33)18頁。

38) 杉山・前掲注 33)12−15頁。サレイユの理論については,野田・前掲注 24)43頁,と くに 100頁以下(初出は法協 61巻9号・62巻1号〔1943−44年〕)。

42

(15)

し,それが考究のきっかけとなる,②良い着想や深い創造の機会となりうる

(連想的・感得的創造作用)

,③「可能的理想法へのある程度の道案内者」とな る,④さらに進んで,「自国法の理想に近いもの」を直ちに提供する,といっ た複数の作用のひとつないしそれらの組み合わせをいう44)

第2の確保機能とは,「国法の理想」ないし自国法の改良の要否について判 断を下したのちに,類似の法制の有無や共通法的趨勢の有無を調査することに よって,先の判断の正当性を保障する作用である45)

第3の共通法機能とは,各国法に共通の趨勢を明らかにすることによって,

①国際共同的・国際連帯的関係にもとづく外国法制の侵入を予告して,事前の 対応策を練ることを可能にする

(「外来法予告機能」)

,②同一事項につきほぼ同 程度の文化的発達段階にある諸国に共通する「優秀法」を指示して,比較国法 学的方法を通じて理想的国法を構成し,共通法の形成に参加させる

(「優秀法 指示機能」)

,③各国に国際協同的態度を採らしめ,世界の大勢に順応した共通 法則

(世界法ないし統一法)

の形成に協力するよう促す

(「協調機能」)

,という 作用である46)

最後に,第4の警戒機能とは,共通法的進化を促進する社会的流行・模倣・

暗示作用

(共通法的進化の促進作用)

に対して,

(とりわけ危険思想より成る危険 法の)

無批判的受容を比較国法学的反省機能によって抑制する

(比較国法的考 察の成果を一般に開示して,消極的世論の形成につとめる)

ことである47)

杉山はこのように比較

(国)

法学の多彩かつ有益な機能を指摘したうえで,

「比較法学は模倣の学問にすぎないとする批判」および「比較法学は一国の国 法の独立を害するという批判」に反論している。すなわち,確かに比較国法学 は比較的多大の模倣を含むが,国法的理想の構成方法や啓発機能にみられるよ うな自発的創造・比較法的独創に富むのであって 「協力文明の時代」

(第一次

47) 杉山・前掲注 44)63−67頁。なお,本論文発表の前々年(1917年3月および 11月)

には,ロシア革命が勃発していることに注意されたい。

46) 杉山・前掲注 44)59−63頁。

45) 杉山・前掲注 44)58−59頁。

44) 杉山直治郎「比較法学の根拠⑷」法協 37巻9号 56−58頁(1919年)。

43

(16)

世界大戦以来の活発な文化転移期・社会改造期)

の協力的創造精神に最もふさわ しいのが比較国法学的方法である,とまず指摘する48)。次いで,一国の法は その独自の部分と他国法と共通・類似の部分とが渾然一体として形成されてい るのであるから,国法の独立ないし一国文化の独立は,「国際主義」

(inter- nationalisme)

⎜⎜各国の平等な進歩を目的とし,各国家を単位として形成さ れる世界共同団体の一員として各国家は互に共同する関係に立つとする見解

⎜⎜ないし

(社会連帯に準ずる)

「国際連帯」

(la solidarite entre les nations)

の調和を無視できない「相対的独立」であって,「国法孤立防避機能」と「国 法独立維持機能」との調和をはかる比較国法学こそが国法の真正の独立を保障 する,と杉山は分析するのである49)

根拠」論文はここで中断している。第1回目の連載の冒頭に掲げられた目 次によれば,ひき続き「統一法運動」「法律連盟」の2項目を論じ,「比較法の 素養を要する人々」「比較法学の独立学科たる価値」に言及して,第1部の

「比較法学の一般的根拠」を終結する予定であった。さらに論文第2部の「吾 邦に特別なる比較法学の根拠」は,「日本法学独立の声と吾邦に於ける比較法 学の根拠」・「いわゆる思想統一の建議と比較法学との関係」・「吾が文化史の一 貫せる特色と比較法学との契合」・「吾邦に於ける比較法学の切要」・「吾邦の地 位と比較法的使命」・「吾邦に於ける比較法的努力の必要」・「比較法の必要と外 国法のそれとの関係」・「比較法学多忙の秋」・「結語」といった内容の小節によ って構成される予定だったようである。

さて,以上のように未完の部分はあるものの,「根拠」論文と先行する「観 念」論文とによって,比較法学の対象

(概念)

・方法・根拠・機能がわが国に おいては空前の精緻さで分析された。「比較国法学的新自然法論」に立脚し,

自国法の進歩という見地から実証的観察と理想法の構成を行う独立科学として の比較法学の体系がここに確立されたのである。比較司法制度論の奉斗である マウロ・カペレッティが,比較法研究の目的

(存在根拠)

として,国際的法実

49) 杉山・前掲注 48)76頁,82頁,84頁,89−90頁。

48) 杉山直治郎「比較法学の根拠⑸」法協 37巻 10号 75−76頁,79頁(1919年)。

44

(17)

務への貢献,法改正への貢献,超国家的レヴェルでの法の一般原則の確認,法 のハーモナイゼイションないし統一への貢献,各国国民の相互理解の深化を挙 げているのに比べると,杉山の立論は「比較国法学」に傾斜しているものの,

比較法の共通法的機能に対しても十分な配慮がなされているのである50)。た だしこの段階では,「超国家的レヴェルでの法の一般原則」への関心は示され ておらず,12年後の大作「明治8年布告第 103号裁判事務心得と私法法源」

(本稿四⑴)

の出現を待たなくてはならない。

⑶ 壮大な構想を予定していた「比較法学の根拠」の副産物たる未完の「統 一法ノ過去現在及ビ将来」

(2回連載,1920年)

は,その前半において第一次世 界大戦までの近代的統一法運動とその成果を素描する。ここでの統一法は「国 際的統一法」であり,もっとも広義では「二国以上の国内法の全部または一部 の一致」であって,「共通法」・「世界法」とほぼ同義である51)。これに対して 狭義の統一法とは,条約または国際立法による諸国法の統一のように,一定の 人為的形式によって諸国法を統一し,その維持をはかる場合をいう52)。杉山 は,ローマの万民法および中世の教会法・封建法・ローマ法が統一法の先駆で あること,フランス古法がこれらの統一法と地方慣習法との「比較研究的統一 の努力」にもとづくもので,フランス民法典の内容形成に大いに貢献したこ と,ゲルマニステンによる州法の比較法的研究がドイツ統一法たるドイツ民法 典を成就させたこと

(ランベールによる指摘)

,歴史法学派の国法独立の精神が 法典編纂と結びつき,19世紀において一時的に統一法反対の気運が高まった ことを指摘する53)。それにもかかわらず,19世紀半ばから,「国際主義ガ稍ヤ 抬頭ノ微ヲ呈スルノ時運ニ際会シテ,各国民共ニ各国法ノ極端ナル隔立ノ不便 ヲ感」ずるにいたり,統一法運動が活発化し,サレイユの「文明人類共通法」,

ランベールの「立法的共通法」などの 一法説の提唱と呼応して 一法実現

53) 杉山・前掲注 16)「統一法の過去現在及び将来⑴」57−60頁。

52) 杉山・前掲注 16)「統一法の過去現在及び将来⑴」55頁。

51) 杉山・前掲注 16)「統一法の過去現在及び将来⑴」53頁。

50) カペレッティ理論については,貝瀬幸雄・国際倒産法と比較法(有斐閣,2003年)

308−309頁。

45

(18)

の促進を目的とする国際法協会などの機関が設けられる54)。杉山は,手形法,

海商法,知的所有権法,労働法,国際私法などの各分野における条約による近 代的統一法の成果を概観したのち,①各国の単独

(独立)

かつ任意の立法また は解釈により,個々の事項について「求メズシテ自ラ」隠れたる統一法が「一 大範囲ヲ形成」することが案外に多い

(これは,既往の政治的共同関係のみが原 因となるとは限らず,「国際主義ヤ比較法ノ進歩ニ連レテ」発生する)

,②不完全統 一法または「弛緩セル共通法」とでも言うべき程度の一致は,類似の文化およ び社会状態にある国々の間では決して少なくなく,ランベールのいう共通法は この種の原因による統一法を重視している,③海商法のように国際交通に関係 ある分野では,約款の作用により不文的統一法を形成していることが多い,と 論稿の前半をしめくくっている55)

本論文の後半は,第一次世界大戦以後の「規模雄大なる統一法的新事象の蔟 生」を対象としており,論文の発表時期

(1920年)

からすれば現代史に属す る。杉山は,第一次大戦後にローマ大学教授 Scialojaの提唱にもとづき創設 された「連合国および友邦間の立法同盟」の立法作業を詳しく報告している。

この立法作業は元来は「独法系に対する法律進歩の競争上の敵愾心に胚胎」す る。しかしそれにとどまらず,フランス・イタリア両国の立法同盟委員会が最 も統一の容易な民商法の主要部分

(広義の債務法)

について共通法的立法改革 に着手し,ヨーロッパ文明の指導的中心力となるべき共通民商債務法を作成し ようとする計画

(フランス民法典を基礎とする諸国の「ラテン立法同盟」)

でもあ 56)。提唱者たる Scialojaによれば,①統一法を志す国民間に統一の対象た る事項について共通の国民精神を涵養すべきこと

(国法独立の思想との牴触を避 けるため)

,②条約のような拘束的意味を含まずに,各国任意の立法権の発動 にもとづき同一内容の法を制定すべきこと

(立法権独立の思想との牴触を避ける ため)

が必要である57),と説かれている。杉山は,本立法同盟による統一法の

56) 杉山・前掲注 16)「統一法の過去現在及び将来⑵」79−82頁。

55) 杉山・前掲注 16)「統一法の過去現在及び将来⑴」87−88頁。

54) 杉山・前掲注 16)「統一法の過去現在及び将来⑴」62−65頁。

46

(19)

対象が国際私法のみならず商法の殆ど全範囲,さらに民法の大半に及んでいる ことこそが,「近代的統一法ニ対シテ開ケル新生面」であるとして,高く評価 するのである58)

西賢は杉山の本論文に言及して,「比較国法学が比較共通法学に転化する基 礎,および,私法法源における条理として国際共通法を重視する思想がここに 見られる」と評している59)。しかし,統一法論は元来は比較国法学の包括的 叙述である「比較法学の根拠」の一章として予定されていたものであって,こ の論稿「統一法ノ過去現在及ビ将来」のモティーフも比較国法学の統一法運動 に対する貢献

(すなわち,比較国法学のもつ「共通法機能」の効用)

を通史的に 把握するところにあった⎜⎜しかるに,統一法運動史の叙述が詳細になりすぎ たために,独立の論文として発表した⎜⎜ととらえるべきであろう。杉山の比 較世界法学・普遍比較法学への関心は,後述するように田中耕太郎の「世界法 の理論」から強烈な示唆を受けた⎜⎜とりわけ杉山の比較法的新自然法論がそ の受容を容易にした⎜⎜ことによるのである。

この統一法論には明確にあらわれていないが,同年に発表された「法律思想 の発達」においては,国際連帯の観念が発達するとともに統一法運動も活性化 されることが指摘されている

(⑷(ⅱ)

を参照されたい)。

⑷ 比較法の基礎理論に関する一連の偉業と並行して,杉山のいわゆる「法 一般理論」を対象とする論考「輿論と法律」

(1919−20年)

,および啓蒙的な二 講演「法律思想の発達」

(1920年)

,「現行組織の欠陥と社会連帯」

(1920年)

次々と発表される60)

(ⅰ)

「輿論と法律」は,主にサレイユの見解の影響を受けつつ,相対世論 主義

(世論の相対的尊重)

を説く。サレイユは,成文法規が欠缺している場合 や 明文上法意が明白でない場合には 類推および比較法とともに 「共同体

60) 前掲注 16)のほか,杉山直治郎「現行組織の欠陥と社会連帯⑴・⑵・⑶」国家学会雑 誌 34巻8・9・11号(1920年,未完)。

59) 西・前掲注 19)比較法の課題 71頁。

58) 杉山・前掲注 16)「統一法の過去現在及び将来⑵」94−95頁。

57) 杉山・前掲注 16)「統一法の過去現在及び将来⑵」89頁。

47

(20)

的法律意識」⎜⎜杉山は,これを法律に関する世論であるとする61)⎜⎜が新 自然法の客観的基礎となる,という。そして,これらの客観的基礎が「新自然 法の主観的要素」

(主観的批判)

と合致するならば,「新自然法の客観的実現」

があったものとして,成文法規欠缺の場合等の解釈基準となる。ただしサレイ ユは,比較法に比べて「共同体的法律意識」が確実性の点ではるかに劣ること を指摘している62)。杉山は,世論は法の形成存続に不可欠の要素であるとし つつも63),「世論すなわち法」とする法世論主義は,①無形の国民多数意思を 法とする

(成文法を無視する)

点で「法律生活の安全の保障すなわち法の静状 的任務」をそこなう,②自主自律の自由意思的批判を欠き,自国世論の実証で 足る

(「決定論」と「法的国家主義」の結合)

としている点で,「法は理性の批 判,進歩の画策努力と,社会要求およびその進化との融合によりて,形成され る」とする新自然法の立場と相容れない,③横の実証すなわち比較法的実証観 察を無視し,国際共通主義

(法的国際主義)

を考慮しないため,偏狭になりが ちである,と批判する。かくして杉山は,サレイユに倣って相対世論主義を支 持し,比較法的新自然法論⎜⎜法の本質論として新自然法を奉じ,それを発見 する方法として「比較国法学的調節綜合主義」を主張する立場⎜⎜との調和を はかるのである64)

(ⅱ)

「比較法学の観念に就て」「比較法学の根拠」「輿論と法律」の基礎に ある杉山の法思想を壮大な規模で展開したのが,1920年の講演「法律思想の 発達」である。この講演は,近世以来の法律思想の発達,すなわち法律内容全 体を支配する指導原理・共通精神とその根拠

(「法律の静状原理」)

,および法律 の発生・変動の理法を解明する指導原理

(「法律の動状原理」)

の双方の発達を 概観したものである65)。まず杉山は,「法律の動状原理」の発達として,理性 に従った法律の進歩を説く「旧自然法学派」 各 会に応じた法律が自然に進

64) 杉山・同上 227−233頁。

63) 杉山・同上 192頁。

62) 杉山・同上 190−191頁。

61) 杉山・前掲注 16)「輿論と法律」179頁・注⑴〔引用頁は,杉山・前掲注 2)法源と解 釈による〕。

48

(21)

化してゆくとして人為を排する「歴史法学派」,この両者の思想が均衡すると ころに法律の真の発達があるとする「新自然法学説」(新理想法主義)の順に 展開してきたと指摘して,社会や法の歴史に逆行しないように配慮しながら,

国際主義に依拠した進歩発達の努力を怠らぬ「比較国法学的新理想主義」を採 るべきであるとする66)。次いで,「法律の静状原理の発達」として,特権階級 が自由と平等

(人格)

を独占する中世法の人格独占主義,フランス人権宣言以 来の近世法の「個人・自由主義」,自由に偏した資本主義の弊害

(経済上・私法 上の不平等)

の修正をめざす「社会政策的な個人・自由主義」の順に法律全体 の指導原理が推移してきた

(つまり,「法律静状の原理」は,自由と平等の組み合 わせ方によって決まる)

と論じ,自由と平等との均衡を中核とする社会連帯主 義が,「法律の動状原理」の最高の発達形態である「新理想主義」

(新自然法 説)

と合致する⎜⎜社会連帯の原理こそが将来の進化を指導する「新理想」と なる⎜⎜と評価するのである67)

以下は講演「法律思想の発達」のいわば各論である。杉山は,かかる「社会 連帯の法律上の適用」を論じ,その一例として,「労働集団契約」たる労働協 約による附合契約の修正に言及する

(4年後の大作「附合契約の観念に就て」の 問題関心の萌芽)

。さらに「新理想主義

(新自然法)

・連帯主義の表現としての法 律の新生面」として,労働法・社会法・国際統一法・法の世論化を挙げる。第 三項目について付言すると,連帯主義は社会連帯・国際連帯の双方から成り,

後者の国際連帯観念が発達するにともなって国際統一法が隆盛するのである。

「新理想主義・連帯主義の表現としての新法律学の興隆」という章では,比較 法学

(サレイユの提唱する「比較国法学」)

の重要性を強調する。本稿の主題か らして,この部分をとくに詳しく参照しておこう。杉山によれば,「その方法 は各国の法制,寧ろ生きた法律の比較研究に因って,最優秀の法律制度を見出

67) 杉山・同上 257−260頁。

66) 杉山・同上 245−248頁。

65) 杉山・前掲注 16)「法律思想の発達」242−243頁〔引用頁は,杉山・前掲注 2)法源 と解釈による〕。

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参照

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168 徐暁波・前掲(注 57)145 頁。

研究会」と略記) ・金融財政事情研究会(2017年) ・25頁以下、第一東京弁護士

掲注(43)67 8頁注2 2(1審で拡張できたことを重視)

なる(この株主平等の原則といわゆる資本多数決主義との関係をどう理解する

Ⅰ) 』 (岩波書店、 年) 頁、我妻(有泉補訂) ・ 前掲書(注) 頁、末川博『物権法』 (日本評論 社、 年)

)人見,須藤,同書 頁のコラム「シャウプ勧告と神戸勧告」,あるいは,白藤博行,村 上博,米丸恒治,渡名喜庸安,後藤智,恒川隆生『アクチュアル地方自治法』(法律文化 社