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私の研究を決めた一冊 私の研究を決めた一冊

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(1)

No. 83

http://www.agulin.aoyama.ac.jp/ Nov. 1, 2008

私の研究を決めた一冊 私の研究を決めた一冊

巻頭エッセイ

 百閒と幻のアイスキャンディー…… 西澤文昭 2 特集「私の研究を決めた一冊」……… 413 オススメの本………1415 図書館広報板……… 16

「間島記念館」

サイード『オリエンタリズム』との長い日々

……… 平田 雅博 データ解析の面白さ─統計的なものの見方

……… 美添 泰人 図書館と崇高なるもの……… 赤間  聡 言語を科学的に見る面白さ……… 永井 忠孝

「あなたは何者か」を問う良書……… 小山 花子

「研究を決めた一冊?」……… 永井 義満

『毛利衛、ふわっと宇宙へ』……… 長谷川美貴 10

『世界の調律─サウンドスケープとは何か』… 鳥越けい子 11 私の「学び」を決めた一冊……… 角田 雅昭 12

特集 「私の研究を決めた一冊」

(2)

文学部長 

西 澤 文 昭

NISHIZAWA Fumiaki

■ 巻 頭 エ ッ セ イ

百閒と幻のアイスキャンディー 百閒と幻のアイスキャンディー

内田百閒を教えてくれたのは私の大学院時 代の先生でした。『阿房列車』は鉄道愛好家 には忘れがたい作品でしょうし、借金の算段 や食べものの話も愛読者が多い随筆でしょう が、先生があげたのは『ノラや』でした。私 は古本屋で手に入れた安価本で読み始め、職 を得てからは全集を買いました。今も大岡正 平全集と並んでいます。

そのころ猫を飼っていたわけではなく、子 どものころわが家に出没した猫たちのことを 思い出していました。『ノラや』は迷い猫の、『ク ルやお前か』は病死した猫の話ですが、わが 家の失せ猫は 10 数年前のことで、4歳の黒猫。

そして逝ってしまったのは、ついこの間のこ と、迷い出てしまった黒猫と兄弟の虎猫でし た。18 年の付き合いでした。この経験を契機 に、あらためて百閒の名を思い出したのです が、読み返す気はなかなか起きないものです。

ところで、百閒を読むと、その時代が彷彿 として現れてきて、何かしら郷愁のようなも のを覚えている感覚が前からありました。百 閒は明治 22 年の生まれで造り酒屋の一人息 子だったという。ああそうか、私の父は明 治 28 年生まれで、その父親は若くして亡く なり、そのために家業の造り酒屋が傾き、父 をはじめ子どもたちは苦労をしたと聞かされ ていました。百閒は私の親の時代の人であり、

だから明治と大正の匂いがし、昭和のきな臭 さも感じられたのです。

百閒いや百鬼園先生は私の記憶を刺激して

いくつものことを思い出させてくれました。そ の中のひとつを皆さまに読んでいただきます。

私の父は小学校の教員でした。長野県小県 郡塩尻村(現在は上田市)の小学校に 30 年 以上勤めました。先にふれたように父は明治 28 年(1895 年)生まれなので、おそらく 1920 年の少し前に勤め始め、1950 年ごろ定年退職 になりました。私は父が 51 歳のときの子ども で、家では唯一の戦後生まれです。計算する までもなく、父は私が4歳ごろには退職した ことになります。退職後のわが家は火の車状 態だったようですが、私は7人兄弟の末っ子 ということもあって、苦労した記憶がありま せん。田んぼもなく畑がほんの少し、父親の わずかな恩給だけの収入しかなかったのです から、間違いなく貧困家庭でした。思い返せ ば子ども時代に白米を食べえたことはあまり なかったし(私が食べたご飯のうちで最も美 味しいと感じたのは小学5年のころ、母親と 一緒に佐久平の中込というところにお墓参り に行ったとき口にした佐久米です。鯉が田に 放されているというあの佐久平の米です)、卵 はめったにお目にかかりませんでした。しか し、暢気なもので、私は苦労知らずに育った と思いこんでいました。今でも人間として甘 いと言われるのはこのあたりに原因があるの でしょう。

それはさておき、私の最初の父の記憶は父の 小学校に行った日のことです。おそらく退職直 前の出来事だったと思われます。ある日、私は

(3)

父の学校に連れて行かれました。なぜ二人だけ だったのかはわかりません。もしかしたら、保 育園もない時代なので、私だけが家に残ってい て、母親の足手まといになっていたのかもしれ ない。とにかく、たぶん徒歩で、父の勤務先に 行きました。その時の職員室と廊下のたたずま いはよく覚えています。小さな私はすぐに飽き たにちがいなく、学校の中を探検しようと、父 の目を盗んでこっそりと廊下に出てみました。

するとあちらの方から女の子の一団がやって来 ました。私から見ると中学生ぐらいに見えた大 きな子たちで、賑やかにおしゃべりし、私に気 がついて、「あら西澤先生んちの子だよ」とか 何とか言いました。私は母親の言によれば「い つも女の子と間違えられた」そうですから、当 時は相当可愛かったはず。女の子の一人が、私 に一本のアイスキャンディーをくれたのです!

そのうれしさといったらありません。まだまだ 素直だった私はこっそり舐めるなどということ はまったく考えず、父親に報告に行き、「これも らった」と差し出すと、どうしたことか父はア イスキャンディーを奪い取り、職員室の洗面台 あたりに行って、どこかに打ち据え、氷の部分 を砕き、洗面所にそのまま捨ててしまったので す。「こんなものを食べたら疫痢になる」と言 い(私の子ども時代は何かというと「エキリ」

になると脅されました。「エキリ」は赤痢よりも 恐ろしいとされていたのです。桑の実など食べ た疑いがあると口を開けさせられて検査です)、 棒だけを私に返したのです。氷のひとかけらも

残っていない棒を手にしたときの情けない気持 ちは、今でも忘れません。泣くことも忘れるほ どの茫然自失状態とはこういうことを言うので しょう。というわけで、これが私の小学校初体 験であり、父についてのはっきりした最初の記 憶となった、幻のアイスキャンディー事件です。

父の勤めていた小学校に私が通うことは ありませんでした。隣町の小学校だったから です。高校生になってバス通学をするように なってから、毎朝その小学校を目にすること になりました。そのころようやく、父が戦前、

戦中、戦後という激動の時代を教員として 過ごしたことに思い至りました。私は退職し たあとの父親しか見ていませんでしたが、母 や兄、姉の話を問わず語りに聞くと、父は同 じ職場に長くいたこともあって、軍国主義体 制下の学校教育の先兵役で、号令係のような 任務を課されていたことがわかってきました。

教育勅語のこと、「ご真影を守るために焼け 死んだ」同僚の話などもしていたようです。

ですから戦後の変化にはどうしてもついては いけなかったのでしょう。自分が教職の大半 をすごした時代を否定されることを受入れる には十分な気力がもうなかったように思いま す。すべて昔々の話になってしまいました。

アイスキャンディーのその後ですが、子ど もの頃のタブーはなかなか根強いらしく、結 局は自分の子どもに買ってやることで、やっ と解消しました。

(文学部フランス文学科教授 中世文学)

(4)

私 の 研 究 を 決 め た 一 冊 私 の 研 究 を 決 め た 一 冊

サイード『オリエンタリズム』との長い日々

平 田 雅 博

HIRATA Masahiro

サイードの『オリエンタリズム』(原著 1978 年、 邦 訳 1986 年、 平 凡 社 ) に 出 会 っ たのは研究休暇をいただいていた 1987 年で あった。はじめての研究休暇で暇任せにあれ これと読んでいた。噂には聞いていたが原書 には近づきもしなかった。強烈な口絵レオン

=ジェロームの『奴隷市場』に眼を奪われて 邦訳書で手にした。

普通「オリエンタリズム」は「異国趣味」

と訳されてきたが、それどころか、それはヨー ロッパがオリエントを理解してきた知の権力 と密接に絡んでいて、知的な支配様式に他な らなかった。微細な権力を分析したフーコー の「世界史」版か、この一点に絞り、これも 当時読んでいたエリック・ウルフ『ヨーロッ パと歴史なき民』と比較した文章も書いた。

西洋人の前にたちはだかった理解しがたい

「他者」としての東洋。西洋人はいかに西洋 人たることを認識するのか。白人がどうやっ て白人になるのか、女は女になるのか。国民、

人種、ジェンダー、それは圧倒的な「他者」

を前にした「自己」認識の過程に他ならない。

そんな風に答えてくれそうな本だった。

その後、歴史家の端くれとしてやはり史料 を読んでいる時間が何事にもまして楽しい時 間となり、理論問題は厄介なこととして遠ざ けていたが、よく知る帝国史家マッケンジー の同じ題名の「オリエンタリズム」という本 が出て翻訳をやる羽目になった時に、また出 会った。サイードが分析したのは思想、文学、

語学などの「エリートのオリエンタリズム」

であって、絵画、建築、デザイン、音楽、演

劇を楽しむ「民衆のオリエンタリズム」では なかったのではないか、サイードは西洋と東 洋には絶対的な隔絶性を前提としたが、東西 文化の交流は民衆の芸術にはいくらでも見い だせるのではないか。これがマッケンジーの 主張だった。(『大英帝国のオリエンタリズム

――歴史・理論・諸芸術』、ミネルヴァ書房、

2001 年。)さらにこれもよく知る歴史家キャ ナダインが「オーナメンタリズム」というど う見ても「オリエンタリズム」をもじった、

というか揶揄にしか見えない題名の本を出し、

これも翻訳することになった。サイードは西 洋人の東洋人への侮蔑感を前提にして、東洋 人の主体性を軽んじたが、西洋人は東洋の君 主制度や階級制度に深い畏敬の念を抱いて、

取り入れたりしていた、というのがキャナダ インの主張だった。(『虚飾の帝国――オリエ ンタリズムからオーナメンタリズムへ』細川 道久との共訳、日本経済評論社、2004 年。)

一般に、これらイギリスの実証的歴史家た ちは、流行の理論に飛びつく跳ねっ返り娘に 冷水を浴びせるようなところがあり、これら を訳したおかげで私もすっかり反サイード派 と見なされるようになったが、心情的には今 でもサイード派に他ならぬ、と申し上げておく。

(文学部史学科教授 イギリス近現代史専攻)

特集

(5)

私 の 研 究 を 決 め た 一 冊 私 の 研 究 を 決 め た 一 冊

データ解析の面白さ─統計的なものの見方

美 添 泰 人

YOSHIZOE Yasuto

筆者の専門分野である統計的な考え方の 面白さを真の意味で理解できたと感じたのは、

大学院生としてハーバード大学の統計学部で 勉強した時期に受けた徹底的な訓練を通じて であった。この時期の読書量は、今から考え ても極めて多かったが、それを支えた施設に 感謝すべきであろう。当時でも全米一の蔵書 数といわれていたワイドナー図書館は 24 時 間開いていたし、統計学部独自の図書館は小 さいながら、こちらも大学院生以上はいつで も利用できるように鍵を渡されていた。

たくさんの専門書の中でも、筆者の博士論 文の指導教授となったフーバー(P. J. Huber)

が 1981 年に出したRobust Statisticsという本 は、特に思い出が深い。これは、当時スタン フォード大学に所属していたフーバーが客員 教授としてハーバードに滞在した 1977 年度 に、それまでの研究を集大成して、新たに「頑 健性の統計学」という分野を拓いた記念碑的 な本として知られているが、筆者はその執筆 過程を詳細に知るという貴重な体験をした。

頑健性と関連の深い手法に探索的データ 解析(EDA)があり、従来の形式的な数理 統計学を否定する考え方である。その大部分 は、1960 年代から 1980 年代にかけて、プリン ストン大学のチューキー(J. W. Tukey)を中 心として開発されたもので、1977 年に出版さ れたのが、オレンジ色の表紙で有名になった Exploratory Data Analysis(EDA)という本で ある。同時に、EDA の手法のうち、主として 回帰分析における諸問題を扱った薄緑色の本 も出版された。この本の著者はチューキーと、

ハーバード大学のモステラー(F. Mosteller)

である。月に 1、2 回開催されるモステラーと

チューキーのセミナーで具体的なデータ分析の 議論を聞くことは、大多数の大学院生にとって 統計的データ解析における本質的な考え方を 学べる貴重な場所だったと思う。

オレンジ色の本に記されている手法そのも のは簡単であるが、何故、そのような手法が 必要なのかという点は理解が難しい。他方、

数学的に高度な手法を駆使する頑健統計学の 基本的な視点は、モデルとして想定している 仮定のすべての妥当性を疑い、モデルが厳密 に成立しない場合の統計的手法の安定性、有 効性を検証することである。この意味で、頑 健統計学の目指すところは EDA と同一である。

1977 年のフーバーの講義は、毎週書き足 していく手書きの草稿を用いて行われたが、

極めて難解で、最初は 20 名以上いた受講生 が次第に減っていき、最終的に単位を取得し たのは筆者の他にもう1名だけという厳しい ものであった。

筆者の博士論文は、このような経緯から フーバーを指導教授として、頑健統計学とベ イジアン統計学の両方に関わるものとなった。

EDA とともに、これらは「統計的モデルは 単なる近似に過ぎない」という、筆者の「統 計的なものの見方」の原点である。

(経済学部教授 統計学)

引用文献

Huber, P. J. (1981) Robust Statistics, Wiley Mosteller, F. and J.W. Tukey (1977)

Data Analysis and Regression, Addison-Wesley J.W. Tukey (1977) Exploratory Data Analysis,

Addison-Wesley

(6)

私 の 研 究 を 決 め た 一 冊 私 の 研 究 を 決 め た 一 冊

図書館と崇高なるもの

赤 間   聡

AKAMA Satoshi

精霊(Geist)というものは確かに存在する、

と私は信じる。私はキリスト教徒ではないが、

確かにこの大学には崇高な何かが息づいてい る、と感じる。私は「それ」の居場所をひと つだけ知っている。

私がそこに初めて訪れたのは 91 年の 6 月ご ろだったと記憶している。当時、法学部大学 院修士課程で新カント学派研究にとりかかっ ているうちにどうしても哲学の原書にあたる 必要に迫られた。 H. Rickert, Gegenstand der Erkenntnis, 1892. 『認識の対象』、リッケルト の出世作である。この歴史的名著には岩波文 庫の翻訳がある。しかし戦前の翻訳ゆえに読 みづらい上、哲学特にドイツの認識論哲学な どは原典を読まなければ少しも分ったことに はならない。そこで、この原典を求めて、初 めて大学図書館の新書庫地下 1 階という空間 に足を踏み入れた。外界からはまったく遮断 されたかのような、時間がとまったような静 けさが漂う部屋。そこに目当ての本はあった。

その本を開いてまず驚いたのは、その本の表 紙裏に書かれた本の旧所有者に関する情報で ある。旧所有者は中務賢雄氏。明治 28 年生ま れ、青山学院高等部実業科の大正 9 年卒業生 で、かつ青山学院中学部英語教師。昭和 19 年、

フィリピン、ネグロス島に出征し翌年 7 月に同 島にて戦死。享年 49 とある。要するに、いわ

ば私の大先輩が大切にしていた一冊というこ とになる。

この本にはおそらく中務先生が引いたと思 われる下線やコメントが点在し、読み進むう ちにこの本の旧所有者の視点なり、思考の跡 が否応なく、こちらの思考に入ってくる。これ は学術的には必ずしも良いことばかりではな いが、慣れない哲学書を第二外国語で読むと いう比較的つらい作業をする上で励みになる。

特に中務先生が自分と同一の視点を持ってい ると確信した時は、原典の著者と本の旧所有 者という二人の死者と生死・時間を超えた奇 妙な一体感に酔いしれることができた。私の中 で初めて古典を読むということが死者との楽 しい対話の時間になった。おそらく、ただのド イツ語の原典というだけならば、私はそれほど リッケルトに夢中になることはなかったであろ うし、研究に打ち込むことの魅力も感じなかっ たであろう。本を読むとき、特に古典を読むと きには、時に思いがけず、人の思いや精神と いう目に見えないが、何か崇高なるものに触れ ることがあるように思われる。この新書庫地下 1 階にはこの本以外にも新カント学派の基本文 献が数多くそろえられており、その中には、こ の本と同様に、戦前の日本の知識人の思いが 込められているものが少なくない。そのような 意味で大学図書館新書庫地下 1 階は私にとっ て学問の精霊がやどる神聖な領域である。

リッケルトの哲学の神髄は自然科学では抜 け落ちてしまう事物の一回性(Einmaligkeit)

の尊重にある。私も何万部と刷られたリッケ ルトの著作のうち、中務先生が手にした唯一 無二のこの一冊に出会い、自分の一回的な研 究生活を満喫しようと思う。

(法学部助教 法哲学 Rechtsphilosophie)

特集

(7)

私 の 研 究 を 決 め た 一 冊 私 の 研 究 を 決 め た 一 冊

言語を科学的に見る面白さ

永 井 忠 孝

NAGAI Tadataka

私は中学校で英語を学び始めてから、英語が 大好きでした。英語だけではなく語学一般が好 きで、他にもいろんなヨーロッパの言語をかじっ たりしていました。高校の頃には、その中身は よく知らないながらも「言語学」という学問が あることは知っていて、大学ではそれを勉強し たいと思っていました。

そして大学に入って初めて読んだ本が金田一 春彦『日本語新版(上・下)』(岩波書店、1988 年)です。この本は日本語の面白さを一般向け に平易に解説した本ですが、私に言語学的な ものの見方を教えてくれました。それまで私は、

英語やフランス語などのほうが日本語よりも合 理的で、言語として格が上なんだと何となく思っ ていました。日本語には英語などに匹敵するよ うなしっかりした言葉の仕組みがないかのよう に漠然と感じていました。こう感じるのは私だ けではないはずです。外国語である英語は体系 的に理屈で学習するのに対して、母語である日 本語は意識しないでいつの間にか話せるように なったものですから、そう感じるのは当然のこ とです。しかしその感じ方が事実ではないとい うことを私はこの本から学びました。

この本は、日本語の特徴を世界の言語と対比 しながら解き明かす本です。この本で私は、無 意識に話していた日本語が実はいかに面白くて 合理的なものだったか、さらに世界にはいかに 多様な言語があるかを学びました。

たとえば、日本語の一人称複数の代名詞「私 達」は聞き手を含む場合と含まない場合を区 別しません。この点は英語の we も同じですか ら、私はそれが当たり前なんだと思っていまし

た。でも実際はそれは決して当たり前ではなく、

この本によると、世界には、〈聞き手を含む私達〉

と〈聞き手を含まない私達〉を区別する言語が たくさんあります。たとえば中国語で、「ツァーメン咱們」

は前者、「我ウォーメン們」は後者と、全く違う単語を使 います。ほかにもアイヌ語、モンゴル語、ベト ナム語ほか世界の多くの言語でそうなんだとこ の本は教えてくれます。これだけでも面白いこ とですが、この本はさらに、実は日本語でもこ の区別が部分的に見られるということを指摘し ます。すなわち、「わたくしども」「てまえども」は、

「私達」とは違って、聞き手を含まない場合に しか使えません。私はこのことを、日本語の母 語話者だから知っていたはずですが、この本を 読むまで気づきませんでした。

このようにこの本は、日本語を世界の言語と 対比することで、世界の言語の多様性について 教えてくれるのみならず、それまで無意識にし か知らなかった日本語の面白さを意識させてく れました。それはさらに、語学という視点を超 えて、母語であろうと外国語であろうと言語そ のものを科学的に見ることの面白さを教えてく れました。こうして私は、名前だけ知っていた「言 語学」という学問が実際面白いもののようだと 思うようになりました。

現在私はエスキモー語を研究しています。こ の本が対象とする日本語とは遠く離れた言語で すが、世界の言語との対比の中でその言語をと らえるという姿勢は、いちばんはじめにこの本 から学んだものです。

(経営学部准教授 言語学)

(8)

私 の 研 究 を 決 め た 一 冊 私 の 研 究 を 決 め た 一 冊

「あなたは何者か」を問う良書

小 山 花 子

KOYAMA Hanako

「私の研究を決めた一冊」と聞いて、すぐ に思い浮かんだのは、ハンナ・アーレントと いう思想家の『人間の条件』だった。ちくま 学芸文庫で出ているので、見たことのある人 もいるかもしれない。写真のように、表紙に は人間の歩く姿が描かれ、裏表紙には、「大 衆社会の思想的系譜を明らかにしようとした、

アーレントの主著のひとつ」、「《労働》優位 の近代世界を思想史的に批判」などと書いて ある。

この本は、基本的に哲学や政治思想に属 する本であり、当時国際政治を勉強していた 私にとっては、あまり馴染みのない分野の本 であった。だから、本当なら興味を持たない はずだったのだが、実際には「私の研究を決 めた一冊」というくらい重要な本になってし まった。不思議なことだが、この本を受け入 れる土壌は、私の内にすでにあったとしかい いようがない。本のタイトルには、とても興 味をそそられたし、その本の悲観的なトーン にも、自然と心が動いた。「一九五七年、人 間が作った地球生れのある物体が宇宙めがけ て打ち上げられた」の一文で始まるプロロー グでは、宇宙開発への憂いが示されており、

引き込まれるように読んだのを覚えている。

それだけではない。読み進んでいくと、そ こには、古代ギリシアの時代の市民たちが、

「あなたは何者か」という問いに対して、言 葉や行いでこたえ、それによって不死の名声 を得ようとしたと書いてあった。このような 話は、当時の私には奇妙に響いた。そもそも、

普段、「あなたは何者か」と問うことも、聞

かれることもほとんどなかったが、仮にその ような場合には、自分の名前を名乗るか、通っ ている学校の名を告げるかして対処すべきで あると思っていた。古代ギリシアでは、《労働》

や人の役に立つ《仕事》よりも、こうした《活 動》が重視されていたという主張も気になっ た。

このような経緯で、この思想家をもっと知 りたいと思ったことが、その後の研究を決め たと思う。私は、この人がかつて教鞭をとっ ていたニューヨークの大学に行って、その人 が書いた沢山の文章を読み、同じような関心 をもつ人たちと話し合った。その過程で、思 想や哲学の豊かな世界にも出会った。この本 から、そこに引用されている別の本、さらに そこに引用されている他の本といった具合に、

知的な世界を広げた。それらのすべての本が、

現在研究者としての私を形作っていると思う。

(国際政治経済学部助教 国際政治学科政治思想)

『人間の条件』

(ハンナ・アレント著、筑摩書房)

特集

(9)

私 の 研 究 を 決 め た 一 冊 私 の 研 究 を 決 め た 一 冊

「研究を決めた一冊?」

永 井 義 満

NAGAI Yoshimitsu

「私の研究を決めた一冊」と言うテーマで 執筆せよとのことですが、「研究を決めた」

を「研究テーマを決めた」と解釈するなら ば、理系の研究成果は論文として発表するこ とが通常ですので、テーマを決めるために先 行研究を調査するときは論文を読むことにな ります。 つまり、「研究を決めた」本は存在 しませんということになってしまいます。学 生(大学院生)時代は、図書館に行くことは、

論文を探しに行くことであり、本を探しに行 くことは稀でした。また青山学院大学に赴任 してからは、インターネットの普及により論 文の出版社が無料で論文を公開したり、私が よく利用する雑誌が置いてなかったりするた め、専らレファレンスサービスの利用ばかり で、図書館へ足を運ぶことも少なくなりま した。では研究にあたって本を読むことはな いのかとなると必ずしもそうではなく、読ん でいる論文の参考文献に書籍が挙げられてい たりすると、指摘されている箇所を読んだり、

興味のある新しい分野については、本から新 しい知識を得ることになります。また、「研 究を決めた一冊」を研究の道を志すきっかけ となった本という観点から述べてみようと思 いましたが、AGULI No.79 の特集が、「私の 進路を決めた一冊」とあり、まさにこのこと について特集が組まれていました。ちなみに この特集で、「進路を決めた一冊はない」と の趣旨で述べておられる方々が何人かいらっ しゃいました。(今回の特集も私を含めて何 人かいらっしゃるような気がしますが、今号 が発行されたら何人いるか数えてみるのも面

白いかもしれません。)

というわけで、テーマに沿ったお話はでき ませんでしたと結ぶには、まだ余白が十分に あり、このまま終わるわけにはいかないよう ですので、「私の研究を決めた(わけではな いけれど、読んだことのある)一冊」として 話を進めます。

私が現在の分野(ここではじめて述べま すが私の専門は統計学です)に関心をもった のは、統計学の講義を受けたことがきっかけ です。その講義の中で、統計学に関心を持つ ようにと一冊の本が紹介されました。それは、

赤池弘次編『科学の中の統計学』(講談社ブ ルーバックス)です。編者の赤池先生は、複 数のモデルがある中で、どのモデルがよいモ デルであるかを決める規準である AIC を開 発した統計学の分野(AIC を利用する人は 統計学に限らないのでその意味ではあらゆる 分野)の世界的な著名人です。内容は、様々 な分野で統計学(特に AIC)がどのように 利用されているのかを各分野の一線の研究者 が述べています。これを読んで、いろいろな ことに関われる統計学は面白いと感じたわけ ですが、当時は大学で働くなどとは夢にも 思っていなかったので、「研究を決めた一冊」

にはやはり該当しないと思います。

(理工学部経営システム工学科助教 統計学)

(10)

私 の 研 究 を 決 め た 一 冊 私 の 研 究 を 決 め た 一 冊

『毛利衛、ふわっと宇宙へ』

(毛利 衛著、 朝日新聞社)

長 谷 川 美 貴

HASEGAWA Miki

青山スタンダードで「色」と物質開発に関す る講義をしている。例えば、青色レーザーを用 いると稲は五毛作で収穫でき、無農薬の高層型 田んぼが実現する。近未来に人類が火星など別 の惑星に引っ越した時にも、太陽からの距離と 関係なく穀類が生産されることになる。

1992 年 9 月、毛利衛氏の乗ったスペースシャ トル「エンデバー」がケネディ宇宙センターか ら打ち上げられた。『毛利衛、ふわっと宇宙へ』

はその直後に出版された。毛利氏は日本人で初 めてのプライム・ペイロード・スペシャリストで ある。彼は北海道大学の助教授(現在の准教 授に相当)のときに選ばれ、宇宙飛行士に転職 した。現在は日本未来科学館の館長である。

この本をひらくと、毛利氏がスペースシャト ルから撮影した美しい日没の写真が目に留まる。

心がわくわくする。彼の任務は、地上から 300 km 離れた無重力の世界で専門(化学)以外の 分野も含む 34 種の実験を 8 日間で行うことで あった。NASA での訓練は 7 年間に及び、実 験に必要な技術の訓練だけでなく、身体の鍛練、

異国から集まったクルーとのコミュニケーショ ン、特殊空間での自律神経のコントロールなど、

実に多彩で厳しい。ミッション実行までの道の りや、素直な感情表現に感動し何度も読んだ。

同じ頃、自分と将来の職業と、研究者として の適性と、研究への興味とのバランスの中で、

私は不安定な岐路に立たされていた。高校の先 生になるか、博士課程に進学するか。両親も進 学に関しては寛容であったが、自分には博士号 を修得してからの将来がまったく見えないでい た。そんな私をみかねて「毛利さん大好き!」

を察した父が、この 本を預かるよ、の一 言を残し、あるパー ティーに出かけそし てサイン付きで返し てくれた(写真参照)。

毛 利氏のサイン に飛び上って喜ぶ と「Reach for the stars!」が目に止ま る。進 学を強く勧

めてくれていた恩師の名前は、「星」教授であ る。「毛利さんとの縁を信じよう」ということで、

それ以上深く考えずにありがたく研究者への道 を歩み始めた。嘘のような本当の話である。毛 利氏は、父の出身研究室の後輩にあたり、彼ら の恩師の紫綬褒賞受賞祝賀会がタイミングよく あったことも、私の将来を今日に導いた。

「色」の講義では、文系と理系の学生の違い とその利点を目の当たりにする。若いうちは互 いの考え方や伝え方を理解する場は貴重だ。資 源の少ない日本で今の経済力を保持するために は文系力も理系力も不可欠だからだ。宇宙から 見た陸地には、国境はみえないそうだ。毛利氏 が受けた訓練になぞらえるのであれば、異なる 環境から集まった人々は互いの違いを理解し尊 重しながら率直な意見交換を交わし、境界領 域からより良いものを創出できる柔軟性を会得 できるはずである。この本を久しぶりにひらき、

研究も教育も初心にかえることを忘れないよう にしたいと改めて思った。

(理工学部准教授 錯体化学)

特集

(11)

私 の 研 究 を 決 め た 一 冊 私 の 研 究 を 決 め た 一 冊

『世界の調律─サウンドスケープとは何か』

鳥 越 け い 子

TORIGOE Keiko

大学で専攻したのは「音楽学」だが、その 後、私が一貫して携わってきたのは「サウン ドスケープ研究」である。

社会に出てからは特に、「サウンドスケープ

[soundscape]」の考え方に基づく各種の実践活 動に携わってきた。日本各地の音文化の調査研 究をおこないつつ、環境デザインからまちづく り、環境教育に至るプロジェクト、都市をフィー ルドにしたワークショップ等を手がけている。

このように、私の「音楽」の世界を「サ ウンドスケープ(音の風景)」へと広げたの が、その用語の提唱者であるカナダの作曲家、

シ ェ ー フ ァ ー[R. Murray Schafer /1933-]

の主著、『世界の調律』(写真は 2006 年に出 された普及版 / 邦訳初版は 1986 年)である。

大学の学部3年のとき、現代音楽の雑誌 を通じて「サウンドスケープ」という言葉に 偶然出会った。その考え方をもっと知りたく て、当時出たばかりの原著、The Tuning of the World (1977)を入手した。

そこには「海の声/風の声」から「鳥の 歌/虫・動物の音」に至るまで、実に豊かな

「自然の音」についての記述があった。当時 の私は、ケージ [John Cage/1912-1992]が ノイズを音楽にしているのなら、「虫聴きの 会」のような自然界との美的な交流を、音楽 学の卒論のテーマにできるのではないか、な どと考え、その方法を模索していた。そのた め、「今日すべての音は、音楽の包括的な領 域内にあってとぎれのない可能性の場を形成 している」というシェーファーのメッセージ には大いに励まされた。

そこには、産業革命が世界の音環境にもた らした変化についての論考や、「聞こえない音

の世界」「天体の音楽」「黙示録の音」等につ いての解説もあった。また、現代のバランスを 失った音環境にその本来の均衡を取り戻す作 業、即ち「サウンドスケープ(という考えかた に基づく)デザイン」の必要性も説かれていた。

この作業を象徴するのが、本書のタイトル と同名の挿絵。地球が、弦を張った楽器の胴 体になっていて、その弦が神の手によって調 律されているというものである。人間の文明 が、地球環境を破壊しつつある今、音の世界 を手がかりに、その調律の秘訣を見いだそう というのが、本書の主張なのだ。

サウンドスケープ論は、「見た目」に限定 されがちな「ランドスケープ(風景)」の「記憶」

や「イメージ」といった形にならない部分を 大切にする。「音楽」をそのひとつの領域と して内包しつつ、それを近代文明の枠組みか ら解き放ち、音風景の歴史と未来を問題にす るこの本の世界に、私の人生はその後、すっ かり巻き込まれてしまった。

というわけで、この本は、私の「研究」と 共に「人生を決めた

一冊」である。その ふところの深さ、地 平の広さに、ときに 翻弄されつつ予期せ ぬ喜びを得る、とい う本書とのつきあい は、今もなお続いて いる。

(総合文化政策学部教授 芸術・環境文化学)

M. シェーファー『世界の調律』

(平凡社 鳥越けい子他訳)

(12)

私 の 研 究 を 決 め た 一 冊 私 の 研 究 を 決 め た 一 冊

私の「学び」を決めた一冊

角 田 雅 昭

KAKUTA Masaaki

研究を決めたという場合、研究者になるこ とや研究の方向性を決めたこと、あるいは研 究上の突破口となるような新しい一歩に導か れたことなどが考えられる。私の場合、その すべてにあてはまってしまう一冊がある。こ れまで、その本には何度も助けられ、なにか あると、いつもその本のもとへ戻ってきてい た。そもそも、その本に出会わなければ、研 究の世界へ誘われることもなかった。

それは 2003 年の初夏だった。当時、私は大 学の教育学部を卒業後、サラリーマンを経て、

公立の障害者施設の生活支援員をしていた。

おりしも国によって社会福祉基礎構造改革が 進められ、新しい契約制度がスタートした直後 だった。新制度では、これまでの問題が解決 され、あたかもバラ色の未来が広がるかのよう に喧伝されていた。一方、当事者などからは、

すでに新制度の課題が指摘されはじめ、さら なる改善を求める声も聞こえてきていた(事実、

その後 2006 年に再び改められることになる)。

しかし、当事者といっても、改革作業に直 接参画しない多くの障害者や、彼らとともに 日々過ごしていた支援員の私には、新制度は もちろん、その批判までもなぜか遠い世界の 物語のようにしか思えなかった。これは、無 関心だからではない。制度が変わって一番大 変なのは、いつの時代も最前線である。そこ では否応なしに制度に合わせなければならな いため、無関心ではいられなかった。ただ、

変化といっても、まるで雲に覆われて下から は見えないお天道様の動きのようで、本当に 晴れてほしい鈍色の雲は立ちこめたままだっ

た。それゆえ、どこか他人事のようにしか思 えなかったのである。

こうした晴れない思いを抱きながら、救いを 求めて書店で手当たり次第福祉の本をみてい た、ちょうどそのとき、偶然、隣の教育コーナー の一冊に目がとまった。それが『「学び」とい うことの意味』(佐伯胖、岩波書店、1995 年)だっ た。恥ずかしながら、教育学部卒にもかかわ らず著者のことを、(当時本学文学部の教授で あることも含めて)そのとき知らなかった。と ころが、その本をひらくと、一人一人の人間に きちんと向き合うことの大切さが、正々堂々と 論じられ、福祉や教育という垣根を越えて、い つのまにか引き込まれていた。とくに、「人は 生まれたときから、己をとりまく文化になじみ、

その文化の発展と新しい文化的価値の創造へ 参加しようとしている」(同書、p.132)ことを 公理であると宣言し、たとえ病気や障害で寝た きりの人であっても、人は文化へ「参加」して いるというくだりは、まさに一筋の光明のよう に思えた。そして、気づいたときには、自分も 本学の門をくぐり佐伯ゼミに「参加」していた。

この本との出会い以来、私はいかなる時で も、希望をもって他者とともに「生きる」こ とを確信できるようになっていた。そして制 度についても、現場の日常的な目線から見つ め直す必要性を痛感している。それゆえ、人 と関わる現場の人はもちろん、それ以外の人 にも、ぜひ手にとって「参加」することをお 勧めしたい一冊である。

(社会情報学研究科 博士後期課程 1 年)

特集

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私 の 研 究 を 決 め た 一 冊 私 の 研 究 を 決 め た 一 冊

私の研究を決めた一冊

町 田 祥 弘

MACHIDA Yoshihiro

『監査理論の構造』(R.K. マウツ、H.A. シャ ラフ著、近澤弘治監訳・関西監査研究会訳、

中央経済社、1987)。

「研究を決めた一冊」というリクエストに、

簡単に一冊に絞れる学者はなかなかいないの ではないかと思います。私のように比較的短 い学究生活であっても、数多くの文献に出会 い、徐々に研究姿勢や思考方法が形作られて きているからです。そうした中で、無理にで も一冊を挙げるとなると、上記の文献になり ます。本書は、日本のみならず、世界の監査 研究にとって、そびえ立つ山のような存在で あり、監査論研究者であって、本書を手にし ない者はいないという文献です。

本書は、実務家であるとともに監査論研 究の権威であったマウツ氏が、哲学者のシャ ラフ氏と共に著したもので、その原書名が、

The Philosophy of Auditingであることから分 かるように、単に監査や監査実務を説明する のではなく、監査という領域に対して、「考 える方法」を扱う学問である哲学の成果を随 所に用いて、緻密な論理展開によって、監査 を包括的に検討しています。おそらくは、マ ウツ氏が、監査を一つの学問領域として体系 化すべく、哲学者のシャラフ氏の助力を求め て書き上げた研究書なのではないかともいわ れています。

私の場合、本書には、自ら求めて出会っ たわけではありませんでした。大学院生の頃、

監査に関するテーマで論文を書こうとして取 り組んでいると、どんなテーマであろうと、

先行研究が本書を取り上げていたり、あるい は、本書の記述の中に、関連性のある記述を 発見したりということが続いたのです。そう した経験を繰り返すうちに、ふと、われわれ は本書の研究の枠内で、必死に走り回ってい るだけではないのか、という思いを抱くよう になりました。実際に、本書で扱われている、

監査規範の構造、監査証拠、さらには適正性 の概念等々の議論は、今なお色褪せることな く、監査研究の理論的基礎を提供しています。

 本書以降、実証主義的な研究手法の台頭も あって、監査の領域では、包括的な理論研究 があまり行われなくなってしまいました。し かしながら、本書が提示したさまざまな検討 課題に、その後の監査論研究は、必ずしも十 分に答えてきたとはいえないように思います。

最近では、日本においても、漸く資本市場 の重要性が広く認識され、独立的な立場で企 業の財務情報等をチェックする監査の役割や 監査人の責任に関心が集まるようになってき ました。まさに、今、「監査の時代」が到来 しつつあるという状況下にあって、監査とは 何か、監査規範はいかにあるべきか、といっ た問題が問い直される必要があると思われま す。本書が目指した監査の「学」としての定 立や、新たな状況を踏まえた監査理論の再構 築が、今こそ求められている時代はないとも いえるでしょう。

私自身も、再度、本書に「出会う」必要が ありそうです。

(会計プロフェッション研究科教授 財務会計・監査)

(14)

私の一冊、オススメします!

『図解雑学 ローマ帝国』阪本浩 (文学部史学科 3 年)

イタリアの首都、観光名所としての「ローマ」の名前は知られていても、その名前を冠 した大帝国について詳しく知っている人は少ないでしょう。知っていても、高校の世界史 などで暗記した程度の人が多いと思います。

しかし、西洋文明はローマの七つの丘から発したと言われたことがあるくらいに、ロー マ帝国という存在は今日にまで影響を及ぼしています。当然その影響は、西洋文明を吸収 した日本にまで及んでいます。

この本では「図解雑学」の名前が示す通り、数多くの図や絵を使い、2000 年ほど前の帝 国ローマについて、非常にわかりやすい説明がなされています。容易に理解が可能である ため、ローマ帝国について詳細な知識を持たない人にもお薦めできる一冊です。

『フェルマーの最終定理』サイモン・シン (文学研究科英米文学専攻)

数学史上最大の難問「フェルマーの大定理」が発案されてから 350 年の後に解決される までを描いたノンフィクション。フェルマーの定理と偉大な数学者たちとの闘いを軸にし ながら、エジプト、ギリシャからの数学の発展の歴史や数の不思議な性質など魅力的な挿 話を折り込み、500 ページをこえる大作にも関わらず、まったく読者をあきさせない。数 学の話はやや解りづらい部分もあり、雲をつかむような机上の空編がほとんどだが、数学 者たちの「知りたい」という純粋な欲求と情熱に胸が熱くなる。読後に心地良い頭の疲れ を感じた。

『池袋ウエストゲートパーク』石田衣良 安本 日香理(経済学部経済学科 3 年)

ドキドキしっぱなしの、ミステリー小説。

ドラマでは有名な、IWGP(池袋ウエストゲートパーク)。

池袋を舞台に、マコトとその仲間達が繰り広げる、サスペンス小説!マコトは、ごく普 通の八百屋の息子。だが、一歩池袋の街に出ると、沢山の人が助けを求めてくる。そんな人々 の心の問題や、騒動に真正面から立ち向かって、解決へと導くスーパーヒーロー!の物語 です。

街のギャングと勝負したり、探し人を見つけたり、引きこもりの男の子を社会へと飛び 出させたり。と、次々難解な事件が出てくるが、持ち前の体力、気力、精神力を生かして、

挑戦していく姿は、私も負けてられない!と、勇気づけられます。

『先生はえらい』内田樹 山口 理沙(文学研究科教育学専攻 博士前期課程)

本書はちくまプリマー新書であり、中学生、高校生をも視野にしたものであるが、大学 生に対しても示唆するものである。師弟関係、師匠との出会いとは、学ぶ側が自ら見出す 以外にないと著者は語る。このことを認識せずとも大学は卒業できるが、いささか挑発的 に、「師匠を見出す」というスタンスで大学生活を送ることは、より充実を得られるチャン スではなかろうか。師匠が見出せなかった場合の保証をこの本に求めることはできないが、

何も大学内にのみ師を見出すことがすべてではなく、広義に実りある大学生活を送る為の 人との出会いからの学びをこの本は期待させてくれる。

(15)

学生の皆さんからお寄せいただいたアンケートの結果をご紹介します。

『ユダヤ人』J-P. サルトル (法学部 3 年)

本書は、ヨーロッパで問題となったユダヤ人迫害・差別について、気づきそうで今まで 気づかなかったヒントを出してくれた。そのヒントとは、ユダヤ人というレッテルを除け ば、各々は何も差別される要因がないということである。

つまり、迫害や差別は、される側に要因があるのではなく、する側の偏見や見識のない ところに問題がある。

サルトルのこの見解は今日の問題にも通用する。特に、反中・反韓感情が高い現在、「○

○人」という枠に当てはめて、全てを嫌っているように思える。

ある側面だけで差別することの危険性と愚かさを本書は教えてくれる。

『悩む力』姜尚中 小池 梓(文学部心理学科 1 年)

「悩む」とういう一見ネガティブに思われることを肯定した一冊。

“神経症の時代”と言われる現代を「悩み抜いて」生きていくことを著者は勧めている。

忙しない現代において、一つ一つ自分なりの「答え」を出して生きて行くことを勧めてい るのだ。特に、「愛」についての項目は、恋人との「愛」、また親との「愛」に悩みがちな我々 のような大学生の年代に是非読んでおきたい。なかなか聞くことのできない「大人の恋愛 哲学」が本作にはある。他にも「自己」、「金」、「労働」、「老い」等の人生になくてはなら ないことに関する著者の人生哲学が記されている。

『だから、あなたも生きぬいて』大平光代 (経済学部経済学科 2 年)

この本は私が中学生のとき友達に薦められて読んだものです。

大平さんのいままでの人生が書かれています。辛いいじめや自殺未遂を乗り越え、今で は弁護士として活躍されています。

私はこの本がきっかけで法律に興味をもち、その道に進もうと決意しました。

進む道が法律関係でなくても、悩んだとき元気づけてくれ、前向きになれる本だと思い ます。多くの人に読んで頂きたいです。

『自省録』マルクス・アウレーリウス (国際政治経済学部国際政治学科 2 年)

ストア派は、禁欲と自然にそった生活を重んずる。その考えを信奉する著者は、ローマ 皇帝の身分ながら名声や華奢を求めることはなかった。彼は寛大であることを常に心がけ、

自身の暗殺計画に加担したとも噂された皇妃を良妻として賞賛している。

本著での著者自身に対する戒めと言葉は、聖書の中のそれらと同様、一つ一つが重みを 持っている。「哲人皇帝」の数々の言葉は、現代人の心にも日々の慰めとして、また人生の 教訓としても益するものになりうるであろう。

(16)

毎年恒例になった感のある秋の特集「私の一冊」ですが、今回は教員だけでなく学生の方た ちにもオススメの本を伺ってみました。みなさんも図書館に足を運んで自分にとっての「一冊」

に出会ってみませんか。 (倉松 中)

青山学院大学図書館報“AGULI”第 83 号 2008 年 11 月 1 日発行  表紙・絵/市川昭裕(大学図書館職員)

編 集 青山学院大学図書館報編集委員会・大学図書館広報担当 TEL. 03-3499-1402 FAX. 03-3407-4472 発 行 青山学院大学図書館 〒 150-8366 東京都渋谷区渋谷 4-4-25 http://www. agulin. aoyama. ac. jp/

青山学院スクール・モットー 地の塩、世の光 The Salt of the Earth、 The Light of the World

編 集 後 記 編 集 後 記

相 模 原 キャンパス

万代記念図書館(相模原キャンパス)

本 館(青山キャンパス)

キャンパス

テーマ 開  催  日 一回目 二回目 会場

万代記念図書館 3 階 グループ学習室C

データベース 開  催  日 一回目 二回目 会場

「JapanKnowledge」(ジャパンナレッジ)

「D1-Law.com」(ディーワン-ロウ ドット コム)

「EBSCOhost」(エブスコホスト)

「eolESPer」(イーオーエル エスパー)

「ProQuest」(プロクエスト)

12 月 1 日(月)

12 月 2 日(火)

12 月 3 日(水)

12 月 4 日(木)

12 月 5 日(金)

13:00 ~ 13:00 ~ 13:00 ~ 13:00 ~ 13:00 ~

15:00 ~ 15:00 ~ 15:00 ~ 15:00 ~ 15:00 ~

万代記念図書館3階 グループ学習室C

■ 図書館ガイダンスのお知らせ ■

■ リサイクル・ブック・フェアのお知らせ ■

図書館で不要になった本および雑誌を利用者に無料で提供します。

開催日時 12 月 4 日(木)~ 8 日(月)

平日/ 9:30 ~ 21:00  土/ 9:30 ~ 20:30  日/ 12:30 ~ 18:30 会    場 図書館3階グループ閲覧室 B

開催日時 12 月 17 日(水)~ 19 日(金)9:30 ~ 19:30 会    場 図書館1階点字用ブース

◯テーマ別レポート作成ナビ [所要時間 60 分(19 日(水)のみ 45 分)]

レポート・論文を書くために役立つ情報収集のツールや文献探索方法について、テーマごとに案内します。

事典・辞書機能データベース講習会 〜 JapanKnowledge /日国オンライン〜

11 月 14 日(金)16:30~17:30  会場:図書館1Fマルチメディア室

◯データベース利用説明会 [所要時間 60 分]

提供元担当者による各種データベースのデモンストレーションを実施します。

※各回、定員10 名です。前日までに2 階レファレンスカウンターへお申し込みください。定員になり次第、締め切ります。

 (定員に満たない場合は当日も受付けます。)

11 月 17 日(月)

11 月 18 日(火)

11 月 19 日(水)

11 月 20 日(木)

11 月 21 日(金)

11:00 ~ 11:00 ~ 11:00 ~ 11:00 ~ 11:00 ~

15:00 ~ 15:00 ~ 15:00 ~ 15:00 ~ 15:00 ~ 基本的資料の探し方

法律情報の探し方 新聞記事の探し方 企業情報の探し方 英語文献の探し方

新語や流行語を網羅した用語事典、大型英和辞典、経済誌記事など、約 30 のコンテンツを一括検索できる

「JapanKnowledge」と、『日本国語大辞典』(第 2 版、全 13 巻)のオンライン版「日国オンライン」の 2 種を、

外部講師を招いて詳しくご紹介します!レポート作成に欠かせない事典・辞書の活用方法が学べます。

参照

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先ほど申しましたように、私は同志社大学の文化情報学部という学部に所属しておりま

すなわち、高血糖だけでは説明できない病態が存在

 「研究雑話」ということで、何を書こうかと机上

(回答) Whitaker がノ ースウエスタン大学を勧