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昭和51年の春、私は奈良文化財研究所に入所し ました

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奈文研ニュースNo.44

裔退職のひとこと

夢醒めてみれば、、。

 昭和51年の春、私は奈良文化財研究所に入所し ました。それまで続いていた複数採用の最後の年で した。小林謙一、巽淳一郎、清水真一の諸氏が同期 生でしたが、皆さん私よりも一足早く奈文研を去ら れました。当時は皆まだ20代の若さで、中でも私 は右も左もわきまえない最年少者でしたので、いろ いろと面倒をおかけしたことをほろ苦く思い出しま す。発掘調査も、まだバブルの最末期で、3ヵ月現 場、3、000〜4、000 「ほどが普通で、作業員も15人 班の4班体制でした。地元採用の作業員、全60人

で、作業長、副作業長、班長4名、2名ずつの副班 長とヒエラルキーが整っており、今思えばいろんな 意味で凄い活力にあふれた現場だったような気がし ます。ただ調査員のありようは、私の独断的感想で すが、全般的に余り統率されていない個人主義的行 動パターンが色濃かったのではなかったかと、自省

をかねて思い起こしています。

 私白身は、とにかく訳がわからないままに、無我 夢中で過ごしてきたというのが実感です。平城第二 調査室から第一へ、そして藤原第一から第二、飛鳥 資料館、平城第一と移り、その先は文化庁。6年ぶ り奈良に帰還し平城第三から第一に移り藤原へ行き 国際遺跡研究室へと経巡り、最後は振り出しの平城 でアガリという、むしろめまぐるしい奈文研人生で した。ついに居所定めがたしというところで、いろ んなことがありましたが、夢から目覚めてみれば、

36年前のあの頃と同じ心象風景の中に佇んでいる かのようです。

 もう一度繰り返してみたいかナ?

 いや、もう十分ダナ。   (副所長 井上和人)

−7−

飛鳥資料館で作業する執筆者(1985)

参照

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