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産屋習俗 の 終焉過程 に 関 す る 民俗学的研究
板橋春夫はじめに❶産屋に関する先行研究と民俗思想❷東北地方(青森・岩手・宮城)の産屋❸山形県西置賜郡小国町大宮のコヤバ❹静岡県浜松市のコヤ❺愛知県北設楽郡東栄町のサンゴヤ
[論文要旨]
産屋が利用されなくなって久しい。産屋が遅くまで残った地域でも昭和三〇年代がおおむね終焉時期となっている。産屋習俗の終焉の要因は一様ではない。本研究のテーマは、なぜ産屋習俗は終焉を迎えたのかという根源的な問いである。私たちは、産屋とは主屋と別に小さな建物を建て、そこに産婦が血の穢れのために家族と隔離されて食事も別にする施設であると学び、産屋を穢れからの隔離・別火というステレオタイプ化された視点で認識してきた。しかし出産の穢れからの隔離・別火が所与のものでないとすれば、産屋の本質はいったいどこにあるのであろうか。本論文が産屋習俗の終焉過程に注目する理由の第一点は、現在(=平成二〇年代)が産屋体験者から直接話を聞ける最後の機会であること。産屋体験者からの聞き書きは緊急性を有し詳細な記録化が望まれる。第二点は産屋の終焉から過去に遡れば当該地域における産屋の変遷過程を明らかにできると考えた。現時点で伝承者からきちんと聞き書きを行うことは重要であり、産屋習俗の終焉過程の研究にも資するのである。 先行研究では、産屋の発生は神の加護を得る籠もりにあるとされる。牧田茂・高取正男・谷川健一の所説は、産屋の原初的形態に視点を置いた論理である。実際に原初的形態を彷彿とさせる民俗事例が各地に伝承されているが、それをもって現行習俗を古代へ飛躍させるのは論理的に危険が伴うであろう。事例で取り上げた山形県小国町大宮のコヤバは、明治二二年以前は出産の都度小屋を建てていたが、警察署長の意見で常設のコヤバになったとされる。仮設から常設へ変化する傾向は、福井県敦賀市池河内の事例からも明らかである。福井県敦賀市白木のサンゴヤは、昭和五〇年代まで使用されており全国で最も遅くまで利用されていた。常設化の産屋は伝統を守りながらも、滞在期間の短縮化、休養の場の拡大化など、地域に応じた多様なあり方をみせている。【キーワード】産屋(うぶや)、サンゴヤ、コヤバ、オビヤ、デーベヤ、出産、別火、共助、休養
A n E th no gr ap hic S tu dy o f t he P ro ce ss o f D yin g O ut o f U bu ya
ITABASHI Haruo
❻福井県敦賀半島のサンゴヤ❼京都府福知山市三和町大原のウブヤ❽三重県志摩市越賀のオビヤ❾香川県観音寺市伊吹島のデーベヤ産屋をめぐる民俗まとめと課題