有機化学
第1章「有機化合物と化学結合」
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※1年の「化学」の教科書にも登場する話がたくさんあります。この文章中では、その教科書を『Timberlake化学』と呼びます。
「有機化合物」と「化学結合」の基礎を学ぶ章です。高校や大学の「化学」でも勉強したと思います。まず、『有機化合物』は有機化学の対象となる化合物です。具体 的には、「有機化学とは?」で紹介したように、炭素の鎖に水素が付いた化合物およびその関連化合物(水素原子を他の原子や『官能基』で置換した化合物)というこ とになります。
次は『化学結合』です。有機化合物の骨組みは『共有結合』ででき上がっていますから、共有結合をよく理解しておいてください。共有結合も、紹介済みです。
分極・極性
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(Timberlake化学の第10章を参考にしてください。)
「分極と極性」です。『分極』とは、ひとつの分子の中で電気的な偏りができた状態です。そのような分子を表すには、この分子には『極性』がある、これは極性分子
である、などと言います。なぜ分極するか…いろいろ理由があります。代表的なものを3ページで紹介します。
Y
X
••電気陰性度の違いによって...
Y
が少し大きい
Yが大きい 同じ
Y
X
••X
δ+••Y
δ-X +
••Y -
極性分子 イオン結合性分子 共有結合性分子
H2のような分子
共有電子対はいつも原子間の 真ん中にある訳ではない
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共有結合のでき方を思い出してください。二つの原子がお互いの『不対電子』をもち合う(共有する)ことでできる結合です。この時、『共有電子対』(共有された電 子対)は、二つの原子の核の間のどこに存在するか、を考えてみましょう。共有電子対の位置は、二つの原子の『電気陰性度』の影響を受けます。電気陰性度とは、電 子を引き付ける力の尺度、これまでに何度も勉強したことがあると思います。(注)教科書の表1.2(p5)の電気陰性度の値は、一般に記載されているものと違うもの があります。
まず、図のいちばん左の関係は、例えば、水素分子のように同じ原子2個からできた分子に当てはまるものです。つまり、XとYがどちらも水素原子で、電気陰性度は 同じ、という場合です。この場合は、同じ力で共有電子対を引っ張るので、電子対の位置は2個の原子核の中央に来ます。その結果、XもYも電気的に中性です。綱引 きで、対戦チームの引く力が同じである時、ロープの中央が動かない、という状況に似ています。
次に、中央の図の関係、YがXより少し大きい電気陰性度をもつ場合は、共有電子対はY側に少し寄ります。これは、Xが提供した不対電子を少し引っ張り込んだ状態 です。つまり、自分の不対電子と少し引っ張り込んだXの不対電子のおかげで、Yは少し負電荷が多い状態です。この状態を表すために、δー(デルタ・マイナス)と書 きます。一方、Xは自分の不対電子をもっていかれたために、少し正電荷を帯びます。δ+(デルタ・プラス)と書きます。この表現をよく覚えておいてください。
δは、英語のアルファベットのdにあたり、「差」を表しています。
最後は右側の図で、YがXより大きな電気陰性度をもつ場合です。この時は、共有電子対は大きくY側に寄り、Yが帯びる負電荷は大きくなります。一方、Xは正電荷
を帯びます。YーとX+となり、イオンというお馴染の状態です。「分極の程度が大きい、小さい」という表現は曖昧なので、正確には、『双極子モーメント』という数
値を使います。これは、p7で登場します。
【余談】一原子で一分子であるヘリウムも分極します。なぜ分極するかというと…原子核の周りを回っている電子は『電子雲』という雲のようなものとして捉えること
ができる、ということを思い出してください。この雲は、いつも一定の濃さを保っているわけではなく、ある時は、こちらで濃い雲(電子密度が高→相対的に負)、あ
ちらで薄い雲(電子密度が低→相対的に正)という状態が生じます。これは分極状態です。雲の揺らぎなので、一瞬後には状況が変わります。この話については、メタ
ンを例としてTimberlake化学のp137に登場しています。
電気陰性度の違いにより、
共有結合を作る電子が、O側 に寄る。そのために、Oは少 し になる。逆に、Hは少し になる。その結果、δ
+と δ
-間に電気的引力が生じ る。それが...
δ-
δ+ δ+
δ- δ+δ+
水素結合
例)水
水の沸点は100℃、硫化水素(H2S)の沸点は-60.7℃。
水素結合 (Hydrogen Bond)
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(Timberlake化学のp137を参考にしてください。)
極性が分子の性質に大きく影響する場合があります。代表的な例は、水の沸点(『bp』 boiling point)です。よく知っての通り、水はH2Oという分子です。そして、酸 素の電気陰性度は水素のそれよりも大です。その結果、酸素はδー、水素はδ+という状態になります。これが水の集団にどの様な影響を及ぼすかというと、図のよう に、水分子同士が酸素のδーと水素のδーで電気的に引き合うことになります(『静電的引力』が生じる、と言う)。水素原子を介して結合していることから、『水素結 合』や『hydrogen bond』(略してHB)と呼ばれます。
水素結合の影響が、水の沸点にどのように表われているのでしょうか。水分子H2Oと似た構造をもった分子に硫化水素H2Sがあります。酸素がイオウに変わっただけで すが、沸点は160度違います。水素結合は弱い結合ですが、数が集まると、このような結果を引き起こします。OとSの電気陰性度を調べて、比較してみてください。
クラスター(cluster)という言葉をよく耳にします。水分子はクラスター化していることが知られており、水分子を引き付け合っているのは、水素結合です。ただ、こ
のクラスターは安定なものではありません。
共有結合を作る電子 が、NHではN側に、CO ではO側に寄る。そのた めに、NとOは少し にな る。逆に、CとHは少し になる。その結果、
が生じる。
水素結合
例)ペプチド結合
水素結合
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(Timberlake化学のp140を参考にしてください。)
もう一つ水素結合の話題です。種々の生体分子が水素結合を利用しますが、例として、タンパク質分子中に生じる水素結合を紹介します。タンパク質は『アミノ酸』が
『ペプチド結合(-CO-NH-)』で繋がった化合物です。この時、C=OのCはδ+、Oはδー状態、一方、NーHのNはδー、Hはδ+状態です。それぞれの原子の電気陰性度 を調べてみてください。この分極の結果、空間的に近いOとHが水素結合を作ります。このペプチド結合間に働く水素結合はタンパク質の構造維持に寄与しています。
【余談】『DNA(デオキシリボ核酸)』も『核酸塩基』間に多くの水素結合を作るということは知っていると思います。この水素結合は、自分の相手となる塩基を認識
するという役割が大きく、核酸の構造を維持するという役割への寄与はそれほど大きくありません。
q+ q-
Y
X
δ+•• δ-X +
••Y -
結合の極性と分子の極性
• 次のような状態について、極性の大きさを『双極子 モーメント』で表すことができる。
• 双極子モーメントはベクトルなので、分子の形に よっては、打ち消しあって分子の極性が消える。
✓ H-O-H(V字型) 極性は消えない
✓ O=C=O(直線型)、CCl4(正四面体) 極性は消える
- 簡単な見分け方: の中心と の中心がずれていたら、分子の極 性は残る。
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(Timberlake化学のp135~136を参考にしてください。)
p3では分極の程度が大きい、小さい、という表現を使いました。これでは曖昧で、比べることができません。実際は、『双極子モーメントμ(ミュー)』で表します。
μ=qr(qは電荷、rは電荷間の距離)で表され、正電荷から負電荷へ向うベクトルです。ところで、双極子とは正と負の極の一組のことです。
極性の話をする時、2原子分子では結合の極性と分子の極性は同じ話です。しかし、多原子分子になると、結合の極性と分子の極性を分けて考える必要があります。双 極子モーメントはベクトルであるということを頭に入れて、図を見てください。(Timberlake化学の図が見やすい。)
まず、水分子には、このベクトルが2本あります。水分子はV字型をしているので、そのベクトル和はゼロではありません。つまり、水では分子も極性をもっています。
二酸化炭素も2本のベクトルをもっていますが、直線型分子のためにベクトルの和はゼロ、つまり、分子の極性は消えます。正四面体型分子である四塩化炭素は4本の ベクトルをもっています。しかし、分子の形によってベクトル和はゼロとなり、極性が消えます。
分子が極性をもつかどうかを判断する簡単な方法として、
1.正電荷の中心と負電荷の中心を考える。
2.二つの中心が重なる 分子に極性なし、 重ならない 分子に極性あり
というものがあります。例として、水分子を挙げます。 はδ+の中心位置(平均位置?)、 は、Oと重なっていますが、δーの中心位置です。二つがずれているので、
水分子の極性は消えません。
100%イオン性だったらこの値
r
q+ q-
クーロン
共有結合性+イオン結合性
• 双極子モーメント μ=qr
✓ 単位は C•m または D(デバイ)
•
HClの双極子モーメントはどのくらい?
✓ 測定値:
μ測 = 3.44 10-30 C•m✓ 計算値:
μ計 = 1.60 10-19 [C] 1.28 10-10 [m] = 2.05 10-29 [C•m]- 計算 :(3.44 10-30 / 2.05 10-29) 100 = 16.8 [%]
- 結果:HClの結合のイオン性は(たった?) 16.8 %
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引き続き、双極子モーメントの話です。単位はD(デバイ)、聞いたことがないと思います。別の表現はC•m(クーロン・メートル)、電荷 距離という計算式そのま まで、こちらの方がピンとくると思います。
この双極子モーメントを使って、ある計算をしてみましょう。HClはイオン結合でできた化合物の代表例として登場しますが、それについて検討してみましょう。
HClの双極子モーメントは
測定値:3.44 10^(-30) C•m (測定機械があります、見たことはありません)
計算値:2.05 10^(-29) C•m (これは、正と負の電荷が1.28 10^(-10) m 離れているという状態)
二つの値の違いは、何を意味しているのでしょうか。
(測定値/計算値) 100 を計算してみると、16.8%という値になります。これは、100%イオン結合でできているHClの双極子モーメントは計算値の値になるけれ ど、実際は測定値分の双極子モーメントを示すぐらいしかイオン結合性はない、ということを意味しています。つまり、HClはイオン結合をもった化合物というより は、共有結合性83%、イオン結合性17%の化合物です。
どの化合物も、共有結合性○○%とイオン結合性○○%の結合をもつということになります。水素分子のように、共有結合性100%の化合物はあります。しかし、イオ
ン結合性100%の化合物は知られていません。そもそも電子のやり取りが全くないという結合は存在しないだろう、と私は考えています(少しでも電子のやり取りがあ
れば共有結合性が出てくる)。
•
H
N
• •• •
N
•+3
窒素原子の電子は 5個
H
•N
H
•
H
•• •
•
•
•
窒素原子の電子は 5個
H
窒素原子の電子は 4個
水素原子に1個 使われている
H+ +
電子数1個減
+1H
•N
H
•
H
•• •
•
•
•
形式電荷
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『形式電荷』という言葉を聞くと何やら難しく感じますが、実際は、化学を勉強してきた人は何気なくこれを使ってきています。イオン化合物の右肩に付いている+、
ーです。
教科書ではアンモニアが例として登場します。アンモニアは有機化合物ではないのですが、例としてわかりやすいからでしょう。
窒素の『価電子』は、『孤立電子対』1組と不対電子3個の合計5個です。不対電子が3個あるので、水素原子3個と共有結合を作れます。NH
3のでき上がりです。さら に、窒素はその孤立電子対を使って、もう1個のH+(電子は0個=電子軌道は空)と結合を作ることができます。孤立電子対と『空軌道』が作る結合で、『配位結合』
と言われます。共有結合の一つです。 結果として、窒素の価電子5個のうち1個はH+にとられた形となり、自前の電子は見かけ上4個となります。これは、電子が1個 減った状態で、結合を作る前に比べて電荷が+1となった、ということです。それを表すために、右肩に+を付けます。
形式電荷は、何気なく使っている時は問題ありませんが、迷うと途端にわからなくなります。特に有機化合物の場合は、アンモニウムイオンのように慣れていないこと
もあって、初めは混乱します。練習して、慣れてください。理解と練習のためには、ルイス構造(の式)を使ってください。
X - Y
X • • Y
• Y X • X - Y
均一開裂 不均一開裂
違いに注意
結合の開裂
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有機化合物の反応は、共有結合が切れて、再び共有結合ができて、というものです。この共有結合が切れる、できる、を電子の動きとして表現、そして、理解します。
電子の動きを表現するために、矢印を使います。この矢印ですが、先(頭)の部分を見てください。羽根(正式には何と呼ぶのかわかりません。私は”頭の羽根”と呼ん でいます。)の部分に違いがあります。羽根2枚か1枚かの違いなのですが、この二つは区別されます。羽根2枚は電子2個が一緒に移動すること、これによって結合が切 れ、イオンが生成します。羽根1枚は電子1個が移動すること、これによって結合が切れ、ラジカルが生成します。以上は、単結合の話です。
多重結合の場合も、同様に矢印を使って電子の移動を表現します。しかし、多重結合の場合は、一本の結合が切れても、残りの結合は切れずに残っています。このこと
も覚えておいてください。
酸と塩基
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「酸と塩基」の紹介です。馴染深い話だと思います。
「酸とアルカリ」との違いは…アルカリは水溶液に対して使う言葉です。そして、塩基は水溶液以外のどのような溶液にでも使える、一般的な言葉です。ちなみに、ア
ルカリという言葉はアラビア語由来です。アルコールもアラビア語由来です。
三種類の定義
• Arrhenius (1884)
• Brønsted & Lowry (1923)
• Lewis (1923)
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『酸と塩基』の定義には3種類あります。
まず一つ、1884年にアーレニウスが提案しました。アーレニウスは電解質溶液研究の大家です。続いて2番目と3番目は、ブレンステッドとローリー、そして、ルイス から、偶然にも同じ1923年に発表されました。
まず、略号などの説明をしておきます。酸は英語で acid と言いますので、A と略してあります。赤で書いてあるのは、目立たせるためですが、酸はリトマス試験紙を赤 くするという理由からです。塩基は英語で base と言います。B と略してあります。青で書いてあるのは、リトマス試験紙を青くするという理由からです。形容詞は acidic と basic と言いますが、basic には「基本的な」という意味もあります。論文等で酸・塩基の話に関係して登場する basic は「塩基性の」という場合がほとんど ですので、混同しないようにしてください。
次ページ以降は、具体的な説明です。
陽子
(proton)電子
(electron)水素イオン
(H+)水素原子
(H)Arrhenius
• 酸:AH ⇄ A
-+ H
+•
塩基:BOH ⇄ B++ OH
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アーレニウスの定義です。有名ですので、よく知っていると思います。
酸は、水に溶けてH+を与えるものです。H+のことをプロトン(proton)といいます。図を見てください。一般にプロトンとは原子核中の陽子のことなのですが、実体 を考えると、H+=プロトンです。そのため、酸・塩基の話の時にプロトンという言葉が出てきたら、それはH+のことです。酸はプロトンを与えるものであることから、
英語で proton donor と言います。塩基は、水に溶けて水酸化物イオン(OH-)を与えるものです。
酸 塩基
塩基 酸
共役酸塩基 共役酸塩基
Brønsted & Lowry
• AH
+
B
-⇄ A
-+ BH
✓ 酸:proton donor
✓ 塩基:proton acceptor
- AH + B- ⇨ A- + BH - AH + B- ⇦ A- + BH
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ブレンステッドとローリーの定義です。
単純明快で、農学部で勉強・研究する上でいちばんよく使う定義です。H+(proton)のやり取りで酸・塩基が定義してあり、酸は proton donor、塩基は proton acceptor、これだけです。
ただし、このプロトンのやり取りという定義のために、『共役酸塩基(きょうやくさんえんき、conjugate acid-base)』というものを考えなければなりません。図を よく見てください。酸 AH はH+を放出し A- になります。この A- はH+を受け取ることができます。つまり、A- は塩基になります。塩基 B- はH+を受け取り BH にな ります。この BH はH+を放出することができます。つまり、BH は酸です。プロトンのやり取りの前後で、酸が塩基に、塩基が酸に、と変化します。
共役酸塩基についてはよく理解してください。
X
空軌道
Z
孤立電子対
酸
塩基例)H+ +
X
Lewis
• A( ) + :B ⇄ A(:)B
✓ 酸:electron-pair acceptor
✓ 塩基:electron-pair donor
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ルイスの定義です。
この定義にはH+は登場しません。電子対(electron-pair)のやり取りを考えたものです。酸は electron-pair acceptor、塩基は electron-pair donor です。農学部で は、この定義はほとんどお目にかからないと思います。有機化学の教科書ではp64に登場します。酸は空軌道(電子が入っていない電子軌道)をもっており、そこに孤 立電子対(電子2個)を受け入れることができます。一方、塩基は孤立電子対をもっており、それを空軌道に与えることができまう。
定義に電子対のやり取りが使ってあるために、酸と塩基がゴチャゴチャになる時があります。その時は、プロトンを思い出してください。ルイスの定義に従っても、プ
ロトンは酸です。そこで、こう考えます。プロトンは酸で空軌道をもっている。だから、空軌道をもっているものが酸。混乱した時はプロトンを思い出してください。
有機化学
第1章「有機化合物と化学結合」
終
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