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産業革命と生活水準(2) : ホブスバウム,ハートウエル論争を中心に

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Academic year: 2021

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(1)Title. 産業革命と生活水準(2) : ホブスバウム,ハートウエル論争を中心に. Author(s). 小松, 淑郎. Citation. 北海道学芸大学紀要. 第一部. B, 社会科学編, 15(2): 53-67. Issue Date. 1964-12. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/3842. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 第1 5巻 第 2号. 北海道学芸大学紀要 (第一部B). 昭和39年1 2月. 産 業 革 命 と 生 活 水 準 (2) 一 ボ ブ ス バ ウ ム, ハ ー ト ウ ェ ル 論 争 を 中 心 に. 松. 小. 淑. -. 郎. 北海道学芸大学札幌分校経済学研究室. ia1 Revolut ion and L Yosh i i i rSU : lndustr ro K0ムーAt v l lg Standards. ) で紹介批判したアシュ トソの 「生活水準」 以後, いくつかの諭女が, この問題を め ぐっ 前稿1 ) て発表された2 st ory Review 誌上で行なわれたホブスバウム . なかでも, 昨年の Economic Hi. ) は, その論調の激 しさもさることながら, 方法の相違と問題点の明瞭さに ・ハートウェル論争9 おいて, 注目す べきものであった. 本稿は, この論争を中心に して, 「産業革命と生活水準」 研. 究 の現時点的 整理を目的にするものである.. 周知のように, 生活水準諭争は, 第一次大戦後にはじま った産業革命史像修正 の重要な一環で ある. すなわち, 全般的危機の段階にはいった資本主義をイ デオロ ギ←的に正当化 しようとする. 試 み の 一 環 で あ る. そ の た め, い か に ア カ デ ミ ッ ク な 装い を こ ら し て い て も, 意 識 的 ・ 無 意 識 的 ・ リアリゼイシヨン インクス1. に, 「工業化」 (=資本制生産) の本性についての価値判断と 理論仮説がその根底にあることに なる. 本稿の叙述は, この価値判断や仮説 の検討をあとまわしに して, 生活水準を表わす具体的 諸指標をとりあげることからはじめる. 註. 1) 産業革命期の労働者の生活水準 (北学大紀要14巻2号). i l he Hi t i ta t sm and t s ) or ans (J our Eco s 2 ) woodru任, D: CaPi , Hi . Xvl. Hobsbawm,B: The Br i t i sh Standard of Li vi ng t s .ser , Hi , Rev ,Znd ,1790-1850(Bco , X‐1) he lndus I Revo l d,S:lnves i i t l Po i l tment npt r t 1 on and t ar a ut on (Eco s er , Rev . Hi ,2nd , Consu ,s . ×エー. ) 2. l i i l i l i t t t Kraus sin Bng sh Fer t t a s -1) e er y and Mor y (日co . Hi , Rew.2nd .s , XI ,J: Change i i l I Revol l Har l i twe t t t× e at r a ut erpr onsofthelndus onin Eng 1×) and (J our s , Eco , Hi , R:lnt i ta in 1780- Tay l t t l 1850 (Hi t sand Pover ogres s or saysin Eco y in Br s , XLV, and BS . Hi ,vo , A: Pr l l l l:ed. Carus ‐Wi son) i l Har tweu ving in Eng s ng St andard of Li and, 1800-1850 (Eco t s . R: The Ri . Hi , Rev , 2nd, ser . . I ) 琴野孝: 産業革命と生活水準 (社会経済史大系VI. l l: The St ing the lndus i i I Revo lut tWe i ng dur t andard of Liv r 3) Hobsbawm & Har a scus s on ー on , A Di XV H R I i t - 1 ) s (Bco e v , , ,. 1. 賃. 銀. 生活水準の変動を直接にあらわすものとして, まず考えられるのは実質賃銀指数である, 楽 観 ) 修正説の創始者である, クラパムの有力な拠りどころも, この指数の変動であった. 彼は 「普 的1 通の手織木綿業のような斜陽産業を例外とすれば, 都市ないし工業労働者のいかなるクラスにと 一 53 一.

(3) . 小. 松. 淑. 郎. ) と 結 論 した. y) 上 昇 し た」2 っ て も, 賃 銀 は1790か ら の60年 間に 著 しく (markedl. しかし, この指数の作成は, 実は大きな困難をともなうも のである. 第一に, それは, 貨幣賃 銀と生計費と の正確な統計を必要とする. 第二に, 質銀の国 際比較 でも問題になる生活構造の相. 違が量的に把握されねばならない. 産業革命期 には, 労働と消費とを含め て, この構造が大きく ) 断絶的に変化したと考えられるからである3 . かく して, クラパムの指数も再検討されねばな らなくなる. 〔1〕 貨 幣賃銀 ) ク ラ パ ム の 採 用 し た 貨 幣 賃 銀 は, ボ ウ リ と ウ ッ ドの 統 計 で あ る4 .. ア シ ュ ト ソ は, こ の 統 計 は. 新 しい 研究によ っ て無効にされることはないだろうが, 実際の支払額や労働時間, 労働者 用家賃 ) な ど の 資 料 が 明 らか に さ れ るま で は 不十 分 な も の で あ る と 批 判 し た5 .. ボ ブス バ ウ ム も, こ の 指. 数は, 主として熟練職工の, しか も時間賃率 であるから, 出来高賃率 や, 失業および操業短縮の ) 期 間 を 表 わ し て い な い と し て い る6 .. ) ティ ラ も こ れ ら の 批 判 に 同 意 す る7 . 琴 野 氏 は ま た, ウ ッ. ドのように, 「スコ ッ トランドの 一村の賃銀を以って 多数の農村地方に おける 賃銀動向の典型と ) していることは極端」 であり, 許されない 「軽卒な一般 化」 であるといわれる8 . こ れ らに 対 し て, ハ ー トウ ェ ル は, ボ ウ リ と ウ ッ ドの 指 数 は ト レ ン ドを知 る に は十分である と. す る9). ただ し, 彼の論拠は,. Gayer t o ) や Dean and Co l ! t ) らが これ l z e , Rostow and Schwar. を採用し, ハモンドでさえも, これに基づいて 「統計が物質的改善を示している以上, 改善が存 2 ) と 述 べ た こ と な ど に しか す ぎ な い 在 した と し よ う で は な い か」1 。. 〔2〕 生 計 費 生計費はシルバ リソグの指数である. これはア シュ トンによ って厳 しく批判された. 彼によれ ば, これは, 第一に小売物価指数に基 づかず, 第二に最終消費財 の価格ではなく, 第三に価格の. 相当大きな割 合を占める関税を除外し, 第四に消費財品日の選択が典型的イ ギリス労働者をあら 3 ) わ す に は 不 適 当 で あ る, と い っ た 大 き な 欠 点 を 持 つ も の で あ る1 . か く して ホ ブ ス バ ウ ム は 「実. 際的目的のために, これを基礎にして労働者階級の生計費を一般 化することは, もはや確 実なも 4 ) と 結 論 す る に い た っ た. の で は な く な っ た」1. テイ ラもこの結論を支持し, さらに進んで, 「仮に満足すべき生計費指数が存在 したとしても. こと の性質上, 労働者階級の所得の満足すべき一般的指数を作成す るという, 同様 に複雑な問題 は未解決のまま残るで あろう. ここでは, 物価の場合とおなじような基本的障害たる現存資料の. 不十分さと不確 しかさのみならず, 変化 しつつある労働力 の構造からも新 しい困難が発生してく 5 ) と 述 べ て い る. る」1. 琴野氏は 「物価が, 特に食糧価格が豊凶と需給 の関係で短期間に激 しい変動を繰 返 しているの みならず, その地域間の偏差 も賃銀に劣らず甚だしい. のみな らず, 消費構造, 就中食事内容の 1 6 )と 地域差も少なくな い. 従って生計費変動 の全国的趨勢を指数にすることは全く困難である」 言う. ハートウェルは, 生計費には全く触れずに, 問題を物価に一般化 して, それに関す る現存指数 群 を ト レ ン ドを 知 る に は 十 分 な も の だ と し て い る. も っ と も, シ ル バ リ ン グ 指 数 は Gayer 等 の 不. ) 7 採用もあり黙殺 しているようである1 .. か く し て, ク ラ パ ム = シ ル バ リ ン グ方 式 の 実 質 賃 銀 指 数 は, ハ ー ト ウ ェ ル の 弁 護 に も か か わ ら. ず, 生活水準の数量的表示と しては殆んど役に立たな いように思われる. 特に, 楽観説が, 悲観 -- 54 一.

(4) . 産業革命と生活水準 (2) 説を数量的・客観的に反駁修正しよ うとして登場したことを想起するとき, それは余りにも弱体 なものといわ ざるを得ないのである. ポウリ自身, 「現在, 機械と発明の時代において, 物質的 1 8 ) と述べ, シルバ リソ グをはじ 快適さがいかほど享受さえ たかを示す確実な 計数は存在しない」 め, ギル ポイ, タ ッ カ の 指 数 を も 批 判 した ア シ ュ ト ソ が 「消 費 財 の 質 と 種 類 に お い て の み な ら ず. 人間の必要と欲望とにおいても変化が起こるような長期間にわたる数表を, 間違いなくつくりあ 9 ) と 述 べ た の は 十 分 銘 記 さ る べ き で あ る. げ る こ と は 不 可 能 で あ る」1. それ故に, われわれはテイ ラと共に次のように結論せざるをえない, 「実質賃銀測定をとおし て行なう生活水準問題へのアプロ ーチは, 魅力的ではあるけれ ども, 放棄されねばな らないよう である. 実質賃銀の変動は, ある限られた職種グループに 対して, 誤差の許容範囲で測定されう 2 ). る の で あ る」2. 註. 1 ) 「楽観説」 「悲観説」 の使用は前稿とおなじである, I i lway Age l in ta y Ra ,561. .1 .P 2) C1apham,j , VO , The Ear ,: An Bconomic Histo・y of Moderern Bri 3 ) 産業革命の連続性を主張する論者も, 変化の急激性と大規模性を必ずしも否定していなし・ . さし当り, 矢 8巻5号) 参照, 口孝次郎:産業革命における連続性の問題 (社経史1 t t eenth Century 4) Bowl ed Ki ngdom in the Nine ey sin the Uni , A; Wage Woo d sbetween 1790 and 1860 (Bco,}our ,IX) , G: The Courseof Average Wage t Jour s l d in Eng 8 ( i fthe Worker 0 ‐ 1 3 0 f f 1 9 T T h S d d L 7 n a 5) Asht t e s o on : e a n a r o .Hi ,Sup .Bco , , 1 l i i k 稿 H i t および前掲拙 i t ) em.IX,and Cap a e sm andthe H r ans;ed a s o y , . 6 ) Hobs bawm:Standard,p,48. l i t t 7) Tay i s or:op n Essaysin Eco, Hi ,383 ,c ,( . り) p. 8 ) 琴野:前掲稿, 182ペ←ジ, l: Di i l ) Hartwe s cus s on 9 .137‐138 ,pp . i i i t R d Schwar tuat sh Bconomy t t onofthe Br z: The Growth and F1 uc 1 ) Gayer 0 o s o w a n , 1790‐1850, , 近代経済学的アプロ←チによる景気変動史であるが, 綜合的であり参考になる叙述が含まれている. 但し とりあげた物価変動は卸売物価指数に基づいている. 賃銀変動については本章末尾の図を参照されたい, i l i t 11) Dean, P.and Co : Br sh Economi c Gr owih e , ,1688‐1959 , W, 1 ion and Di t i R l T h d I ent(Eco s t t cont 12) Hammond v s : el u r a e o u n s ,219) , Hi , Rev .1 ,p ,j , A h ペ i ジ ) t t 13 6 ー . s on ,op,c および前掲拙稿8 14 ) Hobsbawm:Standard.p,48. l i t 15) Tay or:op .p ,c ,383 ,. ‐183ペー ジ, 6) 琴野: 前掲稿182 1 l l D i i e は, アシュトソ等によって提起された s c u s s on ) Hartwel 17 ,p ,137 , な お, 彼の 信 頼 す る Dean-Co , 卸売物価指数による生計費測定に対する疑問を考慮していない. 彼らは Gayer‐Rostow‐Schwartz の卸売 . i f bawm; Di on:p s cus s 物 価 で実 質賃 銀 にア プ ロー チ して い る, c p ,131‐132 . , Hobs. lnc e 1860 e 18 ) Bowley: Wag sandlncomein the United Kingdom s , ,p,99 i t 19) Asht on:op , 拙 稿87ペ ー ジ, .c i l t or:op 20) Tay c . .p .383 .. 補 t t ow-Schwar z より, ボウリ, ウッ ド 念のため Gayer-Ros , タッカ等の指数変動を図示しておく.. - 55 -.

(5) . 小. 松. 淑. MV VL. 郷. ′ ′. ラ \. +. 50. RWL. VL RV. Mu「A. 0. M\VA 一. 20. ′. LCL. ぬ MW′L :Money Wages London Artis. \. I Wages R\yL :Rea. MWT. M\~L , //. R\VL. \ノ. London Artis. ー\ /^ Y \. -. へ. 廿 50 :ー. M頂′A:Agr iculturaI Wages(MW) LCL :Li .Ving Costs L- ondon Artis. MWT:Money Wages Texti .le lustry ln(. 』 L. M\yA. 20 LCL. - 56 一. from Gayer , ,Rostow. vartZ and sch・.

(6) . 産業革命と生活水準 (2) ロ. 消. 費. 生活水準を数量 的に表わすものとしては, 賃銀の他に, 消費財の実際の消費量 の変動が考えら. れ る. ホ ブス バ ウ ム は, ク ラ パ ム = シ ル バ リ ソ グ 方 式 の 賃 銀 を 信 頼 で きな い も の と し て 斥 け こ ,. の消費で生活水 準を積極的に測定しようとするのみな らず, 彼はこの指数をもって悲観説を根拠 づ け る 指 標 と しよ う と す る の で あ る1 ) .. 当 然, ハ ー ト ウェ ル と の 間 に激 し い 対 立 が 生 ず る こ と に. なる. 各品目別に両者の主張を検討する. 消費財品目の変化をはじめとする消費構造の相違いつ い て の 理 解 も こ の 中 で説 明 す る こ と に し た い.. 〔1〕 小麦と馬鈴薯. ア シ ュ ト ソ に よ れ ば, 小 麦 の 常 食 率 は, 18世紀 を 通 じ, 継 続 的 に 増 加 し た2 ).. こ の 傾 向 は19世. 紀前半を通じて進行する. 1797年には, 大麦, 燕麦, ライ麦のパンが普通に, 北部では特に 食 , べ られ て い,た が (Eden, F ), 1859年 に は, 大 麦 と燕 麦 の パ ン は 姿 を消 し, ライ 麦 パ ン も 殆 ん . M,. どとるに足 らなくな って, 小麦パ ンが都市 でも, 農村でもひろく 消費されるようにな た (Mc- っ. ) Cul l och)3 ,. と こ ろ が, 1850年ま で は, 小 麦 の 生 産 と 輸 入 は 人 口 増 加 に 追 い つ か ず ち ょ う ど そ の 足 り な い , ) 分だ け 馬 鈴.薯 消 費 が 急 増 して い る4 laman の研究5 ) に基づく ホブス ミウ ム の 主 , と い う の が, Sa. 張である. もっとも, 彼は馬鈴薯消費の増加で直ちに生活水準下落を主 張するわけでもない 慎 . 重に, それが, 黒パ ン一白パ ンがイコール水準上昇という周知のマカロ ック的楽観説を否定する ) と い う の で あ る6 .. こ れ に 対 し, ハ ー トウ ェ ル は 次 の よ う に 批 判 す る. ボ ブ バ ウ ム の 人 口 増 加 と 小 麦増加 の ア ン , バ ラ ン ス は 間 違 い で あ る. Tooke, Port l l l l ら は み な 農 業 生 産 が 人 口 増 加 よ り速 er och , McCu , Mi. ) やか で あ っ た と い っ て い る? 8 ) の推 . 農 業 革 命 は 耕 作 面 積 を も 生産 性 を も 増 大 さ せ た. Drescher 計 に よ れ ば, 1798一1846年 の 小 麦 は, 面 積 で300万エイ カ か ら380万エイ カ に 生産 性 で エ イ カ 当 , り20一24ブ ッ シ ェ ル か ら32一34ブ・ ) は18世 紀 半 ば 9 t ッ シ ェ ル に 増 加 し てい る, と ころ が, Bennet の エイ カ 当 り15ブ ッ シ ェ ル か ら1850年 の26一28ブ ッ シ ェ ル へ の 増 加 を 主 張 し て い る Drescherを . 採 る と 人 口 増 加 率 か ら遅 れ る が, Bennet t では人口と同一歩調をと っている また 馬鈴薯消費. . , の増加は, サラマンの研究にもかか わらず判然したものではない, この消費量の増加が これま , での食品に対する純然たる追加でなくて, より劣質な野菜として小麦パ ンにと て代 た故だと っ っ いう説明は, パ ン消費は減少しつつある, 馬鈴薯は劣質な食物であるという疑わしい仮定に基づ o ) い て い るl .. l l ly and Jones ) の 新 研 究 に よ て Drescher の推計 ボ ブ ス バ ウ ム は, Discussion で は, Hea っ , ‐ l を 支 持 し て い る. Hea 830年までは変 化せず, 30年代に10%, y and Jones では, 小麦生産量は1 2 1840以 後 は40% の 増 加 を 示 し て い るか ら で あ る1 ) . しか し, ハ ー トウ ェ ル は, こ の 新 研 究 か ら依. 然として自説を主張 している. そして更に生産性増大は物価下落をもたらしたということまで主 3 ) 張 し て い る1 .. テイラは, 「多数の人々がますます大量に馬鈴薯を主食にするようにな っ ている」 と同時に , パ ンの転換が既に終っ て 「織鐘の年でもなければ, イ ングラン ドの住民のいかなる人々も 北端 , の 地 方 を 除 け ば, も は や 大 麦 や ライ 麦 の パ ン に た よ る こ と は な い」 と い う1847年 の Por 4 )の 1 ter. 説明を引用 して次のように述 べる. ライ麦から小麦への転換 は生活水準の上昇の説明に, パ ンか ら馬鈴薯への転換は下落の説明に用いられてい るが, この一 つの動きが並存した場 合を何と説明 するか. 結局, バ ンと馬鈴薯の消費パタ ーンの変化は水準の下降を表わす指標と しては疑問であ -5 7-.

(7) . 小. 松. 淑. 郷. る・. 〔2〕 肉 ボ ブスバウムは, 肉の消費量の変動は, 収入の増減に比例し, 生活水準の表示にはより有効な. ) 6 も の と 考 え た1 . そ こ で 彼 は 二 つ の 計 数 を 提 示 す る. 一 つ はロ ン ドンの スミ ス フ ィ ー ル ド市 場 の. 1年を10 0として1841 家畜上場税徴収人収入簿に基 づく屠殺頭数指数. これによると, 人口は180 年 に は 202 で あ る の に, 牛 は146, 羊 は176で し か な い, も う 一 つ の 指 数 は, ロ ン ドン 及 び そ の 他. 地方の皮革消費税収入簿に基づくもの-これは従量課税であるので屠殺頭数の変 動を反映し, か つロ ン ドンと い う 地 域 的 限 界 を も っ て い な い -, こ れ に よ る と, 人 口 は1801年 を 起点 と して1825. 7 ) 年 に は150, 税 収 はロ ン ドン で150, そ の他 地 方 で 135 と な る1 . か く し て ホ ブ ス パウ ム は 肉 消 費. 量に 関するかぎり生活水準の 向上は云えないと結論している.. ) 8 ハ ー トウ ェ ル は, ま ず ス ミ ス フ ィ ー ル ド指 数 の 限 界 を 指 適 す る1 . す な わ ち, ス ミ ス フ ィ ール. ド市場はロ ンドンの肉消 費の全量を供給していない. 別にニ ュー ゲイト他3つの大きな市場に加 land e s s うるに多数の小市場が存在して, 地方屠殺肉や ベイゴン等の貯蔵肉を供給していた. Fu. 9 )に よ れ ば, 18世紀 半 ば, つ ま りロ ン ド ンが よ り 小 さく ス ミ ス フ ィ ール ド市 場 が よ り 大 Goodl nanl. き い 比 重 を も っ て い た と き に 既 に, ロ ン ドン全 消 費 量 の 3 分 の 2 しか 供 給 して い な い. そ し て19. 世 紀 に は ニ ュ ー ゲ イ トそ の他 の 市 場 は ス ミ ス フ ィ ール ドよ り も 速 や か に 成 長 した. こ う・し て, ロ. ンドンの肉消費量はスミスフィ ール ド市場の取扱量をはるかに超えて増加したの であるが, これ は ひ と りロ ン ドン の み に 止ま らな い. 1836年 の あ る 農 業 経 営者 の 語 る と ころ に よ ると, グロ スタ. シ ャ や カ ン パ ラ ン ドの 大 量 の ス ト ッ ク ガ以 前 の よ う にロ ン ドンに で は な く て バ ーミ ン ガム, リ ヴ. ァ プールそ の他 の工業都市に送られるようにな っ た.. こ れ に 対 し, ホ ブ ス パ ウ ム は, ス ミ ス フ ィ ー ル ド資 料 の 採 用 の と き に, そ の 限 界 と し て, 自家. 屠殺および地方屠殺を含まぬ ことを知 っ ている. しかし彼は, 前者は次第に肉屋屠殺にとっ て替 0 ). 彼 は, ハ ー トウ ェ ル が, 1850年 られ た ろ う し, 後 者 は 鉄 道 開 通 後 に 問 題 に な る と 考 え て い た2 に, ニ ュ ー ゲイ ト市 場 は, 主 要 販売 人200人 (1810年 に は13人), 取 扱 量 の 対 ス ミ ス フ ィ ール ド比. 34 / -羊.1 2 , 暁および厭・1倍以上, 地方屠殺肉取扱量, 週800トンに成長したと反駁す , 牛・ / 1 )と, それは鉄道輸送による急増であると身をかわしている. すなわち1850年以後は別の問題 る2 2 ) で あ っ て2 ,. l e の結論 「 1 8世紀の後半 こ こ で は, ス ミ ス フ ィ ール ド資 料 を 使 っ た Dean and Co. 更に19世紀の初めにおい ては一層, 牛 肉供給は人口増加に遅れた」 のように考えるべきだと主張. ) 9 す る2 . し か し, ハ ー ト ウ ェ ル は 納 得 せ ず, 次 の よ う に 述 べ る. 1800年 に 既 に ア イ ル ラ ン ド肉 のロ ン ド. land l ン 輸 入 が 日 立 っ て い る よ う に, ス ミ ス フ ィ ール ド以外 の 供給 源 の 成 長 は大 き か っ た し, Dea. l Co 1年の表 で崩れている. 輸入を入れた供給増は人口増を上ま 780一182 e の主張は, 彼 ら自身の1. わっている÷ そして1820一1850年にはこの増加率 が下降すると想定する理由がない. 農業革命は ) 4 酪畜製品量を大きく増加させたであろう2 , l の ス ミ ス フ ィ ←ル ドは1800年 に お い て そ れ 以 前 よ り 重 要 性 を 失 っ た と い う 主 テ イ ラ は, Fusse. ‐世紀に持ちこむことに反対する. 彼はまた, ロ ンドンの資料は疑 張を, より厳密な検討な しに19 5 ) い もなく全国的傾向を極端にではあるが表わしていると結論している2 . ・ 〔3〕 茶・砂糖・煙草 これらは全部輸入品であるため, 正確な指数 がある. そのため, 楽観論, 悲観論の両方の側で. ) 6 窓意 的 に 解 釈 し し て 利 用 し て い る2 . しか し, ク ラ パ ム は, こ れ らの 一 人 当 消 費量 も そ の 増 加 も - 58・一.

(8) . 、 ′ 、 ● ′ 、 ● . ・ 、 ′ ′ ●. 産業革命と生活水準 (2) 7 ) た め, 利 用 しな か っ た. 極 め て 小 規 模 で あ る2. ボブス バウムは, これを賢明だとして, みずからも生活水準測定に利用することは無理だと し ) (ただし50年代以降の急増については評価 しているようである), 8 ている2. ) が, Di 9 ‐ ハ ー トウ ェ ル は, 始 め は, こ の指 数 の上 昇 傾 向 を 重 視 し て楽 観 説 的 に 利 用 して い る2. )上 では (多分, 僅少さの故に) これらの一人当消費量は, 生活水準の著しい (ma rked 昇を表していない, そして, これらの商品は, 労働者の生活水準測定に重要ではない, としてい. ion scuss 0 ) る3 .. 1 ) 以上 の ほ か, 牛 乳, バ タ ー, チ ー ズ, 卵, 緑 野 菜 に つ い て の 言 及が あ る が3 , 何れ も うえ の三. つのような詳細な指数とはな っていたいので, 上昇下降どちらとも決めることはできない. なお 魚 に つ い て は, ボ ブ ス バ ウ ム, ハ ー トウ ェ ル 両 者 と も, 急 増 を 認 め て い る が, そ の 解 釈 で 対 立 し. ている. すなはち, 前者は, 肉供給量の減少ない し停滞を埋め るた めにより劣質な食品として消 費されたとし, 後者は, 肉の減少は証明されないから, むしろ食生活の豊富さの増加と考えらる 2 ) べき だと して い る3 .. こうして, 消費水準の変動で悲観説を数量的に 証明しようとするボブスバウムの野心的試みは 完全には成功していないよう である, しかし, 消費は最良の場合でも人口増と並行しているにす. ぎないことは明らかにな った. これは, 生活水準が数量的には上昇しなかったことを示す一指標 3 ). と な るで あ ろ う3. 註. 1 ) ボブスバウムは, 論文 「生活水準」 の目的を, し・まのところ一般的に受け容れられている楽観説は不十分 な証拠に基づいており, 旧悲観説に味方するかなり重要な証拠が存在することを証明することだとしてい る. そして古典学説も, 必ずしも叙述的資料のみによっているのではなくて, ある程度までは数量的証拠 に基づいているのであり, 彼も不必要な議論を避けるためにこの種の証拠によって論述するとことわる. Hobsbawm:S d t r anda ,P.46 , また消費については, 「実際の消費指数こそ実質賃銀をより確実に説明す る」 と 言 う, do: Standardl ) .51,. i i t 2 ) Ashton: Changesin Standardsof Comfortin Bighteenth Century.Bngland, (Proc sh , Br . Acad , ×LI) p , .173,. l:Sr 3 ) Harhyel andard p p , .407-408 , 4) Hobsbawm・Standard,p,59.. l i luence ofthe Pot llnf 5) Sa t aman s a ow and Soc at o , , R.: Hi. 10年平均小麦消費量によると, 179 5年には輸入2万トン, 国内産199万トン, 人口8 6 90万人, 平均消費1 ,3 1 b day で, 1 / 1 b day と な っ て 845年には輸入58万トン, 国内産21 6万トン, 人口1 / ,845万人, 平均消費0 ,85. i lo:op い る, ( t ) p . ,614-617 .c ,1 , な お, 琴 野 前 掲 稿203‐204ペ ー ジ 誌□ を 参 照 さ れ たい, 1 6) Hobsbawm: Di ー ) sc ー繁i on ‘ ,ー ,13 , l: Standard 7) Hartwel ,407 ,p ,. i inandlr l i l I Pr i tura l 8) Dres r t Br ta che opement d Agr cu oduct on in Grea e andf rom the , L: The Deve l ine t eenth Century ear yn i i t t 9) Bennet t Yield per acrefor Seven Centuries sh Wh ea ,M: Br l l:St lo) Hartwe 4 ) andard p 1 , ., 08-409 , t 11 ) Healy and Jones: Wheat Yieldsin βngland 1815-59 (gour a , St , 恥c , Ser , A,voL125), ion 12 s cus s ) Hobsbawm: Di ,131, ,p l: Di i 1 Jones を次のように整理する 1 13 ) Hartwel s cus s on p 16 ‐ 182 5 ,144 , 彼 は Hea , 平均30 , 最高 , 8 ,8 37,3 1835 8 最低 4 最 高 科 , 最低25 , 1826- .3 , 平均33 , 最高41.5 , 最 低27.1 .3 , 1836‐45 , 平 均42 , , . . Jones の資料は周知の Tooke のものと同じである 30,7 y‐ , Heal , i t 14) Por er ogr e s s ofthe Nat on , G: Pr i l t 15) Tay or:op ,c ,p ,384 , i 16 ) Hobsbawm: Di s cus s on p ,132 ,. 4 iロンドンの職工についての推計をあげる, すなわち, 30シリングの高 なお, 彼はこの例証のために18 4 1 1 -5 f }-. ●. ′ ′ ● く ′ ..

(9) . 小. 松. 淑. ” ,良. b 給 取 で 週2.8 1 b 1 b . . . ,64 ,20シリ ン グ で1.4 ,15シ リ ン グ で 1l , で あ る, Hobsbawm:Standard ,p . i b d.p 17) Hobsbawm:i 8 5 , . l: Standard p 18 ) Hartwel p.410‐411 . . 19 ) Fussel and Goodman:Bighteenth‐Century TraHicin Live stock (Eco, Hi t s , Feb ,1936) , ) Hobsbawm: standard,p.p.64一65. 20 l: Standard p 2 1) Hartwel .410 . ) Hobsbawm: Di 22 scu鵠i on p .133 彼はリヴァ プールからのグラ ンド・ジャ ンクション鉄道による家畜輸送. . 量の表をあげてこれを説明する. これによれば, 1842と184 1年の比は牛で約13倍, 豚で1倍半と段階的な 急増点を形成している.. id b 23) i ,p ,131,. l; Di i 24 ) HartWel s cus s on,p .144 ,n,7. . esp l i 25) Tay t or:op .c ,p ,385 .. 26 ) たとえば, アシュトソは砂糖消費量の増加をもって生活水準の向上の指標としているし, ハモンドは紅茶 の消費が増したのは食事の悪化をまぎらわすためだとしている, 27)lml i ah, A: Bconomi c E1 ement i sin the Pax Br t 43によると平均消費量は, 1 ann c a 81 6‐20で砂糖 ,p ,1 1 b 1 1 b b 1 b b 16.8 1 1 b. . 茶1.24 . 煙草0 , , 茶1,31 .87 . 煙 草0,59 ,1838‐42で 砂糖16.2. 28 ) Hobsbawm: Standard,p.57. l: standard,p 29 ) Hartwel p.406-407. , i 30)do:Di 43 s cu s s on ,1 ,p . なお, 砂糖の変動を生活水準測定に用いることにも反対している. l:St 31 ) Hobsbawm: standard p,p,59-60, HartWel i andard sus s on p ,406 ,4 ,p , Hobsbawm: Di ,n ,134, i l l:st twe ion 32 ) Hobsbawm: Di ccus s on andard scuso ,134 ,p , Har ,411 ,p , do; Di ,145 ,p , 33) テイラは次のように結論している. 「食品消費の資料からの結論は, 決して明瞭には定式化されない, し かし, それらの一般的な動きは, 生活水準の上昇は18世紀末までで, それ以後は上昇が後れるか, 或いは i l 下 降 す る こ と を 示 して い る」 Tay t or ,c ,p ,385, ,op. m. 国 民 所 得. i 「国民所得」 という集計概念 (Aggr t ) で生活水準 の変動を巨視的に計測 しようとする ega on 試みは, 近代経済学的立場にたつ論者にひろくみられるところである. クラパムコシル ミリ ン グ 方式の実質賃銀アプロ ーチを批判したアシュ トソが’ その代 りに提示したものは, 景気変動や交 易条件変動を通じての国民所得分析であっ たD.. ハートウェルも, その 「生活水準」 の冒頭の草を国民所得に あて, 「上昇」 を積極的・数量的 に論証しようとしている. というよりは, 彼の論文の実際的内容 は, 国民所得と消費の増大とい う事実の上に構 築されているといえる, したが って, ここでは彼の 論議を (筆者には納得できな い諭旨であるが) かなり詳細に紹介したのちに 批判するという手続きが必要であるようである. ). ハ ー トウ ェ ル は 次 の よ うに 述 べ る (p ,398f ,. ) 1800一1850年の国民所得統計は, 当時の推計に基づいて一応整理きれている2 . それによると 戦時中の停滞と30年代の僅少の下降を除けば, 次第に上昇 して約2倍になっている. 一方, 工業. 生産は1782年-1855年に年率3-4%で成長し, 人口は年率1 .2-1,5%で増加した. また国民所 / / 得 中 の 工 業 生 産 額 は, 1770年:i 1ヨ ヱム, 1831年:i 6 3と 増 大 した. 右業 人 口 に 占 め る工 業 , 18124 1 人 口 の 割 合 は, 1841一51年 の 国 勢調 査 に よ る と / 3と な っ て い る.. 1人当生産額を増加させた要因のうち, 最重要なものは, 資本形成 (=投資) , 技術進歩, 労働 改良, 管理熟練である. 1760一184 0年に, 人口と所得が, 以前の並行した緩慢な上昇から, それ ぞれ年率1 ,5%, 3%の上昇へ転換したのは, これ らの組合された力によると思われる, この期間. を通じて資本形成率はたしかに増大した. しか しこれは国民所得を大きく蚕食して行なわれたの ) ではない3 , 資本形成率の実質所得に対す る影響を正確に知るためには, 貯蓄率 (貯蓄/国民所.

(10) . 産業革命と生活水準 (2) 得) と資本財生産率 (資本財生産額/総生産額) とを考慮 しなければならない. ところが, 当時 のイ ギリスでは, これが両方とも低か ったようである, 前者は, 平均所得が生存線をはるかに超. えるほど高く なかったことと資本市場の不完全性の故に, 後者は, 新設備の大きな生産性とその 結果である相対的コスト安の故に, 低くなったのであろう. こうして, 資本財生産率の相対的低. 位は, 実質所得の上昇と, 決して矛盾しなかったのである. ) このような新設備の採用にもかかわらず, 労働需要は絶対的には増加した4 . これは, 新設備 によるコス トダウ ン一物価下落とあいま って, 実質賃銀の増加の方向に作用 した. 実際, 1820-. 5 ) もい うよ cks 50年には貨幣賃銀の安定と物価の下落が共存した. 19世紀の資本蓄積は j , R, Hi. うに生活水準に有利だったのである.. 以上のように経済成長は1人当国民所得の増大を示唆している. そこで, 労働者が増加した生 産の少なくとも同じ割合を受けとるような所得分配が維持されているならば, 平均的生活水準は 上昇した ことになる. 理論的にいえば, 短期的には, 成長が実質所得の減少に結果す ることも考 えられるが, 1人当国民所得が増加 しつづけ ていた半世紀間を通じて, 貧豊の差がますます開く ような変化を想定することは不合理である.. 所 得 税 評 価 簿 に よ る と, 1812一48年 に, 150一500ポ ン ドが 500 ポ ン ド以上 よ り大 き く 増 加 した. 8年に, 5ポンド以下の配当金受取人が激増した. また, 労働者は し, 国 債保有者では, 1831一4 ) 次第に賃銀の高い高 次産業へ移動し6 , 工業化以前の農業英 国に支配的であっ た半失業者たちは 次第に工業とサー ビス業へ的収されていった. 租税は未だに逆進的なままであったが, 減少しつ. 0年の関税引下は物価下落にひろく影響した. つあった, なかでも1824年と184 ) こ れ に 対 して ホ ブ ス バ ウ ム は 次 の よ う に 反 対 す る7 ,. ①国民所得のような全体を網羅 している. 資料は, 生活水準を表わす直接的資料が上昇をはっ きりと示すまでは結論を出せないし, 逆に下 降が証明されたばあいには無価値となる. 議論は直接的資料によるようでなければいけない. ⑨. 所得増加が不変の分配の率を伴 っていたという仮説は, 立証困難かつ非現実的であ る. 工業化の ) 初期にあっては, 所得分配は, 貯蓄と投資を大きくするように行なわれたのではないか8 . また 労働者階級内部の労働貧民の分け前が 単に賃銀全体が上昇するのみでなく 分配は, 増大するよ , うに行なわれたのでなければ 「生活水準」 の上昇は証明されない. ハートウェルの所得税納入者 や国債保有者を例にした分配有利化論はあまりも弱体である, ⑤所得分析には立証され ない種々 の仮説が用いられているが, これは逆に, 反対の仮説をも許すことになる,. われわれも, ボブスバウムの批判に全く同感である. ハートウェル自身, より説得的な分配有 利化の資料を提示し得ず, 再び仮説の操作に戻ら ざるを得ない. 彼の拠りどころは, 結局, Kuz ‐ 9 ) t ne z ら近代経済学者 の景気変動分析から得られる一般的定式でしかない. そのうちの主要なも のは, ①長期分析における賃銀の国民所得に占める割合は 成長の初期にはコンスタ ントである. ②長期 間にわたる経済発展はより同等な分配とともに起き る. ⑧所得分配の変換による実質賃銀 の変動は, 生産性の変動による変化に比べると非常に小さい1の である. また, 国民所得中の大. なる部分が投資にま わされたのではないかという疑問に対しては, Dean and Cole の 「産業革命 1 1 ) の初期には, 資本形成のレヴェ ルー国民所得に対するパ ーセンティジーは緩慢にのみ上昇 した」 を引用 しているが, この 「上昇した」 という説明には無神経である, これでは, あまりにも近代 経済学的であって歴史ではない. 彼の引用する一般的定式は, いくつかの事実には 基づいている -- 61 一.

(11) . 小. 松. 淑. 郎. であろうが, それだけではなく多く の仮説モデルにも 基づいているもの であり, 事実からは勿論 2 ) 理論的にも検討されるべき余地を十分残 しているのである1 , 歴史学的主張はあくま でも歴史学. 的な具 体的な資料によっ て裏づけられねばならない. かく して, ハートウェルの所得分析による 生活水準上昇の証明は甚だ不適当なものずという他はな い, 註. i t 1) Asht on , 拙 稿80‐85ペ ー ジ. ,op.c fof Ni ima i l tha t t 2) Dean eenth Cent ury emporary Es esof Nat onallncome inthe nrs net , P,: Cont V H i R d I ロ (Eco t ー 3 2 r ) s e v n s e , . . ,. 年 1800 1812 1822 1831 1841 1846. 1 人当 五年平均 国民所得 物価指数 s e auめ (百万人) (百万磯) (磯) (Rous. 人 ロ. 10,600. 12.331 14,446. 16.368 18,551. 19.714. 国民所得 228 330 288 424 445 467. 21.51 26,75. 100 124. 19 .93 25 ,90. 78. 23,99. 76. 23,69. 69. 69. 平均実質所得成長率(%) 1800--22. 8. 1812一‐31. 33. 1822--46. 13. 1800--46. 11. .. なお, 琴野: 前掲稿194一195ペー ジも参照されたい.. l l:Standard i 3) Har加e on ,399 ,and Descus ,141, ,p ,P. l d l:S twe 4) Har t 0 andar ,p ,40 , 手織工などの技術的失業の影響はさして大きくない. 運河輸送は, 次第に 鉄道輸送にとって代られたが, 前者での失業は, 後者でのより大なる雇傭によって帳消しにされた」 とす る. l;p l 5) Hid〈 t s: Va ueand Capi a ,292.. .. ・. twe l l:S 6) Ha t 11一31年に35 r andard .402 .2%から28 ,2% , 国勢調査によると, 農家戸数/全戸数は, 18 ,p ・ ′ こ減少した に, 成年男子労働者は1831一41年に3 1 7 2 5 7 t %から % , . , ion ) Hobsbawm: Discuss 7 p . .182一183 ,p .. i t 8) テイ ラ は そ の よ う に 想 定 し て い る. op ,389 .c ,p . . ic Deve iopn d Cu S l ICh B t tura t 9) Kuzne : l e n z c o n om n a ang e , 郭語ではカレッキー:経済変動の理論 ぐ宮 ,. 崎・伊東訳) 等. ion, 10) BroWn,p: The Long‐Term Movement of ReaI Wages (in The Theo1γ of Wage Determinat Dunlop ed )p . ,53 からの引用, これには, 雇傭率を不利にせずに実質賃銀を上昇させるには生産性を上 .総供給函数 げるしかないというケインズ的命題が前提されていると思われる. ケイ ソジアソにあっては, 術・資源等の条件に依存している) ことになっ が与えられれば分配率は一義的に決まる (総供給函数は技. ていて, 詳しく分析は行なわれない, i l t 11) Dean and Co e;op ,c ,p ,310.. 8ペー ジ以下) 参照された ) さし当り, 新野幸次郎, 置塩信雄:ケインズ経済学 (特に184一188ページ, 17 12 し、 ,. v. 失業・労働貴族と労働 貧民 l ・うに, 楽 観論者は殆んど問題に しない. これは, ク 失業については, 賃銀の場所でも述べたよ. ) この 期 の ラ パ ム の い う よ う に 信 頼 で き る デ ー タ が 存 在 し な い こ と, ハ ー トウ ェ ル の い う よ う に1 サイ ク ル を 前 後 の サ イ ク ル と 比 較 する こ とが 困 難 な こ と, な ど に よ っ て い る の で あ ろ う が, そ れ. ) より大きな原因は, この期の雇傭は当然に以前より増大しかっ規則的にな った2 , 沈 滞期の失業 してしまうほどのものではなか して長期にわたる賃銀上昇を相殺 で失うも のは決 った, というそ れ自体既に楽 観的仮説が前提されていることである, しかしこの仮説は未だ事実による検討を要 求 さ れ る も の で し か な い,. こう して, 今のところ, 失業はそれ自体で生活水準の上昇・下降の指標たりえない. しかし, - 62 一.

(12) . 産業革命と生活水準 (2) これは, 実質賃銀率 (正しい計数が得られたと して) の変動に関連しては, その上昇を修正する ように機能する. また, その範囲・頻度・期間・損失が全て, 前後のサイ クルにおいてと同等あ るいは小であったとしても, 絶対的に深刻なものであれば, 諸種の指 標による生活水準上昇説を. ) 十分に無力ならしめるであろう3 . ) ホ ブス ミウムの開拓者的論議から, 失業のアウ トラインを把もう4 .. 漁民. これは貧民の核心であって景気変動に殆んど影響されることなく沈澱してい まず, 被救. / 1の組合で健康体の被救通民は1 8しか増加 しなか った, しかし 1一4 2の不況期に58 る. 例えば184 めに 彼らの数は決して少なくなか った. 1834年の救 貧法改正のた , 継続的な増減はわからない が 40年代初めには, 人口の10%を占めてい たことが知られている. しかも残余のも のもそれと変 る ところがなか っ た. 新救貧法委員会の第2年次報告によると農場労働者は被救他民より も30%も ペイ ズ リ で は 少 ない 食事 で 暮 し て い た とい う. ま た, 1841一42年 の ク リ スロ ウ, ノ テ ィ ソ ガム, ) 人 ロ の, 30%, 20%, 33% が 被 救 細 民 で あ っ た5 .. 2年のボウル トソでは, 木綿工場労働 者の60%, 製鉄工の つぎは周期的不況による失業 者 r184. 6 ) ヴ の 36%, 大 工 の84%, 煉 瓦 工 の87%, 裁 縫 工 の50% が, 失 業 して い た . ま た1841一42年 , リ ガ ク ポ ー ト, コ ウ ル ソ, ベ リ, ア ク リ ン ト ン, ウイ ソ の ァ プ ー ル (ヴ ォ ク ス ホ ール 地 区), ス ト ッ. 28-3 / 4が就業 各工業都市で は, 完全失業のみで 全労働者の半分が, 不完全就業 者を容れると実に / この 為, リ ー ズ で は 人 ロ の15一20%が 週 収 入 1 人 当 1 シ リ ン グ 以下, リ ヴ / 3が 週 収 入 5 シ リ ン グ 以下 で 暮 して い た. マ ン チ ク ス ホ ー ル 地 区) で は 世 帯数 の1. ). か ら 排 除 さ れ い る? ァ プ ール (ヴ ォ. 0%も減少した. また, これを反映して, サルフォ ードの50商店の売 スタ では消費財購入量 は4. 8 上 高 は1839/1841で は38% な いし32% の 減 少 を 示 して い る ).. ところで, このような経済変動の 影響は, 全労働者に均質に及んだであろうか, それは明らか に異って現われた. エンゲルスも, 労働者の 状態が一時的に 改善されることもあるし, 永続的な 改善も労働者の一部一工場法で保護されている工場労働者や 大きな労働組合一にはみ られること ) を否 定 して い な い9 .. し か し, これ ら の グル ー プ の 大 き さ の 推 計 は 今 の と ころ 困 難 で あ る. わ れ. l o )しか持っ ていない. 彼の研究の要旨を彼自身から聞こうn) われは, 現在, ホ ブス ミウムの資料 . 0%は, 鰯餓線すな わち語の真の意味での生存線すれすれに暮していた, 約 「工業労働 者の約4 15%は, 殆んどあらゆる時にその実質賃銀を上げることができる有利な地位に立っ ていた. すな わち, 第一のグループは常に供給過剰な労 働市場で, 第二のグル ープは, スランプ期を除けば常 した に相対的労働力不足の市場で生活していた. これらの残りの労働人口 も二つに別れていた, ものが著 く多く 貧しい , が って, われわれが, 1790一1850年には, 有利な地位にあるものが著し 6 と考える なくはない / が労働貴族に似てい 少なくとも 7 しく少ないと考えるか, 或いは, 中間層の 」 場合にのみ, 楽観説を正 しいとすることができる. しかし, これは現実的ではなさ そうである. 註. i l: Di scus on p s 1 ) Hartwel ,138 .. andard p .52. 2) ボ ブ ス バ ウ ム は ト レ ン ドと して は こ れを 認 めて い る. do:St. ●と乞食の生活線の間を振りまわされる人間に, その平均を算出して, お前の生活 3 ) 王侯 (誇張ではあるが) 生 水準は決して低くないと言っても意味はないであろう. なお, 黒川俊雄氏の如きは, 周期的失業による 働者階級 主義と労 黒川:現代資本 ぐらいである 活不安の増大をもって絶対的窮乏化の一形態としている , 8号) 参照. (思想42 andard,p 4) Hobsbawm:St . f ,52f d bi 54 5)i , ,p . .. -6 3-.

(13) . j ・ /. ; 1 公. I Z R. I I ”. Krause:op i i ,c ,p .66.. ) Hobsbawm:Standard p.53. Tablet, 6 bid 7)i l l el . Tab ,p.54 , 8) do: Di i scus s on .121 より算出. ,p. 9 ) エンゲルス:イ ギリスにおける労働者階級の状態 (マルエソ選集補2)499一50 0ペー ジ. 10 ) Hobsbawm: The Labour Ar i s tocracyin l9th cent i ta in (Democracy and the Labour Move- ury Br i l ment:Sav e ) ,ed , ,J 11) do:St andard,p ,50 .. V ゞ死. 亡. 率. 生活水準 の上昇を結果的にあらわすものとして 死亡率の低下が とりあげられてきた 産業革 , . 命期 の人口激増を, 出生率増加ではなく て 死亡率低下に原因をも ているものして説明する通 , っ l ) にはじま る. 彼はこの 低下を 医学的・衛生学 的進歩2 説 (?) は Gr i伍t h ) と工場法そ の他に , ) で説明し ている この タイプの議論の新版 は Mckeown and Brown4) で よる労働条 件の改善3 . ある. ただし彼らは, グリフィ スの第一 の理由を肯定しない も ぱら 環境一家屋 給排水施 . っ , , 設, 腹茶 処理, 道路舗装, 栄養一の改善をそ の原因と して主張している5 ) , これが, 生活水準上昇論者の根拠になるのである アシ トンの 「産業革命」 6 ) はそのよい例 . ュ である, しか し, この死亡率低下論は, 必ず しも 「確然か つ整合的なものではない」 7 ) . 早くは,. 戦後は Habakkuk9), Krauselo) ら に よ っ て 多 角 的 な 批 判 が 行 な わ れ て い る, マ ー シ ル は ャ ion は1837 iv i , グ リ フ ィ ス の 出 生 率 の 基 礎 に な っ た1841年 の戸 籍 の 不 備 (戸 籍 c l registrat Marshal 8 ) 1 ,. 年にはじま ったばかり) , 教区簿冊における記載洩れを指摘 して, 出生率をより高く見積 った=) , クラウスは, 主と して死亡率を検討 し, 19世紀初葉 における 非回教徒の急増 葬式費 ( tof co s , , bapt i sms and bw i l ) の相対的騰貴, 墓地 と教会 の不足 (工業化 による人ロの移動・集中が主 a s 因) などから, これまた教区簿冊 より高 いものに修正されねばならないと主張する1 2 1 . マ←シャ ルにも容認されていた, 死亡率の18 10年までの漸 減.それ以降の反騰というトレンドβ )も信頼で きなくな ったのである. こう して彼らにあ ては 人口増加の原 因は主と して出生率増加だとい っ , うことにな った. そして, 彼らの共通点 は この変 動を 経済的諸要因から直接に 惹き出すの で , , はなく, 人口の年令-性構成, 結婚率, 懐妊率などの 独自的運動にウェイ トを置い て把握しよう という態度である.. 結局, 現時点では, 「死亡率低下, それをもた らしたものは生 活水準の上昇」 という楽観説は 十分な根拠をも っ ていないのである, ホ ブ ス バ ウ ム, ハ ー トウ ェ ル も, こ れ に つ い て の議 論 に は僅 か の ペ ← ジ しか割 い て い な い 前 .. 者は, 死亡率上昇が, 主として幼児死亡率-特に都市における-の増加やグラスゴウなどの例 に あるような 労働者の死亡 率急増によっ ていると述べ1 4 ) 18世紀後 , 後者はマッキュ ーンらの結論 「 葉および19世紀初葉の人口増加の主要原 因は経済的・社 会的 条件の改善である」 i 5 ) を引用するの み で あ る.. 人口学者の出生 率・死亡率の説明は, 数字そ のものによ てではなく 経済史的研究成果の中 っ , から適当なものを選び出して数字を裏づけ 且 つ補正す るという手続によ て行なわることが殆ん っ ど で あ る, 旧 来 の 死 亡 率 ト レ ン ドを 否 定 した ク ラ ウ ス は ア シ ト ン 「生 活 水 準」 の 推 諭 に よ , ュ っ. て (筆者の推測)1820年以後とくに4 0年代 (周知の ように, 殆んどの経済的指標がはっ きりと好 転す る時期) 以後に低下を認めるという態度 をと ている1 ) 6 っ . ところが, わが生活水準上昇 論者 諸君は, 証明さるべ きものから証明前提を証明 しようとす るのだ われわれは ハバカクととも . , 一 64 -.

(14) . 産業革命と生活水準 (2) 済的変 化と無関係と したり, ま に 「人口変動を, 窓意的にとり入れたり排除したり, ある 時は経 しなければ ならない であ たある時は経済的変動に原因するとしたり」”) することには厳重に警告 ろ う. 註. l thus fthe Age of Ma , i p ob P ,t emso i伍th 1) Gr , G: opua 。n r bid:p.39 2)i , d: p i 3) ib ,191, i ー n l i at on Changesi l sh Popu dencere oEng i ed t at Md i IB idence Bv I 4) MC くeown, T.and Brown , R: e ca v × . . S d i - ) i t 1 aton u es ntury (Popu the Bi eenth qう ght d b i 5)i p , , .140‐141 ,p. i P on . .2‐3 , ,P ,1760‐1830 6 ) Ashton: ThelndustriaI Revolut. i l t :p . or:op 7) Tay ,386, .c sa‐ t s l i I Revo i ut on;(Eco t a i r .l and Es . Hi l ng thelndus i Prob em Dur P lt l l sha 8) Mar , T,: The opua on ll l ) son ed t“ Carus-Wi s , Vo ysin Bco , Hi 一2) t s ury (ECO . V1 .ser eenth Cent .2nd l . Rev t i . Hi ght l i n the Ei oni a sh Popu 9) Hubakkuに 日: Bng. i t e:op 10) Kraus , ,c i l t l:op sha 11) Mar , .p .306f .c i t p 12) Krouse:op .52‐59 .p , , .c i l:op l t p 13) Marsha , ,327‐328, .c ,p. ) Hobsbawm:Standard,p.52, 14. l: Di l on p scu器i e 15) Har加7 ,142 , i t p 16) Krause:op . , .6を65 ・ ,c ,p l17【4) p s t i i ta n (lour ,488. t , Vo , Hi s ory of Modern Br c Hi . EC0 17) Habakkuk: The 日con。mi. な お,. が 工業労働者の実質賃銀が確 彼は 「産業革命期の生活水準をめく るこれまでの論争は未だ未解決である , とは間違いでないようであ であると想定するこ 6 0 ないし 年代 0 は 1 8 5 と上昇するの きり では 実かつ一般的 っ. l eenth Century p i i n the Ninet ogy i t sh t echno . i ,138‐139 can and Br ,p る」 と 述 べ て い る. do: Amer 2 ) i 1 3 D i b s o n b u s H s c p (quot ed, o s awm: , ,. (補) 最近の邦語文献は,. ) 整理の仕方および引用に若干の問題があるが参考 板橋 重夫:イ ギリス産業革命期の人ロ問題 (社経史学28-5 に な る,. W, 方. 法. 論. 値判断を含んでいると同 時に, 比較 論と 生活水準論争は, その根底に 「資本主義」 に 対する価 いる. 議論は, しばしば, 「何が いう 性格をも つために, 同一の事実の解釈でも 厳しく対立して 」 「何が起きたと考えるのが (理論 実際に起こ っていたのか」, 「それは何を原因と しているのか , 両者の方法論をと り出して検討し 的に) 最も 妥当か」 の三つが錯綜して行なわれる. ここでは, て み よ う.. ち つぎのように主張す 、←トウェルは, 生活水準の上昇を経済的 諸指標について確認したの ,. る. 一. l l に 1815年 「大部分のイ ギリス人民 の生活水準は, 19世紀の前半を 通じて, 戦時中は sowy , D. これは. 生活水. dl しか し, i 昇 , 以降は more guickly に, そ して1840年 以 降 は rap y に 上 した」 . 技術的失業な どが存 準が低かったことを否定すの ではない. 確かに, 恐ろしい貧困, 景気変動, が じ ま る). しか し, そ れ ら はみ な, 在 して い た, (こ こ か ら, ア シ 三 ト ン に も み ら れ る責 任 論 は. 「工業化」 以前から存在していたも の である. それは, ただ, 変化の急激さのために, 社会的解 はし 決能力が追い つかず, その規模が拡 大されたにすぎない. 例えば, 産業革命以前の農村生活 うえに眠っ ばしば 美化さ れているが, 事実は低賃銀・鱗鍵・伝染 病・粗末な家屋・婦女子労働の た自由 ら解放され いたの だ. 産業革命は結局はこれを解決 したの である. 人々の前 には, 旧習か 一 65 一.

(15) . 小. 松. 羽翼. 郎. な機会が待ちもうけていた. 当時の不満や不平は, 生活水準の上昇が notquickly であったため に惹き起こされた心理的なものであった. ホ ブ ス バ ウ ム は, こ れ を 批 判 し て, 次 の よ う に い う. --. ‐世紀を黄金時代とする仮説のうえに構築され ているとハートウェルは批判する2 )が 悲観説は18 楽観説も無意識 のうちに重要な仮説を前提としている. それは, ①19世紀の都市は18世紀のそれ よりも改善されていた. ②工場労働は家内労働よりもよい. ③18世紀は家内工業の時代で19世紀. は工場工業の時代である. ④スラムは工業化以前から存在した. である. 事実はこれとは明らか に異なる. 産業革命は, 単に家内工業やスラムを工場に転換させたのではなくて, 工場をも家内. 工業をも増大させたのである. 家内工業は, 木綿工業のように工場に附随するものとして増加し た場合もあるし, 裁縫業のようにそのまま問屋支配を受けるものとして増大 した場合もあるが, ) 何れ にしても, 50万におよぶ手織工が没落するのと並んで増加 したのである3 . エンゲルスやハモンドは, この時期を単に貧困の増加として把えているのみではなくて, 生活 の断層的変化としているのである. 楽観説は,,計数を駆使 して客観的な生活水準は上昇した (こ れ は 現 時 点 で は 殆 ん ど 無 力 に な っ た) と し, 反 ク ラ パ ミ ス ト は 感 傷 家 で あ る と い っ て い る よ う で. ある. しか し人間がパ ンのみにて生きるものでない限り, 数量に表われない心理的要因も無視す ) る こ と は で き な い の で あ る4 .. ホブスバウム リ・-トゥエル論争は, 生 活水準研究の問題点をあますところなく提示 していて. まことに有 益なものである, われわれは, これの検討から, 古典的悲観説に対する数量 的楽観説 の攻撃は殆んど無力なのを知ること が できる. これは, 当時の意見のなかでは, 必ずしも悲観説 ) ということで補強されるものではない. 数量的楽観説の登場そのもの が優勢ではなか ったのだ5 が, 平均的計数でも使用 しないか ぎり反駁できないほど, 叙述的資料による悲観説が強力 であっ た こ と を 物 語 っ て い る.. もっとも, この時期に生活水準が停滞ないし低下したことを主張 したからと いっ て, これが直. ちに工業=資本主義における巨大な生産力の発展や 歴史的進歩性を一般的 に否定す ることではな い. 一般的かつ長期的にみれば, そ して労働者階級の斗争などを通 して, 生活水準の上昇は当然 ) にあらわれる であろう6 . もしそうでなければ特定の生産様式と しての資本主義は, 人類の特定 の歴史段階を画することは できない筈である. これは封建制度=農奴制度, はたまた奴隷制度に あっても同様にいえる であろ う. しかし, これはまた直ちに産業革命期に生活水準が上昇 した (あるいは上昇 した筈) というこ. と に な らな い. ボ ブ ス バ ウ ・の指摘するように従来からの災厄が存在したであろう し, また新 し. い困難 が発生 したであろう. これを知るには, 先ず産業革命を構造的に把握する必要がある, ホ ). ブ ス バ ウ ム ・ ハ ー トウ ェ ル 論 争 で 欠 け て い る も の は こ の 把 握 で あ る7. こ の 時期 の 労 働 貧民 の階. 級的本質・構成・生活を把えるためには, 本源的蓄積の法則と確立されつつあ った資本制的蓄積 (産業循環を基盤とする) の法則との二つの作用を検討 しなければならないことが明らかである. マニュ ファクチュアとともに 社会的生産を支配していた独立小商品生産 (問屋支配の網の存在を 否定しない) としての家内工業 (そ してその分解) と, 工場制大工業の外業都と しての家内工業. (そしてその景気循環による倒産 ・再生) とは, 一見 おなじ存在にみえても, 本質的には異った 運動をす るであろう. 問題が生活水準の変動と して提出されると, ややもすれば, この構造的変 ) 化を忘れて, 事態を 「連続的・量的」 に把えがちである8 . この期の生活水準の変動は単な る量 - 66 -.

(16) . 産業革命と生活水準 (2) 的・平均的な変動で測定 しうるものではない. も しも, 量的な変動のみであったな らば, たとえ ) としても, 極めて抽象的・一般的なこと しかいえない 如何に正確な正確な計数資料に依拠した9 ) o であろうl . これは何もいわないのと殆 んど同様 である. 事実, クラパムその人自身は 「私は全 て が うま く い っ た と 言 っ て い る の で は な い. 私 の み る と こ ろ で は 近 時 の 歴 史 家 は あま り に も 悪 化. i l ) と断 っている. を強調 して改良を 見逃すか無視するかしすぎていると言っているにすぎな い」 2 )のは, 計数の威力にではなく, 連続性を前提 にしてはじめて有効である筈の ハモンドが屈 したT. 数字 (しかも平均) の限界を忘れて, 統計学者のペ←スにはまり込んだからである. 彼のこの屈 服は, これ以後, クラパ マイ トによ って, 問題を もっ ぱら数量的・連続的変化と して議論するこ と を 許 し た の で あ り, 重 大 な 意 味 を も つ も の で あ る. Beal es は, 「変化のそれぞれの個別的局面. は, 統計学者の顕微鏡の下で吟 味される時は, Ki nd の変 化 と し て でな く, degree の変化として 現われる」 が 「そ こでは統計では示 し得られない生活上 の質の変化が起こったのである」 1 ) と統 3 計的研究の行き過 ぎに警告 している.. しか し, いまや事態は明白 にな った. 問題は再び当時の古典 に従って解明されねばな らないで あろう. 註 l: Standard,p 1) Hartwel .412f ,. i d,p 2)ib i scus s on,p ,414 ,do: Di ,142.. bawm:Di 3) Hob i s t ca s s on ,p ,127 , これは, ややもすれば忘れられがちな指摘で重要である. d,p b i 4)i p . ,128‐129. l 5) Har l twe i t ,c , ,op. 6) 絶対的窮乏化と生活水準の下降とは同じものではない 生活水準が上昇したとしても 「窮乏化」 は進行す , ると考えるべ きである. 窮乏化論争の要領のよい整理は, 金子ハルオ:現段階での窮乏化法則 (マルクス 経済学講座2宇佐美・宇高・島編) ,参照されたい, ただし, この中には黒川氏の 「不安説」 は紹介されて い なし、 ,. また, 筆者は金子氏がm/ v の上昇をもって窮乏化とするのにも賛成できない. これでは 「疎外説」 のよ うに哲学的次元にまで問題を抽象化することではないが, やはり抽象化である マルクスの窮乏化は あ . , くまでも 「蓄積の法則」 の 「形態」 として理解されねばならない, 「剰余価値生産の法則」 は 「蓄積の法 則」 に転化していなければならない, 窮乏化の表示はこの法則の 「形態」 を表わす幾つかの指標によるべ きであろう, この場合, 生活水準が上昇することは必ずしも窮乏化の否定にならない. かっては絶対的窮乏化=生活 水準の下降と考える意見も あったが, 生活水準はそのようなものと考えるべきでないであろう . 7) 琴野氏もこれを強調している, 前掲稿;21 7一21 8ペー ジ. 8) 筆者は, 生活水準は産業循環の一周期ごとに段階的に変化すると考えている 生活水準変動は この段階 . , 的基準を諸指標でおさえておいて, 実際の水準の爺離を測定すべきである 長期的には この段階的変動 , . を含めて考え るべきである. ただし, ここでは, この段階的変動とも質が異なるが . 9 ) 決定的な計数を, 産業革命期に揃えることは絶望的であろう, 1 0) 論理の当然から, 可能性として, 具体的真理を包摂するが無意味. c f i sbawm:Di s s s cu on ,Hob ,122 ,p . 11) C1 i f t apham:op ace ,c ,2nd,ed, Pre i 12) Hammond:op t ,c ,p .215f , l 13) Bea i l t es i r aI Revo l t ut on (Hi s ory gu ~ } ) , 日: Thelndus y l92. (1 ≦ } 4年7月) 6. 一 G7 一.

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参照

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