博 士 ( 理 学 ) 関 田 諭 子
学位論文題名
Ultrastructure and development of dinoflagellate cell coverlngS (渦鞭毛藻の細胞外被の微細構造と発達)
学位論文内容の要旨
渦 鞭 毛 藻 は 淡 水 か ら 海 水 域 ま で 広 く 分布 し, 生態 的 にも 重要 な位 置を 占め るグ ルー プ であ り, 遊走 細 胞,不動細胞,アメーバ状の細胞を含む多 様な生活形態をとる。しかし,
渦 鞭 毛 藻 の生 活史 には2本の 鞭毛 を有 する 遊走 細胞 の ステ ージ が必 ず存 在す る。 渦鞭 毛 藻の 遊走 細胞 に は,鎧板と呼ばれる硬い板状の細胞外被を もつ有殻渦鞭毛藻と,鎧板をも たない無殻渦鞭毛藻の大きく2つのグループに分類される。
渦 鞭毛 藻の 遊 走細 胞の 細胞 外被 はア ンフ イエ スマ と呼 ぱれ 外側 から 順に,原形質膜,
扁平 で細 胞周 縁 を取り囲むアンフイエスマ小胞,および微 小管から構成される。有殻渦鞭 毛藻 では ,ア ン フイエスマ小胞の内部に鎧板カ潮生し,そ の鎧板の形,数,配置のパター ンが 種に よっ て 決まっており,重要な分類形質のーっにな っている。しかし,鎧板の配列 パターンがどのように決定されるか は明らかにされていない。
有 殻渦 鞭毛 藻 のいくっかの種において,遊走細胞が環境 の急激な変化などによって細胞 外 被 ア ン フ イ エ ス マ を 脱 ぎ 捨 て る と いう 現象(ecdysis)が起 こる 。ecdysisによ り, 不 動細胞が形成され,ベリクルと呼ば れる,アンフイエスマとは異なる細胞外被を形成する。
不動 細胞 の中 で 形成 され る新 たな 遊走 細胞 はぺりクルを抜げて外界ヘ泳ぎ出る。ecdysis の過 程に おけ る アンフイエスマの挙動,ペリクルの形成と その成分,新たに形成される遊 走細胞のアンフイェスマの形成につ いては,いままでに詳細な研究はなされてきていない。
渦 鞭毛 藻で は 非常に稀であるが,アンフイエスマとぺり クルの両方と異なる鱗片(スケ ール )と 呼ば れ る細胞外被をもつ特定の種カ鞴随する。ス ケールは原形質膜の外側に付着 す る が , ス ケ ー ル の 微 細 形 態 お よ び その 形成 過程 は ほと んど 明ら かに され てい ない 。 本 研究 では ,2種 の渦 鞭毛 藻を 用い て, アンフイェスマ ,ペリクル,スケールを合む細 胞外 被の 微細 構 造とそれらの発達過程を詳細に明らかにし た。ペリクルにおけるセル口ー スミ ク口 フィ プ リル(CMF)の存 在を証明し,そのCMFを合成 するセルロース合成酵素複合体 を渦 鞭毛 藻に お いて初めて明らかにした。さらに,遊走細 胞の鎧板配列バターンを維持・
決定する機構と微小管との間の関連 性を初めて明らかにした。
第一章では,有殻渦鞭毛藻.S'crf印釘餌ぬカ餓叩raec面馴|aの遊走細胞のアンフイエスマ 構造 ,ecdysisによ るそ の構 造の 変化 とぺ りクルの形成, および,新たに形成されるアン フイ エス マの 形 成過程を調べた。本種の遊走細胞の細胞外 被は,原形質膜の内側に鎧板を 含む 完全 に独 立 した個々のアンフイエスマ小胞が分布し, その直下に,数本の束になった 微小 管が 配列 す る構 造を 示し た。 その よう なアンフイエスマ構造は,ecdysisによって劇
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的に 変化 した 。ま ず, 遊 走細 胞の 原形 質膜 とア ンフ イエ スマ小胞の外膜は崩壊し,隣り合 うア ンフ イエ スマ 小胞 の 内膜 カ沍 いに 融合 して ,細 胞質 全体を取り囲む連続する膜になっ た。 この 内膜 由来 の連 続 する 膜が ,不 動細 胞の 新し い原 形質 膜(npm)に なる こと を組織化 学的 に証 明し た。 また ,npmの外 側に は, 不動 細胞 の 細胞 外被 であ るぺ りク ルと 呼ばれる 厚い 層が 形成 され ,npmの内 側に 新し いア ンフ イエ ス マ小 胞が 発達 して きた 。フ リーズフ ラク チャ ー法 によ り, そ のア ンフ イエ スマ 小胞 の発 達過 程を平面的に観察することが可能 であ った 。そ の結 果, ア ンフ イェ スマ 小胞 は, 最初 ,粗 い網状に分布し,徐々に網目の部 分が 縮小 する よう に発 達 した 。最 終的 に, 個々 のア ンフ イエスマ小胞は,網目のない偏平 な小 胞に なり 、互 いに 隣 り合 う部 分で 密接 して 細胞 表層 全体を覆うようになった。完成し たア ンフ イエ スマ 小胞 の 形, 数, 配置 のパ ター ンは ,本 種の遊走細胞の鎧板の配列パター ンと 一致 した 。こ のこ と から ,鎧 板が 形成 され る以 前に ,アンフイエスマ小胞の配列によ って ,鎧 板の 配列 パタ ー ンが 予め 決定 して いる こと が明 らかとなった。さらに,組織化学 的 手 法 に よ っ て ,npmの 染 色 性 がecdysis後 約1時 間で 変化 する こと が明 らか にな り, ア ンフ イエ スマ 小胞 内膜 か ら不 動細 胞の 原形 質膜 とし て機 能するために,膜の組成を変化さ せていることが推察された。
第 二章 では ,渦 鞭毛 藻 類の 細胞 外被 の構 成成 分の ーつ であると考えられているセルロー ス ミ ク 口 フ ィ プ リ ル(CMF)に 注 目 し て ,Shexapraecingulaの 遊 走 細 胞 の 鎧 板 と 不 動 細 胞の ぺり クル の発 達過 程 を明 らか にし た。 鎧板 は, 遊走 細胞のアンフイェスマ小胞の内部 を充 填す るよ うに 形成 さ れた 。初 期の 遊走 細胞 では ,個 々のアンフイエスマ小胞の領域内 で, 複数 の粒 状の 物質 が 出現 し, 徐々 に薄 いシ ート 状の 構造に発達した。その後,アモル ファ ス成 分と 繊維 性の 廊 汾か ら成 る厚 い板 状の 構造 に発 達した。電子回折法によって,鎧 板に 含まれる繊維性の成分は,CMFであることが証明された。ペリクルは,CMFを含む層(L3) と 含 ま な い 層(Ll,L2)か ら 構 成 さ れ て い た 。CMFは, 主に ,原 形質 膜に 存在 する 膜結 合 夕 ン パ ク で あ る セ ル 口ー ス合 成酵 素複 合体(TC)に よっ て合 成さ れる と考 えら れて おり , 現在 まで に, 様々 な生 物 にお いて ,い くっ かの タイ プのTCが見っけられている。渦鞭毛藻 の ぺ り ク ル のTCが , 本研 究で 初め て明 らか に され た。 そのTCは ,今 まで に知 られ てい る TCの 構 造 と は 全 く 異 な る , 新 し い タ イ プ で あ る こ と が 明 ら か に な っ た 。 第 三章 では ,S hexapraecingulaの 不動 細胞 を用 い て, 圧力 処理 によ る表 層微 小管と鎧 板配 列パ ター ンヘ の影 響 を調 べた 。圧 カの 大き さ, およ び処理時間に依存して微小管が破 壊さ れる 細胞 の割 合が 変 化し た。 微小 管に 影響 を及 ぼさ ない圧力条件では,新たに形成さ れる 遊走 細胞 の鎧 板配 列 パタ ーン は変 化し なか った 。し かし,微小管が破壊される圧力条 件で は, 新た に形 成さ れ る遊 走細 胞の 鎧板 配列 パタ ーン が顕著に変化した。その変異は,
プレ ートの増加,減少,変形,融合などが複雑に細み合 わさった多様なバターンを示した。
また ,微 小管 が破 壊さ れ る細 胞の 割合 が増 加す ると ,鎧 板配列パターンが顕著に変異する 細胞 の割 合も 増加 した 。 以上 のこ とか ら, 表層 微小 管は 鎧板配列バターンの調節に関与す ることが示唆された。
第 四章 では ,無 殻渦 鞭 毛藻Ampわj出 血脚 属の2つ の 株(HG114,HG115)に おけ る遊走細 胞の 細胞 外被 の構 造と ス ケー ルの形成過程について明らかにした。2株の細胞はほぼ同じ.
形態を有し,原形質膜の夕卜剛に楕円形 でりング状の構造を示す微細なスケールが存在した。
それ らのスケールは,ゴルジ小胞で形成され,その構造 は,^渦鞭毛藻で今までに報告され て い る ス ケ ー ル と は 異 な り , 新 し い タ イ プ で あ る こ と が 明 ら か に な っ た 。 ま た , ん 脚j血nj脚 属 に お い て , 本 研 究 で 初 め て ス ケ ー ル を も つ 種 が 発 見 さ れ た 。
本研究において,渦鞭毛藻の細胞外被の微細構造,および形成・発達過程におけるこれ ら 構 成 要 素 の 動 的 な 変 化 の 詳 細 を 明 ら か に す る こ と が 出 来 た 。
学位論文審査の要旨
主 査 助 教 授 堀 口 健 雄 副 査 教 授 山 下 正 兼 副 査 教 授 本 村 泰 三 副 査 教 授 奥 田 一 雄
(高知大学大学院黒潮圏海洋科学研究科)
学位論文題名
Ultrastructure and development of dinoflagellate cell coverings (渦鞭毛藻の細胞外被の微細構造と発達)
本研究は 水圏生 態系にお ける主 要な構成 要員であ る単細 胞生物, 渦鞭毛 藻類の細胞外被の 微細構造 を明ら かにする とともに ,細胞 周期にと もなう この構造 の動的 な変化を 解明したも ので,多 くの新 知見を得 た。
渦鞭毛藻 類の細 胞外被は ,原形 質膜直下 の扁平な アンフ ィエスマ 小胞お よびそれに付随す る微小管 束から なる。有 殻渦鞭毛藻では,・アンフィエスマ小胞中に板状構造をもつ。この板 状構造は ,鎧板 と呼ばれ ,その配 列は種 特異的で あり分 類の際の 第一義 的な形質 とされてい る。しか しなが ら,細胞 分裂過程において,この鎧板がどのような過程を経て発達するのか,
どのよう なメカ ニズムで 一定のパ ターン に配列す るのか ,それに 付随す る膜系は どのように 変化する のかな どについ てはほと んど明 らかにさ れてい なかった 。また ,多くの 渦鞭毛藻類 は細胞周 期中に 遊泳細胞 期と不動 細胞期 を繰り返 すが, それら異 なった 細胞期で は細胞外被 構造も異 なる。 しかしな がら,遊 泳細胞 期→不動 細胞期 (分裂) →遊泳 細胞期と 交代してい く間に, 細胞外 被の各構 成要素が どのよ うに変化 ,発達 していく かにつ いては明 確な知見は 存在しな かった 。以上の 背景を踏まえ,本研究では,超薄切片法,フリーズフラクチャー法,
組 織 化 学 的 方 法 な ど を 駆 使 し て , 上 述 の 未 解 明 の 問 題 に 取 り 組 ん だ 。 まず,遊 泳細胞 から不動 細胞へ の移行期 において ,アン フイエス マ小胞 の内膜が新しい原 形質膜に 転換さ れること を組織化 学的手 法を用い て初め て証明し た。ま た,不動 期に特異的 に形成さ れるベ リクルと 呼ばれる 厚い壁 構造中の セルロ ースミク ロフィ ブリルの 存在を証明 し,その セルロ ースミク ロフィブ リルを 合成する セルロ ース合成 酵素複 合体を渦 鞭毛藻類に おいて初 めて明 らかにし た。
次に,種 特異的 な鎧板の 配列パ ターンが 細胞分裂 期にど のように 形成さ れるかについて,
フリーズ フラク チャー法 を用いて 検討し た。その 結果, 不動細胞 期にお いて,ア ンフイエス マ小胞が あらか じめ決め られた領 域内で のみ形成 される こと,完 成した アンフイ エスマ小胞 の形,配 列は遊 泳細胞の 鎧板配列 に完全 に一致す ること をっきと めた。 すなわち ,板状の鎧 板が形成 される 以前に鎧 板配列はアンフイエスマ小胞形成時点で決定されていることを初め,
て明らか にした 。細胞分 裂後に泳 ぎだし た遊泳細 胞は発 芽直後は 鎧板を もたない が,その後 アンフィ エスマ 小胞を埋 める形で鎧板を形成することにより,。遊泳細胞期初期に種特有の配 列をもつ 鎧板が 完成する ことも明 らかに した。
鎧板配列 の一定 性がどの ような メカニズ ムで維持 される のかを明 らかに する目的で,微小 管と鎧板 形成の 関係を調 べた。渦 鞭毛藻 の場合, 通常用 いられる 薬剤処 理による 微小管合成
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阻害実験が不可能であったことから,高水圧処理という方法を用いてこの研究に取り組んだ。
その結果,微小管が破壊される圧力条件下では,新たに形成される遊泳細胞の鎧板配列パタ ーンが顕著に変化すること,微小管が破壊される細胞の割合の増加にともない,鎧板配列に 変異を伴う個体も増加することを示した。この結果,細胞表層微小管が鎧板配列のパターン
´調節に関与していることが強く示唆された。
さらに,無殻渦鞭毛藻類(鎧板をもたない群)のアンフィディニウム属の細胞外被に細胞 鱗片が存在すること,およびその鱗片の形成過程を明らかにした。渦鞭毛藻類における細胞 鱗片の報告は数少なく,しかも今回発見した鱗片は,どの生物でも見っかっていない新しい タイプのものであった。
これを要するに,筆者は渦鞭毛藻の細胞外被の微細構造の詳細を明らかにするだけでなく,
細胞周期にともなう細胞外被構造の動的な変化を解明したもので,細胞学的な多くの新知見 を得たものであり,生物学に貢献するところ大なるものがある。
よって筆者は,北海道大学博士(理学)の学位を授与される資格あるものと認める。
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