藤
原
基
俊
詩
注
(四
)
北
山
円
正
下
西
忠
鈴
木
徳
男
本 稿 は 、 ﹁ 密 教 文 化 ﹂ ( 一 六 六 号 ) に 続 く も の で あ る 。 本 詩 注 の 趣 旨 に つ い て は 、 す で に 詩 注 ( 一 ) ( ﹁ 高 野 山 大 学 国 語 国 文 し 第 十 四 号 ) に 述 べ た と お り で 、 平 安 時 代 後 期 有 数 の 歌 人 藤 原 基 俊 の 文 業 の う ち 、 従 来 あ ま り 顧 み ら れ て い な い 漢 詩 を 、 厳 密 に 訓 み 、 で き る 限 り そ の 創 作 意 図 に 近 づ く 点 に あ る 。 ま ず 、 ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄ 所 収 の 十 五 首 か ら 着 手 し 、 そ の 巻 の 順 序 に し た が っ て 、 巻 五 の ﹁ 秋 夜 書 レ 懐 、 呈 二 左 金 吾 員 外 次 将 之 閣 下 こ を 取 り 上 げ 、 さ ら に 、 こ の 詩 に 唱 和 し た と い わ れ て い る 、 藤 原 忠 通 ﹁ 和 二 野 老 撃 壌 之 佳 什 こ ( ﹃ 法 性 寺 殿 御 集 ﹄ ) も 併 せ 訓 み 、 両 者 の 関 係 に つ い て 考 え て み る こ と と す る 。 ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄ の 底 本 は ﹃ 群 書 類 従 ﹄ ( 巻 一 二 八 ) を 用 い 、 諸 本 ま た は 意 改 に よ っ て 校 訂 し 、 適 正 な 本 文 を 求 め る 。 ﹃ 法 性 寺 殿 御 集 ﹄ に つ い て は 、 前 田 家 本 ( ﹃ 尊 経 閣 叢 刊 ﹄ 所 収 の 複 製 本 ) を 用 い 、 ﹃ 群 書 類 従 ﹄ ( 巻 一 三 三 ) の ﹃ 法 性 寺 入 道 御 集 ﹄ を 参 照 し た 。 な お 、 詩 注 の 体 裁 は 前 稿 の そ れ に 準 ず る 。 (4) 秋 夜 書 懐 呈 左 金 吾 員 外 次 将 之 閣 下 藤 原 基 俊 し う や お も ひ し る さ き ん ご ゐ ん ぐ わ い じ し や う か く か て い ふ ち は ら の も と と し ( 秋 夜 懐 を 書 し 、 左 金 吾 員 外 次 将 の 閣 下 に 呈 す 藤 原 基 俊 ) 藤 原 基 俊 詩 注 ( 四 )密 教 文 化 ま ん ま ん し う や と し な が 漫 漫 秋 夜 長 於 歳 漫 漫 た る 秋 夜 歳 よ り も 長 く 、 か う か い じ ね ん な み だ え り う る ほ 取 介 自 然 涙 湿 襟 敢 介 と し て 自 然 に 涙 襟 を 湿 す 。 つ き く ら と も し び か す て ん あ 月 暗 燈 微 天 未 曙 月 暗 く 燈 微 か に し て 天 い ま だ 曙 け ず 、 う れ お ほ ね ぶ す く ろ う ふ か 愁 多 眠 少 漏 猶 深 愁 へ 多 く 眠 り 少 な く し て 漏 な ほ し 深 し 。 は る え い ろ の ぞ く も ま な ご さ い ぎ 遥 望 栄 路 雲 遮 眼 遥 か に 栄 路 を 望 め ば 雲 眼 を 遮 り 、 な よ せ い お も あ め こ こ ろ し た だ 泣 思 余 生 雨 滴 心 泣 く な く 余 生 を 思 へ ば 雨 心 に 滴 る 。 さ ん じ ふ き う く わ い し ん じ や う こ と 三 十 九 廻 身 上 事 三 十 九 廻 身 上 の 事 、 い ち い ち し や う り や う ひ と ア ひ ぎ ん 商 量 一 一 独 悲 吟 一 一 を 商 量 し て 独 り 悲 吟 す 。 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄ 巻 五 ・ ﹁ 秋﹂ ) ﹁ 詩 題﹂ ご ん の す け ﹁ 秋 の 夜 、 お も い を 書 き し る す﹂ と い う 詩 を 左 衛 門 権 佐 の 閣 下 に 直 接 さ し 上 げ て 。 ﹁ 秋 夜 書 レ 懐﹂ は 、 ﹁ 奉 レ 和 二 秋 夜 書 レ 懐 之 作 こ ( ﹃ 文 華 秀 麗 集 ﹄ 巻 中 、 仲 科 善 雄 ) や 、 ﹃ 権 記 ﹄ の 長 保 元 ( 九 九 九 ) 年 八 月 二 十 九 日 に み え る 、 藤 原 道 長 第 で の 作 文 会 に お け る ﹁ 秋 夜 書 レ 懐﹂ が 、 詩 題 と し て 先 行 す る 。 ま た 、 藤 原 衆 海 の 落 書 題 に 、 ﹁ 秋 夜 書 レ 懐 、 呈 二 諸 文 友 、 兼 南 隣 源 処 士 一﹂ ( ﹃ 本 朝 文 粋 ﹄ 巻 十 二 ) と も あ る 。 ﹁ 書 レ 懐﹂ は 、 自 分 の 思 い を 書 き し る す の 意 で 、 こ こ は 詩 と し て 書 き し る す 。 盛 唐 王 維 ﹁ 冬 夜 書 レ 懐﹂ 、 中 唐 白 居 易 ﹁ 秋 居 書 レ 懐﹂ ( ﹃ 白 香 山 詩 集 ﹄ 巻 五 ) は 、 詩 題 で の 例 。 ﹁ 呈﹂ は 、 さ し 出 す 、 直 接 さ し ヲ ウ リ 上 げ る の 意 。 ﹁ 書 レ 懐 呈 二 王 中 書 一﹂ (﹃ 文 華 秀 麗 集 ﹄ 巻 上 、 仲 雄 王 ) 、 ﹁ 題 二 酒 甕 一 呈 二 夢 得 一﹂ ( ﹃ 白 香 山 詩 後 集 ﹄ 巻 十 四 ) は 詩 題 に 見 え る 例 。 ﹁ 左 金 吾 員 外 次 将﹂ は 、 左 衛 門 権 佐 の 唐 名 。 衛 門 は 衛 門 府 の こ と で 、 内 裏 諸 門 の 警 備 に あ た っ た 役 所 。 ﹃ 拾
芥 抄 ﹄ (中 ・ 官 位 唐 名 部 ) に 、 衛 門 督 左 衛 門 府 、 監 府 、 金 吾 、 城 門 校 府 右 金 吾 大 将 軍 、 監 門 大 将 軍 、 監 門 衛 大 将 軍 と 見 え 、 ﹃ 職 原 砂 ﹄ ( 下 ) に 、 左 右 衛 門 府 篭 名 金 五 、 又 云 二 監 門 ⋮⋮佐 一 入 相 当 従 五 位 上 、 唐 名 金 吾 次 将 ノ ノ ノ テ ヲ ス ニ ル ノ 五 位 殿 上 人 任 レ 之 。 権 佐 一 人 、 名 家 譜 第 択 二 其 人 一 任 レ 之 、 必 蒙 二 使 ヲ ス ニ 宣 旨 一、 又 必 可 レ 補 二 蔵 人 一故 也 と あ る 。 ﹁ 員 外﹂ は 権 官 の 唐 名 。 権 官 の 権 は 仮 の 意 。 権 官 は 令 の 規 定 外 の 官 職 で 、 令 の 規 定 す る 員 数 を 越 え て 置 か れ た 員 外 官 が 奈 良 時 代 末 に 停 廃 さ れ て か ら は 、 正 官 に 並 ぶ も の で あ っ た と い う 。 ﹁ 次 将﹂ は 、 佐 ( 介 ) つ ま り 次 官 。 ﹁ 左 金 吾 員 外 次 将 之 閣 下﹂ に つ い て は 、 基 俊 の 元 の 官 職 が ﹁ 左 金 吾 員 外 次 将﹂ ( 左 衛 門 権 佐 ) で あ っ た こ と を 踏 ま え て 、 基 俊 が 藤 原 忠 通 を そ う 呼 ん だ と す る 説 ( 佐 藤 道 生 ﹁ ﹃ 法 性 寺 殿 御 集 ﹄ 考﹂ 、 ﹃ 中 古 文 学 と 漢 文 学II﹄所 収 。 な お 、 ﹁ こ こ に は 、 士 大 夫 ク ラ ス の 文 人 と そ の 庇 護 者 と い う 上 下 関 係 を 越 え た 親 し さ が 感 じ ら れ る﹂ と も い わ れ る ) や 、 忠 通 そ の 人 の こ と と す る 説 (小 島 憲 之 編 ﹃ 王 朝 漢 詩 選 ﹄ 四 二 八 頁 ) が あ る 。 た だ し 、 前 者 に つ い て は 、 基 俊 の も と の 官 職 は 左 衛 門 佐 で あ り 、 ﹁ 左 衛 門 権 佐﹂ で あ っ た と す る 記 録 は 見 出 せ な い 。 ま た 、 ﹁ 左 金 吾 員 外 次 将 ( 基 俊 ) の (忠 通 ) 閣 下﹂ と い っ た 称 し 方 が あ り う る か ど う か 疑 問 が 残 る 。 後 者 に つ い て は 、 忠 通 の 官 歴 に ﹁ 左 金 吾 員 外 次 将﹂ が あ っ た か 問 題 で あ る 。 こ の 場 合 、 基 俊 詩 第 七 句 の ﹁ 三 十 九 廻﹂ は 、 忠 通 の 年 齢 と な る が 、 三 十 九 歳 の 保 延 元 ( 一 一 三 五 ) 年 に 従 一 位 関 白 で あ り 、 ﹁ 左 金 吾 員 外 次 将﹂ を 兼 ね て い た と は 考 え ら れ な い 。 こ の よ う に 両 者 と も に 不 審 な 点 を 含 ん で お り 、 こ の 限 り で は 再 考 を 要 す る が 、 両 説 を 支 え る 次 の よ う な 共 通 の 大 き な 根 拠 が あ る 。 忠 通 に は 、 ﹁ 和 二 野 老 撃 壌 之 佳 什 こ 藤 原 基 俊 詩 注 ( 四 )
密 教 文 化 ( ﹃ 法 性 寺 殿 御 集 ﹄ ) な る 詩 が あ り 、 そ の 脚 韻 は 基 俊 詩 と 完 全 に 一 致 す る 。 こ の よ う に 、 二 つ の 詩 の 脚 韻 が 順 序 も 含 め て 同 じ で あ る 場 合 、 両 者 は 唱 和 の 関 係 に あ る こ と を 意 味 し 、 和 し た 側 の 詩 を 次 韻 詩 と 呼 ぶ 。 た と え ば 、 ﹃ 扶 桑 集 ﹄ ( 巻 七 ・ 贈 答 部 ・ 贈 答 ) の 源 英 明 と 橘 在 列 の 唱 和 詩 二 十 二 首 (英 明 十 首 ・ 在 列 十 二 首 ) は 、 い ず れ も 脚 韻 が 君 ・ 群 ・ 文 ・ 雲 ・ 聞-上 平 声 十 二 文 韻 f で 、 順 序 ま で 統 一 さ れ て い る ( 大 曽 根 章 介 ﹁ 源 英 明 と 橘 在 列 i 扶 桑 集 の 唱 和 詩 を 中 心 に-﹂、 ﹁ 国 語 と 国 文 学﹂ 第 四 十 巻 十 号 参 照 ) 。 す な わ ち 、 基 俊 詩 ( 原 詩 ) に 忠 通 が 和 し た ( 次 韻 詩 ) と 考 え ら れ る の で あ る 。 さ ら に は 、 ﹁ 左 金 吾 員 外 次 将 之 閣 下﹂ を 忠 通 と す る 説 が 導 き 出 さ れ た か と 思 わ れ る 。 両 詩 の 関 係 に つ い て は 、 忠 通 ﹁ 和 二 野 老 撃 壌 之 佳 什 一﹂ の 詩 注 の あ と 、 改 め て 考 え て み た い 。 ﹁ 閣 下﹂ は 、 ﹁ 閤 下﹂ に 同 じく貴人の尊称。 ﹁ 旧 隠 詠 懐 、 敬 上二 所 天 閣 下一﹂(﹃ 扶 桑 集﹄巻 七 ・隠 逸 部 付 樵 隠 、 都 良 香 詩 題 ) 将 軍 閣 下 、 職 列 二 虎 牙 一、 錐 レ 拉 二 武 勇 於 漢 四 七 将 一 ( 同 巻 九 、 源 順 ﹁ 夏 日 、陪 三 右 親 衛 源 将 軍 初 読 二 論 語 一、 各 分 一二 字 ご 詩 序 ) は 、 そ の 例 。 ﹁ 左 金 吾 員 外 次 将﹂ が 貴 人 と い え る か 疑 問 で あ り 、 あ る い は 、 後 世 に 通 用 す る よ う に 、 高 位 の 武 官 に 対 す る 敬 称 で で も あ ろ う か 。 ま た 、 佐 藤 説 の ご と く 、 ﹁ 左 金 吾 員 外 次 将 ( で あ る 私 ) の 閣 下﹂ と 解 す べ き で あ ろ う か 。 こ の 詩 は 、 眠 ら れ ぬ 秋 の 夜 長 、 我 が 身 の 不 遇 を 嘆 き つ つ 涙 す る 心 情 を 訴 え る 。 七 言 八 句 の 詩 。 脚 韻 は 、 下 平 声 十 二 侵 韻 -襟 ・ 深 ・ 心 ・ 吟-。 二 句 ず つ の 詩 注 に う つ る 。 ま ず 、 長 い 秋 の 夜 、 眠 ら れ ぬ ま ま 涙 を 流 す と い う 。 漫 漫 た る 秋 夜 歳 よ り も 長 く 、 敢 介 と し て 自 然 に 涙 襟 を 湿 す (第 一 ・ 二 句 )
﹁ 漫 漫﹂ は 、 夜 の 長 い さ ま を い う 。 例 と し て は 、 ﹃ 文 選﹄ ( 巻 二 十 九 ) 魏 文 帝 ﹁ 雑 詩 二 首﹂ ( 其 一 ) の ﹁ 漫 漫 秋 夜 長 、 (九 章 ・ 抽 思 ) 烈 烈 北 風 涼﹂ (李 善 注 ﹁ 楚 辞 日 、 終 ご長 夜 之 曼 曼 一﹂ ) が あ る 。 右 の 引 用 前 句 は 、 第 一 句 の 五 字 目 ま で に 相 当 す る 。 な お 、 ﹃ 新 撰 朗 詠 集﹄ (巻 上 ・ 秋 夜 ) の 中 原 長 国 の 摘 句 は 、 ﹁ 漫 漫 秋 夜 長﹂ を 詩 題 と す る 。 ﹁ 長 二 於 歳 こ は 、 秋 の 夜 の 長 さ が 一 年 よ り も 長 く 感 じ ら れ る こ と を い う 。 ﹃ 王 朝 漢 詩 選﹄ の よ う に 、 ﹁ 歳﹂ を ﹁ わ が 齢﹂ と 見 る の も 一 解 。 こ れ は 、 ﹃ 白 香 山 詩 後 集﹄ ( 巻 十 ) ﹁ 夜 宴 惜 レ 別﹂ ・ ﹃ 千 載 佳 句﹄ ( 下 ・ 宴 喜 部 ・ 夜 宴 ) の ﹁ 夜 長 似 レ 歳 歓 宜 レ 尽 、 酔 未 レ 如 レ 泥 飲 莫 レ 休﹂ に も と つ く 。 後 の 句 の ﹁ 敢 介﹂ は 、 夜 眠 ら れ な い 様 子 を い う 。 ﹃ 文 選﹄ ( 巻 十 三 ) 港 安 仁 ﹁ 秋 興 賦﹂ の ﹁ 宵 敢 介 而 不 レ 篠 分 、 独 展 二 転 (九 弁 ) (那 風 ・ 柏 舟 ) 於 華 省 一﹂ ( 李 善 注 ﹁ 王 逸 楚 辞 注 日 、 取 介 執 レ 節 守 レ 度 、 毛 詩 日 、 臥 取 不 レ 篠 、 如 レ 有 二 隠 憂 一﹂ ) は 、 そ の 一 例 。 ﹁ 自 然﹂ は 、 お の ず と 、 い つ の ま に か の 意 。 初 唐 王 勃 ﹁ 対 レ 酒 春 園 作﹂ の ﹁ 自 然 催 二 一 酔 一、 非 三 但 閲 二 年 光 ご は 、 そ の 一 例 。 ﹁ 湿 レ 襟﹂ は 、 流 れ る 涙 に よ っ て 着 物 の え り を ぬ ら す こ と を い う 。 (七 諌 ・ 自 悲 ) 承 レ 誰 切 恒 、 涕 涙 霧 レ 襟 ( ﹃ 文 選﹄ 巻 五 十 六 、 渚 安 仁 ﹁ 楊 荊 州 諌﹂ 、 李 善 注 ﹁楚 辞 日 、 泣 戯 欲 而 浩 レ襟 L ) 還 レ 郷 何 用 涙 浩 レ 襟 、 一 半 雲 雷 一 半 沈 ( ﹃ 元 氏 長 慶 詩 集﹄ 巻 十 九 、 ﹁ 西 帰 絶 句 十 二 首﹂ ノ 六 ) 無 レ 情 今 目 湿 レ 襟 別 、 有 レ 分 去 年 傾 レ 蓋 逢 ( ﹃ 菅 家 文 章﹄ 巻 三 、 ﹁ 得 二 倉 主 簿 写 レ 情 書 一、 報 以 二 長 句 一、 兼 謝 二 州 民 不 レ帰 之 疑 こ ) な ど 、 例 は 多 い 。 二 句 は 、 ﹁ 漫 漫 と し て 長 い 秋 の 夜 は 一 年 よ り も 長 く 感 じ ら れ 、 眠 ら れ ぬ う ち に い つ の 間 に か 流 れ る 涙 は 襟 を 濡 ら し ま す﹂ の 意 。 ふ し ど 次 は 対 句 で 、 ま だ 明 け ぬ 夜 長 の 臥 所 で の 様 子 を 述 べ る 。 月 暗 く 燈 微 か に し て 天 い ま だ 曙 け ず 、 愁 へ 多 く 眠 り 少 な く し て 漏 な ほ し 深 し (第 三 ・四 句 ) 藤 原 基 俊 詩 注 ( 四 )
密 教 文 化 前 の 句 は 次 の 白 詩 に も と づ き 、 目 覚 め た 夜 明 け 前 の 周 囲 の 状 況 を ほ と ん ど そ の ま ま 利 用 し て い る 。 星 河 臥 臥 漏 縣 縣 、 月 暗 燈 微 欲 レ 曙 天 ( ﹃ 白 香 山 詩 後 集﹄ 巻 十 、 ﹁ 睡 覚﹂ ) 己 れ の 心 情 を 反 映 さ せ た 状 況 を 描 く に ふ さ わ し い 表 現 と し て 、 白 詩 を 選 び 取 っ た の で あ ろ う 。 ﹁ 曙﹂ は ﹁ 明﹂ に 同 じ 。 ﹃ 類 聚 名 義 抄﹄ (仏 中 ) に ﹁ ア ケ ヌ﹂ の 訓 が あ る 。 ま た 、 第 三 句 ま で は 、 次 の 白 詩 に 倣 う で あ ろ う 。 秋 夜 長 、 夜 長 無 レ 寡 天 不 レ 明 、 取 敢 残 燈 背 レ 壁 影 、 薫 薫 暗 雨 打 レ 窟 声 ( ﹃ 白 香 山 詩 集﹄ 巻 三 、 ﹁ 上 陽 人﹂ 。 ﹃ 和 漢 朗 詠 集﹄ 巻 上 ・ 秋 夜 に も 収 む 。 那 波 本 ﹃ 白 氏 文 集﹄ は 、 詩 題 を ﹁ 上 陽 白 髪 人﹂ に 作 る 。 こ こ の ﹁ 敢 歌﹂ は 、 わ ず か に 明 る い さ ま を い い 、 基 俊 詩 の そ れ と は 意 を 異 に す る ) 後 の 句 の ﹁ 愁 多 眠 少﹂ も 白 詩 に も と づ き 、 白 居 易 少 年 時 代 に お け る 志 を 得 ぬ 思 い を 詠 ん だ 詩 の 一 句 を そ の ま ま 生 か し て い る 。 歌 歌 旅 燈 下 、 愁 多 常 少 レ 眠 ( ﹃ 白 香 山 詩 集﹄ 巻 九 、 ﹁ 秋 暮 西 帰 、 途 中 書 レ 情﹂ ) 基 俊 詩 の ﹁ 愁 多﹂ や そ れ に 伴 う ﹁ 眠 少﹂ は 、 第 五 ・ 六 句 に 見 ら れ る 望 み な き ﹁ 栄 路﹂ ﹁ 余 生﹂ に よ っ て 生 じ た も の 。 ﹁ 漏﹂ は 、 水 時 計 ま た は 時 ・ 時 刻 を い う 。 ﹁ 漏 深﹂ は 、 深 更 、 夜 更 け の 意 と も 、 ほ か に 音 を た て る も の の な い 夜 、 漏 刻 (水 時 計 ) の 深 い 音 が 耳 に つ く と も 解 せ ら れ よ う 。 渚 宮 東 面 煙 波 冷 、 浴 殿 西 頭 鐘 漏 深 ( ﹃ 白 香 山 詩 集﹄ 巻 十 四 、 ﹁ 八 月 十 五 日 夜 、 禁 中 独 直 、 対 レ月 憶 三 兀 九 ご ) 人 皆 傭 察 錐 二 清 浄 一 、 唯 恨 低 レ 頭 夜 漏 深 (﹃ 菅 家 文 章﹄ 巻 二 、 ﹁ 水 中 月﹂ ) は 、 そ の 例 。 二 句 は 、 ﹁ 月 は 暗 く 燈 火 は か す か に 明 る く ま だ 空 は あ け ず 、 愁 い は 多 く 眠 り は 少 な く 漏 刻 の 立 て る 音 が い っ そ う 深 く 聞 こ え る こ ろ﹂ の 意 。
次 の 対 句 は 、 己 れ の 将 来 へ の 暗 い 見 通 し を 述 べ る 。 遥 か に 栄 路 を 望 め ば 雲 眼 を 遮 り 、 泣 く な く 余 生 を 思 へ ば 雨 心 に 滴 る ( 第 五 ・ 六 句 ) ﹁ 栄 路﹂ は 、 立 身 出 世 へ の 道 。 ﹃ 白 香 山 詩 後 集﹄ ( 巻 十 四 ) ﹁ 奉 レ 酬 二 准 南 牛 相 公 思 賠 見 プ 寄 二 十 四 韻﹂ の ﹁ 貧 司 甚 瀟 漉 、 栄 ケ ン テ ン 路 自 喧 聞﹂ は 、 そ の 一 例 。 こ の 語 は 、 中 国 の 詩 に 例 が 少 な い よ う で あ る が 、 日 本 の 場 合 は 、 栄 路 遥 而 難 レ 期 、 春 陽 薄 二 寒 木 之 頂 一 ( ﹃ 本 朝 麗 藻﹄ 巻 下 ・ 神 祇 部 、 高 階 積 善 ﹁ 七 言 、 九 月 尽 日 、 侍 二北 野 廟 一、 各 分 三 字 一詩﹂ 序 。 ﹃ 本 朝 文 粋﹄ 巻 十 、 ﹃ 新 撰 朗 詠 集﹄ 巻 下 ・ 述 懐 、 ﹃ 泥 之 草 再 新﹄ に も 収 む ) サ モ ア ラ バ ア レ ソ ム ク コ ト ヲ 只 暫 花 前 忘 二 老 至 一 、 任 他 栄 路 与 レ 春 膜 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩﹄ 巻 十 、 藤 原 周 光 ﹁ 遊 二山 寺 こ ) ほ か 、 不 遇 を か こ つ 文 人 達 の 詩 文 に 多 数 見 出 さ れ る 。 ﹁ 栄 路﹂ を ﹁ 望﹂ む と は 、 詩 人 が 官 職 に 恵 ま れ る の を 願 う こ と を い う 。 基 俊 の 散 位 時 代 の 作 と 思 わ れ る の で 、 そ の 願 望 は 切 実 で あ っ た ろ う 。 ﹁ 雲 遮 レ 眼﹂ は 、 ﹁ 栄 路﹂ を ﹁ 望﹂ ん で も 、 見 通 し の き わ め て 悪 い こ と を い う 。 以 下 の 二 句 は 、 次 の 白 詩 を 利 用 す る 。
静
闘
舞
晦
界
郷
灘
作
・瀞
脳
(
﹃白
香
山
詩
集﹄
巻
末
﹁陰
雨﹄
)
後 の 句 の ﹁ 余 生﹂ は 、 詩 人 の の こ さ れ た 人 生 。 老 境 に 入 っ た と い う 意 識 を う か が い え よ う 。 ﹃ 白 香 山 詩 後 集﹄ ( 巻 十 六)﹁ 病 中 詩﹂ ノ ﹁ 枕 上 作﹂ の ﹁ 週 思 往 事 紛 如 レ 夢 、 転 覚 余 生 杏 若 レ 浮﹂ は 、 そ の 例 。 ﹁ 雨 滴 レ 心﹂ は 、 ﹁ 余 生﹂ を ﹁ 思﹂ う と 、 希 望 を 持 て ず 暗 澹 た ら ざ る を え な い 心 境 を 喩 え る 。 こ の 対 句 の 依 拠 し た 白 居 易 の ﹁ 陰 雨﹂ は 、 詩 人 の 忠 州 ( 四 川 省 忠 県 ) 刺 史 時 代 ( 八 一 九 -八 二 〇 、 四 十 八 ・ 九 歳 の 頃 ) の 作 。 都 長 安 か ら 遠 ざ か り 、 故 郷 か ら も 離 れ た 地 に あ っ て 、 憂 き 目 を 見 る 白 居 易 の 境 涯 を 、 基 俊 は 己 れ の 不 遇 と 重 ね 合 わ せ て 一 聯 を そ の ま ま 用 い た の で あ ろ う か 。 二 句 は 、 ﹁ は る か 遠 く か ら 出 世 へ の 道 を 望 む と 雲 が 目 の 前 を さ え ぎ っ 藤 原 基 俊 詩 注 ( 四 )密 教 文 化 て そ れ を 見 る こ と は で き ず 、 泣 く 泣 く 我 が 余 生 を 顧 み る と 雨 が 心 に し た た っ て く る よ う な 暗 い 思 い が い た し ま す﹂ の 意 。 次 の 結 び の 二 句 で は 、 我 が 身 を か え り み て 悲 嘆 に く れ る 。 三 十 九 廻 身 上 の 事 、 一 一 を 商 量 し て 独 り 悲 吟 す (第 七 ・ 八 句 ) ﹁ 三 十 九 廻﹂ は 、 年 齢 を あ ら わ す 。 佐 藤 、 小 島 両 氏 と も に 、 ﹁ 左 金 吾 員 外 次 将 之 閣 下 ( 藤 原 忠 通 )﹄ の 年 齢 と 解 す る 。 先 に 述 べ た と お り 、 ﹁ 左 金 吾 員 外 次 将 之 閣 下﹂ が 忠 通 で あ っ た と は 考 え に く く 、 何 人 で あ る か 明 ら か で は な い 。 ﹁ 左 金 吾 員 外 次 将 之 閣 下﹂ 、 基 俊 の い ず れ と も 見 う る が 、 今 は 基 俊 の 年 齢 と 考 え て お く 。 年 齢 を 、 概 数 で は な く 一 桁 の 数 ま で を 詠 み 込 む の は 、 白 居 易 の 詩 に 数 多 く あ り 、 菅 原 道 真 に も 例 が あ る ( 柳 沢 良 一 ﹁ ﹃ 新 撰 朗 詠 集﹄ 注 解 稿 四﹂ 、 ﹁ 学 葉 ( 金 沢 女 子 短 期 大 学 紀 要 )﹂ 第 二 十 六 集 参 照 ) 。 四 十 六 時 三 月 尽 、 送 レ 春 争 得 レ 不 二 股 勤 一 ( ﹃ 白 香 山 詩 集﹄ 巻 十 七 、 ﹁ 薄 陽 春 三 首﹂ ノ ﹁ 春 去﹂ 。 ﹃ 新 撰 朗 詠 集﹄ 巻 上 ・ 三 月 尽 に も 収 む ) 前 歳 花 前 五 十 二 、 今 年 花 前 五 十 五 ( ﹃ 白 香 山 詩 後 集﹄ 巻 一 、 ﹁ 花 前 歎﹂ ) 四 十 四 年 人 、 生 涯 未 二 老 身 一 ( ﹃ 菅 家 文 草﹄ 巻 四 、 ﹃ 対 ・ 鏡﹂ ) は 、 そ の 例 。 ﹁ 廻﹂ は 、 年 や 歳 に 同 じ 。 自 レ 別 レ 花 来 多 少 事 、 東 風 二 十 四 回 春 ( ﹃ 白 香 山 詩 後 集﹄ 巻 八 、 ﹁ 杏 園 花 下 、 贈 一劉 郎 中 こ 。 ﹁ 二 十 四 回﹂ は 、 二 十 四 年 目 の 意 ) 今 目 二 年 九 月 尽 、 此 身 五 十 八 廻 秋 ( ﹃ 菅 家 後 集﹄ 、 ﹁ 九 月 尽﹂ ) 一 一 三 両 箇 鶯 花 月 、 五 十 一 回 鶴 髪 霜 ( ﹃ 中 右 記 部 類 紙 背 漢 詩 集﹄ 巻 九 、藤 原 季 仲 ﹁春 日 遊 レ 寺 詩 双 輪 寺﹂ 。 ﹃ 和 漢 兼 作 集﹄ 巻 二 に も
収 む 。 題 は 、 ﹁ 春 遊 二 双 輪 寺 こ ) は 、 そ の 例 。 ﹁ 身 上﹂ は 、 詩 人 の ﹁ 身 上﹂ と 解 し て お く 。 ﹃ 白 香 山 詩 後 集﹄ ( 巻 七)﹁ 百 日 仮 満﹂ の ﹁ 心 中 久 有 二 帰 田 計 一 、 身 上 都 無 二 済 世 才 ご は 、 そ の 一 例 。 結 び の 句 の ﹁ 商 量﹂ は 、 考 え は か る 、 思 い は か る の 意 。 例 は 、 百 辟 商 量 旧 相 入 、 九 天 砥 候 老 臣 帰 ( 中 唐 劉 萬 錫 ﹁ 斯 東 元 相 公 書 レ歎 二梅 雨 響 蒸 之 候 一、 因 寄 二 七 言 こ ) ク ラ ペ 一 一 商 量 相 況 得 、 張 為 レ 不 レ 弛 察 無 レ 如 ( ﹃ 菅 家 文 章﹄ 巻 一 、 ﹁ 過 一一尾 州 滋 司 馬 文 亭 一、 感 一一舎 弟 四 郎 壁 書 弾 琴 妙 一、 柳 叙 レ 所 レ 懐 、 献 以 呈 寄﹂ ) の ほ か 、 次 の よ う に 奏 上 文 に も 見 ら れ る 。 公 卿 奏 議 日 ⋮⋮臣 等 商 量 ⋮⋮(﹃日 本 後 紀﹄ 延 暦 二 十 四 年 十 二 月 ) 出 羽 国 奏 ⋮⋮臣 等 商 量 ⋮⋮(同、 弘 仁 二 年 七 月 ) ﹁ 一 一﹂ は 、 我 が ﹁ 身 上﹂ の ひ と つ ひ と つ 。 ﹁ 商 量﹂ に お い て 引 い た ﹃ 菅 家 文 草﹄ の 例 の ほ か 、 ﹃ 白 香 山 詩 集﹄ (巻 九 ) ﹁ 曲 江 感レ 秋﹂ の ﹁ 前 秋 去 秋 思 、 一 一 生 二 此 時 一﹂ が あ る 。 ﹁ 悲 吟﹂ は 、 哀 調 を 帯 び て 歌 う 、 悲 し げ に 歌 う の 意 。 何 事 待 二 囎 歌 一 、 灌 木 自 悲 吟 ( ﹃ 文 選﹄ 巻 二 十 二 、 左 太 沖 ﹁ 招 隠 詩 二 首﹂ ノ 一 ) 脩 昼 興 二 永 念 一 、 遥 夜 独 悲 吟 ( ﹃ 玉 台 新 詠﹄ 巻 三 、 李 充 ﹁ 嘲 二友 人 こ ) は 、 そ の 例 。 二 句 は 、 ﹁ 三 十 九 歳 の 我 が 身 の こ と 、 そ れ を ひ と つ ひ と つ 思 い は か っ て ひ と り 悲 し げ に 歌 っ て い る の で す﹂ の 意 。 藤 原 基 俊 詩 注 ( 四 )
密 教 文 化 付 説 本 詩 は 、 己 れ の 不 遇 を 秋 の 夜 長 に 託 し て 詠 じ て い る 。 基 俊 は 、 永 保 二 ( 一 〇 八 二 ) 年 三 月 十 三 日 以 前 に は 左 衛 門 佐 を 致 仕 し て お り (橋 本 不 美 男 ﹃ 院 政 期 歌 壇 史 の 研 究﹄ 九 三 頁 ) 、 以 後 散 位 に 甘 ん じ た 。 か り に 、 ﹃ 長 秋 記﹄ 天 承 元 ( 一 一 三 一 ) 年 三 月 二 十 二 日 の 尚 歯 会 の 記 録 中 に 見 ら れ る 、 ﹁ 前 左 衛 門 佐 従 五 位 上 蔭 基 隻 十﹂ に 隻 ば 、 生 年 は 康 平 三 ( 一 〇 六 〇 ) 年 。 永 保 二 年 は 二 十 三 歳 。 以 後 、 殿 し た 康 治 元 ( 一 一 四 二 ) 年 ま で の 問 、 こ の 詩 の よ う に 、 官 界 に 復 帰 で き な い 境 涯 を 権 門 に 訴 え る 時 が 幾 度 も あ っ た か と 思 わ れ る 。 不 惑 を ひ か え た 基 俊 の 心 情 と 考 え る と 、 こ の 詩 の 重 み が 一 層 感 ぜ ら れ る 。 ﹁ 左 金 吾 員 外 次 将 之 閣 下﹂ に 呈 し た 本 詩 も 、 そ の よ う な 心 境 を 吐 露 し た も の で あ ろ う 。 ま た 、 官 職 に 就 く べ く 、 周 旋 を 依 頼 す る 気 持 ち も 込 め て い る で あ ろ う 。 本 詩 の 表 現 を 見 る と 、 そ の い く つ も が 白 詩 に も と つ い て い る こ と に 気 付 く 。 中 で も 、 ﹁ 月 暗 燈 微 天 未 レ 曙 、 愁 多 眠 少 漏 猶 深 、 遥 望 二 栄 路 一 雲 遮 レ 眼 、 泣 思 二 余 生 一雨 滴 レ 心﹂ ( 第 三-六 句 ) の 圏 点 個 所 は 、 詩 注 に お い て 指 摘 し た と お り 、 白 詩 を そ の ま ま 利 用 し て い る 。 こ の 作 詩 の 方 法 は 、 剰 窃 と の 批 判 も あ ろ う が 、 ﹁ 歌 敢 旅 燈 下 、 愁 多 常 少 レ 眠﹂(﹃ 白 香 山 詩 集﹄ 巻 九 、 ﹁ 秋 暮 西 帰 、 途 中 書 レ 情﹂ ) や 、 ﹁ 望 レ 闘 雲 遮 レ 眼 、 思 レ 郷 雨 滴 レ 心﹂( 同 巻 十 八 、 ﹁ 陰 雨﹂ ) の 表 現 は 、 白 氏 の 愁 い を 描 い た 詩 中 の も の で あ り 、 基 俊 は こ れ を 己 れ の 心 情 に 引 き 重 ね て 、 巧 み に 自 作 に 活 用 し た と 見 て は ど う で あ ろ う か 。 右 に 引 い た 白 詩 二 つ と 、 第 三 句 に 活 か さ れ た ﹁ 星 河 敢 敢 漏 縣 縣 、 月 暗 燈 微 欲 レ 曙 天﹂( ﹃ 白 香 山 詩 後 集﹄ 巻 十 、 ﹁ 睡 覚﹂ ) は 、 ﹃ 千 載 佳 句﹄ ﹃ 和 漢 朗 詠 集﹄﹃ 新 撰 朗 詠 集﹄ に 針 か れ て お ら ず 、 ま た 、 当 時 の 詩 に 利 用 さ れ た 形 跡 を 今 の と こ ろ 見 出 し て い な い 。 基 俊 は 、 作 詩 の 手 引 き と も な っ た ﹃ 千 載 佳 句﹄ な ど 、 漢 詩 の 摘 句 を 集 成 し た 諸 書 の み に と ど ま ら ず 、
白 詩 全 体 を も 十 分 に 味 読 し 、 自 作 に 活 用 し た と 考 え ら れ る 。 つ づ い て 、 右 の ﹁ 秋 夜 書 レ 懐 、 呈 二 左 金 吾 員 外 次 将 之 閣 下 こ に 対 す る 次 韻 詩 と 言 わ れ て い る 、 藤 原 忠 通 ﹁ 和 二 野 老 撃 壌 之 佳 什 一﹂ ( ﹃ 法 性 寺 殿 御 集﹄ ) を 訓 む 。 さ ら に 、 そ れ を 踏 ま え た 上 で 両 者 の 関 係 に つ い て 考 え て み る こ と と す る 。 や ら う げ き じ や う か じ ふ わ 和 野 老 撃 壌 之 佳 什 (野 老 撃 壌 の 佳 什 に 和 す ) ふ う げ つ し ゆ じ ん き み な え 風 月 主 人 君 得 号 風 月 の 主 人 君 号 を 得 た り 、 わ れ じ ぼ く え り を さ 我 為 侍 僕 欲 収 襟 我 侍 僕 と な り て 襟 を 収 め む と す 。 き ゆ う い ん も の お ほ ら う ら く 窮 陰 被 物 宜 牢 落 窮 陰 物 を 被 へ ば よ ろ し く 牢 落 す べ し 、 こ と か ん と き し た が せ ん し ん 感 事 随 時 有 浅 深 事 に 感 じ 時 に 随 ふ こ と 浅 深 あ り 。 お さ き だ し ん ら い せ つ び ん 先 老 侵 来 唯 雪 髪 老 い に 先 ち て 侵 来 す る は た だ 雪 髪 の み 、 か ん け い く わ い う ん し ん 与 閑 計 会 是 雲 心 閑 と と も に 計 会 す る は こ れ 雲 心 。 く わ ん と き う か お も し づ 官 途 休 仮 思 猶 静 官 途 休 仮 し て 思 ひ な ほ し 静 け し 、 せ き せ き や う か さ だ ど く ぎ ん 寂 寂 楊 家 定 独 吟 寂 寂 た る 楊 家 定 め て 独 吟 せ む 。 ﹁ 詩 題﹂ ﹁ い な か の 老 人 が 壌 を 撃 っ て 太 平 の 世 を 謳 歌 す る﹂ と い う よ き 詩 に 唱 和 し て 。 ﹁ 野 老 撃 壌﹂ は 、 ﹃ 権 記﹄ の 寛 弘 元 藤 原 基 俊 詩 注 ( 四 )
密 教 文 化 ( 一 〇 〇 四 ) 年 十 月 二 十 九 日 に 、 省 試 の 題 と し て 既 に 見 え る 。 ﹁ 野 老 ﹂ は 、 い な か の 年 寄 り の 意 。 村 童 忽 相 聚 、 野 老 時 一 望(﹃ 文 選 ﹄ 巻 二 十 七 、 丘 希 範 ﹁ 旦 発 二魚 浦 潭 こ ) 野 老 不 レ 知 発 舜 力 、 酎 歌 一 曲 太 平 人(﹃ 千 載 佳 句 ﹄ 上・人 事 部 ・ 老 人 、 宋 之 問 ﹁ 寒 食 還 二陸 渾 別 業 一﹂) は 、 そ の 例 で 、 後 者 は 、 次 に 触 れ る 帝 尭 を も 詠 み 込 ん だ 詩 。 ﹁ 撃 壌 ﹂ は 、 履 形 に つ く っ た 木 、 壌 を も う 一 つ の 壌 で 離 れ た と こ ろ か ら う つ 意 、 壌 と い う 木 製 の 楽 器 を う つ 意 、 壌 ( 地 面 ) を う つ 意 、 な ど と い わ れ る 。 い ず れ に し て も 、 こ の 語 は 、 天 下 太 平 で あ っ た 中 国 古 代 の 帝 発 の 代 、 老 人 が こ の 遊 び を 行 な っ て 発 の 徳 を た た え た 故 事 に も と づ き 、 天 下 の 太 平 を 讃 美 謳 歌 す る 喩 え と さ れ る 。 し た が っ て 、 忠 通 が 唱 和 し た も と の 詩 ﹁ 野 老 撃 壌 ﹂ は 、 そ の よ う な 主 旨 を 詠 じ た も の と 考 え ね ば な ら な い 。 な お 、 佐 藤 氏 は ﹁ 野 老 撃 壌 ﹂ を 基 俊 の 号 と 見 て い る 。 帝 王 世 紀 日 、 ⋮⋮天 下 大 和 、 百 姓 無 事 、 有 二 五 十 老 人 一 、 撃 二 壌 於 道 一 、 観 者 歎 日 、 大 哉 帝 之 徳 也 、 老 人 日 、 吾 日 出 ア ラ ム 而 作 、 目 入 而 息 、 墾 レ 井 而 飲 、 耕 レ 田 而 食 、 帝 何 力 二 於 我 一哉 ( ﹃ 芸 文 類 聚 ﹄ 巻 十 一 ・ 帝 王 部 ・ 帝 尭 陶 唐 氏 ) は 、 ﹁ 撃 壌 ﹂ の 故 事 で 、 ヅ キ テ 即 二 是 義 唐 化 一 、 獲 二 我 撃 壌 声 一 ( ﹃ 文 選 ﹄ 巻 二 十 六 、 謝 霊 運 ﹁ 初 去 レ 郡 ﹂ 。 ﹁ 義 ﹂ は 伏 義 、 ﹁ 唐 ﹂ は 帝 尭 。 李 善 注 ﹁ 周 処 風 土 記 ア タ レ バ 日 、 撃 壌 者 、 以 レ木 作 レ 之 、 前 広 後 鋭 、 長 四 尺 三 寸 、 其 形 如 レ 履 、 将 レ戯 先 側 一二 壌 於 地 一、 遥 於 二 三 四 十 歩 一、 以 二 手 中 壌 一撃 レ 之 、 中 者 為 二上 部 ご ) 共 遊 聖 主 沢 、 同 賀 撃 壌 仁 ( ﹃ 懐 風 藻 ﹄ 、 大 伴 旅 人 ﹁ 初 春 侍 宴 ﹂ ) は 、 こ の 語 の 例 。 ﹁ 佳 什 ﹂ は 、 よ き 詩 の 意 で 、 原 詩 ﹁ 野 老 撃 壌 ﹂ を 佳 作 と 見 な す 。 ﹃ 法 性 寺 殿 御 集 ﹄ に は 、 ﹁ 答 下 見 二 重 贈 一 之
佳 什 上﹂ ほ か 数 例 が あ る 。 ち な み に 、 ﹃ 白 香 山 詩 後 集﹄ ( 巻 十 七)﹁ 得 二 潮 州 楊 相 公 継 之 書 井 詩 一、 以 レ 此 寄 レ 之﹂ の ﹁ 初 観 二 銀 鉤 閏 還 啓 レ 歯 、 細 吟 二 環 什 一欲 レ 霧 レ 巾﹂ は 、 類 例 。 ﹃ 白 香 山 詩 集﹄ ( 巻 六 ) の 詩 題 ﹁ 自 吟 二 拙 什 一、 因 有 レ 所 レ 懐﹂ は 、 反 対 の 意 の 例 。 ﹁ 什﹂ は 、 ﹃ 毛 詩﹄ の 頒 ・ 雅 の 十 編 ず つ ( ﹁ 鹿 鳴 之 什﹂ ﹁ 谷 風 之 什﹂ な ど ) を い う が 、 こ こ で は 詩 、 詩 編 の 意 。 ﹃ 白 香 山 詩 集﹄ ( 巻 十 六 ) の 詩 題 ﹁ 夜 宿二江 浦一、聞 三 兀 八 改ツ 官 、 因 寄二此什一﹂は、 そ の 一 例 。 こ の 詩 は 、 風 流 の 師 で あ る ﹁ 野 老 撃 壌﹂ 詩 作 者 に 敬 意 を は ら う と と も に 、 官 職 の 停 滞 に も 動 ぜ ず 我 が 道 を 行 く 人 と な り を 讃 え る 。 七 言 八 句 の 詩 。 脚 韻 は 、 下 平 声 十 二 侵 韻 -襟 ・ 深 ・ 心 ・ 吟-で 、 基 俊 の ﹁ 秋 夜 書 レ 懐 、 呈 二 左 金 吾 員 外 次 将 之 閣 下 こ の そ れ と 順 序 も 併 せ て 完 全 に 一 致 す る 。 二 句 ず つ の 詩 注 に う つ る 。 ま ず 、 詩 人 は 、 ﹁ 野 老 撃 壌﹂ 詩 作 者 を ﹁ 風 月 主 人﹂ と 呼 び 、 師 と し て 重 ん ず る 。 風 月 の 主 人 君 号 を 得 た り 、 我 侍 僕 と な り て 襟 を 収 め む と す (第 一 ・ 二 句 ) ﹁ 風 月﹂ は 、 こ こ で は た ん に 風 と 月 の 意 で は な く 、 風 月 を 愛 で 詩 歌 を 詠 ず る 風 流 韻 事 を い う 。 閲 二 古 人 之 遺 跡 一 、 想 二 風 月 之 旧 遊 一 ( ﹃ 懐 風 藻﹄ 序 ) 風 月 情 猶 在 、 杯 膓 興 漸 閲 ( ﹃ 白 香 山 詩 後 集﹄ 巻 十 六 、 ﹁ 病 入 二 新 正 こ ) は 、 そ の 例 。 唱 和 の 相 手 で あ る ﹁ 君﹂ は 、 風 流 に お け る ﹁ 主 人﹂ と 称 せ ら れ て い た 。 当 時 、 文 事 に お い て こ の よ う に 呼 ば れ る 人 物 と は 誰 で あ っ た ろ う か 。 佐 藤 、 小 島 両 説 の よ う に 基 俊 で あ っ た と し て 、 基 俊 が そ の 名 に 値 す る 文 人 か ど う か は 今 後 考 え て み な け れ ば な ら な い 。 な お 、 菅 原 道 真 は の ち に 、 藤 原 基 俊 詩 注 ( 四 )
密 教 文 化 霊 廟 本 為 二 風 月 主 齢、 宜 哉 明 徳 満 二 蒼 冑 一 ( ﹃ 本 朝 麗 藻 ﹄ 巻 下 ・ 神 祇 部 、 源 孝 道 ﹁ 七 言 、 九 月 尽 日 、 侍 二 北 野 廟 一、 各 分 一二 字 一詩 ﹂ ) 天 満 自 在 天 神 ⋮⋮就 レ 中 文 道 之 大 祖 、 風 月 之 本 主 也 ( ﹃ 本 朝 文 粋 ﹄ 巻 十 三 、 大 江 匡 衡 ﹁ 北 野 天 神 供 二御 幣 昇 種 種 物 一文 ﹂ ) ペ キ と 称 え ら れ た 。 ま た 、 白 居 易 は 、 ﹁ 杭 越 風 光 詩 酒 主 、 相 看 更 合 レ 与 二 何 人 こ ( ﹃ 白 香 山 詩 後 集 ﹄ 巻 六 、 ﹁ 元 微 之 除 二漸 東 観 察 使 一、 喜 レ 得 二杭 越 隣 プ 州 、 先 贈 喪 句 こ ) と 、 元 棋 と 自 分 は 、 杭 越 二 州 に お け る 風 流 の 主 人 で あ る と い っ た 。 後 の 句 の ﹁ 我 ﹂ は 、 忠 通 自 身 を い う 。 ﹁ 侍 僕 ﹂ は 、 貴 人 の そ ば に 仕 え る 侍 者 。 ﹃ 白 香 山 詩 後 集 ﹄ ( 巻 一 ) ﹁ 喜 雨 ﹂ の ﹁ 漉 レ 葉 瀧 二 其 根 一、 汲 レ 水 労 二 億 僕 一﹂ は 、 そ の 類 例 。 ﹁ 為 二 侍 僕 こ は 、 ﹁ 風 月 主 人 ﹂ に 対 し て 師 へ の 礼 を 尽 く す こ と を い う 。 ﹁ 収 レ 襟 ﹂ は 、 え り を 正 す 、 謹 厳 な 態 度 を と る の 意 。 ﹁ 風 月 主 人 ﹂ で あ る 師 に 、 ﹁ 我 ﹂ が こ の よ う な 態 度 を と る と い う 。 ブ ヅ ア ガ リ ハ ハ 且 敏 レ 妊 以 帰 来 分 、 忽 投 レ 絨 以 高 属 ( ﹃ 文 選 ﹄ 巻 十 三 、 溜 安 仁 ﹁ 秋 興 賦 ﹂ 、 李 善 注 ﹁ 在 襟 也 ﹂ 、 六 臣 注 ﹁ 言 歓 一表 綬 一奔 一一栄 利 哺 以 自 激 属 也 ﹂ ) サ ウ サ ク ノ ゴ ト ク 燥 績 褻 帷 輩 、 敏 レ 妊 而 風 来 ( ﹃ 経 国 集 ﹄ 巻 二 十 、 道 守 宮 継 対 策 文 ﹁ 治 平 民 富 ﹂ ) は 、 そ の 例 。 な お 、 ﹃ 法 性 寺 入 道 御 集 ﹄ ( ﹃ 群 書 類 従 ﹄ 巻 一 三 三 ) は 、 こ の 部 分 ﹁ 披 襟 ﹂ に 作 る 。 こ の 語 は 、 撫 レ 欝 二 還一 作 ・ 眺 望 、 極 レ 目 暢 二 春 情 ス 初 唐 太 宗 ﹁ 月 晦 ﹂ ) 飛 鳥 滅 時 宜 レ 極 レ 目 、 遠 風 来 処 好 レ 開 レ 襟 ( ﹃ 白 香 山 詩 後 集 ﹄ 巻 十 二 、 ﹁ 菩 提 寺 上 方 晩 眺 ﹂ ) と 、 え り を 開 い て く つ ろ ぐ 、 胸 を 開 い て 風 を 入 れ る の 意 と な る 場 合 が 多 い が 、 函 輯 方 解 レ 帯 、 発 武 稻 披 レ 襟 ( ﹃ 文 選 ﹄ 巻 二 十 、 沈 休 文 ﹁ 応 詔 、 楽 遊 苑 饒 二呂 僧 珍 こ 、 李 善 注 ﹁ 解 レ 帯 披 レ襟 、 言 、 将 二 降 附 一也 ) と 、 つ き 従 う 、 服 従 す る の 意 も あ り 、 こ の 方 向 で 解 せ ば 、 ﹁ 披 襟 ﹂ の 本 文 も 成 り 立 つ 。 二 句 は 、 ﹁ 風 流 の 道 の 主 人 と い う 名 を あ な た は 得 て お い で で す 、 わ た し は あ な た の 風 流 韻 事 に お け る 侍 者 と な っ て 師 へ の 礼 を 尽 く し ま し ょ う ﹂ の 意 。
次 の 対 句 は 、 物 や 人 は 事 態 に 応 じ て 変 化 し て い く も の と い う 。 窮 陰 物 を 被 へ ば よ ろ し く 牢 落 す べ し 、 事 に 感 じ 時 に 随 ふ こ と 浅 深 あ り ( 第 三 ・ 四 句 ) ﹁ 窮 陰﹂ は 、 冬 の 終 わ り 、 冬 の 末 の 陰 気 の 意 。 詩 に 詠 み 込 ま れ た 時 期 が 冬 の 終 わ り で あ っ た こ と を 示 す 。 (月 令 ) 窮 陰 殺 節 、 急 景 凋 年 ( ﹃ 文 選﹄ 巻 十 四 、 飽 明 遠 ﹁ 舞 鶴 賦﹂ 、 李 善 注 ﹁ 礼 記 日 、 季 冬 之 月 、 日 窮 手 次 一、 神 農 本 草 経 日 、 秋 冬 為 レ 陰﹂ ) 天 涯 深 峡 無 レ 人 地 、 歳 暮 窮 陰 欲 レ 夜 天 ( ﹃ 白 香 山 詩 集﹄ 巻 十 八 、 ﹁ 東 楼 酔﹂ ) は 、 そ の 例 。 ﹁ 被 レ 物﹂ は 、 あ ら ゆ る 物 を お お う の 意 。 こ こ で は 、 冬 の 終 わ り の 陰 気 が コ 物 L を お お う 。 ハ ヤ シ 錫 レ 宴 紫 微 中 、 皇 歓 被 レ 物 忽 ( ﹃ 凌 雲 集﹄ 、 賀 陽 豊 年 ﹁ 三 月 三 日 、 侍 宴 応 詔﹂ ) 芳 沢 被 二 群 物 一 、 鶯 華 二 月 中 ( ﹃ 経 国 集﹄ 巻 十 一 、 嵯 峨 天 皇 ﹁ 和 二 菅 清 公 春 雨 之 作 こ ) は 、 そ の 例 で 、 前 者 は 天 子 の よ ろ こ び が お お い 、 後 者 は 春 雨 の め ぐ み 。 ﹁ 牢 落﹂ は 、 ﹁ 牢 落﹂ に 同 じ で 、 か ら っ ぽ で む な し い さ ま 、 衰 え さ び し い こ と 。 草 木 が 枯 れ て 寂 し い 状 態 に あ る の な ど を い う 。 佳 期 与 二 芳 歳 一 、 牢 落 両 成 レ 空 ( ﹃ 白 香 山 詩 集﹄ 巻 十 三 、 ﹁ 感 レ 秋 寄 レ 遠﹂ ) 悠 揚 短 景 凋 レ 年 急 、 牢 落 衰 情 感 レ 事 多 ( ﹃ 白 香 山 詩 後 集﹄ 巻 十 、 ﹁ 雪 後 早 過 二 天 津 橋 一、 偶 呈 二諸 客 こ 。 ﹃ 千 載 佳 句﹄ 上 ・ 四 時 部 ・ 冬 興 に も 収 む ) は 、 そ の 例 。 タ ン フ ツ 後 の 句 の ﹁ 感 レ 事﹂ は 、 さ ま ざ ま な 物 事 に 心 が 動 く こ と 。 ﹃ 文 選﹄ ( 巻 二 十 ) 萢 蔚 宗 ﹁ 楽 遊 応 詔﹂ の ﹁ 探 レ 己 謝 二 丹 献 輔、 感 レ 事 懐 二 長 林 こ は 、 そ の 一 例 。 ﹁ 随 レ 時﹂ は 、 時 節 の 推 移 に 応 じ て 変 化 す る こ と 。 こ こ は 心 の 動 き に つ い て い う 。 藤 原 基 俊 詩 注 ( 四 )
密 教 文 化 ウ ヅ リ オ コ ル 形 変 随 レ 時 化 、 神 感 因 レ 物 作 ( ﹃ 文 選﹄ 巻 三 十 、 盧 子 諒 ﹁ 時 興﹂ ) 花 為 レ 随 レ 時 余 色 尽 、 鳥 如 レ 知 レ 意 晩 哺 頻 ( ﹃ 菅 家 文 草﹄ 巻 三 、 ﹁ 中 途 送 レ春﹂ ) は 、 そ の 例 。 ﹁ 浅 深﹂ は 、 浅 さ と 深 さ 。 こ こ で は 、 心 の 変 化 に 程 度 が あ る こ と を い う 。 ﹃ 白 香 山 詩 集﹄( 巻 十 九 ) ・ ﹃ 千 載 佳 句﹄( 下 ・ 草 木 部 ・ 雑 花 ) ﹁ 西 省 対 レ 花 、 懐 二 忠 州 東 披 新 花 樹 一、 因 寄 二 題 東 楼 こ の ﹁ 花 含 二 春 意 一無 二 分 別 一、 物 感 二 人 情 一 有 二 浅 深 こ は 、 そ の 一 例 。 二 句 は 、 ﹁ 冬 の 終 わ り の 陰 の 気 が 物 を お お う と そ れ は 衰 え て 寂 し い 状 態 に な り ま す 、 ま た 、 人 が い ろ い ろ な 物 事 に よ っ て 心 を 動 か し 時 節 の 変 化 に し た が っ て 心 が 移 り 行 く の に は 浅 さ 深 さ の 差 が あ る も の で す﹂ の 意 。 次 の 対 句 は 、 第 三 ・ 四 句 を 承 け て 物 や 人 と は 異 な る ﹁ 風 月 主 人﹂ の 相 貌 や 心 境 に 触 れ る 。 老 い に 先 ち て 侵 来 す る は た だ 雪 髪 の み 、 閑 と と も に 計 会 す る は こ れ 雲 心 (第 五 ・ 六 句 ) ﹁ 先 レ 老﹂ は 、 老 境 に 入 る 前 に の 意 。 ﹁ 侵 来﹂ は 、 し の び 寄 る 、 お か す の 意 。 こ こ は 身 体 面 に つ い て い う 。 ﹁ 来﹂ は 、 動 詞 の あ と に つ く 助 字 。 ﹃ 白 香 山 詩 後 集﹄ (巻 十)﹁ 閾 忙﹂ の ﹁ 斑 白 霜 侵 レ 髪 、 蒼 黄 日 下 レ 山﹂ は 、 ﹁ 侵﹂ の 一 例 。 ﹁ 雪 髪﹂ は 白 髪 。 ﹃ 白 香 山 詩 集﹄ (巻 二 十 ) ﹁ 秋 寒﹂ の ﹁ 雪 髪 年 顔 老 、 霜 庭 景 気 秋﹂ は 、 そ の 一 例 。 髪 の 白 さ を 雪 に 喩 え る の は 白 詩 に 多 く ( ﹁ 詩 注 ( 一 )﹂ 参 照 ) 、 ﹃ 白 香 山 詩 後 集﹄( 巻 十 五)﹁ 西 楼 独 立﹂ に も 、 ﹁ 身 著 二 白 衣 一 頭 似 レ 雪 、 時 時 酔 立 小 楼 中﹂ と あ る 。 こ の 句 、 ﹁ 風 月 主 人﹂ は 、 老 い を 前 に し て い る も の の 、 そ の 兆 し は し ら が 頭 に し か あ ら わ れ て い な い と い う 。 後 の 句 の ﹁ 与 レ 閑﹂ は 、 閑 静 と と も に 、 落 ち 着 き と と も に の 意 。 ﹁ 閑﹂ は 、 ﹁ 風 月 主 人﹂ の 心 境 。 ﹁ 計 会﹂ は 、 会 計 に 同 じ で 、 計 算 す る 、 計 算 す る か の よ う に う ま く と り は か ら う の 意 。 薫 颯 涼 風 与 二 衰 髪 一 、 誰 教 二 計 会 一 時 秋 一 ( ﹃ 白 香 山 詩 集﹄ 巻 十 九 、 ﹁ 立 秋 日 、 登 二 楽 遊 園 ご 。 ﹃ 千 載 佳 句﹄ 上 ・ 四 時 部 ・ 立 秋 。 ﹃ 和 漢 朗 詠 集﹄ 巻 上 ・ 立 秋 )
イ カ ダ 池 頭 計 会 仙 遊 伴 、 皆 是 乗 レ 査 到 二 漢 浜 一 ( ﹃ 菅 家 文 草﹄ 巻 六 、 ﹁ 九 日 後 朝 、 侍 二朱 雀 院 一、 同 賦 三閑 居 楽 二 秋 水 一、 応 二 太 上 天 皇 製 こ ) は 、 そ の 例 。 ﹁ 雲 心﹂ は 、 あ る が ま ま に 生 き よ う と す る 欲 の な い 心 、 欲 を 去 っ た 落 ち 着 い た 心 。 雲 無 レ 心 以 出 レ 曲 、 鳥 倦 レ 飛 而 知 レ 還 ( ﹃ 文 選﹄ 巻 四 十 五 、 陶 淵 明 ﹁ 帰 去 来﹂ ) 紅 塵 擾 擾 目 西 祖 、 我 興 二 雲 心 一両 共 孤 ( ﹃ 元 氏 長 慶 詩 集﹄ 巻 二 十 二 、 ﹁重 酬 一楽 天 こ ) は 、 そ の 例 。 ﹁ 雪 髪 -雲 心﹂ の 対 は 、 次 の 白 詩 の 例 が あ る 。 雪 髪 随 レ 身 老 、 雲 心 著 レ 処 安 ( ﹃ 白 香 山 詩 後 集﹄ 巻 十 三 、 ﹁ 初 夏 閑 吟 、 兼 呈 一葦 賓 客 ご ) 第 六 句 は 、 十 分 に よ め な い が 、 ﹁ 風 月 主 人﹂ の 無 欲 な 心 を 付 度 し て 詠 じ て い る よ う で あ る 。 二 句 は 、 ﹁ と こ ろ が 、 老 い に 先 立 っ て あ な た に 忍 び 寄 っ て く る の は 髪 の 白 さ だ け で ま だ ま だ お 若 い し 、 落 ち 着 き と ぴ っ た り 合 わ せ た か の よ う に 持 ち あ わ せ て お い で な の は 欲 を 離 れ た 心 で す﹂ の 意 。 次 は 結 び の 二 句 。 官 途 の 滞 り を 意 に 介 さ ず 独 り 風 流 の 道 を 行 く ﹁ 風 月 主 人﹂ を 賞 揚 す る 。 官 途 休 仮 し て 思 ひ な ほ し 静 け し 、 寂 寂 た る 楊 家 定 め て 独 吟 せ む ( 第 七 ・ 八 句 ) ﹁ 官 途﹂ は 、 官 界 、 官 吏 と な る み ち 、 官 吏 の 地 位 職 務 。 ﹃ 白 香 山 詩 集﹄( 巻 十 六 )﹁ 重 題﹂( 其 四 ) の ﹁ 宙 途 自 レ 此 心 長 別 、 世 事 従 レ 今 口 不 レ 言﹂ は 、 そ の 一 例 。 ﹁ 休 仮﹂ は 、 ﹃ 法 性 寺 入 道 御 集﹄ の ﹁ 休 暇﹂ に 同 じ 。 官 人 の 休 日 を い う 。 ﹃ 令 集 解﹄( 巻 四 十 ﹁ 仮 寧 令﹂ ) に 、 ﹁ 凡 在 京 諸 司 、 毎 二 六 日 一、 並 給 二 休 仮 一 日 一﹂ と 規 定 が あ る 。 ﹃ 懐 風 藻﹄ の 葛 野 王 ﹁ 春 日 、 翫 二 鶯 梅 こ の ﹁ 珈 乗 三 休 仮 景 一、 入 レ 苑 望 二 青 陽 己 は 、 そ の 一 例 。 こ こ で は 、 官 職 が 停 滞 し て 進 ま な か っ た り 、 官 職 を 得 ら れ ぬ こ と を い う 。 ﹁ 思 静﹂ は 、 こ こ ろ が 落 ち 着 き あ わ て ぬ こ と 。 ﹁ 風 月 主 人﹂ は 、 ﹁ 官 途 休 仮﹂ で あ っ て も 焦 ら ず 平 然 と し て い た 。 藤 原 基 俊 詩 注 ( 四 )
密 教 文 化 後 の 句 の ﹁ 寂 寂 ﹂ は 、 さ び し く ひ っ そ り と し た さ ま 。 ﹃ 白 香 山 詩 集﹄( 巻 六)﹁ 昭 国 閾 居 ﹂ の ﹁ 貧 閲 日 高 起 、 門 巷 昼 寂 寂 ﹂ は 、 そ の 一 例 。 ﹁ 楊 家 ﹂ は 、 楊 雄 の 家 。 ﹁ 寂 寂 楊 家 ﹂ は 、 次 の 前 句 に も と つ く 。 寂 寂 楊 子 宅 、 門 無 二 卿 相 輿 一 ( ﹃ 文 選 ﹄ 巻 二 十 一 、 左 太 沖 ﹁ 詠 史 八 首 ﹂ ノ 四 ) な お 、 佐 藤 氏 は 、 前 掲 論 文 に お い て 、 ﹃ 新 唐 書﹄(楊 敬 之 伝 ) に み え る 、 敬 之 と 戎 ・ 戴 二 子 の 楊 家 が 一 度 に 栄 達 を 遂 げ た ﹁ 楊 家 三 喜 ﹂ を 、 ﹁ 寂 寂 楊 家 ﹂ の 典 拠 と さ れ る 。 し か し 、 こ の 典 拠 に つ い て は 、 詩 句 の 類 似 や 当 時 の 文 人 の 必 読 書 で あ っ た 点 を 考 慮 す れ ば 、 右 の ﹃ 文 選 ﹄ に よ っ た と み る の が 妥 当 で あ ろ う 。 楊 雄 は 、 字 は 子 雲 、 成 都 の 人 。 漢 代 の 儒 者 で あ り 文 人 。 ﹃ 漢 書﹄( 巻 八 十 七 ・ 楊 雄 伝 ) に は 、 口 吃 不 レ 能 二 劇 談 一 、 黙 而 好 二 深 湛 之 思 一、 清 静 亡 為 、 少 二 書 欲 凶、 不 三 汲 二 汲 於 富 貴 一、 不 三 戚 二 戚 於 貧 賎 一 、 不 レ 脩 二 廉 隅 一 モ ト ム ニ タ ク ハ へ 以 微 二 名 当 世 一 、 家 産 不 レ 過 二 十 金 一、 乏 無 二 憺 石 之 儲 一、 曇 如 也 、 自 有 二 大 度 一 、 非 二 聖 哲 之 書 一 不 レ 好 也 、 非 二 其 意 一錐 二 富 貴 輔 不 レ 事 也 、 顧 嘗 好 二 辞 賦 一 タ ラ シ ヅ カ ナ ル コ ト ス ナ ハ チ 雄 復 不 レ 侯 、 以 二 誉 老 久 次 一、 転 為 二 大 夫 一、 悟 二 於 勢 利 一、 廼 如 レ 是 、 実 好 レ 古 而 楽 レ 道 、 其 意 欲 下 求 二 文 章 一成 中 名 於 後 世 上 サ レ テ タ シ ナ ム 雄 以 レ 病 免 、 復 召 為 二 大 夫 一、 家 素 貧 者 レ 酒 、 入 希 レ 至 二 其 門 一 (李 善 注 は 、 左 太 沖 ﹁ 詠 詩 ﹂ に ﹁ 家 ﹂ 以 下 を 引 く ) な ど と あ る 。 楊 雄 が 清 貧 に 甘 ん じ 、 聖 哲 の 書 を 経 き 、 辞 賦 の 創 作 に は げ む の は 、 ﹁ 風 月 主 人 ﹂ の 姿 と 似 通 う と こ ろ で あ ろ う 。 ﹁ 以 二 者 老 久 次 一、 転 為 二 大 夫 こ は 、 長 く 昇 進 で き な か っ た こ と を い う で あ ろ う か ら 、 ﹁ 官 途 休 仮 ﹂ は こ の あ た り を 踏 ま え 、 ﹁ 思 猶 静 ﹂ は 、 ﹁ 悟 二 於 勢 利 こ な ど に も と つ く の で は あ る ま い か 。 ﹁ 独 吟 ﹂ は 、 ひ と り で 詩 歌 を 詠 じ る こ と 。 ﹃ 白 香 山 詩 集﹄(巻 五)﹁ 官 舎 小 亭 閑 望 ﹂ の ﹁ 亭 上 独 吟 罷 、 眼 前 無 事 時 ﹂ は 、 そ の 一 例 。 二 句 は 、 ﹁ あ な た は 官 職 が 停 滞 し て
も あ わ て ず 落 ち 着 い て お い で で す 、 ひ っ そ り と 静 ま り か え っ た 楊 雄 の 家 の よ う な 境 遇 に あ っ て も き っ と ひ と り 楊 雄 の ご と く 詩 を お 詠 み で し ょ う ﹂ の 意 。 付 説 先 に 述 べ た と お り 、 基 俊 の 詩 に 忠 通 が 和 し た と す る 説 に は 再 考 の 余 地 が あ る 。 次 に 、 両 詩 の 問 題 点 を い く つ か 取 り 上 げ 、 相 互 の 関 係 に つ い て 検 討 を 加 え る 。 (一) 基 俊 の 詩 題 に あ る ﹁ 左 金 吾 員 外 次 将 之 閣 下 ﹂ は 、 閲 歴 よ り す れ ば 、 忠 通 で は な い 。 忠 通 は 、 ﹃ 公 卿 補 任 ﹄ に よ れ ば 、 従 三 位 と な る 天 仁 元 ( 二 〇 八 ) 年 ま で に 左 衛 門 権 佐 に は な っ て い な い 。 以 後 、 栄 達 を 極 め て 行 く 忠 通 に こ の 官 職 は 当 然 の こ と な が ら 相 当 し な い 。 ま た 、 基 俊 の 官 職 は 左 金 吾 次 将 で あ っ て 、 ﹁ 左 金 吾 員 外 次 将 ﹂ で は な か っ た 。 ﹁ 左 金 吾 員 外 次 将 ﹂ は 、 基 俊 ・ 忠 通 の い ず れ の 官 職 で も な か っ た と 言 え 、 誰 で あ る か は 不 明 と す る ほ か な い 。 (二) 詩 題 に ﹁ 和 二 ⋮⋮⋮一﹂と あ る 場 合 、 た と え ば 、 ﹁ 和 二 菅 清 公 秋 夜 途 中 聞 ツ 笙 ﹂ ( 嵯 峨 天 皇 、 ﹃ 凌 雲 集 ﹄ ) ﹁ 和 二 菅 祭 主 秋 夜 途 中 聞 レ 笙 之 什 こ ( 藤 原 冬 嗣 、 同 右 ) (両 詩 の 原 詩 は 、 菅 原 清 公 ﹁ 秋 夜 途 中 聞 レ 笙 ﹂ 、 ﹃ 凌 雲 集 ﹄ ) の よ う に 、 原 詩 の 詩 題 を 記 し て お く の が 通 例 で あ る 。 忠 通 に 示 さ れ た 詩 は ﹁ 野 老 撃 壌 ﹂ と 題 し た が 、 忠 通 が そ れ に 和 し た と 言 わ れ て い る 基 俊 詩 は そ う は な っ て い な い 。 こ の 点 よ り す れ ば 、 忠 通 の も と へ 贈 ら れ た 詩 は 、 基 俊 の ﹁ 秋 夜 書 レ 懐 、 呈 二 左 金 吾 員 外 次 将 之 閣 下 こ で は な い 。 藤 原 基 俊 詩 注 ( 四 )
密 教 文 化 (三) 基 俊 詩 の 題 に は 、 ﹁ 秋 夜 書 レ 懐 ﹂ と 、 詩 に 詠 じ た 季 節 を 秋 と 明 示 す る 。 詩 中 に も 、 第 一 句 ﹁ 漫 漫 秋 夜 ﹂ と あ り 、 詩 題 に 合 う 。 一 方 、 忠 通 詩 第 三 句 の ﹁ 窮 陰 ﹂ は 、 冬 の 終 わ り の 意 で あ り 、 そ の 季 節 に 詩 を 詠 ん だ か 、 そ の 頃 を 念 頭 に 置 い て 作 詩 し た か で あ ろ う 。 む ろ ん 、 季 節 に か か わ り な く 、 第 三 句 を 一 般 論 と し て 詠 ん だ と 考 え て 差 し 支 え な い が 、 基 俊 詩 に 和 す 詩 と す る に は 、 こ の 不 釣 合 は ふ さ わ し く な い 。 忠 通 は 基 俊 詩 と は 関 係 な く 詩 を 詠 じ た と 見 る べ き で あ ろ う 。 (四) 基 俊 詩 の 第 七 句 ﹁ 三 十 九 廻 ﹂ は 、 基 俊 自 身 ま た は 詩 を 贈 っ た 相 手 、 い ず れ の 年 齢 と も 解 し う る 。 基 俊 ・ 忠 通 の 間 で 詩 の や り と り が あ っ た と し て 、 ﹁ 三 十 九 廻 ﹂ を 基 俊 の 年 齢 と す る と 、 忠 通 は ま だ 生 ま れ て い な い の で 、 忠 通 が 和 す こ と は あ り え な い 。 忠 通 の そ れ と す る と 、 基 俊 の 在 世 時 と 重 な り 、 年 齢 の 上 で は 唱 和 が あ り え た と 考 え ら れ る 。 し か し 、 前 述 の よ う に 、 ﹁ 左 金 吾 員 外 次 将 之 閣 下 ﹂ を 忠 通 と は み ら れ な い の で 、 ﹁ 三 十 九 廻 ﹂ は 忠 通 の 年 齢 で も な い 。 基 俊 詩 の 注 に お い て 述 べ た よ う に 、 ﹁ 三 十 九 廻 ﹂ は 、 今 の と こ ろ 基 俊 の 年 齢 と 考 え て お く 。 ﹁ 左 金 吾 員 外 次 将 之 閣 下 ﹂ が 何 人 で あ る か が 分 り 、 そ の 人 物 の 閲 歴 が 知 ら れ れ ば 、 ﹁ 三 十 九 廻 ﹂ が 誰 の 年 齢 で あ る か は お の ず か ら 明 ら か と な ろ う 。 (五) 忠 通 詩 第 五 句 の ﹁ 先 レ 老 ﹂ は ﹁ 風 月 主 人 ﹂ に つ い て い う が 、 忠 通 が 成 人 と な っ た 頃 、 基 俊 は 既 に 老 境 に あ っ た の で 、 そ の 人 物 は 基 俊 で は な い 。 (六) 基 俊 は 、 第 五 句 ﹁ 遥 望 二 栄 路 一雲 遮 レ 眼 ﹂ と 、 栄 達 を 望 み な が ら 、 そ れ を 果 せ ぬ 己 れ の 不 遇 を 悲 歎 し 、 ﹁ 左 金 吾 員 外 次 将 之 閣 下 ﹂ に 苦 衷 を 訴 え て い る 。 忠 通 の 方 は 、 ﹁ 風 月 主 人 ﹂ と 呼 ば れ る ﹁ 君 ﹂ は 、 ﹁ 官 途 休 仮 ﹂ し て も ﹁ 思 猶 静 ﹂ で 、 楊 雄 の よ う に 清 貧 に 甘 ん じ て 詩 作 し て い る と 、 そ の 人 柄 を 讃 え る 。 忠 通 が 、 基 俊 詩 に 和 し て い る と し た 場 合 、 そ れ は 、 相 手 の 心 情 を 全 く 察 し よ う と し て い な い 、 皮 肉 に 満 ち た 詩 で あ る と 言 え よ う 。 こ の よ う な 和 詩 が は た し て あ り う る で
あ ろ う か 。 む し ろ 、 基 俊 ・ 忠 通 の 問 に は 視 点 の ず れ が あ る よ う に 思 わ れ る 。 官 途 を 望 む 基 俊 に 対 し て 、 忠 通 は 遠 回 し に 拒 否 を 申 し 渡 し た と 解 す る 可 能 性 も あ り う る が 、 そ れ よ り も 、 詩 に 別 の 事 柄 が 取 り 上 げ ら れ て い る と 言 う べ き で は あ る ま い か 。 (七) 最 後 に 、 こ の 二 つ の 詩 が 唱 和 の 関 係 に あ る と 見 る 説 の 根 拠 と な っ た 次 韻 詩 の 問 題 に 触 れ る 。 詩 の 脚 韻 は と も に 下 平 声 十 二 侵 韻 で 、 襟 ・ 深 ・ 心 ・ 吟 の 順 序 ま で 同 じ で あ る 。 こ れ は 、 一 応 、 二 つ の 詩 の 結 び つ き を 証 明 す る に 足 る で あ ろ う 。 と こ ろ で 、 侵 韻 を 脚 韻 と す る 詩 は 、 ﹃ 懐 風 藻 ﹄ 以 来 多 数 見 出 さ れ る 。 そ れ ら の 詩 に 用 い ら れ た 韻 字 は 、 お お む ね 限 ら れ て お り 、 右 の 四 字 は 襟 を 除 け ば 他 は 使 用 頻 度 が 高 く 、 他 で は 陰 ・ 臨 ・ 沈 ・ 尋 ・ 琴 ・ 林 ・ 音 ・ 侵 な ど が 多 く 用 い ら れ て い る 。 ま た 、 二 つ の 詩 と 同 じ 韻 字 を 用 い る 詩 は 、 追 二 想 昔 時 一 過 二 旧 館 一 、 棲 涼 涙 下 忽 需 レ 襟 、 廃 村 已 見 人 煙 断 、 荒 院 唯 聞 鳥 雀 吟 、 荊 棘 不 レ 知 歌 舞 処 、 蘇 羅 独 向 恋 情 深 、 ウ タ タ 看 レ 花 故 事 誰 能 語 、 空 望 二 浮 雲 一転 傷 レ 心 ( ﹃ 凌 雲 集 ﹄ 、 嵯 峨 天 皇 ﹁ 和 下 左 金 吾 将 軍 藤 緒 嗣 過 二 交 野 離 宮 一感 レ 旧 作 上 ﹂ ) 良 濤 本 自 非 レ 易 レ 得 、 之 子 為 レ 別 最 情 深 、 水 国 天 辺 千 里 遠 、 暮 山 江 上 一 猿 吟 、 白 鴎 押 レ 人 随 二 去 舳 一、 青 草 連 レ 湖 傍 二 客 心 唱 、 此 日 交 願 無 レ 可 レ 贈 、 相 思 空 有 二 涙 沽 7 襟 ( ﹃ 文 華 秀 麗 集 ﹄ 巻 上 、 巨 勢 識 人 ﹁ 春 日 別 二原 橡 赴 ツ 任 ﹂ ) 簸 下 寒 花 色 色 深 、 栽 来 為 レ 客 有 二 芳 心 一、 洗 レ 蘭 只 置 二 朋 樽 一待 、 移 レ 菊 先 鋪 二 宴 序 一吟 、 孫 閤 露 濃 応 レ 倒 レ 履 、 李 門 風 冷 自 薫 レ 襟 、 蓮 レ 薬 終 目 思 二 何 事 一、 時 属 二 好 文 一猶 陸 沈 ( i 江 吏 部 集 ﹄ 巻 下 、 ﹁ 七 言 、 暮 秋 陪 二左 相 府 書 閣 一、 同 賦 二寒 花 為 レ 客 栽 一 、 応 教 詩 音 礫 為 レ韻 ﹂ ) 題 レ 詩 酌 レ 酒 惜 二 佳 節 一、 今 目 芳 遊 気 味 深 、 風 柳 舞 腰 飛 紫 鰯 、 流 鶯 歌 舌 続 レ 花 吟 、 楽 天 旧 什 孤 窓 友 、 栄 路 春 望 万 里 心 、 ナ マ ジ ヒ エ 莫 レ 咲 詞 林 英 俊 士 、 守 レ 株 愚 老 救 心 交 レ 襟 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄ 巻 四 、 大 江 隆 兼 ﹁ 春 日 即 事 勒 ﹂ ) 藤 原 基 俊 詩 注 ( 四 )
密 教 文 化 な ど と あ る 。 さ ら に は 、 韻 字 の 順 序 ま で 一 致 す る 詩 に 、 山 家 侵 二 暁 霧 一 、 誰 渾 湿 二 幽 襟 一 、 菊 堤 籠 レ 花 薄 、 沙 崖 網 レ 水 深 、 看 レ 山 無 レ 寄 レ 眼 、 聞 レ 浪 得 レ 留 レ 心 、 暗 記 秋 天 事 、 閑 居 独 自 吟 ( ﹃ 菅 家 文 章 ﹄ 巻 二 、 ﹁ 晩 秋 二 十 詠 ﹂ ノ ﹁ 薄 霧 ﹂ ) が あ る 。 こ れ ら の 例 や 、 侵 韻 と し て 使 用 さ れ る 韻 字 は そ の 種 類 が あ る 程 度 限 ら れ て い る 状 況 か ら す る と 、 基 俊 ・ 忠 通 の 脚 韻 が 完 全 に 一 致 す る の も 、 偶 合 の 可 能 性 が 幾 分 か は あ ろ う 。 次 韻 詩 は 、 そ の 詩 題 に 、 原 詩 に 対 し て 次 韻 詩 に よ っ て 和 す 旨 を 明 示 す る の が ふ つ う で あ る 。 た と え ば 、 ﹃ 菅 家 後 集 ﹄ の 冒 頭 に 収 め ら れ て い る 醍 醐 天 皇 の 作 、 ﹁ 見 三 右 丞 相 献 二 家 集 こ に 対 す る 道 真 の 次 韻 詩 の 題 は 、 ﹁ 奉 レ 感 下 見 レ 献 二 臣 家 集 一 之 御 製 上 、 不 レ 改 レ 韻 、 兼 叙 二 鄙 情 一、 一 首 ﹂ と あ り 、 御 製 の ﹁ 韻 を 改 め ず ﹂ 和 す と 言 う 。 ま た 、 ﹃ 扶 桑 集 ﹄ ( 巻 七 ) に は 、 源 英 明 が 橘 在 列 と 逢 っ て 清 談 し 、 天 分 が あ り な が ら 官 位 に 恵 ま れ な い 在 列 に つ い て 詠 ん だ 詩 が あ る 。 そ れ へ の 在 列 の 次 韻 詩 は 、 ﹁ 右 親 衛 源 亜 将 軍 、 恭 見 レ 賜 二 新 詩 一、 不 レ 勝 二 再 拝 一、 敢 献 二 鄙 懐 一本 韻 ﹂ と 題 し 、 英 明 か ら 寄 せ ら れ た 詩 に 感 謝 し 、 ﹁ 本 の 韻 ﹂ の と お り に 詠 じ る と 述 べ て い る 。 こ の よ う に 、 次 韻 詩 を 作 る 場 合 に は 、 詩 題 に 、 作 る に 到 る 経 緯 を 記 し 、 韻 を 原 詩 の と お り と す る と 書 き 留 め る も の で あ る が 、 忠 通 は そ れ を こ と わ ら な い 。 忠 通 詩 は 、 ﹁ 野 老 撃 壌 ﹂ 詩 に 対 す る 和 詩 で は あ る が 、 基 俊 詩 に 対 す る 次 韻 詩 と 見 る に し て は 、 通 常 の 詩 題 の 形 態 か ら は 逸 脱 し て い る 。 以 上 の 考 察 の 結 果 、 忠 通 詩 の 脚 韻 が 基 俊 詩 の そ れ に 同 じ で あ る 点 は 偶 然 の 所 産 か と 思 わ れ 、 今 後 の 課 題 と し な け れ ば な ら な い が 、 お お む ね 、 両 詩 に 何 ら か の 関 係 が あ る と は 特 に 考 え ら れ な い と 結 論 づ け て よ い の で は あ る ま い か 。 詩 注 ( 三 ) の 補 正
○﹁ 詩 題﹂ に お い て 、 ﹃ 本 朝 無 題 詩﹄ に 見 え る ﹁ 長 安﹂ が 、 右 京 に 比 定 さ れ う る か ど う か を 検 討 し た 個 所 に 次 の 例 を 加 え る 。 長 安 階 上 清 光 遍 、 敷 浅 原 辺 絞 色 遥 ( 藤 原 敦 光 ﹁ 対 レ 月 言 ・志﹂ 、 巻 三 ) ミ ナ ミ ヨ リ ﹁ 長 安 陪﹂ と 対 を な す ﹁ 敷 浅 原﹂ は 、 ﹃ 尚 書﹄ (萬 貢 ) に 、 ﹁ 眠 山 之 陽 、 至 二 干 衡 山 一、 過 二 九 江 一、 至 二 敷 浅 原 こ と あ る 中 国 の 地 名 で あ る が (孔 氏 伝 は 、 ﹁敷 浅 原 、 一 名 傅 陽 山 、 在 二 揚 州 予 章 界 こ と 、 山 名 と す る ) 、 こ の 詩 で は 、 た ん に 野 原 の 意 と 解 せ ら れ る ( ﹃別 本 和 漢 兼 作 集﹄ 巻 六 、 藤 原 隆 家 ﹁ 月 色 満 二原 野 一﹂ に 、 ﹁敷 浅 馬 過 噺 二白 雪 一、 傅 巌 人 去 踏 二 清 秋 こ と み え 、 こ こ で も 野 原 の こ と と し て 用 い ら れ て い る ) 。 し た が っ て 、 ﹁ 長 安 阻﹂ は 、 野 原 に 対 す る 都 の 市 街 地 の こ と と な り 、 こ の 例 に よ っ て も 、 ﹁ 長 安﹂ は 、 右 京 に 比 定 さ れ る の で は な く 、 都 全 体 を 指 す と 考 え ら れ よ う 。 ○第 六 句 ﹁ 関 河 万 里 故 人 情﹂ は 、 白 居 易 の ﹁ 三 五 夜 中 新 月 色 、 二 千 里 外 故 人 心﹂(﹃白 香 山 詩 集﹄ 巻 十 四 、 ﹁ 八 月 十 五 日 夜 、 禁 中 独 直 、 対 レ 月 憶 三 兀 九 一﹂ 。 ﹃ 千 載 佳 句﹄ 上 ・ 時 節 部 ・ 八 月 十 五 夜 、 ﹃ 和 漢 朗 詠 集﹄ 巻 上 ・ 十 五 夜 付 月 に も 収 む ) の 後 句 を 踏 ま え て い る ( 後 藤 昭 雄 氏 の 御 指 摘 ) 。 し た が っ て 、 遠 方 に 逼 塞 す る 親 友 元 積 へ の 白 居 易 の 思 い が 本 詩 に 生 か さ れ た と い え よ う 。 藤 原 基 俊 詩 注 ( 四 )