『
釋
摩
訶
衍
論
』の
如
来
蔵
思
想
の
一考
察
如
来
蔵
系
経
論
に お け る 諸 思想
と の 関 わ り を 中 心 にー
関
悠
倫
は
じ
めに
『釋摩訶衍 論』 の如来蔵思想の一考察 (関)( 1 ) 「 如
来
蔵
」 と いう
語
は 『如
来 蔵経
』 で 初 め て唱
え
ら れ た と さ れ る 。 そ の 思想
を踏
襲 し た 典籍
を如
来
蔵
系
経論
と位
置
づ け ら れ 、 広く
扱
わ れ て い る 。既
に多
く の 論 考 が提
出 さ れ て い る 。 そ の な か で 研 究 の第
一 人者
と さ れ る高
崎
直
道
博
士 は 、( 2 ) そ の 思
想
の 基本
構
造 を 把握
す
る 上 で 大変
重 要 な資
料
を提
供 し て い る 。筆
者
も
本 考 察 に お い て 先 行 研究
を 理解
の手
立 て と さ せ て頂
き た い と考
え て い る 。本
稿
で は 『釋
摩訶
衍 論 』苡
下 『 釋 論 』 ) に お け る 如 来 蔵 に つ い て 如 来蔵
系
経
典
を参
照 し つ つ 、 理解
考
究
を 目的
と し て い る 。 『釋
論 』 は 『大
乗 起信
論
』 ( 以 下 『 起 信 論 』 ) の 注釈
書
で あ る 性 格 上 、本
論
所
説 の解
釈
で 如 来蔵
系
典籍
を参
照
し て い る 。 さ ら に そ の 他 の本
論
注 釈 書 も参
考
と し て 独特
な 理 解 を 示 し て い る の で あ る 。 そ の典
籍
と は 、 『 不増
不 減経
』 ・ 『 勝鬘
経 』 ・ 『楞
伽
経
』等
々 と さ れ、注
釈
書
と は 、 慧 遠 や 元 暁 や法
蔵
と い っ た 注釈
書
が あげ
ら れ る 。 以 上 の 問 題 に お い て考
察 さ れ た 論 考 も 提 出 さ れ て い る 。 『 起信
論
』等
の 研究
は数
多
く
あ る 。 でも
、 『 釋 論 』 の方
ま で検
討
さ れ た も の は あ まり
多
い と は い え な い と 思う
。 そう
いう
観
点
か ら 『釋
論 』 の 思想
に つ い て 検 討 を加
え
る こ と は有
用 であ
る と考
え て い る 。今
回 は 、 『 釋 論 』 に おけ
る 「 不 生 不 滅 」 と 「生
滅 」 の解
釈
を 中 心 に検
討
し 、最
終
的 に は本
覚
と の 関 わ り に つ い て も 考智 山学報 第 六 十三輯 え た い と 思 う 。
如
来
蔵
に つ い て前
述 の如
く 、 「 如来
蔵
」 と いう
語 は 『 如来
蔵
経 』 に よ り 唱 え ら れ た 思 想 であ
る 。 そ も そも
『起
信
論
』 自体
を 如 来蔵
系
経
論
と 位置
づ け た代
表
的 な 著作
が あ る 。 そ れ は 、 『 起信
論
』 の 注 釈 書 の 一 つ であ
る 、賢
首大
師
法
蔵
( 六 四 三i
七 一 二 ) の 『大
乗起
信論
義
記
』 と い わ れ て い る 。 そ の な か で法
蔵
は、 諸経
論
の性
質
を 四 系 統 に分
類
し て い る 。 そ の 四 類 と は、 「 随 相法
相執
宗
」 ・ 「 真空
無相
宗
」 ・ 「 唯 識 法 相 宗 」 ・ 「如
来
蔵
縁 起宗
」 で あ る 。最
後
の 「 如 来 蔵 縁 起宗
」〔 3 ) に つ い て、 『 楞 伽 経 』 ・ 『 密 厳 経 』 ・ 『
起
信 論 』 ・ 『 宝 性論
』 の 経論
を 列挙
し て い る の で あ る 。法
蔵
の如
来
蔵
系
経
典 を 取り
扱
う
立 場 は、如
来
蔵
思 想 自 体 を 唯 識 等 に 並 ぶ 思 想 と し て 取 り 扱 っ て い る点
が 特 徴 と い え る 。 つ まり
、 中 国 仏教
に お い て如
来
蔵
系
典
籍
に対
す
る意
識 の 高 さ を 物 語 っ て い る と推
察 さ れ る 。 一 方 、法
蔵
が分
類 し 、 列 挙 し た経
論
の他
に も 『如
来蔵
経
』 ・ 『 勝鬘
経 』 ・ 『 不増
不 減 経 』 が あ る 。( 4 ) 以 上 三
種
に つ い て み る と 、 『如
来 蔵経
』 仏 陀 跋 陀 羅 訳 に は、 「 一切
衆
生如
来 之 蔵常
住
不変
」 と あり
、 同経
不 空 訳 に は( 5 ) 「
法
性 法界
一 切 有 情如
来蔵
常 恒 不変
」 と説
く
。( 6 ) 『 勝
鬘
経 』 で は 「如
来
蔵
者 。 是 法界
蔵
。法
身 蔵 。 ( 中 略 ) 自性
清浄
蔵 。 」 とあ
る 。( 7 ) 『 不 増 不 減
経
』 で は 「如
来 蔵 者 即 是法
身
」 と 説 い て い る 。 三 種 とも
一切
衆 生 ( 有 情 ) に如
来 が蔵
す
る点
で 共 通 し て い る 。 『 勝鬘
経
』 と 『 不 増 不 減経
』 で は 、如
来
蔵 を法
界 で あり
法身
、 さ ら に は自
性 清 浄 で あ る と す る 。 衆 生 ( 有 情 ) に蔵
す る 如 来 は法
身
と平
等
で あ り 本 質 的 に 同 一 なも
の と 捉え
て い る こ と に な る 。( 8 ) ま た 、 法 蔵 が 如 来 蔵
系
典 籍 と し て 列 挙 し た 、 『 宝性
論
』 に は 、 「 一 切衆
生有
如 来 蔵 」 とあ
る 。 さ ら に 如 来 蔵 に 三 種 の あ『釋 摩 訶 衍論』 の如来蔵思 想の一考察 (関) ( 9 )
り
方
を 示 す 。 そ の 三種
と は 、「 仏
法
身
遍 満 」、「
真
如
無
差
別 」 、「 皆 実 有 仏 性 」 で
あ
る 。 『 宝性
論
』 の 思想
を受
け た 『 仏性
論 』 に は 、「
如
来蔵
」 、「 正
法
蔵 」 、「 法 身
蔵
」 、「 出 世
蔵
」 、「 自 性 清 浄 ( 10 )
蔵
」 の 五種
の義
を 示 し 如 来 蔵 を 説 明 し て い る 。 い ま 『宝
性
論
』 と 『 仏性
論 』 の内
容
を等
式
に す れ ば 、 「如
来
蔵
」 と は 「 法 身 」 11 「真
如
」 ー 「 仏 性 」 11 「 正法
」 11 「 出世
」 11 「自
性
清
浄
」 と な る だ ろう
。 こ こ ま で を ま と め る と、 『 如 来蔵
経 』 所説
2
切衆
生 如 来 蔵 L か ら 出 発 し た 思想
は 、 諸経
論
に お い て衆
生界
・ 正 法 ・真
如
等
の 思 想 と 同視
し て い る 。衆
生 ( 有 情 ) に内
在
す
る 如来
は 清 浄 で無
明
に染
ま っ て い な い こ と を表
現 し て い る こ と に な る 。 「真
如
」 の 語 に 注 目 す る と、 『 宝 性 論 』 で は 三義
の な か に説
か れ て い る 。 『 仏 性 論 』 で は 「 正 法 」 と し て 説 か れ て い る 。衆
生 と真
如
が平
等
であ
る と確
認 で き る 。 真如
そ の も の が如
来
蔵
であ
り法
身、 仏性
であ
る と い っ た多
種
の 意味
合 い を持
た せ て い る 。他
に も 『 仏性
論
』 で は 、自
性
清 浄 蔵 と 説 い て い た 。 こ れ も如
来
蔵
の代
名 詞 と し て説
い て い る と考
え ら れ る 。 如 来蔵
を真
如
や清
浄 と捉
え る こ と は 、 『 宝 性論
』 の真
如
の 遍 満 す る 思想
と 結 び つ く 。 以 上 の延
長 か ら 『起
信
論 』 の 心真
如
と の 繋 がり
を 見 出 せ る の で は な い だ ろう
か 。 つ ま り 「 自性
清 浄 」 や 「 自性
清
浄 蔵 」 の語
義
は 、 如 来蔵
そ の も の が清
浄 で あ る こ を示
し めす
意 味 に お い て 重 要 であ
る と い え る だ ろう
。衆
生 の本
質
が清
浄 な る も の と 暗 に 示 しす
こ と は も ち ろ ん 、法
身
の 性質
が 清 浄 で あ り清
浄法
と い え る だ ろう
。 『 起 信論
』 で こ の 語義
は 、 「自
性
清
浄
心 」 と表
現 さ れ て い る 。 そ れ は 衆 生 心 と いう
語
の 関係
か ら 反 映 さ れ て い る と 推察
さ れ る 。 そ し て 心 生 滅 に つ い て も 「心
」 と あ る よ う に 、衆
生 の 自 性 清 浄 の 立 場 と 生 滅 の あ り方
を表
現す
る 上 で 重要
な も の と 推 察 す る 。107
智山 学 報 第 六 十三輯 一
方
、 『楞
伽
経 』 に は 、 如 来 蔵 を阿
梨 耶識
と 説 く 。 さ ら に 『 楞 伽経
』 は如
来 蔵 を 「 不 生不
滅
」 と 説 く 。 こ れ は如
来
蔵
が 不 生 不 滅 で あ る こ と を 意 味 し て い る 。 と 同時
に 真 妄 和合
の識
と し て 如来
蔵
が 関係
し て い る こ と を 理 解 で き る 。 『 起信
論
』 で は 、 不 生 不 滅 と 生滅
の 和 合 に お い て 阿梨
耶 識 が説
か れ る 。 真妄
和
合
の観
点
か ら 『 楞 伽経
』 と の接
点
は 十 分 考 慮 す べ き 問 題 で あ る と 推 察 す る 。最
後
に 、参
考 程度
であ
る が如
来蔵
系
経
論 に つ い て簡
略 に ま と め た も の が左
の 図 で あ る 。 【 図 】 『 如 来 蔵 経 』 一 切 衆 生 如 来 蔵 常 住 不 変 ( 一 切 有 情 如 来 蔵 常 恒 不 変 ) 「 一 切 衆 生 」 11 「 如 来 蔵 常 住 不 変 」 ( 「 一 切 有 情 」 11 「 如 来 蔵 常 恒 不 変 」 ) 『 勝 鬘 経 』 如 来 蔵 者 。 是 法 界 蔵 。 法 身 蔵 。 ( 中 略 ) 自 性 清 浄 蔵 「 如 来 蔵 」 11 「 法 界 蔵 」 11 「 法 身 蔵 」 11 「 自 性 清 浄 蔵 」 『 不 増 不 減 経 』 衆 生 界 者 即 是 如 来 蔵 。 如 来 蔵 者 即 是 法 身 「 衆 生 界 」 11 「 如 来 蔵 」 貼 「 法 身 」 『 楞 伽 経 』 阿 梨 耶 識 者.、 名 如 来 蔵 。 〔 中 略 ) 如 来 蔵 識 不 生 不 滅 。 「 阿 梨 耶 識 」 11 「 如 来 蔵 」 11 「 不 生 不 滅 」 『 宝 性 論 』 一 切 衆 生 有 如 来 蔵 ( 仏 法 身 遍 満 真 如 無 差 別 実 有 仏 性 ) 「 如 来 蔵 」 ほ 「 仏 法 身 」 11 「 真 如 」 11 「 仏 性 」 『 仏 性 論 』 一 切 衆 生 是 如 来 蔵 ( 如 来 蔵 正 法 蔵 法 身 蔵 出 世 蔵 自 性 清 浄 蔵 ) 「 如 来 蔵 」 巴 「 正 法 蔵 」 11 「 法 身 蔵 」 11 「 出 世 蔵 」 11 「 自 性 清 浄 蔵 」 I 11
『 大 乗 起 信 論 』 依 如 来 蔵 故 有 生 滅 心 。 所 謂 不 生 不 滅 與 生 滅 和 合 。 ( 中 略 ) 名 為 如 来 蔵 亦 名 如 来 法 身。 「 不 生 不 滅 」 冂 「 如 来 蔵 」 11 「 如 来 法 身 」『釋 摩訶 衍 論』 の如 来 蔵 思 想の一考察 (関) 『
大
乗
起
信
論
』所
説
「不
生不
滅
」と
「生
滅
」 に つ い て そ れ で は 『起
信
論
』 に お け る 「 不生
不
滅 」 と 「 生 滅 」説
示 に つ い て考
え て み た い 。 『 起信
論
』 で は 「 不 生 不 滅 」 に つ い て 「 解 釈 分 」 冒 頭、 心 真如
者
。即
是
一法
界
大總
相
法
門 體 。所
謂 心 性 不 生不
滅 。 一 切 諸法
唯
依
二 妄念
而 有 二差
別 の若
離
二妄
念 一則
無
二 一切
境
界 之 相 →是
故
一切
法 從 レ本
已 レ來
。 離 二 言 読 相 一 離 二名
字
相 一離
二心
縁 相 刃畢
竟 平等
無
レ 有 二變
異
冖 不 レ 可 二 破 壞 紺 唯 是 一 心故
( 11 )名
二真
如
一 とあ
り 、 「 心真
如 」 は 「 一法
界大
総 相法
門 体 」 で あり
「 心性
不 生 不 滅 」 で あ る と説
い て い る 。 こ の 「 一 法界
」 の総
体 であ
り
、性
質
が 「 不 生 不 滅 」 で あ る と は 、 心真
如
の境
界 を 示 す と推
察す
る 。 つ まり
心真
如
は 「 是 れ 唯 一 心 の 故 に 真如
と名
つく
」 と あ る こ と か ら も 「 不 生 不滅
」 と 同義
と 理解
で き る 。真
如
は 不 生不
滅 の性
に し て妄
念 の相
を 離 れ た 境 界 、法
門 の 総 体 と な る 。 し か し 心真
如
で は如
来
蔵
に つ い て は直
接
触
れ ら れ て い な い 。 そ れ は 、 先 の検
討
か らも
、 如 来 蔵 の 語 は 、衆
生 に 如 来 が 蔵 す る も の であ
り
、 心真
如
は 、真
如
の性
質
を 重点
に説
明 し た も の で 、 衆 生 と の関
わり
を 中 心 に 説 示 し て い な い た め だ と 考え
ら れ る 。 そ の た め如
来
蔵
の 語 は な い の であ
ろう
。 以 上 を等
式
に す れ ば 「 心 真如
」 1ーコ
法 界 」 11 「 不 生 不滅
」 と な る だ ろう
。 『勝
鬘
経
』 が如
来蔵
を 「衆
生 界 」 や 「 法身
」 と す る 思想
。 『 楞 伽経
』 が 如 来 蔵 を 不 生 不 滅 とす
る 思 想 。 『 宝性
論
』 や 『 仏性
論 』 が如
来 蔵 を真
如
や自
性
清
浄
等
の性
質
をあ
ら わ す と す る 思想
。 以 上 と 、 『 起信
論 』 と の 関 連 を 考 え る と 、 心真
如 に お け る 「不
生 不滅
」 は 妄 念 の 境界
を絶
し た 法身
のあ
り
方
を示
すも
の とも
推
察
さ れ る の で あ る 。 で は、 「 心 生 滅 」 の説
示
を み て み た い 。 心 生 滅者
。依
二 如 來 藏 一 故 有 二 生滅
心
→所
謂 不 生 不滅
與
二 生 滅 一和
合
非 レ 一非
レ 異 。名
為 二阿
梨
耶 識 殉 此 識有
= 二種
義
幻 能109
智山学報第六 十 三輯 攝 一 一 一 切 法 司 生 二 一 切
法
司 云 何 為 レ ニ 。 一 者 覺義
。 二 者 不 覺 義 。 所 レ言
覺義
者 。 謂 心 體 離 レ 念 。 離念
相
者
等
二虚
空 界 無 レ( 12 ) 所 レ 不 遍 。
法
界 一相
。 即 是如
來
平
等
法身
。 依 二 此法
身
一 論 名 一 一 本覺
の 「 心 生滅
」 と は 「 心真
如
」 に対
比す
る 想 定 で説
示
が な さ れ る 。 「 心 生滅
」 に つ い て 『 起 信 論 』 は 、 「 如 来 蔵 に 依 る 故 に 生滅
心 が有
」 と す る 。続
け て 「 不 生 不 滅 」 と 「 生 滅 」 が 「 和合
」す
る こ と を 「阿
梨
耶 識 」 で あ る と 説 い て い る 。 こ の 不 生 不 滅 と は心
真
如
で の説
示
に お い て 心 真 如 の 性 で あ る こ と か ら 、 心真
如
説
示
同様
、真
如
であ
り、法
身
、法
門
の体
を 意味
す る も の と推
察
す る 。 「 如 来蔵
に依
」 と は 、 心 真 如所
説 の 「 妄 念 」 や 「 念相
」 を 「 生 滅 」 と し て み れ ば 、 そ の 対概
念 で あ る 「 不 生不
滅
」 は如
来
蔵
と結
ば れ る思
想
に な る 。 つ まり
、 心 生滅
説
示
に お い て真
如
を 不 生 不 滅 と す る 立場
か ら 、 初 め て如
来 蔵 と いう
表
現 に変
化 し て い る 。 不 生 不 滅 の法
身
が衆
生 に蔵
し た状
態
で あ る 。衆
生 の 心 相 に は法
身
と いう
自
性 清 浄 な る真
如 が内
在
し て い る こ と を 心 生 滅 が 和 合 に 関連
さ せ て説
い て い る こ と に な る 。 『 起信
論 』 は 、 妄 念、 念相
と いう
生 滅 と 、如
来
蔵
、法
身 、 真如
と いう
不 生 不 滅 が和
合
す る の を 「 心 生滅
」 、 衆 生 の悟
り
と 迷 い の 世 界 であ
る と す る と 説 い て い る の で あ る 。 「 離念
相
」 を考
え る と 、 こ の説
示 は 心 生 滅 に お い て 虚 空 界 を説
明 す る 際 に な さ て い る 。 虚 空界
を 「妄
念 」 を離
れ た法
身
の あ り方
と説
示
し て い る の で あ る 。 つ ま り こ れ も 心 生滅
に お け る真
如 のあ
り
方
を 示す
も の であ
る と い る だ ろう
。不
生 不 滅 と 法身
は 同義
と し て結
ば れ 、 如 来蔵
と も 関係
し て く る 。 そ し て 「 法身
に依
り
本
覚
と名
つく
」 とあ
る よう
に、 法身
と 本 覚 が 関 係 し てく
る 。 「 和合
」 は 、妄
念
と真
如
が 和合
す
る も の で あ る か ら 、衆
生 の 心相
に住
す
る自
性清
浄 と無
明 煩悩
が和
合 し た 染 浄 が衆
生 の あ り 方 と な る の で あ る 。『釋摩訶衍論』 の如 来蔵思想の一考察 (関)
結
果 と し て如
来蔵
と は 、 「 心 生滅
」 で 説 か れ る思
想
で 心 真 如 に お け る真
如
等
の異
名
を 示す
。 自性
清
浄
な衆
生 心 ( 如 来 蔵 11 法 身 ) が煩
悩
無
明 で あ る 染 法 の 影 響 を受
け て い た 状態
と し て 説 か れ て い る の であ
る 。「 阿
梨
耶
識
」 に つ い て は 、 『起
信
論
』 が 後説
し て い る よう
に 阿梨
耶
識 を 真 妄 の 和 合 と し て取
り
扱
っ て い る 。染
法
で あ る 生 滅法
と 、清
浄
法
であ
る 不 生 不滅
法
が 和 合 し た法
と い え る だ ろう
。こ れ に つ い て 『
楞
伽
経
』 に は 、 阿 梨 耶 識 を自
性
清
浄 で あり
如
来
蔵
で あ る と し て い た 。 こ れ を 『 起信
論 』 で は染
浄
法
を 中 心 に取
り
扱
っ て い る 。 『 起 信 論 』 は 心 生 滅 説 示 に 如 来 蔵 を 出 し た こ と か らも
、 『 楞 伽経
』 の 阿梨
耶
識説
を参
考
に真
妄
和 合 識 と し て捉
え て い る こ と に な る 。こ の 阿
梨
耶
識
に つ い て 、 さ ら に 『起
信 論 』 は 「 此 の識
に 二種
有
」 と し て 「覚
」 ・ 「不
覚
」 を展
開 さ せ る 。 こ れ に つ い て は 『釋
論
』 の解
釈
を 中心
に後
ほ ど検
討 し た い 。で は
次
に 『如
来蔵
経 』 ・ 『勝
鬘
経
』 ・ 『 不 増 不減
経
』 三種
に お け る 「不
生 不 滅 」 の 理解
を検
討
し如
来蔵
理 解 の手
掛
かり
と し た い 。ま
ず
『如
来蔵
経
』 に は 、 「 法性
法
界 一 切 有情
。如
来
蔵常
恒 不変
」 と説
く 。 不 生不
滅 と は な い も の の 「常
恒
不変
」 が 相 当す
る だ ろう
。 如 来 蔵 の 不変
性
を 説 い て い る 。で は 『
勝
鬘
経
』 に つ い て み る と 、如
來
藏
者離
二有
為
相 → 如 來 藏 常住
不 變 。 ( 中 略 )如
來
藏
者
。無
二前
際
一 不 レ 起不
レ滅
法
。種
二 諸苦
一得
三 厭 レ 苦 樂 コ求
涅
槃
→ ( 中( 13 )
略 ) 世
尊
。如
來
藏
者
。是
法
界
藏
。法
身
藏
。 出世
間 上 上藏
。 自性
清
淨
藏 。 此性
清
淨 。如
來藏
而 客塵
煩
惱
上煩
惱
所
レ染
。 とあ
り
、如
来
蔵
を 「 常 住 不変
」 や 「 不 起 不 滅法
」 と 説 く 。ま た 、 『
勝
鬘
経
』 は如
来
蔵
の性
質 に つ い て 有為
相 ( 有 為 法 ) を 離 れ た も の で あ る と 説 く 。す
な わ ち 有為
法 の 対 は無
為
法
を意
味
す
る で あ ろう
か ら 、 如 来 蔵 は 無 為 法 の 立場
に な る と 推 察 す る 。如
来
蔵
の性
質
に つ い て 「 不 起 不滅
法
」 と説
く
こ と に つ い て は 、 「法
界
」 であ
り
「自
性
清
浄
」 であ
る と 理解
で き る 。111
智山学報第六十三輯 こ の よ
う
な説
示 は 、 『 起 信 論 』 の本
質
的
に清
浄
で あ る 真 如 が 無 明 煩悩
の影
響
を受
け る 立 場 であ
る 、 心 生 滅 理 解 と直
結
す
る 。 『 不 増 不 減 経 』 つ い て み て み た い 。衆
生 界 者即
是 如 來藏
。 如 來藏
者
即 是法
身
。 ( 中 略 )舍
利弗
。 此法
身
者
是不
生 不 滅法
。非
二 過 去 際 →非
二 未來
際 → 離 二 二邊 一
故
。 舍 利弗
。 非 二 過 去 際 一者
離
二 生時
一 故 。非
耒
來 際 一 者 。 離 二 滅 時 一故
。 舍 利弗
。如
來
法
身
常
。 以 二 不 異 法 一故
。 以 二( 14 )
不 盡 法 一 故 。
舍
利 弗 。 如 來 法身
恒
。 以 二常
可 レ歸
依 一故
。 以 二未
來際
平等
一 故 。舍
利
弗
。 如 來 法 身清
涼
。 以 二 不 二法
一故
。 『 不 増 不 減 経 』 は 如 来蔵
を 「 衆 生界
」 ・ 「 法身
」等
で あ る と 説 く 。 そ し て 「 法 身 」 を 「 不 生不
滅
法
」 と 説 い て い る 。 「衆
生 界 を 如 来 蔵 」 ・ 「如
来 蔵 を 法身
」 で あ る と す る か ら 、 心 生 滅所
説
の 「 不 生 不滅
」 理解
と 重 な る 。 『 勝鬘
経 』 と 『 不 増 不 減 経 』 の 二種
は 、 如 来蔵
の 中 に 不 生 不 滅 や自
性
清
浄 、 法身
、 そ し て衆
生界
、真
如法
と い っ た多
面
的 な 説 明 を し て い る こ と に な る 。 以 上 三種
の 経 典 を踏
ま え る と 、 や はり
『 起 信 論 』所
説 心 生滅
と は 、 「不
生 不 滅 」 を 真 如 、法
身
、自
性
清 浄 、 如 来 蔵 。 「 生 滅 」 を無
明 煩悩
あ る い は 客 塵 煩悩
と し て捉
え て い る 。 無 明 に つ い て は 『勝
鬘
経 』 に お い て 「 不 生 不 滅 」 を 「有
為
相 」 を 離 れ る と あ る こ と か ら 、 『起
信論
』所
説 の 不 生 不 滅 は 無 為 法 と 相 応 す る と い え る 。 こ の こ と か ら も 、 不 生 不 滅 を無
為 法 と位
置 づ け る と、有
為
法
に つ い て み れ ば 生滅
と結
び つく
思想
と な る か ら 、 和 合 の観
点
か ら す れ ば 有為
無
為 一 体 に あ る 状態
が 心 生滅
で あり
衆
生 の如
来
蔵 の あり
方
と い こ と に な る と い え る だ ろう
。 で は 次 に 『 釋 論 』 に お け る 如 来 蔵 説 示 に つ い て考
え て み た い 。 『釋
摩
訶
衍
論
』 の如
来
蔵
説
に
つ い て まず
「 不 生 不 滅 」 と 「 生 滅 」 解 釈 の 箇所
を あげ
る こ と とす
る 。 論 日 。 總 攝 二 一 切 無為
法 一 故 。 是 故名
為 二不
生 不 滅 → 不 生不
滅
諸
無
為
法 之總
相 故 。 總 攝 二 一 切 有為
法
一故
。 故名
生 滅 。『釋摩訶衍論』 の 如来蔵思想の 一考察 (闘 ( 中 略 ) 論 日 。
無
為
法
有
二 四種
→ 云 何 為 レ 四 。 一者
真
如 無為
。 二者
本
覺 無為
。 三者
始
覺
無
為
。 四者
虚 空 無 為 。 是名
為
レ 四 。有
為
法
有 二 五種
→ 云 何 為 レ 五 。 一 者根
本
無
明
有
為
。 二者
生相
有
為
。 三 者 住 相有
為 。 四者
異
相
有
為
。 董者
滅
相
有
為
。( 15 ∀ 是
名
為
レ 五 。 閥釋
論
』 は 、 「不
生不
滅
」 を 「 一切
無
為
法 し と解
釈
す
る 。 「生
滅
し に つ い て は 門 一切
有為
法
し と解
釈
す る 。詳
しく
は前
者
の 中 に 「 真如
無
為
」 ・ 「 本 覚無
為
」 ・ 「 始覚
無
為
」 ・ 「 虚 空無
為
」 の 四種
があ
る と説
く 。 後者
に は、 「根
本 無 明有
為
」 ・ 「 生胡
有 為 」 ・ 「住
相
有
為
」 ・ 「 異 相有
為
」 ・ 「滅
相
有
為
」 の 五種
とす
る 。 い ま ま で の考
察 に より
、不
生 不滅
と 生 滅 の 和合
は無
為
有
為
の 一 切法
が和
合
す る こ と を 意味
し て い て い た 。 こ の こ と か ら 『 釋 論 』 も 、 不 生 不滅
を無
為
法
、 生滅
を有
為
法
と解
釈
し て い る こ と を確
認
で き 、 さ ら に詳
しく
説
示 し て い る こ と に な る 。 こ の よう
な 説 は 、本
論
、 そ し て 『如
来蔵
経
』 ・ 『勝
鬘
経
』 ・ 『 不増
不減
経
』 に は み ら れ な い特
徴
と考
え ら れ る 。 お そ ら く 『 釋 論 』 は 『 勝鬘
経 』所
説
「 不 生 不滅
」 理解
を参
考
に し て い る の だ ろう
。 鴨釋
論
』 の 「無
為
法
」説
示
を み る と、 如 来蔵
は 説 か れ て い な い 。 『 起信
論
』 が 初 出 の 思想
であ
る 本覚
の 語 が 説 か れ る 。 如 来 蔵 を真
如
や 法 身 等 の異
名
であ
る とす
る こ れ ま で の 理解
か らす
れ ば 、 そ の 異 名 であ
る如
来蔵
は 、 名 は な く ても
一 切無
為法
に属
す
る思
想 で あ る と推
察
さ れ る 。 そ し て当
然
、本
覚
等 も真
如
や法
身
と 結 ば れ る 思想
で あ る と い え よう
。 「有
為
法 」 に つ い て は 、無
明
と 四相
が説
か れ る 。 そ こ に は 『 起 信 論 』 所説
の 「 不覚
」 の 語 は無
い 。 そ れ に つ い て は後
ほ ど考
察
し た い と 思う
。 そ れ で は 『釋
論 』 が如
来
蔵
を ど の よう
に 理解
し て い る か を検
討
す
る 必要
が あ る 。 そ こ で 『釋
論
』 が 「 心真
如 門 」 ・ 「 心 生 滅 門 」 の異
名
と し て如
来
蔵
門
と説
く
箇
所 を み て み た い 。論
田 。心
真
類 門 有 二 十種
名
而 云何
為
レ十
。 一者
名
為
… 欄如
來
藏
門無
= 雜亂
一故
。 ( 中 略 )論
日 。 心 生滅
門有
二 十種
名
→ 云何
( 16 ∀
為
レ 十 。 一 者名
為
=藏
識門
4攝
二 持 一 切 染淨
法
一故
。 二 者名
為
=如
來藏
門 →覆
= 藏 如來
法
身
體
一故
。 『起
信
論
』所
説 「 一心
」 ・ コ 一 門 」 の構
造 を 、 『釋
論
』 は 門 一 心 」 ・ 「 二法
」 ・ 「 二 門 」 と解
釈
し 、 そ れ ぞ れ十
種
の異
名
を 説113
智山学報第六 十 三輯
く
。 そ の 「 二 門 の つ に如
来
蔵門
が 説 か れ て い る の で あ る 。 そ れ に は 、真
如
門 は 「 雑乱
無
き 」 と し 、無
明
煩
悩
の影
響
を受
け な い状
態
を あ ら わ し て い る 。 生 滅 門 は 、 「如
来 法身
の体
を覆
蔵
」す
る と あり
、如
来
法
身
が 無 明 煩 悩 の 熏習
の影
響 を 受 け る 状態
で あ る と 説く
の であ
る 。 つ まり
無
明 は有
為
法 と な り 、無
為
法
の 側 をも
と め る な ら 、 心真
如
門 の 如 来 蔵 と な る 。和
合
に つ い て 考え
れ ば 、 無為
法
の 如 来蔵
が有
為
法
の 熏 習 を受
け た も の と推
察
でき
る 。 そ の た め 「 覆 蔵 」 と あ る よう
に 、法
身
が無
明 等 に覆
わ れ る 状 態 で あ る と表
現 し て い る と 推 察 さ れ る の であ
る 。 で は 「真
如法
」 と 「 生 滅 法 」 に お け る十
種
の異
名
の 如 来蔵
説 示 に つ い て み て み た い 、 六者
名
為
二 如來
藏 → 此 中有
レ ニ 。 云何
為
レ ニ 。 }者
遠轉
遠縛
如
來 藏 。 二者
與
行
與
相
知來
藏
。實
際
契
經
中
作
二如
レ是
説
鱒 佛 子如
來
藏
者
。 唯有
二 覺 者 一 唯有
;如
如
司離
二 流轉
舉
離
二 慮知
縛 殉=
白
白
。 是 故名
為
二如
來 之藏
舶楞
伽
契
經
中作
二 如 レ( 17 ) 是 詭 週 如 來 藏
者
。為
二 善 不善
因受
二苦
樂 叩 與 レ 因倶
若
生若
滅
。 猶 如 二伎
兒
一故
。 と あ り 、 六 番 目 に如
来
蔵
が説
か れ て い る 。 真 如 法 は 「 遠転
遠縛
如来
蔵 」 、 生滅
法 は 「與
行
輿相
如
来蔵
し であ
る 。 前 者 を真
如
法
、後
者
を 生滅
法
の 教法
と し て 捉え
て い る 。 そ の そ れ ぞ れ の法
を獲
得
す
る た め に 対象
と す る 衆 生 の 差異
と し て 、 真如
法
の如
来
蔵
は覚
者
と説
く 。 生 滅 法 の 方 は 旦 ハ体
的 に説
か れ て い な い 。 前 者 の対
象
が覚
者
の み と し 、 流轉
の因
や 慮知
の縛
に影
響
さ れ な い如
来蔵
で あ る と説
く 。 こ の と か ら 、後
者
は 生滅
の困
と 共 に あ る状
態
の如
来
蔵
で あ る と 理解
で き る だ ろう
。 そ れ に つ い て 、 二種
の相
違
を示
す
箇所
に は、 一 者 人衆
異
。真
如
門 中 唯 有 二清
淨 解 腕 者 一故
。 生 滅 門 中備
有
二 三 聚 諸衆
生 一故
。 二 者 法 門 異 。真
如
門 中 唯有
二 一向
清
白
( 18 ) 品 一
故
。 生 滅 門 中備
有
二 → 切染
淨
法
一故
。『釋 摩 訶 衍論』 の如 来蔵思 想の一考察 (関) 二 門 の 相 違
点
と し て 「 人衆
異 」 を 説 く 。 そ こ に は真
如
門 を 清浄
解
脱
者
と し 、 生滅
門 を 三 聚諸
衆
生 と説
い て い る 。 ま た 、 「法
門
異 」 を み れ ば、真
如 門 を 「 一向
清
白
品 」 と す る 。 こ れ は清
浄法
と 理 解 で き る 。 生 滅門
は 「 一 切 染 浄 法 」 と あ る よう
に 有 為 法 と 無 為法
の 和 合 し た も の と い え る だ ろう
。 こ の こ と か ら 、 『釋
論
』 に お け る 心 生滅
解
釈
は 、 や は り 無為
法
であ
る 清浄
法
と有
為
法 で あ る染
法
が 和合
し た染
浄 法 と な る 。心
真
如
解
釈
の方
は 、無
為
法
で あ る 清浄
法
と な り清
浄解
脱
者
、あ
る い は覚
者
、法
身
が 関係
し て い る 。 そ し て真
如 . 本覚
・ 始覚
・虚
空 の 四種
が 清 浄法
を介
し て真
如
の如
来 蔵 と 結 ば れ る 。言
い 換 え れ ば、 『釋
論 』 の 一 切 無為
法
理 解 は 、 不 生不
滅 を真
如
法
で あ り 本覚
法 、始
覚
法
、 さ ら に は 虚 空 法 であ
る と眺
め い る こ と に な る 。 そ し て有
為
法
は 五種
で あ る とす
る た め、 和 合す
る と 無 明 と 四相
の熏
習 の影
響 を受
け
る と染
浄法
の如
来
蔵
、す
な わ ち 生滅
の如
来
蔵 と な る 。 し か し な が ら 、本
覚
無
為
はあ
る が如
来
蔵無
為
な る説
示
は な い の で あ る 。 こ れ に つ い て 本覚
と の 関 わ り を考
察
す
る 必 要 が あ る だ ろう
。特
に 本覚
に おけ
る真
如
・ 生 滅 の如
来
蔵
が ど の よう
に結
ば れ る の か が 問 題 と な る 。( 19V 『 釋
論
』 は 四種
無
為
法
の 内 、 本覚
無
為
理解
に つ い て 「 本有
法
身
」 と 「 薩 般若
慧 」 を 主 語 と し て説
く
。 そ の 中 で 「本
覚
」 説示
箇
所
に注
目す
る と 、云
何
名
為
二清
淨本
覺
司本
有
法
身
從
二無
始 一來
。 具 足 二 圓滿
三 過恒
沙
徳
一常
明
淨故
。 云 何名
為
二 染 淨本
覺
司自
性
淨
心受
二無
明熏 司
流
轉
二 生 死 一無
二 斷 絶 一故
。 ( 中 略 ) 如 レ是
諸覺
皆
智眷
屬
。當
證
二何
理 一 以為
二 體 分 →謂
性
真
如及
虚
空 理 。如
レ是
二 理 各( 20 )
有 二
幾
種
の各
有 レ ニ故
。 と あ り 、本
覚
を 二種
あ る と 説 く 。 そ れ は 「清
浄 本覚
」 と 「染
浄 本覚
」 であ
る 。 こ の 二 種本
覚
に お け る考
察
に つ い て は 既( 21 ) に 本
多
隆
仁
教
授
・柏
木
弘
雄 博 士 に よ る論
考 が 提 出 さ れ て る 。 二種
の 本覚
と は清
浄
と 染 浄 の あり
方
を 示す
。 と も に 本有
法
身
と薩
般
若
慧
であ
る 一 切 智 が 関 係 し 説 か れ て い る 。 染 浄 とll5
一智 山学報第六十三輯 は
有
為 法 で あ る無
明 の影
響
に依
っ た自
性清
浄
心 の 状 態 が 染浄
本
覚
と な る 。 逆 に清
浄
は無
明 と 四相
に依
ら な い 本 有法
身
そ の も の を さ し 、 清 浄 本覚
と な る 。 無為
法
に お け る 本覚
以外
の 三種
の 無 為法
に つ い て も 、無
明
の熏
習
の影
響 を 受 け る と染
浄真
如 ・ 染 浄 始覚
・染
浄
虚 空 と な る 。受
け
な い と 清 浄 の 臓 種 、 清 浄 真 如 ・清
浄
始
覚
・清
浄
虚
空 と いう
こ と に な る 。 『 起 信 論 』所
説
の 不覚
に つ い て、 『 釋 論 』 は 不覚
を染
浄
法
と 捉え
て い る こ と に な る 。 「 自性
浄 心 」 に つ い て は、 本来
清 浄 で あ る 心、 自性
清 浄 心 で あ る 。 こ れ も本
論
『起
信論
』 説 示 を 踏 ま え つ つ 、 『 勝 鬘 経 』 や 『 宝性
論
』 、 『 仏性
論
』 と い っ た 諸 思 想 の 影響
を受
け て い るも
の と推
察 す る 。 で は次
に 「本
有 法身
」 と 「 自性
浄 心 」 に 関 し て 、 『 起信
論
』所
説
「 離 念 相 」 説 示 解 釈 を 中 心 に み て み た い 。謂
心體
離
=念
相
一者
。即
是清
淨
本
覺 。 心 謂 即 是自
性清
淨心
。體
謂 即是
本
有
法
身
體 。如
レ 是 心體
即名
二 本覺
弔離
念
相 者 。即
是
顯 示 二 清淨
之
義
叩 所謂
遠離
二大
無明
念 一故
言 二 離 念 叩 遠離
二 四 種 無常
之相
陣 故 言 二離
相 → 過於
恒
沙
煩
惱
眷
屬
。 此 五有
為
以為
二根
本
殉是
故
舉
= 本無
司 示 眷 屬 皆 空 。 離 二念
相 へ者
者
。 即 唱清
淨 本覺
人辭
者
即
人 故 。 ( 中 略 )即
是
如
來
平等
法 身者
。善
證
二 二 種 勝妙
之 理 一清
淨
覺者
。 即 是 法 身 如 來自
性自
體故
。 依 此法
身
読名
本 覺者
。本
有
法
身
自
性
徳 中 。而
作
歸
依
。建
( 22 >
立 = 清 淨 本
覺
稱
→ 「 心体
離 念 相 」 を 「 漉浄
本覚
」 であ
る と す る 。 つ ま り こ の箇
所 は清
浄
本
覚
の説
示
箇
所 の 続 き と な る 。 「心
体
離
念
相者
」 を、 『 釋 論 』 は清
浄本
覚
で あ る と 説 く の は 、 本論
心 生滅
所
説 の覚
解釈
に 基 づく
と推
察
す る 。 つ まり
、真
如
の 心性
が 不 生 不滅
で あ り法
門 の 体 で あ る とす
る説
は 、真
如
の 如 来 蔵 が 不 生不
滅
で あ る と 暗 に 示 し こ と に な る 。 よ っ て真
如
が 「念
相 を離
れ る 」 境 界 こ そ 清 浄 本覚
で あ る と 『釋
論 』 は 理 解 し て い る の で あ ろう
。 そ の た め 『釋
論
』 は 「 心 体離
念
相
者
」 解 釈 に 、 力説
し て い る の であ
る と考
え ら れ る 。 要 す る に 、 で 心 」 を自
牲
濳 浄 心 。 「体
」 を 本有
法
身
の体
。 「 心体
」 に つ い て は 「本
覚
」 と名
づ け る 。 「離
念相
」 に つ い て は 「清
浄
の義
」 。 「離
念
相
者 」 に い た っ て は 「清
浄
本
覚
人 」 と説
示 し て い る の で あ る 。『釋摩訶衍論』 の如来蔵思想の一考 察 (関) 「 離
念
根者
」 の 「者
」 を人
と見
倣
し て 、 清 浄本
覚 を清
浄本
覚
人 と捉
え て い る こ と は 特黴
的 で あ る 。 「 本有
法
身 」 に つ い ても
、 「体
」 の解
釈
に あ る よう
に 「 本有
法身
の体
」 で あ る とす
る 。本
論
心真
如
所
説
の 「 法 門 の体
」 と 、 心 生 滅 所説
の 「心
体
の 念 を 離 れ 」 と す る説
示 は 、 とも
に真
如
の境
界
を示
す
も
の で あ る 。 そ れ を 『釋
論
』 は 、 「 本有
法
身
」 と 解釈
し て い る の であ
る 。 本 論 所説
「如
来
平
等
法
身
臨解
釈
で は 「清
浄
覚
者
」 と説
い て い る 。 つ ま り 本 有 法身
は清
浄
覚
者
で清
浄本
覚
人 で あ る こ と に な る 。今
ま で 、如
来蔵
が真
如 や 不 生 不滅
、法
身
の 異名
で あ る と す る考
察
か ら す る と 、 『釋
論
』 は 不 生不
滅 を無
為
法
で清
浄
本
覚
と し て 理解
し て い る 。 不 生 不滅
と 生 滅 の 和 合 は 、無
為
法
の清
浄 本覚
が有
為
法
の熏
習 を受
け
る と染
浄
本
覚
と な る の であ
る 。他
方
で 、 『 釋論
』 は 、 以 上 の よう
な 如 来 蔵説
の 他 に も 、 如 来蔵
に 十 種 あ る こ とを
説
い て い る の で あ る 。 そ の 内容
は 、 十種
の異
名
と相
違 し な い 。 そ の な か の 生 滅法
の如
来
蔵
「 興行
興 相如
来
蔵 」 の箇
所
を改
め て あげ
よう
。 ( 傍 線 ・ 点 線 は 筆 者 )「 三 者
輿
行 與相
如
來 藏 。 輿 二 流 轉 力 一法
身
如
來
令
二覆
藏
一故
。 楞 伽契
經 中作
二 如 レ 是諡
弔如
來
藏
者 。為
二善
不善
因
一受
二 苦樂
→輿
レ 因倶
若
生若
滅
。猶
如 一 一伎
兒
一故
。 此經
文
明 ;何
義
→所
レ 謂 顯 丁示
生
滅
門 一 心 。 於 レ惑
與 レ力
於
レ覺
與
レ カ 。出
二現
生殖
浬
槃
之窒
,轡
如罪
編
幼
湘
於
認
幻
霓
、購
其 所纛
野
ガ単
磚
以
何
諱
故
名如
來璽
,謂
令
覆
故
函
変
わ る の は点
線
を付
け た箇
所
であ
る 。 そ こ に は経
証 に 『楞
伽
契
経 』 を引
き
そ の 内 容 を 細説
し て い る の であ
る 。 こ の如
来
蔵
は惑
の力
と覚
の力
に よ り 「 生 死涅
槃
之法
」 を出
現 す る と説
い て い る 。 有 為法
の無
明 ・ 四 相 の法
と 、無
為
法 の浄
法
を出
現 さ せ る こ と を意
味
す
る 。筆
者
が傍
線
を付
け た 箇 所 は 、 『楞
伽経
』 の 引 用 箇 所 で あ る 。 だ が そ れ は 法蔵
が 『大
乗
起信
論義
記 』 に お い て 『楞
伽経
』( 24 ) の 取
意
を 述 べ たも
の であ
り
、 『釋
論
』 が 生 滅 絹 の如
来
蔵
説 示 に そ の ま ま 引 用 し た も の であ
る と 考え
ら れ る 。 こ の こ と か ら 『釋
論
』 は法
蔵
の如
来 蔵 理解
を自
身
の 如 来蔵
理
解
に援
用 し て い る こ と に な る と 推察
す る 。117
智 山学報 第六十三輯 こ こ ま で を ま と め る と 『 釋